KARANOがれーじ

KARANO 枯野 1.古事記に登場する仁徳天皇所有のハイスピードクルーザー。毎日灘波と淡路を往復し清水を宮に運んだ。 2.我が愛車のニックネーム。毎週我が家とスーパーを往復しPBの飲料水を運んでいる。 3.枯野さん(ハンドルネーム)。 鍵穴型古墳マニア。持病持ちポタサイクリスト。

SOMA

ちょっと若洲

10月とは思えない真夏の暑さ。
若洲大橋より舞浜前中から午後にかけて通院の梯子。循環器・整形・眼科とこれから一生付き合っていく悪友が増えたから。そのわりにチャリとの付き合いが少なくなり、脂肪という悪の組織に付け入るスキを与えてしまっている。
有酸素運動を奨励されているし、自転車はすべり症にはいい運動(ママチャリの買い物程度のことを言うのだろうが)とのことなのでぶらっとポタする。
ナイトランでレインボーブリッジを回ってきたので、今度は久々『恐竜橋』周辺を回る。

恐竜橋1恐竜橋』、正式には『東京ゲートブリッジ』である。
江東区若洲と、都内最後の国境係争地である『中央防波堤埋立地』を結ぶ。
桁下最大高は55m。レインボーブリッジよりも気持ち高い。






恐竜橋2の橋の着工以降、世界の豪華クルーザーは、もはや船とは言い難く醜態的に肥大化したため、この橋はくぐれない。
否さ、100年以上前に建造された、船が船としての美しさを留めていた時代のオリンピッククラスでさえ、マストの天辺まで喫水線上63mあったというから、やはりくぐれない。
マストのなくなった20世紀の船は大方通れるようだが、この橋げたの高さは何を基準に設定したのだろう。




吊橋でない訳下はレインボーブリッジより高いが、全高はレインボーブリッジよりかなり低い。
トラス橋だからではあるが、このユニークなトラス橋となった理由がこれである。
航空機の羽田への進入路内にあるゲートブリッジは、レインボーブリッジより厳しい高さ制限が設けられているのだ。時間帯によっては滑走路1本辺りが山手線並の過密ダイヤになる羽田空港。
粘っていればもっと巨大な機体が橋のすぐ上を通過することもある。




ゲートブリッジから眺める東京東京タワー何処だ
ここも以前来た時よりのっぽが増えている。
昭和中期、東京に出現した50〜60mの怪獣たちは、足元の建物を蹴飛ばしながら。ポツンと1本だけ突っ立った東京タワーを目指せばよかった。
しかし現在は、自分たちの3倍近い高さの壁群に阻まれている。
テレビ送信料収入がなくなり、再建するのも今はお金なさそうだから。壊すなら臨海地区のタワーマンションくらいにしといてくれ。


スカイツリーはすぐわかるレインボーブリッジ何処だインボーブリッジも見つけるのが結構大変。
スカイツリーはその高さと高層ビルがないため、ほぼ全景が見える。東京にもいつかは『ブルジュ・ハリファ』みたいのが乱立する日が来るのだろうか。
その前に、それほど遠くない未来にこの景色が黒煙と炎に包まれる洗礼を東京はうけなければならない。その時オヤジは生きているか、家族は‥‥。
中国や韓国のスカイツリー並みの超高層ビルは、マグニチュード8の直下地震に耐えられるのだろうか。凌雲閣の轍を踏まないように願いたいものだ。

荒川河口橋を渡るために、夢の島に戻る。
江東清掃工場コンスタンティヌスの柱(オヤジ的に清掃工場の煙突を指していう)が聳える江東清掃工場。幾たびかのゴミ戦争を勝ち抜いてきた江東区の象徴。そのうちあの上に山崎さんの銅像が立つかも??。だが今はゴミ戦争終結後の領土問題が紛争状態に突入している。
羽田の拡張で帝都最大の区になったのにも関わらず、解決済みの古証文を持ちだし、調停に一切応じない大田区。区民の多大な犠牲の上に血で領土拡張をしてきた江東区も、譲歩などしたら区民革命でも起きそうな状態。すでに埋立のごみ処理手続き等、実効支配を強調する江東区。
オヤジは勿論江東区民ではあるが、同じ都民族なのであるから紛争は避けて早期解決してもらうことを望む。
江東区は江東区ですでに区内に風俗習慣の違いよる分裂が生じている。下手をすると練馬区以来の新区独立という爆弾もありうる。湾岸地域は東京のバルカン半島なのである。

荒川河口橋荒川河口橋より川河口橋を渡る。おそらく自転車に乗ったまま渡れる橋としては23区内の最高の桁高であろう荒川河口橋からの眺めもなかなかのものである。
近年大型の台風やゲリラ豪雨災害で、注目されているのが荒川の決壊だ。地震・水害と高リスクを抱えた江東区に住んでいるのもちょっと恐ろしいものである。




荒川土手西臨海公園を回り荒河左岸を北上。強い追い風に押されて電動アシストに乗っている感覚である。
8年前の大病後に初めて30km/h巡行した道である。あの時も追い風であっただろうが、泣きながら走っていたことを思いだす。健康が一番である。
病気前から8Kg痩せてスリムだった自分。今また8Kgを奪還してしまいぽっちゃりおなかになってしまった。
ドックが近い。メタボ確定か‥‥




荒川小名木川右岸CRを始点に戻り、小松川公園まで北上。短い区間だが強い南風でまさに天国である。
番所橋から小名木川を望む。
行徳の塩や、江戸川を下ってくる各地の物資を、海を経由せずに江戸に運ぶために開削された運河である。
番種あとから始まり、アリオ北砂・クローバー橋・扇橋ロックゲート・新小名木川水門・萬年橋ライトアップなど見どころも多い。
護岸の遊歩道は狭く、自転車が通れないことが唯一残念である。

しかし今日はめちゃ暑かった!!。わずかなポタなのに、帰宅したら❝焼けた❞といわれた。









ナイトラン ちょっと寄り道

勝どき橋豊洲の夜長にはちょっとむしむしする夜。
ぶらっとナイトランに出かける。
豊洲・晴海ルートからそれて相生橋から勝どき向かう。






えぇ〜!気に入りのスポット。築地場外市場は当面残ることが決まっているからこの景色がすぐになくなることはないだろう。
でも何か変だ。
『えぇ〜っ!!』
東京タワーが隠れてしまっている!!
なんだあのビルは!
今まで汐留の高層ビルの隙間からくっきり見えていた東京タワーがすっぽり隠れてしまった。
ほんの数年で風景が変わってしまう程、東京はめまぐるしく変わっているのか。
密かにお気に入り癸韻世辰辛景がなくなったのは非常に残念。

マリカー族図で直線をたどっていけばすぐわかる。山の手線沿いのイタリア公園に出るガードのところだ。
そうか、山手線内回りの新橋手前のビル工事現場だ。電車で見ていたのにうかつであった。
といってもどうにもなるわけではないので、新橋をスルーして東京タワーに行く。
最近頻繁に見かける『マリカーツアー』。外国人観光客には結構人気のようだが、著作権問題や道交法的問題も抱えている。
これで海外の観光客に楽しい思い出になってくれれば結構だが、実際クルマに乗って出くわすと邪魔である。



TOKYOタワー2TOKYOタワーつ来ても東京タワーのライトアップは暖かい。
今は塗装工事の足場が組まれているが、ライトアップされた足場がまた独特のコントラストを醸しだしている。







さて高輪橋架道橋もう一か所、近々消えてしまうスポットに足を延ばす。
『高輪橋架道橋』。裏の名を『提灯殺し』『お化けトンネル』。
山手線・京浜東北線・東海道本線・新幹線をくぐる高さ制限1.5mの長いガードである。
山手線新駅の建設による再開発で姿を消す、今や観光スポットになっているガードである。





高輪橋架道橋3高輪橋架道橋2輪口から入る。
あれ、意外と高いぞ。1.62mのオヤジでも天井に余裕がある。
ガードはかなり長く出口が見えない。内部の照明は明るくお化けが出るイメージではない。
しかし、芝浦口に向かっていくにつれ徐々に天井が低くなってくる。「吊天井」か?
芝浦口出口付近はタクシーの社名灯がぎりぎり。『提灯殺し』とはこのことか。
‥‥でもタクシーのあれは『行燈』じゃなかったっけ‥‥
メー高輪橋架道橋4ターで見ると220mあるガードの芝浦口。一通だからこちらが出口となる。
すでに新駅の開発は始まっており、ここもいつ閉鎖になるかわからない。一度は訪れたかった消えゆく東京名所である。







お台場レインボーブリッジ輪橋架道橋から新幹線引込線ガード・東京モノレールを越えるとレインボーブリッジのループ部に突き当たる。
築地を抜けて豊洲に出るつもりだったが、まだレインボープロムナードが夏時間で通れるのでまたまた歩くことにした。
夜景は何といってもノースルートなのだが、折り返すのはたるいので次回にしよう。10月いっぱいは21時まで開門している。



豊洲ぐるり公園豊洲ぐるり公園場から豊洲へ向かう。今回は『豊洲ぐるり公園』の豊洲運河側をポタる。








ららぽ選手村岸には東京2020オリンピックの選手村が建造中だ。
このままいくとララポの敷地に入ってしまうので、途中から一般道に戻る。







豊洲学習農園から東陽町を経由し横十間川親水公園を北上する。
公園の途中に学習農園がある。
子供たちが作った案山子であるが、夜見るとなかなか不気味(ごめんなさい)である。






小名木川クローバー橋十間川と小名木川が交差するところに『小名木川クローバー橋』がある。
スカイツリーの撮影ポイントにもなっており、ドラマロケやCMなどにも使われている。
小名木川には『塩の道』という遊歩道が整備されている。ここを通れれば非常に便利だが残念ながら『塩の道』は自転車通行禁止である。
横十間川も遊歩道を再整備中であるが、自転車禁止という愚行はなしにしていただきたい。
整備費をけちっているのが最大の原因だが、行政にそういう口実を与えるのはほかでもない、『躾なしの馬鹿チャリ』どもであるから悲しい。









毎度のルートだけど

ウオーターフロントアコン2台買い替え。車のラジエーター交換等でフルカーボンの高級ロードが買えてしまうほどの出費を余儀なくされたこの夏。「連休はどこも行かず、何も買わず」で済ますつもりだが、チョイノリでお茶するくらいはいいだろう。
フリーパワーのスポーツタイプの試乗車があるとの情報を得ていたため、オリンピック青山に試乗がてらポタに出る。






皇居前広場暑が続いているが、強い東南風が多少は心地よい。妖術の火計なら大成功?するだろう。
新年によく来る皇居前広場。昔は春の入社式の時も毎年来ていたのだが。







国会前交差点を過ぎたところから桜桜田濠田門を遠望。
前回来たときは、道路の向かいの日本水準原点のある憲政会館の公園から撮影した。







赤坂見附宅坂交差点からR246へ。
『赤坂見附』みーつけた??。
『見附』とは城門や城下の要衝に設けられた監視所のこと。
不審者を見つけるところでもあるから、あながち「みーつけた」はオヤジギャグでもない。





四ツ谷駅と市ヶ谷通信等弁慶濠らに外堀を上り紀尾井坂の出口から、弁慶濠を望む。絶景スポットだ。
かつてこの横には、ゴジラに破壊されるまで東京で一番高い電波塔が建っていた。
四ツ谷方面を望むともう一つ高い塔。東京で3番目に高い自衛隊市ヶ谷駐屯地の電波塔。もちろん軍事機密?だから観光用の展望台はない。




紀之迎賓館国坂の横は帝都のシンボル『迎賓館』である。
一般の見学者も結構いる。
真正面から撮れなかったのは、来訪者受付用のテントがあったから。一度は内覧してみたいところである。






迎賓新国立競技場新国立競技場2館から神宮外苑にでる。新国立競技場は着々と建設が進んでいる。
オヤジはもともと今回のオリンピックの意義がわからない。前回のオリンピックは立派な意義があった。1940年に果たせなかった夢。白人以外の国家で行われる初のオリンピック。そして日本が焦土と廃墟から復活したことを全世界にアピールした。
今回の意義は何だろう。今一つ世界に訴えるものがわからない。
それにしても聖火どうすんのかな。


東京都体育館新国立競技場建設地の横にある『東京都体育館』。
改築前は螺旋を描く近未来的な美しい建物だったが、老朽化に対する改築工事で、何か特徴のない、潰れたウルトラホーク3号みたいな形になってしまった。
こちら側も2020に備えて補修工事が始まっている。




2020東京オリンピックには懐疑的であるが、量販店のオリンピックには結構お世話になっている。オリンピック会場のすぐそばの『オリンピック青山店』でフリーパワー付自転車の試乗をする。今やこいつはオリンピックのチケットより入手困難な代物だ。

青山から赤坂へ来て昼休み。結構サラリーマンが多い。皆休まないのか?

いつものアングルしてお決まりの巡礼コース。
ロシア大使館の前を通って東京タワーへ。
いつもは「ないとらん」でライトアップされたタワーをとる定番アングル。
昼間撮っても面白くない。
現在外装工事が続いているが、展望台のリニュアル工事は終わっている。
また、夜の展望ラウンジでお茶したい。
エッフェル塔は竣工から130年がたつ。オヤジが生きている間は東京タワーも頑張っていてほしい。


金杉口下のガード羽橋から東に向かうと、山手線に突き当たるところにある低いガード。
高輪にある低いセダンがぎりぎり通れる車道があるガードは、今や外国人の人気観光スポットになっているが、こちらはやや高く歩道のみなので、一部のマニア以外はマイナーな存在だ。






帰り芝浦アンカレッジ南砂で買い物があるのでレインボーブリッジ周りで帰る。
芝浦アンカレッジのプロムナードで休憩。アンカレッジというとオヤジ世代ではピンとくるが、日本の経由便が廃路となり影が薄くなった。あの街の固有名詞も由来は同じだ。
しかしイメージと程遠く今日は暑い。





何度橋とお台場通っているレインボーブリッジの景色はほぼ見飽きて、真横を猛スピードで抜けていく車を見ながら「何がいいかなぁ」と品定めをしながら歩く。
マツダのSUVがやたら目立つ。あの洗練されたデザインはどこから来るのだろう。特にあの赤は鮮やかだ。マツダ車を見ていると、最近のトヨタのデザインが何かおもちゃっぽく見えてしまう。





豊洲豊洲ぐるり公園1市場の中央ばかり通るのも飽きたので周囲の『豊洲ぐるり公園』という周回できる遊歩道公園があるので寄ってみる。
ここもいい夜景スポットになりそうである。
利権や曰く付き事業には、必ず住民や利用者への慰安設備が伴う。これを誤魔化しと取るのは誤りだ。公的な賄賂または示談金である。「あなたたちにも恩恵があるのだから、お上にこれ以上文句言ってはいけないよ」というものだ。





ここ豊洲ぐるり公園2豊洲ぐるり公園3一周すると結構いいポタリングになる。
もう豊洲開場は止めようもないので、出したお金の分は有効活用した方がいい。






東京都港湾局専用線跡2お、まだ残っていた。
東京都港湾局専用貨物線跡。新しいマンションがどんどん建ち。何故ここにレールがあるのかを知らない住民も増えているだろう。
線路は廃線になっても廃線跡が残っていればLRT化ができたかもしれない。湾岸地区はもっと利便性がよくなっただろう。
観光客がくるところではないが、せめて案内板くらいはあってもいいのに。

何に出もケチをつけるのは年取った証か。小言親父にはなりたくないものである。



理想郷へ

一宮ベースM7:00、一宮のベースコインパークを出発。
丁度丸4年前は不動堂をベースにしてMR-4で御宿往復だったので、今回はSAGAで勝浦往復にした。
日曜の朝なのに30台は停められるコインパーキングは貸し切り状態。まだシーズン前のためか。






太東崎灯台太東崎東崎はこれで自転車3度目になる。
とにかく今日は風が強烈。スマホ撮りで静止できない。
しかも北風。
‥‥往きはヨイヨイ帰りは地獄か。





自転車道消失三度断念度目の正直。夷隅川右岸から三軒屋川を渡り日在浦方面を目指す。
まあ当てにしてなかったけど、くるたびにひどくなる感じ。道は完全に消失。もう整備する気ないんだろうね。






ハマハマヒルガオヒルガオに少し癒される。








岩船地蔵尊道を避け、なるべく海岸沿いを走る。途中の岩礁の上にの岩船地蔵尊をお参りしていく。鍵はかかっていないので、開いて直接地蔵尊を拝む。賽銭箱自体がなかだし‥‥







月の沙漠再び御宿海岸回と同じルートで岩和田海岸に出る。ここで初めてロードバイク2人組を見かける。ここまでクロス・ミニを含めサイクリストを見ていない。めちゃ風を除けば絶好のツーリング日和なんだけど。
そして『月の沙漠』に到着。『月の沙漠』のレリーフかと思ったら、別の詩が刻まれていた。
聞いたことあるような、ないような‥‥



階段?宿を過ぎて部原海岸にでる途中の断崖に不思議な階段があった。
かつてここにはドライブインがあって、ドライブインの利用者が海岸に下りるための階段だったらしい。廃墟探索に出てきそうだが、柵は開いていて立派に利用者がいた。
注意書きに「利用したい場合は管理者に声をかける」と書いてあるが、辺りにらしい人はいないし、誰に声かけするのか‥‥?





素掘りトンネル原の集落から再び海岸沿いの道に入る。
この辺りは断崖と海の間の狭い地域に漁港と漁村がある。勝浦の街のすぐ裏側とは思えない、なかなか車でのドライブではあまり立ち入らないような静かなところだ。
狭い素掘りのトンネルなどもあり、ときたま出くわす急な上りを除けば、のんびりサイクリングには恰好である。





何度勝浦城趾を望む勝浦灯台か迷って、尾根沿いの道に出る。しばらく行くと『勝浦灯台』の看板。だが道から灯台は見えない。
看板の前の門から徒歩で少し上がると、見えてきたのは柵で閉じられた白亜の高塔。観光内覧はしていないようで立ち入りはできないが、説明書きに「犬吠埼・野島崎灯台と並んで県内を代表する灯台」と書かれている。その通り両灯台よりは若干小ぶりだが灯台そのものは予想外に立派である。両灯台と違い、全く観光スポットから外れているだけに、これも穴場である。


灯台八幡岬公園の横から勝浦城があった岬の突端が見える。灯台の前の尾根道を進むとそのまま岬の突端、八幡岬公園に出る。この公園がかつての勝浦城趾のようだ。真里谷氏にかかわりのある城なので遺構なども見たかったが、此度は捲土重来を期す。






勝浦海中展望塔勝浦海中公園市街を抜け、最終目的地『鵜原理想郷』に向かう.
海岸沿いの小さな集落をいくつか越えると、小さな入り江に『勝浦海中公園』が見えてくる。実はこの歳まで海中公園にある『勝浦海中展望塔』に入ったことがないので、せっかくだから寄り道していってみる。
960円はちょっと高かったが、Web割引で10%引きになる。前もって来ると決めていたら用意しておいたのだが‥‥。



塔の魚いるね海底へ中は思っていたより狭く、シーズン真っ盛りだと結構ぎゅうぎゅうかなという感じ。本日はのぞき窓は見放題だ。
思った以上に魚の種類と数が多いのには驚いた。
水族館と違うのは、ここにいるのはすべて野生?の魚であるということ。何より我々が魚を見ているというより「人間が魚に見られている」という環境であるということだ。



理想郷への門て、勝浦海中展望塔を後にして、本日の折り返し地点『鵜原理想郷』に向かう。『理想郷』ってなんだ?
50年以上前に親に連れられ鵜原の民家のような寮に泊まった。寂しい駅から素掘りのトンネルをいくつか越えた小さな漁港に近いところだった。駅からの往復に『理想郷』の名前があり子供心に「理想郷ってこういうところなんだ」と思った記憶がある。
理想郷は現実から遠く離れた場所。さしずめこのトンネルが現実とユートピアを隔てる境界か。




黄昏の丘展望2黄昏の丘展望ンネルを抜けて、徒歩で丘に登る。しばらく行くと『黄昏の丘』というところに出た。断崖絶壁に囲まれた小さな丘である。景色はとても良い。弁当を食べるには最高のロケーションだが、鳶が上空で人の弁当を狙っているのは江の島だけではないようだ。





ここ理想の現実で草わらに座り、持っていた菓子を食べる。
『理想郷』とはこういうところなのか?天気の良い見晴らしの良い丘に座ってローソンの『こんがりラスク・シュガー味』を食べることが俺の理想なのか‥‥
‥‥案外そうかもしれない‥‥





『鵜原理理想への扉想郷』はもともと別荘地の計画があったらしく、多くの文人や画家などが訪れていることから『理想郷』と呼ばれるようになったとある。
理想郷ハイキングコースは2km以上ある。理想に浸る時間は少ない。夕方には帰宅しなければならないし、現実問題としてゆっくり飯も食いたいし、お茶もしたい。理想郷は次のために取っておこう。理想に到達したらそれが次の現実となってしまうのだから。
ユートピアへの門、JR外房線鵜原駅。コスト削減には理想的なSuicaの簡易改札機がある。駅前にある自販機の設定価格は理想的ではなかった。


帰艦収納路は旧道を含むR128をひた走る。
全般的に狭く交通量が多いため、力走ロード派ではないクロスポタ派は歩道と車道を都合良く切り替えて、なるべく楽に恐怖感なく走る。R128は歩道の整備もいいとは言えない。いきなり隘路になったり、大きな段差も多い。車道も路肩は荒れている。MR−4の25Cスリックでは結構難儀したが、こういう所での42Cブロックは快適そのものである。
朝の強烈な北風もおさまり、ゆっくりと昼食タイム・お茶タイムをとって15:15にはベースに帰還した。
周囲には結構サーファーもいるのに、帰着時も利用車は我が車1台。もしかしてずっと貸切だったのか?



理想郷まで日走行:81km
観光・休憩含む総時間8時間15分
朝の強風は一時どうなるか心配したが、観光やお茶タイムを考えると、結構理想的なピッチだったかもしれない。
帰路、車載の自転車がずれてしまったので、締めなおす為、PAでラゲッジにもぐりこんだらいきなりこむら返しを食らった。漕いでる間は一回もなかったのに‥‥
ファイナルは理想的ではなかった。

ブラックスパイア

バッシュガードが復活した。
『ブCycloGod110ラックスパイアデュエルスラローム』
“BLACKSPIRE
” 何か心に突き刺さる響きである。
ブラックスパイアはカナダの老舗MTBパーツメーカーである。
そういえば7〜8年以上も前に『CycloGods』というサイクロン型の精悍なチェーンガードにインスパイアされた。
当時は価格も入手方法もわからなかったので断念。
ブラックスパイアという名前はそれ以来の衝撃である。



ドライブラインナローワイドロントダブルのままビックゴグ・27.5インチ化したSAGAであるが、先日U品ナローワイドリングを入手したことを期にシングル化した。リングを小径化したせいか、通勤中にスラックスに穴をあけてしまい、いまさらにスーツのツーキニストにはやはりチェーンガードは必需品だなと実感した。






Duel SlalomH/PCD110で170mm程度と希少なチェーンガードを探していて、偶然出会った懐かしい響き “BLACKSPIRE” 。
40Tサイズのガードは、CycloGodsとは違い見るからにごっつごつの戦艦装甲だ。チタン色のものもあるようで、写真の見た感はそちらのほうが好みだが、目の前のU品には選択の余地はない。
‥‥なによりも、“BLACKSPIRE”なのだから“黒”でなければいけない。
本来はチェーンデバイスとセットになっており、激しいDHなどでチェーンの脱落を防ぐと同時に、岩や固い樹木からリングを守るためのもので、本格的な走りのためのMTBパーツだ。
スラックスの汚れ・巻き込み防止のためにつけるものではない。オヤジのようなクロスポタリストにはまず不相応なアイテムである。何せチョイノリに使うチェーンガードの倍近い厚みである。

シマノロードのクランクとの組み合わせはあまりみてくれはよくない。
CycloGodsで合うサイズってないのかな。
検索したらメーカー直販もやっているようだ。
https://www.blackspire.com/
『CycloGods』は6,300円(カナダドルならもっとやすい?)。残念ながら44T1サイズのようだ。
日本のショップでは扱っていないようだが、中間仕入れで販売しても7〜8,000円はするだろう。これもそのうちフリマやオークション・リサイクル店に出てきたらGETしたい(でも半端なサイズだから使い道は難しい)。
ともあれ『ブラックスパイア』‥‥黒い突起物!、元結、黒い尖塔?、いい響きである。


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グラベルで行こう 下つ巻


さて、重46Tリングたいホイール40Tコグと車体をカバー?するわけではないがもう一捻り。最近MTBではほぼ定着したといえるビッグコグ。
10Sコンポ用に出回っている後付け用コグをCS−M771にインストールする。スプロケ変更に用意したのはシマノ対応の10速用40TコグとシマノU品の16Tコグ。
もともとMTBのフロントシングル化のパーツであるが、フロントWのままでセッティングしてみる。
キャパシティの関係からフロントギアは50Tから46Tに変更。シマノ10Sではこの歯数が見当たらず、FSAのU品にした。どおせオヤジの非力では、50Tリングは必要ないものだ。


40TアルミコグCS−M771説明は17Tコグを抜くだけになっているが、バランスが悪いので、CS−M771の15Tと17Tを外してU品の16Tコグを入れる。アルミ製40Tコグを装着したハブに、9速のCS−M771を嵌めていく。あまり不自然に目立つのも嫌なので、カラーはシルバーにしたがやはりこのデカさは目立つ。
コグがこんなに軽いアルミで曲がったり折れたりしないのかと不安になる。一定の場所に段差があるのが、チェーンの脱落防止用かと思っていたが、実際嵌めてみてここが36Tコグとの支点になっていることがわかった。MTBで最もトルクをかけるシーンに使うものだからオヤジのチョイノリ程度で強度を心配する必要はないのだろう。

40T装着地球防衛組織っとも不安だったのはディレーラー。RD773はシャドウタイプである。
「人類の最高頭脳を結集してつくられたシャドウのメカニック」が初めて『謎の円盤40T』を迎撃する。トータルキャパはクリアしているが、最大ギア指定が36Tとなっているのでブーリー接触が危惧されたが、実際は何とかクリアできた。ワイヤーガイドとスプロケの隙間はわずかしかない。ラフなシフトチェンジをするとチェーンがディレーラーに干渉してしまう。テンションボルトの調整で対処する。ノーマルタイプなら気を使わなくてもいいかも。
フロントが4T小さくなり、リアが4T大きくなるのでリンク数は相殺となる。



フェン仕様後SAGA 700Cダー+ツーリングキャリアこそないが、ちょっぴり本場のテイストを醸し出す雰囲気になった嵯峨号。
ローギアの1漕ぎで進む距離は、コンパクト10速化したMR−4が“2.05m”、26インチ、リア34TのAC−02が“1.99m”、そして40T化したSAGAが“1.81m”と1番軽いギアとなった。
コグを換えるということは、文字通り「たくさんこぐ」ということなのだ。
ブロックタイヤなので過度な期待はできないが110PSIから70PSIになったことが、お尻への『おもてなし』になることを期待する。


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グラベルで行こう 上つ巻

お蔵入りなりかけたBMCにブロックタイヤを履かせたら、我が家で一番乗りやすいバイクになった。
サイクルモードでもすっかり幅を利かせてきたグラベルロード。現在28C−622を履く『SOMA−SAGA』も本場アメリカではブロック+ドロップ的カスタマイズが多い。
そこでもう1台買えないオヤジとしては、我が家のSAGAをケツイタの解消を兼ねて、見て呉グラベルロード化にチャレンジする。

元々SPINFORCE リアSPINFORCE フロント26インチ仕様のSAGAは、700/28C以上のタイヤは装着できない上に、ディスク装着ができないカンチ台座仕様である。
そもそもグラベル化の動機自体、トレンチやラフをあまり気にせず、多少なりと未舗装路を楽しみたいという他に、太目のタイヤのほうが、お尻にやさしく長距離で辛くないということを実感したためである。
700C+ディスクに拘らず、27.5インチなら十分可能だ。しかし27.5はMTBサイズ主流なのでホイールは原則ディスク仕様である。



多少GRAVIER太めのブロックタイヤを装着できるリムブレーキ対応ホイールを探して見つけたジャイアントの『SPINFORCE XR 28h』というホイールセット。27.5インチ、OLD:135mmでVブレーキ仕様とおあつらいだが、同社のエントリークロス『グラビエ』のリペアホイールなので、市販のショップや通販にはない。
リペアパーツとしてGストアで取り寄せる。(サイクルモードで見付けたルイガノLGS−X7.0のホイールにもぐっと心移りしたが‥‥。http://livedoor.blogcms.jp/blog/zg40kome/article/edit?id=2151151


取り寄せ不明ハブ不明ハブた『SPINFORCE XR 28h』。エントリーグレードのクロスバイクのホイールだけに、気になる重量は前後実測で2100g。5万円台バイクのホイールとしては悪くはない。とはいえクロスライドの1700g、TNI−LA22の1674gと比べると持っただけでズシリとくる。見た目から鉄下駄である。
ハブには刻印がない。回転は鈍い。必ずしも空転時間が長ければいいハブとは言わないけど、7年間ろくな手入れなしで乗り続けたMR−4ですら空転時間で、リアが2.2倍、フロントは8.9倍の差がある。同じジャイアントのバイクのパーツかと疑ってしまう。
LA22より高かったんだからせめてアリビオぐらいのものは着いていてほしかったが‥‥。まぁ乗ってみなけりゃわからない。

がざでろタイヤかざでろタイヤ2取り直してタイヤを履かせよう。
タイヤはブロックパターンとしては少し細めの『SOMA KAZADERO 650B☓42』。ツーリングタイヤベースのKAZADEROはインチ換算で1.65となる。
パターンはパナレーサーのロードランナー(26☓1.5)に酷似している。それもそのはずでパナレーサーがOEMしている日本製だ。中央部のブロックが連続しているので、舗装路では抵抗が少なく乗り心地がよい。
SOMAのフレームにSOMAのタイヤなら、相性は文句ないのだろう。スキンサイドのイメージだが、趣向を変えてレアなオールブラックをチョイスする。スキンサイドは好きだが汚れが目立つ。


ホイRIDEA-FLV CNC700C&650Bカザデロタイヤールにタイヤをセット。外径は700✕28Cが直径678mm。27.5✕1.65では668mm。その差は直径で10mmとほぼ同じ。
REDIAのブレーキはシューホールの範囲が広く、26インチから700Cの間で自由に設定できるので、シュー位置と引き加減の調整のみである(仮止状態)。


カザデTNI−LA22前後トレッドが逆タイヤは前後で取り付けの向きが逆になる。素人観では重くなったり、ぶれたりしそうに思うが、MTBタイヤではよくあることで、トラクションが利いて逆に安定がよくなるらしい。ロードでとくに乗りにくくなることもないらしいようだ。特にトラクションを必要にするほどOFFを乗るわけではないから、様子を見てリアの同方向付けも試してみたい。
外したTNI−LA22/32h手組ホイールも捨てがたい存在となったので、スプロケはそのままで気分による再エントリーに備える。




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嵯峨号秋ポタ

久々の空き土曜日。
見事に晴れ上がったいい天気。ブラックフライデーの当てもないので、グラベルタイヤの試走行も兼ねて、嵯峨号でポタにでる。
皇居的地は鹿浜の『見晴らし茶屋』。最近名前が変わったらしい。
荒川CR往復はつまらないので、往路は都内を回っていく。
宮城の周りを回る。パットインナーも使わず、マタ痛・ケツ痛効果を試す。歴代で唯一ケツ痛に耐えて160kmを走破した最強最柔のサドル、サギサカの『超ソフトスポーツ用サドル』をセット。





憲政記念館前庭から国会議事堂一つない、素晴らしい青空に映える国会議事堂と色づいた銀杏並木。この空のような志を持った人は、残念ながらあの中には入れない。
議事堂の向かって右側にある憲政記念館の前庭からの景色。日本水準原点のあるところで結構高台だ。





前庭井伊掃部頭邸跡から内堀通りに出たところに『井伊掃部頭邸跡』という案内碑があった。ここは虎退治で有名な加藤清正が館を構えたところで、加藤家改易の後は譜代の井伊家の上屋敷となったとある。井伊直弼もここに住んでいたようで、目と鼻の先である桜田門外で非業の死を遂げている。
ここに残留思念があるかはわからないが、屋敷の真下を都心環状に貫かれては安らぐ間もないだろう。





市ヶボスフリー!谷に出て柳町交差点方面に向かう。この辺の裏をうろつくのは30年ぶりくらいだ。
こんなビルいつできた?。ここはDNPだ。
TS−7を買ったころ、シマノの11Tのボスフリーにプレミヤが付き、あおりでDNPのボスフリーも入手困難になっていた。仕方なくカプレオ仕様のホイールセットを購入したことが、今の自転車人生につながっている。あの時11TのDNPボスフリーが安価で入手で来ていれば、その後の自転車人生は全く違ったものになっていたやもしれぬ。良くも悪しくも自転車人生を変えたDNP‥‥!。違うだろ!この✕✕!!



最近の都電戸川橋から大塚を抜けて王子へ。最近は都電もレトロである。今から10年後は車もみんな『シトロエン2CV』見たいになっていればいいのに。







音無橋改修中づいた音無渓谷を撮ろうと音無橋へ。橋の上から写真が撮れない。補強工事のため、音無橋は足場とシートで囲われてしまっていた。







あだち菜パスタカルボナーラ122の新荒川大橋を渡り、荒川左岸を見晴らし茶屋へ。看板が『キッチンとれたて』になっていた。都市農園で栽培した野菜をベースにしたメニューは変わらない。
あだち菜パスタのカルボナーラを注文。






河口から−1km?中土手行止りりは、そのまま荒川左岸を南下。突端で折り返す予定が、工事のため葛西橋より先は通行止めとなっていた。工事現場横の仮設休憩所でお茶タイム。
葛西橋から右岸へ渡り護岸道路の突端へ行くのはいつものルート。





サガシソウ日の走行 54.5km
インナーのシーム部が擦れるのは『髀肉之嘆』だからしょうがない。ほかの痛みはほとんどないからこれなら長時間ライドに期待感がもてる。
いつもの半分の距離で結構つかれたのは、体力低下のためか、他の2台なら漕がなくても止まらない微傾斜面で止まってしまうのはあるいはタイヤのせいか、ホイールのせいか。
他の2台より2kg近く重たいので、この差が気にはなる。
未舗装路や段差に気を使う必要がないのは、ブロックタイヤの快感である。


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下野古墳めぐり〜2016走り納め 下つ巻

神徳大神宮富士山古墳臼山古墳から細い谷を挟んで東側の台地の中腹に『神徳大神宮』という神社がある。この裏手に県下最大の円墳『富士山古墳』がある。
最大直径86m。ここも大型埴輪をはじめ複数の埋蔵品が発掘されている。麓から見学ルートがあるのだが、知らないで神徳大神宮に行ってしまった。掃除のオジサンに尋ねたら「ここからは上れないんだ」といいながら「横の灯篭と石垣を乗り越えていくと看板のある場所に行くよ」「県で管理してっけど、上ってもなんもないよ」と教えてくれた。
大神宮様にお参りして帰ろうと思ったが、お賽銭箱がなかったので一礼のみ。どうもありがとうございました。
牛塚古墳2士山古墳から壬生町中心市街の外れにある『牛塚古墳』と『壬生車塚古墳』に行く。両古墳は隣接しており一度に見学できた。
『牛塚古墳』は墳丘長60mの帆立貝式古墳。看板には先ほどの富士山古墳のPRなんかが掲示してあり、特筆するものはない。





壬生車塚古墳3壬生車塚古墳2壬生車塚古墳1かい側の『壬生車塚古墳』も最大直径82mと富士山古墳と並ぶ大円墳である。南側に石室が開口されているようだが、残念ながら今回は見れなかった。
周囲には周濠跡があり周堤を含む径は120mに及ぶ。

『壬生車塚古墳』から壬生愛宕塚古墳2壬生愛宕塚古墳15分ほど走ると『壬生愛宕塚古墳』がある。
墳丘長65mは前方後円墳にしては大きくはないが、周溝がはっきり残っており、見ごたえはある。

次はいよいよ県下最大級の吾妻古墳から、琵琶塚古墳・摩利支天塚古墳と下野有数の大古墳を残すクライマックスとなる。
時間はすでに午後3時。日没の最も早いこの時期は午後4時にはすべての散策を終了しなければならない。

丸塚古墳2丸塚古墳こでトラブル。県道小山壬生線に入らなければいけないところ、下野壬生線に入ってしまった。太陽で判断という古来の方法で軌道修正したが、吾妻古墳への進入路がわからなくなった。
古墳らしき築山を発見したのでそこに向かう。丸塚古墳であった。天平の丘の近くで、吾妻古墳の後時間があれば立ち寄るつもりだった古墳である。
丸塚古墳から吾妻古墳の位置が知れたが、今から戻って散策となると最後の2大古墳を回る時間がなくなる。県下最大の吾妻古墳散策を断念し、次に向かう。

国分尼寺跡国分寺跡塚古墳から、県道小山壬生線に入るとすぐ『風土記の丘資料館』入口の案内がある。この道には『国分寺跡』がある。『風土記の丘資料館』は年末年始の休館となっている。風土記の丘資料館の先に『国分尼寺跡』がある。ここがかつての下野国の中心となった地域だ。
『下野国府』はちょうど思川を挟んで対岸の栃木市にある。なんでこんな大きな川を挟んで存在するのかねぇ。



さて琵琶塚古墳3琵琶塚古墳1、最後に栃木県を代表する2基の古墳を散策する。
『琵琶塚古墳』。最近までは県下最大の前方後円墳として有名だったが、近年の精密調査により吾妻古墳のほうがわずかに大きいことが判明し、「県下最大」の地位を譲ってしまった。それでも知名度ではやはりナンバーワンだろう。墳丘長125m、二重の周溝を巡らせている。墳丘長では都内最大の芝丸山古墳とほぼ同規模である。



発掘調査中摩利支天古墳遠望公園化が進んでおり、昨年あたりから本格的な発掘調査が行われている。
現在も発掘調査の真っ最中のようだ。前方部の中堤辺りを発掘している。
前方部先端から摩利支天古墳が見える。





摩利支天古墳1摩利支天古墳3路を挟んだ反対側に摩利支天古墳がある。思川と姿川の合流部の台地にあり、付近を通る東山道からもはっきりとその威容が見て取れただろう。
5世紀末頃の築造で琵琶塚の前世代の領主の墳墓だろう。






摩利支天古墳2丘長117mは県下第3位。下野国を代表する豪族の墳墓といわれるが、かつて大国毛野を構成する同族で、東国六腹朝臣に名を連ねる下毛野氏なのか。
五世紀末から6世紀後半は、大和で巨大古墳が終焉に近づき、河内大塚山古墳を最後に巨大古墳が姿を消す時期である。そんな時期に摩利支天・琵琶塚・吾妻とどんどん巨大化をつづけた下野国は、大和の支配体制に進んでくみしながら関東特有の独立気運を持った首長たちの奥津城だったのだろう。




本日下野1下野2の走行81.7km
ナビも地図もない状態で、うる覚えのルートと古墳の冊子・地元の案内板のみの散策は、ロス時間と余計な走行を強いられた。やはり知らない土地を効率的に巡るには、ナビまで行かなくとも最低限GPSマップは必需品である。
『吾妻古墳』をはじめ、日程的に見学できなかった『埋蔵文化センター』・『風土記の丘資料館』や『壬生歴史民俗資料館』など見逃したスポットがたくさん残っている。
捲土重来を期す。

来年も古墳ライド・古城ライドができますように。


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下野古墳めぐり〜2016走り納め 上つ巻

おやまあれま年秋から予定していた下野古墳ライド。
転勤・子供の受験・親の入院、そして自分のぎっくり腰のため、ついに年末までもつれ込んだ。
しかしこの季節は古墳探訪にはうってつけの季節だ。

午前6時半、『小山総合公園』到着の計画が8時半を過ぎた。
帰省渋滞の影響はさほどなかった。単なる「寝坊」である。
午前9時、を出発。腰の状況も不安で、全行程110km越えの予定距離を70kmに短縮。湿布とコルセットを装着しての走りだしとなった。

山王寺大桝塚古墳1山王寺大桝塚古墳2は西北西の風である。いきなり向かい風だがこのまま吹けば帰りは天国だ。何もない田畑を道を間違えながら進むこと数キロ。藤岡町の『山王寺大桝塚古墳』が最初のポイント。
墳丘長96mの前方後方墳はかなりの見ごたえを期待したのだが、残念ながらかなりの部分を削取されており、その迫力を体感することはできない。




周囲の築山古墳の回りには何もない。周囲には同規模の産廃残土らしい(もしかしたら古墳かも?)築山が点在し区別が付かない。途中の残土の築山だと思っていたものの一つは、『毘沙門山』という古墳だったようだし。
100m級の前方後方墳は全国でも大型の部類だ。大毛野に連なる下野の豪族に敬意を表すためにも、きちんと整備して内外に誇った方がいいんじゃないの。





巾着山こから都賀町の『愛宕塚古墳』まで一気に北上する。
栃木市街の外れにある独立峰の『巾着山』。流山?ケルンバット??、残念ながら古墳ではない。
市内で道を誤り30分弱のロス。スマホのマップは全く役に立たない。ナビ入れてないし、初期設定を結構いじったからか。






残土山?愛宕塚古墳2愛宕塚古墳1賀町の『愛宕塚古墳』は墳丘長90mの前方後円墳。墳丘上に愛宕神社が建っている。
この付近にも古墳だか残土だかわからない築山がいくつかある。


R2判官塚古墳3判官塚古墳2判官塚古墳193をさらに北上し、鹿沼市の『判官塚古墳』に立ち寄る。
丘長61mは特筆する大きさではないが、保存整備がきちんとしていて、石室も露出しており、結構「当たり」であった。



廣濟寺官塚古墳からそう離れていない集落の中に、円空作、『千手観音菩薩像』の看板。
天台宗廣濟寺というお寺さん。
観音堂は固く施錠されていた。
拝観料500円。守り本尊なのでぜひ見たかったが、時間の関係でスルーする





長塚古墳長塚古墳2生田街道の黒川橋を渡ると、上り坂の途中に『長塚古墳』が見える。墳丘長77m2段構築で古墳時代後期のものとのこと。
ここから亀子塚古墳へ行こうとしたが、道が悪路でしかも袋小路になっている。





看板桃花原古墳か失敗した挙句、遠回りをしたら看板があった。
看板に沿て進み、桃花原古墳に至る。
『桃花原古墳』は周壕を備えた円墳で、直径63mはかなり大きい部類に入る。





前半茶臼山古墳2茶臼山古墳1の(といっても午後1時を過ぎてしまったが)最大ミッション、国指定の史跡『茶臼山古墳』に向かう。案内板の地図は簡略しすぎて自転車で走っていたらよくわからん。
ここも数度のチャレンジで侵入口を発見。案内板のところまでも車では来られない。
真冬でも道に迷いそうな林の道を上っていく。しばらく上ると看板のある広場に出る。


MTB専用茶臼山古墳3いつはすごい。看板の遥か上に墳丘の頂上が見える。看板の前の高い土手は周堤で、その内側に深い周溝が巡っている。周堤を含む全長は140mにもなるようだ。
埴輪や大型の須恵器などが発掘されており、規模からしても相当の権力者が埋葬されたと思われる。
しかし、県を代表する古墳の一つなんだから周辺整備をもう少しやってもらえないかねぇ。これじゃあ夏はとても来れたもんじゃない。

もし自転車で来る方がいたらMTBをお勧めする。


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豊洲から築地へ

スー豊洲市場2パービバホーム豊洲にお買い物のついでに、久々に豊洲市場を通ってみた。
おやじが駆け出しの営業マンで清掃車の埃にまみれたこの地域を回っていたころ、ここには東京電力の発電所や東京ガスのガス工場があった。
工場閉鎖後、ここは東京でも数少ない広大な荒野『OUTBACK』が残った。ここが福島第一原発の放射性残土なんて問題にならないほど有害な土壌だってことはわかっていたことだから、市場はきっと来ないと思っていたら、気が付いたらあっという間に突貫工事で作ってしまった。



今、豊洲市場1OUTBACKほんの名残り話題のスポットだから報道関係など結構いるのかと思ったが、ほとんどが工事関係者と警備員だった。世間の騒ぎには関係なく、末端の工事は進んでいる。
土壌汚染と地盤の問題は計画以前から指摘されていることだった。まあ、『何をいまさら』って感じだ。
いっそのこと福島県で処理に困っている放射性残土で地下を埋め戻したらどうだろう。今豊洲が抱えている危険性から比べれば遙かに安全である。


豊洲市場豊洲全景っかくだから高いところから眺めるのもいい。レインボーブリッジまで足を延ばす。
本当に東京港のど真ん中だね。
少し傾いている?きちんと岩盤までくい打ちしていないのかな‥‥??





東京タワー京に飲み込まれそうになっている東京タワー。最近よく遊びに行くが、テレビ局の放送料収入がなくなって、経営はきついんだろうな。
おやじが生きている間は頑張って立っていてもらいたいものだ。






足かせ付パネル写真のエントランスのところに、橋ができたころのパネルがあった。自分が記憶にあったのは昭和60年くらいまでだが、工場は平成になってもあったんだね。
本日のお供は『SOMA嵯峨』。レインボーブリッジは足かせをはめられて押し歩きである。




やっちゃ場りは築築地市場地を通る。『築地』といったら『魚河岸』のイメージだけど『青果』もやっている。
以前は、アキバにもやっちゃ場(居酒屋じゃないぞ)があった。ここのが近いのだろうが、大田市場に移転統合になった。





勝鬨勝鬨橋橋を渡り、何時も『ないとらん』で写真を撮るお気に入りのスポットで昼間の写真を撮る。勝鬨橋は今でこそ個性的に隅田川を彩る橋の一つに過ぎないが、開通当時は『東洋一』を誇った大跳開橋だった。幼いころ、この橋を路面電車で通った記憶があるが、残念ながらこの橋が開いているのを見た記憶はない。






お気昼間の夜景に入りのスポット。夜景がとてもきれいなところである。
高層ビル群の照明と奥の東京タワーのライトアップ。その手前で煌々と明かりがともって活気のある市場。
その明かりも消えてしまうのは残念。
今回はラッキーにも卑弥呼との2ショットとなった。
奥には外堀通りから伸びる環状2号の築地大橋が見える。でもこれって築地市場が移転しないと開通できないの?。
頑張れ築地。移転なんて蹴っ飛ばせ。
豊洲移転でまごついているうちに、千住の『足立市場』が虎視眈々とその地位を狙っているぞ。

本日の走行 26km 
岩槻以来自転車に乗るのは40日ぶりである。これだけのブランクは病気療養以来だ。

10月1日訂正
あの船は『ヒミコ』ではなく『ホタルナ』であるというご指摘を受けた。
そういう姉妹船があったんですねぇ。同じ松本零士氏のデザイン。似ているわけだ。
お詫びして訂正します。

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藺沼サイクリング再び

香取海と藺沼1気の良い5月の休日、再び藺沼にサイクリングに行く。
あまり目的地にこだわるわけではない。『藺沼』はすでに痕跡を求めるのも困難な400年ほど前まであったとされる巨大湖沼である。現在は湖沼があったとされる低地帯の中央を利根川が貫いている。




休憩所事先によって一仕事したため江戸川CRに合流するのは野田橋からとなった。
CRに入ってカブトムシの林に差し掛かるところ。休憩所を発見。1年前にここを通った時は全く気付かずに通過した。
そのあとにできたのかなぁ?






幾度東武線鉄橋?も通関宿水門っている江戸川CRが利根川CRに変わる分岐点にあるのが関宿閘門。江戸川だが右岸は茨城県である。、
律令国界では葛飾郡・猿島郡全域が『下総国』であった。平将門は本来千葉県の英雄だったかもしれない。
閘門を超えると湿地の小河川似に橋が架かっている。かつての総武鉄道(東武野田線の前身)の江戸川鉄橋を移植したものと書かれている。



関宿城宿城博物館は何度か訪れているので小休止のみ。








ツバメやしうどんサイクルカフェが食べたく、昼食に『道の駅さかい』に立ち寄る。
何故かサイクリストが多く、駐輪ラックまでおいてある。
奥にサイクルカフェなるスペースがあった。
洋食系やフローズン関係を販売していた。
最近できたようだが、できればゆっくりコーヒーが飲める室内ラウンジみたいのがあるともっと嬉しい。
今日は冷やしうどんが食べたかったので、従来の道の駅の食堂に行く。
トイレの中はツバメが我が庭先といわんばかりに飛び交っている。

境大橋から決壊口の碑利根川左岸を下る。この辺りは中世まで多くの湖沼や湿地帯が混在し、香取海に注ぐ常陸川の分水嶺になっていた地域である。
強固なスーパー堤防の上にある決壊口の碑のところで小休止。
ほかに看板等がないので、いつの決壊だかわからない。
利根川決壊はキャサリン台風(最近はカスリーンというようだ)が有名だけどここもその一部なのかな?
この辺りはすでに本題にある『藺沼』の水域になっている。



芽吹大橋歩道橋吹大橋の歩道橋をわたる。筑波サイクリングではここで一回目のダウンをとられ自力帰還を断念せざるを得なくなった嫌な場所ではある。
この歩道橋って元の橋が新橋の開通によって歩道橋に転用されたものとばかり思っていたが、歩行者の為にあとから掛けられたことを知って驚き。まあ確かに隣の自動車橋を歩くのは自殺行為に近いが‥‥





美人ターミネーターの鉄橋根運河分水から布施弁財天までは初めてのコース。とはいえ何ら観光ポイントがあるわけではない。
常磐道とTXの鉄橋のはざま。
この付近は『藺沼』のほぼ中心部に当たる。
今、上りのTXが風を切るように鉄橋に差し掛かろうとしている。
高速で抜けていくTXを見ても別に色気も恐怖も感じない。
電車マニアでないから‥‥否、クリスタナ・ローケンでないから??



TX和田沼跡の利根川橋梁を越えると利根川右岸が大きく開ける。
田中調整池といわれる広い田畑は洪水の時に遊水池となる。
調整池は対岸の茨城県側に稲戸井・菅生という2つの調整池があるが、古代から中世にかけて存在した『藺沼』はその3調整池を合わせたよりも広大であったと推測される。但し霞ケ浦や北浦のようなイメージではなく、湖沼と湿地地帯が混在する領域であったのではなかろうか。




新利布施弁財天根橋を越楼門えたところで利根川低地に大きく突き出た大地にある布施弁財天に寄る。
ここも前回の『藺沼試走』で立ち寄ったところ。大同2年に空海によって開山されたという。「大同2年」というのは仏教史や災害史にとってキーワードになるほど、色々な場面に出てくる。
本堂は享保年間、楼門や鐘楼は文化年間の建立である。
境内にある茶屋で小休止。アイスを食べる。



『布弁天古墳施妙見大菩薩』を祀る小さなお堂は弁天古墳というれっきとした古墳である。
前回は疑心暗鬼で撮影したが、お堂の脇から見ると前方後円墳の形状がはっきり見て取れる。







あけぼの山農業公園ポピー畑ランダ風風車が見える弁財天の裏手の『あけぼの山農業公園』に寄ってみた。今はポピーの時期になるそうだ。ということはこれがポピーなのかな。







手賀大橋び調整池手賀沼内の道路に出て、R6から手賀沼に出る。海老のような形をした手賀沼は干拓により、一番おいしい部分?を失った。
ここはもう、中世まで原型を留めていた巨大湖沼『香取海』の最も奥に当たる『手賀浦海』の名残である。縄文海進の頃には香取海と藺沼もつながった巨大内湾を形成していたらしい。
手賀沼の中央を跨ぐ手賀大橋。連続する上路アーチが見事な大橋であるが、やはり親父は北浦にかかる下路アーチの北浦大橋の優雅さのほうが勝る。
手賀大橋を渡るといよいよ帰路だが、CM−11はここでバッテリー切れ。




藺沼回の走行
144km
充電器を忘れたため、CM−11は途中で電池切れ。

備考
かつての利根川本流の名残『古利根沼』が『藺沼』と呼ばれることがあるらしいが、本稿で取り上げている『藺沼』の名残ではない。古利根沼付近は大地が迫った隘路となっており古代の香取海と藺沼を隔てた部分と思われる。


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北浦周回

歪んで出発動があってからはじめての連休。
桜には遅いが、予てよりしたかった北浦周回サイクリングに出た。
以前使った潮来バスターミナルの駐車場。1日500円也。
入ったあとで、反対車線に1日300円の駐車場を発見。
ショックのためか写真が傾いている。




渡れるの?常陸利根川橋浪逆浦を回るために常陸利根川を北上して潮来大橋を渡り、外浪逆浦の南岸から息栖大橋に向かう。途中で前回見逃した加藤洲十二橋も見ていく。
東関東道沿いに『常陸利根川橋』の下に出る。
なんと高速道路橋なのに歩道橋があった。
渡って見たかったが、今回はスルー。



『加十二橋藤洲十二橋』。潮来にあるのは『前川十二橋』で、こちらは佐原市になる。
あやめの時期はひときわ賑わう。
十二橋はホント人ん家の軒先みたいなところにあるので、立ち入っていいものかどうか迷ってしまう。






常陸利なんでだよ根川の常陸利根川沿道土手道は自動車バイク進入禁止で走りやすい。路面も綺麗だ。
と思ったら、外浪逆浦南岸はお決まりの砂利道。
途中迂回も含めて、砂利道は息栖大橋まで続いた。





九人坊外浪逆浦2栖大橋を渡り常陸利根川左岸から外浪逆浦東岸に来た。
水郷を航空写真等で見ると、巨大なハサミのザリガニのように見える。このザリガニの胸部に当たるのが外浪逆浦だ。
外浪逆浦の平均水深は2.5m程度だが、埋立用の浚渫により丁度写真の沖合などは最大水深20m以上になる。
そばに『九人坊の慰霊碑』がある。伝説は別としてもこの周辺は水運の要衝であり難所でもあったことを物語っている。


鹿島神宮一の鳥居宮橋鹿島神宮一の鳥居と神宮橋のたもとに大きな水上鳥居が見える。いつ出来た?
2013年に再建され、現在の位置に移設されたのは2014年のようだ。知らないわけである。






北浦最広部賀から北浦湖畔に出て東岸を北上。ここは前回の逆走である。
舗装も綺麗で走りやすい。但し流入する小河川の河口部に橋がなく、迂回する僅かな区間が毎回未舗装になっている。
古の巨大な香取海と、そこを生業としていた小国家群に想いを寄せながら走る。






北浦大橋北浦大橋を通過。ここから先は車・バイク・徒歩を含め今回が初めてとなる。
景色は良いが道は単調な一本道が続く。







往路鹿行大橋浦大橋から8.5kmで次のポイント『鹿行大橋(ろっこうおおはし)』にでる。
東日本大震災で落橋した旧橋に変わり、前倒し開通したこの橋は新しい。
デザインも北浦大橋になぞっている。景観工学がどこまで生かされているか分からないが、北浦大橋同様この橋も周囲の景観に溶け込み、優雅な調和を見せてくれる





蓮根畑?根畑だろうか。レンコンの収穫時期って秋から初冬のイメージがあるが‥‥








安塚公園駐車場桜と菜の花田市に入り、北浦の流入部分に近づく。
マップでは安塚公園となっている。長い菜の花畑、その後ろが桜並木。満開の季節ではないことが残念。
5月には鯉のぼりの大群が出現するそうだ。





折り返し地点行開始64km地点。折り返しポイントに到着。
ここから上流は巴川である。面積34.4平方kmの巨大な北浦はここから始まる。







折り鹿行大橋返し後はかなり強い向かい風。
鹿行大橋を西岸から。







『北浦宝来変った東屋温泉つるるんの湯 北浦湖畔荘』(??温泉あるのか‥‥)を過ぎたところに変な東屋?があったので休憩。
ホイールを替えて乗り心地が改善したので、パッド付きインナーにしていない。強風によるペースダウンはともかく、マタマタ激痛がたまらん。
想定外のダートが余計こたえたようだ。






頓挫浦流出部を目前にしてついに完全停止。おやつ休憩。
もう駄目じゃ〜!マタずれ痛い!







疲れた〜っと鹿北浦橋梁島線北浦橋梁まで来た。
少年時代、1,236mの長さは鉄道橋としては全国第2位の長さだったはずである。(1位は新幹線富士川鉄橋だったかな)
最後は神宮橋を越え一気に鰐川を下る。
やっと戻ってきました。




北浦回の走行108km
走行速度は17.1km/h 
ダート区間もあり、後半もほとんど15km/h以下だった割には健闘した(スポーツサイクルのCR巡航速度とは言い難いが‥‥)


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700C

購入から1年に満たない嵯峨。
26インチ仕様であることが条件で探したフレームであるが、衝動的に700C化に挑戦する。

寸づまりのロード系ジオメトリーが好きではないので我が家はクロス系とミニである。26インチに拘ったのは、極端に脚力がなく、こぎ出しの楽さを求めたこともあるが、ホイールベースが長く見え、バイクのシルエットがゆったりする視覚的効果が第一の理由だった。
700Cにしてみたのは、嵯峨はもともとツーリング系なのでチェーンステーが長く、700Cサイズにしてもゆったり感が損なわないこと。
もう一点はBBハイトがBMCやMR4にくらべて低く感じる点。ペダルの最下部のクリアランスがないからカーブが怖い。38〜48標準のタイヤサイズに28を履かせているから尚更であった。

700C化ベースとしてチTNI AL22+Shuwalbe marathon 28cョイスしTNI AL22たのは『TNI』の手組ホイール。ほぼ衝動買いだが、購入直前でシマノのスーパーコスパホイール『WH−RS21』との一騎打ちとなった。性能・デザイン的好みともに『WH−RS21』である。スポーク数が少ないほうが精悍であるというジンクスに縛られたおやじに16本と32本の選択なら迷う余地はなかったはずなのに‥‥
しかし今回は
『TNI』をクリックした。嵯峨のクラシカルなデザインならTNIの方が似合うかもということと、32本の方がホイールが柔らかく乗り心地が良いだろうと思ったことによる。やはりもう年である。

700Cと26インチして大きな魅力はその意外な軽さ。
スーパーコスパホイール『WH−RS21』は1850g、エントリー最軽量クラスの『マビッククロスライド』が1700g。通販では両者より低価格帯のTNI− LA22はなんと1674g。クロスライドよりも軽いのである。11速が不要であることとリアエンド135mmという点も考慮した上での衝動?買いである。
ブは『FH−TX800グレードはTOURNEY−TX。廉価版クロスによく使われる、シマノトレッキングコンポと呼ばれるグループのブービーブランドである。ここだけは2〜3千円UPしても上位クラスにしてもらいたかったところである。
さすがに回転は確か良いとは言えない。
慣性では24インチの『A−CRASS FOREX24』や『
MAVIC CROSSRIDE UB』には及ばないのはやむを得ない。
でも、どうせだったら「おじさま
にとっては『ターニー』よりやはり『クラリス』だよねェ。
 
タイ
チューブとリムバンドSCHWALBE MARATHON 700×28cヤは『シュワルベマラソン700×28C』。クロスバイクの定石のようなブランドを一度は試したかったし、ハイプレッシャータイプであることと耐パンク性にも定評が有る。
タイヤパターンはかなりごつい。ビットリアラクゼムと幅は同じ28である。フルスリック拒絶症のオヤジにとってはこのママチャリのようなタイヤは妙に安心感がある。
但し重量はホイールの軽量化分をカバー??して余りあるが。


RIDEA CNCイールとタイヤを購入したあとで悩んでしまったのがブレーキ。
『ベローチェLINEAR PULL カンチブレーキ』は当然そのままでは使えない。『700Cトランスファー』(マンハッタントランスファーっていう懐かしい名前を思い出す)を使うのが手っ取り早く確実な定石。ブレーキブースターの機能もプラスされるメリットがある。
しかしアルミMTBにならよく似合う700Cトランスファーだが、クロモリツーリングフレームには少し無骨過ぎる。今回はTS−7で使用したリディアFLVと、MR−4で恐怖の体験をした最強アシマを(懲りずに)チョイスすることにした。




『アシアシマ+シマノアシマ!!AP72CV−M−HU−AL』のシューはストック分と交換。けして770円の制動力を疑ったわけではない。単に黒の方がすっきりしているだけの理由である。770円のカートリッジシューと1,200円のそれとで150%も性能がいいとは思えない。





『リトラベルエージェントディアFLV』はロングアーチだが、ディズナJリーチレバーでもそのまま引くことができる。但しフル制動すると引きしろをまるまる使ってしまうので、引きしろを変えるためトラベルエージェント(注:この場合、旅行代理店という意味ではない。このパーツを使ったからといって楽に旅行ができるというものでもない。)というパーツを使う。数種類出ている中で最も安価なのが、ミスターコントロールの『Vブレーキコントローラー』。ストックがどうしても見つからず再購入。1,060円。
こんな簡単なパーツで引きしろが解決できることはTS−7で検証済みである。但し初期制動はV特有の鋭い効きが劣ってしまうので注意。



700フロント変更後Cのホイフロント変更前ールはイメージよりかなり大い。24インチのFOREXと26インチのクロスライドの差は39mmだがクロスライドと700CのAL22の差は63mmある。インチ表示なら同じ2インチの差なのに、これほど違う。ただしフォークのクリアランスはぴったりとなった。クランクの最低地上高が確保できたことは安心材料である。




saga700c1リア変更後リア変更前ディアの質感は高いが、全体的にクラシカルなイメージの嵯峨にはやはりベローチェの方が似合う。全体的にキャンディーレッドのアクセントに統一しているのでレッドのブレーキは危惧された違和感はなかった。
 




saga700c2が家の自転車の最大のご自慢パーツ『ベローチェLINEAR PULL カンチブレーキ』が予備役になってしまうことは唯一の遺憾だが、BMCのフレームが健在であり、クランクセットのみ揃えればもう1台組める状態にもなっているので登板の機会は必ずある。

700C化の印象としては、一言で言えば『ごく普通の自転車』になったという感じである。
転勤により自転車通勤から長距離車通勤になったため、通勤バイクの地位を失った嵯峨であるが、「スーパーでママチャリと戦えるショッパースポーツバイク」という我が家のバイクコンセプトが後退してしまうことをカバーできる乗車感が得られるかが期待どころである。


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サクラサイコ試運転

準夜サイコ勤と休日出勤、慣れない新任管理職が1ヶ月続き、寝不足と疲労極限の中やっとまともな休みが取れた。
1日寝ていたいところだが、なにか発散しないと余計疲労が増すので、嵯峨試運転を兼ねてポタに出る。
桜には早いが、桜の季節に休みは取れないので、早めの花見も兼ねて慣れた彩湖まで。
700Cの『TNI− LA22』のはじめての漕ぎ出し。
重たい!
小径車は漕ぎ出しが楽とは聞いていたが、559と比べても明らかに違う。ロードの出だしが遅いのも納得した。



荒川下流河川事務所内川CRを北上。今日はそれほど強くない向かい風だ。
走りなれた1本道だがとにかく重たい。最悪のコンディションもあるだろうが、20km/hの巡航が辛い。やはりハブをけちっているせいか。それとも上手ではないブレーキセッティングのため引きずっているせいか。

それでもいつもはローディーさん達に矢のように抜かされていくのだが、今日の人たちは比較的ゆっくり抜いていく。疲労困憊で気づかないのか、思っているより向かい風がきついのかもしれない。
こぐのがツライ代わりに乗り心地は良くなっていることに気がついた。空気圧指定上限の110PSIまで入れているのに、サスがついているように柔らかい。乗り心地に関しては『クロスライド×ロードランナー
』よりTNI− LA22×シュワルベマラソン』の方が快適である。クロモリフレームの真骨頂というところか。
岩淵水門の先、『荒川下流河川事務所
』の構内に先はじめの桜を発見。
いつもサイコ2のように秋ヶ瀬橋を渡り、さくら草公園から彩湖外周に入る。
彩湖の外周道路もまだ桜には早いようだ。







都市農業公園前見晴茶屋魔に襲サクラわれ最悪のコンディションが続くうちに正午を過ぎたのでみはらし茶屋に寄る。
おォ、もう咲いてるではないか。
多分早咲きなのだろうが少し花見が出来た。
みはらし茶屋で食事、混んでいるせいかなかなか来ない分ゆっくりうたたねできた。
黄色い花が綺麗。名前見てこなかった。菜の花じゃないよね。

飛鳥山公園のまま帰るのもつまらないので、少し寄り道。音無渓谷と飛鳥山公園を経由する。等々力渓谷とともに23区内で数少ない河川争奪の痕跡が残る音無渓谷だが、やはり桜には早かった。
飛鳥山に立ち寄る。フォト中央にいるおまわりさんは残念ながら『DJポリス』ではない。警官ではなく、その後ろの都電の新型車両を撮りたかったのだが‥‥





飛鳥山飛鳥山の古墳鳥山も桜には早いが、日当たりの良い場所でわずかに咲き始めている。
次回の日曜日は仕事が早く終わる予定。花見ができるといいな。
久々に飛鳥山の古墳を1枚。






サイコ行距離66km。普段はポタだが、今日のコンディションでは非常に辛かった。でもちょっと変。距離が少ないなぁ。彩湖往復は最低70kmは走るはずだと思ったとき、やっと気がついた。
‥‥「サイコンのホイール設定直していない」
‥‥
559と622ではタイヤ外周が約10%違う。トリップカウント上では66kmだが、ルート検索すると72kmだった。
行きの20km/h巡航は辛かったが実際は22km
/hで走っていたことになるわけだ。
みんさんが今日はゆっくりだったわけじゃないんだ‥‥

本日の走行 66km(メーター上)
        72km(検索値)

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テラ へ‥‥

初詣ランで五色不動を巡ったが、五色不動の一つ目黄不動には諸説有り、他にも有力候補が有る。
そんなわけでほかの目黄不動も行かないとなんとなく後味が悪い。
既に『門松』もとれたのだが、未だに『角松』を聴きながら、There I Go Again 五色不動。

真言宗豊山派 七星山光徳院回の目的は目黄不動だけではない。年初に成願寺で千手観音を拝んだが、他に千手観音を本尊とする観音堂があることがわかったので行ってみる。そこはかつて世話になった上司の墓所から近いので20数年ぶりに行ってみることにした。







真言宗豊山派 七星山光徳院5真言宗豊山派 七星山光徳院2千手観音様がお祀りされているのは『真言宗豊山派 七星山光徳院』。西武新宿線新井薬師駅からほど近いところにある。
いきなり目を奪われるのは見事な五重塔。各地の巨大な五重塔を見ていると1/2とか3/8のスケールモデルかと思えるような、ちょっと小ぶりだが非常に端正な姿をしている。





観音堂は
真言宗豊山派 七星山光徳院4本堂真言宗豊山派 七星山光徳院3をはさんで五重塔の向かい側に位置する。
比較的小さなお堂だが、なかは豪華絢爛である。もともとこの観音像は秘仏であったとのこと。奥まって安置されているのでよく見えないが『秘仏』にふさわしい霊験あらたかな雰囲気の立像である。





新青梅街道からほど近い寺の墓地を訪れる。
駆け出しの頃世話になった上司の墓は25年ほど前に一度訪れただけで、どれだか思い出せず、1基々々探し回ってしまった。

養光山金碑院 永久寺1白通りから不忍通り・明治通りを経由して、都電三ノ輪橋で昼食。
現存するただ1路線の都電荒川線。廃止の声が上がらないのはなんとか収支がとれているのだろう。
かつての『王子電気軌道』は、幻の『京成白髭線』との相互乗り入れが計画されたが実現はしなかった。歴史に『IFは無い
とは有名なフレーズだが、もし実現していたらこの写真に在来線最速のニュースカイライナーが写っていた???かもしれない。




養光山金碑院 永久寺3養光山金碑院 永久寺2輪橋駅からほど近い大関横丁からすぐのところに『
養光山永久寺』があった。ここが2番目の『目黄不動』である。
不動堂は前衛的な建物(本堂??)の左側にある。門が閉ざされているため裏に回ってみたが、裏通りは民家だった。入っていいものかもわからないのでとりあえず記念撮影。




養光山金碑院 永久寺4つて日本堤があった馬道通り(土手通り)から直線でスカイツリーが見えた。この先にはかつての『新吉原遊廓
があった。








白髭橋を渡り、先ほどの京成白髭駅跡から大正通り・いろは通りを抜けて水戸街道に向かう。このあたりもかつてラビリントと呼ばれた歓楽街『玉ノ井』があった。
京成八広駅を抜けると、21世紀になってから全通した新道『ゆりのき橋通り』になる。意外にも向島から京葉道路まで
ゆりのき橋通りを全走するのは初めてである。


牛宝山明王院 最勝寺2番目の目黄牛宝山明王院 最勝寺1不動、『牛宗山 明王院 最勝寺』は都立の名門(61群だもんなぁ)小松川高校の裏手にあった。
縁起によると、もともと大正時代までは本所にあったらしい。
阿吽の仁王像が守る山門を入ると広い敷地の右側に不動堂がある。





牛宝山明王院 最勝寺3動堂の前には各種の蓮の瓶が置かれている。
お堂の格子はガラス張りのようで、中を覗けるかと思ったが、磨硝子なのか、中は見えなかった。







さて
目黄不動、3つの目黄不動を含め江戸五色不動を回った。守り本尊である千手観音もお参りできたし、今年は明けからテラ尽くめであった。
世界情勢も物々しい今日この頃。世界平和・人類救済を神仏に祈願したいところだが、
自分の仕事がアップアップで、心のゆとりすらない状態
それでも自転車乗り回していられる平和な世の中に感謝するとともに、
凡ゆるものが神である日本人としては、この平和を世界中の戦争や飢餓、病に曝された人々にも分ち合えるよう寺でも神社でも教会でも形振り構わず祈ろう。

本日走行 42km

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一般参賀〜五色不動

1月2日は一般参賀で騎馬警官一般参賀始まる。
去年もより出発時間が少し遅れたせいもあり、
1回目は逃してしまう。






今回ダメかも構楽しいボディチェックボディチェックを受ける
体中触られるのは結構気持ちよかったりする。







半分だけ
アイドル並回目で長和殿中央までこれたが、前回よりはかなり後方で視界はかなり遮られている。
お出ましになると、大歓声とともに日の丸が一斉に振られてサトウキビ畑状態になる。
左側、肝心の天皇陛下・皇太子ご夫妻などは前のおやじの頭にピントが合ってしまい残念ながらすべてピンぼけ。ピンぼけ写真なぞ載せたら『不敬罪』!になってしまう。


アジアンケバブて、やっとお昼ころに皇居から出られた。昨日の続きの初詣ラン。本日は江戸五色不動をめぐる。
前日と同じようなルートを通る。
昼過ぎたので、どこか喫茶店でもと思っていたら、ケバブ屋があったので初ケバブ。
『アジアンケバブ』というお店。味はともかくとして具がめちゃめちゃてんこ盛り。特にキャベツはサンドに入っているというよりサンドを包囲してしまっている。今まで4〜5店のケバブ屋に行ったが、少し変わったケバブであった。




R1大日如来から目黒通りに
入り、最目黒不動尊も有名な『泰叡山瀧泉寺 目黒不動』に向かう。入り江戸三大不動の一つと言われ、2日も非常に混み合っていた。本堂にお参りしたあと「裏をお参りの方は‥‥」などと書いてあるので行ってみると、でかい大日様が鎮座しておられた。






女坂
役の行者小角の途中にある『役行者小角』の坐像。目黒区指定文化財だそうだが、人と煙で写真取れない。
‥‥なんで東京深川って掘られてんだ?







目青不動目青不動尊横線学芸大前を通り、世田谷線三茶駅すぐ裏の最勝寺教学院にくる。ここが目青不動である。三茶の雑踏が嘘のような静寂に包まれた空間。訪れる人もほとんどない。
五色不動が出来た頃、渋谷ですら深山幽谷の地だったはずで、三茶は江戸ですらなかっただろう。何故ここに目青不動があるのだろうか。
江戸五色不動とは、かの『黒衣の宰相』明智光秀‥‥元い、天海僧正によって、江戸鎮護を目的につくられた。密教に通じる天海なので、立地も含め全体で何かを意味していたのだろうが、今の五色不動は当時とは場所も寺も違うようで、今はそれを知る由もない。

さて、再び都心に向かい、再度『悪魔の巣窟』渋谷・原宿・表参道をを抜ける。
マークしていた目黄不動は渋谷区神宮前。なんだ以前ちょこちょこ来ていた『なるしまフレンド』や『スペシャライズドコンセプトストア』のすぐそばじゃないの。

『マ目黄不動(説)ル特ストア(スペシャライズドコンセプトストア)』(ひどい略し方だ)は移転していて今はない。しかし探せど目黄不動の看板は見当たらない。近所の7−11で聞いてもわからないとのこと。仕方なくガラケーで検索。出てきたのは臨済宗龍巖寺。2回も前を通っている。教学院は本来この付近にあったようだ。
門が閉ざされていて中には入れない。
目黄不動は、成り立ちがもともとの四不動に追加された形で、その所在についても最も諸説が多い。
現在は三ノ輪の『
養光山永久寺と平井の牛宝山最勝寺』が有力だ。江戸のまもりとしては鬼門に浅草寺、裏鬼門に増上寺が建てられたが、どの一環を担う五色不動が鬼門の位置にないのも不思議だ。
臨済宗であることがちょっと引っかかるが、ここは最近脚光を浴びているところのようだ。


目白不動
目白不動堂苑西通りから明治通りに入り目白不動に向かう。鬼子母神に程近い学習院下にある『慈眼寺金乗院』。慈眼寺なんて言うとまさに天海僧正のイメージだ。
ここも『江戸三大不動』の一つだそうだ。最後の一つは以前行ったことのある『
薬研堀不動院』。あれ、深川不動や等々力不動は違うの?
というと目黒不動の『東京深川』というのは侵攻してきた深川不動との和睦のしるしか??


丸橋忠弥のお墓手の斜面に広がる墓地には『丸橋忠弥の墓』もあったのでお参り。歌舞伎や映画で有名?な
丸橋忠弥は『慶安の変』に出てくる人物だ。でもオヤジ『慶安の変』なんて知らない。
それって『由井正雪の乱』でしょ。






南谷寺目赤不動白通りから不忍通り・白山通りを経て、最終地『赤目不動
』の向かう、マーク地点がずれていて違うお寺をウロウロしてしまう。この辺も寺だらけだ。ガラケーで寺院名を検索し交番で聞く。おまわりさん二人で調べていただいて教えてもらった。
『大聖山南谷寺』。本郷通り沿いにあり、以前都内古墳巡り』で行った富士神社古墳にほど近い。
不動堂にお参りする。
龍巖寺でお参りできなかったので5円玉が一つ余った。

冬の日没は早い。残された
ミッションに夕飯購入と夕飯までの帰宅がある。夕暮れも迫ってきたので早々退散。残された2つの黄目不動はまた別の機会に。


マップ2本日走行 55km

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初詣 成願寺〜さる寺

謹んで新年のお祝いを申し上げる。
猿江神社よいよ2016となった。今年は申年である。
自宅より橋を渡った旧深川区側に猿江神社という神社がある。この地域の『猿江』の名前となった由緒正しい社で、震災後に建ったという現在の本殿は当時としては最新の鉄筋コンクリート造りである。
祭神は『天照大御神』、『宇迦之御魂命』、『猿藤太』。猿江だからといって『猿田彦の尊』ではない。
まだ年明け前、人のいないときに1枚。




年が成願寺達磨絵明けて実家で恒例の『新年の儀』(といっても家族でお節と餅を食ったあとはポテトチップかじってテレビ見てるだけ)が終わったあとで一人で初詣にでかける。
いつも深川不動が定番なので、たまには自分の守り本尊である千手観音様に詣でたい。どこかに千手観音が本尊の寺院はないものか
とさがす。千手観音がたくさん安置されているというお寺がHIT。




『曹唐風三門洞宗多宝山成願寺』
歌舞伎町方面より、青梅街道中野坂上交差点を左折してゆるい坂をくだりきったあたりの左側に有る。
達磨さんのどでかい看板と唐風の三門がちょっと怪しげだが、なかは至極まとも?なお寺さんである。






成願寺本堂尊は釈迦釈迦牟尼佛如来、お釈迦さまであって千手観音ではなかった。
本堂の横に圓通閣、通称百観音堂があり、各地の千手観音様が安置されていた。
百観音のうち29体が千手観音菩薩だった。まあいいか。守本尊に合掌。名を唱える。
お堂の中に置いてあった、百体観音のガイドブックと成願寺の縁起である中野長者のお話のり−フレットをいただいていく。





「お
百観音堂んばさらたらまきりく、おんばさらたらまきりく、おんばさらたらまきりく‥‥」不動明王とちがってとても覚えやすい。もちろん修行していないので、3回唱えても変身はしない。
初めて来てあれもこれもじゃずうずうしすぎるので、まず家内安全のみ。






さる寺表札があるに代栄閑院々木とオヤジが最も足をふみいれたくない,
東京でも最も恐るべき悪魔の巣窟、『原宿・表参道』を抜けて、外苑西通り・東通り・R1を経由し、愛宕神社の直ぐしたにある『さる寺榮閑院』に行く。






猿寺本堂猿塚年は申年だし、「人で混雑して、猿グッヅなんか売っているのだろう。
」と思いきや、ひとっこひとりいないこの閑散は何?
やっぱお寺さんだからいまいち受けないのかな。





御成門の喫茶店で暗く鳴るのを待つ。
中は綺麗?イト外観は地味マッピングをやっていると聞いていたが、普通の東京タワーであった。しかも2016の点灯もなくちょっと寂しい。








芝公園年恒例芝公園の中央通路での記念撮影は失敗。
ボディがモスグリーンのSAGAは、
ライトシルバー系のMR−4やBMCはのようにボディが鮮やかに映し出されない!







銀座りは銀座を通る
正月とは言え、人が閑散としてちょっとくらい。
最近爆買いブームの銀座だが、たとえどういうお客様であっても『お客様は神様』なのである。最もこれはお店側がお客様に対する奉仕の心を表すもので、某国のように買う方が「自分たちは神様だ」等と思っているからマナーなし・モラルなしと言われるのである。そんな人種が支えるようになってしまった銀座。
それでも『悪魔の巣窟よりは全然好きである。



マップ日走行 41.5km




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ブレーキシュー交換

MR−4のブレーキがテクトロから105に換えたことにより、嵯峨のベローチェとの効きの差が改善されたので、今度はミニVの効きの低下が気になってきた。
BMCから続くカンパニョーロのベローチェは3年半になる。そろそろシュー交換時期にも近づいているので交換する。
ベローチェはカンパの下級グレード、一概に比較はできないが、グレード対比では105とティアグラの中間くらいというところだろうか。効きは結構強烈でロングVと遜色ないものであった。
現在ベローチェのスペアシューを単体で購入で購入するのは難しい。他の品番でも互換性のあるものはあるだろうが、この際カートリッジごと交換することにした。
シマノのブレーキパッドがあるので、一旦はパッド交換を試みたが、互換性はないようだ。仕方がないのでサーファスのカートリッジシューを購入してシマノパッドと交換して取り付ける。
取りベローチェLINEAR PULL カンチブレーキシュー外した『ベローチェLINEAR PULL カンチブレーキ』のシューカートリッジ。少し片減りしているがパッド面はまだ十分使えそうだ。







ブレーキシュー交換4換用のサーファス+シマノシューとベローチェLINEAR PULL カンチブレーキシューを比較。ベローチェのシューカートリッジはMTB用と言うよりはロードブレーキの長さを延長したようなイメージである。







取りブレーキシュー交換5付けてみる。遊びもほとんど同じに調整する。
引いてみると随分違和感が有る。なんか甘いな。‥‥というより引きしろを完全に使いきらないとフルロックしない。ベローチェだと半分強でフルロックになる。
そんな馬鹿な!シマノ効かなすぎる!。いくら安いとは言えシマノがカンパにそんなに劣るわけがない。「流石カンパ!」なんて喜んでいる場合じゃない。
少し冷やしてちょっとお勉強。ゆる〜い効き方になったということは「引きしろが大きくなった」ということである。
引きしろの大きさは「テコの原理」で支点から力点の距離である。本体が変わらないのだから変わる要素は角度である。


なるBlogPaintほど105でお勉強したことと同じである。
原因はインナーワッシャーの厚みである。
ワッシャーの厚みの違いによってワイドプロファイル化してしまっているわけである。






入れ替えれを改善するために、いささか荒療治ではあるが、インとアウトのワッシャーを逆付してみる。








こんワッシャー位置変更な感じである。右がノーマル。左が逆付である。
調整後のワイヤーの固定長は純正ベローチェシューとほぼ同じになった。







レバーの引ブレーキシュー交換1きしブレーキシュー交換8ろも以前と同じになった。
それでも初期制動は少しソフトになった気がする。
実際の制動力や如何?








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ないとらん久々

相生橋から豊洲方面事・家事等でちょっと長距離ランの中だるみ期間中。
スーパームーンの夜、久々のないとらんに出てみた。
夜風が少し涼しくなって、秋の夜長にふさわしくなってきた。
コースはほぼお決まりのベイエリア。相生橋を渡る。





勝どき橋勝どきイヌイビル前の袂より。歴代自転車は全てこのアングルで撮っている。
就航そうそうイメージがちょっと変わっている。
サドルとタイヤはお試し期間。






往年の雄姿も好き築地を望むBMC勝どきより色。
この風景も来年には消えてしまう。




橘丸竹芝桟橋。今時竹芝埠頭さるびあ丸浴衣女性が大勢。
『納涼船さるびあ丸』。納涼船??この時期に‥‥。さるびあ丸って伊豆諸島の定期船じゃなかったけ?
さるびあ丸が出て行ったと思ったらもう次の船が接岸するところだった。『橘丸』。さるびあ丸と同じ、5,000トン級の伊豆諸島の定期貨客船である。
そういえば昔亀戸に住んでいたので親近感があった『かめりあ丸』っていまでもあるのかな。


小さいスーパームーンインボーブリッジのアンカレイジのふもとに来た。
道すがら、いたるところで多くの人がカメラやスマホを空に向けている。
今日はス−パームーンの日。あいにく雲が出てきてが、レインボーブリッジから見える月は小さい。






ノースプロムナードからょっと写真取りにプロムナードを歩く。
自転車だとサウスルートとなり北に広がる都心の風景は見られない。







晴海大橋よりび引っ返して勝どき橋から晴海大橋へ。
豊洲の街並み。
ここは昼間よく来るところ。






豊洲市場海大橋から富士見橋経由で台場へ向かう。
新市場建設地。前回きたときはやっと基礎が始まったところだったが、めちゃ急ピッチで外観ができている。
土壌汚染といい、商業施設撤退といい、まさにオリンピックの失態を暗示するような醜態だった。






まだ早いんじゃないのーリア前から海浜公園に沿って走る。さすが平日だから人通りは少ない。
イルミネーションが綺麗だねぇ。でも少し早くない。さっき浴衣の納涼船を見たばかりだ。年間定番か?。







台場海浜公園より台場海浜公園からのレインボーブリッジ。暴れるチャリに猿轡を噛ませるのはいいが、一通は解除していただきたいものである。







若洲357の歩道を走る。ここは歩道の方が安全で走りやすい。夜は暗いのが難点だが、お台場中央から辰巳までほとんど信号なしのノンストップである。
東京港の外郭を貫くゲートブリッジに行く。双龍トラス橋。『登竜門』ではない?。






ゲートブリッジ下55mはベイブリッジとほぼ同じだが、こちらのほうが高く感じるのは構造の違いからだろう。ベイブリッジは開通により世界の大型客船が大桟橋に着けなくなるという汚点がついた。竹芝桟橋やフェリー埠頭は、東京の顔ってわけじゃないんで問題ないようである。でも日本が誇る『飛鳥供戮歪未譴襪茲Δ任后『TITANIC』
はマストが突っかかってダメだけど‥‥。





夢の島大橋より後は夢の島大橋から豊洲方面を。
この辺は路面が悪くて自転車は走りづらい。
この橋は大型車の途切れることはなく。手ブレなしで取ることは困難といえる。(実際写真にするほどの景色ではないけど)

走行47km
レインボーブリッジの歩きと夜食タイムも含めて5時間弱。
お決まりコースだが久々に秋の夜長を満喫した。

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江戸川サイクリング

水郷サイクリングから4日で次のツアーに出る。
久々の江戸川サイクリング。河口から出発し右岸で関宿から利根川に出て利根運河を経由して左岸で江戸川河口まで下る計画。
新しいメットの快適性は前回の『水郷サイクリング』で確かめられたので、今回は『嵯峨』と新しいタイヤが長距離に使えるかのテストランが目的。
フレームサイズを自分に合わせた『嵯峨』だが、BMCより1.5kg近く重くなった車体と、1.25スリックから1.5セミブロックに替えたタイヤがどう影響するか不安だった。
距離を稼ぐのが目的ではないので、往葛飾橋すぎ路ちょっとはしおりR14江戸川CR経由で小岩から江戸川CRに合流。
このあたりは広くて舗装状態もよく快適だ。
葛飾橋を越えると対岸に松戸の市街地が見える。





野田線鉄橋Rはやが野田橋すぎて細くなる。野田橋を過ぎたあたり。この先の土手に面した木々ではカブトムシがよく取れる。娘が小学校のころ、会社の同僚家族に教えてもらった。
昨年の筑波山のドロップアウトで、愛宕駅からお世話になった東武野田線の鉄橋。1時間に1本(最近は、てことないか‥‥)の電車に出会えるのはとてもラッキー!



関宿水門珠花橋を宝珠花橋すぎ過ぎると、ロードは雑草に覆われる。ススキの一種なのだろうけど、この先すれ違いもできないほどの密林状態?になる。汗で濡れた服が実だらけに‥‥
江戸川の分流部にある関宿水門につく。この水門は人と自転車(原チャリくらいは行けるかな)しか通れない。今はこの先が利根川との分岐点だが、明治初期まではこの辺は逆川と言われ、江戸川分岐点はもう少し下流にあった。



TS関宿根と江戸関宿城川の分岐地点にある関宿城博物館。関宿の歴史・利根川の東遷・水運の歴史資料などが展示されている。
歴史へのタイムスリップに想いを寄せ、今回の走行履歴はちょっと変わった地図にプロットしてみた。





河口から100km涼しい宿城から利根川に入る、この辺からは2012年6月のMR-4できたルートと重複する。
しかし暑い!。芽吹き橋を超えるとゴルフ場に突き当たりCRは一般道と合流する。裏道から行こうとしたら薄暗く涼しい林の中に入った。このままずっとこれで帰りたい‥‥。とりあえず行き止まりでなく一安心。




銚子利根運河から東京運河水門までの水運の大動脈として難工事の末開通した利根運河。利根川口にある利根運河水門。
かつては東京から河川をつたった定期蒸気船があったそうだ。
18時間かかったというから夜行だったのか。





TS利根運河れも開削前の地図を見ると地形をを最大限利用するだけでなく、大幅な工事が行われたことがうかがえる。
この辺はかつては大きな沼があったようだ。


江戸川口は前回走破しているので、運河駅から流山街道に入り食事休憩。
ここからまた江戸川左岸のCRをひた走る。強風というほどではないが、このあと河口まで向かい風との戦いになった。


江戸川河口堰川でクーリッシュ食いながら限界。一度CRを離脱しコンビニへ。アイスが食いてぇ〜。
駅前でクーリッシュを買って再びCRに戻る。
この至極のひと時。1個じゃなくて2〜3扱かってくればよかった‥‥
行徳橋に併設された江戸川河口堰。近年架け替えになるようである。あの歩道は何とかして欲しい。




中洲あとこからはTS葛西何回も通っている部分である。ここもかつてはこんな感じだった。
この地図には現在の今井橋の上流、江戸川3丁目あたりに、大きな中洲がある。この中洲は昭和前期の地図までは乗っていたのだが、護岸工事の盛んになった昭和30年代ころに消えてしまったようだ。
今はけい留場になっている。


浦安河口が近い江戸川河口橋を渡り、再び千葉県に。東京都が『武蔵』だなどと変なこと主張しているから、河口は千葉県川から見なければならない。江戸川(旧太日川)は『下総』でなければならないからだ。
旧江戸川河口。対岸には今回海水浴ができるようになった『葛西臨海公園 なぎさ海岸』が見える。幼い頃に死んでしまった地元の河川や海は蘇った。これは世界中に誇ってもいいことである。ここから飛び込むのは遠慮しておくが‥‥




これおまけはおまけ。計画ではなぎさ公園を出発して、ディズニーリゾートが終点だったので、終着地点だけは目標達成になった。









マップTS江戸川サイクリング日走行145km。
日帰りとしてはBMC津久井湖サイクリングに次ぐ距離だ。まあ今回は観光スポットが少なかったから‥‥。タイヤは悪路や段差には快適だがやはりスリックと比べると軽さがない。130kmを超える走りでは必ず1回はつま先か膨ら脛を攣ってしまうのだが、水郷も今回も攣ることなく走破した。これってビンディングの効果なのか‥‥
お股の苦痛だけは、クロモリでもタイヤを太くしても効果はなかった!

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SAGA 4

やっとマウンテン‥‥じゃなくてシウンテン
シウンテン1んとか組みあがった『嵯峨』で彩湖まで、毎度の荒川CR試運転。

家から裏道を走っているときはあまり感じなかったが、CRに出て漕ぎはじめるとまず実感。な〜んか重たいな〜。
これが1.3スリックと1.5セミブロックの違いなのかな?。空気圧は85PSIと80PSIMAXだからほとんど変わらない。ロードランナーは1.5サイズの中では指定空気圧は高い方だ。




朝霞水門しばらく走っていると、ポジションのおかしさがわかってきた。
ハンドルが高すぎる。前に倒しすぎた。
とりあえずハンドルを15mm下げて5度ほどおこす。
サドルも低い。3センチほど上げる。





シウンテン2ヶ瀬公園まで行って引き返す。
帰りは強い向かい風となった。
しかしクソ重たい。確かに強い向かい風はツライがこれほど重たいのは何故?。
異変に気づいたのは彩湖を過ぎたあたり。
やはりサドルが低い。というより下がっている。締め方が弱いのか。彩湖で写真とたとき何故気づかなかったのか、出発前に合わせたポジションから4cm近く下がっている。
今度は上げたあと、クイックだけでなく六角で増し締めした。

これで大丈夫。と思ったが一抹の不安。オーバルのポストは、トランジット7でも同じ現象があったっけ。締めても締めてもズルズル落ちる。しまいにはいきなり下まで落ちて危うく事故るところだったのだ。クランプをいくつか変えて、やっと落なくなった。あの時は28.6でシムを使っていたせいだと思っていたが、トランジット7に娘が乗るようになって危険だと思い、28.6径ポストに交換し、使わなくなり蔵入れしていたものだった。

オーバルCAR600Nさかと思っているうちに不安が現実となる。やはり少しづつ下がっているなーと思っていた矢先、いきなりゴツンとおっこった!!
落ちたといってもシートチューブ長とエクステンダーがあるため5〜6cmである。トランジット7のような惨事にはならなかった。

OVAL/M600N。当時は定価1万位したのを、なぜか掘り出しモンコーナーで2,5〜600円で買ったような。但し、現在はどこを探してもパールシルバーのものはない。そんなわけでトランジット7時代からめちゃめちゃな締め方をしているのに目立つ傷が全然ない。この不思議なコーティングがつるつる滑る原因か?分子結合殻‥‥?。でも『ゴライアスママチャリ』には勝てない



仕方レストランへみはらし茶屋全景いのでだましだまし行く。
みはらし茶屋でお昼ごはん。
今回は忘れずに写真撮影。カメラを忘れたので、汚れで曇った『ガラケー』で撮影。


2階のレストランへ行く。




流石、今日はあった農業公園野菜たっぷり内!野菜尽くしである。
今日はハンバーグカレーがあったので注文。







シウンテン3こから家まで20数キロ。ちょっと走っては止まってサドルをあげての繰り返し。
流石にこれ以上下がるとつらい。

とりあえず応急処置でU品アルミポストとクイックなしクランプを購入。300mmなのでセフティリミット限界である。これで解決すればよいが‥‥





サイコ日走行80km
シート高がまともならもう少し軽やかだったかな。
嵯峨前途多難





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SAGA 3

SAGA 3 (Xenosaga episode靴任呂覆ぁ

さて、Saga 3Saga 1バーテープ。バーテープもフィジークスーパーライトブラウンを再利用するつもりだったが、巻いてみたら寸足らずだったので、若干安いディズナロードテープを購入。マンゲルフローと色合いが少し違う。

組立がほぼ完了。初めて室内ファクトリーから屋外へ出す。
思っていたより軽い。でもペダルと工具入れ・ライト等セットするとMR−4やBMC−AC02より明らかに重い。
まあ、軽さより快適さ重視(のつもり)だから、とりあえず重量は気にしないほうがいっか‥‥。


嵯峨 3嵯峨 1イトマウント、サイコン等装着。
パワーラチェットはインとアウトの幅だけ合わせると、シフトの繊細な調整がなくても勝手にチェンジしてしまう。ここが素人にもセットできてしまう、ある意味最も危険なところ。
最終調整ができるまでワイヤーカット処理は保留。
‥‥いっそそのままにしておきたい気分。
ものは完成した時から崩壊が始まる。
不完全なところをわざと残しておくことで永久に崩壊しないことを願う古人の発想である。(危ないからよいこは絶対やってはいけない)

結局流用予定パーツのうち、フロントディレーラー・10Sチェーン・ステム・スペーサー・シートクランプ‥‥とバーテープが新規購入となった。バーテープ巻とシフト調整だけは何度やっても上達しない(苦笑)。


嵯峨 2成間近となった『嵯峨オリジナルコンプリート』

※購入パーツ
ソーマ サーガフレーム&フォーク470mm
タンゲ TG36J27ヘッドパーツ
ディズナ リードステム 80mm/73°
ディズナ バンテージコラムスペーサー
105フロントディレーラー FD−5700B M/S
10Sチェーン CN−HG54
ギザ シフトアウター
無名30mmシートクランプ
ディズナ ロードバーテープBR
パナレーサー ロードランナー26×1.5
パナレーサー チューブ

※移植パーツ
105クランクセット FC5750L/165
ドライブライン バッシュガード
BB トーケンTK877EX
ディオーレXTリアディレーラーRD−M780 SGS
10速スプロケット11−36T(品番不明)
ベローチェ ショートVブレーキ
ジオスハンドル 400mm/26ф
ダイアコンペ パワーラチェット
ディズナ レバーハンドルマウント
ディズナ Jリーチレバー
マビック クロスライドUB
シマノクリッカー PD−T420
不明スタンド
不明ライトマウント
トレロックサイコン FC535
ブッシュ&ミュラー サイクルスター
トランズX スキュアー
リクセンカウル エクステンダー

※蔵出しパーツ
オーバル シートポスト27.2/400mm
ディズナ Jクルーレバー
セライタリア マンゲルフロー
ギザ ブレーキアウター
シマノ インナーワイヤー(品番不明)
他・小物

パナRoadrunnercazadero_skinレーサー『ロードランナー』ってSOMAのフォトによくで出ている『カザデロ』によく似てる。
意図したわけではないが、道理で「らしく」見える訳だ。


最後の大誤算
適正シート高にすると、『ショッパー』がタイヤに干渉してしまう。ショッパーコンフォートミニやマッチパックしか装着できないと、買い物がMR−4専任になってしまう‥‥
篭も調達かな‥‥戦う相手はカーボンロードよりはるかに恐ろしい激安テッチンママチャリなのだから‥‥

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次はマウンテン‥‥ではなくシウンテン
ナンチャッテスレイライド!





SAGA 2

26インチ・カンチブレーキ仕様・リアエンド135mmは珍しいが、おかげでAC−02のパーツをそのまま移行できる。
いずれにしてもタイヤは交換時期だったのだが、700Cだとホイールも調達しなければならない。むろん費用的なものもあるが、もともとBMCクロスを選んだ理由自体が26インチだったこともあるように、26インチにこだわりがある。
ロードランナー26×1.5イヤロードランナーについては1.25にするか1.5にするか散々迷ったが、1.5にすることにした。
パナレーサーの『ロードランナー26×1.5』セミブロックのツーリングタイヤである。ヒリキストのナンジャッカーとしては、少しでも細いサイズで走りを軽くしたいところだが、脚よりお尻に来る方がつらいのと、僅かな砂利道でもスリックのトラウマから脱したかったので、あえてチョイス。
好みとしては、安心感も含めサイドブラックなのだが、今までのタイヤが300gそこそこだったので、さすがに650gにする勇気がなかった。それでも470gは重たい。
シールをすべて剥がしたクロスライドとの組み合わせは、いたってシンプル。ホイールごと換えたみたいだ。

現行フ組上げ中ロントディレーラーはバンド式34.9Φ。31.8Φのシムがついていたので、そのまま付くかと思ったが、合わないので問い合わせたところ、チューブ径28.6Φとのことだった。(そうは見えない!実測は29.2Φある。塗装の厚さらしい‥‥重たいわけだ。)
シムだけ買ってきて2重巻するのも不安なので、FDは交換。
ここでもう一点困った問題が『チェーン』。AC02は111リンクに設定してある。購入時は116リンクだったのに、のこったチェーンと10S用ピンがない。SAGAは計算上は116リンク。やはり足りない。まだ持ちそうだがこれもやむなく購入。とりあえず近所のショップで一番安かったディオーレHG54を購入。
シートポストはTS−7のオーバル600Nを復活。シートクランプも31.8mmでいいと思っていたものが30.0mmだった。ストックがないのでこちらも急遽無名品を購入。

コラムカット30最強46センチ砲ムはコラムカット超兵器ノンカットでアンカーをセットしてもらっている。普通のアヘッドって、ステムで止めとかないとコラムがスットーンと落ちてしまう(インテグラルだとそのままでは落っこちないのだが)。まずありったけのスペーサーを使ってとりあえずフォークを固定。
サーガのコンプリート車は多くが長いコラムに上向きステム。かなりのアップポジションになっていて、それが自然なところが大きな魅力だ。とはいえやはり長すぎたので30mmほどカット。今回はコラムが長すぎて、TS−7やAC02で使用した自作アンカー引下げボルトが使えず、さらにボルト長を延長した。

ステディズナステムブラッディームはエイカーの35°/80mmステムを使う予定だったが、「やはりこの手のバイクはシルバーでしょう」とのこだわりもあり、ステムとシムを予定外で新規調達。ハンドルがブラックでは片手落ちだが、残念ながら、そこまで無い袖は振れない。
アウターはTSー7で使ったフォログラムタイプを使用。ちょっとブラッディーだが血管のイメージで自分とクロスオーバーした。最後の20cmが足りずにシフトアウターのみ追加。
これで切れたり詰ったりしたら、循環器系持病もちはやばいっす!。
ハンドル周りはディズナブランドが幅を利かせている。流石にアウターだけ目立つ。


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SAGA 1

オーsoma-frm-sagaダーしていたフレームが届いた。『ソーマ・サーガ』。SOMA FABRICATIONSというカリフォルニアのメーカーがプロデュースするクロモリツーリングフレーム。







クロモリタンゲプレステージ フレームは学生時代のランドナー以来、何と40年ぶりである(ハイテンスチールは何台も乗ったが‥‥)
フレームには『タンゲプレステージ』のロゴシールが貼られていた。専門ではないので意識しなかったが、フレーム素材としては1級品とのことである。
納品時にショップで組んでもらったヘッドセットも『タンゲ』。特に語呂を意識したわけではないが‥‥





AC02 1嵯峨1ズは“47”。正確でないにしろ、フォーク・ヘッドパーツ含む単体重量は実測値約4,600g。AC02アルミフレームと1,000gの差がある。ツーリングフレームとして不可欠な堅固さの為だろうが、これって結構重い(BMCの3.6kgもロードバイクと比べたら重いけど)。
デザイン的にもクロモリのシャープでスレンダーなイメージはなく、見た目の太さはアルミフレーム並である(個人的にはそれが好みなのだ‥‥)。



フレーAC02 2SAGA 2を並べてみる。BMCのTTは565mm。これで適応身長160〜170cmなのだ。オフセット0mmポストと70mmステムで乗っていたが、それでも前傾がきつい。
SAGA“47”はTT長517mm。BMCより48mmも短い。適応身長は謳っていない。体に合わせろということだ。ホイールベース長はSAGA1,030mm。AC02と10mmほどしか変わらない。
ロードバイクの標準的サイズと比べても明らかに長い。クロモリとあいまってソフトな乗り心地を期待したい。
でもどうして自転車のサイズって今だにチートチューブ長で掲示されるんだろう。水平トップチューブ長のが大事じゃない?
これで苦労してるんだし。

まあ、これからゆっくりと組んでいく。

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Google翻訳では、何故か『相馬 佐賀』になる。どうせなら『嵯峨』がいい。『嵯峨天皇』のファンであるから‥‥。
車が『枯野(KARANO)』だから自転車は『神野(KAMINO)』で語呂がよかったりして‥‥。

livedoor プロフィール

枯野

愛車紹介
1.PRESAGE U31
愛称KARANO号
  :いまや歴史遺産となりつつある3.5L/フルタイム四駆。最近は金欠でタコメーターしか見れなくなった。2002年モデル。

2.MR−4
  :GIANTのロングセラーフォールディングバイク。18年間コンパクトスポーツの頂点に君臨した名機。2010年モデル。FからSE擬き仕様にDIY。

3.SOMA SAGA『嵯峨』
  :米国ソーマファブリケーションズのツーリングフレームに格安パーツを買いあさって組み付けたグラベル風クロモリツーリングバイク。年式不明

4.ALPENCHALLENGE   AC02
  :レーサー志向の本格バイクを投入する『BMC』の珍しい26インチアルミバイク。ストックパーツを再編成して復活した我が家の軽量クロスバイク。2010年モデル。  
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