KARANOがれーじ

KARANO 枯野 1.古事記に登場する仁徳天皇所有のハイスピードクルーザー。毎日灘波と淡路を往復し清水を宮に運んだ。 2.我が愛車のニックネーム。毎週我が家とスーパーを往復しPBの飲料水を運んでいる。 3.枯野さん(ハンドルネーム)。 ユル系持病持ちポタリスト。鍵穴型古墳マニア。 ニトロ懐中に今日もユル旅。

MR−4F

ブレーキ交換

先日の筑波山では、手が痛くなるほどブレーキをかけまくった。元から効かないブレーキだが最近RIDEA−CNCやベローチェショートVと比べる効きの差は歴然だ。もともとVブレーキ派なので、キャリパーは効かないと端から思っているが、そろそろ換え時かもしれない。
自転車ブレーキの限界はどのくらいなのかあまり気にしたことはない。しかし、さすがにトレンチがなくなっている状態は、やはり換え時だろう。

アシマARS45CR−PH−ALスポーツバイク専門店で、穴の開いたチューブの代わりと、合いそうなブレーキを探す。やはりシマノは高い。
ブレーキシューにはゴム一体成型とシェルカートリッジ型がある。テクトロロードはシェルカートリッジ型なので、パッドだけ交換でいいのだが、合うパッドが見当たらない。一体成型のほうが安いが、なんとなく変形しやすいイメージがあるので、結局カートリッジタイプを丸ごと交換する。見つけたのはテクトロと質感の近い『ASHIMA』というパッケージ。





『AAshimaSHIMA/ARC45CR−PH−AL』。1,100円。安い!台湾製?それならまあ信頼できる。
台湾製はそれなりの品質は持っているが、この値段ではテクトロと50歩100歩だろう。帰って調べたら、WEGGLEで1,730円、ロシアかどこかの通販で750円程度だった。まあ、それなりなんだろう。






テクトロロード取り外したシュー。過日交換したプレサージュのディスクパッドよりは残っている?
でも雨の日の効きは最悪のはずだ。







Rが違う?何処が限界??品シューとの比較。自転車はエンブレ効かないから(ベアリングが悪化していると結構強力に効くけど‥‥違うだろ!)ブレーキには負荷がかかる。
あれ、Rが微妙に違うテクトロのほうがRが強い。テクトロロードってMR−4専用?小径車には強いRのほうがよい。





リアフロントり付けてみた『ASHIMA』
同じクリアランスで調整すると新シューのほうが、レバーを握った感覚は心なしか柔らかい。







調おまけ整の際は、トトーイン?ーインの調整もやってみる。締め付ける際に厚紙を挟んで後方を0.5mm程度広げる。専用の調整危惧もあるようだが、めったに使うこともあるまい。
最後に、こんなおまけを取り付ける。ワイヤーに固定し、ブレーキの引きでスイッチが入ると点灯するストップライトLED。シンプルだがよく目立つ。

ホイールはブレーキ設定時の確認ではぶれていなかったが、シフト調整が必要になった。転倒の際、ハンドルにつけた補助ライト破損。バーテープ一部剥離。メインフレームとフォークに小傷。今回はちょっとダメージが大きくなった。


脚がまだ痛いので遠出はできない。ご近所の慣らしでブレーキの効きを見ていく。



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筑波走破そして未完走

CIMG7765関東近隣で行っていないところ、ということで、筑波山輪行をすることにした。なんとなくいけるような気がした。
今まで基本的にヒルクライムをしないおやじにとっては、プチヒルではない、本格的ヒルクライムとなる。原則は変わらない。『きつかったら押して歩く』。『無理なところでやめる』。この2点を原則につつじヶ丘を目指す。全行程予定135km、もはやポタリングとはいいがたい。
AM8:20、TXつくば駅出口到着。早速組みたて開始。くそ熱い!
手慣れてきたとはいえ、やはり出発までは20分はかかる。




CIMG7767みあがって、出発する刹那いきなり「ぱんっ!!」という破裂音と「プシュー」と空気の抜ける音。「なにぃ」パンクぅ!。前輪だからまだいい。車輪を脱着すれば、MR−4は手でタイヤの取り外しができてしまう。
原因はバルブ付近の破裂。負荷がかかったのだろう。修理ではなくチューブ交換で対応。
何度も長距離や悪路を走ったが、今まで運が良かったのか、サイクリング出先でのパンクは初めてである。ここでも30分のロス。





CIMG7768回は、中央青年の家入口の永井交差点から入り尾根を縦走する。永井交差点までは、JR土浦駅からのほうが最短であるが、電車の所要時間は20分ほど伸びる。
TXつくばからの途中、筑波自転車道と交差した。土浦から岩瀬までのロングコースである。ここも一度は来てみたいコースだ。






CIMG7770央青年の家入口、永井交差点を入るとすぐ尾根ののぼりとなる。つつじヶ丘までは16km。平均斜度3.1度・標高差499m。今まで一番つらかった。大福山と比べても、距離・標高差ともに2.5倍。平均斜度も0.2度きつい。これを完走できたら、奥多摩駅から奥多摩湖までタクシーを待つ必要はない。

ここから700m位は平均斜度8%弱。そこから後の800mが10.5度の最大難所だ。やはり途中2回止まってしまった。
縦走部に近づくとのぼりはなだらかとなる。



CIMG7772CIMG7771青年の家到着。ここから最初ののぼり終点である『レストランいやしの里』までは750m、平均斜度は7度。ローギヤでゆっくり上ればなんとかなる。
‥‥と、思ったら「またかよ〜」の未舗装。この斜度に加えてこの路面状態ではグリップしない。やはりブロックにしろという神のお告げか‥‥。
ここで普通の軟弱者は引き換えし、別ルートを選択する。しかしオヤジの軟弱はそんな半端じゃない。ここで帰るなら引き返すが、さらに上へ行くなら、さっきのつらさは絶対繰り返さない。チューブの予備はもうないので無茶はできない。
最長750mである。のぼり直すくらいなら「押して歩く!」
CIMG7773こでも思わぬ展開だった。大きな轍で横滑りするし、バッグが思いのほか重いので押し歩きもつらい。が、押し歩いた部分は実際3〜400mというところ。
『いやしの里』で少し休憩。レストラン・日帰り風呂もあるようだが、汗まみれ・ほこりまみれなので、入るのはやめた。







CIMG7774こからはフルーツラインに合流し、すぐに筑波スカイラインへと分岐する。
朝日峠駐車場で休憩。平日なので車はほとんどいない。コーナーマニアさんの車が時折爆音を立てて行き来する。
MR−2が数台入ってきた。こことどこかを行き来しているのだろう。彼らにはちんたら走る自転車は邪魔な存在でしかない。だがこちらは『MR−4』である。『MR−2』に引けを取るわけにはいかない??






CIMG7775カイラインの途中で、ギア抜けしたと同時に足を攣ってしまった。これをやってしまうとすぐには走れない。
予定外のところだが、休憩してストレッチする。








CIMG7777CIMG7776なり時間がかったが、風返し峠に到着。霊峰つくばの頂がまじかに見える。つつじヶ丘駐車場まであと1.6km。平均斜度6.9度、標高差115m。ひたすらローギアでゆっくり上る。







CIMG7780529mの看板いに最高地点、529mつつじヶ丘駐車場に到着。今まで標高差せいぜい150mの軟弱者にとって499mは前代未聞である。
よくブログフォトで掲載されている大ガマの前で1枚。







CIMG7782CIMG7783っくりはしていられない、帰路は90km残っている。
時間は13:00を回っているが、休憩時間を貯金する為昼飯はふもとに降りてからにする。
帰りは爽快というより怖い。ただでさえMR−4のテクトロブレーキはきかない。ブレーキの握り過ぎで手がいたくなるのも初めてだ。ふもとから見る筑波山がこんなに高く見えたのも初めてかも。




帰りCIMG7784は最短の、『つくば・守谷・柏R6』ではなく『下妻・坂東・野田・吉川』ルートをとる。少し遠回りだが、起伏が少なくなるべく幹線を避けたい思いがあったからだ。
下妻の市街にある砂沼湖畔で休憩。茨木百景にも選ばれた、古くからあるため池である。







豊田城294を避こんな立派な城郭あり?け旧道を行く。石下にある豊田城に立ち寄る。
戦国の豪族豊田氏の居城からとった名前らしいが、当時こんな天守があるわけない。
中に入れるようだが、入館が午後4時までと時間がなく、喫茶店もなさそうなので、外で休憩して出発。






このまま水海道までいって、菅生を通って芽吹大橋を渡るのが最短だが、道を間違え坂東市の周辺で大きく時間ロスをした。坂東市内からまた、足を引き攣る兆候が出てきたのでだましだまし走るが、芽吹大橋のところでついに恐れていたことが発生。左右両腿・脹脛・指を一気に引き攣る。こうなると漕ぐどころか立ってもいられない。土手で転げまわってうめくしかない。おまけに頭痛と吐き気まで‥‥熱中症か?
20分ほど休憩して、何とか漕げそうになった。しかしここまでひどくなると、家まで45kmは厳しい。無理だったら途中から電車に切り替えることにして、再出発。
しかし2km走ったところで再発。たまたまあった草の空き地に倒れて動けなくなった。
これがもしかして『ハンガーノック』というやつか。今回は飲料摂取に没頭して食事休憩をとっていない。
走行を断念して最寄りの愛宕駅から輪行にすることにした。でも愛宕駅までどうやって行く?近所の家に頼んでタクシー呼んでもらうか?でも動けないんだから下手すると救急車呼ばれちゃう。
今回は収まりそうにない。棒になった脚で少しでも歩く。R16との交差点にマックがあった。とにかくマックまで行こう。マックの駐輪場でしばらくうずくまってから店舗に入る。吐き気が強いので油ものは摂れない。とりあえずマックシェイクを頼む。
初めての帰路輪行一時間休憩して何とか動けそうになったので、愛宕駅まで行って再び輪行。帰路での輪行も今回が初めてとなった。
東武野田線(なぜか『アーバンパークライン』という名称になっていた)で春日部に出て、東武伊勢崎で帰る。









筑波山回はかなり無謀な計画であった。持病もちは体に気をつけなくてはならない。
軟弱ポタリストは軟弱の域を超えてはならない。でも筑波はまた行ってみたい。
今回の走行91km(歩行区間も含む)

PS
ハンガーノックで倒したときか、帰りの袋詰めと運搬が雑だったためか、今回はMR−4のダメージが大きかった。

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狭山丘陵周回

市ヶ谷タワー?の休日は、電車で高麗川まで行き、鎌北湖・宮沢湖を回り、入間川CR〜荒川CRと抜ける計画をたてていた。
しかし、日が近づくにつれて、台風の影響による雨マーク。
最終的に輪行を断念し、自宅からのペダリングで、比較的近場の多摩湖・狭山湖周回に切り替えた。
朝7:30出発。雲は低いがすぐに降り出しそうな天気ではない。ピンポイント予報では午後3時くらいまでは持つようだ。逆にかんかん照りじゃなくて助かる。気温も幾分低い。
何時ものように市ヶ谷の自衛隊電波塔に挨拶。スカイツリー完成により自立鉄塔としての高さ、都内3位に転落。ほとんどマイナーだから、もはや怪獣や宇宙人に狙われることもないだろう。


残念!!近未来的?スカイタワー西東京道田無を過ぎると、オヤジの最も好きな鉄塔『スカイタワー西東京』がある。
東京の自立鉄塔としては第4位。でも1番近未来的スタイルである。
なぜって??サンダーバードなんかで、ヘリやジェットが突っ込んでピンチになるのは、大体こんな感じのタワーでしょ。東京タワーやスカイツリーみたいな形は出てこない。
ここからの景色は都心のタワーやビルとはまた違った風情があるだろうに。残念。

村山下貯水池青梅街道より多摩湖CRに入ると、村山ダム堰堤まですぐだ。今日は土曜日なのに自転車が少ない気がする。路面がかなりぬれている。こちらはすでに一雨来たようだ。
山口貯水池・村山貯水池。いわゆるダムである。しかしせき止めた小河川がこれだけの水量を蓄えるわけではない。勿論、川の源流となる豊富な湧水はあるだろうが、ここの水は多摩川上流部より地下水道で引いてきているものなのだ。





長い陸橋南側周回道回は初めてである南側周回道路と、狭山湖周回コースで3湖を一回りしてみる。
意外だが、出発してしばらくは閑静な住宅地の中を走る。山の尾根まで住宅地となっている。流石に水道局保有地は手つかずだが、これでは地脈・水脈はズタズタだろう。既にここも人類が造りだした『腐海』に飲み込まれているのかも。
堰堤から2km弱で周囲に緑が戻ってくる。
CRは芋窪街道の上を長い陸橋でパスする。


CRのダイダラボッチの井戸途中かカブト橋ら『武蔵野の路』という散策路があって前回来た軽便廃線跡のトンネルに出られることがわかったので行ってみる。
『武蔵野の路』入口には『カブト橋』がある。見るからに形や歴史上の由来ではなく、単にカブトムシがいることが橋に由来だろう。
橋を渡ると、道は未舗装になる。散策路と聞いただけで予感はしていたが‥‥
降りていく途中に変な囲みに遭遇。『ダイダラボッチの井戸』はその昔、ダイダラボッチが歩いた後に水が湧き出し井戸となったものらしい。井戸はすでに埋まってしまっているが、この大きさから推定すると、ダイダラボッチの大きさは30mくらいか。ウルトラマンより小さい。山を担いだというのは造話だろう‥‥というよりダイダラボッチそのものが物語の世界だが‥‥
しか軽便鉄道廃線跡しこのMTBみち?道はひどい。歩く分には問題ないが、こりゃMTBかブロックを履いたクロス用の道だ。
番太池を過ぎると、軽便鉄道廃線跡のCRにぶつかる。
軽便鉄道は村山ダム・山口ダム建設の砂利運搬のために建設され、最終的には狭山湖堰堤まで伸びていたようだ。現在は湖畔に抜けるトンネルから先は消失あるいは通行止めとなっているが、残された区間が遊歩道・CRとなっている。この下を東京水道と呼ばれる地下水道管が通っており、村山貯水池の水源となっているのだ。
外がかんかん照りだと、トンネル内の涼しさが際立つのだが、今日のこの天気だとあまり変わらなかった。

六地蔵道55号線に戻り、狭山湖周回道路の入り口を探す。ダムサイトからいけないことは前回確認済みだったが、情報をとってこなかったので、ゆっくり進入路を探す。
かたくりの湯を過ぎて給食センターの横に開いたゲートがあった。ここから入れるようだ、道も広く舗装である。
‥‥と思ったら舗装は300mほどで終了。また未舗装となる。
この先の路面状況や未舗装区間が不明だが、自転車も通れるようである。なぜなら『やさしい運転をお願いします』の自転車用看板があるからだ。
ゲートから1km強で広場に出た。大きな燈篭がある。説明には『六地蔵』とあり、ここはかつての焼き場跡だそうだ。明治に赤痢が大流行した際、周辺の村落で亡くなった51名をここで焼いて供養したとある。合掌。

六地六道公園展望台蔵か猿久保トイレ付近ら後も未舗装が続く。すれ違うのはMTBばかり。流石にローディーさんはいらっしゃらない。しかし道はフラットで、25Cでもトレンチのあるパセラブラックなら少しはグリップしてくれる。今は軟弱ポタリストだが、かつてはオフロードバイク乗りである。未舗装を見るとやはり気が高揚してしまう。
六地蔵から2km強で六道山公園の展望台に着く。なかなかしゃれた造りだが、なんかホーンテッドマンションみたいだ。夜にはきたくないところである。




緑の博物館付近道公園展望台から暫しの舗装となる。しかしその距離500m強!、狭山湖外周道路に入ると再び未舗装となる。
埼玉緑の森博物館の敷地内を通る。湖の外周道といっても、外周道路からダム湖面を望むことはほとんどできない。湖畔にも数本の道が通っているが、水道局の所有地で立ち入りはできない。






村山貯水池村山ダムダム山口貯水池堰堤の手前までほぼ未舗装であった。
ここから村山ダムまでは、サイクリング・ウォーキングのメインストリートになる。あいにくの天気ながら、好天ならば人の賑わいが絶えないところである。
雨の気配が刻一刻と迫っている。早々に退散する。

多摩湖狭山湖周回2回区間のうち、上塗りされた区間が未舗装だった。生活道路ではないのだ、舗装の必要はない。どこもかしこも『車高の低い車』・『細いスリックタイヤの自転車』が幅を利かせる時代になったことは、ある意味自然にとってはこの上なく不幸なことかもしれない。
Google earthで見ると緑地は湖畔の周囲の本当に狭い領域に限定されている。もし50年前を見られるのなら、どんな画像だったのだろう。
ともあれ、この周辺はMTBで気楽にトレッキングできるところが多く残っている。うちのクロスもブロックタイヤにしようかななどと思ってしまう。

多摩湖狭山湖周回本日の走行120km
雨は志木周辺14:30頃から降り出し秋ヶ瀬橋手前より雨脚が強くなる。しかし決定的なのはPM17:00頃、荒川CR四つ木橋を過ぎたころ。
ほとんど洗車機の中であった。自宅まで30分を残すのみだったのに‥‥。


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雄蛇が池

雄蛇が池map雨の曇り空と時たま霧雨の滴る最中、東金の雄蛇が池に行く。前回『月の沙漠』ポタは、外房の不動堂海岸まで車で行ったが、今回は、自宅からのペダリングとなる。
ルートとしては御成街道の往復という単調なものだが、緩い上り下りの連続で、のぼりの苦手な軟弱ポタリストとしてはちょっとだるいコースである。
御成街道は家康の道とされ、お鷹狩の通勤路として敷かれた、船橋・東金を結ぶルートだ。一部寸断され消滅した区間もあるが、かなりの部分は残っており、周囲には当時を思わせる遺跡や古寺などが並ぶ。
時たま霧雨に悩まされるが、路面がぬれるまでには至らない。



雄蛇が池駐車場『雄蛇が池(おじゃがいけ)』。造られたのは江戸時代初期、慶長19年とされている。面積25万屐⊃綽爾錬苅蹇自分たちの世代では、『おんじゃがいけ』という言い方が通っている。
森と丘陵に囲まれ『房総の十和田湖』???との異名を持つ。






水難者供養地蔵野部に面した堰堤。雄蛇が池のメインスポット。
駐車場から湖畔にあがるとすぐに『乙女の像』ならぬ、『お地蔵さま』がある。読みづらいが「受水難者供養」とほられている。工事の犠牲者か、ずっと続く水難事故者の供養のためか。まず合掌。






低い全景雲が立ち込め霧雨の降る雄蛇が池。この天気が池を神秘的に見せる演出に手かしているようだ。
雄蛇が池の名は、恋のみのらぬ若い村娘が池に身を投げ、白い大蛇に身を変えたのが由来とのことだが、なぜ『雌蛇が池』ではないのかという素朴な疑問が残る。
『雄蛇が池』には2つの顔がある。
一つはバスフィッシャーのメッカ。遊歩道もありハイキングコースもある、自然豊かな行楽地。
そしてもう一つが、千葉県でもかなり知名度のある心霊スポットである。
昔、姑にいじめられた若い嫁が、この池に身を投げて以来、夜な夜な女のすすり泣く声や、嫁の使っていた機織の音が聞こえてくるそうな。
のんきに『エメラルドの伝説』など歌っている場合ではないのだ。
遊歩道入口湖畔北側蛇が池には周回する遊歩道がある。自転車を置いて歩こうかと思ったが、遊歩道は舗装されているし、オートバイも自転車もダメとは書いていないので、そのまま侵入することにした。この天気では散歩人もいないだろう。






水神社から遠望歩道を水神様入るとすぐにある水神社。
まだ新しい。
水神社から見える雄蛇が池全景は見どころスポットといえるだろう。






少し行くと流入河川河口付近流入河川、小さな橋を渡る。こんなところに流入河川がある。
さしずめ『房総の奥入瀬』か‥‥
しかしこの奥は急峻な傾斜地となっている。この豊かな水量はどこから来るのか?
橋から先は湖畔に沿った道となる。




巨木最奥付近畔北側の奥部。知らないうちに雨が強くなっているので、ここで暫し雨宿り。巨体な木のお蔭でここではほとんど濡れない。
昨晩『もののけ姫』を見ていたので、ちょっと獅子神の森とオーバーラップしてしまう。
まじかで水面を跳ねる音がする。バスか、それともほかの生物か?
この状況で出てくるものといったら『バラダギ山神様』でしょう。やっぱ!!



階段にかく昨日来の雨で、路面が悪い。坂や未舗装部が多い上に、非常に滑りやすく上がり斜面でトラクションが全くかけられない。ここはMTB向けコースである。23Cのスリックタイヤは滑るためにあるようなもの。自転車を担いで歩くこと暫し。
‥‥というより、ここは遊歩道である。『オートバイ・自転車禁止』というより、そうゆうもので走るという想定すらないだけだろう。
こんな階段などMTBやオフロードバイクの世界だ。
サイクリストの皆さん。自然環境保護やフィッシャー・ハイカーの為にも自転車は駐車場に置くか、担いで歩きましょう??。



南側奥堰堤界が開けると、南側奥の堰堤に出る。ここもポイントらしく数組のフィッシャーがいた。自転車で通ると怪訝そうな顔で見られる、
さすがに熊はいないだろうから、鈴の音は消音しているが、FOREX24のラチェット音が静かな湖畔に響き渡る。






南側四阿より南側入江奥の堰堤を過ぎるとまた急な上りと階段。全行程の1/4は担ぐか押し歩きだ。
南側のいくつかの入江を過ぎると、断崖で突き出した岬の高台に四阿がある。
ここは池に面した部分では1番高所と思われる。水神社の対岸にあたり、樹木に邪魔をされて視界は悪いが、ここからの景色は素晴らしいものだろう。一時的に雨脚が強くなったので。この四阿でまた雨宿り。


ボートハウスの係留場を抜けて、や周回帰還っと一回り。時間にすると1時間強だ。自転車は泥だらけ、千葉方面に来ると必ず洗車要となる。








八鶴湖蛇が池を後にし、東金市内で昼食。
桜で有名な八鶴湖によってみる。
行ってみると、なんと周囲800mの湖が枯渇していた。これだけの梅雨の季節に水がないのも不思議だ。
この周辺には東金城址などもあるのだが、再び雨脚が強くなり、しばらく続きそうだったので断念。
御成街道経由で帰路に着く。




四街雄蛇が池ルート道付近まで来ると、雨の気配はなくなり、一部青空が望めるようになってきた。
本日の走行130km
なんで船橋までくるとてかてかに晴れるんだ!!






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太田輪行 下つ巻

千手観音堂神山円福寺を後にして、別所茶臼山古墳に向かう。
別所茶臼山古墳は別名『円福寺茶臼山古墳』の名の通り円福寺というお寺の境内にある。境内の奥には千手観音堂に通じる階段があり、ここが古墳へののぼり口になっている。
千手観音は守り本尊でのあるのでお参りしていく。
『別所茶臼山古墳』。墳丘長168mは、古墳王国群馬でも3位の大きさである。
高崎の浅間山古墳と同じころの築造で、規模もほぼ同じ。これに続くのが太田天神山古墳であるから、それぞれの地域の権勢や天神山被葬者との関係など興味深い。
国良親王御陵??別所茶臼山後円部入口観音堂のすぐ脇には十二所神社があり、十二神像が安置されているとのことだが、普段はしまっているようだ。神社の参道は後円部からとなる。
社の横に『国良親王御陵』の碑。
大変失礼ながら、国良親王様ってどんな人?御陵というくらいだから埋葬されたのだろう。
ここは後円部なので、もともと埋葬された被葬者がいるはずだが‥‥



別所茶臼山全景福寺新田氏累代の墓は新田氏縁の寺で、新田氏累代の墓もある。
国良親王も後醍醐天皇と新田義貞の血を受けているようだ。
古墳の全景は、円福寺境内の反対側から望むことができる。






銚子塚後円部銚子塚後円部入口間もないので本日最後のポイントである銚子塚古墳に向かう。
途中トイレを借りるためコンビニによる。「どちらまで行かれるのですか?」と聞かれる。朝駅で自転車組み立てているときも、地元の人に、「この辺じゃなくてもっと山行ったほうが新緑がきれいだ」なんて言われた。地元の人は太田周辺は観光に来るところと思ってはいないようだ。
いやいや太田は見どころ満載ですよ。
まあおやじにとって、「群馬からわざわざソラマチやお台場に来るの?」という感覚以上に、「東京からわざわざ古墳見に来るの」という感覚なのだろう。

銚子塚古墳全景前方部頂上より後円部を見る話休題。
銚子塚古墳は太田市の古墳の中では、最も利根川よりにある。軸長124m。古墳時代初期の築造で、道路によってかなり削られているが、本来は初期特有の手鏡型をした古墳だったようだ。
後円部頂上には雷電社という小さな社があるが、その後ろは崖状になり、農道が前方部を分断している。
墳丘長124mは毛野国の古墳の中では特筆して大きい部類ではないが、この大きさが、鉄剣で有名な埼玉第二位の大きさといわれている、さきたま古墳群の稲荷山と同規模なのである。時代がずれているので単純比較はできないが、毛野の国力が知れる一面である。

葛西用水取水口跡葛西用水取水口跡2こからは利根川に出て、CRをひたすら走る。
東武伊勢崎線の鉄橋を超えると、公園があり利根川からの取水口がある。
MR−4購入当時、大横河を河口からさかのぼった。当時はまだ病み上がりで吉川で断念したが、ここがそのうちの最終目標になるはずだった。
ありえない話だが、東京都と埼玉県が『葛西用水CR』を完全整備してくれたら、家の近所からここまで1本道で来れるのだ。



太田輪行戸川CRに出て、日没までに篠崎あたりまではCRで下りたかったが、三郷で日没となってしまい、一般道で帰る。
夕食も外食にしてしまったので、帰宅が21時になってしまった

本日の走行 129.3km
怒られた‥‥

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太田輪行 上つ巻

福居駅分遅れで福居に着く。昔ながらの長閑な雰囲気の駅舎である。
福居駅は栃木県足利市にある。
今回は20年ぶりに太田天神山を訪れるのが目的だが、せっかくだから周辺の古墳もみて回る。






藤本観音山全景藤本観音山古墳駅から例幣使街道を上り、矢場川を渡って左折すると、藤本観音山の森が見えてくる。
前期古墳だが、墳丘長118mもある関東では第二位の『前方後方墳』なのである。
後方部角から頂上に上がれるのだが、前方部へのルートは寸断されていた。側面に鮮やかな段築が見えるが、当時のものかは不明。このアングルでは優美な姿を見せているが、裏側は墳丘以上に高く盛り上げられた、スクラップの山が古墳を覆い隠している。ここに眠る権力者は何を思っているか。


女体山古墳2毛野女体山古墳と上毛野の国境は渡良瀬川だと思っていたが、この辺は細い水路や路地が境になっているようだ。知らない間に群馬県太田市に入っている。
次はいよいよ天神山古墳だが、その前に、隣接する『女体山古墳』に寄る。
『女体山古墳』。天神山が別名『男体山』と呼ばれている対の名である。天神山の迫力に圧倒され、以前来た時もほとんど気に留めなかったが、帆立貝式古墳としては全国で第二位の大きさであることには驚愕。勿論東国ではナンバーワンである。ちなみに東国第二位は世田谷の野毛大塚古墳だ。
墳丘長106m、高さ7m。天神山の培塚のような位置関係だが、築造は天神山より古い。
女体山古墳と天神山古墳体山古墳の後ろから天神山古墳の威容が覗いている。








天神山全景神山古墳に行く前に、少し遠回りをして、東武線にかかる内ヶ島陸橋に行く。
天神山は巨大すぎて、縁周の道路などからは全景が撮れないのだ。ここまで後退しないと周壕を含む墓域全体が見えない。
『太田天神山古墳』。墳丘長210m(全国29位)。2重の周壕と周堤を含む墓域は長さ364mに及ぶ。畿内を除けば全国第3位。1位.2位はいわずと知れた吉備の造山・作山である。
出雲・吉備・筑紫などの列強と肩を並べる軍事大国、『毛野』の最高首長の奥津城にふさわしい。




天神前方部から天神山入口には前方部と県道側、そして墳丘中央の天神社への参道から入ろことができる。この時期になるとスズメバチに要注意だ。王の使いなのか?今回は蛇の出迎えを受けた。
鳥居があるのも周壕から少し上がったところで、天神社があるのは鞍部の最も低いところだ。
その後ろに回ると前方部へ行ける。



社の後円部中段から後円部頂上より前方部を見る横からさらに後円部にいける。
後円部からは天神社が小さく(もともと小さいのだが)見える。
以前来た時は、石棺の一部が露出していたと思ったが、今回は石室部を確認できなかった。葺石が露出しており、築造当時は白亜の葺石の覆われた。巨大な築造物であったことが想像できる。




周壕神山は市街地の中にあるのだが、珍しく周壕が原型に近い形で残っている。
現在残る周壕跡としては、昨年訪れた船塚山古墳のほうが広いが、かつての天神山は、この周壕の外に広い周堤域があり、その外にさらに外壕が囲っていたのだ。







太田市HPより天神山の規模や周囲の古墳との関係は、太田市で出しているパンフがわかりやすい。





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牛久大佛に行く

大型連休に入る前、牛久にある大仏様を見に行くことにした。
朝の家事・子供を学校に送り出してからの出発はAM8:30。

利根川を渡る路は江戸川を渡る四つ木橋からR6号をひたすら下る。16kmほどで、旧道の江戸川を渡る。景観工学的に整った松戸の風景、市川や川口のように周囲から浮き上がった不自然なストレスがない。
江戸川から24kmで6号大利根橋を渡る。上流側河川敷の横に広大に広がる低地は、かつての香取海に続く藺沼という巨大湖沼の名残として、近世まで残っていた湿地帯痕である。



さすがなにこれ根橋から10kmほどで牛久沼である。
単調な6号であるが、周囲には面白いものが点在している。







牛久沼手か牛久沼1らは30分ほどで牛久沼湖畔につく。
牛久沼。面積3.5㎢。ほとんど忘れていた景色だが。湖沼はイメージより小さい。
印旛沼・手賀沼同様、干拓により以前の大きさは失われているのだろう。
縄文海進のころは、ここも香取海の一入江であったが、縄文海進が終わり香取海が後退を始めると、堆積土などで印旛浦や手賀浦より早くに切り離され、大田沼と呼ばれる湿地帯を形成していたようだ。
うなぎ屋が多くあるが、牛久はうな丼発祥の地?なのだそうだ。



ここから大仏様まではは道がわからない。120mもある大仏様だ。高いものがないこの辺ならどこからでも容易に見えるだろうと思っていたが、波状の丘陵と杉林に邪魔され、容易に見つけられない。
岡見城址2トラス岡見城址1ASG−CM11に岡見城址というポイントが出てきた。西浦古墳めぐりで懲りたのだが、通り道なので行ってみる。
今回は地図の位置にピタリと碑があった。慰霊塔もあったので合掌。
陣屋跡の周囲には立派な土塁と空堀跡がはっきり残っていた。
この辺は佐竹と北条という敵対勢力の最前線だったらしく、この一帯の支配者岡見氏は北条側に付いて、さらに堅固な牛久城に移ったが、小田原の役での改易と同時にこの城も廃城となったらしい。


牛久大佛2牛久大佛1指す大仏様は目前なのににつからない。アトラスASG−CM11はナビではない。目的地と自分の位置を直線の赤い筋で結ぶ。赤い糸のみを頼りに仏に近づくのだが、幾度も引き返しの連続。仏への道は険しく遠い‥‥!。やっとのことで大仏様の側面に到達。さっきからお墓が多いと思っていたが、周囲はすべてお墓だ。
東京湾観音様と違い、立像の真下まで自転車を乗りつけ、記念撮影をすることはできない。観音様はやさしいが大佛様はその点厳しいのだ。
拝観券売り場の手前に自転車を停めて、広い苑内を歩いていく。平日にもかかわらず結構観光客がいる。




ギネスかし大きい!東京湾観音様(自由の女神と比較するつもりはない)が地上56mなので倍以上である。ブロンズ立像としては世界一で、ギネス登録されているのだ。
高さだけでなく救済力でもギネスに載るとありがたいのだが‥‥。
もともと大仏様は『牛久浄苑』という公園墓地の中の『浄土庭園』の中核であり、庭園に入ると『発遣門』『群生海』『本願荘厳の庭』『小動物公園』等仏教にちなんだ施設・エリアがある。‥‥『小動物公園』は仏教とは直接関係ないか‥‥







さて霊鷲山の間、最も気になったのはこれだけの大仏様、どうやって上がって、中はどうなっているのかということだった。
東京タワーの展望台とほぼ同じ高さだ、エレベーターはあるだろうと踏んでいたが、入るなりビックリ!。テーマパークのアトラクションみたいな世界である。いきなり暗闇と光の世界。なんとなくあっけにとられて、2階の建築に関する資料等を眺めているうちにエレベーター前へ。
実は大仏様は一番てっぺんまでいけないのだ。地上85m、胸のあたりの『霊鷲山の間』に上って仏舎利や、小さいガラス窓越しに景色が見えるだけなのだ。帰りもエレベーターになる。
冷静になり「撮影厳禁」の札がどこにもないことに気づいて、やっと最初の1枚。「1階撮っときゃよかった〜」と後悔!。
東京湾観音様は訪れる人に、そのすべてを見せてくれた(迷路みたいな通路1本まで)が、牛久大佛様は秘せる部分が多く、うわべだけ見せてもらったという感じ。どちらが自分を包み込んでくれているかといえば、やはり前者である。大きさではない。(もちろん容姿で判断してるんじゃないぞ!ホント!!)

蓮華蔵世界写経コーナーレベーターで3階まで降りる。蓮台のあたりだ。
『蓮華蔵世界』と言って胎内仏がおさめられているところ。まだかなり奉納者の名前のない仏像がある。
2階は広い写経場となっている。





蓮台から2蓮台から1から2階へ向かう途中に、蓮台に出られる階段がある。
真下から見上げる大仏様は大迫力である。
蓮台部からの景色。ここからでも十分見晴らしがいい。






群生海から餓鬼道‥‥?荘厳の庭で小休止。鎌倉時代を再現した浄土式庭園だそうだ。しかし、人が寄ってくるだけで、群がり口を開けて争う鯉の群れ。
浄土の鯉なんだから、もう少し優雅に佇んでもらいたい。これでは『餓鬼道』である。
最後に群生海から見る大仏様。この美しさでやっと救われたね。




園内の食事処でカツカレーを食べて出発。
竜ヶ崎飛行場竜ヶ崎飛行場号は路肩の整備が悪く結構怖いので、帰路は利根川まで南下し、印西・船橋を経由して帰ることにした。
散々大仏様にケチをつけたため、大きな仏罰が下った。もろ真正面からの強風。ごめんなさ〜い!
否!出発時の気象予報で出ていた風向と風速が当たったに過ぎない。帰りのペースが落ちるのは覚悟していたこと。
ヘリの離着陸が何度か見えたので、いってみる。
竜ヶ崎飛行場。こんなところに飛行場があるんだ。すぐ上を成田の大型旅客機が低空で飛んでいるのに。

牛久大佛本日の走行は19:00を回ってしまった。平日であることを忘れていたため、木下街道の大型車には怖い思いをした。

本日の走行 129.8km
牛久大仏様は荘厳で度肝を抜かされたが、やはり煩悩の塊であるおやじは東京湾観音様のほうが好きである。




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奥多摩輪行2014

新宿駅7時44分発、JR東日本が誇るホリディ快速(普通の中央快速だ)『奥多摩1号』が奥多摩駅に着くのは9時14分。この列車を使うのは今度で3回目。
奥多摩湖小さなダム?回こそは小河内ダムを目指す。
東京府が帝都の水源林確保のために神奈川県から奪い取り、強引に併合した(というか、神奈川県が厄介払いしたのが本音らしいが)多摩地区の奥津城。
東京の水瓶『小河内ダム』ってこんなに小さいの。
道路から見えるこのダムは副ダムで、奥多摩湖は2つのダムで構成されている。




小河内ダム小河内ダム2体ダムは堤長353m、高さ148m。有効貯水量は宮ケ瀬ダムとほぼ同規模で、堤高は我が郷土が誇る田子倉ダムより高い。

ダム到着は11時。軟弱ポタリストのクライムペースとしては上出来??何が?
オヤジポタリストはそんな中途半端な軟弱はしない。




山桜多摩ダウンヒル専門駅でタクシーを1時間待ったのだ。前回は30分待ってあきらめたが、今回は粘った。
地元のタクシーが撤退してから、ふもとのタクシー業者が毎日1台だけで運行しているのだそうだ。乗務員さんが、地元タクシー撤退のいきさつや、自社が来ている理由等をいろいろと話してくれた。休日は登山客がメインなので1往復に時間がかかる。ドラム缶橋からスタートしたかったが、駅で次の待ち人もいたし、かなり時間をつぶしてしまったので、ダムサイトまでにしてもらった。
この写真がトップの来るべきなのだ。性格が悪い。
山桜がとてもきれいである。(ごまかすわけではない)

貨物線廃線跡さて、ダムから下りだすと、直ぐに廃線跡らしい遺構が見えてくる。
小河内ダム建設時に資材輸送のために敷かれた、『水根貨物線』。小さなトロッコ貨物線ではない。当時の日本有数の巨大ダムに使うコンクリートや資材を急勾配で牽引するのだ。C11という大型機関車が進む立派な鉄道。しかもダム完成後には、旅客者用の観光鉄道として電化も計画されたのだ。
もし実現していたらホリディ快速は『奥多摩湖(水根駅)』行になっていたかもしれない。
1時間待って、タクシー代払わなくとも済んだのに‥‥



奥多摩駅弱ポタリストはダウンヒル専門である。
必死に、あるいはマイペースでクライムしてくるサイクリストに後ろめたさを感じつつも、快適な下り坂を楽しむ。
バイパスを通らず、旧道で奥多摩駅による。
先ほどのタクシーが待機していた。乗務員さんに挨拶。
「もう、電車で帰ってしまうんですか」
「いえいえ、これから東京の一番端まで帰るんです。100km
くらいにはなります。」(東京の端とは大げさに吹いたものだ)
「ホント気をつけてお帰りくださいね」。「ありがとうございました」
地方の過疎化と高齢化の社会保障は深刻だ。オリンピックだけに回収不能の無駄金を投入するのはいかがなものか。ツール・ド・ジャポンをやるなら大歓迎だが‥‥
前回奥多摩大橋と梅沢橋奥多摩大橋は万世橋から吉野街道に入ったが、今回は奥多摩大橋を渡る。景観工学も活かされているのだろう。風景に溶け込んだバランスのいい橋である。下流の吊り橋は梅沢橋。






青梅調布大祭?山車入ると山車が出ていた。お祭りがあるのかなと思っていたら、
実際に引き回し行列に出会った。
この週末は『調布大祭』という祭りがあるらしい。
青梅なのに、なんで調布なのか。調布東遷説でもあるのかと調べたら、青梅市市制施行以前は調布村が存在していたそうだ。GW頃には『青梅大祭』という祭りもあるらしい。




多摩湖多摩湖(上村山ダム)ここから今回ルートの選択を迫られる。
このまま多摩川CRを下り湾岸回りで北上するか。狭山丘陵から荒川CRへ出て南下するか。
最新の天気予報を信じて北回りにする。

青梅旧道から軽便鉄道跡を経由し、多摩湖CRに出る。
前回・今回と素通りだが、ここはぜひゆっくりと周回したいところだ。


東村山弁天池公園り専門でらくしているにもかかわらず、走り出しより足先を攣ったりして調子悪いなと思っていたら、狭山丘陵を抜けたあたりで、激しく引き攣って動けなくなってしまった。ここまで酷くなったのは秩父輪行以来だ。
たまたま通りかかった『弁天池公園』でストレッチと休息。
ほとんど人気がなかったが、弁天様を囲む池は、自然の湧水だそうだ。





何のイベント?2何のイベント?1山駅を越えて、野火止用水に沿って北上し、朝霞市内を抜け、下新倉から荒川CRに入る。
荒川CRで再度ダウンした後は、なぜかまた足が回るようになった。掛けが当たりCRはほぼ追い風となった。
赤羽のグランドの花壇。大会かイベントがあったのだろうか。日没間際でずらり並んだテントハウスには人影はない。



帰って来ましたっと帰ってきました。半年離れていただけで、こうも体力が落ちるのか。それとも週中の徹夜仕事がこたえているのか。








4-12 ルート日の走行 103km それでも久々のK点越え

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夜桜

桜も満開となった。
猿江公園夜桜1春の嵐が吹き荒れる中、ちょっと寄り道して行こう。
仕事先から自宅までの間に、寄り道できる大きな公園は3つ。『木場公園』『錦糸公園』『猿江恩賜公園』である。
今回は、3公園の中では近くて、最もマイナーな『猿江恩賜公園』に立ち寄る。

猿江恩賜公園も、園内いたるところに桜のある『お花見スポット』だが、提灯が飾られていたり、桜がライトアップされてはいない。平日ということもあるが、園内はマラソンや散歩をする人だけである。



猿江公園夜桜2が、猿江公園にはテニスコートがあり、ナイトゲームをしている間だけは、周囲の桜がテニスコートの照明の映し出される。








猿江公園夜桜3江恩賜公園の横を流れる『横十間川』。
日本HP本社・LIXIL本店と錚々たる会社が並ぶ。後ろには、ライオンズタワーと並ぶ旧城東地区の超高層マンション『ガーデンタワーズ』ツインタワーが異彩を放っている。この辺じゃあ群を抜いて高いけれど、江東区の高層マンションとしては、すでにベスト10落ちして久しい。
でもここの夜景は結構気に入っている。





LIXIL本店猿江公園夜桜6猿江公園夜桜4対岸の桜。春の嵐の中では、露出アンダーの桜がぶれまくる。新大橋通りを挟んで南側にある江東公会堂『ティアラこうとう』。
ちょっと暗い感じだが、周囲の木々がライトアップされる時季はとても美しい。







ティ猿江公園夜桜5アラこうとうの裏手から望めるスカイツリー。








猿江公園夜桜7村橋から錦糸町方面を望む。桜はこの数日が満開。
娘の入学式までは持たないかな。


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さくら


気候も春本番となったこの土曜日、午後のわずかな余暇に花見ポタに出かける。
桜橋スミダ公園インミダずは下町の桜名桜ツリー所、墨田公園。まだ3分咲き程度だと思うが、人・人・ヒトである。
吾妻橋から言問橋までの遊歩道部分は、スカイツリーの写真を撮りによく来たところである。





汐入公園日は隅田川左岸を走ってみる。
隅田川沿いの遊歩道は、そのまま汐入公園へと続いている。
水神大橋と汐入大橋がかかる再開発以前の汐入地区は、袋小路でちょっと暗く寂しい雰囲気の下町だった。
もう30年も前に、営業でこの辺もまわっていた。仕事が変わり最後の挨拶に行った、小さな商店のおばちゃんが、「ここら辺の再開発が決まって、いずれここも立ち退かなければならない」といっていたのを思い出す。
この広い公園と、高層アパート群に当時の面影は全くない。



南千住日枝神社2開発地区から旧市街を抜け、千住大橋を潜る手前に、変わった社を発見。「古式騒然」というより「崩壊寸前」という感すらある小さな社。完全に柵に囲まれ立ち入りもできない。
『日枝神社』という由緒正しき社だが、案内板には「この地で虫歯の痛みに耐えかねて切腹をしたという武士をお祀りしている」とある。
虫歯より腹を切るほうが痛いと思うが、腹を切るほど耐えがたくなるまで、なんでほっといたのと思ってしまう。
この後、この社は虫歯平癒祈願のために人々が来るようになったのだそうだ。
歯槽膿漏にもご利益があるのだろうか?


音無橋音無親水公園局、隅田川左岸も再開発されたところ以外は、川沿いを走ることができない。川に近い路地をラビリントのように彷徨いながら、王子に出る。
王子付近の石神井川は『音無川』と呼ばれ、河川改修により石神井川本流が、隧道で飛鳥山を抜けるようになった後の旧流路は『音無川親水公園』となっている。
この一帯は、江戸時代から続く桜の名所である。




音無川渓谷SAKURA SAKURA の花が咲いて
 世界がキミをやさしく包んでいったよ』
何気に口ずさむ。陽気なメロディではないが、よくよく聴くと、とてもせつない歌詞である。
もうずいぶん前になるが、オヤジでも知っているレミオロメンの名曲だ。
『ここは地獄 地獄 素敵な地獄!
 地獄はあるかもしれないよ!この世の行い気を付けてぇ!』
娘がいつも陽気に歌っている。陽気なメロディだが、よくよく聴くと、とてつもない歌詞である。
最近はやっているようだが、小学校の娘が歌う歌か??

飛鳥山鳥山ハンバーグカレー公園の飛鳥山博物館3階にある『カフェ・ヴァーチェ』で遅めの昼飯。飛鳥山方面に来た時は必ず立ち寄る。ミュージアムの一角でこじんまりしたスペースだが、なんとなく寛げる。
夕方に所用があるのでここで息抜きをした後、早々に撤収する。





帰り道、蔵LION前橋からのスカイツリー。手前のちょっと目立つ白いビルは、『ライオンのごきげんよう』のライオン本社ビル。竣工当時は墨田区一の高層ビルで、結構長い間墨田区一のビルとして君臨していたようだが、今では高層の分類にも入らなくなってしまっている。


走行 35km
桜はまだ3分から4分咲きである。
来週には満開から散りだすだろう。

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MRー4 タイヤ交換

パセラブラックスランジットセブン、プレサージュに続き、MR−4もタイヤ交換の時期になった。
純正タイヤは『ケンダコンセプト』だが、細いスリックが不安だったので、購入時に太めでトレンチのある『パセラ・ブラックス』で納車した。年数の割に距離が少なかったのか、比較的長距離使用が多かったためかもちはよかったが、今や完全にセンタースリックになって、細かいヒビも出始めたので、トラブル前に交換することにした。
交換タイヤも同じく『パセラ・ブラックス』。マニアックに乗りこなすオーナーにはシュワルベ『DURANO』が好まれているが、今までのトラブルレスだった信頼性で『パセラ・ブラックス』を再購入した。
同サイズでは他の追随を許さない群を抜いた重量が、頑丈さを雄弁に物語っているともいえる‥‥?。
ロングセラーのMR−4なので、年式やブレーキの形状によっては、この太いタイヤでは干渉してしまうものもあるらしいので、注意を添えておく。


A−CLASS FOLEX24 1A−CLASS FOLEX24 2イヤ交換そのものは、素人のおやじでも難しいものではない。スポーツ車の場合、ホイールごと外せるので楽である。リムからタイヤを外すときはタイヤレバーを軽く使うが、はめるときは素手ではまる。注意する点は、チューブをリムに挟み込まないように気を付けることくらいである。チューブとリムテープはきれいな状態だったので再利用。
チューブはタイヤ交換時に同時に換えることを推奨されるが、我が家のMR−4は一度スぺアと交換しているので継続使用する。

これがお気に入りのホイール『FOLEX24』。量産向けと揶揄されるエークラスだが、これは520最強ホイールである!‥‥と、いうか、純正以外ではこれくらいしかないのだが‥‥


タイヤ交換々に掃除を兼ねてリフレッシュしたMR−4。
この数か月買い物以外自転車から遠ざかっていたが、春の到来とともに、輝きを取り戻した車体が、再びサイクリングへといざなう。




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九十九里 海と古墳 下つ巻

刑部岬岡漁港から刑部岬を望む。ミッションのひとつである『飯岡灯台』に行く前に、屏風ヶ浦を見るために寄り道する。『東洋のドーバー』?といわれる10kmにわたる海食崖である。地図には遊歩道があることになっているが、いくとすぐに通行禁止の看板にさえぎられた。


看板屏風ヶ浦1屏風ヶ浦2のある地点は、位置的に飯岡灯台の真下あたりである。
ここでも十分屏風ヶ浦の迫力を堪能できる。
亡くなった三国連太郎の『飢餓海峡』を思い出す。

飯岡灯台刑部岬展望館傷に浸る間もなく、飯岡灯台へのミニヒルクライムがある。結構きついかと思ったが距離が短いので意外と楽にクリアした。
巨大な展望館の横にある、小さな灯台。犬吠崎や野島崎灯台のイメージでいたので、ちょっと拍子抜け。完成したのも以外に新しい。

展望風の台地2刑部岬から九十九里を望む館からの眺望はすばらしい。九十九里浜が一望できる。
海と逆側には、異様なくらい風車がある。
銚子市と旭市で40機近い風車があり、いくつかの会社が数機づつ運営しているようだ。
風の谷ならぬ風の丘ってところだ。公園内の喫茶店ライトハウスで昼食。

菅原大神菅原大神1の風車の回る丘を走り、成田線下総豊里へ向かう。
下総豊里駅から僅かのところに『菅原大神天満宮社』という神社がある。元上司の実家の近所で、『子宝の石』のご利益に授かるために、関東各地から子宝を求める夫婦が来るという。うちもその節はご利益を賜った。お礼参り以来10年間来ていなかったので、改めてお礼のお参り。

大利根自転車道三之分目大塚山古墳原大神天満宮社から『利根水郷ライン』を香取方面に向かい、利根川大橋から『大利根自転車道』にはいる。まれにランナーに出会う程度で、サイクラーにはほとんど出会わない。
一ノ分目排水場から利根水郷ラインに出て、少しもどったところに『三ノ分目大塚山古墳』がある。後円部に駐車場があり、車でも見学できる。

『三前方部前方部より東向ノ分目大塚山古墳』。墳丘長123mは堂々としたものだ。墳丘のあるところは、川沿いの低地から若干高くなったところにある。
かつてはこの古墳の目前に、超巨大内湖『香取海』が展開していた。
当時の房総は海岸線が複雑に内陸に入り込み、その入江ごとに小豪族の勢力が犇く小国家群をなしていたようだ。狭い区域単位に100m級の大型古墳がいくつも建造されていることを考えると、当時は豊富な海の幸と、海洋・河川を利用した、加羅諸国さながらの交易により豊かさを築いていたのかもしれない。

大塚古墳間はすでに16時になった。今から芝山公園に戻っても、博物館を見る時間はなさそうなので、帰路線上にある古墳に寄って行く。地図に載っていた、旧栗源町岩部にある『大塚古墳』。看板も何もなく、周囲が民家で上り口があるのかも不明。麓からの印象はかなり大きい。直径30mはありそうだと思っていたが、帰宅後調べたら、『方墳』のようだ。そういえば、ここから遠くない栄町には日本有数の大型方墳『岩屋古墳』もある。

ナカクサ古墳塚古墳から1.5kmほどのところにある『なかくさ古墳』。アトラスGPSマップには表示されているが、その場所にはいけない。もちろん看板もない。該当する場所のそれらしい盛土部分を見つけたが、墳丘なのか、大きさ・形状すら分からない。


タイムアウト模造品だったかくさ古墳から、栗山川を南下し多古町に至るルートは、南進とはいえ予想外の強い向い風に煽られる。
大幅に時間がかかり、芝山公園に到着したのは17時過ぎ。博物館はまたの機会にして、博物館の前にある古墳に立ち寄る。こんなところに古墳があることは、以前来たときには気づかなかった。しかし看板を見てがっくり。レプリカだった!

任務完了ッション終了。今回はハニカムパンツ!着用とサドル(MAXフライトゲルフロー)をBMCから移植。ハンドル高も20mm落とした。走行距離からすると、お尻のトラブルは取るに足らぬ状態だったといえる。ハニカムパンツの効果か、MAXフライトゲルフローが良かったのか、ポジション変更か、はたまたそれらの相乗効果かは不明。


九十九里 海と古墳日の走行 126km
隠れた古墳大国千葉には見ごたえのある古墳が、まだ数多残っている。次は『上海上国』や『須恵国』めぐりにチャレンジしたい。


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九十九里 海と古墳 上つ巻

コンテナから4号発信前7時。土壇場の計画より1時間遅れて芝山公園駐車場に到着。今日の東総サイクリングのベースだ。コンテナからTB−4ならぬMR−4がでてくる。今回のミッションは東総地区の大型古墳を回ることと、九十九里を走ること。ツールはMR−4である。バックに仁王尊の三重塔が見える。
10数年前のはにわ祭観光で訪れたことのある芝山公園には、『古墳・はにわ博物館』がある。開館を待っている時間はないので、早めに帰れたら寄る事にしてスタートする。

姫塚古墳ず、殿塚古墳駐車場から松尾方面に2.5kmほど行ったところの芝山古墳群の『殿塚』・『姫塚』古墳に行く。主墳である『殿塚』は墳丘長88m。オーバー100mを大型古墳と位置づけているオヤジには特筆すべき古墳ではないが、ここか特別なのは、看板毎年『国造(くにのみやつこ)様』が降臨される場所だからだ。毎年11月第二日曜日に、この古墳の主である、『国造(くにのみやつこ)』様と古代人たちが殿塚古墳に降臨し、芝山の町民(子孫?)と楽しく交流し、最後に国造様が現代人にメッセージを送り、再び古代に帰っていくという、物語的ストーリーだ。
この芝山町を挙げての一大イベントである『はにわ祭』のオープニングセレモニーがここ、殿塚・姫塚で行われる。
「古墳の所在地は横芝光町だろ」などという突っ込みを入れてはいけない。国造様はこの地域全ての民を統轄されていたのだ。隣の姫塚は墳丘軸長58mのこじんまりした古墳。姫様の古墳かは不明だが、殿塚の被葬者に関係のある人物だろう。
殿BMW整備センターいつかきたみち古墳をあとにして『芝山はにわ道』を山武市松尾町に向かう。車がやっと通れるかという道を入っていくと、BMC‥‥じゃない、BMWの整備センター裏手に出る。『X』シリーズがいっぱい並んでいる。いいねぇ‥‥。こんなんでガンガン林道行きたいね。こんなにいい車、舗装路だけ走らせていたらもったいない。

箱根神社大堤権現塚古墳タープールを過ぎると、すぐに奥深い雑木林となり、大堤権現塚古墳が目前に威容を現す。
墳丘軸長115m。3重の周壕が囲んでいる。大型古墳の多い千葉県でも5本の指に入る規模だ。道は中央の壕提部を通っていたようだ。
前方部中段に位置する『箱根神社』。お参りしてから墳丘に上らせていただく。

石室跡??々に大堤権現塚古墳2覆われているが流石に大きい。建造当時は九十九里浜や、椿海(当時は入江だったかもしれない)からも望むことが出来たのだろうか。
後円部に大きなくぼみがあった。自然滑落か石室跡なのかは不明。いずれにしても武社国造に連なる豪族の奥津城だったのだろう。

『大堤権現塚古墳』をあとにして、はにわ道に合流して九十九里ビーチラインに出る。
海を目前にして、海岸に出たいのだが、よくよく注意しないとクランク周りやディレーラーを砂だらけにしてしまう。
飯岡九十九里自転車道飯岡九十九里自転車道1川大橋の橋詰から『太平洋岸自転車道飯岡九十九里線』に突入する。一部の未開通区間と河口等の迂回を除けば、刑部岬の麓、飯岡漁港まで道は続く。
残念ながら自転車専用同区間ではなく、歩行者共用(優先)道である。風は追い風に近く快適なサイクリングである。

ひどくねぇ?曜日なのに、ローディさんが少ないと思っていたが、理由はすぐわかった。
写真の一段低いところが自転車道である。
MTB用コースかい!
また、一宮大原線の二の舞である。上段の道に逃げる。
この先、道はサーフボード置き場とバーベキューテーブルに占拠される。
歩行者優先以前の問題である。

津波避難タワー高さ表示岸沿いから、並行する一般道に入り、再びビーチラインにもとり飯岡を目指す。
この辺の電柱には住居表示とともに必ず海抜表示が入っている。
飯岡は、東日本大震災において、千葉県内で最大の津波被害を出した地域だ。多数の犠牲者を出している。
ビーチライン沿いに展望台のようにも見える建造物は、つい最近完成した『津波避難タワー』である。
13mの高さに100名が退避できるように造られたもので、通常時は立ち入りが出来ない。現在は2箇所だが、今後は更に増やしていくらしい。
残された鳥居じめてきた町だが、なんとなく新興住宅地のような風景で、古い漁港町の印象はない。
建っているのは、ほとんど震災後に建った家のようで、疎らなのは更地になって再建されていない空き地なのだ。
漁港に近いところ。かつては鎮守であったろう、残された鳥居が印象に残る。

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宮ヶ瀬輪行 早戸川

ダムやまびこ橋から旧落合方面サイトをあとにして、宮ヶ瀬ビジターセンター方面に向かう。
やまびこ橋を渡ると、宮ヶ瀬の集落がある。
やまびこ橋から見える湖面の一番奥に、水没前の落合集落があった。
宮ヶ瀬は土曜日なのに閑散としている。しかし、すれ違うサイクリストは、みんなバリバリのローディさんばかりだ。電車で来て、エレベーターでスルーする軟弱ものは俺くらいか?

今回のもうひとつの目的は早戸川トライアル場を偲ぶこと。
トライアル場は、落合の集落から早戸川林道を少し上った所にあった。
砂防ダムによって造られた広い河川敷には、選手権も行われたトライアルコースがあり、週末にはトライアラーやミニモトクロスやバギーで河川敷を縦横無尽に走る親子。キャンプやバーベキューで盛り上がる人達。静かに釣を楽しむ釣り人もいて、まさにアウトドアの宝庫であった。若かりしころのおやじも数回ここを訪れた。
かつて家族連れや若者たちで賑わった河川敷は、県下最大の巨大ダムによって造られた湖の底へ沈んだ。
早戸川林道入り口ログで教えてもらった早戸川林道の入り口は、ビジターセンターの向側、カヌー場に入るところにあった。徒歩は別として施錠付きゲートをどうやって越えるのか不思議だったが、何のことはない、MR−4は担げばよいのだ。昔は体力があったからといってXL250やジムニーは担げなかった。迂闊にも担いで越えるという発想がでなかった。

湖面の底に戸川林道は舗装である。だから1インチロードタイヤで走れるのだが、ダート好きな元ヨンダブリストとしては少し寂しい。
ゲートから1.2kmくらいのところから虹の大橋を望む。橋の手前あたりに砂防ダムがあり、コースは早戸川左岸を主に展開されていたはずだ。
右下辺りが、DAX改で走り回っていたキャンプスペースだろう。
進入禁止の林道は、入ったら孤立無援の世界かと思ったら、結構ハイカーや写真家にすれ違う。このまま早戸川橋までいく。
早戸川林道2イブドアの地図情報では、旧早戸川林道が新道と交差を繰り返している。
何のあと?金沢橋と旧早戸川林道跡道跡がないか探したところ、謎の水没道と金沢橋対岸から旧道跡を発見。交差も実際は護岸工事等で寸断されているようだ。

早戸川橋とゲート戸川橋を渡り対岸のゲートまで来た。ゲート区間4.3km。こちらは右側の看板の後に自転車でも通れるスペースが開いていた。
看板には「当面の間、許可車両以外通行止め」とある。ということはそのうち開放されるのかな。矛盾するがこのままとって置きたい気もする。


弓道の橋の跡と謎の流水戸川橋から荒井林道を下ると、すぐに水沢川にかかる大きな橋がある。この橋の下に旧道があり、地図上では新道と交差している。旧道には家族連れがいたので、降りられることがわかった。
八丁林道を150mほど上がったところに旧道跡があり、徒歩で降りられる。


地下水道だの袂に水沢川小さな滝があった。ここでパンを食べて小休止。小さな滝は湖面に落ちていた。ダムがなければ更に下に落ちていたようだ。
旧道の橋の横に、コンクリートで固められた水路があり、湖面に落ちる水が轟音をたてている。地下水道のようだ。後で調べると、なんと奥相模湖からつながっている。こんなトンネルどうやって掘るんだ?

虹の大橋から荒井林道林道から虹の大橋を望む。左側の尾根の突き出し部の真下辺りが、トライアルコースだったんじゃないかな。今の林道から当時の川原が見渡せたら、さぞパノラマだったろう。
最後に、虹の大橋から早戸川トライアル場の全景(たぶん)を撮影して帰路に着く。

宮ヶ瀬輪行1ヶ瀬湖サイクリングルート。
これじゃあ、ケネディの魔法の弾丸だね。
ON・OFF操作のミスもあるが、トンネルにはいるとGPSがピーマンになるようだ。




宮ヶ瀬輪行2回の走行、106.2km
起伏が多かった割には、城山往復よりは楽だった。やはり輪行で走行距離をショートカットした効果か。
狛江から調布をぬけてR20経由で帰宅。
意地でも世田谷通りとR246を避けてるようだ。

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宮ヶ瀬輪行 宮ヶ瀬ダム

長距離通勤になって、定期を利用した輪行が増えた。いつもの時間のいつもの地下鉄。土曜日でなければ自転車など持ち込めない。
小倉橋回の目的地は神奈川県最大のダム、宮ヶ瀬ダムと宮ヶ瀬湖だ。
AM8:40、京王橋本駅を出発。狭い小倉橋を経由して、R412へ。隣に大きな橋が出来ている!
R412から宮ヶ瀬方面には、長竹から登る北ルートと半原から登る県道があるが、今回はどちらもパスして、愛川大橋手前から中津川右岸を進む。
途中から公園敷地内になり、車両通行止めとなるため押し歩きとなる。

石小屋ダムから宮ヶ瀬ダムく行石小屋ダムくと石小屋ダムという小ダムがある。
巨大ダムのすぐ下流に小さいダムがあるのをよく見かける。
理由はあるのだろうが、見るほうにとっては前座に見えてしまう。

新石小屋橋から宮ヶ瀬ダム石小屋橋から宮ヶ瀬ダムを望む。ダムができる以前の石小屋橋は小さく狭い石造りの橋だった。中津渓谷を通る宮ヶ瀬愛川線は、景観よりも崖っぷちで怖かった印象が強い。この辺から左右の急峻を見上げると、以前の渓谷の面影が残っている。


ダムダム直下の直下に来た。堰堤高156m。日本でも屈指の高さといえる。我が只見川の雄、奥只見ダムとほぼ同じ高さ。田子倉ダムより10m以上高い。まぁ、高さだけじゃないけどね、ダムは。
宮ヶ瀬ダムは『観光放水』というものをやっている。以前見に来たが、これは圧巻である。
「ダム」がさかさまだが、特に意味はない。

ここエレベーターに乗るが最終目的地ではないから、当然上らなければならない。
ここに来たのには意味がある。
なんとエレベーターでダムの上までいけるのだ。
インクライン(超過激なケーブルカー?)の駅の横からダムの中心部まで入ると、スーパーにあるようなでかいエレベータがある。通路途中には階段もあるので、電チャリは要注意。
業務用サイズ長い回廊で150mを一気に上る。つまり軟弱ポタリストは、正攻法を採らず、150mクライムをスルーしてしまうのだ。宮ヶ瀬ダム凄い!




宮ヶ瀬湖1堰堤上部上部のエレベーター口。土曜日なのに観光客はほとんどいない。まだ桜には早いからか。
ダムサイトからの宮ヶ瀬湖。貯水量は193,000㎥。神奈川県が県下最大と豪語する、この湖の貯水量は、小河内ダムより少し多いだけなのだ。我が奥只見ダムの1/3。田子倉ダムの2/5以下だ。高さだけじゃないのよね、ダムは。

インクライン高い!いえ、やはり156mから見下ろす川下は大迫力である。
ちなみにインクラインはこれである。
(※注 ダムサイトも車両乗り入れ禁止なので自転車は押し歩きである。)



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初出社・初走り

2013年元旦、結局去年人類は滅びなかった。

改めまして、あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願い致します。

元旦1年は長期休暇で出国組みも多いようだ。冒頭から「こん、大ばかやろう!!」。
物流業は365日稼動である。勤務割的には休みになっているが、従業員に元旦の挨拶をしたいので出社する。
初の自転車通勤である。仕事先までは渋滞を考慮しない最短ルートで47.5km、往復で95kmになる。
通勤?なのでBMCで乗り付けたかったが、まだセッティング途中で、いまいち不安があるので、ベストセッティングのMR−4にする。

本日の始業の朝礼(昼礼だね)は12:00だから7:30に出れば余裕である。こんなに車道が走り易いのはめったにないぞ。

途中までは車通勤時と同じ青梅街道をいく。今日は元旦だから人も閑散としているが、初詣の人を見かけるようになると、神社が近くにあるなというのがわかる。真宗ではあるが多神教者なので、鳥居と卍があれば節操なく参るほうだが、朝はあまり時間がないので素通りですみません。

元旦7元旦6元旦5道沿元旦4いに元旦2は神社が多い。
善福寺にある『井草八幡宮』、旧青梅街道に入った『田無神社』、小平の『武蔵野神社』・『神明宮』。参拝者もなくひっそりとしていたのは小平の『日枝神社』。

元旦3社ではないが、こちらは仏舎利塔(ではない)。青梅街道の練馬区と西東京市の境を過ぎたところ。ここは東伏見ダウンヒルの手前、スカイタワーが最初に現われるところである。


元旦9元旦8真撮り撮り、仕事場に着いたのは11:00。パートさんの駐輪場に並ぶ、ジテ通MR−4。オバチャリと並ぶとちっちゃいねぇ。
庫内点検では屋上も点検する(たまに‥‥)。元日の晴れ渡った空に映える富士山。山が近いなぁ。

仕事に一区切りつけて、あとは今日の担当に任せて帰る。
帰りに氏神様をお参りして帰ることにして、地元社員にどこか聞く。『拝島神社』との回答が帰ってくる。
場所を聞いていってみる。

拝島山大日堂日吉神社拝島大師







 あれ、拝島神社なんてないぞ。いわれた場所にあったのは『拝島大師』。大師と言うくらいだからお寺さんだろ!。拝島神社とはどこかと聞いても地元の人も知らないと言う。大師の隣には道を挟んで『拝島山大日堂』と『日吉神社』がある。神様だから日吉神社だろうが、『日吉神社』のことを拝島神社とは呼ばないそうだ。
仕方がないので、3寺社一緒におまいりする。何処も長い行列で、1時間半かかった。境内の特盛りやきそばで昼飯代わりにする。400円は安い。

 いい加減なもので、事務所の神棚には氏神様が留守である。神仏シェアハウスともいかないので、改めて確認して出直す。今日は「私的な参拝」とする。時間はすでに15時近い。ゆっくり寄り道もできないので、早々に撤収する。

元旦10りは青梅街道から、新青梅を抜ける。何度も撮っている『スカイタワー西東京』であるが、真下から見るのはこれがはじめて。いつか登りたいものである。


元旦11袋で、某自転車チェーンに立ち寄った後に喫茶店で軽い夕飯。家に飯はなく家族は21:00までTV三昧のようだ。池袋から皇居・東京タワー・銀座を経由して帰る。人も車も少ない銀座もまた風情がある。

本日の走行114km
年明け早々走ってしまった。久々のセンチュリーライド(ただしkm表示の‥‥である)
やはり、普段は自転車通勤はできそうにもない。

最後に、2013年『新 江戸四塔』を紹介。
‥‥西東京市を『江戸』に含めるのは‥‥と言うことはこの際不問として‥‥だけど。
新江戸四塔4新江戸四塔3新江戸四塔2新江戸四塔1








元旦RUN
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印旛・花見川輪行

(1)
松虫姫駅旛日本医大駅にAM9:00に到着。
2010年6月初頭、病に倒れる1週間前にTS−7でここを訪れた。実に2年半ぶり。
ここは別名『松虫姫駅』と言う名前がある。『松虫姫』とは不破内親王のことだそうだ。内親王が本当にこの地に来たのかは伝説というしかないが、そのとき一緒に来た牛が年老いて都まで戻れなくなり、自ら入水したのが『牛ムグリの池』だそ牛ムグリの池うだ。
前回、ここを訪れたときは確認できなかったが、今回は松虫姫公園内の調整池がかつての『牛ムグリの池』であることが確認できた。
実に40年越しの『牛ムグリの池』発見サイクリングが成就できたことになる。松虫寺も見て行きたかったが、場所を確認してこなかったので次回の楽しみとする。
スカイアクセス線回の目的は、花見川CRの走破である。
花見川CRは、検見川の浜にあるサイクリングセンターから新川CR・印旛沼CRまでを走破すると、総延長46kmになるロングコースだ。今回はこれを逆走して河口に至る。北印旛沼のコースは2年前に走っているので、今回は印旛捷水路の北印旛沼口からスタートする。
前回はスカイアクセスの開業前だった。
印旛捷水路今回のルートの第一ビューポイントが、印旛捷水路の渓谷である。まだ紅葉には早いが、ここも所々に紅葉が見られるはずである。釣り人やカヌーを楽しむ人などを見ながら渓谷を抜ける。



西印旛沼がて広大な西印旛沼が現われる。
西印旛沼の南側湖畔に沿ってCRが整備されている。
『県道八千代・印旛・栄自転車道線』と言うのが正式名らしい。が、やはり標識は「人と自転車」である。


印旛沼自転車道の辺は走り易いが、単調なコースである。今日は北西の強風だ。西印旛沼湖畔でいきなり正面からの向かい風に襲われる。トレーニングに来たわけじゃない。風に逆らわない巡航速度に落とす。
さすがに15km/h以下におちると、少し気合を入れなおさないと、ママチャリにも抜かされる。しんどい‥‥

佐倉ふるさと広場ースが南東から南西に変わる『佐倉ふるさと広場』(何で佐倉がオランダの風車なんだろ?)までは巡航速度が一気に倍近くなる。体力・計画・節操もない。
ここは、春はチューリップが綺麗だ。レンタルサイクルや喫煙所・トイレ・売店がある。

新川CRび北西に向かう単調なコースが続く。
印旛沼が新川に変わり、しばらく行くとコースは北西から南へと進路が変わる。
やっと楽になる。


みちの駅八千代道16号を潜ると、『みちの駅八千代』の裏手に出る。
レストラン・売店があり、駐輪所もあるので自転車でも利用できる。
ここで少しトイレ休憩。宮橋から新川左岸に渡る。‥‥新川ってどっちが下流?
一応ここでは印旛沼に注ぐ河川として言っているのだが‥‥。

ゆらゆら橋ばらく行くと変な橋。ゆらゆら橋と言う名前のようだ。名のとおり吊橋である。
北総線と運賃の高さにおいて双璧の東葉高速鉄道の高架橋を潜り、新川大橋を潜ると、水門とも思えない大きな施設が川をふさいでいる。


大和田排水機場和田排水場。水門ではない。ポンプ施設である。新川は花見川と直接繋がっているわけではなく、ここで仕切られて、排水ポンプにより花見川に水を放水しているのだ。



弁天橋見川に入ると、第二のビューポイントが現われる。勝田川と合流した花見川が渓谷部に差し掛かる。渓谷の入口にかかる弁天橋。何か印旛捷水路のところにも同じ形の橋があったような‥‥



左岸CR天橋を渡り、花見川左岸へ‥‥。花見川は東京湾に注ぐ河川と見ているから新川と逆になっている?
橋詰から渓谷に降りる道をはいる。サイクリングコースになっているけど砂利道じゃん!
でもCRってローディさんも走るんだから、ほんの一時的なもんだよね?

砂利道じゃ!かし、行けども行けども砂利道のまま。
どこまで未舗装なんだ?。1インチタイヤには修羅場だ!
‥‥ま、もともとオフ派だし、リアサスも付いてるし、パセラブラックスだからね。普通に走ってしまうし。逆にこれが、あの幕張のすぐそばとも思えない風情がある。今回のハイライトとも言えるポイントだ。

総武本線局、砂利道は2kmくらいだった。花見川大橋・天戸大橋間は工事中で迂回、案内板はわかりやすいように掲示されていた。京葉道路を越えると景色が開けてくる。総武本線鉄橋から湾岸道路までは川筋から少し離れるが、その次に現われる花見川は、川幅も倍以上になり、埋立地の直線流路となっていた。

河口河口へ口はすぐ先である。そしていよいよ河口。
河口に出で検見川方面に回り、最終点(起点)であるサイクリングセンターを目指す。

サイクリングセンター前の検見川の浜。すぐ横には海浜幕張のビル群、終点(起点)遥か遠くにスカイツノーリーが眺望できる。
ここまで49km。ポタリングには絶好の季節ながら。今日は風を友にはできなかった。

(2)
検見川の浜から幕張に向かう。時間は13:30。18:00過ぎに帰れればいいので時間が余る。
また北西に向かう。今度は海風でもうバテバテである。
今日はサイクルモードの初日。行かないことに決めていたが2時間くらいは見れる。とりあえず駐輪場までいってとめてある自転車でも見ているか。その方が生カスタムが見れて面白い。
駐輪場に行くとアナンス、「防犯上、駐輪したらすぐに駐輪場から出てください」。これでは見られない。
結局、海浜幕張駅前のプレナ幕張にある『サンエトワール』と言うベーカリーで昼飯。ここのきな粉とシナモンの揚げパンは最高である。
メッセの帰りは、よくここのパンを土産に買って帰ったものだ。都内にも支店があるはずだが‥‥。
帰路は国道357の歩道をひた走る。357の歩道は結構走り易いことが解った。歩道は車道と分離されたな並木道になっており、木漏れ日の中雑踏から離れて走るところもある。ただし、横からの車の飛び出しには要注意。
歩道舞浜よりコロンビアに沿って走っていったら、舞浜交差点のみ渡れずに道なりに左折になった。
時間もあるので舞浜を周回して帰る。すでに斜陽となっている。晩秋の陽だまりは短い。


花見川輪行回の走行92km
平均速度16.8km/h
もっと風になりたい(風邪にはなれた‥鼻水う‥アタマイテェ)


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ブルホーンカット

ストーカー26遠距離電車通勤に諸々の用事で、この頃ほとんど自転車に乗っていない。
気晴らしに、以前より気になっていたMR−4のブルホーンハンドルの先端をカットする。
『ストーカー26』は、『プロファイルデザイン社』というトライアスロン系のパーツメーカーが手がけているためか、ホーンがかなり長い。

パイプカット2パイプカットーサイズは400mm。ホーンが長い分、車体の小さいMR−4には頭でっかちだ。TS−7ストックのアキ380mmカラーブルホーンで十分なのだが、一式交換が面倒なので、余らせている先端部を25mmほどカットする。
カットとバリ取りでも10分程度だ。



カット後要部分をカットして少しすっきりした。
まぁ、傍目からはほとんど変わっていないが‥‥




新兵器搭載兵器のリクセンカウルヴァリオラックを装着。これは輪行のときなど、ゴツイMR−4純正輪行バッグを固定するのにいいだろう。

ちょこっといじって、気分転換にチョイ乗りに出かけようとした途端、雨が降り出した。
結局また乗れないままであった。


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奥多摩輪行 番外編 〜ないとらんリベンジ

レインボ 一発田からの帰路は産業道路から第一京浜、築地・八丁堀を経由して永代橋から葛西橋通りへと進むのが定石だが、せっかくだから前回のないとらんで渡り損ねたレインボーブリッジを渡って帰る。



プロムナード入口ると言っても、レインボープロムナードは自転車走行禁止である。入口で台車をつけて押して通行する。リベンジっちゅうよりとにかく疲れた〜。続けて走りたくない!。
夜景を楽しむと同時にだらだら歩いて少し足の疲れを取る。


ホワイトシチューインボーブリッジは2層構造のため、巨大な支柱や吊部などは僅かな隙間からしか望めない。白亜の支柱が綺麗だな〜‥‥っうか、雨や泥道を走ってきたのでチューブ裏が汚いんたな!
この橋が設計されてからクルーザー船の巨大化は『目に余る(あれっ「目を見張る」って言うんだっけ、この場合)』事態となっている。ある意味ひっくり返って当足り前のような豪華クルーザーが乱遊している。とはいえあのタイタニックでさえこの下を通れないのだから、何を基準に設計されたのか。
勿論「飛鳥2」は通れるから十分ともいえるのだが‥‥

ホワイトシチュー2浦口から自転車で渡るのはサウスルートと決められている。お台場の夜景はきれいだが、東京タワーを間近に見た東京の夜景はノースルートとなる。残念だが今日は疲れていてとても反対側へ行こうという気にはなれない。



ダイバダツタ2ダイバダツタ1ンボーから見える七色の夜景は「ダイバだった」!(ホントにしつこいね)
ビル群の向こうにゲートブリッジが垣間見る。
まさに天空の橋である。(桁下高はこの橋とどんぐりだけど‥‥)

レインボーブリッジリベンジも果し、帰宅は20時をまわった。

本日走行  114.3km 疲れたー、これはもはやポタリングの域ではない。
平均時速  17.1km/h レインボーブリッジの徒歩も入ってしまった。
最高速度  39.9km/h 実はリミッターが付いているのだ??
多摩サイ走破
GPSが家まであとわずかでバッテリー切れとなった。


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奥多摩輪行 多摩サイ走破2

自転車専用?は河川敷の中に入る。グランドに入るため車道なども併走している。
しかしなんだろうね。さっきの標識の水の根も乾かないうちに「自転車専用」なんて書いてある進入止め。でも人がたくさんだらだら歩いているぞ。


荒れた路面の多いのはグランドなどに面した部分であるのは、どこの河川敷CRでも同じである。
道はしばらく行くと雑木林の中に入っていく。ここは簡易舗装といった感じで路面は粗い。でもこの頃は気にしない。パセラブラックスは十分に走ってくれる。

16滝川城址号に近づくと対岸に壁のような丘陵が現われる。滝山城址である。立ち寄ってみてきたいのだが、以前車で来ているし、今回は時間もないので割愛。(プレサージュのカテみてね)


立川モノレール央線の鉄橋を越えるとすぐに多摩都市モノレールの立体が見えてくる。これも突き詰めればLRT(ライトレイルトランジット)の一つである。しかしお世辞にもライトといえない建設費のため、債務超過が続いた。結構お客さん乗っているんだけどね。


こいつらなんだ?かわいい吊橋くつかの合流する支流を橋で渡る。公園の中の小さな吊橋。この辺はポタリストにとっては楽しいコースだ。
でもこいつらはなんだ!ハトは解るが何故こんなのがCRにいるんだ??

狸が住む街園の吊橋から市街地に入り、途中からまた土手に戻る。通り雨がひどくなったので中央道下で雨宿り。
多摩川の中流域。この辺はとても走り易い。前方に見えるのは聖蹟桜ヶ丘の街並み。擬人化してニュータウンに住み着いた狸たちの二世もいるのだろうか。

ケーリン河口から30km口から30kmの標識発見。まだ半分も来ていない。しばらく行くと京王閣の前を通過。写真で見ると競輪場も最新式のスタジアムみたいできれいになった。府中競馬は何回か来たけど、ここも今度見にきたいね。


二ヶ領上河原堰付近王閣からすぐのところにある二ヶ領上河原堰。多摩川には堰がたくさんあるのだが、その中でもここは結構大きい方だろう。下流の二ヶ領宿河原堰とともに、二ヶ領用水として、かつての川崎の重要な水源を担っていた。おやじの世代には宿河原堰の狛江水害と言う強烈なビジュアルが脳裏に焼きついている。

砂利道その二ヶ領宿河原堰付近。ここの穏やかな風景を見ているとかつての惨劇と、裁判による住民の長い戦いがあったことが遠い過去の出来事のように思われてくる。
しかし砂利道である。多摩サイは砂利道・簡易舗装が多い!
でも気にしない!パセラブラックスにパンクという言葉はない?

バイク安全教室名を越えると警視庁の交通安全教育センターの二輪コースがある。
大学のとき倶楽部で来たことがある。安全運転講習と言いながら、フル加速・フルブレーキングや思いっきりバンク走行をしたりする。免許取得講習よりよっぽど真剣になる。
よくあれだけ倒せたよな。今のチャリンコじゃ怖くて絶対できない。パセラブラックスにはパンクという言葉はないがバンクという言葉もないのだ?

イチゴミルク茶屋子玉川で茶屋に立ち寄る。
イチゴミルクのかき氷を注文。誤解を招くといけないので補足。
写真のイチゴミルクは、山体崩壊を防ぐために七合目から上はすでにかじって無くなってしまっている状態。500円也

ニコタマ駅の下でジャイアントショップを発見。よりたかったが時間的にパス。荷物が多くて何気に駐輪場に自転車引っ掛けてとめることができないのだ。
多摩川台公園そのまま土手下を通っていたら行き止まりになったので引き返し、新しくなった多摩堤通りを行く。
途中から多摩川台公園に入り、宝莱山古墳と亀甲山古墳を見学。ここもトランジットセブンで来ている(TS−7カテをみてね)

浅間神社摩川駅の南側にある浅間神社に行く。形象埴輪が出土されていることから、ここもかつて60m前後の古墳だったとされている。武蔵国造の乱で滅ぼされた小杵の墓であると言う一説もあるが真偽は不明である。


2国過ぎ子橋を越えていよいよ下流部へと入ってくる。2国を過ぎた当たり。この付近は今までの中では最も流し易い場所のひとつだ。道幅も広く見晴らしもいい。多摩川がダイナミックにカーブしていくと河口も近い。


空港が見える業道路を過ぎると多摩川は最後の右カーブに入る。その左岸に展開するのが拡張した羽田空港だ。多摩サイはこの先の海老取川合流点で終了する。
最後に確認した標識は河口から2kmだった。
河口はさらに先のようだ。弁天橋を渡る。

穴森稲荷大鳥居守稲荷の鳥居がある。かつて羽田空港の正面に位置しシンボルマークのようになっていたが、国際線拡張に際して現地に移された。因みにそのときは祟りは無かったようである。改修中なのか包帯が巻かれている。
日の丸が風になびく。世界でもっとも美しい国旗だ(思いいれもあるけど)。こんな時代だからこそ、日本人はもう一度心に日の丸を掲げるべきだ。右だの左だのくだらない論議をする前にね。

河口から0km発見ならずて、河口から0kmの標識だが、道路改修に伴い道も変わってどこだかわからない。
唯一遠くに見えたものを最大望遠で撮るが確認できなかった。周囲は立ち入り禁止で、護岸を伝っていくしかないようだ。
時間もないし、正直今度でいいやと思いここから引き返す。

多摩川サイクリングロードの長いたびは終わった。帰路につく。
ここまでの走行89km

総じて多摩サイは人が多い。狭い道に人も自転車も犇いている。これが「怖い」とか「スポーツ車が危険」などといわれる所以だろう。確かに走ってみて荒サイや江戸サイ以上に気を使ったし、加減速が多い分すごく疲れた。
しかし、その長さと風景の多様性や変化にとんだコースやはり多くのサイクリストに選ばれる魅力とも思えた。
景色や観光しながらのんびりいくポタリストにはお奨めである。
それ以上にママチャリでの朝夕の散歩には最もうってつけなのだろうが‥‥

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奥多摩輪行 多摩サイ走破1

捲土重来!!
服を着ている7月に挑戦した奥多摩輪行は車両故障で青梅止まりからのスタート(多摩丘輪行編みてね)となりそれはそれで楽しめたのだが、やはり奥多摩へ行きたいので、この連休に再チャレンジした。
ホリデー快速おくたま1号で、今回は無事奥多摩まで。前回との違いはほとんど定期券で来れたという事。通勤にこのホリデー快速があればらくなのになぁ‥‥
窓から見える山々のパノラマは楽しい。ここが新宿から1時間半(と言うより勤務地のちょっと先!)でこれるのだ。しかしこの列車は混む。自転車は周りから白い目で見られる。

奥多摩駅今回はできれば奥多摩湖まで行きたいと思い、奥多摩駅で組み立てせずタクシーを待つ。そういえはタクシー乗り場がない。観光案内所で聞くと駅のタクシー営業所は今春に閉鎖されて、休日などは麓の営業所から来るとのこと。ここも過疎と合理化という津波にさらわれた土地のようだ。
タクシーは1度来たきただけで先に待っていた客を乗せて離れていった。ハイカー主体だから登山口なんかまでの往復じゃ何時戻ってくるか解らないので、30分待って断念。組み立てを開始。
結局奥多摩駅前で1時間滞留。

上流へさあ、出発だ。予想(計画)どおり下りメインのらくらくルート。ここではハブの性能がものをいう。走りの追求ではない。如何にこがない時間を稼げるかである。Aクラスフォレックス、24インチながら、慣性で下るならスーパーの激安700Cには負けない。
この条件は奥多摩湖から下っても同じである。ダムをスタートにできなかったことがちょっと悔やまれる。

御岳神社入口折、霧雨が降るような天気だが、涼しい!。御岳神社の入口まで来た。すれ違うバイクはみなバリバリのマシンとレーシングジャケットに身を包んだローディさんばかりだ。ヘルメットとグローブ以外は普段着で買い物籠をつけたミニサイクルが入り込む余地はない。この人たちはモーター(付き)サイクリストか。


気持雨宿りちがいいと言っていた天然ミストが大粒の水滴に変わった。ついに土砂降りに。カッパを持参しなかったのは落ち度だが、大体この手は通り雨である。公園のトイレの横の軒下スペースで雨宿り。ここで軽く食事もする。
利用者が入るたびに臭うがやむを得ない。
雨は30分ほどで小降りになる。結局ここでも40分ほど立ち往生となった。


水道橋を渡る野梅郷を通り、前回の青梅駅からのルートに合流して羽村取水堰を目指す。前回渡った多摩川橋の横の小さな橋を渡る。『友田水道橋』と言う名前だった。
眼下の瀬に30センチはあろう大きな魚がいる。
なんだろう。もしかして鮎?

羽村取水堰村の玉川上水取水堰につく。ここより羽田の海老取川合流部までの総延長53kmの多摩川サイクリングロード基点である。
正直多摩サイは「危険」とか「怖い」など、余りいい評判を聞かない。荒サイ・江戸サイとどう違うのかも興味のあるところだ。


玉川兄弟水口の横が公園になっている。ここに玉川兄弟(昔の演歌歌手っぽい?)の像がある。玉川上水開削に尽力した人で、その名をとって玉川上水と名づけられている。現在のメガロポリス東京の礎を築いたと言っても過言ではないといえる。調べてみると地元アニメにもなっているのだ。あのアテルイほどの大作ではないようだが‥‥

第二取水場園から直接多摩サイはに入らず、ちょっと玉川上水右岸を走ると、また堰がある。別れた水路はそのままトンネルで地中へと進んでいる。
ここが前回、多摩湖で発見した軽便鉄道廃線の下を通っている「東京水道」と呼ばれる地下水路の取水口だ。この水道は横田基地をつき抜け、村山上貯水池まで地上に姿を現すことはない。
‥‥と言うことは村山貯水池より、ここのほうが海抜が高いということか?

多摩サイへ侵入京水道の取水口から「多摩サイ」に戻る。前方に見えるのが地図によると羽村大橋だ。橋を通過するときに道に迷う。下流側からくると土手からターンして河川敷側に降りて、橋を越えるとそのまま土手に上がるようだ。これは大水のとき濁流が道に沿って氾濫しないよう、上流から下流方面への傾斜道をつくらないためだろう。上流側からは橋の手前の分岐を河川敷側に降りればよいようだ。

これが実体かばらく行くと標識。ついに本性をあらわしたな。これはサイクリングロードではない!標識に自転車すら描かれていない。
まあ、気にせず進む。どこへ行こうと歩行者優先は変わらないのだ。



河口から50km流に向かって左岸をひた下る。しばらくは走り安い道が続く。JR五日市線の鉄橋を越えたところに「河口から50km」の表示板を発見。荒サイと違って河口から家まですぐではないので少し辛いが河口を目指そう。
道は遠い。

to be continues

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多摩丘輪行 番外の巻

今日隅田川花火は隅田川花火大会の日。荒川RMR千住付近で腿を引きつって呻いている間にドンパチが始まってしまった。
手っ取り早く目の前の土手を登ったところ。千住日ノ出町付近からの風景。小さいが結構きれいに見える
ツリーとのバランスもいい。


隅田川花火2のまま河川敷を下って墨田五丁目付近から。7時半を回り完全に闇夜となった。
場所はいいんだけど、写真では丁度電線が邪魔してしまう。この周辺にはぎっしりと車が停車して見物している。去年はオヤジもここに停めて見ていたが、こんな行列ではなかったなぁ‥‥案の定、向島警察が大挙して押し寄せてきた。移動を促すのは結構だが、動き出した車の列で写真が撮れなくなった!
柳島もすごい人最後は定番の柳島。ここに来た時は花火も佳境でツリーと花火がコラボできるところは車道にまで座り込みの人盛り。
もう花火を見れるいい位置は確保できない。
ここにも警察が出張っている。ここは城東警察の縄張のはずだ。ご苦労様です。
でも警察の車両が駐車している場所と、誘導の警官が配置しているところが一番いいスポットであるような気がするが‥‥

幸先の悪かった多摩丘ポタだったが、最後は花火も見られて、まずまずの成果
だった。


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追伸
上の巻の謎のトンネルは、大正から昭和初期にかけて村山貯水池・山口貯水池の建設のため、羽村から引かれた『羽村山口軽便鉄道
』の廃線跡だったようだ。
これは奇しくも、今回のコース変更をした羽村取水堰から、途中横田基地に寸断されながらも最終的には狭山ダム湖畔にいたるルートだったようだ。廃線跡の一部が昔のおとぎ電車の敷線として使われたらしい。
今回偶然見つけた自転車道は野山北公園自転車道として整備された廃線跡の一部で、廃線マニアや地元ポタリストには穴場的存在のようだ。

多摩丘輪行 下の巻

多摩湖自転車道市街地部分山下ダムから西武多摩湖線に沿って更に自転車道が延びている。
ここも多摩湖自転車道の延長なのか。
線路と平行している自転車道は、もはや遊歩道といえるくらい人や、買物ママチャリが多い。
八坂駅で喫茶飯にしようと思っていたが茶店がない。
結局久米川駅前まで行ってしまった。

スカイタワー西東京はや一般歩道と化した自転車道(だったのか?)から離脱し、次の目的地『スカイタワー西東京』を目指す。
スカイタワー西東京。通称『田無タワー』。195mは単独鉄塔としては堂々東京都第四位の高さを誇る。何にもない畑の中に聳える八画の塔。何にもない真っ暗な田舎の夜に光彩を放つライトアップといい。その幻想的美しさはスカイツリーや東京タワーをも凌駕する(かも知れない‥‥)


スカイタワー西東京2ワーは残念ながら一般客の立ち入りはできない。でもやっぱり本音は見に来て貰いたいのだろう。
すぐ下の化けたまねぎみたいなものは『多摩六都科学館』。夏休みの土曜日は子供連れの家族が多かった。たまねぎにかこつけた訳ではないだろうが、周囲の畑がイメージを誘導するメンタリズムだ。
このアングルは是非撮りたかった。スカイツリーや東京タワーはいつでもできるが、ここは手軽にはこれない。

西23区最高地点東京市から青梅街道で都内に入る。
何の変哲もない青梅街道。五日市街道との合流から50mほど東。ここのどこか(おそらく中央分離帯の一角か)に東京23区内最高地点58mの三角点があるのだ。周囲を探したが残念ながら発見できなかった。


富士見池の撮影地点から左に坂を下っていくと、窪地状の細長い谷に沿って富士見池がある。今は調整池のようになっているが、かつては湧水が湧き出た石神井川の水源の一つだった。



三宝寺池神井川に沿って下流へ向かい、おそらく昔は丘陵地の尾根だったろうと推測される坂を越えると、三宝寺池に出る。先ほどの尾根づたいに、室町時代から戦国初期まで石神井川の沿線一帯を支配していた大豪族豊島氏の居城だった石神井城址がある。本丸跡の碑が三宝寺池に面した斜面にある。
三宝寺池には照姫伝説という悲話があるが、石神井城址入水自殺した父秦経の後を追い池に身を投げた照姫はやはり伝説上の人物といえそうだ。豊島秦経は石神井城落城に際しても落ち延びて小机城で再起している。
度々ガレージで豊島秦経を紹介しているオヤジには思い入れがあるのだが、そのためどうしても太田道灌の非を責める書き方になってしまうので、どうも道灌公にはよく思われていないようである。

湧水のほとりに滾々と湧き出る湧水があった。
でもこれ自然湧水?立て札も何もないことが疑惑を招く。かつて武蔵野の豊かな緑を支えた水脈網は開発により寸断され、すでに枯渇化しているのだ。



茶屋でカキ氷屋があったので休憩。かき氷を貪る。子供のころは公園や観光地のどこにでもあったような昔ながらの茶屋である。
豊島屋という屋号はやはり豊島氏から来たものなのか‥‥



石神井池宝寺池を後にし、石神井池を通って富士見街道から環八に向かう。
三宝寺池は戦国以前からある湧水池だが、石神井池は近年になって堰き止めによって作られた人工池だ。
深山幽谷の趣がある三宝寺池に対して、高級住宅地の中にあり、ボートや釣りなども楽しめる石神井池はまさに陰と陽のコントラストだ。

しつこいねぇ環八から、毎度毎度の荒川RMR(リバーマネジメントロード‥‥CRなんだけどCRを使うのが癪なんで‥‥)を経由するのはわけがある。
今日は隅田川花火大会の日だ。練馬方面からは都心を抜けて隅田川を渡るのが近道だが、もはやこの時間では通過は不可能なので大きな迂回となる。
北区と豊島区の清掃工場の煙突がクロスする。オヤジは清掃工場の煙突のことをよく『コンスタンチヌスの柱』と呼ぶ。特に意味はない。形が似ているわけでもない。各区が清掃事業の自前化で、住民の抵抗を排除して打ち立てた清掃工場の煙突が、まるで行政の勝利の証のように誇らしげに高さを競っているイメージからだ。

ま、腿攣った!それはともかくとしていい加減つかれた。攣りそうな腿をだましだましこいでいたが、ちょっと気を抜いたらピシッときた!
痛くて我慢できないので、ついにコースから脱落。
フィットネス用具をベッド代わりに少し休む。
花火大会開催の告知花火が大音響で響き渡る。
おうちも間近なので花火を見ながら帰ることにしよう。

多摩輪行本日走行 92km
奥多摩いけなかったのがやはり悔やまれるが、多摩湖畔で冒険できたので『〇』。
脚いてぇ‥‥

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多摩丘輪行 上の巻

ウルトラQ当は『多摩川CR』ってタイトルで奥多摩駅から一気に羽田まで多摩川サイクリングロードで下る予定だったのだが‥‥

8:19新宿発のホリデー快速『おくたま3号』奥多摩行き。
9時10分過ぎころか、拝島駅・青梅駅間で停電のため緊急停車。何が原因かも解らないまま、暫し立ち往生の後運転再開。

青梅ラッシュ!駅まで何とか辿り着いて、めちゃ混みの中、どんなにハイカーに顰蹙を買おうが、奥多摩までこいつをもっていくぞーと覚悟を決めていたのに、「青梅〜奥多摩間運転見合わせ。復旧未定」のアナウンス。
他の車両は普通に走っているのだから、その車両を別のに入れ替えればいいだけだろ。新型車両なのによぅ〜!!
振り替えバスを運行するとのことだが、初めから全員を運べないとのことで利用者の選定が始まっている。

青梅駅前イタニックか!自転車を持った人間は当然乗れそうもない。改札から出てもロータリーは人で埋め尽くされている。
しゃーないから、青梅からスタートだ。ロータリーでゆっくりと準備に取り掛かる。沈むわけじゃないからね。でも沈んで水に入りたいくらい暑い!




清流多摩川奥多摩の山々りあえず当初のルートに向かう。調布橋を渡り滝山街道へ。清流多摩川。別に四万十だけが清流なわけではない。あそこはむしろ取り残されたわけで、昔は日本の川はみな清流だった。
しかし、あの山なみの袂にいけなかったのは多摩川橋から残念。
多摩川橋を渡り羽村の取水堰に向かう。
平行してかかる人道橋の向こうに圏央道が見える。



羽村取水堰村取水堰。ここから総延長43kmの玉川上水が分岐される。
そして、こちらも分岐する川にふられる水流のごとく選択肢に迫られる。
ここが多摩川サイクリングコースの上流側の基点となっているからだ。
当初の計画通り多摩サイを一気に南下するか。ルート変更するか。
結局多摩サイ下りは捲土重来を期して、腹案としていた、多摩湖めぐりコースを採ることにする。
上水を下る玉川上水川上水に沿って進路を東に。
上水に沿った道は暫し途切れたりするが、GPSを頼りに進む。
木があって、河川敷よりは涼しいかも。
途中ちょっと所用を済ませて、更に東進。横田基地を回り込むように北上する。
自転車道トンネル?梅街道を横切り都県道「所沢東村山線」で上りにかかるところで、不思議な道を発見。狭いトンネルに「自転車道」と書いてある。
ナビマップで見てみると、この道は横田基地のほうから続いているようだ。トンネルの先は道が丘陵に向かって消えている。
とにかく『穴があれば入りたい(例えが違うだろ!)』ので行って見る。

またまた独占コース涼しい!ンネルの中はひんやりとした冷気。超ー気持ちいいっす!
いくつかのトンネルをくぐり、道は森の中を抜ける。
この道はなんだ?自転車道と掲げてあったが、利用者はいない。サイクリングコースにも紹介されていない。
ここからはMTB!幾つ目かのトンネルを抜けたところで舗装が途切れた。右ルートは再び人家のあるところに戻れるようだが、路面状態が解らない。引き返す。ここから先はMTBの領分だ。本音はまた涼しいトンネルを通りたいだけだが‥‥



謎の村山下ダムと多摩湖村山上ダムサイクリングコースを後にし、旧青梅街道から村山上ダムに来る。対岸に西武ドームを望む。
ここから多摩湖左岸の多摩湖自転車道で村山下ダムに向かう。
今回は部分走行だけだが、多摩湖自転車道は、是非全線走破したいところだ。
 
 to be continues

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松戸野田関宿自転車道線

利根輪行より続く

芽吹大橋宿は野田に吸収されたのだから、三つの地名を同列標記するのは変だ。
自転車道として県で整備しているので、「RMR」河川管理道路ではないかもしれないが、自転車専用道ではない。
さて、芽吹大橋の立派な歩道専用橋を渡り利根川右岸を下る。
両岸とも河口からの距離を示す標識が500mおきに立っている。

海から100kmの標識吹き大橋から4kmほどで、「海から100.0km」の標識。勿論、海とは銚子港のある太平洋のことである。
このあたりは利根川開削以前は『藺沼』という、かつての印旛沼より巨大な湖沼があったとされている。利根川の東遷で多量に流入した土砂と、新田開発等で消滅したと言う。

利根運河根川から、利根運河に入る。ちょっとした渓谷だ。
かつて江戸川の水位調整の役割と共に水運の大動脈として栄えた利根運河。すでに水運としての役割は終えているが、運河駅周辺は親水公園化しており、江戸川の水量調節弁としての機能も失っているようだ。


粗目!かし、この粗目舗装は何だ!今回は路面に気を使うパターンが多い。
ここから、江戸川左岸にでて、タイトルにある『松戸野田関宿自転車道線』を南下する。



平日一般県道松戸野田関宿自転車道線の日中なので本当にすいている。
概ね整備されていて走り易い。しかしここも当然「歩行者・自転車専用」である。
江戸川はかつては『太日川』といい、渡良瀬川とつながった独立水系だった。ただしこの江戸川も人工掘削の河川と言われ、その本流は現在の庄内古川(この名も地図から消えつつある)だったとされている。
ツリーが見える岸の樹木の後ろにスカイツリーが見える。あそこまで帰るわけだ。





途中、赤城神社3赤城神社流山の赤城神社による。赤城山より流れてきた流山との伝承があり、『流山市』の市名の由来ともなっている。親父が見ると古墳に見えてしまう。


流山に赤城神社2は他にもこのような独立丘が見受けられるが、河岸段丘の名残か、ケルンバットなのか‥‥本当に流山?




Pイズミレーシンググローブのあと休憩がてら、タイヤでお世話になった松戸のショップによって、サイクルグローブを新調。穴の開いた、汗でぐしゃぐしゃの車用レザーグローブともおさらばだ。



篠崎水閘門戸から更に南下し市川橋を渡り、江戸川右岸を走る。この辺はすでに地元感が強い。
篠崎の水閘門に着いた時はすでに「コットンタイム」??になっていた。



150m100kmの高さの清掃工場の煙突を過ぎ、今井児童交通公園に差し掛かるところで100kmになった。




TWILIGHT日中、河川と付き合った日だった。インナーパンツの効果は抜群であった。一部未整備のところもあったが、走り易いコースだった。

本日走行  108.5km
平均速度  18.1km/h

100km越えは観光ポタリストとしては少々難儀であった。

江戸サイMAP

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利根輪行

MR−4エスカルゴin幸手望的だった70%の降水確率が前日夜にドタ変で30%になった。予定通り利根輪行を決行。
娘を学校に送り出して出発。今回は半蔵門線・東武スカイツリーラインを経由して幸手からスタート。輪行はやはり折りたたみ自転車である。
面倒なのでハンドルはそのままむき出しにした。
まるで逆様になった「カタツムリ」である!


今回PイズミSMTインナーパンツ投入した新兵器がこれ。パールイズミのSMTメッシュインナーパンツ。50kmも走るとおまたが痛くなるのを回避出来るか。今回は予定でも100kmになる。


 

権現堂あじさい手駅前をAM9:45に出発
まずは権現堂に立ち寄る。
権現堂桜堤というくらいなので、ここは春の桜が有名。菜の花畑の黄色と桜のコントラストが素晴らしい。ここにくるのは4〜5年ぶりか。勿論自転車は初めてだ。

権現堂桜土手の時季は土手に出店が並びとても自転車が通れる状態ではないが、紫陽花祭りは平日のせいでもあるためかいたって静かだ。




利根RMR現堂から利根川右岸に出て関宿水門を目指す。
さすがに坂東太郎!埼玉県が自慢げに豪語する県整備の『大規模自転車道』(ここは茨城県だけど‥‥)はやはり自転車と人の標識。
自転車専用道ではない。荒川のように「歩行者優先」なんて補助標識がないだけまだいい。当たり前のことなのだが一部の心無き者のために、必要のない遠慮まで強いられる。人が居ようが居まいが非力なポタリストは『節度ある走り』しかできない?のだ!
関宿水閘門式には『関宿水閘門』で、水位調節のための水門と船舶航行のためのロックゲートが対になっている。




関宿水閘門2霞村側は護岸工事中だった。自転車道が更に整備されるといい。
この水門は自転車で渡れるのだ。




対岸の関宿城博物館白亜の城郭が『関宿城博物館』。ここは10年ぶりくらいだ。ここで休憩がてら、利根川の東遷について学ぶ。もともと博物館から見える利根川は、500年前には存在していない河川なのだ。




関宿城博物館天守展望根川・太日(渡良瀬)川・鬼怒川水系と其々別水系だった河川を繋げて日本一の大河利根水系が誕生した。近代工法での荒川開削でさえ、大変な難工事だった。江戸時代初期にどれほどの労力を要したのか。興味は尽きない


関宿城関宿城址はスーパー堤防の上にあるので見晴らしがいい。しかし実際の関宿城址はここから南500mほどのところだ。自然地形を生かした濠に囲まれた要衝だったようだが、往く度かの河川改修によりその威容を望むことはできない。




関宿城址2防の脇の木々に囲まれた一角が当時の本丸跡。現在の博物館との位置がうかがえる。土手沿いだが、CRから直接はいけない。土手を担いで下りるか。ダウンヒルするか、博物館から未舗装路で来るか‥‥MTB系タイヤがよさそうなところだ。



大規模自転車道利根渡良瀬線宿城博物館から境大橋を渡り、菅生沼のあすなろの里を目指す。境大橋は下流側に歩道専用橋がかかっていて、そのまま『利根・渡良瀬自転車道(県道古河・岩井自転車道線)』に入れる。一部一般道を併用しながら芽吹大橋を通過する。


飯沼川堤防路り込むように飯沼川堤防に入ろうとしたら‥‥
またダートだ。パセラブラック1.00を信頼して突入する。
結局、未舗装区間は2km。普通に走っても問題なく通過。さすが頑丈といわれるだけのタイヤである。


菅生沼生沼。中学のときサイクリングに来て以来だ。
沼と言うより一面湿地帯である。これが利根東遷以前のこの付近の姿だったのだろう。あすなろの里で昼飯休憩。



あすなろの里こで誤算。あすなろの里って施設以外は自由に入れて対岸の自然博物館にも渡れるものと思っていたが、自転車自体持ち込み禁止で、橋も人意外は通行できないとのこと。
また折りたたんで持ち込むのも面倒なので、茨城自然博物館は断念。県道に沿って芽吹大橋へ向かう。

松戸野田関宿自転車道線へ続く

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世良‥イタリア

先日MR−4のサドルを交換した。ソノマ・ゲル
セライタリア・マン・ゲル・フロー(一気に読むとなんか変?)。BGソノマ・ゲルをAC−02に移植する予定だったので、ブラウン系で洒落た後継サドルを物色していた。
U品で見つけたライトブラウンのマン・ゲル・フロー。ソノマ・ゲルより安かった。本当は結構高いものだ。


マン・ゲル・フローゲル入りなのでソフトではあるが、我が家の後付けサドルの中では一番ハードだ。MR−4はリアサス装備なので、おまたの痛みがなければ、硬めでもOKだ。ただしこれだけは付けてしばらく走らないとわからないから、一種の賭けだ。
サドルの色に合わせて、バーテープもライトブラウン系に変更。ものはお気に入りのフィジークである。
セライタリアといったらロード系サドルメーカーの名門だ。最近ネームバリューに惑わされて分不相応なものが増えていない?。何つけたって節度ある走りが節度なくなるわけじゃないし‥‥。

マン・ゲル・フロー2それにしても、サドルメーカーって『セラ・何々』ってのが多い。『セラ・イタリア』、『セラ・サンマルコ』、『セラ・ロイヤル』に『セラ・SMP』‥‥。さすがに『セラ・マサノリ』ってのはないらしい。お尻がツイストではまずいだろう!。
『セラ』とはずばり「鞍」のことだ。タイヤメーカーに「何々タイヤ」と付くのと同じなのだろう。
乗りごごちも悪くないし、ぱっと目浮いたような色合だが、見慣れてくると結構いい色合になってくる。

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MR−4だから本来はミニベロだよなぁ

荒川RMR

旧岩淵水門RMRってなんだ?。通称荒川CRはサイクリングロード(自転車専用道路)と言ってはいけないので、河川管理道路“River Management Road”を略してRMRと僭称することにした!!。MR4Rとは関係ない。
図書館で絹田幸恵著『荒川放水路物語』(今は絶版なのが残念)を読んだのでちょっと感慨一入といったところ。
分水点今回はまた朝らんなので岩淵水門で朝飯。
久々に島で朝食(若いころは島じゃなかったけど)。ここが幾多の計画案と難工事の末、通水した分岐点なのだ。



エルザタワー川口のランドマーク、エルザタワー。ちょっと違和感があるよね。市川駅前もそうだが、何か周囲と不釣合いなんだなぁ。その際たるものが押上とスカイツリーなのだ。まぁ不釣合い故のランドマークという定義もあり得るのだが‥‥
松戸駅前の松戸ビルディングのニューオータニ回転レストランの高さと展望で十分な気がするが‥‥

富士山閉店して久しいが今はどうなっているのか、できればもう一度行きたいものだ。
今日は富士山がきれいに見えた。
河口まで18km。
荒川左岸を下る。

葛西臨海公園より河口まで一気に下る。荒川は左岸の方が走り易い。
河口から葛西橋まで引き返し清砂大橋から久々に中川左岸を走る。
ここは闘病後、はじめて30km巡航(ほんの僅かだが)ができたところ。一時はもうサイクリングもできないかと思ったこともあった。
あのときの涙が出た感動は忘れられない。今思うと相当追い風だったが‥‥
ベイエリアゲートブリッジを対岸に望む。
久々に荒川河口橋を渡る。荒川河口橋は桁下が27mある都内で3番目に高い橋である。とはいえ55mのゲートブリッジ・52mのレインボーブリッジの半分ほどだ。


この舗装!車道は自転車走行禁止だったか、というより危なくて走れない。上流側に走行可の
歩道がある。自転車に乗ったまま通れる橋としては都内で一番高い。24時間通して通れる。長さも一番かなぁ。
でも
、このあらびき舗装は如何なものか‥‥。スリックタイヤの天敵みたいだ。
結局パンクにビビッて押して歩いてしまった。
パセラブラックスは滅多なことではパンクしないけど
‥‥

走行58km

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プチポジチェンジ追伸

ステムクランプバー側31.8mmクランプのステムに26mmのストーカー26バーを取り付けるにはクランプシムが必要である。
自宅ストックで使用したのがディズナの4ピースシム(バズーカからも同型がでている)である。
通常なら軽量で、且つフランジがあるのでバーが固定しやすい。

4pクランプシムところがエイカーのLAITステムはボルトの間隔が上下非対称となっているためフランジがクランプに密着しない。
もともとシムでの固定自体が推奨されているわけではないので、どこまでが安全か危険かの判断は難しい。ただ自分的にはフランジが密着しない状態は気になるので、なにかいい方法がないか物色する。

2pクランプシムこのようなものを見つけた。サトリのZOOM/HSS−05クランプシム。
幅45mmでフランジのない2ピースシムである。
さすがに4pと比べると倍近く重たいが、見た目は非常にすっきりとした。

装着本来、ブルホーンはハンドルバーにかなりの荷重がかかるのだが、タウンライド専門でドロップより高い位置にバーをセットしてある状態では、メンテを怠らなければ許容リスクだろう。但し、よい子は絶対まねをしてはいけない。

しかし、サトリを外した結果、またサトリのお世話になるとは‥‥輪廻転生‥‥。
いい加減悟ったほうがいいんじゃないか!


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プチポジチェンジ

MR−4をサトリ1+ディズナ90現在のポジションにして14ヶ月ぶりのポジション修正。
今までは、サトリハイライザー+ディズナアングル73゜ステムで、サドル高950mmiに対して、ハンドル軸高930mmとほぼ水平にしていたが、AC−02が来て以来、高さに違和感が生じていた。AC−02と比べるとハンドルが高くて遠い(TS−7は更にハンドルが高かった‥‥見晴らしはとてもよかったのだが‥‥)。


ハンドル高おまたが痛くなる原因として、サドルに重心がかかっていることもあるが、ハンドルが前過ぎることによって、サドルの前方部に座ってしまい、お尻がちゃんと乗っていない現象が多々あったようだ。
サドル中心からハンドル中心まで610mm。これも調整する。




ハンドル高低下現在のサトリ?をやめて、ディズナを逆付けすると、今より前に飛び出してしまうので、近所のUショップでハイアングルステムを見つけて取付ける。短いのがなかったのでスペーサー位置で調整(写真では15mm下降。その後更に10mm落とす)。
MR−4はコラムチューブとシートチューブが平行でないため、背の高い人が乗るほどトップチューブ換算長が縮まり、背の低い人に合わせるほどトップチューブ換算長が伸びるという面白い構造のバイクである。

新セッティングステムの上にスペーサーが載るのは好みではないが、コラムカットの度胸がないのでとりあえずそのまま様子見。しかし、これだけで期せずして170gの軽量化にもなった。
ストーカー26は、その名の通りクランプ径が26mmなので、なぜか自宅にたくさんある4ピースの31.8mm→26.0mmのシムを咬ます。
今回、4Pフランジ付きシム(バズーカタイプ)はステムの先端形状が影響しフランジがピッタリ納まらない。自分はこの手の不具合は慣れっこだが、ある意味とても危険ではある。良い子はまねしてはいけない。
要対策事項。

最終的に、サドルとの高低差45mm。高さで25mm低く、突き出しで10mm短くなった。
これでおまた対策と風対策に少し効果が出るといい。あとは首に来なければいいのだが‥‥
これでも巷のローディさんと比べると、サドルとハンドルバーの高低差はまだ少ないポタリストポジションの域である‥‥。


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livedoor プロフィール
愛車紹介

1.PRESAGE U31
愛称KARANO号
  :いまや歴史遺産となりつつある3.5L/フルタイム四駆。最近は金欠でタコメーターしか見なくなった。

2.MR−4
  :GIANTのロングセラーフォールディングバイク。輪行・街乗り・お買い物でママチャリとのK1とオールラウンダーな一台。唯一の現役販売車種。

3.ALPENCHALLENGE   AC02
  :レーサー志向の本格バイクを投入する『BMC』の珍しい26インチクロスバイク。

4.トランジットセブン
  :今は娘の愛用となっている、BSの20インチフォールディングバイク。オヤジにサイクリングすることと、カスタムすることの両方の楽しさを教えてくれた逸材。
  
  
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