KARANOがれーじ

KARANO 枯野 1.古事記に登場する仁徳天皇所有のハイスピードクルーザー。毎日灘波と淡路を往復し清水を宮に運んだ。 2.我が愛車のニックネーム。毎週我が家とスーパーを往復しPBの飲料水を運んでいる。 3.枯野さん(ハンドルネーム)。 鍵穴型古墳マニア。持病持ちポタサイクリスト。

BMC

海が見たい

初夏を通りこして、既に真夏の様相を呈している空梅雨の土曜日。
恐怖の行徳橋度のことだが、この時期海が見たくなり九十九里を目指す。
今までの、車で行ってベースを起点にするのではなく直接家からの往復にする。
検索での予定走行138km。

往路は御成街道をベースにするため、京葉道路から江戸川水閘門・行徳橋を渡り船橋に抜ける。
本日最初の難関行徳橋。架け替えが進んでいると聞いていたが、まだ桁の一部ができているだけだった。
歩道が狭くすれ違いに難儀するので、車の切れ目を図って、一気に車道で渡る。
土曜日朝で車も少なくゆっくりと渡れた。

花見川度か通っているとタカをくくり、ナビなしで走ったため、御成街道に入るまでに、船橋・習志野で迷走する。
津田沼から、大久保を抜けて御成街道に入る。







御茶屋御殿跡滞の四街道を越え、定石通り自衛隊横を通ればいいものを、横着したら、また迷走。無駄な遠回りをした後、再び御成街道に入る。佐倉街道から先の御成街道は、起伏が多く、道が細くて悪い昔ながらの道の印象が強いが、市街地化により整備が進んでいる。
市街地を抜け、埃っぽい畑と林が混在する長閑な風景に替わると『御茶屋御殿跡』の看板。家康のお鷹狩りの休息場としてつくられた借り屋敷で、井戸や土塁が残されている。




OXエンジニアリング道の時は気付かなかったが、『OXエンジニアリング』を発見。千葉の校外とは聞いていたがここにあったのか。
ミニベロの名車『ガゼル』のカスタムメーカーである。但しミニベロでいえば『ガゼル』より『ピコ』が有名。しかし主力商品はカスタムメイドや競技用の車いす。最近よく見る犬用車いすも造っている。






ニチレイレディズやってますの辺まで来ると、車も少ない長閑な田舎道だが、今日は観光バスに大型セダンや外車がやたら走っている。ところどころ警備員もいる。
そういえば途中に「袖ヶ浦CC」があったのだ。なんで袖ヶ浦と全然違うところに『袖ヶ浦』なんだという突っ込みは別として、今日はニチレイレディズの中日であった。





御成街道跡康の命により敷かれた御成街道(当時はそう呼んではいなかっただろう)は起点の船橋から東金までほぼ直線的に敷かれ、そのかなりの部分は現在も一般道として使われているが、時代の流れとともに道が変わり、寸断され現在ではその痕跡を見ることもできなところもある。
千葉市山王町周辺・東金市周辺とこの八街市沖地区である。沖地区に入ると斜めに突っ切る直線道は消失し、区画整理された、碁盤の目状の道に替わっている。今は全く痕跡のない道端に斜めに建てられた看板だけが当時を知る目印になっている。



雄蛇が池雄蛇が池一のポイント『雄蛇が池』に到着。金山トンネル・観音隧道と並び、千葉県でも五指に入る心霊スポットだが、昼は自然豊かなバス釣りスポットでもある。トイレ休憩も兼ねて立ち寄るが、確かにここのトイレには夜は近寄りたくない。
前回はここから東金市街までで前進を断念、反転帰投となったが、今回は海を目指してさらに前進する。



不動堂蛇が池からまたしても迷走して不動堂海岸まで14km。
やってきました九十九里浜。
しかしこの砂!。自転車を端に停めることもできず、ビンディングシューズに砂が入るのも嫌なので、ここで海を望むことは断念。
ここから、折り返し予定地点の『サンライズ九十九里』まではあとわずか。




智恵子抄の碑智恵子抄の碑ンライズ九十九里の手前に『智恵子抄の碑』というものがあるので寄ってみる。
文学にはトンと興味ないオヤジであるから高村智恵子が療養のためこの地にいたというのは初めて知った。
実際この場所に智恵子のいた別荘があったわけじゃないだろうが、車だと事前調査をしなければ見逃してしまうようなポイントである。
‥‥自転車立てかけてごめんなさい。‥‥


サンライズ九十九里っと到着。今回の目的地、「千葉のマリーナベイサンズ」??(‥‥といわれているかは不明)『サンライズ九十九里』。
屋上にプールはないが、屋内にサウナ付きの展望風呂がある。
これがリゾートホテルではなく『国民宿舎』だということが、〇〇ベイ〇〇〇に勝る唯一の勝機か‥‥
手頃な値段で泊まれるのだが、休日スケジュールが直前まで合わせづらい我が家では『ホテルシーサイド江戸川』とともになかなか取れない宿の一つである。




外海です。九十九里浜ンライズ九十九里のすぐ横で海にそそぐ『真亀川』の河口から海岸線に出る。
河口提の突端部。目前に広がる大洋。初めての自走による九十九里到達。今回のミッション達成。





スタバ飯路は白里から大網街道1本で本千葉に抜けるルート。すでに脚は引きつり状態だが、前回の渡良瀬と違うのは、予想通り帰路に追い風になったのと、お尻の苦痛が限界点に達していないことである。
大網の市街を抜けると、最後の難関、1.5km・平均斜度4.1度の上り坂。普通のサイクリストなら何でもない軟斜路だが、今の親父には獄門坂である。しかしここを登り切ると、千葉寺までの約17kmはほとんどペダルに力を入れる必要のない僅かな下りである。
千葉市街に入ってスタバで遅昼の糖分補給。超甘が休まる。



幕張りはR14から花見川を下り、『幕張の浜』に出る。太平洋と東京湾の両方の海を堪能?できた。








本日九十九里センチュリーライド達成??の走行160.67km。距離こそセンチュリーだが12時間かけているから、最初の4時間でNGである。
でも、この800円で買ったサイコンは「26インチ」としか指定できないのであまりあてにならない。GPSがなくなってちょっと不便だ。
記憶の限りルートラボで再現した距離は158km。
前回の渡良瀬サイクリングより距離も長く斜度もあったが、帰りの追い風と尻の苦痛軽度による精神的・肉体的余裕が幸いした。


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昼ポタ

自転車通勤がなくなったため、年末の下野ライド以来の自転車出動となる。
銀座の某リサイクルショップで買い物をしてから晩飯のおかずを買って帰るまでの時間、久々に少しこぐ。
お茶してから、桜田門を通りBMCの故郷、赤坂の某大手チェーンのサイクルショップに物色しようと足を延ばしたが、店がなくなっている。
HPみたら半年も前に閉店していた。
他の店に行くのもつまらないので、このままポタに切り替える。

六本木通りから麻布通りに入り、外苑東通りに入る。今日は警備がとても物々しい。しかもやたらに旭日旗がはためいている。
『今日は何の日』。「お財布の日」。「モスバーガーの日」。右翼とも機動隊や警察隊とも関係ないなぁ。

天文台跡天文台跡2シア大使館の横の路地を入ると、小高い丘に突き当たる。今はアフガニスタン大使館の一部も含むこの突き出した台地の縁に東京天文台があった。あまり物々しいので警備の警官に「天文台跡に行ってもいいですか」と尋ねたら「天文台跡なんて知りません」と答えられた。
ここは以前にも一度来ているが、この史跡の正式名は『日本経緯度原点』という。三角点などの地理的測地はここを基準とされていた。関東大震災までここは天文台だったのだ。


今日は何の日?タワーのものしい飯倉交差点をこえて、東京タワーからタワー前交差点・赤羽橋を経由して芝公園に。またまた街頭演説がけたたましい。そしてバリケード。
『今日は何の日』。「スイーツの日」、「日曜休日・土曜半ドン制定の日」。そんないい日だったのか。
それとも誰か来た?サウジアラビアの国王陛下一行が大挙して来日するからか。それも関係ないな。何故なら石油燃料の宣伝車で走り回っているんだから。



今まで最も丸山古墳3多く訪れた古墳、『芝丸山古墳丸山古墳2』。案内板には『全長106m』とある。おやじはこの古墳の大きさを「墳丘長125m」と紹介する。『東京都遺跡台帳』の『港区遺跡癸横粥戮冒環坑隠横毅蹐筏載されているからだ。
南武蔵を実効支配していた豪族の墓だろうが、125mという大きさは鉄剣『稲荷山』の120m、同時期の『野本将軍塚』115mなどの北武蔵の墳墓も上回る規模である。
「王よ(「なんだ長嶋」‥‥とは返ってこないだろう)この周囲の騒然、どう思われますか‥‥。」「とりあえずお茶にしますか‥‥」

芝公古川河口園を貫き、丸山古墳の前方部を削いだ環状3号線は、日比谷通りから先は未整備の路地となる。JRの歩行者用ガードを超えると海岸通りに突き当たる。
海岸通りから見た古川河口。首都高が寄ってたかって古川を半暗渠化してしまっている。この惨劇は日本橋川より酷い。これがかつての『春の小川』の河口である。





またBMCレインボーループまたやってきたレインボーブリッジ。
橋げた高50m。最近知ったのだが航空機規制による高さ制限は150m。レインボーブリッジの主塔高は126m。24mのクリアランス(バーゲンじゃないよ)があるわけだ。
単純ではないが、主塔發鬘隠毅娃蹐泙念き挙げたら橋げた高は74mになる。もしかしたらタイタニック号もくぐれたかも知れない。どちらにしろあり得ない話ではあるが。
もともと買い物目的だったので、ショッパー仕様のAC−02。

2層ゆりかもめダイジョウブ構造の下層部が一般道とプロムナード、して中央を『ゆりかもめ』が通る。
以前仕事でビッグサイトの展示会へ行ったときは寿司詰めであった。ちょっとした展示会で通勤ラッシュ並みの混雑。
オリンピック、ホントに大丈夫なの?






プロ第3ダイバだった第六ダイバだったムナードから見えるのは第6ダイバダッタ。
その先にあるのが第3ダイバダッタ。
ダイバ・有明のビル街の向こうにゲートブリッジが見える。
江戸の外港の守りとして9基が計画・着工された台場。第1・第4・第5は大井の埋立地の中に埋もれた。第2は航路上の障害として撤去。第3と第6が現存。第7は未完のまま撤去。第8は有明埋立地に替わり、そして第9台場は、まさに今問題のスポット『豊洲市場』の場所に築かれるはずだった。


豊洲市場豊洲再び明から豊洲へ。前回とは逆ルートになった。
周辺整備を残して、ほとんど出来上がっている豊洲市場。
なんかほかの使い道ないのかねぇ。入る前から「使いずらい」なんてレッテル張られて、立つ瀬がないよね。某元都知事さん、無駄な銀行の分まで合わせて金返して。




さて、晩ライフで買い物ついでにソラマチ飯の買い物は、押上げのライフ。晩飯買って帰るには時間があるので、ソラマチでお茶をする。
『ライフセントラル押上店』。ライフはIYやイオンと違ってこじんまりしていて地元密着感があるが、ここは少し毛色が違う。変わった商品も置いてあり、クイーズほどではないがちょっと高級感もある。


久々の半日のんびりポタ。
コーヒー代ばかりやたらにかかった一日であった。
hirupota





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加瀬山(消失古墳ライド再び)


神奈川県には大型古墳がないからつまらないというイメージを僅かながら変えたのは、先年90m級の逗子長柄桜山古墳をライドしてからである。探訪基準の100m以上のものはないが、神奈川県にも70〜90m級のものがいくつかある、近隣サイクル古墳探訪としては最後の宝庫もである。
今回はぐっと近い川崎の加瀬白山古墳に行く。

R1多摩川大橋を渡る。
新川方面R1多摩川大橋川は関東でも十指に入る大河川であるが国境をなしてはいない。対岸の川崎市も律令国制では武蔵国である。
この大河川をもってしても国を分かつ関とはなっていないことを考えると、武蔵・下総国界だった古利根川・古隅田川などは当時どれだけの大河だったかうかがい知れる。
新川の高層ビル群の後ろに目指す加瀬山台地がある。



橋をリバーサイドカフェ渡ったR1の上流側に『多摩川交流センター』なるものががあった。建物右側は『リバーサイドカフェ』なる喫茶コーナーになっていた。今日はあいにく腹の調子が悪く。コーヒーのリスクが高いので断念。捲土重来を期す。
今日のコンディションにぴったりの『ガス橋通り』を排ガスを放出しながら突き進む。






『加加瀬山瀬白山古墳』を含む『夢見ヶ崎古墳群』があるのは通称『加瀬山』。多摩丘陵より続く下末吉台地の最突端にあり、矢上川で他の台地と寸断されているため独立峰のように見える。
川崎の『ギアナ高地』と呼ばれているかは定かではない‥‥。




動物公園2動物公園地上部は動物公園になっていた。
駐車場も無料、入園料もなし。近隣の子供連れには絶好のプレイスポットだ。







浅間神社くつかの加瀬山3号墳寺社があったが、小高い盛土の上に鎮座しており、これがみな古墳になっている。
麓や中腹にも古墳が点在しており、3号墳は石室が修復保管されていた。






天照皇大神宮2照皇天照皇大神宮大神宮でお参り。ここも円墳の上に社殿が鎮座している。








加瀬白山古墳的の展望台『加瀬白山古墳』は台地の西側中腹あったとされる。「される」というのは、『加瀬白山古墳』を含む周辺の台地は開削のため消失しているからである。
富士見展望台の看板には西側の森が白山古墳跡との掲示。
かつてはあの森まで台地が緩やかに伸びていたのか。




消失部分加瀬白山古墳下りて森の周囲を回る。墳丘長87mの古墳は県下でも最大級に当たるが、後円部をわずかに残し、前方部はほぼ開削されている状態のようだ。
勿論史跡として整備されているでもなし、私有地のため立ち入りもできない。
これが古墳跡かは判断しずらい。この小山が白山古墳としているのは富士見展望台の案内板だけで、他の資料では完全に現存していないとか、位置も100m以上東の白山幼稚園周辺であるとされているからだ。



加瀬山周辺古地図れ以上の侵入はできないので、
この付近でもう一つ、同時期に消失したという観音松古墳跡地に行ってみる。
現存していた時代の地図で見ると、古墳は現在の矢上小学校の校舎から慶大グランド辺りにあたる。






矢上川上川の観音松古墳跡地2遊歩道に沿って丘の北側に回る。
矢上川は思ったより自然っぽい川で、市街地の河川ではあるが、イメージよりきれいであった。
しかし、50儖幣紊呂△蹐Ω颪侶伽犬呂い辰燭い覆鵑澄?。神社の池のようにあふれかえっているぞ。




新幹線岸へ観音松古墳跡地渡ると、台地北面の全体像がとらえられる。
切り立った台地の高さは、高架線を走る新幹線がそのままトンネルに入ってしまう程だ。
県下では最も古い部類とされる軸長90mの『観音松古墳』はこの台地の南東部にあったようだ。
こちらは名前の由来となった観音松とともに完全に消失したしまっている。夢見ヶ崎古墳群とは1kmも離れていない。両古墳は不可分の関係にあったのだろう。

多摩川台りは綱島街道から丸子橋を渡る。
丸子橋からは多摩川台古墳群が見える。ここには107mの亀甲山古墳・97mの宝来山古墳はじめ多くの古墳が現存する。
夢見ヶ崎古墳群とは、多摩川低地を挟んで対峙する関係となる。武蔵国造の乱以前は、武蔵国南部の豪族がその地位にあったという。両古墳群の盟主は同族だったのか、それとも敵対勢力だったのか。





五反無名古墳やっぱ東京タワー田でR1に合流し東京タワー下を通る。
タワー下、増上寺裏手にも消失古墳(史跡指定はされている)がある。全長125mの芝丸山古墳と相似関係にあり、前方部は駐車場となっており後円部は墓地として開削されている。古墳としては100m級の大型古墳であったと思われる。





消失古墳日の走行 64km
古墳を実体験することはできなかったが、在りし日の威容や相関関係を想像しながらのツアーは面白かった。


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BMC 岩槻へ

置き場復活BMCCIMG9548がないため、組んだまま狭い部屋で展示品となっていた『BMCアルペンチャレンジAC−02』。我家の最軽量バイク(といっても10kgを越えているが‥‥)をやっと再始動する。
最近極度の運動不足と体重増で、100km前後で音を上げる情けない状態なので、AC−02試運転を兼ねて岩槻に行く。
朝からうだるような暑さの中、久々のツリーと1枚。最終的にサドルとタイヤを変更。少しグラベル風雰囲気になった。



北千住か河川沿い遊歩道らR4元荒川を元荒川までひた走り、元荒川沿いに折れて岩槻を目指す。元荒川が文字通り荒川本流だったころは、倍以上の川幅があったろう。
土手を利用した遊歩道があり、のんびりサイクリング気分が味わえる。






金剛院山門業用のダムである末田須賀堰に出る手前に、立派な山門があった。『金剛院仁王門』は将軍徳川綱吉の生母桂昌院からの寄進を受けたものだそうで。左右の見事な仁王像は岩槻市(現さいたま市)指定文化財になっている。







BMC末田堰止湖?須賀末田須賀堰堰』によってせき止められた川筋は湖沼のような雄大さを見せている。
小さな公園の木陰でチョイ休憩。






まず浮城は岩槻サイクリングの第一ミッション。岩槻城の攻略から始めよう。
『岩槻城』は太田資清により築かれたとされ、当時の荒川流路を総構えの一部に利用して、周囲を沼で囲んだ浮城である。城構えはあの『のぼうの城』忍城を彷彿させる。北条攻めの際の城の明暗ははっきり分かれたが、城を生かすも殺すも人次第ということか。





岩槻城黒門岩槻城空堀址公園として残っているのは『新曲輪』・『鍛冶曲輪』という後に北条氏によって築かれた出丸だった。ここは土塁や空堀が残されている。今でもかなり深いが、当時は今よりさらに深く、土塁も高かったようである。
公園内には『黒門』という当時の城門が保存されている。一度は浦和に移され埼玉県庁の正門になっていたものが岩槻市に「払い下げ」になったという。この説明ちょっと違和感を覚えるのはおかしいだろうか?



懐かしい車内東武特急『きぬ』い公園敷地の大部分はかつての沼濠であり、その名残の菖蒲池を回ったところに『東武のロマンスカー』といわれた特急『きぬ』の車両が保存されていた。
なっつかしい〜。子供の頃、新幹線『ひかり』を筆頭に東武の『きぬ』・『けごん』、小田急の『ロマンスカー』、近鉄の『ビスターカー』は憧れの列車であった。今なら車で4時間程度の会津若松まで板張りベンチシートの『夜行急行ばんだい』に一晩揺られた時代である。
思わず乗り込む。中は冷房が効いていて涼しい。この懐かしいレトロな客席でおベントを食べたくなったが、「飲食禁止」であった。残念。

人形の博物館りあえず、城址公園を後にして第二のミッション、人形の博物館に行く。
まだ娘が赤子の頃、今のひな人形を探しに岩槻に訪れた。家から浅草橋はすぐなので足繁く通ったが、どうしてもよいものが見つからず、「人形だったらやっぱり岩槻だろ」ということで、かみさんと一緒に歩き回った。数軒回ったところでカミさんがここがいいといったのは小木人形という店だった。今でも口コミ評価は高いようで、人形選びだけ?はカミさんの目に脱帽。




さて、人形人形の博物館2人形の博物館1の博物館は、岩槻駅前の東玉総本店4階にある。写真撮影禁止なので東玉のサイトより画像をお借りする。
当日は受け付けもいないで、署名と入館箱に300円入れて自由見学。一人しかいないところでじっと人形を眺めていると、笑ったりウインクされたりしそうで、ちょいとミステリアス。古い人形は顔立ちからしてそんな雰囲気を醸し出す。




人形岩槻大師弥勒寺の博物館を見た後で、第三のミッション、岩槻郷土資料館に行く。薄ら覚えの地図しか記憶になかったので、うろうろしている間に『岩槻大師』というお寺の前に来た。
なんとなくお参り。すると大師がお知恵を授けてくれた。「駅前に交番があったからそこに戻って尋ねよう」。
駅まで戻り交番で聞く。郷土資料館は大師への参道を曲がらず少し行ったところであった。「だったらそのように授けてくれよ‥‥」と思ったが、やはり楽な道を授けてはいただけないものなのだ。




『岩郷土資料館槻郷土資料館』。建物そのものが展示品のような感じだが、実際旧岩槻警察署の旧庁舎を利用している。
岩槻の歩みを中心に、生活様式や暮らしの道具が展示されている。また、建物そのものが大正から昭和初期の作りがそのまま保存されていて、ちょっとしたタイムトリップ気分になる。
ここでは岩槻の県庁設置にかかわる情報や展示がないか探したが、残念ながら見つけられなかった。
その代わり、岩槻の観光地図をゲット。当時の城構えと現在の街並みの位置関係がわかったので、城攻略に再挑戦する。



先ほ岩槻城二の丸跡ど訪れ岩槻城三の丸跡た城址公園の北側に、現在の県道2号に沿って沼に囲まれた『三の丸』『二の丸』『本丸』があった。
県道に沿って進むと消防署の脇に三の丸跡の碑を発見。三の丸を落とした。ここの脇の路地を入ると大手口跡があるはずだが見つからない。
また県道の戻り、本丸を一気に突く‥‥はずだったが気が付かないうちに二の丸跡の碑を見つけた。
定石通り‥‥であるが二の丸も落ちた。


地図岩槻城本丸跡本丸制圧ではGSとコンビ二の間に本丸跡の碑があるはずだが、やはり見つからない。反対車線から何気にみたら、あった。道沿いだとばかり思っていたらスタンドの奥に本丸跡の碑を発見。
遂に本丸を攻略した。スタンドが休みなので勝鬨をあげられなかったが‥‥。




時の鐘一ルート上に『大手口跡』と『時の鐘』があるので再チャレンジ。
時の鐘は、道路沿いにはなかったので大きい割にはてこずったがほどなく発見。
大手口跡の碑は遂に発見できなかった。掃討戦に時間をかけられないので、後ろ髪をひかれる思いで断念する。(後で地図に書かれた位置と実際の位置にずれがあることがわかった。)
クエストゲームのようで結構熱が入ってしまったが、徒歩で順路道理にいけばもっとたやすく見つけられるのだろう。




さいスタ2002構遊んでしまい、時間を大幅に使ってしまったので早々に帰路につく。
帰りはR122.をひたすら南下。







岩槻日の走行 92km
暑さと運動不足でしんどかったが久々のBMCは軽かった。







人形のまち岩槻まつりメイン会場廃藩置県藩置県によりかつての武蔵国北部は『入間県』と『埼玉県』に分かれた。入間県の県庁所在地『川越』と同様に武蔵国の要衝であった『岩槻』が埼玉県の 県庁所在地とされた。これは教科書にさえ載っている事実である。しかし諸所の理由(浦和の陰謀か?)で県庁は浦和に置くことになり、そのまま両県の合併で『浦和』が名実ともに県庁所在地になった。
岩槻は主要幹線から外れたこともあり一地方都市に甘んじたまま、さいたま市に併合される。
歴史の重みなら岩槻のほうが浦和より上である。尤も歴史の重みで首府が語られるのなら明日香村が今でも日本の首都でもおかしくないが。
そんな岩槻がかつて県庁所在地であった証を見たかったがそれは見つけられなかった。
岩槻は祭りの準備で活気があった。やはり歴史と伝統の重みみたいなものが岩槻にはある。川越・行田とともに再び訪れたい街である‥‥

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BMC 継続待機


チェーン・他ェーンとスタンドを残して部品の装着が終了したAC−02。
エスゲWレッグは安定はいいが重い。期せずして大幅に軽量化されたのでスタンドはなしかKOBAの軽量センタースタンドでいい。
エスゲはボツ。





クランク・SPDペダルSPDペダル回は極力自家ストックの消化に努めたが、クランクとSPDペダル、その他小物を追加購入。
クランクはシルバー・クランク長165mm・5ピンがきちんと露出している??という3条件とフォローテック2が必須だったためセコが必然となった(だいぶ歯がくたびれている)。最近低グレードにまで採用されている『HOLLOWGLIDE中空構造』は好きではない。ましてあの4本アームに囁かな嫌悪感を感じるのはオヤジだけだろうか。
三ヶ島FD−6はホント、過酷な使用に対してもガタやゴリの出ない奇跡のペダルであるが、大麻常習者同じくビンディング依存症に片足を突っ込んでいるため、SPDペダルの誘惑に勝てなかった。(しかしFD−6より重たいペダルって何!)

今回ケーブルプロテクトは定Oリング番のリサドル・テールライトクセンカウルシリーズとバッシュガードは未装着。
最終的に新たな購入パーツは
FC5750クランクとPD−M324ペダル
以下は新品購入、
インナーブレーキワイヤー前後
チェーン
フレームプロテクションシール
ワイヤー用Oリング(別に必要じゃないかも)

締めて13,000円ほど。
ルッククロスが買えるお金を使ってしまった。(ベローチェ同様名前が大好きだから「クラリス」のセコクランクでも良かったか‥‥)
その他の待機品はパナレーサーロードランナー+前後チューブ・ビームスプリングサドル・ケーンクリークサッドバスター等々。

ミニVブレーキうしろディレーラー・スプロケミニVブレーキまえイヤーケーブル系、保Wレバー安部品を取り付けたが、チェーンだけはまだ未装着。完成してしまうと簡単にバラシができないのでチェーンセッティングは保留。






ボトルケージブルホーンればスピードと距離積算だけでいいから1,000円くらいでメーターが欲しいところである。



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追伸
VERO5品箱の一番下から、娘用で使っていたキャットアイサイコンCC−VL110が出てきた。細かいタイヤサイズ設定ができないが動きそう。サイコンも買わずに済みそうだ。

BMC 仮組み

bmc bygone days 2bmc bygone days 16月『嵯峨』にフレーム以外のパーツを移植し展示品となっていた在りし日のBMC。
先月、嵯峨を700C化したことによりクロスライドとベローチェライナープルカンチブレーキが戻ってきたので、ほぼ家のストックで主力パーツが組み上げ可能となった。




bmc refabrication 4bmc refabrication 1に組んでみたBMC。
ストック品の再利用なので、ブルホーン仕様となり、リア10速のフリクションタイプから9速のインデックスに変更となる。
ディレーラーはディオーレ⇒アリビオ。クランクは105だがBBは105⇒ティアグラにダウンしている。もともと全品セコで揃えているし、ちょい乗り用ならこれでも十分すぎる。



ベロbmc refabrication 3bmc refabrication 2ーチェショートVブレーキ(正式名がライナープルカンチブレーキとなる)が復活する。
我が家のお宝パーツ?である。別に我が家で唯一のカンパブランドだからというわけではない。『ベローチェ』という名前がとても気に入っている。『エクセルシオール』とか『タリーズ』という名前だったらここまで惚れ込まなかったろう。





bmc refabrication 5イヤーアッセンブリーとチェーンと保安部品をつけてセッティングすれば乗れる状態である。
我が家で最軽量のバイクである(といっても10kgはある)。ショッパー化せずそのままの状態で乗りたい。
すぐにでもスタンバイしたいが、トランクルームがいっぱいで新たな自転車の置き場がない。
駐輪場を借りるとほぼ雨ざらし状態となってしまうので、残念ながら当分部屋のインテリア状態のままになりそうである。


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見沼通船堀

本震の後には余震が来る。
4月29日の逗子大船めぐりの本震の後にクールダウンを兼ねて半日プチランに行く。
干潟?回は見沼通船堀までの往復。
何時ものように河口付近から荒川CRを北上する。
どこかで左岸に渡らなければならないので、船堀橋で左岸(中土手川)に入る。
結構引潮である。水不足なわけではない。足跡があるということは結構固いんだ。





芝川河口河口からほぼ20km地点で、芝川の合流点につく。
『みはらし茶屋』でトイレと水分補給。
ここから初めての『芝川サイクリングロード』に入る。
芝川。かつては見沼田んぼ周辺でとれた米を江戸に運ぶ水運の大動脈であった。





芝川サイクリングロー芝川CRドに向かうと最初の500mほどは、アートが彫られたような石畳状の舗装で未舗装路並だが、対岸に渡ると路面はよくなる。
特に狭くもなく、普通に走るなら人や対向自転車をやり過ごすのにつらくはない。
但し、橋のたびに車道を横切ったりわたる場所まで迂回したりするところは不便。





モーター旧芝川分岐芝川マリーナートをよく見るなと思ったら、係留場があった。流石水運で栄えた川である?
芝川河口から7km弱で、堅川・旧芝川のスクエア分岐点に出る。






芝川CR全容イクリングロードは標識もあり、気をつけて走っていれば迷うことはない。大半は右岸走行だが、いきなり左岸になったり、また戻ったり紛らわしい。
ほぼ終点に(というか逆からは始点になる)案内板があったので今までのルートを確認する。『芝川で「農」を体感するルート』とあるが、特に農を感じるところってなかったが‥‥





『芝八丁堤より芝川上流川サイクリングロード』の終点、八丁堤から先の芝川
かつてここから先は『見沼』と呼ばれた巨大湖沼であったという。見沼の水が下流の水田を潤していたが、たびたび水害になることから、干拓され、流入河川の川筋のみ残して広大な田園に変わった。そして消失した見沼の代わりに利根川より農業用水確保のために開削されたのが見沼代用水というわけである。
この先の左右から流入するのが『見沼通船堀』である。




東第二閘門岸に流れ東第一閘門込むのが東縁通船堀である。途中2つの閘門がある。
水位の違う見沼代用水と芝川との船の往来を、この閘門で水位調整して航行するのである。
我が江東区の小名木川にも有名な『小名木川ロックゲート』がある。構造的には同じものが、ここでは既に江戸時代に実用化されていたのだ。
因みに『見沼通船堀』や『小名木川ロックゲート』よりもほんの少し有名かもしれないが、中南米の『パナマ運河』という運河も同じ構造である。


東水路取水口沼代用水東水路からの取水口。勿論江戸時代はコンクリート護岸ではない。
水位差約3mということは、1つの閘門で1.5mの水位差をカバーしたことになる。
実際に昭和の初頭頃まで実用されていたそうで、今でも年一回実際に当時を再現したデモンストレーションが開催されているようだ。





一回西第一閘門りして西縁西縁通船堀へ行く。
西側にも閘門が2つあるはずだが、1つしかなく、案内板には『第二閘門跡』というものがあった。
今の閘門は20年前に復元されたものだ。できたての頃に来た以来である。





艦隊阻止りはもと来た道を引返す。
芝川マリーナの上流部にこんなものがあった。
こんなもので300艘の大艦隊を無力化できるんだぁと感慨深く見入ってしまう。
違うだろ!何考えているんだ?このバカオヤジは‥‥

帰りに『みはらし茶屋』で遅めの昼食。2階がレストランになっているのだが、金欠なので1階売店で済ます。
ここは荒川CRを利用するサイクリストの絶好の休息ポイントになっている。
写真撮るの忘れたので紹介まで。
http://www.seibu-la.co.jp/adachi-agri/resthouse/
見沼通船堀日走行71km。
129kmの余震としては結構大きかった。






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長柄桜山古墳

奇しくもちょうど丸1カ月前のアクシデントで中途断念した計画ルートをリベンジする。
目的地は逗子である。本日のミッションは長柄桜山古墳を散策すること。今回も午前6時出発。
神奈川の古墳探索は初めてである。神奈川にも数多の古墳があるが、今まで一度も来ていないのは、関東他県に比べてみるべき古墳がない‥‥平たく言うと100mを超える大型古墳がないという理由であった。
今回の長柄桜山古墳群の主墳2基は墳丘長約90m。100mには及ばないが神奈川県では最大級である。
サイクリングとしても横浜・三浦半島方面は初めてであるので、ぜひチャレンジしたかった。

まずにっぽん丸、途中ランドマークタワーのランドマークとなる、文字通り『ランドマークタワー』。真下に来るのは初めてである。高層ビルに囲まれた都心に住んでいても、バカはやはり見上げてしまう。南側には日本を代表する大型帆船『日本丸』がメモリアルパークに保存されている。
日本丸とランドマークタワー。
なんかアレキサンドリアの灯台みたいだ。さしずめ日本丸はエジプトの大型ガレー船ってところか???



廃線??沢八景から金沢八景逗子に向かうのだが、平潟湾を回っていく。
これが有名な『金沢八景』である。
歌川広重が今のこの景色を描いたらどうなるのかなぁ‥‥
峠を越えて逗子駅に行く途中の踏切。廃線かな。トンネルの向こうで子供が遊んでいる。今回のテーマとは全く関係ないが、ちょっと気になる。
地図では京急神武寺駅まで伸びている。かつては池子弾薬庫に伸びていたのだろう。


遊歩道て、逗子駅郷土資料館を越えて古墳へのアクセスポイントに向かう。
逗子市郷土資料館が最適そうだったので、ここから遊歩道を出発する。
道は結構きつい登りもあり、軽いトレッキングで筋肉痛をほぐそうと思ったが、追い打ちであった。





2号墳前方部より後円部を望むること10分弱。六代御前の墓方面からの道と合流と直ぐ2号墳がある。丘陵の小高い頂上に、前方部を相模湾に向けて造られている。墳丘長88m前方部中腹から後円部を見ているが、全形はわかりずらい。







前方部先端より人がたっ長柄桜山2号墳ている先が後円部である。イメージしていたより大きい。
前方部正面からは、木々の間より相模湾が一望できる。
葺石が見つかっているので、この古墳も建造当時は相模湾を航行する船から白亜のモニュメントが威容を誇っていたのだろう。





1号墳全景合墳から森の中を10分ほど歩くと視界が開け、目の前に1号墳が現れる。
墳丘長90m、消失古墳を除けば神奈川県最大級の古墳である。
2号墳よりも形ははっきりしている。保存整備中なのだろう、立ち入りが禁止されている。
後円部のすぐ下には住宅地が迫ってきている。ここの緑は貴重な自然だ。





逗子海岸て、2つの古墳を制覇した段階で多少予定時間オーバーだが、そのまま引っ返すのはつまらないので、予てより予定していた2つのポイントに行く。
とりあえず、せっかく湘南に来たのだから海沿いを走ろう。
逗子市郷土資料館を下ると、長柄トンネルの脇に出る。ここからR134に出て、鎌倉の滑川交差点まで行き、若宮大路・鎌倉街道を経由し大船に向かう。




一の一の鳥居鳥居を抜けると、鎌倉のメインストリートとなってくる。見どころ満載の鎌倉だが、今日は鎌倉観光に来たわけではない。
鶴岡八幡宮パス、建長寺パス。さだまさしを歌いながら東慶寺・円覚寺もパス。一路大船へ。






大船観音船と言ったらやはり観音様である。
名だたる名勝を素通りして、参ると言ったらここしかないでしょ。
『大船観音』。白衣観音とも言う。大船駅の裏手の尾根に鎮座する高さ25mの胸像である。遠方から見るとちょうど立像のような高さ配置に見える。もし立像なら東京湾観音より大きな観音様になりそうだ。
全国に巨大な観音像は多いが、顔立ちの好みなら東京湾観音様と二股をかけたいくらいである。




大船観音2ジア系の人が随分多いと思った。おやじのような観光客とは違いお祈りは丁寧である。
パンフレットには、近年この白衣観音像が近郊のアジア系在住外国人の方々の心の拠り所となっていると書かれている。毎年秋には『ゆめ観音』という各国の音楽舞踊のイベントも開催されているようだ。
余談だが、子供の頃は『横浜ドリームランド』という今で言うテーマパークがあって、大船からモノレールで行ったことを覚えているが、すぐに廃線になってしまった。湘南モノレールは今の現役だけど、大船って今で言う立川や千葉のようなモノレールの起点だったんだねぇ。



大船観瑜伽洞(田谷の洞窟)1音様から10分ちょっと走ると、真言宗のお寺で定泉寺というお寺がある。
あまりメジャーではないが、ここには通称『田谷の洞窟』という鎌倉時代から江戸時代にかけて掘り続けられたという大洞窟がある。
今でも修験場となっており、一般拝観ができる場所は限られている。もともと修行の道場であるから、観光スポットではない。メジャーでないのは当然である。




洞内瑜伽洞入口」へは手燭台に蝋燭の火を灯して入る。行者道と言われる巡拝コースは250mほどだが、蝋燭が消えないようにゆっくり歩くとかなり長いものである。洞内は三層構造になっていて、要所要所に広い空間が有り、仏像が安置されており、羅漢像や曼荼羅が掘られているのは見事。修行用の滝や人工の川まであり、鍾乳洞的な醍醐味もある。残念だが洞内撮影は厳禁。





ここでトラブル発生。パンクである。しかもリア。BMCのパンクは初めて。今のタイヤは劣化がだいぶ目立ってきた。そろそろ替え時と思っていた矢先である。
空気を入れても2キロもたない。これは観音様を色事で見たばちである。
次に限界が来たら、諦めてパンク修理と思っていたら、戸塚駅を過ぎたところにプロショップがあった。ここは自分でやって時間をかけるより、プロの任せる方が賢明。20分ほどチューブ交換で2,000円少々。逆に観音様の導きかも。

本日の走行 129km
長柄桜山古墳ルート今回は予備知識無しで行った『田谷の洞窟』が一番の「掘り出しもの」だった。 



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桜すこし

長距離ランの計画で朝6時に出発したが、往路27km地点でアクシデント発生。花見も兼ねていたので、帰りに定番常盤桜並木の芝公園による。
朝の常盤の桜並木。のらくロードから続く300mちょっとの桜並木。
何故ここが桜並木になっているか知らないが、一般車道が桜並木になっているのって、この辺では珍しい。





芝公園桜公園に着いたのは13時ころ。朝の好天がそろそろ薄曇りになってきたところ。今日は15時過ぎから雨になる予報。








ほんと日本人って1丘長125mの都内最大の古墳。丸山古墳に寄っていく。
古墳下の広場は宴会場となっていた。1500年前には、ここは祭祀場で、豪族や巫女が神聖な儀式をした場所だったかもしれない。
ここにいる人たちは別に、この古墳の主の為に宴を催しているわけではない。
古墳の主は怒っているか、喜んでいるか、それともあきれているか?




観音山と東京タワー円部から見える東京タワーと、その手前は観音山の桜。
ここも100m級の大型古墳だったとする研究者もおり、史跡登録がされている。







ほんと日本人って2かし、こんな小さな花見スペースにも、臨時のごみ箱と仮設トイレがある。
お金取ってるわけじゃないのに、ほんと日本人ってすごいと思う。







愛宕グリーンヒルズ上寺増上寺横の横の通り。
桜の枝がバッサリ切られていて、かわいそうというかさっぱりしすぎた桜並木。
でもこれで東京タワーが全景が鮮やかに見える。
夏場のことも考えると、やはり景観的配慮だろうか。
最後は御成門駅出口がらみた『愛宕グリーンヒルズ』。この一本はほぼ満開である。




大横川さくら2大横川さくら1後は大横川の桜。全体には3〜4分咲きくらいか。あいにくの曇り空となった。天気予報ではこの後1〜2時間後に雨が降り出す予報。
来週末までもたないか。来週末も雨の模様。
桜の中のリベンジは今年は無理そうだ。

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荒川CR川越まで

葛西橋9:00AM日までの雨が上がり、天候が回復した。
今日は川越に行く。距離は都内を抜けR246経由が最短だが、平日ということもあり荒川CR経由と決めていた。
スタート地点の葛西橋に着いたのがAM9:00。すでに北西寄りの風が強い。信号がない代わりに完全な向かい風だ。

流れるMP3は『L作戦マーチ』。伊福部昭のマーチは乗りがいい。
だけど勇ましいマーチとは裏腹に全然進まない。向かい風覚悟の上なので、体力を温存する為、ママチャリおやじにも抜かされる15km/hペースで行く。ほとんど『やる気のないダースベーダーのテーマ』状態である。


入間川分岐越線の鉄橋を超えると、川筋が荒川本流と入間川に分かれる。このまま右岸をR16まで進む。
川越は『小江戸』といわれる昔からの街並みが有名だが、廃藩置県により、武蔵を2分する入間県の県庁所在地だった街である。では本家埼玉県の県庁は浦和だったのかというと、これまた岩槻だったのである。どちらかというと浦和・大宮は成り上がりである。土地の盛衰は時代の常ではあるが、川越に比べて岩槻の衰退は気の毒なくらいである。




閑話休題。
天海僧正日、川越に来た目的は小江戸の街並みを見て、甘味処でお茶するためではない。まず第一は喜多院の慈眼堂古墳を訪れること。
喜多院は、『黒衣の宰相』天海僧正が住職となったことで、徳川幕府と結びつき、幕府の援助で飛躍的に拡大した。喜多院の山門の横に天海僧正の像がある。
『天海僧正』=『明智惟任光秀』説はその筋では有名だ。学術的にはほぼ否定されているが、義経=チンギスハン・聖徳太子=タルドウ・天草四朗=秀頼の遺児などとは次元が違う状況証拠の多さである。写楽=斉藤十郎兵衛くらいにきちんとした検証をしてもらいたいものである。

またまた閑話休題。
天海僧正墓碑多院に山慈眼堂古墳門をくぐると、慈恵堂のさらに左奥に『慈眼堂』という小さなお堂が小高い盛り土の上にあり、その奥には、天海僧正の墓碑(天海僧正は日光に埋葬されている)がある。
この小高い丘が古墳である。
墳丘長約50m。高さ5mの前方後円墳らしいが、立札等はない。




仙波東照宮こっちのが古墳らしくね眼堂から濠を挟んで南側に『仙波東照宮』がある。
こちらのほうが、よほど古墳の風格を備えているが、こちらは後世の盛り土で、残念ながら古墳ではない。






本丸御殿多院を後にし、もう一つの目的地に行く途中で、市立博物館に立ち寄ることにした。時間はあるし、いろいろ情報も取れるし、ティーラウンジで昼食休憩もしたかったのだが、なんと館内整理日の為休館であった!。普通こういうところって月曜日が休館じゃないの?!
しょうがないから向かい側の川越城本丸御殿で記念撮影。
この辺りは川越城の本丸跡だが、勿論江戸時代以降のものである。




東明寺て、次の目的地は、日本三大奇襲戦の一つに数えられる、『河越夜戦』の古戦場を見ること。
河越夜戦は、北条氏綱が占拠した扇谷上杉朝定(アサテイショクの略ではない)の居城河越城奪還の為、朝定が本家上杉憲政と関東公方に援軍を求め集まった、8万の軍勢に対して氏綱の子氏康が7千騎で夜襲をかけ、連合軍を完膚なきまでに撃退した戦である。
この戦で朝定は討死、憲政は戦場を離脱できたが、多くの重臣・兵卒を失い、北条の関東覇権を決定づける戦となった。




川越夜戦の碑戦場を示す碑は、本丸御殿から800mも離れていない、北側に位置する東明寺というお寺の境内にある。
現在は小さなお寺で、観光ルートからも外れているが、当時はかなり広い寺領を持ち、東明寺口という城門に面していたらしい。
ここに陣を張っていたのは上杉朝定の本体1万5千といわれ、2千ほどの北条勢に襲われ壊滅した。
ここには夜戦場跡の碑と、この夜襲による戦没者を弔う塚がある。資料館や食事処があるわけではないので、早々に退散する。





船塚古墳中昼食をとって再びCRに戻る途中に、もう一か所『船塚古墳』という50mほどの円墳(前方後円墳説あり)があるというので立ち寄る。
しかし古墳の看板がなければ絶対古墳とはわからい程破壊がひどい。建物がたっていたようで、盛り土もほとんど失っている。保存がよければかなりの規模のものだったろう。




ここからは来た道を引返す復路である。
自転車とともに‥い北西風が今度は追い風になり、往きとは違い快適である。
ところが昼食のステーキとコーヒーをがぶ飲みしたのがよくなかったのか、お腹のほうもストレートに来てしまった。
人気の少ない河川敷で『誰でもトイレ』があったので使わしてもらうことにしたが、自転車をつなげる杭やガードがない。
中を見たらかなり広いので、自転車ごとはいることにした。
トイレにチャリンコの持ち込みは、半世紀以上の人生で初めての経験である。




トイレももう日が暮れた無事にゴール過ごし、一路河口に。河口到着は18:00を回っていた。
行きつけのショップの店長の勧めもあり、ハンドル高を45mmほどあげたら、ポシションが疲れなくなった。サッドバスターの効果かは不明だが、パッド付インナーなしで100km以上のランとなったが、お尻の痛みはほとんどなかった。





本日川越までの走行121km



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新年初ポタ/一般参賀

一般参賀も今回で3回目。もはや不敬罪ではあるまい。
春ポタの頭は、恒例となりつつある、皇居での一般参賀である。

出した後‥‥回は、青年皇族春からめでたい?の皆様そろってお出ましなので、結構見ごたえがある。何時ものように有楽町付近に自転車を停めて、歩いていく。
内堀通りには騎馬警官がいる。何時もの光景ではあるが、今回は目前で馬の排泄を目撃!そりゃあ警察の馬だって動物だから、したいときにするわな。見ていると直ぐに掃除の担当がきてさっさと掃いてしまった。あれどうするのかと思ったら、ちゃんとそばに排泄物を入れる容器がおいてあった。3回目にして初めての光景。



一般参賀入場シーンめに出たので、結構前に行けるかと思ったが、もう検査場周辺はものすごい人盛り。これじゃ前の方には行けそうもない。
いよいよ入城開始である。『天皇陛下』と書かれたのぼりを先導の入城するのか。でもあの旗を持ってる人たちはどういう人たち?係りの担当とは思えないが‥‥





お出まし1お出まし2度目になると、少しは勝手がわかり遠いながらも、全景が見える位置をゲット。
さらに2回目11:00のお出ましでは、かなり前のほうに行けたが、2回目のポジションは前方の長身の壁に阻まれてむしろ見えずらかった。
まあそれにしても、陛下のお言葉と笑顔で手を振られる姿を2度見れたのだから、ありがたいものである。
それにしても、すぐ後ろで「雅子さま、雅子さま〜っ!!」と叫び続けるおばさん。韓流スターじゃないんだぞ!


参賀乾通りを終え宮内庁庁舎て長和殿を後にする。仮宮殿となっていたこともある立派な宮内庁庁舎前を通り、乾通りを抜ける。
春の桜と秋の紅葉の時に一般開放される。今は何もないが、せっかくなのでどういうところか歩いてみる。
せっかくだから東御苑もみていこうと思ったのだが、東御苑は開いていなかった。結局、乾門から皇居を半周して戻ることに‥‥



有楽CIMG8155町で昼飯にして、午後はゆっくりと内を回る。
この写真だけじゃなんだかわからん。以前MR−4で来たことがある。日比谷公園の真向い、帝国ホテルのお隣り、日本ビルファンド日比谷ビルの隅の一角。明治を代表する建物『鹿鳴館』の記念碑である。
同時期の建物がいくつも残る都心の中で、最も有名な鹿鳴館は、早々と戦前に取り壊されてしまった。軍国主義に傾く時期に明治外交の失敗の象徴をもみ消すかのように‥‥




そしCIMG8161CIMG8156て都内ポタ定番の東京タワー。
最近ナイトランに来ていないが、大展望台に浮かぶシルエットは『2015』。薄暗く淡いスカイツリーと対照的に、明るく暖かく東京の夜を照らす。前回来た時はタワービルが改装だった。テレビ塔としての役目を終えた後でも、何かと楽しませてくれる東京タワー。
また『カフェ・ラ・トゥール』にお茶しにこよう。




タワー霊友会釈迦殿2霊友会釈迦殿麓に、何かの秘密基地のような建物『霊友会釈迦殿』。真下から見るとSFに出てくる巨大神殿に入るみたいな感じだ。







R1霞ヶ関ビル桜田通りをさらに北上。
霞ヶ関ビルと霞ヶ関コモンゲート。
昭和43年竣工の現存する日本最古の超高層ビル。高度経済成長の象徴。文化遺産にしたっていいんじゃないか。今じゃ東京のビルランクでかろうじてベスト100に入る程度。今ではとても超高層とは呼べないビル。それでも子供の頃は未来の世界を見るようなものだった。
今見たって結構高いじゃないか。



孔子様茶ノ水湯島聖堂まで来た。神田明神の人盛りを抜けて湯島聖堂に立ち寄る。
ここは神社仏閣だったっけ?参拝者が結構いる。
ここは孔子廟なのだ。儒学の祖、孔子様は学問の神様として祀られることも多い。受験シーズンには学業祈願の参拝が絶えないそうだ。





聖橋上橋からアキバ方面を望む。
丸ノ内線と中央線が交差する。さらに総武線が上を交差するとグッド。川を船が通っていたら超ラッキーと言える。







ニコライ堂2ニコライ堂1近ビザンツ帝国史にはまっている。アヤソフィア聖堂にはいけないが、東京には正教会である『東京復活大聖堂』がある。ここもあのジョサイア・コンドルの設計によるものだ。
一向宗徒の家系であるから、礼拝というのも変なのだが、初詣ということで拝観する。建物はビザンチン建築の流れを受け継ぐもので、中は美しいステンドグラスやイコン画で装飾されている。ほんの少し中世東欧の情緒に触れられる空間である。
正教会の聖歌CDもあるようだ。


谷中五重塔跡谷中五重塔野を抜け谷中に。ここも何度も訪れているところだ。天王寺五重塔跡。
高さ34m、関東随一の巨塔は、昭和32年に消失して以来再建されてない。再建計画は消失直後からあったようだが、いまだに実現していないのは資金面だけの問題ではないのだろう。鉄筋コンクリートの再建では意味がない。もはやあれだけの高塔を作るための木材は手に入らないのかもしれない。
写真のような、見事な塔が収まったであろう方角に向けてシャッターを切る。




やはり2015スカイツリー22015スカイツリー1塔を見ながら都内ポタをしてきたので、最後は当然ここになる。
すっかり東京名所となった、東京スカイツリーとソラマチ。今日も観光客でごった返している。
今でも近いから時々来るんだけど、アリオやスナモと違って駐車場高いしね。
なによりも、ソラマチで唯一オヤジが寛げた『ブースターカフェ・レント・ア・バイシクル・バイ・スコット』が閉店してから、なんとなく行っても気を休めるところがなくなって、つまらなくなってしまった。何時もすいてて(だから採算取れなかったんだろうが)落ち着けてよかったのだが‥‥



2014年は決していい年であったとはいえないが、ともあれ家族無事に過ごせたのは感謝しなければいけない。2015年もパッと明るい材料を見出すことはできないが、家族全員元気で相変わらずといえる1年を送りたいものである。

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プチポタ皇居周遊

平川濠い物で都心に出たので、プチポタで皇居を回る。
出発地点は気象庁前。日曜日なので内堀通りはサイクリングコースとなる。
皇居は徳川江戸城の一部である。徳川江戸城は、豊臣大坂城に匹敵する外郭約8km。城塞都市としては北条小田原の惣構9kmというのもあるが、外堀まで惣構とすれば千代田区のほぼ全域と中央区の一部を含む16kmの大城郭となる。
一般に皇居周回というと、皇居外苑の中央をつっきり北の丸を除く内堀周回を言う。周回約5km。
竹橋から代官町通りに入る。北桔橋門手前。平川濠の石垣が見事である。


半蔵濠??鳥ヶ淵交差点を左折し、千鳥ヶ淵公園を抜ける。ランナーが絶え間なく続く。大会かな。ランナーの邪魔にならないよう歩行者ペースで景色を見ながら進む。自転車に乗っていてこれだけ人に抜かれることなんてまずない。結構快感!。
ステムが短いので超スローペースは少し辛いのだが‥‥。
半蔵濠の縁なのに、なぜ千鳥ヶ淵公園なんだろう。実は半蔵濠は明治になってついた名で、江戸時代は千鳥ヶ淵とつながっていたそうだ。代官通りや首都高のなかったころの千鳥ヶ淵は、さぞや壮大だったであろう。
‥‥で、半蔵濠を写さずなんでこの張り紙なの‥‥。そろそろ終焉だよね。藪っ蚊がまだ結構いるけど‥‥。


イギリス大使館堀通りを挟んで向かい側に英国大使館がある。
皇居に面して、一番近い大使館だ、日本と英国の伝統と深い関係を感じる。‥‥やはりレディペネロープの屋敷は凄いんだなぁ。
けど、イギリス大使館って名称いいのかなぁ。『イギリス』という国はないからねぇ。オヤジのころはそんなこと気にしたこともなかったけど、サッカーがメジャーになってからはみんな気にするようになった。
とはいえ、オヤジも少しは気にしたよ。大好きなバンドが『UK』だったから。



半蔵門から桜田濠蔵門からは長い下りとなる。半蔵門から見る桜田濠も江戸城の壮大なスケールを垣間見る一コマである。
現在の『R20』、甲州街道の起点は日本橋だが、実質上の出発点はここ半蔵門である。ここ半蔵門に名前の由来である忍者集団の長『服部半蔵』を配置し、道筋には譜代の内藤家の屋敷を配し、府中・日野に『八王子千人同心』を組織するなど、幕府は甲州街道から攻められるのをもっとも忌みした観がある。




最高裁判所桜田濠に沿って下っていくと、向かい側に、荘厳で威厳ある(という先入観かな)建物がある。
法の番人たる最高裁判所の庁舎である。おやじがここのお世話になることはたぶんないだろうが、このような時代であるからこそ、真に法の番人でいてもらいたいものである。





桜田門田門の目前にそびえたつ俗称『桜田門』。特にコメントなし。旧庁舎のほうが『桜田門』の俗称にピタリだったと思うのは、オヤジ以上の年齢にはみなあてはまるだろう。






政治家のお金を調べる事務所の桜田門に向かう途中の、変則十字路を右折すると、正面に見えてくる建物。最近は全然威厳が感じられない。議員さんのお金の使い道をチェックする事務所兼会議室。警備が物々しい。ここにそんなに警備の金使うの無駄。中で議論していることはその辺の貸会議室でやれば十分なこと。
昔はキングコングだって登ったところなのに、今キングコングがいたら、登るのは『ドコモタワー』だ!




法務省1を挟んで『警視庁』の向かいにある『法務省』赤煉瓦棟こと法務省旧本館。1895年竣工とあるから120年前の建物だ。ほぼニコライ堂と同じ時代のものだが、ここも東京駅並の改修とリニューアルを経ている。
重要文化財であるが、現役だからすごいよね。





皇居外苑堀通りは『パレスサイクリング』という自転車専用コースとなる。皇居とはズバリ『imperial palace』だからね。宮殿を前にしてサイクリングを楽しむのだ。皇宮警察の警官は『衛士』さんである。多摩サイや荒サイとは違い、優雅に乗りたいものである。






東京駅居外苑行幸通りの北の端より東京駅に通じる広い通りは『行幸通り』といわれる。
天皇が東京駅に向かい、ここをお通りになり、汽車で行幸されたのだろう。
東京駅丸の内駅舎は1914年開業。今年は開業100年目にあたる。
リニューアルした駅舎は、自分の知っている改修前駅舎より大きくなったイメージがある。この全館3階建てが建設当時の形で、改札棟以外が2階建てだったのは、戦争で消失したためであった。


日銀本店京駅の日本橋口からほど近いところに日銀本店がある。中には入れるということなので、少し寄ってみる。通常も一般の見学コースがあるようで、外部者用トイレもあり、ホールの休憩所にはお土産コーナーもある。
ツアーコースは予約制だが、企画展示で日銀の歴史を紹介していた。
本店ビルの設計者は建築家『辰野金吾』氏という方で、先ほど通った東京駅駅舎も辰野氏の設計によるものだそうだ。
辰野金吾氏は、ロンドンから日本に呼ばれた建築家『ジョサイアコンドル』のもとでゴシック建築を学んだと紹介されていた。『ジョサイアコンドル』なら近代史に疎いおやじも知っている。鹿鳴館を設計した人だ。


今話題の明治座後のワンショットは、今メジャーになっている明治座。
明治座というと子供のころの、歌舞伎座と並ぶ歌舞伎の殿堂というイメージがあったが、今は演歌歌手の歌謡ショーが中心である。
某議員の後援会がバスを連ねて見に来るツアーのメインイベントである。高い座席券と高価なお弁当が、収支に合わないと大騒ぎ。明治座の弁当は故あって時たま口にするが、このお弁当で大騒ぎするのかなぁと思ってしまう。
いやいや、明治座幕の内もピンキリで、今さらメニューを見たらオヤジがいただいているものは、ほとんど下位ランクのものであった。

プチ皇居いうことで、昔よくやった都心ポタの復活。短距離だがのんびり見ていくのも楽しい。すっかり高層ビル群に囲まれた東京都心であるが、探せば歴史の面影を残すところはまだ、沢山ある。
400年以上の歴史がある街。かつては類を見ない世界最大の大都市であり、ライフライン・治安・リサイクルと、世界で最も先進的だった都市。
今は、あまり「らしくない」けど、この伝統は受け継いでいきたいものである。


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BMC復活!

しばらく活躍していなかった『BMCアルペンチャレンジ02』。

エルゴコントロールレバー装着豊洲市場日取り揃えておいたドロップハンドルパーツとサスペンションシートポストを装着してご近所を試走。
ステムを50mmから70mmに戻したことと、サッドバスターシートポストもオフセットが15mm位あるので、オフセット±0のグラビティギャップシートポストの交換と合わせて、TT換算で35mm実質伸びてしまっている。適応身長160cm〜のフレームだが、35mm伸びるだけでワンサイズ大きくなるのと同様だ。162cmの身長にはちょっと辛い。
再ドロップ化で一番期待したのが『エルゴコントロールレバー』。通常は肩部を握っているので、肩部でブレーキング出来るのは効果大と思ったが、ギドネットやセーフティレバーの操作性とはかなり違う。インラインレバーとして使うにはリーチが開きすぎており、サイドからのブレーキングにはコツと慣れが必要のようだ。


お尻側の接点である、ZOOゲルフロー+ササッドバスターST第8台場計画地跡よりッドバスターSTの乗り心地については、確実な効果までは判断できなかった。確かに一番細かく嫌な微振動は消えているようだし、段差等の大きな衝撃にも緩衝効果は出ているようだ。ただし路面等の変化で起こる突き上げについてはあまり変わっていないようだ。サドルもポジションも変わっているので、微妙なところである。エストラマーが1個しか付いていなかったので、5段階あるうちのどれだか不明だが、ミディアムやファームがついているのなら、エクストラソフトにすれば明らかな効果が出るだろう。
今回は20kmほどの走りで、明らかな効果の実感はなかったが、BMCクロスバイクは通勤や買い物とホリデイサイクリングではシートポストごと使い分けるので、今後効果ははっきり検証できるだろう。

再ドロップ化辰巳駅前る意味、ほんのどうでもいいこだが、マビックホイールのハブのデカールをはがしただけで、ちょっと高価に見えるようになった。なんでこんなチープなデカール貼ってたんだろ!


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西浦古墳めぐり 下つ巻

『霞三昧塚古墳後円部三昧塚全景ヶ浦ふれあいランド』からさらに西浦の大きな内湾である『高浜入』左岸に沿った、R355を石岡方面に向かと、およそ8.5kmで最初の古墳『三昧塚古墳』が、国道の右側に現れる。軸長85m、六世紀前期の前方後円墳だ。比較的低地部にあり、冠など多くの副葬品が出土している。
国道沿いで、公園整備され駐車場もあり、最も接しやすい古墳である。
この付近は古墳が集中している。ユピテルのGPSマップには、なぜかガイドにも載らないような古墳が表示される。

『三食事処サンライズ昧塚古墳』から少し戻ったところに『勅使塚古墳』と『大日塚古墳』があり、また三昧塚の少し先には『地蔵塚古墳』が表示されているので行ってみることにする。
その前に来る途中で見つけた、R355が低地部の旧道から分かれて、丘陵をバイパスで抜けるところにあった食事処『さんらいず』。ちょっと高そうだなと思ったが、落ち着けそうなので、遅めの昼飯にする。
食事処の横が木工芸品の工房になっており、店内も木工細工や木製品がふんだんに使われている。落ち着ける上に、食事の値段も定食屋並の良心価格。車ではつい見逃してしまうところなので、しっかりマーク。


さて、GPSマップ食事も終えて、先ほどの3古墳を探したが、発見できなかった。帰宅後調べたが、地図表示の場所と実在地はかなりずれていることがわかった。『大日塚古墳』は軸長40mの前方後円墳で、ちゃんと案内板があり、石室の開口部も見られることだった。
『勅使塚古墳』は軸長65mの珍しい初期の前方後方墳のようだ。地蔵塚については、なんと400m以上もずれていた。GPSマップ、てんであてにならない。
100mを超える大古墳ならいざ知らず、マニアックな古墳を訪れるなら、正確な地図と、事前の下調べが必要である。
捲土重来を期す。


廃線跡を行く?わぬところで大幅な時間ロスを生じてしまった。本来の次の訪問地、『府中愛宕山古墳』に向かう。R355から高浜に向かう県道に入ると、直ぐに踏切の跡があった。そういえばここは鉄道が通っていたっけ。つい最近まであった気がしたが、この風景はまさに「廃線跡を行く」、の世界である。





舟塚山を望む昧塚愛宕山(出船)古墳愛宕山古墳後円部よりからおよそ8.5kmで『府中愛宕山古墳』につく。船塚山の北東300mにあり、軸長97m、かなり崩されているものの、広い周壕あとが見受けられる。後円部頂上は大きく陥没し大木が根張っていた。
住宅地をはさんで、すぐ向こうには船塚山の巨大な威容が望める。


舟塚山前方部より速、後円部頂上よりその本日のメインイベント、『船塚山古墳』に向かう。
5世紀後半の前方後円墳であり、広大な領域は全長250mにおよぶ。総長365mの太田天神山古墳にはおよばないが、墳丘の軸長186mは210mの太田天神山に次いで、堂々の東国第二位。全国でもベスト50に入る。ビルボードならベスト50って大ヒットだよね?!
全景を写そうにも外提部まで後退しても全景が入らない。特に古墳特有の巨木に覆われていないため、この墳丘の大きさが実感できる。当時の香澄流海は現在より、深く内陸部に侵入していたため、船で交易をする人々や他国の使者なども、湖面からこの巨大な威容を目の当たりにしたことだろう。
舟塚山全景0年くらい前に通りがかりで訪れたことがあるが、以前と違いゆっくりと見られるので、感動も新鮮だ。
これだけの大古墳を残しながら、この地方の豪族についてはほとんど文献には出てこない。国造でもこれだけの古墳を残せるものはそういないだろう。ここに埋葬された王は、どのような人物だったのか、興味は尽きない。

石川1号墳鹿島神社古墳?山から恋瀬川CRを少し走り、高浜入右岸に沿って『富士見塚古墳』を目指す。GPSマップにまた古墳ポイント。の前方に如何にも‥‥ですよ〜という感じの小山がある。マップには『山崎古墳』とある。案内板には古墳としか書いておらず、規模・年代は不明。向風となってペースが落ちているのでスルーする。

富士見塚古墳2崎古富士見塚古墳1墳から7kmほどで『富士見塚古墳』につく。高浜入に沿った丘陵部の先端付近に位置し、柏崎の地名のように、当時は菱木川の低地が入江として食い込んで、高浜入に突き出した岬状になっていたのだろう。六世紀初頭の築造で、軸長約80mの前方後円墳である。大きさの割には高さがあり、階段を伝って登らないと怖い。前方部の先端からは、円墳2基と雄大な西浦を望むことができる。



牛渡牛塚古墳かすみがうら水族館見塚からR354を横切り、霞ヶ浦水族館前で小休止し、霞ヶ浦総合公園を目指す最後の行程となる。護岸道を一気に走破したかったが、ルート途中にも古墳があるので、集落間を結ぶ県道118号を通る。『牛渡銚子塚古墳』と『牛渡牛塚古墳』だ。
軸長64mの前方後円墳、『牛渡銚子塚古墳』は発見できなかった。軌跡で調べると直前まで到達していたのは残念。ここも捲土重来を期すか‥‥。『牛渡牛塚古墳』は県道脇にありすぐわかった。本日の最後を飾るのは直径40mのこじんまりした円墳だった。


出発地点、霞ヶ浦総合公園に着くまで、何度となく道を間違えた。駐車場に戻ってきた時は、既に夕闇が近づいてくる時間だった。
帰着回の反省としては、100mを超える大古墳とは違い50〜60mクラスの古墳はしっかりとした、訪問ルートと古墳状況を事前調査しておくべきということ。西浦周辺には、まだ60m〜80mクラスの古墳が数基ある。
今回見逃した古墳も含めて、いづれ再チャレンジしよう。




霞ヶ浦周回本日の走行125km。古墳時代の1/3以下の大きさになっているだろうとは言え、やはり西浦は広大な湖沼である。



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西浦古墳めぐり 上つ巻

『西8世紀頃の霞ヶ浦(河川事務所HPより)浦』。霞ヶ浦の中心となる、日本第二位の大湖沼。
面積172k屐∈蚤膺綽治沓蹇H琶湖の1/4の広さを持つ。
西浦を含む、霞ヶ浦の周囲には古墳が多い。かつてこの周辺は琵琶湖に匹敵する巨大内湖『香取海』の内湾の一つである『香澄流海(かすみながれのうみ‥‥と読むらしい?)』と呼ばれていた。

この周辺の多くの古墳は、霞ヶ浦を構成する湖沼群を取り巻く丘陵のヘリにある。古墳は墓であるとともに、モニュメントでもある。それは領民に見せるというよりは、外来人に威容を誇るためのものである。とにもそれは古墳がかつての湖畔沿いにあったことを意味する。
今回のターゲットは、現在の西浦北部、『高浜入』と言われる内湾に集中している。古墳めぐりだけなら走行距離40kmほどだが、西浦1周ルートとなると100kmを優に超える。

霞ヶ浦総合公園P回のベースは土浦の『霞ヶ浦総合公園』。公園の駐車場は広くて、トイレ等の施設もある上に、郊外の公園駐車場は無料のところが多い。
AM7:15に出発。
風向きは東北東。反時計回りでいく。
湖畔一周が第一目的ではないので、距離節約のためR125でいく。
バイパスがあるためか、あるいは休日のためか、旧国道の交通量は比較的少ない。

香取海の中心付近にあった『浮島』は、昭和になって干拓により地続きとなった。
浮島景行天皇行在所遺跡碑景行天皇行在所跡の中心付近で、不思議な看板を発見。『景行天皇行在所跡(駐在所ではない)』。景行天皇、第12代天皇で、日本武尊の父にあたる。
国道から少し入ると案内板と階段がある。階段の上には『景行天皇行在所遺跡』の碑があった。
『常陸国風土記』に、景行天皇が亡き日本武尊を偲んで、浮島の張宮に行幸したと記されているとのことだ。
とは言え、実在さえ疑問視されている景行天皇の行幸については、伝承の域としか言えそうもない。

稲敷大橋浮島・妙岐ノ鼻在所遺跡から2kmほど走ったところの『稲敷大橋』を渡る。左手は『妙岐ノ鼻』と呼ばれる、霞ヶ浦に残された、数少ない葦の湿原である。右手の小さい入江も、かつては西浦を構成する大きな内湾だった。護岸沿いの道に左折する。
ここは『本新島干拓地』という600haにおよぶ広大な干拓地である。
ここからは護岸沿いを行く。
護岸道は、人も車も通るのだが、休日のせいか、ほとんどが釣り人である。


北利根橋やっぱりあった化されて、まだ間がないような綺麗な舗装路だと思っていたら、案の定出ちゃいました、未舗装路。1kmに満たない距離だったので一安心。
R51の北利根橋を渡り、再び左岸の護岸道に出る。
ここからは一路霞ヶ浦大橋の袂の『霞ヶ浦ふれあいランド』を目指す。距離にして20km。




西霞ヶ浦左岸風の塔浦左岸は、これといって見所はないが、広大な景色と、釣りやレジャーを楽しむ人々を見ながら、とても開放的になれるコースだ。
行方市に入ってポイントになる天王崎。ここには旅館や温泉(鉱泉)、展望塔などがある。
8kmほど走ると、埋立地を通る。ここで小休止。




3連水車と虹の塔霞ケ浦大橋19km地点。霞ヶ浦大橋が目前になった。
橋詰めには『霞ヶ浦ふれあいランド』がある。西浦の左岸周辺は何もないというイメージだったが、旅館があったり、温泉や展望台があったり、結構遊べそうである。今度家族連れできたいものだ。

ここまでの走行は56km。順調なサイクリングである。西浦1周コースでは、ここで霞ヶ浦大橋を渡り、土浦へスルーするパターンが多い。しかし今回はできない。ここから西浦の内湾である『高浜入』を周回することが今回最大の目的となるからである。

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セーフティーレバー

ギドネットでのドロップ化は、通常の肩部グリップに対しては非常に有効であったが、本来のドロップポジションである下ハン使用時のブレーキングに難がある。

このセーフティレバーvsインラインレバー条件を満たす方法として、『セーフティーレバー』を導入してみる。
『セーフティレバー』とは、『エクステンションレバー』と呼称されてように、レバー本体の支点に付け足して梃子の原理でブレーキレバーを稼動させるものだ。
35年前のランドナーにはついていたのだが、如何せん昔のことで記憶が少ない。

非常に優れものだが、いまやほとんど市場からは消えているアイテムである。
オークションやリサイクル品でしか入手は困難かと思ったが、偶然にあっけないほど簡単に入手できた。
ギドネットパーツの購入で何度か足を運んだ、ちょっとレトロなスポーツサイクルショップ。古いパーツなどもおいてあるので、何気なく尋ねてみる。以外にも『あるよ』との返事。出てきたのは昔懐かしいダイアコンペの『赤玉』といわれるタイプ。価格も良心的(というより昔のままなのか‥‥)だったので、本体とセーフティレバー(同時購入は新品シルバー。ブラックは後日U品で入手。)とブレーキフードのフルセットでいただく。

しかし、このセNITTO B115ーフティーレバーを、現在のショートリーチのコンパクトドロップバーに装着しようとすると、セーフティーレバーが適正位置にセットできないばかりか、干渉させないために、本体を不自然な形でセットしなければならない。
これでは本末転倒である。
クラッシックマニアではないが、やはりセーフティーレバーには昔ながらのクラッシックベントしかないようである。
‥‥というか、レバーのためにハンドルを変えるほうが本末転倒というべきなのだろうが‥‥。

と言うことで、用ドロップ化2−1意したのはU品の『NITTO B115』。トラデッショナルなシャローハンドル。ランドナーバーほどではないが、ドロップが外側に広がっている。ステムは70mmに戻す。クラッシックベントは下ハンが遠くなるのだが、50mmでは流石にふらつく気がして怖い。ハンドル高は高めなので、それほどピーキーになることはないのだが、肩部のRの関係で、C−C幅以上に肩部幅が狭い‥‥。ストーカー26と比べると、C−C幅400mmは同じだが実際の肩部のグリップ状態の間隔は50mm以上狭い。ふらつき感はステム長より、この実使用幅の違いによるものだろう。ゆったり乗るにはC−C幅420〜440mmくらいあってもよかったか‥‥

ドロップ化2−4NITTO』&『ダイアコンペ』って言ったら、『ホリゾンタル・クロモリロード』である。参考例を探したが、スローピングフレームのアルミクロスへの装着例が見つからない。
ショップの御主人に「『セーフティーレバー』がつくブレーキでアウターをバー側に出しているやつってあるの」と尋ねてみたが、「そんなものないよ、昔のは」とあっさり返された。
そりゃそうだ。まして昔はカンチブレーキだったしね。
本来は今風に、アウターはなるべくインラインに納めたいオヤジにとって、アップワイヤーはちょっと煙たい。ここだけレトロで不思議なシルエット。でも昔はこのアップワイヤーのRの美しさが競われたものなのだ。機能が必要なので外見はどうでもいいと思う反面、なければいいものをある以上は、やはりこのRのバランスが悪いとみっともなく見えてしまう。

セーフティレバー3よいセーフティレバー2よ仕上げのバーテープ巻き。昔ならコットンタイプなのだが、どっこいジェルで厚みを持たせたパンチングタイプにする。近所のショップにご用達のフィジーク製品がなかったので、バイクリボンの同柄のものにする。サドルとの色合はよかったのだが、巻き直しで裏地がはがれたり、巻いているうちに切れて!!しまったりして「Х」!。タッチもフィジークのほうがいい。
ちょっとオヤジの血管の『瘤』見たいになってしまったが、もう切れちゃってるからしょうがない。とりあえず暫くこれで行く。

セーフティレバー4セーフティレバー1ルホーンの時と違い、ブレーキタッチに腰がなくなってしまった。アウターが延びたせいか、レバー特性か、「V」のクイックな効きがない。効きをカバーするため、遊びをぎりぎりまで絞る。調整が非常にシビアである。メインレバーは遠く硬いので、ブラケット上部からのブレーキングには使い辛い。メインレバーは下ハン専用にせざるを得ない。
ほとんどの使用がセーフティレバーになる。ギドネットに近い感触だが、肩部だけでの使用感ではギドネットに分がありそうだ。ギドネットと支点が逆になる。

セーフティレバー装着セーフティレバー装着2『セーフティーレバー』、あらためて使ってみると、なかなかの逸品である。確かにSTIとのフィッティングは無理だろうが‥‥。ハンドルバーマウントを使ったWレバーとの組み合わせは、セフティーレバー装着4セフティーレバー装着3クラッシックマニアの懐古品にしてしまうには、もったいない機能性だ。コンパクトバーで、ごく普通に使える今風のリニュアル復刻を望む。




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上海上・須恵国古墳めぐり 下つ巻

青掘駅から『内裏塚古墳』の威容は、容易に視認できるはずであった。見渡せるのは房総特有の断層隆起などによりつくられた小山である。
とりあえず内裏塚に向かう。
内裏塚前方部より総の縦走尾根の麓に点在する小山群。そのひとつが内裏塚であったことに気づくのは、かなり目前になってからだった。小山と見分けがつかないほど大きい。軸長144m、関東でもベスト10に入る巨大墳丘は圧巻である。
後円部東側から後円部に上る。頂上は有に神社ひとつが入ってしまうくらい広い。
中央部に内裏塚の碑、北東部の隅に『珠名冢碑』がある。
内裏塚後円部頂上恵(周准)の珠名さん。奈良時代の人である。歌人高橋虫麻呂の歌にうたわれる美女である。この歌の内容からは、奈良時代の絵画に出てくるような美人像は浮かばない。すがる蜂に例えられる容姿は現代人のグラマー美女感覚と同じである。遊女っぽい性格は、同時代の真間の手児奈とは対照的だ。(男をめろめろにしてしまうという点では、手児奈も容姿・スタイルは珠名とタメだったとオヤジは思っている)
内裏塚前方部横より後円部を円部から前方部へ向かう。
古墳の上を歩いている感覚はない。山を歩いているようなものだ。この様な感覚を味わえる古墳は関東でもそういくつもない。須恵の国造に連なる首長墓だろう。さきたま古墳群にさえこれだけの規模の墳墓はない。小国ながら貿易で栄えた須恵国の国力が窺える。

三条塚古墳名さんに吸われるならいざ知らず、からだ中を藪っ蚊に吸われて退散。
三条塚に向かう。『三条塚古墳』、内裏塚から直線距離で700m弱。軸長122mは内裏塚古墳群では次席である。6世紀後半の築造といわれ、毛野に替わりさきたま古墳群の一族が、関東に覇を唱えようとしていた時代、須恵国の盟主も拮抗した力を持っていたということか。

飯野陣屋周濠も残る周濠は、古墳に付帯するものではなく、江戸時代の陣屋跡である。後円部東側から墳丘に入ることができるが、更なる藪っ蚊とくもの巣の抵抗を受け、蜂まで援軍に来られたので突入を断念。攻略は冬を待つしかないようだ。二重の周溝に囲まれていた当時の全長は190m以上で、全長では185mの内裏塚より大きい。

九条塚後円部頂上いて九条塚前方部全景『九条塚古墳』に行く。ここも東側から後円部墳丘に上る。
ここにも内裏塚と同じ碑がある。周りには石室の積み石に使われていたような石が散乱している。軸長103m。6世紀中葉の築造とされ、三条塚同様、二重の周溝に囲まれていたらしく、周囲の道が名残を留めている。

弁天山石室弁天山古墳塚から市役所通りを経由して、大貫の弁天山古墳に行く。富津市役所大貫連絡所の敷地内にあり、石棺安置施設を含めた復元整備がされている。整備される前は、砂状の盛土のため原形をとどめていなかったようである。
墳丘頂上からは、浦賀水道と相模湾が一望できる。

東京湾観音天山古墳の南側の丘陵地帯にある大坪山には、東京湾観音様が立っている。最近コースの中に毎回入れているプチヒルクライム。今回は海抜120mの東京湾観音拝観コース。飯岡灯台の倍の標高差だ。きついかと思ったが、最強36Tを使うことなく、ノンストップでいった。仏へ近づくための道?である。
『東京湾観音』。この観音像は、今からおよそ1500年前の‥‥違うだろ!!
建立は昭和36年。同世代なんだなぁ‥‥。高さ56m、白亜の救世観音。

仏はユニセックスというものの、どう見ても女性である。しかもなかなかの美人である。
内部1内部2二の腕内部音様の胎内は20階建てで、螺旋階段で上って行く。途中には十二支守り本尊と七福神観音さま頭部からの展望がおまつりされている。
所々に外に出る展望部や別区画の階段があったりする。宝冠の部分が最上部の展望部は海抜170mほどだが、眺望はすばらしい。スカイツリーも見えるとのことだが、生憎今日は見えなかった。富津岬と須恵の国を一望する。

富津岬展望台京湾観音下で昼食を取って、富津岬へ行ってみる。
富津岬の展望台。久々に上ってみる。富津岬はここで切れて、沖合いに第一海堡を望むことができる。
おかしいなぁ。子供のころの地図は第一海堡は地続きだったし、大潮のときは歩いて渡れたはずだったと思うのだが‥‥

富津岬から、再び青掘地区に戻る。
稲荷山古墳稲荷山古墳周濠跡の探訪は『稲荷山古墳』。6世紀後半の築造で、軸長は106mだが、二重周溝の全長は200mを超えて内裏塚古墳群中最大である。説明看板の横から墳丘中央部に入っていけるようだが、やはり内部探訪は冬を待つことにする。
亀塚古墳後に訪れたのは、『青木亀塚古墳』。6世紀終盤〜7世紀初頭の築造とされるが、古墳らしいイメージは少ない。他の同規模古墳と比べて、高さがまるで低い。削られたからとも、古墳自体が未完だからだとも言われているようだ。
側面が公道となっており、容易に立ち入ることができるのだが、蜘蛛の巣が進入を拒んでいる。天候も不安定になってきたので、最終ポイントの古塚古墳も含めて、捲土重来を期す事にする。

姉ヶ崎帰還後のコーヒータイムを終えて、姉ヶ崎公園に戻ったのは17時だった。
千葉県には大型の古墳が多い。特に内裏塚古墳群は、規模で言えば埼玉古墳群と拮抗している。さきたま古墳群の盟主は、ヤマトの力を背景に、その地にやってきて一大勢力を築いたという。房総の豪族も、時期こそ異なるが土着民ではないだろう。そこには、高い航海技術を駆使して、貿易や新天地を開拓する海人族の影が見え隠れする。
房総の諸豪族たちは、さしずめ自由貿易という海の民共通のイデオロギーの中で、協力し合いヤマトからの圧力も柔軟に受け止めて、小国家群ながら毛野・武蔵に対抗する勢力を保っていたのだろう。

須恵の国ルート日の走行107.5km

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上海上・須恵国古墳めぐり 上つ巻

姉ヶ崎公園スタートの時期の古墳探訪はあまり乗り気がしない。
武社国・下海上国周辺の古墳めぐりをしたあと、間髪入れずに来たかったが、仕事・諸用の都合で、今日になった。
姉ヶ崎公園駐車場をAM6:30にスタート。


二子塚後円部より二子塚古墳まま裏道を抜けて、内房線の踏切を越えると、第一目標『二子塚古墳』が目前に現れる。5世紀中葉の築造で軸長106m。保存状態もよく、本日の幸先にふさわしい威容である。


天神山古墳天神山前方部塚から1.3kmの台地を登ったところに、姉ヶ崎最大の『天神山古墳』がある。入口がわかり辛くうろうろする。天満宮への入口が前方部裾部になっている。台地の中腹に造られているようで、樹木に覆われているとその大きさが分からない。軸長130mは、千葉県ではトップクラスだ。

『天神山古墳』の案内図に、近くに予定しなかった大型古墳があるのを見つけていってみる。
『今今富塚古墳富塚古墳』。軸長110mという大型の古墳で、天神山から4kmほど東に行ったところだ。
保存状態が悪く、前方部と後円部が寸断され、墓地等で開削されている。
現存の形からは、100mを超える威容は偲び浮かばない。場所も古墳群から独立しており、被葬者の立場が微妙である。

姉ヶ崎神社うひとつ寄り道。『姉ヶ崎神社』へ行く。ヤマトタケル東征が起源とされ、将門追討・頼朝挙兵にも出てきた由緒ある社だ。
境内で釈迦山古墳への道を探していると、庭掃除のおじさんが来て、民家に案内された。
民家の御主人に家の裏の進入口に案内される。

「す釈迦山古墳(御社古墳?)?みません。お邪魔いたしまーす」
「薮蚊がすごくてな、そんな格好じゃ、そこら中食われてしまうぞ」
虫除けを頭からぶっ掛ける。「マムシなんかいないよね?」。「そんなもんはいないよ。そこの杉の木の後側から登れるよ。」
民家の軒先をお借りして古墳に入ることはよくある。史跡などとなると見学者も多いのか、住人は好意的である。しかし、挨拶・お礼とマナーは忘れないこと。
確かに、薮蚊がすごい。それにも増して嫌なのが、くもの巣。だからこの時期の古墳探訪は気が進まないのだ。実は『焼津の半次』なのである。
『釈迦山古墳』。軸長86m保存状態はよいとされているが、比較的動ける後円部頂上以外は雑木・草茫々で全容を捉えることはできなかった。

上海金鈴塚古墳上国をあとにして馬来田国(木更津)金鈴塚に向かう。昔『キサラヅーの伝説』なんて歌はやったよなぁ。歌いながら走る。(※注‥‥正式にはキサナドゥである!)
『金鈴塚古墳』。今はミニ富士塚ほどの大きさで、横穴式石室と石棺を見ることができる。6世紀末〜7世紀初頭の築造らしい。

金鈴塚古墳石棺金鈴塚古墳石室のころまでは、周壕を伴う軸長100m級の、古墳時代終焉の大型古墳だったとされている。



青掘駅前よいよ須恵国に至る。休憩と情報収集のため、青掘駅に行く。駅は無人駅だが、駅の北川には駅前開発で開削された上野塚古墳の後円部の一部、駅の南側には『古墳の里ふれあい館』があって、休憩所・トイレや周辺古墳情報・案内パンフレットなどが用意されている。
今回の盟主墳である内裏塚古墳は、ここからは四股の距離である。ここで遅め?の朝食を取る。


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荒川CR 榎本牧場まで

連休中日。ソフトクリームが食べたくなったので、自転車で買いに行く。
埼玉県上尾市、荒川の河岸段丘の上にある榎本牧場。榎本牧場に来るのは2011年8月の秩父輪行以来である。
榎本牧場1川敷の強い風がイヤなので途中まで一般道で行く。連休だから市街はすいている。道満グリーンパークから荒川CRにはいる。
グリーンパークから田んぼやゴルフ場の中の1本道を24km・90分(一服多過ぎ!)で榎本牧場に到着。


榎本牧場2イカーの家族連れも多いが、CR沿いのせいかサイクリストが多い。入口の前にずらっと並ぶロードのツワモノ。ミニやクロスは少数派だ。
売店や自販機のない長距離CRの中では、大幅にルートアウトせずに、水分とエネルギーが補給できるスポットである。


ソフトクリームこのソフトクリームをいただくの本日の目的である。ここでも数種類のトッピングが出来るが、ここでの一番のおすすめは、そのまんまのミルク。コーンで262円也。
写真は2個目のクッキー&ミルクのコーン。

入口の古墳がある?看板の横に、小さく殿山古墳との看板がある。
こんなところにも古墳があるのか。
農舎の裏の小高い丘が墳丘らしい。が、入ってく道も分からないので、次の機会に。


スカイダイビング2のま本田空港ま帰るのもつまらないので、左岸に渡り本田エアポートにいく。本田航空が運営する軽飛行機用の空港で、業務用のほかに遊覧飛行などもやっている。スカイダイビングのベースにもなっており、この日もピストン輸送でやっていた。

降下スカイダイビング降下部隊専用機?の単発機は小型機なんだろうけど、結構大きい機体である。
降下用の大きな扉がみえる。







エルゴノミックフォーム川左海から50km岸をそのまま帰る。
河口まで50kmの標識。イコール家までもほぼ50kmの行程である。
今日のサドルは、キャノンデールの『エルゴノミックフォーム』
ロングライド用に『MAXフライトゲルフロー』を購入した後、娘のTS−7にズーゲルフローを付けたので、これをチョイノの付替え用にしてチョイスするようにしていたが。今回はそのままで臨んだ。6万円前後のキャノンデール車に装備されており、国内市販はされていないが、海外通販では2,000円くらいででていた。800円で購入した我が家の最安サドルながら、ここまでは調子がいい。

モトクロスサーキット間大橋を過ぎると、モトクロスのサーキットがあった。『ウエストポイントオフロードビレッジ』という、地元の有力販売店が運営しているようだ。ちょうどイベントレースをやっていた。
いいねぇ。
30年も昔には、誰が作ったとも知れないコースが河川敷のいたるところにあったものだ。

荒川CR日走行 122km
ケツ痛はどうしようもない。

今日は菖蒲湯の日。
お風呂に入って、ケツ痛を治す。
結局、またバニラモナカを2個食ってしまった。

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藺沼(いぬま)試走

『MAXフライトゲルフロー』装着の試走を兼ねて、藺沼にサイクリングに行く。
予定走行は70〜80kmだが、今日はあえてナイロントランクスとレギンスジーンズのみでお尻の具合を見る。(元々サイクルジャージもないし‥‥)
『藺松戸中心部沼(いぬま)』。かつて柏市の布施弁天下辺りから、野田市木間ヶ瀬あたりにかけて存在したという巨大湖沼である。古代には手賀沼の前身である手賀浦とともに、琵琶湖に匹敵する大湖『香取大海』の入江を形成していたという。まぁ特に試走とは関係ないが、行ってみたかった所である。
錦糸町から木根川橋を渡り、R6旧道の葛飾橋を渡る。
橋からは松戸市の中心地が一望できる。マンションが増えたが、駅前を中心に川の景観が映えるバランスのいい町並みだ。

三重塔と楼門弁財天本堂布施弁財天戸市街を抜け、再びR6に合流し、北柏から布施へと向かう。
布施弁財天。大同2年に空海によって開山されたという。「大鐘楼同2年」というのは仏教史や災害史にとってキーワードになるほど、色々な場面に出てくる。
本堂は享保年間、楼門や鐘楼は文化年間の建立だそうだ。



布施妙見大菩薩ス停を挟んで向かい側に『布施妙見大菩薩』を祀る小さなお堂のある小山に目がとまった。
自称古墳オタクとしては、一目見て引っかかる形状だ。前方後円墳である、どうみても。しかしそのような表示や案内はどこにもない。
上ってみると、まさに前方後円墳的である。墳丘だとすると50m規模はありそうだ。偶然にしては見事な形状である。
藺沼をバックに財天をあとにして、利根川の堤防に上る。
以前は有料だった新大利根橋が見える。
この辺りが、かつて藺沼と呼ばれていた大湖沼だ。利根川の東遷により、利根川本流との合流で多量の土砂堆積により消滅したとされるが、それがなくとも自然に、あるいは近世の新田開発で消滅する運命にあったのだろう。

セラ・イタイヤ心のサドルである。最初の500mは硬くて辛かった。次の5kmで慣れてきたが、10kmも走ると坐骨が痛み出した。股擦れと会陰部の痛みはまったくないのは形状の効果だろう。しかし40km強しか乗っていないのに、もうサドル表面が擦れている!!


古利根沼356の古利根沼1バイパスである「利根水郷ライン」に入り、1kmも行かないうちに、湖沼と堤防跡が見えてくる。『古利根沼』はかつての利根川本流の名残だ。銚子から来た大型船は、この先の浅瀬を通れないため、ここで荷物を積み替えたのだそうだ。河川改修で本流から切り離された三日月湖は神秘的ムードが漂う静かな佇まいで、今は釣人のメッカとなっている。
ガチョウ??こか手賀沼ら湖北駅を抜けて、手賀沼にでる。南側の手賀沼CRを手賀大橋まで行く。めちゃ向い風である。
かつて日本一汚れた湖沼といわれた手賀沼は、行政や地元民の努力により、美しい湖沼によみがえった。釣人のそばに平気で寄ってくる「変なアヒル?」。釣り針飲み込むな!

じゅん菜池道「船橋我孫子線」からR464を経由して、市川市中国分の『じゅん菜池緑地公園』で最後の休憩。
手賀沼を抜けたころから坐骨の痛みがピークに。脚力がなくなることで、サドルにどっかり座ってしまうことが根本原因である。しかし、漕いでいると痛みは進行しない。50kmからは小康状態だった。やはり最後まで股擦れと会陰部の痛みは出なかった。70kmも走るとどのサドルでも、どこかしら「いててぇ・いててぇ」と歌いながら走るのは変わらないようだ。高い投資だから当面これで行くしかない。


今回の走藺沼2
93.2km
ASG CM−11は途中で電池切れ。後半は手書きルートを追加。緑の円はフォトスポット。‥‥ミステロンの声が聞こえたところではない。

試走感想‥‥『快適すぎるため乗りすぎに注意』は、絶対!!大丈夫です!。
コンフォート派にとって、このサドルで快適すぎるための乗りすぎはありえません。『世良』だなぁと言ってうっとり見すぎはあるかも知れんけど‥‥。

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PS 後日追記
布施妙見の小山が気になったので、後日調べてみたら、やはり古墳であった。『弁天古墳』。規模は35mで自然堤防の台地に乗っているとのことだった。サドルの乗り心地とはなんら関係ないが‥‥

世良!再び

軟弱サイクリストといえどもおMAXフライトゲルフローCRC便尻との戦いは続く。この無政府状態に終止符(といってもまた一時的停戦か)を打つべく、またまた?サドルを交換する。
今回購入したのは『セライタリアMAXフライトゲルフロー』。
別にブランドもん漁りではないが、MRー4に装着の『マンゲルフロー』が結構しっくりしているので、またまた『世良!』がいいかな、ということだ。『マン・ゲル・フローズーゲルフロー』は座面がすこし曲面になっているが、『マンゲルフロー』のフラットな座面のほうがよいような気がしたので、「細い・平たい・穴でか・硬め・縁がかまぼこ」で『MAXフライトゲルフロー』をチョイスした。正規価格は14,000円位。軟弱ポタリスト系としては、本来とても新品では手の出せない価格帯である。
今回はU品ではなく、海外通販の『CRC』(チェーンリアクションサイクル。呉工業じゃないぞ!)で購入。
サイトは日本語で、価格も国内U品並み。スプリングセールということで、1万円以上購入で1,250円引きなんてキャンペーン中世良サドルと重力ギャップ(1万円というのは明らか日本向けのセールだ)なので、ついでにオフセット“0”の『グラビティギャップ』なるシートポストを一緒に購入。送料無料で、合わせて9,500円を切る。驚きだ。手続きも国内通販と変わない。

さすが納品までは、国内通販よりは時間が掛かる。早く欲しいなら1,000円位追加でDHL便をしてもよかったか。
MAXフライトゲルフロー2 ズーゲルフローサドル MAXフライトゲルフローサドル





受注確定から14日で届いた『セライタリアMAXフライトゲルフロー』。やはり歴代サドルと比べると細身で硬い。『ズーゲルフロー』と比べ目と100g近く軽い。肉厚感・弾力性も全然違う。MAXフライトゲルフロー3それでも、ゲル入りということでロードサドルとしては幅広ソフト・ヘビータイプとして見られているようだ。『selle italia』のでかいロゴは軟弱ノリダーには結構恥ずかしい。が、今更ながら、もうマビック『CrossRide』の十分恥ずかしいゴテゴテロゴを装着しているので、すでに「羞恥の糸」はほとんど切れている。シートレールの取付そのものがクッションの機能を果たす構造になっており、ノーマルのシートレールと位置がだいぶ違う。シートポストの取り付け位置であわせると、15mm程バックセットされる。
そして想定外の問題。特殊なレール形状のため、バックループがまともに付かないこと。ここに鍵や小物を掛けるので、バックループが付かないと非常に困る。位置を横にしてエクステンダーを下にずらすことで小物をかけられるようにした。まぁ、普通なら誰も気にしないことだが‥‥
グラビティギャップ&スコアスコアーシートポストグラビティギャップ





一緒に注文した『グラビティギャップシートポスト』。8,628円の76%引きになっている。値引率は上代自体があてにならないので、他のサイトの価格と比較するしかない。国内では見かけないブランドだ。他通販でも5,500円位するから、まあそれなりなのだろう。XCやDH用のようで重たいと思っていたら。純正スコアーポストより軽かった!。スコアーポストが約15mmのセットバックだが、『MAXフライトゲルフロー』のポスト取付け位置が、『ズーゲルフロー』より15mmほど後方になるので、オフセット“0”の『グラビティギャップシートポスト』でズーゲルフローと同じサドルの位置になる結果になった。

装着!着した『MAXフライトゲルフロー』。やはり結構「らしい」デザインである。鞍部分が細身なため、内腿の擦れは幾分抑えられそう。ホールが大きいので会陰部の痛みも解消できるとありがたい。



ずーげるふろーソノマ・ゲルサドル3





『スペシャライズBGコンフォート』・『アセンシアフォルテスオーラ』・『スペシャライズドソノマGEL』・『スポーツアラーズーゲルフロー』とやわらかめ重視でサドルを替えてきたが、どうもサドルはやわらかすぎてもいけないようだ。走り屋さんは、ガチンコのサドルで200kmくらい平気で乗ってしまう。本来、痛みはサドルの良し悪しよりもライデングポジションによるところが大きい。まず乗り方を変えるべきなのだろう。
とはいえポタリストの性は如何ともしがたく、どっかりサドルに座り込んでしまうのはそう直らない。ロングライド用とアピールされている『セライタリアMAXフライトゲルフロー』。
ここでいう「ロングライド」とは、60〜70kmの次元ではあるまい。オヤジにとって、「楽過ぎる為、乗り過ぎに注意」とまでメーカーが豪語し、スーパーなら自転車そのものが買える高額のサドルの効果や如何に。


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養老サイクリング

高滝湖プロモDVDと違う!渓谷にサイクリングに行く。車+自転車は3回目だ。情報誌に載っていた『高滝ダム』を基点にしたコース紹介を参考に設定した。
夕方には雨との予報だったため、家を6時に出発。
高滝神社横の駐車場を基点として7:30過ぎのスタートになった。この駐車場利用者はほとんどが釣り客だ。ここはバスかな。

開通間近新緑が日差しに映えるさわやかな季節‥‥」ご冗談でしょ!梅の季節みたいな気温に、走り出したらいきなり通り雨の出迎え。
湖の中央に掛かる美しい加茂橋(カモノハシではない)を渡るといきなり上りになる。初っ端からカウンターを食らった。
圏央道鶴舞IC予定地。開通は来週だ。今日はここまで90分掛かっているが、ここが出来れば、渋滞なしなら60分掛からないで来れてしまう。

熊野の清水本橋を左折し、水沼を右折。熊野の清水入り口暫く行くと看板がある。熊野と書いて「ゆや」と読むそうだ。清水は熊野神社の参拝口の横に湧き出ている。お参りしてからいただく。


大滝駅野の清水から『いすみ鉄道大多喜駅』を経由して、今は博物館になっている『大多喜城址』に向かう。
関東の駅百選に選ばれた『大多喜駅』。駅舎に、いすみ鉄道の本社が入っている。
しかし『デンタルサポート』って何?。駅中に歯医者さんがあるわけでもないし、命名権らしいがまったく似合っていない。

大多喜城キシコ通り(メキシコ大統領が大多喜を訪問したことを記念した道だそうだ)から大多喜城址に登る。本多忠勝を大河ドラマになんて旗指物が至る所にあるが、戦国無双みたいな稲姫が出てきたら面白い。でも来年は黒田官兵衛になったんじゃなかったかな‥‥。
駐車場から本丸跡の博物館までは、押し歩く。
登城は下馬するものである。坂がきついからではない‥‥。

大多喜養老の滝?城から上総中野に出てR4656老川十字路を左折する。いきなり急な上り。ギア抜けしてストップ。ここで1回目のダウンを取られる。暫し押し歩き。
この急坂を上ると、滝入り口までは比較的なだらかだ。滝に下りる遊歩道入り口は、ちょっと怪しい雰囲気だ。養老の滝と書いてある。但し、居酒屋『養老の滝』の由来はここではなく、岐阜県の養老の滝である。
粟又の滝上粟又の滝下30m・長さ100mのスロープ状の滝で、以前はウォータースライダーのメッカだった。今も夏はやっているのだろうか。今日はまったく水量がなく大瀑布を連想することは出来ない。残念!

反対側隧道から川がから老川十字路に戻り、養老渓谷の中心、弘文洞跡に行く。往きには気づかなかったが、老川十字路の真下から川が湧き出ている。よく見るとトンネルから水が出てきている。これは人工の水路なのか?。気になったので入り口を探してみる。新老川十字路のバイパス開削地の下に川の入り口があった。不思議な川だ。
掘り抜きトンネル弘文洞入り口洞入口交差点(信号もないので分かりづらい)から、掘抜きの隧道にはいる。入口は普通のトンネルなのだが、中に入ると不思議な空間になっている。鍾乳洞に入ったような雰囲気だ。隧道を抜けて橋を渡ると弘文洞へつながる遊歩道がある。



弘文洞跡誰もいないもいないので自転車を乗り入れする。ホントはたぶん駄目なのだろう。
弘文洞跡。深い渓谷のようだが、初めて来た時は、まだ掘抜き状に上部がつながっていた。30数年前に上部が崩落し、今のような地形になった。

清澄観音橋観音橋2養老ラインを養老渓谷駅方面に向かうと、温泉街の中に、観音橋という綺麗な二重橋がある。
頼朝所縁の開運観音として有名。あやかろうと思ったが、橋を渡りきったところで、工事のため通行止め。運が向いてない‥‥。ちなみにこの橋も自転車に乗って渡ることは出来ない。運を担ぐつもりで自転車を担ぐのだ。

ラ・フランス泉街で食事処を探したが、ゆっくりコーヒーが飲みたかったので、弘文洞入口までもどったところの洒落たレストラン、『ラ・フランス』でブレイクタイム。『弘文洞入口』はこのレストランを目印にすればよいのだ。



白鳥橋こから、最終立寄り地『久留里城址』を目指すのだが、大福山を経由してみた。上りだけ苦しめばあとは尾根伝いにダウンヒルである。
白鳥橋をわたりヒルクライムに‥‥
しかし、上り始めてすぐに急斜面で、またまたダウンを取られた。時折雨も激しくなり、乗っては降りてを繰り返す。3kmの上りは、50mの全力疾走も出来ない軟弱親父には、K2??並みか。
房総の山の中、大福山を探しているうちに道は下りとなり、尾根伝いの林道に合流してしまった。
最大標高は311mをマーク。このGPS大丈夫かぁ?地図上の大福山山頂は292mなのだ。
ここからは概ね下りである。ところどころ視界が開け、房総の山々が展望できる。日本で一番低い県。それでいて不思議と奥深い房総の山々。このパノラマを見ていると、多少なり心の休息にはなる‥‥。

尾根伝いの林道から、最久留里城後の目的地、久留里城址の攻略。大福山のあとだから休息程度に考えていたのが、今日最大の誤算だった。
久留里城は真里谷武田氏によって築かれた山城で、戦国時代は里見・後北条氏の攻防の最前線となった堅塁である。
二の丸の資料館までの押し歩きで、脚の筋力が完全にドロップアウトした。二の丸から本丸までは徒歩で僅かだ。本丸天守台址の横に、天守が再建されているが、戦国時代以後のものだろう。

疲れたぁ〜滝ダム駐車場に戻ってきたのは17時近く。最後は乗っているのか、押し歩いているのかわからない状態になっていた。レフリーがいたら、大福山に上ったところでテクニカルノックアウトを出されていたろう。
全身ずぶ濡れで、エアコン暖房フル回転での帰宅。雨なのに濡れない。脚に力を入れなくても坂を登る『自動車』に不思議な感覚を覚えながらの帰宅路だった。

疲れたぁ〜!
養老渓谷周回日の走行80.3km(押し歩きも含む??)
最高速度45km/h!?(こんなキチガイのような速度出した覚えはないぞ)
平均速度16.2km/h(8km/h以下がやたら多かった割にはいいタイム??だ‥‥と思う)
累積標高差+1,610m・−1,588m(ASG−CM11で取れるのだが、今まで気にしたこともなかった。周回なのに±0mにならないのはなぜだろう‥‥)


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第二次城山攻略

雪のため、行程僅か中ほどにして敗走した第一次城山攻略。
臥薪嘗胆、そして捲土重来‥‥いい言葉だ。
京王閣再び到来を予感させる温暖気候の中、第二次滝山攻略のため進撃する。
津久井湖サイクリングに再挑戦。
AM6:00には出発したかったが、諸所の都合で出発はAM8:00となる。アキレス腱の炎症で通院しており、体調にはやや不安。
前回吹雪で引き返した、京王閣前を順調に通過。前回の天候が嘘のようだ。但し、吹雪ほどではないが、遠方が霧のように霞んでいる。スギ花粉?黄砂?PM2.5か‥‥!!
コンスタンチヌスの柱ここにも武線の鉄橋を越えると、対岸に某国の軍事施設?のような建物。稲城市の清掃工場。
ここにも『コンスタンチヌスの柱』がある。上に大帝の像はないのだが‥‥



多摩美大前く多摩川左岸のCRを走り、四谷橋を渡り野猿街道に入る。あまり意識していなかったが、野猿街道から柚木街道を抜けて、東京環状に出るまでは、ほぼなだらかな登りルートである。いい加減疲れてくるうえに、多摩美大付近は傾斜がきつくなる。ここで一気に体力がなくなる。

東京環状から町田街道・津久井街道を経由して城山ダムに向かう。
城山ダムを目前にして、城山と津久井湖ファミレスで昼食。せっかくだから一気に攻めずに搦め手から攻略する。ダムの手前から県道513号線に入り、津久井街道の対岸を行く。
コンパクトクランクのおかげで、何とか対岸の最上部に。津久井湖と城山が一望できる。

さて、対岸を遠回りしたのには理由がある。噂の廃道県道515号を見るためだ。県道515号線県道515号は513号の三井から千木良でR20に合流するまで相模川左岸を抜ける道だが、一部が廃道になって久しく、廃道区間入り口には巨大な鉄柵がある。
せめてそこまでは行ってみたい。
県道515号の道幅は1.7m。うちの車じゃ通れん!!しかし軽には2回出会った。これでも立派な生活道路のようだ。

ミニヒルクライムはまたどんどん上り坂になっていく。
こんなところでミニヒルクライムになってしまった。軟弱ポタリストはついにF34T×R36Tの最強ギアまでいってしまった。はっきり言って押し歩いたほうが早くて楽だ!
ヒルクライムは長い距離ではない。鍛えていればコンパクトすら不要なのだろう。
噂の廃道して報酬のはずの快適なダウンヒルは一瞬の間。再び集落に出て、集落の最上部にあるお寺を越えると、ありました!噂の現場?

巨大な鉄の遮断機をやり過ごした奥に、更に巨大な鉄柵。馬防柵か?でもしっかり横から抜けられる。かなりの人間がここを越えているようだ。

けっこう山名手橋に戻り、途中から折れて、更に下ると津久井湖に掛かる大きなつり橋『名手橋』を渡る。
橋の中央から、先ほど走った県道515号方面を望む。結構山間に来た感じだ。まぁダムがあるくらいだからねぇ。

城山ダム久井街道に出て、城山ダムの観光センター駐車場に付く。
ついに城山を制覇した。
はぁ、城山の頂上まで行ってはじめて制覇じゃないのかって‥‥
ご冗談でしょ!

さて、すでに15時近い。いい加減疲れもたまっているので早々に撤退する。
ほぼもと来た道を戻る。御殿山から百草園までは、ロングダウンヒルである。クロスライドは惰性で結構走ってくれるのでほとんど漕がない。しかし流石に80kmを越えたくらいから、オマタが痛くてたまらなくなった。自転車なら摩擦部にはグリースを塗ることを考え、ドラッグでクリームを買って塗る。多少は和らぐかもしれないが、やはり『ZOOGELFIOW』サドルでも駄目か‥‥。Gパンにトランクスというもの自体に問題もありそうだが‥‥

多摩川CRまで来ると、テーピングしている腱がぴしぴし痛み出した。通院中の脚では無謀だったか。でもどうせシップ薬とロキソニンしかもらっていないのだが‥‥。ロキソニン飲んでもあまり効果がない。右足に力が入らなくなった。

コンスタンチヌスまたまたトワイライト路のように、世田谷通り⇒R246・渋谷と抜けていくのが最短だが、すでに脚には力が入らない。世田谷通りや246の起伏に耐えられそうもない。遠回りでも起伏のない道を選ぶ。イチコクまで粘るしかない。
二子玉ですでに17時をまわっている。CRの夜は照明もなくダーク色のランナーや「犬に散歩させられている人たち」がいるので危ない。
結局、闇に閉ざされニコクから降りて市街地を行く。

もうだめだぁ会の夜景は美しい。けれど今回は夜景にかまっている状況ではない。
右足はほとんど使えず、左足は引きつってきた。おまけに少しの段差でオマタの悲鳴。
浜松町で一旦休憩する。
木場公園前、家を目前にしてついにドロップアウト。押し歩きになる。筋肉痛などで、行程中に押し歩きしたのは、秩父輪行以来だ。

行程mapM20時過ぎ。何とか帰宅する。途中からメーターすら見なくなったが、本日の走行149.9km.あと100mで150kmだ!
MR−4での日帰り最長が114km、BMCの最長は74kmだから、最長記録を大きく更新した。
BMC流石也。
やはりオマタの課題は残された。今回は出発が遅れて、こまめな休憩が取れなかったこともある。足は故障中で、また翌日また通院である。

帰宅時までにまったく余力の残らないサイクリングであった。
100kmを越えると、もはや忍耐と距離数の達成感しかない。
本来、時間に縛られず気の向くまま、寄って・見て・楽しむのがポタリストのスタイルだ。
やはりポタリングを楽しめるのは50km〜70kmまでである。ポタリングは距離を気にしてはいけない。

とはいえ、もう少し頑張れば『センチュリーライド』も夢ではないことも実証できた。
第二次城山攻略により、城山ダムは陥落した。


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PS 翌日、通院に自転車を出してしまった‥‥
    自爆行為であった‥‥

第一次城山攻略

MC後のBMCの試走コースを津久井湖にしたのは、それなりの距離と、きつい高低差が少ないからだ。
サドルを『ZOO GELF LOW』に替えて、股擦れと前立腺の痛み回避にどのくらいの効果があるかの検証もあるが、趣味でいじっているとはいえ、それなりのパーツを投入している。健脚なら200kmも楽勝な仕様である。軟弱ポタリストといえども100kmを余裕でクリアできなければ意味がない。
平日に休みを取って夕暮れ時までに帰る予定。翌日も4時半起きの仕事だ。
雪で足止め午前7時30分、天気予報は午前中一時雪と出ている。雲は低いが予想より寒くない。どうせ降ってもものの1時間くらいだろうとタカを括って出発。
新宿を抜け、R20で府中から聖蹟桜ヶ丘、橋本を経由するに抜けるのが最短ルートだが、走りやすいR246二子玉から多摩川CRを抜けるルートにした。
より深く垂れ込めた雲は、渋谷からついに雪になった。R246は首都高が上を通っているので、ある意味雪の直撃を避けられる。
降りはどんどん激しくなり、ついに用賀で足止めとなった。吹きっさらしのCRに入る前に様子見をする。
京王閣店でつぶすこと1時間。少し小降りとなったので出発。
程なく多摩川に出る。また雪が強くなった。風が吹くと横殴りになる。
雨具はない。雨を覚悟してまで行軍するほど強い意志で臨んでいるわけではない。防水を施していないコートとズボンは徐々に滲みてきている。
京王閣で記念撮影。過日MR−4で来た時は、すでに70km以上走っていた。今回はまだ36kmだが、天候のせいか疲労度は今日のほうが高い。
京王閣を過ぎると、降りは更に強くなった。すでに全身水がしみている状態なので、多摩川原橋多摩川原橋の桁下でまた様子見。やはり雪はやむ気配がない。牡丹雪となってきた。
体力的には続行可能だが、無理は禁物である。とある映画での三船敏郎演じる大村海軍少将の言葉を不意に思い出す。『このまま帰ろう。帰ればまた来ることが出来る』。そうだね、大好きな言葉である『捲土重来』をまた使うことも出来る。
服はずぶ濡れだが、ここまで来れたのは、先日松戸の某ショップで購入した手袋のおかげだろう。あの時は暖かい日で、こんな冬手袋、今年はもう使うまいと思っていたが、今回は手袋の防寒・防水効果で、手の悴みがないのが大きな効果だ。
途中ファミレスで暖をとりながら帰る。結局、東京駅雪が収束したのは、すでに東京駅を越えてからである。
走行69.5km
また、70km止まりとなってしまった。今回はスパッツにカーゴパンツだったため多少擦れたが、このサドルではまだまだいけそうである。
ほぼ全行程雪であった。雨ならば降り始めで退却していただろう。雨の日は乗らない主義だ。
雪の中でここまで走ったのは、どこかに残る『ヨンダブリスト』のサガだろう。
何の言って雪の中を走るのはすきなのだ。たとえ駆動が一輪であったとしても‥‥

第一次城山攻略は悪天候という伏兵の襲撃を受け、無様な敗退で終わった。


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相性

彩湖試走から1週間。出血は止まったものの股擦れがまだ治っていない。
パッド付インナーの縫製部との接触が股擦れの原因のようだ。
サスペンションシートポストも効果がなく、残された原因はサドルのみとなった。
『スペシャライズドソノマGEL』。MR−4購入と同時に購入した、もっともお気に入りパーツである。今回試しに、サスペンションポスト用に購入した『セライタリア・スポーツアラーZOO GEL FLOW(これも変な名前だ)』に付替えた。

江戸川イールでお世話になった、松戸のプロショップに手袋を買いに行きがてら、ZOOの試し乗りをすることにした。
患部がまだ腫れているのでパッドインナーをやめて普通のミドルパンツにする。これでぶり返したら地獄である。
松戸までは、強い南風に煽られて快適そのものだ。お店で珈琲をご馳走になり、汗ばむ陽気の中で、ウインターグローブを購入。松戸から江戸川CRを南下する。
ずーげるふろーりはまさに逆風を受ける。すかさず安全速度まで落ちる素直な弱脚である。心配した尻と股の痛みは30kmを越えてもまったくない。これはいけそうである。
江戸川をそのまま南下し湾岸に出て葛西臨海公園を回って帰る。



SONOMAんま GEL行としては53kmだったが、、股や尻の痛みは出なかった。
TS−7購入以来、サドルといったら『スペシャライズド』と思うくらい連綿と受け継いできた?イメージにひびが入る。いい相性だと思って乗り継いで、BMCに引き継いだものだが、片思いだったのか。
50kmそこそこでは結論が出せない。
昨年春、彩湖にポタしたときは『アセンシア』だったがやはりサドルのトラブルはなかった。
江戸川2ザインに惚れこんだ『スペシャライズドソノマGEL』だけに、降板させたくはない。そういうイメージが、サドルが原因という可能性を無意識に否定していたかもしれない。
とりあえず『スポーツアラーZOO GEL FLOW』で様子見をすることにする。

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彩湖試走

延命地蔵ッティング終了後のならし運転。彩湖までの往復。やはり少し恥ずかしい『クロスライドUB』だが、慣性のよさは抜群であり、僅かな傾斜があれば、ずっと漕がなくてもいいのは楽。慣性の良さだけ見ると、フォレックス24以上だ。まあ26インチなら当然とも思えるが‥‥。快いラチェット音が走りのよさを予感させる‥‥。
南千住を通過した際、延命寺のお地蔵様が目に留まる。前回訪れたときは、震災で座から落ちて、ばらばらの痛々しい姿だった。今回直っていたので、立ち寄って浄銭を奉納。合掌する。

彩湖2ストだから一般道でこまめにシフトを繰り返す。北風の強い日、戸田までは一般道を使い、向い風を極力避ける。フ ロントは2速で稼動範囲が狭まる分クイックになった。但し、街中のSTOP&GOの繰り返しでは、風向きを差し引いてもMR−4のほうがやはり軽い。

途中から荒川土手に上がる。30kmも走ったらばてばてになってしまった。強い向い風のせい?
リアのギアチェンジが軽くスムーズになったのはU品ながらXTの効果か。チェーンラインのずれが気に なるところだが、クランクがシェル幅70mm対応とのことなので、右ワンに1.8mmのスペーサーを入れてみた。以前にしばしばあったミドルレンジでのシフト時のギ アの滑りがなくなって、確実にシフトするようになった。なぜ‥‥?

彩湖1ョートステムの影響が、強風を受けたり段差を越える際、押さえが利かずハンドリングが不安定になる。改善というより、滑るフリースの手袋をしていたという点が問題であり、滑り止めの付いたサイクルグローブにしたことでほぼ解決というお粗末さ。

CRも含め70kmほどの試運転だが、やはり脚とお尻に来た。MR−4でのサイクリング時のお尻の痛みは、パッドつきインナーでほぼ解消されたが、AC−02の場合は、同じインナーでも、股擦れを起こしてしまい、70kmがほぼ限界となってしまった。
脚力のないのは不精進なだけだが、お尻や内股も鍛え上げないと駄目なのか??
ポジション変更の効果で、多少肩・首は楽になったものの、お尻に関してはまた白紙となった。
無風状態では、面白いくらい軽く回るだけに、お尻と向き合う?ことが、AC−02のロングライドの課題だ。

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コンパクト10S化&ホイール2

ジテ通と通勤帰りポタがなくなった後は、買物とチョイノリ専用になってしまったAC−02。ホイールの不調を機に心機一転、足回りを一新する。

「ホイール交換」

mavic crossride ub2ロルフサテライト‥さて2年6月に入手したばかりのお気に入りホイール『ROLF SATELITE』。ゴリをプロショップでオーバーホールしてもらった上での装着だったが、原因がベアリングではなく、ハブの内側の磨耗なので、無念ながら履き替える。

デザインが精悍で洗練されているROLF SATELITE。勿論、新品での再入手は困難である。今mavic crossride ub1CIMG4711回はやはり懲りて、新品で調達できるマビックにする。『CROSSRID UB』。「ごてごて」のお好み焼き風デザインはちょっと躊躇ってしまうが、エントリーモデルながら、SATELITEに比べて200g以上軽量なことは大きな魅力だ。
23Cタイヤの装着も検討したが、乗り心地を含めた乗り味のメリットが期待薄のため、『コンチネンタル スポーツコンタクト/35−559』をそのまま使う。

「トリプルクランク」から「コンパクトクランク」へ

購入105 fc-5750&driveline165クランク直後にクランク長変更のため交換した『アルテグラクランク』とオリジナル『TOUROチェーンリング』の組合せを『105 FC−5750』クランクセットに交換。こちらも新品で購入。クランクのみのU品ながら、『アルテグラ』は分不相応であった。ちょっともったいなかったが、リング周りがシルバーに統一され、色合いも含めさっぱりした。

「10速化」

元々X−7が9速だったが、1dynasys rd-m773105 fd-570005が10速なので、この際駆動系を全て10速にする。フロントディレーラーを『X−7』から『FD−5700』に交換。残念ながらここからは資金不足により結局U品となる。

dynasys cs-m771-10SRAM PG950 11−32T』から『CS−M771−10 11−36T』にスプロケット交換。
『SRAM X7』から『DEORE XT DAYNA−SYS』にRDも変更。
クロスライド装着にあわせて装着する。せっかくのXTだが、U品で傷があり、見た目が「だいなしっす」??
3×9→2×10になったが、ローとトップのギア比はほぼ同じになっている。
右クランクが2段化により内側に入り、中心からの左右の間隔が均等に近くなった。コンパクトクランク冥利なり。FDも薄型になりすっきり。ドライブラインの110mm用バッシュガード。これがないとしっくり来ない。
RDもシャドーのため、前後からのシルエットは随分スリムになった。

bmc ac-02 2010年の購入後の足回り改造は、ほぼ総入れ替えとなった。
古いパーツを処分したが、また出費してしまった。

MR−4改は『ALIVIO』8Sで長距離もこなしている。アリビオ8Sに不満はないのだから、XT10Sは贅沢すぎる装備である。
ここまでやって、狭い部屋の装飾品?にしていてもしょうがない。
調整を兼ねて試走会?へ‥‥

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パイプカット

もう、必要な歳でもあるまい??
何のこと?
否、この歳になってはじめて自宅でチャレンンジ。コラムのパイプカットである。
先日、悟った(SATOった)ばかりであるが、“サトリ”を継続するためには“パイプカット”が必要なのだ。まあ、煩悩を絶つには一番だね!?
コラムにショートステムを直付けするとハンドル高が低くなりすぎるので、『サトリ/HEADSUP−2』を加工して咬ませたが、今度は高くなりすぎた。コラァ、ムカッとするぜ!?
そこで、もともとあまらせていたコラムのトップを10mmほどカットする。
コラムカット1コラムカットには問題点が2つある。ひとつは元に戻せないこと。これは当たり前だが、これを前提に始めないと後悔に苛まれる事になる。
コラムカット2
まず、ノーマルの状態でカットの位置を決める。
ステムは仮付け状態。
コラムの中はこんなふう。

コラムカット2−1一般的にはコラムカットは、フォークをフレームから外すもんだろうが、工具も時間もないので車体に付いたままオペをする。タイヤを外したのには訳がある。
さて、コラムをカットする前に、先ほどの2つめの問題、スターナットの位置の修正が必要となる。ただ切るだけではないのだ。圧入工具がなくてもできる方法は先達諸兄のプログが教えてくれる。
勿論、自己責任での引用である。

コラムカット4コラムカット3り出したのはトランジットセブンにKHSのコラムを取り付けた際に使用した延長キャップボルト。
これを股の下の穴から、スターナットに逆に回しこむ。(何か今回はいやらしい‥‥)



手で締めコラムカット5こんで、頭が出たら、股に差し込んだナットをじわじわと締め上げる。
するとスターナットが、徐々に下にずれていく。10mmずれたら、下のナットを外して、ロングボルトを手で緩めて外す。
ブログでよく紹介されている裏技だ。圧入工具がない場合、上部にボルトを逆さに当ててステムキャップで固定してトンカチでたたく方法も紹介されているが、コラムカット6車体装着のままなので、車体へのダメージやスターナットが傾斜してしまうリスクを考えると、こちらのほうが堅実である。
写真では解りづらいが、もともとスターナットが固定していた位置の線が見えている。

ここコラムカット8コラムカット7らがカットになる。
散髪屋で毛髪が衣服等に付かないよう、『散髪マント』をするようにヘッドパーツ周囲を養生する。
位置を決めて、ハンドカッターを回す。この手の材質は比較的歪まず綺麗にカットできる。勿論プロはこんなやり方はしない。‥‥たぶん。


切っコラムカット9たあとは鑢でバリを取って丸みを持たせるのは当然だ。バリで手などを切らないための安全対策だが、同時にコラムや取付ステムへの削り傷防止にもなる。
前回『サトリ/HEADSUP−2』を加工して50mmUPにしたのだが、なぜか『HEADSUP−1』がでてきたので、こちらを使うことにした。我が歴代の自転車は全て1回は悟って(SATOって)いるのだ。


コラムカット9−2コラムカット9−3これでハンドル高91.5cm。今までのハンドル高のままで、2.5cmハンドルバーを手前にずらしたことになる。
コラムのショートカット(と言うよりシロートカットというべきか?)完成である。
せっかくだから、高そうなイーストンのステムも正常位??にしておけば良かったか‥‥!!

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イブ・ソラマチ

イブソラマチ2クリスマスイブ。
サンタになるためにソラマチにいく。
カミサンと娘にサンタさんからのプレゼントが届くよう、偽装工作である。

いまさら娘はサンタクロースなど信じてはいまい。
昔は「サンタさん、〇〇お願いします」とお手紙を書いてわたされたものだが、今欲しいものを書いたら、「サンタさんは、現在取り扱っていないそうです」と、却下されることがわかっているようである。
したがって、今回は本人の希望とは異なるプレゼントとなる。

イブソラマチ3つも激突しているカミサンにも、今日はプレゼントを用意する。しかし娘だけでは、不自然なのでカミサンのところにもサンタがくることになる。
以前よりクリスマスにあわせて届くように注文していた、おやじのプレゼントは残念ながら間に合わないようだ。
じゃ、とりあえず先日のイーストンがプレゼント?ということで、3人のプレゼントがそろう。

イブソラマチ1々のソラマチ。
連休最終日だが、すでに21時近いのにかなり混んでいる。25日までのスカイツリーはもみの木をイメージしたクリスマスライトアップになっている。今日は時間によってはキャンドルの赤色にもなるらしい。
まあ、開業前のライティングテストのときに、様々なライティングを見てたから別におどろかないけどね。


今年も残すところ後わずかになった。
片道2時間強の通勤で自分の時間も大幅に減った。
イブソラマチ何はともあれ、ここまで無事に過ごせたことに感謝。
帰りに、最後の追い込みで売っていたCVSのクリスマスケーキを買って帰る。
ささやかなイブのお祝いをする。

Merry Christmas 神の祝福があらんことを!
うちは仏教だから、勿論仏様のご加護もお願いします‥‥!!


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ないとらんストレス発散 〜転勤3

転勤富士山の疲れがたまるこの時季だが、ストレス発散もしたくて、重たい脚を無理やりひっぱってないとらんに出る。
最近長距離は輪行が多くMR−4の出番はツーリング専用となった。
長距離電車通勤となって、通勤・買い物用AC−02がお蔵入りしてしまっているので久々にポタリのお供にする。
ゲートブリッジとレインボーブリッジの夜景を楽しむべくいって見る。

まだ明るいので、行徳を経由しチョイ用をする。今井橋から富士山のシルエットが見えた。旧江戸川上流側には昭和30年代までは大きな中洲があったらしい。護岸整備に際して掘削されたようだ。妙見島ほどの大きさもなく、島としては使えなかったのだろう。
行徳駅前の某〇〇クリーで必要小物を買物。「売りたいものがあれば、是非お持ちくださ〜い」とスタッフに声をかけられた。家には山積みされているんだけど飯代くらいにしかならないし‥‥
のんびり物色区しているうちに暗くなった。ゲートブリッジを目指す。

ディズニーランドホテル安橋を渡り江戸川右岸の遊歩道を走る。照明がない。ランナーがいきなり現われる。でも10m先のものが認識できる点ではEL520は立派なライトだ。対岸のディズニーランドホテルの照明がとてもきれいだ。思えはディスニーリゾートはチャリでちょい乗りするベイエリアの庭のようなものである。考えてみればディスニーランドからサマーランドへ通勤しているようなものだ。

エレベータータワーゲートブリッジには若洲公園内のエレベータータワーから登る。8時近いのに観光バスが入ってきてエレベーター待ちになった。いざ乗るときに職場からの電話。土曜だろうと夜だろうと問題があればかかってくる。話しながらだとちょっと気が引けるので、せっかく待ったのに電話しながら階段を上る。


ゲートブリッジを夜歩くのははじめて。先ほどのバスのせいか人は多い。雨が降って来そうな低い雲のあいにくの天気だ。
ゲートでもやはりベイサイドの夜景はいいね。幼いころに絵本で見た21世紀の世界。子供のころに憧れた都会のビル街の中での生活を今実感している。ただしそこにいる自分がどうなっているかなんて考えてはいなかった。小学校のアルバムには「探検隊員になって世界の『ナゾ』を探険したい」と書いていたそうだ。なるほどチャリンコ探険隊になって東京の『ナゼ』を探険している。
ゆめ遠からず‥‥か。
ツリーパノラマ話休題。きれいだけど遠いね。東京タワーは「FIFA WC/女子U−20」の決勝エールのダイヤモンドヴェールなのだそうな。日本に送るエールではなくて残念だったが、銅はたいしたものだ。
うちの安カメラと全然安定しない安三脚では『地震映像』になってしまうので、レインボーブリッジを渡って帰るときに撮ろう。

赤灯からて、帰りに歩いて赤灯の手前まで行く。久々に安いコンパクトロッドを買って、15年ぶりの釣り復活を目指しているので釣り場の視察も兼ねる。
防波堤から見るライトアップもきれいである。21:00まで自由に立ち入りできるので、秋の夜長の夜釣りにはいいだろう。柵もあり子供でも安心だ。娘の嫌いなフナムシもあまりいない‥‥フナムシが嫌いで防波堤釣りができるかと娘には言ったが、実はおやじもフナムシはだめである。

封鎖?されてますゲートブリッジからレインボーブリッジへ。
ゲートブリッジが自転車通行できると、お台場までも短縮できるのだが、実際は新木場からR357側道を辰巳・東雲・有明と進みシーリアを抜けていく。
時間は21時を少しまわった。
ゲート前に来ると、あれっ閉まっている。
しまった!?8:30閉鎖だった。

シーリア日は踊る走査線をテレビでやる日だ。『レインボーブリッジ封鎖できません』なんていってちゃんと閉鎖はしているじゃん。しょうがないから帰ってテレビでも見よう。
レインボープロムナードの入口からパレットタウンの大観覧車が鮮やかな色彩を放っているのが見える。

本日走行44km。
普段のポタと変わらないのにへとへとになって帰宅。
疲れたまっているのか‥‥。

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livedoor プロフィール
愛車紹介
1.PRESAGE U31
愛称KARANO号
  :いまや歴史遺産となりつつある3.5L/フルタイム四駆。最近は金欠でタコメーターしか見なくなった我が家の軌道空母。2002年モデル。
2.MR−4
  :GIANTのロングセラーフォールディングバイク。リアドライブ・ミッドシップエンジン搭載??のコンパクトスポーツ。2010年モデル。

3.SOMA SAGA『嵯峨』
  :米国ソーマファブリケーションズのツーリングフレームに格安パーツを買いあさって組み付けたクロモリツーリングバイク。年式不明

4.トランジットセブン
  :今は娘の愛用となっている、BSの20インチフォールディングバイク。オヤジにサイクリングすることと、カスタムすることの両方の楽しさを教えてくれた逸材。2007年モデル。
  
5.ALPENCHALLENGE   AC02
  :レーサー志向の本格バイクを投入する『BMC』の珍しい26インチアルミバイク。ストックパーツを再編成して復活した我が家の最軽量クロスバイク。2011年FC前モデル。  
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