KARANOがれーじ

KARANO 枯野 1.古事記に登場する仁徳天皇所有のハイスピードクルーザー。毎日灘波と淡路を往復し清水を宮に運んだ。 2.我が愛車のニックネーム。毎週我が家とスーパーを往復しPBの飲料水を運んでいる。 3.枯野さん(ハンドルネーム)。 鍵穴型古墳マニア。持病持ちポタサイクリスト。

PRESAGE

上毛野古墳王国遠征 下つ巻

34天川二子山古墳北東側全景34天川二子山古墳3神社から前橋市街を抜けて旧利根川流路である広瀬川台地

に向かう。区画整理された新興住宅地の中にいきなり現れる100mを越える大型古墳は『天川二子山古墳』。駐車スペースはない。スルーしようと思ったがかなり良い保存状態で見学しやすいので、ほんのわずかな時間路駐させてもらい撮影する。横穴石室をもつ古墳とされているが未発掘のようだ。



『天35八幡山古墳135八幡山南西側全景川二子山古墳』から東南2kmのところに隣接する2基の大型古墳がある『八幡山古墳』と『前橋天神山古墳』である。この2基は今回のツアーのきっかけとなったメインイベントの古墳である。この2基だけは外すことはできない。八幡山古墳の横はグランドになっており、グランド使用者が停める広い駐車スペースがある。八幡山古墳は4世紀中葉に築かれた、墳丘長130mという東日本最大の前方後方墳である。毛野の地域勢力はそれぞれ前方後方墳から前方後円墳に移行するパターンが多い。その中でも際立って大きく保存状態もいい古墳である。

36前橋天神山古墳436前橋天神山古墳3幡山古墳から住宅地の中を歩いていくと住宅に囲まれた、不思議な盛土がある。20数年前、独立王権として関東全域に君臨した毛野王国の存在がセンセーショナルに唱えられていたころ。毛野王国の繁栄の象徴としてのシンボルマークとされていた『前橋天神山古墳』の名残である。今では独立王権としての毛野王国の存在は否定されているが、ヤマトの影響下のもとに北関東の地に栄えた血族連合の盟主的豪族の奥津城としての威容は変わらない。


群馬36前橋天神山古墳1県はもっとも後世に残すべき、郷土の誇りである遺産を失った。壮大だった墳丘は70年代初頭に開発により消失。前橋市発展の人柱となった。

消失以前に残された古墳全景写真を見ながら、かつてこの地に君臨した強大な権力とその威容を偲ぶことにしよう。




37お富士山長持形石棺37お富士山古墳全景1駒形バイパスに出て伊勢崎方面に向かう。オートレース場を過ぎ左折し広瀬川と両毛線の陸橋を越えると左側に小高い森が現れる。『お富士山古墳』は前方部を線路で削消されているが後円部は神社として残されている。境内には長持ち式石棺が置かれている。これはヤマトの影響を色濃く残すもので、関東には太田天神山とここにしかない。ここの被葬者は太田天神山の王と関係があるのか。それとも別の意図でヤマトに認められたものか。


冬の38大室公園日は短い。お富士山古墳から再び前橋市に入り、赤城の扇状地を北上すること9.5kmで大室公園につく。ここは大室古墳群を中心とした総合公園として整備されている。公園の南北に広い駐車場がある。すでに斜陽の中3基の古墳を回る。南駐車場に停めると右手に『前二子古墳』、正面に『中二子古墳』が見える。





39中二子古墳39中二子古墳全景二子古墳は大室古墳群最大の古墳で、毛野の有力豪族の共通の始祖である皇族『豊城入彦命』の陵墓との言伝えにより、過去より良好な保存状態が保たれてきたようだ。持ってきたのは公園整備される以前のガイドブックだったため周濠部が池となって水を湛えている写真だったが、今は空堀となっていた。



41小二子古墳240後二子古墳3二子古墳の北側にほぼ同時期の築造とされる『後二子古墳』と『小二子古墳』がある。後二子古墳は大室古墳群の3基の大型古墳中では最も新しく、規模も小さい。石室が見れるが立ち入りはできない。

小二子古墳には埴輪が飾られている。




38前二子古墳138前二子古墳2二子古墳は道路を隔てて公園外にあるが、保存状態はとても良い。3基の中では最も古い。後円部南側に石室がある。

大室公園はそこだけで1日いられるくらいの見どころ・遊びどころがあるのだが、20分程度しか時間の都合がとれなかった。捲土重来を期したい。




矢継ぎ早2日間の上毛野古墳遠征は終わったが、完全制覇には程遠い結果であった。

現地に来るまでの上毛野の古墳は、その大きさだけに気をとられていたが、むしろ多様な形状と見応えのある石室、数多くの副葬品に面白さがあった。上毛野地域には自由に立ち入り見学できる大型の石室を有する古墳も多く、情報源になる施設を合わせて探訪することで新たな楽しみ方につながる。その意味でも2日間では余裕がなかったことと、下調べの悪さから多くの見応えのあるポイントを逃してしまっていたことが悔やまれる。

車は遺跡間の移動時間が速いが、古代の時間的行動範囲との感覚のギャップがありすぎる。そういう意味では自転車の距離感のほうが多少なりと古代の感覚に近いということかもしれない。ゆっくり見学できなかった資料館や見逃してしまったポイントも含めて、必ずやリベンジを果たしたい所である。

今回は駐車スペースや情報摂取で博物館や資料館を利用させてもらったが、職員やスタッフの方々にとても親切丁寧に対応していただいた。皆さんありがとうございました。

 

2日間の走行 416km

燃料消費   47.36L

燃費   8.78km/L 結構頑張ってくれた。

音楽のお供

アルバム:[ホールド ミー]・[ベスト オブ ローラブラニガン]/ローラブラニガン


散策史跡・施設一覧

追伸
ランダムな資料より古墳サイズを掲示していたため、基本は群馬県教育委員会発行の『ぐんま古墳探訪』平成30年度版より、前誌見掲載だった古墳については群馬県立歴史博物館友の会発行の『古墳めぐりハンドブック』平成2年度版より参照修正した。


上毛野古墳王国遠征 参の巻

翌朝18二子塚古墳2は7:45出発。観音塚古墳を目指す。考古資料館は開館前だったので二子塚古墳と平塚古墳は路駐となった。
『二子塚古墳』は中型の前方後円墳だが保存状態はよい。周囲に大きな石材が無造作に散らばっているが古墳との関連性は不明。






『平19平塚古墳後円部19平塚公園塚古墳は』3つの古墳の中では最も大きいが周囲は鬱蒼とした竹林で全体像は掴みづらい。後円部から鞍部にかけては墓地となっている。







『観20観音塚古墳全景20観音塚考古資料館音塚古墳』の周囲を回ったが、停めるスペースがなかったため考古資料館に戻ったら門が開いていたため停めさせてもらって徒歩にて向かう。
観音塚古墳は終末期の前方後円墳で前方部が突出して大きい。






20石室120石室開口部古資料館の方に解放されている巨大な石室に入れるということで懐中電灯をお借りした。
資料館の方も同行されたが、国指定の史跡であるので、毎朝異常がないかチェックしているとのことだった。今回の探訪では、資料館や博物館の職員の方々がただそこにいるわけでなく、文化財保全のためにいろいろされていることがよくわかった。



21かみつけの里博物館121かみつけの里博物館5幡古墳群から『かみつけの里博物館』に向かう。
博物館や資料館は『撮影NG』というところが多いが、この上毛野の地においては、特定の撮影禁止展示を除けば、「撮影フリー」になっている。毎回「写真撮ってもいいですか」とお伺いをたてるのだが、「ダメ表示場所以外では、フラッシュ焚かなければご自由にどおぞ」という感じである。どこの施設もとても開放的である。
周辺を回るため、また艦載機で出撃する。積んできて正解だった。


今は22三ツ寺遺跡跡222三ツ寺遺跡跡1埋め戻されて何もない『三ツ寺遺跡』跡。これがかみつけの里の一部として完全復元されたら、まさにビッグミュージアムになるだろうと思われる、他とは群を抜いたスケールの豪族館跡である。この地の豪族は『車持氏』という見方も出ている。かつてこの地は榛名山大火で大きな打撃を受けたというが、その後も車持氏は衰退することなく、後に『東国六腹朝臣』として貴族社会の華を咲かせることになるわけだ。まあ、この辺じゃクルマが必需品というのは今も昔も変わらないということか。


23後円部頂上石棺23薬師塚古墳全景渡打古墳群で最も新しい『薬師塚古墳』、保渡田古墳群最大の『井出二子山古墳』、全体を吹石で再現された『八幡塚古墳』の順に回り博物館に戻る。
薬師塚は西光寺の境内にあるため、他の2基のように復元整備はされていないが、本堂の裏手から後円部に上がると、埋葬されていた舟形石棺が展示されている。ご本堂に手を合わせてからいくことを忘れないように‥‥



24井出二子山古墳全景24後円部から前方部渡田古墳群最大の『井出二子山古墳』。二重の周壕も含めて復元整備がされている。周壕の中に4つの『中島』という造出しのような不思議な施設がある。






25はにわ25八幡塚5渡田古墳群を代表する『八幡塚古墳』。過去に吹石で復元された古墳もいくつかを見てきたが、ここまでくると何か超古代もの的観すらある。
よくテレビ等でも紹介されている前方部に復元された埴輪はそれぞれ儀式の様子を再現している。ここは虫や蛇などの心配はなさそうなので、もっと暖かい季節に訪れたいものである。




かみ26七重塔復元模型26上野国分寺館つけの里博物館から総社古墳群に向かうルートの途中に上野国分寺跡があったため予定外にに立ち寄る。ここにはかつて60mの七重塔があったという。60mといえば東寺の五重塔より大きい。8世紀にこれだけのものが築かれるのは、やはり上毛野が古墳時代以降も東国の中心文化発信地であったのだろう。
さらにルート上には『山上碑』に関わりのある『山王廃寺跡』があるが、時間がなく今回は断念。廃寺と聞くとヨーデルが浮かんできてしまう。その『ハイジ』じゃないだろう。でもまんざら無関係でもないかも。仏教の浸透は『トライ人』に負うところが大きいのだから‥‥
総社27総社歴史資料館227総社歴史資料館1歴史資料館に車を停めて、資料館で周辺古墳の地図をもらう。ここはまた艦載機で回った方がよい。目の前にある『蛇穴山古墳』と『宝塔山古墳』を見学する。






28蛇穴山古墳石室28蛇穴山古墳1穴山古墳』は一辺40mの方墳、終末期の古墳である。

群馬県史によると、宝塔山古墳は『彦狭島王』墓、蛇穴山古墳は『御諸別王』墓の候補とされていた時期があったようだが、両王が4世紀の人物とすると時代が全く符合しないようだ。





29宝塔山古墳石室329宝塔山古墳石室129宝塔山古墳1料館の西側、道路を挟んだところに『宝塔山古墳』がある。一辺60mと龍角寺の岩屋古墳には及ばないものの、方墳としては大型である。共に石室は自由に見学ができる。



宝塔30愛宕山古墳石室230愛宕山古墳石室130愛宕山古墳1山古墳から北西500mほどのところに『愛宕山古墳』がある。石室開口部はすぐわかり立ち入りはできるが、入口は埋もれていて砂埃だらけになる覚悟が必要。雨天や雨上がりでは泥だらけは必至だが内部は一見の価値がある。

『総31総社二子山古墳531総社二子山古墳1社二子山古墳』は総社古墳群としては最大にして最後の前方後円墳である。ほぼ素通りしてしまったため、2つの石室があったことを通過後に気付いたが時間的余裕がなく引き返しを断念。遠見山古墳に向かう。






32遠見山古墳1見山古墳は総社古墳群の中では古い部類の古墳で横穴石室はない。現在は何か発掘調査中のようだ。
山王古墳まで足を延ばすつもりだったが、ここも時間的に割愛せざるを得なかった。







33上野総社神社1料館に戻り艦載機を収納。上野総社神社に向かう。上野国549柱の神々の総鎮守で、県内でも最も由緒ある社の一つである。上毛野氏の祖『豊城入彦命』の創建と伝えられるが、ここを訪れた理由は、かの『上毛野君小熊王』が「社殿を改築し郷名に因み『蒼海明神』と称え里人の崇敬を集めた」とあるからである。
『上毛野君小熊』の名は、史書に初めて『上毛野君』の称号が付いた王である。『君』はカバネの中では最も高く、畿外で一定の規模と大幅な自治権を認められた地在豪族に賜る地位である。しかしそれはあくまでヤマトの支配制度の中で存続するもので。ヤマトの影響外の独立主権に対するものではない。



小熊のおみやげ33上野総社神社2系譜は不明である。竹葉瀬を祖とする上毛野氏の直系ではあろうが、父母も子も記されてはいない。武蔵国造の乱ではヤマトに敵対したかのような描かれ方をしているが、総社神社の由緒のように、上毛野国内では民衆にも支持された王であったともとれる。
いまの社殿は戦国時代以降今の地に移されたもので、それ以前のものも小熊時代のものではないだろう。県内有数といわれるパワースポットにお参りし、小熊王にあやかり土産にお守りを買う。


上毛野古墳王国遠征 弐の巻

『綿12石室12綿貫観音山全景12綿貫観音山古墳1貫観音山古墳』は今回の古墳の中で唯一過去に来たことがある古墳である。盗掘を免れたのかかなりの貴重な出土品が出ている。駐車場も広くトイレもある。


13綿貫不動尊13不動山古墳3音山駐車場より搭載した艦載機で出撃。不動山古墳と普賢寺裏古墳を見る。






『不動13不動山古墳全景13不動山古墳石棺山古墳』はその名の通り綿貫不動尊となっている。後円部の階段を上りと不動堂が鎮座している。お不動さまにお参りしてから不動堂の裏手に回ると、発掘調査でに使った舟形石棺が置かれている。前方部はかなり変形して100m級の古墳には見えない。






14普賢寺裏古墳賢寺裏古墳はお寺の境内を回っていくのだが、時間がないので割愛した。住宅地の間から古墳の一部を望むことができる。








綿15後方部より前方部15東側より全景貫観音山古墳から『元島名将軍塚古墳』に向かう。博物館でアドバイスを参考に、裏の道に路駐する。駐禁標識はなく、ご近所の迷惑にもならないだろうがあくまで自己責任である。






『元15元島名将軍塚島名将軍塚古墳』は毛野地域でも初期段階の古墳とされ、数少ない前方後方墳である。時間があれば『高崎市歴史民俗資料館』に車を停めて歩いていけば、帰りに将軍塚の出土品も見ていけるのだが今回は割愛する。







16洞窟観音通路116洞窟観音入口日の古墳探訪はここで切り上げて、せっかくの一泊旅行なので観光もしたい。
宿は高崎市内に取ってあるので、チェックインまでの間、高崎観音山の『洞窟観音』と『高崎白衣大観音』を見学する。
洞窟観音は個人が資材を投入し手掘りで掘られた洞窟である。大船にある『田谷の洞窟』のようなイメージだったが、修験洞ベースではなく、元々万人のためにつくられたものなので、足場もよく歩きやすい。全長は400m程だが、見ごたえはある。

16洞窟観音416洞窟観音5着は15:40。16時閉門なのでちょっと焦ったが、10分ほどで回れるとのこと。入口で安置されている観音さまのご利益一覧表?をいただいたが、守り本尊である『千手観音さま』には「万能の観音様」と書かれていた。流石千手観音さま。よろずOKということか。





17高崎白衣観音317高崎白衣観音7窟観音からつづら折りに走り、観音山の白衣大観音に行く。こちらも16:30閉門ということだが、30分弱あるので十分だろう。
白衣大観音はかなり前に一度訪れているが、胎内がどうなっているか忘れてしまっていた。
胎内に入ると、東京湾観音のような螺旋階段ではなく、直線階段で上階に上がる。内部は9階まであり各階に神仏が安置されている。最上階は御肩の部分で外部展望台はない。小窓から高崎市街が一望できる。
本日最後の拝観者だったようだが、閉門までには余裕があった。本堂である慈眼院にお参りしていく。



この17高崎白衣観音8ハートは何だぁ。
今は縁結びの赤い糸キャンペーンもとい、祈願祭の期間中なのだそうだ。観音さまから赤い糸が前後に結ばれている。

高崎市内で一泊する。仕事ではないので宿泊費制限もないが、大浴場・駐車場・朝食込を考慮すると、仕事で指定されるホテル相場より割安感がある。大浴場(といってもそれほど大きくはないが‥‥)がゆったり貸し切り状態だったのが大満足。マッサージ機があれば文句なしだったのだが‥‥


上毛野古墳王国遠征 上つ巻

先週要所からのオイル漏れが発覚。シーリング剤での応急処置なので様子みいみいの走行でやってきたのは、現在も残る律令制国での上野国。古の『毛野』と呼ばれた沃野の中心、群馬県前橋都市圏。

今回はいよいよ20有余年来の念願であった上毛野中心地域の古墳探訪である。

前橋都市圏は群馬県の中核を成す地域で、それは古代から受け継がれているのだ。オヤジの古墳めぐりのキーとなる『墳丘長100m以上の大型古墳』をとっても探訪ルート内に15基あり、1日では回れない。

ルート称古墳マニアながらこの歳まで関東でも最大の大型古墳密集地、上毛野エリアを訪れていないのは、遠方であるだけでなく、見どころ満載の大型古墳が多すぎて一度では回れないため、機を逃していたということもあるが、『真打は最後の楽しみ』にしたいということが根底にあった。

元々は輪行ツアーで計画したものだったが、今回はサイクリングすることより少しでも多くのポイントを回ることを優先にするため、車による探訪に切り替える。古墳探訪目的としては1泊2日の計画も初である。


AM7:30 富岡IC着。

一抹の不安があるものの、ショックを変えてからはやはり快適な旅であった。

 

1笹森稲荷1笹森稲荷参拝者駐車場回は訪問ポイントが多いため、各古墳及び遺跡の概要は一覧にまとめた。今回は車で来たので道路状況や駐車ポイントなどを特筆。

本日の第一弾は『笹森稲荷古墳』。

鞍部が大きな社殿のお稲荷様になっている。先ずはお稲荷様に本日の無事を祈願。



笹森1笹森稲荷古墳全景1笹森稲荷後円部へ稲荷古墳は100m級の大型古墳だが大きな社と木々に覆われて全体像がつかみにくい。

事前調査が不十分で、かなり大きな横穴石室があるのを見逃してしまった。

参拝者のための広い駐車場とトイレがある。



2天王塚古墳12天王塚全景笹森稲荷古墳から5分ほどで『天王塚古墳』につく。80m級の古墳だが全体像がはっきり見えるのでそこそこの迫力がある。後円部に舞台のような施設がある。後円部から見る浅間山が見事。

車3台くらいが停まれる駐車スペースときれいなトイレがある。古墳までの道は狭い。

すれ違いはおろかミラーをたたまないと抜けられないような道が結構ある(5ナンバーなら問題ないが)。

3多古碑正面3多古碑1はあまりにも有名な『多胡の碑』。新設の多胡郡と、渡来人の『羊』さんという人が郡司に任命されたことが刻まれている。7世紀ころから上毛野は多くの渡来人が入植してくるが、ヤマトの毛野に対する牽制か、毛野が積極的に迎え入れているのか。上毛野氏は『皇別』という上級氏族でありながら渡来系の系譜も持った不思議な氏族である。

道は狭いが案内板などはしっかり整備されおり、広い駐車場がある。



3多古碑古墳23多古碑記念館の裏に多古碑記念館と竪穴石室を持った小さな円墳がある。

資料館はまだ開館前なので、古墳を見ていく。





次に4稲荷山後円部より全景4稲荷山古墳全景IMG_3508向かうのは『白石稲荷山古墳』。R254を左折し県道173に入ると目前に巨大な墳丘が見えてくる。思わず車を止めて見入ってしまった。墳丘長140m、後円部高12mだが河岸丘の縁に築かれているため、巨大古墳クラスに見えてしまう。見事な演出効果である。




後ろ4前方部から後円部に止まった車の方とお話をしたところ、藤岡歴史館の方だった。これから回るルートなど話して、駐車スペース等情報をいただいた。藤岡歴史館に立ち寄ることを勧められたが、時間の都合で寄れなかった。ごめんなさい。いつか機会を取ってまた来ます。

丘陵の上に面した後円部からの展望が素晴らしい。白石稲荷山古墳に駐車場はないが、前方部前に空き地があり停められる。



白石5恐怖のS字稲荷山古墳から藤岡歴史館の前を通り、教習所より狭いガードレールの無いS字の急坂を下ると『七輿山古墳』につく。南側の空き地に停めたが、北側にきれいな駐車場とトイレがある。大きな車は遠回りでも県道回りで来ることをお勧めする。怖かった。





5七輿山25七輿山前方部より全景若いころ、スキーや林道ツアーでよく通った道で、大きな古墳があることは知っていたが、ついに今まで訪れることができなかったところである。河岸段丘の下側にあるにもかかわらず、後円部より高い前方部と広大な周壕が迫力満点である。一部には『上毛野君小熊王墓』との見方もあり興味をそそる古墳である。



5首なし羅漢5七輿山南全景2輿山には羅漢像があるがすべて首なしである。神仏分離により神の聖域に仏は邪宗という意味合いから首を切ったらしいが、ぞっとする光景である。七輿山という由来も「昔、謀反を起こしたとされる豪族の妻子7人が、この地で自害し、7つの輿に入れられた」という言伝えによるもので、その豪族は多古碑に出てくる『羊』さんと同氏名。同族か。



七輿6伊勢塚石室26伊勢塚古墳全景山の北側のバイパスのローソンでお買い物をする。ついでにローソンのすぐ裏の『伊勢塚古墳』を覗いていく。小円墳だが石室が見事である。あくまでお買い物のついでなので早々に切り上げる。





7山上碑と古墳7かなり山の中川を渡り『山上碑』と『山上古墳』に立ち寄る。名前の通りかなり山の中である。多胡の碑は結構オフィシャルな内容だが、こちらはこの地の僧が母親の死に際して古墳に埋葬したというプライベートな内容である。山上古墳は埋葬者名がはっきりわかる数少ない古墳の一つである。




7山上碑17山上古墳石室7山上古墳2処から本日のメインエベント、『倉賀野浅間山古墳』に向かう。ヒ(碑)マニアからすると上野三碑といわれる2つに行って『金井沢碑』に寄らないのかと突っ込まれそうだが、あいにく碑マニアではない。




浅間8大鶴巻前方部から8大鶴巻古墳全景山の前に『大鶴巻古墳』・『小鶴巻古墳』による。住宅地の中にあり駐車場はない。団地の空き地に短時間停めさせてもらったが、基本は駅前の駐車場からレンタルサイクル等で回る方が良い。





大鶴9小鶴巻古墳全景巻古墳は住宅地の中にあるが、周壕部が畑となって残っているので全体像ははっきりつかめる。後円部から小鶴巻古墳の一部が望める。長時間停められないので小鶴巻古墳まで行くのは断念する。

県道に出てスーパーの駐車場に入る。ここからすぐ裏の『倉賀野浅間山古墳』に行く。

料金制なら堂々お金を払うのだが、ゲートの無い駐車場なのでスーパーでお買い物をすることを忘れてはいけない。




『倉10倉賀野浅間山北東より全景10南より全景1賀野浅間山古墳』、墳丘長県下2位、関東でも3位という大型古墳。今は住宅地になっているが保存状態は悪くない。太田天神山のように2重の周壕を形成しており、稜域の総長は250mに及んだとされる。広大な内壕ははっきりと形を留めている。稜域総長360mの超ど級太田天神山が築造されるまでは関東最大の陵墓だったとされる。航空写真でも圧倒的インパクトがあるのに、実際初めて目前で見る浅間山は大型古墳共通の「他を圧倒する威圧感」がない。写真を撮るにも全景が入らず困るくらいの巨大さなのになぜだろう。

10後円部への道10後円部正面方部は冬にも関わらず鬱蒼としている、後円部の頂上は開けていることが多いが、ここはやはり草茫々。頂上からの景色も上毛野の最高首長墓をイメージする天下を望む景色でもない。

この地が選ばれた理由は何だろう。古墳の比定地には必ずビジュアル的効果が盛り込まれる。築造当時の形状や周囲の地形も今とは全く違っていたのかもしれない。


スー11常設展示11県立歴史博物館パーに寄ってお買い物をしてから、次の『県立歴史博物館』に行く。ここは常設展示として『綿貫観音山』の出土品を中心として古墳時代の展示が多い。流石古墳大国群馬也。

博物館で職員の方に元島名将軍塚の駐車スペースを尋ねる。詳しいスタッフに聞いて回ってもらったのか、別のスタッフさんが地図を作ってくれた。結局周囲の駐車可能な場所での路駐しかないようだ。


11レストランころむす昼食11お土産ュージアムで、小冊子を買って、美術館に隣接するレストランで昼食をとり『綿貫観音山古墳』へ向かう。

途中に不動山古墳と普賢寺裏古墳がある。どちらも参拝者用の駐車場はあるはずだが、時間があれば観音山駐車場から十分歩ける距離である。




 





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マイカー回想

幼い頃、母がよく言っていた。
「お前が大きくなって会社勤めで上役になったら、車を買って乗せてもらえるかもしれない。それまで生きてるかわからないけど。」
東京オリンピック前後、高度経済成長の波に乗りモータリゼーションは身近なところまで来ていた。マイカーを生涯の夢としていたほど我が家は貧乏ではなかったはずだが、戦前・戦後を山村で過ごした母にとっては、車は軍隊か特権階級の乗り物との意識が抜けなかったようだ。
時代は母の想像を新幹線並みに追い抜いていった。ポンコツながらわずか十数年後の学生時代に車を持つことができた。
オフロードバイクに乗っていたこともあり、車も林道や河川敷の未舗装路が好きだったが、ラリー車に興味があったので、もっぱらクーペタイプの乗用車志向だった。

社会人としてそれなりの給料ももらえるようになり、結婚の話が出始めたころ。
当時はWRCで4WDクワトロが世界を席巻しており、国産ではレオーネがG1で実力を発揮していた時代だ。当時オヤジにとっては『明日はレオーネ、いつかはクワトロ(三越のキャッチコピーのパクりか?)』であった。
そしてあの衝撃、「レオーネのサファリグループA優勝」。総合では6位だったと思ったが、そんなことより、『ノーマルでサファリを制した(もちろんグループAといえども全くの市販車ではない)クルマ』はオヤジにとっては奇蹟の車だった。
RX-2RX-2(2)986年4月、待望のRX2クーペ発売。結婚資金以外の全貯金を下ろして即購入。購入後、車高アップと異形樹脂ヘッドライトから当時レオーネバンの仕様だったガラス角目4灯にしてハロゲン100W4灯に変更。新婚旅行は車での北海道・東北旅行となった。

RX-2−3RX-2−4オーネRX2はオヤジには国産車の到達点であった。この車で富士JJに行くのが何ともいえない快感だった。長く乗るつもりだったが、事故を起こし正面を大破した。保険が満額下りるから買い替えた方がいいという保険屋の意見を退け直して乗ったが、その後故障が相次ぎ、結婚後親を乗せるようになって2ドアの不便さを指摘されるようになり、泣く泣く6年半で手放した。今でもカミさんはあの車が一番よかったという。

夢にまで見た車だから後継車種が見当たらない。でもクワトロ買うお金なんかない。行き当った車が『エテルナZR−4』だった。当時2L最強といわれたVR−4の姉妹車だ。当時210PSは3Lクラス以上だった。これならレオーネから乗り換えても満足するだろうと決めたが、残念ながら『いいねマーク』が付く車ではなかった。確かにパワーはすごい。高速は楽だ。質感もレオーネより格段に良い。でもなんとなく面白くない。操作性は重く、林道をがんがん走れるわけでもない。3年半乗ったがこの車には強い印象がない。今となっては写真も残っていない。

エテルナを買って、しばらくしてからある写真に出会う。カーショップかスタンドの待ち時間だったと思う。
ステZG40ーションワゴンのようだが、今まで見たことのない洗練されたデザイン。1カットの走行写真だが小さくチェロキーの文字があった。チェロキーはクライスラーのジープブランドの4WDで当時低価格戦略と右ハン仕様で日本に攻勢をかけていた車である。チェロキーは知っているがこんなかっこいい車ではない。何か別の記事だろうくらいに読み流してしまった。
しかし写真の洗練されたデザインがどうしても気になり、当時チェロキーを扱っていたホンダに聞いてみて、それがカーライフを大きく変えることになるグランドチェロキーという車であることを知る。



現物ZG40-2を見て「これは絶対欲しい」と思った。外装・内装ともに洗練されたデザインは、それまで抱いていた「アメ車はダサい、四駆はごつい 」というイメージを完全に粉砕した。そしてその瞬間アウディはどこかに消えてしまった。
4Lと5.2Lを配するGチェロキー、5.2Lで470万は現代のコンパクトカーやエコカーと比べたら200%以上の割安である。車体からみたパワーバランスではむしろ4Lで十分というものだった。4Lと5.2Lの差は40万円。本当に悩んだ。
しかし、エテルナも安い車ではない。車検とる前に買い替えるほどの余裕はない。ペンディングに近い状態で、パンフを眺める日々が続いたある日。たまたま同僚に車が欲しいことをを話したところ、クライスラージャパンに親友がいるから紹介するという、思いもよらないめぐりあわせが舞いこんできた。
早速紹介してもらい商談に入ったが、親友の同僚だからか、こいつは絶対逃げないと思ったからか、1年後のマイナーチェンジに合わせて4Lが右ハンドル仕様化、しかもチェロキー戦略に合わせて大幅プライスダウンがあるから待てという。
「1年でも2年でも待つ、予約もする」と唾をつけて1年。
そしZG40-3ZG40-4て96年春、遂に我が家にZG40LTDがやってきた。
下取りもあったが、諸経費込で400万円でマイナーチェンジの新車GチェロキーLTDを手にした。下がった分の費用で100ハロゲンとランチョの室内コントロール付のエアサス2.5インチアップキットを装着した。
それからは林道三昧の生活だ。2.5インチアップしてもパジェロやハイラックスよりローフォルムなボディに高級サルーン並の内装、本革電動シート。ベースアンプ付きインフィニティオーディオ。RAV4‐Vと変わらないサイズに4Lエンジン。これで林道やダートをほいほい走れるんだからもううれしくてたまらない。関東甲信越の林道を走り回った。『SUV』というジャンルが定着しつつある時代だったが、見せかけだけのなんちゃってSUVとは違い、モノコックボディ以外はクロカンと互角である。林道・スキーそしてプレステージ。歴代車で最も楽しいカーライフであった。

7年半で10万km乗った。頑丈が取り柄のJEEPと思っていたが、さすがに故障の連打に見舞われる。オヤジ的にはWG4.6Lが欲しかったが、貧乏家計のやせ我慢は限界だった。両親が年老いてリフトアップの車体に乗れなくなったこと。子供ができて5人乗りでは対応できなくなったことでミニバンを探すことにした。

丁度このころ目にしていたのが、奇しくも今の車プレサージュであった。ミドルクラスのローフォルムミニバンの多くの車種が3Lを最上グレードにしていた当時、3.5L、しかもデフロック付き4WD仕様があることに驚いた。ただ、Gチェロキーと比べるとあまりにもチープな内装と、林道はおろか砂利道も走れないんじゃないかと思われるフォルムに躊躇している間に、世話になっているセールスが次期車種を見つけてきた。
凡ボイジャー2イスラーボイジャー。紹介されたのはショートボディーながら、3.8LのAWD。かなり重とろい車だったが質感はそれなりによく、1950mmというワイドボディーに、初めての四灯HID仕様は結構気にいった。
しかし、ハズレだったのか細かいトラブルがボディーブローのように効いてきた。そのころはアメ車ピンチの時代でクライスラージャパンも閉鎖し、Gチェロキー以来よくしてくれたセールスも辞めていたので、クライスラーへの未練はなくなっていた。


唯一WG4.6Lへの未練を残しながら、後継ミニバンを探し始めた。
候補は出たてのMPV2.3L4WDターボ。しかしネックはやはり価格だった。ボイジャーも飽きたわけでもないので、トラブル時は日本車ディーラーに持ち込み、なるべく修理代をけちってだましだまし乗っていた。
そのkarano09karano年の10月、メッセの帰りに立ち寄ったカレストでこれまた運命というべき現在の愛車に出会う。
2004年式3.5X4WD「林道はおろか砂利道も走れない」とこぼした車である。
何故か検切れの車であったし、当時は『赤』い車には抵抗があった(因みに今は赤大好きである)。
しかし、上級グレードのフルオプションなのに安い。走行も1万kmそこそこなのに諸経費込で新車購入の約半額である。同年式の2.5Lモデルより20〜30万安い。思わず『ワケありを疑ったが、セールス曰く「廃車になっているがワンオーナーで事故はない。2.5で十分な車なので、維持費や燃料代の高い3.5は需要がない」とのことだった。
八柱霊園さくらエーデルワイス2ことにした。さすがにこの価格でボイジャーを高価に下取りはできないといわれたが、車検費用くらいは賄えた。規定でタイヤは新品をつけるというので、差額払いでワイドなスタッドレスにしてもらった。
安く買った分、今までのどの車よりアフターパーツに注ぎ込んだ。
12年半と保有期間も走行距離も歴代トップとなった。そして修理代も前面大破で満額の保険代を使ったレオーネは別として、Gチェロ・ボイジャーを抜いて、累積ではトップとなってしまった。
この車を買って正解だったかはわからない。でもたぶん正解だったのだろう。ケチつけながらも飽きずに乗っている。
だが、現行車もカーライフの終焉まで乗れるわけではない。次に買う車がおそらく人生最後の車となるだろう。『サポカーSW+4WD+フルサイズチャリが積める』で探そうと思う。しかし、歴代の愛車たちのコスパを考えると、現代の車は高すぎる。
車に対する価値観は人それぞれだろうが、ハイブリッドや安全サポートなどの付加価値が充実したとはいえ、軽や1.5Lさえ手軽に買える値段ではない。次も気長にUカー探しになるだろう。







2019年初乗り(車編)

役所2019初乗り22019初乗りの仕事始めの4日
所用で宇都宮にいく。
ショック交換後初めての長距離である。
今日も雲一つない快晴である。





用事2019初乗り42019初乗り3があったのは市役所。
1時間程度の滞在である。申請書類を受け取れば用事は終わりだが、せっかく来たので周囲を散策する。






別の2019初乗り52019初乗り6用で県庁まで足を延ばし、最上階の展望ラウンジまで上がる。
日光の山並みがきれいだ。遠方には那須の山々も望める。





2019初乗り72019初乗り8都宮といったら餃子である。
県庁の近くの『香蘭』という餃子店に行ってみた。
お昼を回っていたにも拘らず、かなりの待ち客がいたが回転は速い。
二人で焼餃子・揚餃子・水餃子各1人前とご飯2杯を注文。950円也。個人的にはやはり焼餃子がいちばん旨かった。


県庁宇都宮城趾2宇都宮城趾1南別館の売店で土産を買って、パーキングの前の宇都宮城趾を見学する。
かつての北関東の雄、『毛野氏』の末裔ともいわれている名門宇都宮氏の居城。そして江戸時代になってからはかの有名な『宇都宮吊天井事件』で失脚した家康の懐刀、堀田正純の城主時代に将軍陣屋として整備された城郭は、現在晴明台・富士見櫓など本丸の1/3ほどが復元されている。


帰路は4号ひた走りの下道で帰る予定だったが、用事以外にちょっとゆっくりしてしまったことと、高速の渋滞がほとんどないようなので東北道経由に帰路をとることにした。

本日走行 272km 
270km走ってメーターが半分は大健闘。街乗りでは180km程で半分を割りこんでしまう。
ショック交換とアライメント調整の効果か高速ドライブは快適だったが、久々距離を走ったのでちょいとつかれた。自動運転ほしい‥‥

2018リフレッシュ

10月末に7回目の車検をとる。
このリフレッシュ数年、走行距離がめっきり減って、やっとオーバー10万km車検となる。 年式相応なのか、ロングドライブがなくなり、ほとんど買い物とちょい乗りだけになったためか、このところ定期的に何某かのトラブルに見舞われている。始終ドック入りしている愛車を見ると、通院三昧のオヤジ同様「年取ったなー」という感慨も出てくる。

年をとると医療費が嵩むものである。


修理代がかかっても手放せない車ではあったが、家族も減って、そろそろオヤジ自身の『衝突防止安全機能』がいかれてきたので、数年後の定年に合わせて小さい『サポカー』に買い替えようと思っている。

今回、長くとも次回の車検が最終である。とはいえ乗っている以上はオーナーとして妥協できない点もある。もやもや乗り続けるのも嫌なのでライトと足回りをケアすることにした。

足腰と目は老化のバロメーターである。

 

   HIDバルブ交換

カットラインがでたカットラインなしッドライトの焦点がおかしく、車検前点検に出したところ、左右レンズともカットが全くない状態で、このままでは車検通せないという事態になる。重度の白内障である。10年以上の55Wの強烈な熱と紫外線によるダメージらしく、急遽純正左右ライトASSYの交換となった。オークションにて購入し、取付けと作動確認をしてもらい回復。そのまま車検整備をとおす。

交換前と交換後。55Wはまだ純正に比べて明るいが、ラインは消滅し焦点がぼやけてしまっている。

 車検スキルカバー1アイマスクなし後、55WHIDのバルブ点検と再セットを、埼玉県の販売元ショップに依頼したところ、バルブ側にも問題が発覚。

劣化がひどく照度光量がかなり落ちているため、55Wの再インストールならバルブ交換を勧められる。今着いているノーマルのまま乗る選択もあるが、乗るたびほかの車と比べて暗いとぼやくのも嫌なのでバルブ交換を依頼。



『L55WOUD』はもともと安いブランドではなかったが、近年ネット通販で純正交換型パワーアップキットが安価で浸透しているため、通販45Wキット取付と変わらない費用となった。

ヘッドライトを交換し、久々にライトカバーをとった状態。レンズが少し曇って見えるが、今まで着けていた焼けたレンズと比べると新品並みのクリアさである。しばらく純正スタイルのまま乗ろうかとも思ったが、やはり我が家の車の唯一の外装アクセントがライトカバーであるため、元のヘッドライトから取り外して付け直す。

復活した55Wの明るさがこれ。メーカーである88ハウスは四駆専門メーカーなので、四駆使用も考えているのだろう。四駆乗りにとって“光”はファッションではなく生命線である。

 

   ショックアブソーバー交換

すでリアフロントに10万kmを越えており、足回りのへたりがどうしても気になっていた。かなり抜けてしまっているのか、高速のコーナーや山間の道では恐怖を感じるような状況なので、せめて残された期間はフニャフニャ感に苛まれることなく走りたく、ショックの交換をすることにした。ショック交換はGチェロキーのコンプレッサー付きランチョ以来だ、

すでに生産中止から久しいPNU31の対応ショックさほど多くはない。車高調やローダウンキットを除くと費用的には、スタンダードな『カヤバニューSR』に絞られる。
ただショック交換といっても調整整備費用を含むと価格はピンキリ。行付け店舗で持込取付も検討したが、結局自転車で何度か前を通ったことのある江戸川区のチューンショップに飛込みで商談。
アラマウントアライメント測定イメント調整も含めてかなりいい条件だったので店頭注文での取付を依頼。
正直アライメント調整ってよくわからないので、車検のトー角調整だけもでいいと思っていたが、アライメント調整を含めたパッケージ価格自体がリーズナブルなのでお願いした。
作業終了時に、取付の状態・純正パーツの状況・アライメント調整結果などを丁寧に説明していただいた。
マウントやブッシュなど純正回りは変更しなかったが、やはり劣化は進んでいるとのこと。すぐにダメになる状態でもないらしいが、当初の予算より浮いた分やっておいてもよかったかと少し後悔。

ニューSRリアいんすとーる持していたカードが使えなかったため、現金前払オーダーとなったが、トータルではネット通販の持ち込み取付よりも割安で交換できて重畳、重畳!。
帰りは少し遠回りして、乗車感覚の確認。
乗った瞬間車高が上がったような感覚で気分がいい。
スタッドレス(ブリザック)のせいもあるだろうが、汎用用途のショックのためか、ごつごつ感は全くない。抜けきったショックが新品になったというくらいの乗り心地だが、ハンドリング・ブレーキ含めて、操作性は格段にクイックで軽くなった。
期待しただけの効果はあった。トランパスでの高速走行や峠道が楽しみである。


13復活年目に突入した愛車。しばらく不調続きや、ガソリン代の高騰で悶々としていたが、リフレッシュしてまた少し昔に戻った気分。

今年
我が愛車もオヤジと同じく循環器系の大病を患ったため、思いっきり回すのはちょいと怖いところだが、残り少ない期間の間、また大きなトラブルでのドック入りのないことを祈るばかりである。
フットワークと光を取り戻したことで、封印を解かれたVQ35がまた長距離クルージングにいざなってくれそうである。

 


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『関東三十六不動霊場巡礼』ファイル紅葉詣

5月から始めた『関東三十六不動霊場巡礼』もラスト2不動尊となった。
土砂降りの雨の祝日、午後から晴れる予報に期待し出かける。
残る2寺は1番札所『雨降山大山寺』と2番札所『大雄山最乗寺』。まさに今どきが旬の紅葉のスポットである。
最乗寺境内1降りとはいえ直前まで降っていた雨が上がった東名大井松田を下りて、まさに一本道の終点が2番札所『大雄山最乗寺』。直前までの雨のためかことのほかすいている。







瑠璃光明亭紅葉最乗寺瑠璃門門に続く石段の紅葉と光明亭の紅葉。
本来ならこの時期は大層混むのだろう。







最乗寺不動堂不動堂は御真殿からの下り階段の中腹にある。不動堂の横から発する『洗心之滝』は雨水も合わせて見事に流れ落ちる。







最乗寺境内朱印帳の差し替えに白雲閣の総受付に向かう。
「見よ、天候もあのように回復してきたではないか!」
なんだっけ。
これもお不動様のお導きか。雨で出遅れたため、もうお昼に近い。昼食を挟んで次の、そして最後の巡礼、1番札所『雨降山大山寺』に向かう。




大山ケーブルカー山麓駅から山寺にはケーブルカーで行くが、一番近い駐車場から山麓のケーブル駅まで362段の階段を上る。
ビルにすると12〜13階くらいか。普段4階までも上れない親父には途方もない試練である。しかしこれで音を上げていては「100マイル走破」などとても覚束ない。
土産屋には目もくれず、でもやはり音を上げてケーブル駅まで来ると、紅葉が労ってくれた。





大山寺女坂紅葉2紅葉1間の行き違いポイントにある大山寺駅で下りて大山寺に行く途中も、随所に紅葉が目を楽しませてくれる。





正面階段上から1正面階段下からして、息をのむのが正面石段の紅葉。








お参りを済ませて、御朱印帳の最後の差し替えを無事終わる。帰大山ケーブルカー2大山ケーブルカーりは15時を回っているのに登山者が続々登ってくる。この数日は夜間の紅葉ライトアップをやっているとのこと。夜までいられないのが残念。





カミさんの付き合いで、12年に一度の関東三十六不動霊場巡礼が終わってやれやれ。
でもなんか忘れた。
しまった‥‥!。
最後の札所、否、紅葉に高揚して1番札所である大山寺の写真を撮るのを忘れた!!35寺の不動堂はすべて撮ったのに!
不動明王は、またこの親父に362段の試練をお与えなさるか。
「のうまくさんまんだ ばさらだん かん」
「のうまくさんまんだ ばさらだん かん」
「のうまくさんまんだ ばさらだん かん」


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艦(ふね)が見たい

日曜日の午後、日用品の買い出しでイオンに行く。
湾岸線元のイオンというとトピレックプラザかスナモである。イオンで買い物をしてスタバでお茶するのが決まりのパターンだ。スナモの場合は上島珈琲店だが‥‥。
今回はちょっと遠い「ショッパーズプラザ・イオン横須賀」に行く。イオン東雲より少し遠い。レイクタウンより幾分遠い。ハイオクガソリン垂れ流しの車で高速料金を考えると、地元のクインズで買い物する方がたぶん安いだろう。
夜、昭島に行く用事があったのでちょっと寄り道する。江東区から昭島市に行くのに、横須賀市を経由するのが『ちょっと寄り道』にあたるかは置いといて、横須賀に行きたくなったのは不意に軍艦が見たくなったからである。家から横須賀まで高速湾岸線を使えば1時間ちょいで着いてしまう。


景観破壊ント久々に大黒パーキングに立ち寄る。
昔は、よく夜景を見に来た大黒PA。展望デッキに行ってみると‥‥
ありゃりゃ。橋もみなとも見えないねぇ。この巨大な壁の向こうには巨人がいるのかな。ベイスターズは巨人に食われてしまったのか。
こういうセンスも粋もないのは外資系企業だけだと思ったら、地元の日系企業というから少し寂しい。




ショッパーズ屋上イオン横須賀須賀ICからよくわからないまま、現金払いの『本町中山有料道』に入ると、いきなり眼下に軍艦が数杯現れる。
有料道路の終点はヴェルニー公園の横。ショーパーズプラザが周辺のどの米軍施設や海自関連の建物より、よほど要塞ヨーサイして聳え立っている。
屋上駐車場に止める。早速軍港のパノラマが見える。
流石トピレックの屋上とは違う??



軍港めぐりスタ軍港めぐりバで昼飯にして、今日のお目当て『横須賀軍港めぐり』の遊覧船に乗る。1400円也。日曜とあってかなりの反響である。
梅雨とは思えぬ暑さにめげて、空調完備の室内にする。しかし、写真を撮るならやはり上階層だろう。





軍港めぐり4軍港めぐり1覧時間は45分。船内に自販機がないので、特に夏は乗船の列に並ぶ前に飲み物を買っておくことをお勧めする。
出発すると進行左岸に海自の横須賀地方総監部、右岸に同潜水隊群司令部、その先が米軍横須賀基地になっている。
軍港めぐりの案内人さんが面白くわかりやすく説明してくれる。




『衝突のイージス』常は空母のドッグになっているというところに停泊している艦。あれが記憶に新しい惨事、『衝突のイージス』だそうだ。
船舶の衝突は珍しくはない。しかし一方が軍船だとことさら大きく取り上げられる。民間船と衝突するような艦が、有事の際役に立つのかという庶民の不安を、マスコミが増長するからだろうか。






引退艦引退艦2に任務をこなし引退していく艦もある。『掃海艦はちじょう』、機雷除去に活躍する1000tクラスの世界最大級の木造船だ。すでに除籍されており艦番号も消されている。機密保持のため解体されてしまうのだが、既に大型木造船の建造技師がいないため、木造の大型自衛艦はこれが最後だそうだ。技術立国日本の技術がまた一つ消えていく。




船をヴェルニー公園1ヴェルニー公園2下りて、『ヴェルニー公園』を散策。幕末のフランス人技師『ヴェルニー』に因んで名付けられた公園は
フランス庭園風である。だから『薔薇』なんだろうね。
以前にテレビに出ていたのってここだったのか。特別なところかと思っていたら、何と駅前だった。




ヴェルニー記念館2ヴェルニー記念館園の一番奥(駅からは一番手前だ)にあるヴェルニー記念艦。公園名のもととなったヴェルニーが設計した『横須賀製鉄所』に設置された『スチームハンマー』や製鉄所に関する資料が展示されている。
製鉄所は造船所となったが、その当時のドッグは今も対岸の米軍基地で現役なのだそうだ。




潜水艦2すずつき艦の見える公園だけあって、先ほどの遊覧船から見えた潜水艦や護衛艦などが身近に見える。ついさっき入港したばかりの潜水艦の名前はわからないが、護衛艦は『すずつき』とわかる。
さっきの受け売りかって?。厭々、タラップにそう書いてある。護衛艦のタラップがみなあんな感じとは思えない。民間人が最も目にするところだから、親近感の演出や宣伝効果を狙ってのことだろう。
トップのボケ発言とは関係なく、現場は頑張っていることはよくわかっています。

三笠記念公園珍しい公衆電話島行きにはまだずいぶん時間があるので、ヴェルニー公園を後にして米軍施設の対岸にある三笠公園に行く。
公園の前にあった珍しい『公衆電話ボックス』、というより『公衆電話』そのものが「珍しい」。






戦艦三笠戦艦三笠2港に停泊していた護衛艦より大きく見える『戦艦三笠』。実際、三笠の排水量は15,000t。自衛隊の護衛艦は3,000〜5,000tクラスである。帝国海軍なら軽巡クラスの大きさだ。大和やタイタニックのイメージで見てしまうと護衛艦も三笠も小さい。
とはいえ三笠は当時としては、最新・最大級の戦艦だったようだ。バルチック艦隊旗艦『国親父座ろう(日本海大海戦の観みすぎか)』でさえ三笠より気持ち小さかったようだ。今でもマストに高々と『Z旗』がたなびいている。
客船タイタニックにしろ、この三笠にしろ、船はこの時期のものが最も美しいと思う。
マスト三笠3覧料(乗艦料)600円。当時の価値換算が不明だが、今の100円を30万円相当とすると、観覧料1800万円也。すべてをゆっくり見ると1時間以上はたっぷりかかる大きな艦である。
こんな大っぴらなところから砲撃していたと思うと、16世紀の海賊船と変わらない気がする。当時を再現した人形兵を見ると牧歌的ですらある。





猿島最新哨戒システム橋に上ってみる。これが戦艦三笠の最新哨戒システム。先ほど同様100円を30万円換算すると2分30万円、1時間900万円。1日2億1600万円。現在の最新レーダーの維持費とどっちが高いのか‥‥??。「バルチック艦隊に砲撃開始の直前で100円が切れて真っ暗になる。」「上官が怒鳴り下士官が慌てて100円を入れる。」くだらない想像でつい笑ってしまう。
猿島が見える。無人島ということだが、定期船が頻繁に往復し、かなり賑わっている様子だった。



いろいろお取込み中なのか、空母型が見られなかったのが唯一残念だった。
特に軍艦が好きというわけではないが、十分楽しめた。今度は家族と来たいものである。ショッパーズプラザで買い物したから、駐車場もタダになったし‥‥


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長い付き合いだなー‥‥けど腹立つのう

今年も自動車税の納付時期になった。
いつ納付通知書ものごとくポストに入っていた。
最近は自動車税や都市計画税などをキャッシュで払えるほど現金がないので、数年来クレジット払いである。
また支払いをしようと開封する。
「あれぇ〜っ、なんかたっけーな。」
「あっ、そうか年式だ!」
以前乗ってたグラチェロ並の高級車になってしまった。

4リッターカーの税金に耐えかねて15%近く下がる1ランク下の3.5リッターで選んだのが今の車である。15%上がったら元のもくあみである。


腹立つ重課車登録より一定期間を過ぎると重課税となる。
「古いものは金がかかるしエコでない。しかも新車が売れないと経済効果もない。そんなの乗っているあんたは非国民だ。」といわんばかりだ。

日本人の原点『もったいない』はどこへ行った。そういえば家の家電も1度2度修理しているものがほとんどになった。どれから火を噴くかの競争のようになってしまった。やばいねぇ。

車は毎年検査代のほかに10万以上の修理代・消耗品交換代を出費している。もう少し頑張って全自動車を買うという夢までもつだろうか。

腹は立つが、でもそれだけよく飽きずに乗ってきたなと改めて感心。
もう少し頑張んべか。歴史遺産の維持管理には金が掛かるのだ。


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関東三十六不動尊巡拝 

さて、第一回目の『関東三十六不動尊巡拝』である。スタートが5月なので残り7か月となっている。巡拝に合わせていろいろ見て回りたいところもあるが、今回は割愛。
巡拝は特に順不同でよいそうなので都内から始める。

ルート
〔楾不動尊⇒等々力不動尊⇒L楡追堝安頃有っ飜酩堝安頃有ダ仗整翩堝安頃有志村不動尊⇒目白不動尊

目黒不動尊2目黒不動尊1黒不動尊
 天台宗泰叡山瀧泉寺(たいえいざんりゅうせんじ)
慈覚大師・円仁の開基によるとされ、日本3大不動の一つに数えれれる由緒正しき寺院である。
駐車場はあるのだろうが、山門の前にコインパーキングがあるのでそこに駐車。



目黒不動尊4目黒不動尊3本尊はもちろん不動明王、本堂の裏手に巨大な大日如来像がある。不動明王は密教最高神『大日如来』の化身とも分身ともいわれている。護摩焚きの時は「大日大聖不動明王」と唱えられている。
女坂の途中に『変神大菩薩』が祭られている。修験道の開祖『役小角』のことである。お不動さまのところには多くに役小角も祭られている。修験道と密教は密接なつながりがあり、空海のエピソードの中にも役小角が大きくかかわっている。


等々力不動尊2等々力不動尊1等々力不動尊
 真言宗智山派滝轟山明王院(りゅうごうさんみょうおういん(致航山感應院満願寺別院)
寺院の縁起には、はっきり書かれていなかったが、真言宗の中興の祖、興教大師覚鑁(かくばん)によって開かれたとあるので、12世紀頃の開基だろう。
等々力渓谷の中ほどにある。
駐車場有。目黒通りを都心方面から来るとUターンになる。

等々力不動尊3不動の滝内から渓谷に下りられる。ここにも『変神大菩薩役小角』の祠がある。下りると渓谷沿いに不動の滝がある。遊歩道や甘味処もあるので時間が許せばゆったり過ごしたいスポットである。
余談ながら、目黒通りを挟んで向かい側には墳丘長55m、高さ7mの『御岳山古墳』、渓谷の対岸を上って500mほど行くと全長約82mの帆立貝式古墳、『野毛大塚古墳』がある。


L楡追堝安
 天目青不動尊2目青不動尊1台宗竹園山教学院最勝寺(きょうがくいんさいしょうじ)
開基については1,311年説と1,609年説があるようだ。創建者の玄応和尚自体いつ頃の人物かわからない。
三茶の雑踏からわずかにそれた閑静な住宅地にある。広い駐車場があるが進入路がわかりずらい。西友付近のパーキングに止めても歩いてわずかだ。
ご本尊は阿弥陀如来。正門から入ると右手手前。世田谷線沿い(写真)から入ると正面が不動堂になっている。

目青不動尊3目青不動尊4動堂は古式騒然としているが、現在の不動明王像は明治になってから当寺に移されてきたものだそうだ。
慈覚大師(円仁)作といわれる不動明王像を直接見ることができる。





っ飜酩堝安
 中野不動尊1中野不動尊2言宗豊山派明王山宝仙寺(みょうおうざんほうせんじ
当寺の歴史によると、創建は平安後期の寛治年間、源義家によって開基されたとある。
特に駐車場の指定はないが、正面門の横に車用の通路があったので、境内の隅に停めさせていただいた。



山門には阿吽の金剛力士像が配されている。境中野不動尊3内は広い。
ご本尊は秘仏で良弁作と伝えられる『不動明王像』。
三重塔には『大日如来像』。少し奥まったところにある御影堂には『弘法大師立像』が安置されているとのことだが、今回は見ることはできなかった。





中野から足を延ばし、練馬区の三宝寺池近くにある第11番所である『石神井不動尊』に向かう。
ダ仗整翩堝安
 真言石神井不動尊1石神井不動尊2宗智山派亀頂山三宝寺(きちょうざんさんぽうじ)
縁起によると、創建は応永元年(1394年)。鎌倉大楽寺の大徳権大僧都幸尊法印により、現在の豊島橋周辺に建立され、地在豪族の豊島氏の保護を受けていたが、1477年、豊島泰経VS太田道灌の『江古田原合戦』により石神井城が落城すると、道灌によって現在地に移転された。




石神井不動尊3石神井不動尊4神井城の縄張りの中につくられた境内はかなり広く、本堂のほかに6つの別堂がある。本尊は不動明王。
旧早稲田通りの斎場の向かい側に駐車場がある。
『関東三十六不動第十一番札所』であるほかに、『武蔵野三十三観音第三番札所』・『御府内八十八ヶ所霊場第十六番札所』(目白不動尊も第五十四番札所になっている)等複数の札所になっている。


志村不動尊
 真志村不動尊2志村不動尊1言宗智山派寳勝山南蔵院(なんぞういん)
徳川吉宗によって『櫻寺』と名付けられ、毎年春に釈迦尊の生誕を祝して盛大な『花まつり』が行われる。時機を逸して残念。
R17に面した広い駐車場がある。





志村不動尊3本尊は十一面観世音菩薩。不動堂は門を入って左側、本堂手前にある。不動尊はもともと近隣の末寺の本尊だったものが昭和の初めに当寺に移されたと縁起にある。






目白不動尊
 真目白不動尊2目白不動尊1言宗 豊山派神霊山金乗院慈眼寺(こんじょういんじげんじ)
創建は天正年間〜文禄元までの間とされる。門を入ると立派な本堂がある。ご本尊は『聖観世音菩薩』。地蔵堂は門を入りすぐ右手にある。
元々白目不動尊は文京区関口の目白坂の東豊山浄滝院新長谷寺(とうほうざんじょうりゅういんしんちょうこくじ)にあったが、戦災で焼失し当寺に移された。不動明王は弘法大師作と伝えられる秘仏である。

目白不動尊3動堂横手から裏山の墓地に入れる。丸橋忠弥の墓がある。行って見るかと尋ねると「それ誰?知らなーい」とカミさん。娘と違って歴女じゃないなぁ。かくいう親父も、この名前を覚えたのは『時の行者』を読んでからだ。






本日予定の七山を参拝したが、16:30まで多少時間があるので、もう一山、帰路からあまり離れていない南国寺目赤不動尊を今回の最終番所にする。
目赤不動尊2目赤不動尊1赤不動尊
 天台宗 大聖山東朝院南谷寺(とうちょういんなんこくじ)
五色不動の中でも目黒・目白と並び三不動と呼ばれている。
創建は元和年間、万行律師が赤目不動尊として開基した。三代家光より五色不動構想により『目赤不動尊』と改名された。やはり五色不動には天海大僧正の強い意向があるようだ。



門を入ると左側に駐車場がある。不目赤不動尊3動堂は駐車場の向かい側にある。こじんまりしたお堂である。去年の正月に来た時も夕方であった。
余談だが、ここから駒込方面に600m行くと、全長45m、高さ5.5mの前方後円墳 、富士神社古墳がある






関東三十六不動巡拝1院の縁起を調べてみると不動堂は多くが元の位置から移っているようだ。五色不動を家光の時代の位置に戻すと、江戸城を中心に北斗七星の形になるという説もある。
そんな五色不動を含む8か所を初日で巡拝、ゴールデンウイークで比較的すいていた都心であるが、6.5時間(朱印の授与時間は 9:00〜16:30なので7.5時間可能)で8か所はちょっとせわしなかった。次回からは少し境内や安置仏、周辺の見どころも散策したいきたい。



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今年は関東三十六不動尊巡拝

今年『酉年』はお不動さまの年。
関東三十六不動霊場会ポスター年はカミさんの達ての願いで、『関東三十六不動尊巡拝』をすることに決めていたが、諸所の事情とスケジュールの都合で、5月の連休からのスタートとなった。
仏教徒を自称しながら、仏教をまるで知らない不信心な親父としては,『関東三十六不動尊』てなに?、総開帳てなに?から始めなければならない。
「関東三十六不動霊場会」の公式HPを見てもその辺を教えてはくれない。
http://tobifudo.jp/36fudo/
そもそも干支の守り本尊の起源すら明確ではない。しかも12神御わすわけではないので、専任守護本尊と兼任守護本尊がいらっしゃる。仏の世界も人材不足のようだ。密教と陰陽道が融合されたともいわれるが、守り本尊自体広まったのは比較的近年らしい。

真言宗豊山派 七星山光徳院4やじの守り本尊は『千手千限観世音菩薩』、つまり千手観音さまである。仏教は本来インド発祥であるからインド風の名前(というより唱える真言だな)がある。
千手観音さまは「おん・ばざら・たらまきりーく」である。一発で覚えられる。

ちなみに上杉謙信が出陣前に群臣の前で唱えるのは「おん・べい・しら・まんだやそわか」、毘沙門天の真言である。こいつが何ともかっこいい。



新本堂2回の主役は、カミさんの守り本尊、もちろん『不動明王』、お不動さま。お不動さまを梵語で唱えると「のうまくさんまんだ・ばさらだん・せんだんまかろしゃだや・そはたや・うんたらた・かんまん」となる。カミさん熱心にお不動さまに通っているが、こんな長いお不動さまの真言よく唱えれれるなー、と聞いたら唱えられんそうだ。「のうまくさんまんだ・ばざらだん・かん」という略式があるようだ。これなら覚えられる。
外国人にはながーいフルネームの方も多く大概は略してファーストネームで呼ぶ。不謹慎かもしれないが理屈は同じようなものだろう。


では、なんで三十六不動なのだろう。「36」という数字はなに?。
もともと不動明王さまには三十六童子という眷属(けんぞく)がいるそうで、広辞苑によると「仏・菩薩につき従うもの」という意味があり、薬師如来の十二神将、千手観音の二十八部衆とかがあるそうだ。
三十六不動はその三十六童子から来ているといわれている。不動明王さまは一人だが眷属が別々だから三十六ヶ所を回るというのもおかしい気がする。

関東には上記のほかに「北関東三十六不動霊場」というのもある。関東の不動尊が72尊しかないということは考えられないから、それぞれの三十六寺院は商店の連合会みたいなものだろう。商店街活性化のスタンプラリーのようなものだ。
Wikiによると、関東三十六不動尊霊場(かんとうさんじゅうろくふどうそんれいじょう)は、神奈川・東京・埼玉・千葉にある36箇所の不動明王霊場寺院の総称。昭和62年に開創されたとあるから三十六霊場の総開帳は二回目ということになる。

「開創」とは、これもWikiによると、「寺院を創設すること」とあるが、それぞれの寺院は別に縁起を持っているので、あくまでこの霊場会という組織ができた年ということだ。
関東36不動て、その関東三十六不動尊霊場とはどこだろう。
第一番所 大山寺から始まって、大雄山・川崎大師・西新井大師・川越大師など初詣のメジャースポットをめぐり、締めくくりは成田山新勝寺。
五色不動などは昨年回ってしまった。

さて、目的地はわかったが、では行って何をするのか?
これもよくわからない。巡礼というなら、お不動さまを巡ることで、その地のお不動さまと結縁を結ぶということになるが、不動明王はもともと一尊である。しかしどれかが本物であとは代理人ということはない。HPでは順拝という表現が使われている。

まあ、あまりウンチクは必要ない。日本人はあるがままを受けいれ、すべてのものを神として祈る。仏さまもその中の一つであり、キリスト教徒やイスラム教徒にあまり抵抗なく接することができるのも、節操がないからでなく、太古より日本人の連綿と受け継がれる宗教観なのだろう。

gaibookせ、『関東三十六不動尊霊場』ガイドブックもあるし、モデルコース紹介や、各旅行会社でパックツアーなども組まれている。
白装束に金剛杖という大げさなものでなく、ドライブ気分で初めよう。
寺院はそれだけで一種のパワースポットになっている。少しは神聖な気分になって気分転換、日常を見つめなおすのもいいだろう。

勿論お不動さまめぐりであるから、お不動さまの真言を唱えることを忘れてはいけない。

のうまくさんまんだ・ばざらだん・かん
のうまくさんまんだ・ばざらだん・かん
のうまくさんまんだ・ばざらだん・かん‥‥


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唐沢山攻略

絵図野の国分寺跡・国庁跡を見た帰り、少し足を延ばして唐沢山城址を訪れる。
唐沢山城址は現在唐沢山神社となっている。唐沢山神社のご神体は「従四位下・下野武蔵守・鎮守府将軍『藤原秀郷公』」である。百足退治の逸話が有名だが、何よりの功績は天慶の乱を鎮圧したことである。
唐沢山城はこの藤原秀郷公の築城といわれている。本丸は標高241mの唐沢山山頂から尾根を利用して展開され、自然地形を有効活用した縄張りは『関東7名城』の一つに謳われている。

栃本口から上るルートはレストハウスのある駐車場まで1500m、標高差136m、平均斜度8.9度。乗り慣れたローディーさんなら何でもないところだろうが、親父の脚ではまずドロップアウトだ。車で正解。

ヤマネコ?ストハウス周辺にはなぜか猫が多い。神社の沿革にも城の歴史にも猫の話はないので、別の理由で住み着いたのだろう。







天狗岩天狗岩入口城門跡のます形を抜けると、すぐに『天狗岩』という案内板がある。
石段を登っていくと目の前の視界が急に開いて見晴らしの良い崖っぷちに出る。ここにはかつて物見櫓があったそうだ。






南麓遠望西側麓崖からの風景。
櫓はさらに高くなっていて、遮る樹木もなかっただろうから、麓の動きが手に取るように見えただろう。






ます車井戸大炊井形から少しはいると『大炊井』という巨大な井戸がある。こんな天険にこれだけの水量を確保できる井戸があるとは驚きだ。
唐沢山城には大炊井のほかに井戸がもう1か所ある。本丸の東側の急斜面の途中に『車井戸』という深い井戸がある。深さは25m以上あるそうだ。底は見えず、現在水があるのかもわからなかった。




二の丸神楽殿四つ目掘井の先にある『四つ目掘』今
はその面影をとどめないが当時は城内最大の空堀だったようだ。
三の丸・二の丸と登っていったところに『神楽殿』がある。






二の唐沢山神社山門丸から表御殿跡を抜けると本殿に続く石段がある。
神門をくぐると本丸跡の唐沢山神社社殿がある。
拝殿と本殿がつながっており、かなり大きく奥が深い。
お参りをして本丸制覇。
社務所から裏手を通ってもとのレストハウス駐車場にもどる。

レストハウスの下に、『足尾山神社』という小さな祠がある。
足腰の不調に悩んでいる方はぜひ参拝をお勧めする。親父もご利益があるかどうかは今後の精進だが‥‥

下毛野・唐沢山ルート日の走行250km 久々の長ドライブであった。


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下毛野再び

発掘現場その後琵琶塚古墳下野古墳めぐりで見逃した吾妻古墳のリベンジを兼ねて、再び下毛野へ。
今回は前回とルートがダブるため自転車は積んでいない。
6:30AMに出発して一般道で9:00過ぎに琵琶塚に到着。順調である。
琵琶塚に寄ったのは、昨年末の発掘現場がどうなっているかを見るためである。前方部の周溝の発掘部分は埋戻しが進んでいるようだ。



『天国見山後円部頂上?謎の古墳擬き平の丘公園』の駐車場に車を止めると、すぐに復元円墳のような築山が見える。航空写真で見ると前方後円墳のように見える謎の築山。
国見山というらしい。
頂上には『銭成石』といい、この周囲の発掘で出てきた古銭が埋めてあるとのことである。




伝紫式部の墓上からI前方後円型見ると確かに前方後円墳の形にはなっているが前方部はペチャンコ。子供の遊び場にはなるだろうが、この形に意味を持たせるなら前方部もきちんと盛土してもらいたい。
栃木県埋蔵文化財センターに行く途中に『紫式部の墓』なる立札を発見。行ってみる。
小野小町が茨城出身というのはその筋では有名だが、紫式部も東国に関係する人?。『紫式部の墓』とは書いてあるが実際は無関係のようである。


回り栃木県埋蔵文化センター道をしたが、時間は10:00を回ったので『栃木県埋蔵文化財センター』に行く。HPでも管内の様子がよくわからない施設だが、何か常設展示でもらるのだろうと期待していったが、何と休館であった。







展示室しもつけ風土記の丘資料館念だが仕方ないので、早々に道路の向かい側にある、『しもつけ風土記の丘資料館』に行く。
ここは開館しており常設展示場もある。展示場内は撮影禁止になっているのでロビーから一枚。
下毛野の古墳や埴輪遺跡分布など、重宝な情報が入手できたが、下毛野氏と直接かかわる資料は見つけられなかった。



甲塚古墳下野国分寺跡2回はさっと1枚写真を撮っただけの下野国分寺跡。跡だけではだだっ広いだけで実感わかないね。
国分寺横にある『甲塚古墳』。掘削や開発で原型が大きく変わっている。
小円墳かと思っていたら墳丘長80m以上の前方後円墳であった。多くの出土物があり、先ほどの『しもつけ風土記の丘資料館』にも展示されていた。




後円部より吾妻古墳天平の丘公園』を後にして、本命の『吾妻古墳』に向かう。車だと5分もかからない。
工業団地に挟まれた後円部側の林の一角に車を止めると、古墳の案内板のところまでは歩いてすぐだ。しかし案内板の地点から見える吾妻古墳に、「県下最大」という期待感は関東大震災時の浅草十二階のように見事に折れてしまった。
琵琶塚・摩利支天どころか茶臼山より小さいイメージだ。後円部頂上から前方部を望む。頂上部も狭く、130m級の古墳とは思えない。

周溝底より後円部石室痕穴式石室は前方部の前面にあるという珍しいレイアウトの吾妻古墳。石室部分は発掘で盛土が崩落している。
墳丘の麓から撮ったようなアングルだが、ここは一段目墳丘の中央であり、石室がつくられていたのは二段目に当たる。
一段目が低く広いテラス状になっている『下野型前方後円墳』の終末型ともいうべき吾妻古墳の巨大さを実感するには、広域な周溝底を周回するのがよい。総全長160mを超える墓域の周溝底から見上げる墳丘は流石圧巻である。
繰り返すが墳丘長127mは県下最大。現存する下毛野では最大の前方後円墳である。
次に壬生歴史民俗資料館、下毛野氏の末裔ともいわれる壬生氏の本拠である壬生町の『歴史民俗資料館』に行く。壬生町は大型古墳も多く、吾妻古墳も一部が壬生町に属しているため、発掘された石室天井石や玄門石などが野外展示されている。
資料館は壬生城址公園の中にある。資料館には古墳時代の出土品や関連資料があるものと期待したが、展示場には『鳥居元忠』のイベント展示しかなかった。壬生藩城主が鳥居一族だからだろうか、井伊直虎ブームにあやかってか。





吾妻古墳玄門石石室天井石壬生といったらやはりせめて壬生氏だと思うのだが、ここも期待外れであった。場外展示されている吾妻古墳の石室天井石や玄門石を見て、かつての壬生城跡石垣や堀を回って城址公園を後にする。






国庁跡前殿下野国庁跡後に下毛野古墳めぐりで行き残した最後のミッション、下野国庁跡を訪れる。
車から出たとたん、肥やしの香り!が世界を包み込む。
ここもサッカーができるくらいの広い敷地に、復元された『前殿』がポツンとあるだけ。これだけおおっぴろげだと前殿の中に自販機やベンチ、ポスターなどがないことのほうが違和感を覚えるくらいである。手間をかけて忠実に再現していることはわかるが、ここといい、国分寺跡といいもう少しインパクトが欲しい気がする。

資料館より日光連山を望む下野国庁跡資料館地内に資料館があるので立ち寄る。ここでは発掘調査された国庁の全容や、当時の暮らし、官職の職務などの資料が展示されている。ここは写真撮影OKとのことだ。
資料館より雪をかぶった日光連山が見える。桜の時期になるとこの辺の史跡や歴史公園なども様相が一変し、多くの人々で賑わうのだろう。




吾妻下野国庁跡にて古墳を見たことで、関東全域の100m級以上の古墳は残すところ、最大最強の大国毛野の本拠地、前橋・高崎・藤岡・伊勢崎の「合併するのしないの」地域を残すのみとなった。ここは関東でも有数の大型古墳密集地域である。
支配権を伴う力関係は今も昔もあまり変わっていないようである。



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IQレポート

我が愛車も6回目の車検となった。
IQ1回はスケジュールの関係で1週間の入院となるので、ディーラーに代車をお願いした。
「ちょっと小さいですけど」と言われて出てきたのは『IQ(知能指数か?)』という車。
何この可愛い車、面白そう。どう見てもチョロQだ。
プレミアムコンパクトカーというコピーで、スマート路線を狙った車である。





寸詰まりが5ナンバーフルサイズの1680mmあるのに、長さが2985mmしかない。国産車ではミドルクラスのプレサージュは4840mm。ヘッド位置を合わせるとこんな状態。
同クラスのリッターカーと比べても明らかに寸詰まりである。








前座席前座席は小柄な親父からするとそこそこ広い。乗ってみるとIQは低かった(知能指数じゃないぞ)。
バケット型の低くて深いシートはちょっとスポーティーだが、プレサージュのようなシートリフターがないので、腰痛もちの親父にはちょいときつい。
ナビにAUXINがあったので、いつものMP3を聞いてみる。結構いい音。プレの誇るスーパーサウンドシステムよりよかったりして‥‥?
装備こそ少ないが質感はプレサージュよりもいいくらい。流石トヨタというところか。



そし後座席て外見からの予測以上に悲惨なリアシート。家族で買い物に出かけたが、大人3人は超きついうえに買い物の荷物が入らずに大顰蹙!。まあ、このサイズで4シーターということが奇跡といえる。二人乗りを前提にすればそこそこ広いラゲッジだが‥‥。






IQ2りはエコモードはどうにも走っていかないが、エコを解除して踏み込むとそこそこ速い。
小回りがめちゃくちゃ効く。普段必ず切り返しするところを1発で回ってしまった。正直軽より小回りが利く。ハンドルはクイックすぎるくらいで、痛い腰をカバーするたび車がロールするので首都高では怖かった。
コンパクトカーとしては面白い車だが、残念ながらフルサイズバイシクルはばらしても乗せられないのはオヤジ向きではない。





奇跡だして一番の奇跡は燃料計。
街乗りで180km乗ってもメーターが下がらない。メーター壊れてるんじゃない。
氷山と接触したタイタニックと同じくらいの速さで沈んでいく燃料メーターのVQ35からすれば、まさに浮沈メーターだ。リッターカー恐るべし。
残念ながらIQは今年の春に生産中止となっている。
1週間弱だったが面白い体験ができた。乗るたびに『ラックル速溶錠』が必要なのにはちょっと困ったが。

しかし、自分の車が戻ってきて運転席の座った時は「やっぱりこれがいいわぁ」と安堵。内装がちゃちかろうが、オーディオの音が多少悪かろうが、魚雷を食らったルシタニア並みの速さで燃料メーターが沈んでいこうが(これは大げさか)、自分の車はよいものだ。




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リフレッシュ10年

平成14年車を平成16年に購入しそろそろ丸10年になる。
往復50km以上の車通勤を初めて丸3か月経ち、ほったらかしの部分もだいぶ問題が出てきた。

リフレッシュ10−1年の秋には買い替えるつもりだったが、5人で乗ることが結構あるので軽にはできない。自分の乗りたい車といったら、『WJ(2代目グラチェロ)4.6L』しかないが、安く買えても維持ができない。今のまま買い替えずにもう少し乗っていたら次は『全自動??車』が安くなるかな(いつの話だ‥‥)とも思い、家族の同意を得て現行車で保険の更新と次回の車検をとることにした。

もうしばらく乗るぞと思うといろいろ手直しも必要となる。
『ヘッドライトクリーニング』、『フォグランプHID交換』、『エンジンフラッシング』に続いて、今回のリフレッシュの最大ポイントであるタイヤ交換とボディーコーティングを実施。


タイリフレッシュ10−4ヤは平成19年初頭に新調した『プレイズPZ−1 235/50R18』から『トランパスMPZ 215/55R18』に変更。BSのお気に入りホイール『ユーロバイシス』はそのまま使いたいので必然的に18インチの選択となる。出足がとても軽くなったのは細くした効果だけでなく、ミニバンタイヤのためサイドの硬性が上がっていることもあるのだろう。実は多少なりと燃費に貢献してくれることの期待が大きい‥‥。





リフレッシュ10−2なしかかなり色褪せてきた感があるボディ。5年保証の『アンビエントコーティング』が最後と思っていたが、すでに施工から5年半が経過しており、もう少し長持ちさせるために再度フルコーティングをすることにした。







リフレッシュ10−3回は『アークバリア21』。知人のファクトリーで丁寧な下地処理をしていただいたので、仕上がりは見違えるほど。新品タイヤとホイールも磨いていただいたので、外観は新車?のようである。でも乗ると今まで通りのチープで汚れたダッシュボードにため息が出てしまう‥‥。ルームクリーニングとイルミネーションのイメチェンくらいはしたいものだ。






リフレッシュ10−5よいよこの秋、購入後5回目の車検となる。大きな自損で2回保険を使っているため、条件変更しても保険代が年1万以上上がってしまう。自動車税も上がるし、今回の車検時にAT関連修理を合わせて行うことが決まっているので、車検代も5〜6万上がってしまう。
歴史・文化遺産の維持にはお金がかかるものである。



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フォグ交換

車両購入後ほどなくHID化したフォグランプ。
4hid_35w_bnrランドは88ハウス『LOUD』。ヨンダブリュストの中ではメジャーブランドであるが、一般には知られていないため大手チェーンショップなどでは取扱がない。トラブルのたびに遠方に修理に出すのもおっくうになり、3度目のバルブ切れになったのを契機にチェーンショップで購入できるブランドに切り替えることにした。
AIO_HID_TYPE2 PIAAやCATZとかレイブリック辺りがメジャーなところだけどそこそこ高い。通勤途中にあるイエローハットで見つけたのが『零−1000』というメーカーのオールインワンHIDキット。バラストとバーナーが一体化しているのでハロゲンバルブ感覚で交換できる。何よりも2個組で交換工賃・税込みで3万しないのが魅力である。LOUDだと片側バルブ交換のみで1万はしてしまう。しかも片側バルブ・片側バラストが順番に壊れてくるので、4回のパーツと工賃が発生してしまう。





loud hidしく取り付zero1000 type2けた『零−1000 802−H1106』と交換前(故障前)の『LOUD HID H11』を比較。
零−1000オールインワンTYPE2は6000k、ラウドは3500k。元々純正の3連プロジェクターレンズは黄色に着色されていたため、6000kでは鮮やかなコバルトグリーンになる。
しかし、同じ道を走るとすぐわかるのは、新しいHIDは暗いということ。
画像では撮影角度・露出度の違いがあり、一概に比較できないがLOUDはフォグだけで暗い道を走れるが、零−1000オールインワンはこれだけでは暗い道を走れない。
色温度(ケルビン)の違いもあるが、零−1000オールインワンタイプの2灯よりもラウドの片側1灯だけのほうが全然明るいのである。
新しいのは安いからしょうがないというより、ラウド自体が四駆車用だから補助灯としてのロードフォグ程度では使い物にならないためだろう。価格なりのものはあったということだ。
同じ35Wと同じレンズでこれだけの違いが出ることを実感したのはちょっと残念ではあったが、いまの車で夜中のダート林道峠越えなんてしないからこれで十分ともいえる。
今更リレーハーネスの直結100Wハロゲンという時代でもないし、何より片眼のジャックのままというわけにもいかないので、費用対効果としては満足すべきだろう。



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トランス作成

MDトランス1の新しい録音ができなくなり、純正CDプレーヤーは編集CDの再生ができないため、MP3プレーヤーを純正オプションのライン入力で再生しようとしたが、MP3は極小出力のためか抵抗値の違いか音量が全然小さい。
ヘッドホンアンプではほとんど効果が望めないし、3,000円程度のMP3プレーヤーに1万円以上のアンプを噛ませるのも本末転倒と思われる。通販で売られているカーアンプはライン出力を持っていないため、安く効果を上げるために自作することにした。
幸い、同じ問題で対応策のブログ等が多数出ていたので参考とした。
使う部品はトランス2個。収納用ケースとRCAピンジャック2個3.5mmピンジャック1個。RCAコードと3.5mmステレオミニプラグコード。締めて税込2,180円

心臓トランス2部のトランスはサンスイの『ST−32』。『サンスイ』って、かつてのアンプの老舗の『山水』だろうね。
メーカーはなくなったはずだが名前は残っているようである。







ネジトランス3止め用の蓋を持つ樹脂ケースに、ドリルで穴あけして入力用のステレオピンジャックボックスと、出力用のRCAピンジャックを取り付ける。
ドリルのサイズがなく、ヤスリで少しづつ削ったのが一番時間を費やしてしまった。






トランス5ランストランス4とケースの大きさ対比。
ブログではぴったりサイズのケースが紹介されているが、ピンジャックを使う点と、なにせ目が見えなくて細かい作業ができないため、一回り大きなケースを使用。
ST−32は両面テープで固定する。
ハンダゴテは自転車のシフトやブレーキワイヤーの切断仕上げに今でもよく使っているので、何ら苦にならず出来たが、やはり細かい配線が見えないことが一番のネックになった。年には勝てないものである。


両面テープの分を考慮したつもりだったが、結局トトランス6ランスの高さはケースの内径と同じだったので、両面テープの分だけケースが膨らんでしまう。テープ固定は不要だった。
配線がケースの蓋に噛まないようにして、蓋をネジ止めする。






トランス7転車イジリは好きだが、電気工作はもう20年以上やっていない。
アナあけ時間含め製作時間は1時間強。







トランス9トランス8のライン入力に接続。
音量はばっちり。MP3側のボリュームを最大近くまで上げるとMDやCDとほぼ同じ音量である。二次電源もとっていないのに不思議だなぁ。
音質はとやかくは言えない。低音が若干弱目だが、カーオーディオのイコライザー調整で問題ないくらいである。

当初トランスミッター接続を計画していたが、1,000円のトランスミッターではノイズだけの世界になってしまうので、やはりライン入力が良い。但し、今後の課題で元のピンプラグを抜き差しする手間を何とかする工夫が必要である。

普段から慣れている人間には何でもない作業だが、久々20有余年ぶりくらいの電気工作はちょっと面白いおやじの日曜工作であった。

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秋川渓谷

今年のお盆休みも大混雑を避けて近場を回る。
今回は秋川渓谷の涼しいところを巡る。
またまた天候に恵まれず、霧雨が降る中、普通に外にいても我慢できない暑さではない。
奥多摩には鍾乳洞が多い。日原鍾乳洞は規模も知名度も一流だが、秋川水系にも鍾乳洞がいくつかある。
大岳鍾乳洞入口大岳鍾乳洞最初に養沢川の支流である大岳沢にある『大岳鍾乳洞』に行ってみる。
余談だが養沢川上流には『養沢鍾乳洞』という鍾乳洞もあるのだが、今は一般開放されていない。
『大岳鍾乳洞』までの道は、一部に未舗装とすれ違い困難な狭い部分があるが、おおむねは快適な道である。
途中にはマス釣り場やキャンプ場があるが、連休中でどこも混雑していた。
鍾乳洞へは、駐車場から小さな沢を渡る。茶屋で拝観料を払うい、茶屋のおばあちゃんからヘルメットをお借りして入る。
まず入り口が屈んで入らないといけない。ヘルメットが必需品なのがよくわかる。
一周300m。かなり見ごたえがある。

一番奥地底川かなり高い天井ると中には小さな地底川の流れがある。
洞内は狭く岩の隙間を縫って歩く感じだ。
ところどころ、大きく開いた天井がある。強力ライトを持ってくればよかったが、持っているのは非常用の小さいライト。とても奥までてらせない。





岩の段差を降る広い回廊見学路は2層(本当は鍾乳洞はそんな単純ではないのだが)となっておりところどころ、きつい上がりやくだりがあるが、子どもから中高年くらいまでは普通に楽しめる。
ヘルメット着用なので頭は心配ないが、かなり屈むので、背中に背負ったリックがバコバコにぶつかる。大型リックを背負っている方は要注意だ。





帰還用時間25分くらいであったか。鍾乳洞の中は涼しい。出た瞬間にメガネが曇ってしまう。








三ツ合鍾乳洞原街道に戻る途中で、もう一つの鍾乳洞である『三ツ合鍾乳洞』にも行ってみた。都道沿いの鍾乳洞入口のところに駐車場があるが、横の細い道には「鍾乳洞まで車で行けます」の看板があるので行ってみる。
距離にして700mほどだが、すれ違いができない上に、最後の切り替えしはプレサイズがぎりぎり。プレサージュはミドルクラスだが、長さ・幅はエルグランドやアルファードとあまり変わらないので、普通の国産車なら大丈夫なのだろう。しかしラグレイトやロングボイジャーでは厳しいかも。




龍神の滝三ツ合鍾乳洞入口ツ合鍾乳洞』。こちらは入洞に際してヘルメット着用はない。
入口は大岳鍾乳洞より大きい。
中に入るとすぐに、地底滝がある。『龍神の滝』は地下水が鍾乳洞の壁を流れ下るのだが、はるか上の横穴から流れ出る落差12mは立派なものだ。





『三ツオーロラ天井緑の世界合鍾乳洞』は1周120mとあり『大岳鍾乳洞』の半分弱であるが、起伏はかなり多い。見どころもそこそこあり、探検気分を味わえる。







石仏出口部。家昇殿の間へ内喜橋という架橋。名前の通り家内円満になれるといいものだ。
最後の階段でかなり下ったつもりだったが、出口は入口よりかなり上のほうだった。
そのさらに上に、最初に発見された鍾乳洞の入口というものがあった。






檜原街道に戻り。檜原村に向かう、島嶼部を除く東京都唯一の『村』である。東京都にも村があり、鍾乳洞があり、百選の名瀑があり、そして2,000mを超える名峰があることを東京都民は誇るべきだ。超高層ビルがいくつあっても自慢にはならない。
払沢の滝4原村払沢の滝2に入り、橘橋交差払沢の滝3点を払沢の滝1右折すると直ぐに滝駐車場の看板がある。
滝までは12〜13分遊歩道を歩く。
日本の滝百選に選ばれた『払沢の滝』は落差60mを誇る大瀑布だが、遊歩道から見えるのは最下部26mと上段の一部のみである。天候が悪かったためか連休とは思えないほどすいている。

滝が見える四季の里駐車場よりこで四季の里お茶休憩。駐車スペースの前の四季の里で一服タイムをとる。
四季の里の前から、向かい側の山の中腹に滝が見える。
方角からすると天狗滝か綾滝だろう。ここも確かに東京都なのだ。


かんぽの宿青梅かんぽの宿青梅2は15:30。十分に日帰りできるスケジュールだが、宿をとっている。
武蔵五日市から青梅に出て、『かんぽの宿青梅』で一泊。実は、出発の4日前でよく取れたと驚いている。
東京とは思えない自然を満喫。かんぽの宿にも泊れて、満足な1日であった。





榎本牧場日は、お土産にへそ饅頭を買って帰るだけだが、なぜか榎本牧場に行ってソフトクリームを食べて帰る。
建物が新しくなっていた。







ルート鍾乳洞

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浮気iroiro

愛車プレサージュが壁と喧嘩して、2週間程度の入院となった。
愛車の入院中にちょっと浮気心を出して他車を見に行く。

『プレサージュU31/4WD』。今ボイジャーや世界遺産となりつつある3.5リッター・デフロック付AWD。世界遺産の維持には莫大な経費が掛かる。
サイズとスタイリング的にお気に入りだった『クライスラーボイジャーSE/3.8リッターAWD』。今見てもミニバンの王道である。トラブル続きで維持できなくなり手放すが、この貧乏人には結構贅沢なアメ車の穴を埋めるべく、性能・装備・好みで候補車を消去法でふるいにかけて残ったのが現愛車プレサージュである。

消去法という消極的選択で購入した割には、すでに我が家では『グランドチェロキーZJリミテッド』に次いで歴代2位のロングユーズとなった。
すでに『MPV2.3T/4WDターボ』と『デリカD5/4WDCHAMONIX』のお買い得車買い替え危機を振り切って我が家に居座る古女房。

オデッセイ回、愛車の前に立ちはだかるのは、新型オデッセイ。プレサージュ亡き後、マツダMPVのみが牙城となっていた、ミドルバンと呼ばれる2.5リッターローフォルムバンに久々の新車種となったスライドドアオデッセイである。
これはいいね。中もそこそこ広いし、カッコいいし。
でも、見に行ったホンダのセールスが売る気ねえのかってくらい消極的で、話聞いているうちに冷めてしまった。
冷静に考えると2.5リッターというのは経済的にも、法制的にもあまりメリットがない。ちょっと無理して3.5クラスを持っていても維持費はあまり変わらない。
セールストーク次第で、ホンダは新車販売1台損したね。
プレは見事に防衛成功。

ポルテうせ金もないし、アクセル踏まないんだから、お手頃カーでいいや、と思い切ってポルテを見に行く。
今は家族も最大5人だし、一人の時に自転車がつめればいいと考えた時、この排気量と燃費は結構いいね。あとは割り切れるかだけだ‥‥と思っていたのだが、購買意欲条件を満たすのは、1.5リッター4WD。燃費も落ちるし、エコ減税もない。おまけに何のかんの言って、200万円してしまう。このクラスは最上級車種で120〜130万という固定観念(この固定観念が間違っている?)からすると、外車より高い車である。
手ごろでいいかと思ったが、これですら買うなら中古さがしか‥‥。

修理が終わり、車が戻ってきた日、家の隣の診療所に停めてあった車。
シャランれっ?この車スライドドアだったけ?しかもこんなにでかかった‥‥?
フロントにはWのエンブレム。車名エンブレムは『SHARAN』‥‥じゃら〜んではない。
よく見るようで、ほとんど気にしていなかったが、こいつすごい車だ。その足で早速ディーラーに現車を見に行く。
『フォルクスワーゲン・シャラン』欧州ではやりのダウンサイジングカーだ。ショートボイジャー並のサイズで、エンジンはポルテより小さい1.4リッター。税金も1.4リッター!!
これなら多少とろくても割り切れる!否、アウトバーンを走ることを前提としているからとろくはないか‥‥
中古はすでに200万円台も出てきている。うちの車も5度目の車検になったら、これに替えてもいいかな。
でも、『シャラン』には購入要件として致命的な欠如がある。我が家伝統の4WDグレードが国内仕様にはないことだ。フルスロットルで喜ぶ年ではないが、年に数回しかないスノードライブでの優越感を放棄するほうが寂しい。

我愛車『プレサージュ』。今プレサージュ回は公正を期してカタログ写真を引用する。マイナー後だからマスクが違う。
この1〜2年でヘッドランプ・フォグのディスチャージとバルブ一式、ナビソフトやスタッドレスを交換しており、今年の4回目の車検は通す。あと数年は乗るつもりだ。
今のところどんな車をもってきても、消去法だと我が愛車を蹴落とせるものは出てこない。デザインに古さは出てきたが、全体のシルエットのバランスの良さは年代を感じさせない。買う時から唯一汚点だった室内のチープさは、割り切って買ったため、年を重ねてもチープさが増すことはない。
買い替えとしたら、見込みは薄いが、『シャラン』の4WD仕様が出て、その中古が巡る可能性を期待するか。覚悟を決めてFFにするかくらいか。

WJ G・Cherokee格ではあるがWJ4.6リッターリミテッドで林道を走る夢はまだ捨てたくはない。
今直ぐにでも手が届く値段なのだが‥‥



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月の沙漠まで

溜まったワークストレスがついに切れた。
どうせ終わらないなら休んで海を見に行く。
私用とだけ申請。どうせ代休もたまっている。しかし、日が日だけに、周囲に「あいつはワールドカップ観戦の為休んだんじゃないの」と思われるのは癪である。
不動堂町営駐車場れだけ有利な展開で無得点(しっかりカーモニターで見てる‥‥)とはな情けない。などといっているうちに起点目的地に到着。
九十九里町不動堂町営駐車場。今月の平日はまだ無料開放状態である。
ここをベースに『一般県道九十九里一宮大原自転車道線』を経由して月の沙漠まで迄行く。
取り出したのは、アポロ宇宙船でも、魔法の絨毯でもなく、魔法の自転車MR−4である。普段は駅の階段すら上れないオヤジが、なぜかこれに乗ると100km以上走れてしまうのだ。ここに停めた車のリヤゲートからサーフボードの代わりに自転車が出てくるのは、この車だけだ。


『一般県道九十ただの歩道?九里一宮大原自転車道線』(以降略して太平洋岸CRとする)は一度友人の”h”氏と来ている。前回はいすみ市の岬町の先が砂に埋もれて通れなかったので、そのリベンジも目的となる。







防砂林と河口部を縫って走る自転車道防砂林の中を走るート後しばらくはただの歩道と変わらない(車道を走ったほうがまし)だが、やがて変化のあるコースとなる。
但し、路面状態はあまりよくない。タイヤの太目なクロスバイクや、シティーバイク向きである。





岬ドライブイン休業ーチラインに沿ったCRからR128に合流し大東崎へ向かう。
前回も立ち寄った老舗『九十九里岬ドライブイン』。何故か閉鎖中。今になって倒産か?
裏手に回るとひどい焼け跡。火災があったようだ。






太東崎灯台太東崎展望台ライブインからおよそ3.5kmで太東崎展望台に着く。灯台は展望台の100m後方の少し低いところにある。海抜63m。最初のプチヒルは無事完走。ミニなのだがギア比はAC02より高い。ローギヤ改造しているが結構つらい。しかしここからの展望は素晴らしい。千葉の海侮りがたし!





今回も敗退二ポイントのいすみ市岬町に向かう。前回はCRが海岸線に出るところで砂に埋もれて断念した。
前回は春だったが、初夏の今回は開通しているか。
途中の最終分岐点の砂撤去作業中の看板。悪い予感を抱きつつ問題地点に。
やっぱ作業中であった。この時期になると毎年やるのか、たまりにたまったものをやっとやる気になったのかは不明。
この場をかわしても、その先にも作業車両が確認できるので、今回も無念に敗退する。




断崖が続く波けしブロックの道こから月の沙漠を目指すのだが、R128ではつまらないので、海沿いの道路を行く。
この付近は海食崖が続き、海岸線を貫通する道はない。
ぼっと走っていると海岸に突き当り行き止まりというところが多い。
ところが、その先にはちょっと普段では味わえない光景が続く。こんなところ自転車ではめったに走れない。



プチヒルが丘陵地帯連続するが、どころどころで見える景色は
ちょっと遠くに来た気分となる。







「海メキシコ記念塔洋生物環ドン・ロドリゴ上陸の地境研究所」の横に何やら看板があった。『ドン・ロドリゴ上陸地』とある内容は、ドン・ロドリゴ一行がフィリピン総督の任を終え、メキシコに期間の途中時化にあいこの地に漂着した事件があり、その際付近漁民の献身的救助や看護があったこと、領主本多忠朝・大御所徳川家康の好意で生存者が無事帰還できたものとある。
そしてまたプチヒル。小高い丘の上もメキシコ記念塔に行く。
この記念碑もサンフランシスコ号漂着に由来するもののようだ。
この地の領主である本多家の居城のある大多喜にも『メキシコ通り』があったが、この地のメキシコとの交流が今も生きづいていることの証である。

さて月の沙漠記念館、いよい広大な砂漠よ本日の最終目的地『月の沙漠』に到着。この雄大無限の大沙漠をご覧あれ!
知らぬ者のいない童謡『月の沙漠』はここから生まれたのだ。川を挟んで対岸には『月の沙漠記念館』もある。入館料400円はちょっと‥‥なので、せめて喫茶コーナーでコーヒーでもと思ったら、喫茶コーナーは閉鎖中であった。
なぜ、ここが『月の沙漠』なのかについては、当然理由があるのだが、多くの人が誤解しているので一言。


ここでも餓鬼道ヤジはどこにも『砂漠』などという言葉は使っていない。ラクダがいて、王子・姫がいるのでアラビアンナイトのようなイメージを持つが、『沙漠』であり、沙は砂浜を意味するものだ。御宿の浜が広大な海辺の砂丘かはまた別として、この詩は広大なサハラ砂漠やアラビア砂漠を表しているものではない。
月の沙漠のメロディー口ずさんでいると、いつの間にか八甲田山に変わってしまっている。
しかし、橋の欄干によりかかっていると、集まってくる鳩の群れと鯉の群れ!ここでも餓鬼道か!!




トロンボ島?の沙漠も堪能(実際はシューズとバイクが砂だらけになるので砂丘ウォークはしていない)したので、帰路に着く。
帰りはR128をひた走るが、交通量が増えてきたので、夷隅川を渡ったところで裏道に入る。和泉地区の海岸に出たところにあった岩。トロンボ島だろうか。
潮が満ちると島になり、引くと陸続きになる地形はよくあり、また神聖な場所として、社が祀られることが多いのだが、ここには鳥居も社も見当たらない。
しかし車ではなかなかこのような細かいところまで見つけられない。サイクリングの醍醐味である。



最後に、往路でウミガメの丘謎の前方後方墳も気になっていた築山の正体を見に行く。
剃金海岸にある古墳のような築山。当時は今と海岸線も違っていただろうから、こんな海沿いに古墳が現存していることは考えられないのだが、遠目に見るとやはり前方後方墳である。
正体は『ウミガメの丘』。確かに近くで見ると古墳とは少し違う。解説にはウミガメにまつわる伝説が乗っていたが、なぜこの丘を作ったのか、なぜこの丘がここにあるのか、またなぜこの形(見様によっては浜を歩くウミガメに見えなくもないが)なのかが全くリンクしていない。
古墳だったとしたら、全国でも非常に珍しいタイプの前方後方墳になるのに‥‥。規模もそれなりだし。

車もチャリも砂だらけ車場の利用時間が18:00迄ということだったので少し焦ったが17時半には帰還できた。止めていた車も自転車も砂だらけとなってしまった。







ルート日の走行  96.1km

千葉の海岸線は結構楽しい。

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MD・カセット復刻

パイパイオニア X−MDJ7オニア 『X−MDJ7』の本体 『XR−P7MD』がいよいよお釈迦になってきた。16〜17年目になり、すでに2年前ころからはカセットが動かなくなり、3か月前にはついにMDが作動不能に陥った。
買う時から、このゴテゴテの宇宙ロボット崩れのデザインが嫌だったが、オールインワンであったこと、CD25連チェンジャーと編集用多機能を持ちながら、値段が5万円台くらいだったか。CD機能は元気だが、MDが使えなくなるのには困った。








我がPIONEER PL−J2500&VICTORSEA−M770家の生残ったコンポはビクター『SEA−M770』とパイオニア『PL−J2500』。できれば同様にMD・CD・カセット一体型がよかったのだが、如何せんMDは製造中止となり中古しかない。







ONKYO BR−NX8S&K−185XS古を探し、オンキョー『BR−NX8』と『K−185』を追加する。
『BR−NX8』はHDD搭載でMP3やメモリースティックにも対応できるので便利だ。25連チャージャーがなくなったが、もともとたいして使っていなかったので、ダメージは少ない。カセットテープも再生ができればよかったのだが、ラジカセでは逆に置き場に困るので、新品ラジカセより高いカセットデッキにした。





オーディオ再編成る意味MDを生かすためのラインナップではある。
MDはすべて自家録音なので、すべてカーMDデッキ対応である。車もラインイン端子があるのでなんでも後付はできるのだが、ビルトインのMD操作になれているので、車のほうがダメになるまでMDとの付き合いは続きそうだ。
最近では、家でほとんど音楽を聴かなくなったので、ある意味我が家のオーディオは、「車」という個室の音楽視聴室で聴く音楽編成のためにあるようなものである。




レコードは不滅?です!コードとカセットは当面滅亡の危険性はないようだ。
真っ先に滅びるのはレコードだと思い、シンプルで壊れにくそうなターンテーブルと替針をたくさん買い込んだオヤジのもくろみは見事に粉砕された。





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PS
スピーカーピーカーを忘れていた!
DENON『SC−RO3』

武蔵府中熊野神社古墳

熊野神社用で昭島へ行ったので、帰りに府中市の『武蔵府中熊野神社古墳』に立ち寄る。
甲州街道沿いにあり、立ち寄るのも便利だが、神社には駐車場がない。車で一回りすると、北側の道路にコインパーキングがあった。

『武蔵府中熊野神社古墳』。1辺の大きさが32mある。単独で訪れる古墳は基本的に100m以上と決めているおやじにしては、珍しく小振りな古墳である。



武蔵府中熊野神社古墳かし、この古墳、訪れるに値する大きな特徴が、全国でも珍しい『上円下方墳』という形状の古墳としては最大のものだからである。1辺32mと書いたが、3段構築の下段・中段が方墳であり、上段は直径16mの円墳となっている。
築造は7世紀中葉とのことで、古墳としては終末期のもので、天武天皇の時代にあたる。
南側に石室入口の扉があるが、石室は補強処置を施され、埋め戻されている。
神社の参道の横に、展示館と石室のレプリカがつくられている。




展示館横のヘルメット着用石室レプリ地下鉄入口じゃないカ。レプリカだけどヘルメット着用で、懐中電灯で入るのだ。
入口は狭いが、中は意外と広い。明治初めまでは石室に自由に入れていたようで、ほとんど盗掘で失ったようだ。その後石室が崩壊して、古墳であることが長く忘れ去られていたようだ。発掘調査により、鞘尻金具やガラス玉などが発見されている。




展示館内室は鞘尻金具発掘位置3室分かれている。同時期につくられた行田市の八幡山古墳(円墳80m)の巨大石室には及ばないが、奥の石室は大人が数人立ったままはいれる広さである。
横の展示室は、発掘前の状態や発掘・復元作業の記録が展示されている。
本格的発掘調査・復元作業が行われたのは新しく、この10年くらいの間である。




熊野神社古墳北側野神社古墳がつくられた後8世紀初頭に府中市に『武蔵国府』がおかれる。この時代、国造制はほとんど消滅するが、まだ完全な中央集権にはなっておらず、国司が元の国造などの有力豪族を郡司として任命し、地方豪族の権力が継承されている時代だ。
大型古墳がほとんど造られなくなるこの時代に、上円下方墳では武蔵国最大規模となる熊野神社古墳の被葬者は、この地域の郡司としてかなりの権力を持った豪族であったと推測されるが、残念ながら、記録がかなり進んできた時代でも、残された文献から被葬者を割り出すことはできないようだ。



古墳全景(西側)世紀には武蔵国の国造は荏原・橘樹の豪族が任じられていたが、5〜6世紀には、埼玉周辺の豪族に権力が移行していく。しかし7世紀初頭には、さきたま古墳群も終焉を迎え、この時点では、権力は多磨の豪族に移っていたのか。もし笠原一族が権力を掌握し続けていたら、武蔵国府は熊谷か行田周辺におかれていたはずだ。
太田天神山を見たばかりだ。大きさにおいては比べようもない規模だが、葺石によって整然と再生された独特の形状は、この時代の武蔵国最大級の古墳として、異彩を放つ存在である。




武蔵府中熊野神社古墳近所に、〇〇クリー国立店や〇’〇ロード府中多摩川店などがあるので、さらに寄り道して、自転車パーツを物色して帰る。(こちらがメインじゃないぞ!?)


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まだ桜

お彼岸にいけなかったので、この休みに花見もかねて墓参にいった。

多摩霊園さくら3多摩霊園さくら2の墓所は多磨霊園、オヤジ方は八柱霊園である。
多磨霊園は面積38.7万坪に及ぶ、日本初の公園墓地で、都内最大の霊園である。園内には1600本の桜がある、都内でも有数の桜の名所なのだ。







墓所多摩霊園さくら5は東八道路から入って大燈篭のある付近。多磨墓地というと参道やバス通りの桜が見事だが、ここはバス通りから外周道路までの『東4号道路』と呼ばれるところ。大灯篭を挟んで、約400mの桜並木である








多摩霊園さくら4の時期に来れるのは少ないが、満開の時に来れたのは幸運と言える。小雨がぱらつく生憎の天気だが、風が吹くたびに舞う桜吹雪が幻想的である。
天候のせいか、彼岸を過ぎたからか、園内は閑散としている。
霊園だから、中でどんちゃん騒ぎをする罰当たりはいないだろうが、先祖に酒好きがいれば、付き合と称して飲むのも一考である。
我が家はこのところとんぼ返りだが、歴史上の人物や、著名人の墓もあり、桜の中をゆっくり散策するにはよいところである。




八柱霊園さくら4て、とんぼ返りの当日掛け持ちで、オヤジ方の八柱霊園に行く。
千葉県にあるが、都営の霊園である。面積は32万坪。ここも正門から入ると、正面が大きな公園となっている。
昔はきちんと参道を通り、石材店で仏花を買ってお参りしたものだが、正面が混むものだから、途中の生花店で仏花を買って、裏側の南門から入るようになった。ここからが墓所に最も近い。
中央の公園以外は小さな広場や給水所付近に桜が点在している。
我が家の墓所の周辺では、ひょうたん通りに面した小さな公園がプチ花見ができるスポットである。




八柱霊園さくら3八柱霊園さくら2磨霊園とは、打って変わって、晴天となり暖かくなった。
芝生にシートを敷いて花見弁当もできるが、桜の木の下に車を止めて、ドアを開けて、テラスのようにして、花見をしながらおやつを食べる。






日曜日は雨の予報
八柱霊園さくら都内近辺で満開の桜が堪能できるのも、今日までかもしれない。









八柱霊園さくら?口の給水塔のところに小さな花壇がある。チューリップが植えられていた。
もう少しすると、鮮やかなチューリップの季節になる。



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大雪

新雪?雪原にも、新調スタッドレスの威力を発揮する機会は仕事となってしまった。
2月8日土曜日、大雪の日。仕事先の茨城に行く。珍しく積雪予報が当たり、近年にない大雪となった。電車組は日暮れ早々に撤収。残った車数台は帰宅を断念した設営部隊だけとなる。最後の帰宅者となった自分は、午後8時30分に帰途に就く。仕事先の吹き溜まり駐車場からの脱出はデフロックが必要だった。



主要道も除R−6雪されておらず、深い轍が凍って走りづらい。林道並に凸凹である。柏でR6に合流。
土曜日で、車が少ないのは幸いした。
流山から松戸に入るあたりから、上下線で事故車・立往生車が続出。ついに渋滞で動かなくなる。






ホントにR−6?裏道金から旧道に入る。交通量の少ない裏道は新雪状態。
吹き溜まりなどでは、何度も前方で地響きのような音がして、ライトが暗くなる。どうもラッセル車状態で走っているようだ。バンパーで押し上げる雪がフォグランプを蓋してしまうようだ。ノーマルなのにラッセルしてんじゃしょうがないぞ。
馬橋からまたR6に合流。この先は流れている。平野部の主要幹線がこんな状態になるのは何年ぶりだろう?。否!たぶん運転を始めてから初めてだろう。


都内雪とスカイツリーに入っても、路面状態は一向に改善しない。R6から裏道に入り柳島のところで降りて1枚。
雪とスカイツリーである。







亀戸サンライズタワー付近かH・P前ら京東京都内?マジすか葉道路を越える。ここホントに東京かい?
見慣れた自転車通勤路のはずだが。





今回大無事帰還せり‥‥と思ったら変だったのが、仕事先駐車場からの脱出と並んで、自宅車庫入れ。
ここも新雪状態ラッセル車になってしまう。雪かきしてから入れるべきだが、夜中だし、寒いのでとりあえず邪魔にならない程度に適当なスペースに停めておく。
ここでもデフロックの出番となる。





45年ぶり一夜明けて夜明けた街。都心で27cmは、45年ぶりの大雪だそうだ。子供のころ、確かにこんな大雪があったかな。
いずれにしても、150分の夜間スノードライブは、走り応えがあった。





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TOKYOTOWER 初のぼり

TOKYO-TOWER1々の夫婦そろっての休みになった。法要の帰り、どこかでゆっくりお茶することにする。せっかくだからちょっと足を延ばして東京タワーに行ってみる。
東京タワーに上るのは5〜6年ぶりだ。
特別展望台券付で、一人1,420円。スカイツリーのイメージがあるから、一番上まで1,420円て、一瞬間違い?と思うくらいだ。
駐車上もがら空き。のぼりのエレベーターは夫婦貸切であった。







TOKYO-TOWER2心は高層ビルが乱立している。130mというとビルの雲海の中に埋もれてしまう高さであるが、小高い丘の上にあることと、都心の中心部にあることで、スカイツリーとはまた違うパノラマが見れる。タワー高333mは地上高だが、150mというのは『海抜表示』らしい。






TOKYO-TOWER4茶する前に、特別展望台に上る。前回は上っていないのでここは数十年ぶりだ。
マンションサイズの小さなエレベーター1基。これじゃ混んでる日は行列になるはずだ。
公示250mのパノラマも『海抜表示』で、地上高としては230m。
都庁の展望室よりは高いが、サンシャイン展望台よりは低い。
スカイツリーは海抜1mにも満たないところにあるから、どちらの表記でも同じなのだろう。
スカイツリーは下町にあり、周囲に高層ビルが少ないこともあるが、何か別の世界から箱庭を見る感覚だった。ここは同じ土俵の中で抜きんでた高見の感覚である。『神の視線と覇者の視線』という表現は不適切かもしれないが、あえてそんなイメージの違いである。

TOKYO-TOWER7フェラトゥールでティータイム。流石に平日の午後はゆったりしている。混雑のストレスが全くない。
夜はさぞ夜景が奇麗だろう。
帰る前にやはりここは見ていきたい。『ルックダウンウインドウ』。床がガラス張りになっているところ。
はっきり言ってここはスカイツリーの『フロア340ガラス床』より怖い!
スカイツリーはいかにも分厚いガラス板が分厚い補強鉄材に乗っている。何人乗ってもびくともしない感じだが、ここは2人乗ったら抜けちゃうんじゃないかって感じ(実際は2人乗っても大丈夫??だった)。ガラスの上を歩くと、スカイツリーでは味わえない「お尻のムズムズ感」が満喫できる。
さてさて、私の車はどれでしょう??



TOKYO-TOWER5最後はタワービル(いまはフットタウンというそうだ)でお土産を買う。
ここの雰囲気が、子供のころからの東京タワーのイメージを残している部分だ。
しかし、今は各階とも改修工事中。東京タワーもスカイツリーと共存(競争ではない)するために時代に合わせた変化をしていくのだろう。

いつも自転車で来るとやっている、ローアングルからのコラボ写真。スカイツリーではなかなか車でできる場所がない。
来るとわかっていたら、洗車しておけばよかった!

今回は平日だったので娘はきていない。また、家族で夜景を見に訪れたいものだ。
しかし昔のように『TOKYO TOWER』をガンガン流しながら‥‥というわけにはいかない。そろそろ娘が歌詞の意味に気が付く年頃になってきた。



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スタッドレス 新調

REVO GZシーズン使ったブリザックREVOをついに新調した。
ほとんど使わないスタッドレスなので、今回はBS以外の安いのでいいと思ったが、知人のカーショップで
説き落されて、結局『ブリザックREVO−GZ』になってしまた。


『REVO供戮235/60R16だったが、少しでも燃費が良くなるよう、今回のGZは
215/65R16(標準サイズ)にした。BSは結構もちがいい。また6〜7シーズンはもつだろう。
果たして車がそこまでもつかわからない。最近特に没落したおやじの財政で、次の車がこのサイズを履くことはほぼ叶わない。運命の狂いがない限り、このサイズはこの車限りだ。

自然車高調?スタッドレス新調では基本的には細めがいいという。購入した時から235だったので、215は少し貧弱に見えるし、実際走ると腰砕け感があ
飛ばさない代わりに、横着でコーナーもノンブレーキという『超物愚作運転
のおやじにはちょっと危険なサイズだったりする。
でも、せっかく履き替えたのだから、なんとか今シーズンもスノードライブに行きたいものである。
都心の
スノードライブは勘弁してもらいたいが‥‥

5ヶ月の休息正16インチホイルのデザインは正直あまり好きではない。しかし一番安心できるのが純正である。「HS純正17インチのUを根気よく探せば良かったかななどと、今さらと思える微塵の後悔をしながら、18インチプレイズを4ヶ月間のお蔵入りとする。



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七沢温泉紀行

盆休みを利用して、近場の温泉に一泊することにした。厚木市七沢温泉。本厚木から車で20分少々。ほとんど仕事の延長のような場所だが、市街地隣接とは思えない山間の天然温泉である。
家族観光の目玉は宮ヶ瀬ダム。春に自転車て日帰サイクリングに来た。今度は車で1泊なのでゆったりできていいだろう。

行程は一般道経由。前回サイクリングでよれなかった平平山橋2山橋に立ち寄る。
ごく普通の橋に見えるが、鋼製3連トラス構造になったのは大正15年で、平成13年に平山大橋ができるまでは半原地区の重要な幹線橋であった。

平山橋ヤジも何度かわたったことがあるが(もちろんダムができる以前)、今は車両通行止めとなっていた。平成16年に登録有形文化財となり、歩道橋としては現役で頑張っている。



平山橋3東亜戦争のときは、米軍機がここまで来たのか、機銃掃射の後と言われる穴が残されている。マークされるほど重要な橋だったのか、たまたまだったのかは知る由もない。



宮ヶ瀬湖畔園地ムサイトには直接行かず、宮ヶ瀬湖畔園地に行く。『cafe Tanba』で昼食。
『ロコモコ』が割安だがうまかった。
行って分かったのだが、今日は花火大会があるようだ。お昼には各所で陣取りが始まっていた。
遊覧船があるので、ダムサイトまで行ってみる13:20出航なのでぎりぎり。

ダムサイトの遊覧船乗り場からダム下に下りる。
今回インクラインは『インクライン』に乗る。片道大人200円、小人100円也。
インクラインとは「傾斜面にレールを敷き、動力で台車を動かして船・貨物を運ぶ装置。」のことであり、このケーブルカーの固有名称ではない。元は工事用車両をそのまま載せる台車だった。


ダム涼しい2宮ヶ瀬ダム1下。
ここにくると沈んでしまった宮ヶ瀬渓谷が偲ばれる。    
上りはダム内の無料エレベーターを使う。やはりここが一番涼しい。

 
船着場ヶ瀬遊覧船行き遊覧船は、花火大会のため、今日は15:00が最終。
このところの雨不足で船着場がかなり後退している。


今日七沢荘の泊まり。七沢温泉の七沢荘。七沢荘
ごく普通の温泉宿だが、ゼロ磁場にあるパワースポットなのだそうだ。



食事貸切風呂七沢荘は特筆するものはないが、川魚はうまかった。温泉は内湯と露天(なぜか殿方湯は風呂までが遠くて、内湯がなかった?)がある。別に貸切風呂を借りる。
お湯は無臭だがつるつると言う不思議な湯であった。

七沢荘ヤジはマッサージ器がなかったことが不満(元々パワースポットなのだからマッサージ器の必要はないのだろう)だったが、娘は気に入ったようである。



服部牧場日は再び愛川町の服部牧場へ。2日目の予定は鮎釣だったが、金がないとのぼやきを聞いてか、娘の「家の前の川のはぜ釣はタダだ」との一言。なんてえらい子だろう。
家の前のはぜはうまくないと思うし、時たまぼらがつれてしまうのだが‥‥
で、近くの牧場に変更。単に魚よりアイスと言う短絡なだけだったのかもしれないが。
ヒツジ服部牧場2は風通しもよく、木陰は涼しい。
娘は餌をもらってきてヒツジやロバを釣っているようだ。



なぜかゼブラなぜかゼブラまでいた。





同じヒゼブラ・ヒツジ・ロバツジでも色々な種類があるようだ。『シャロー』・『アナトミック』・『アナトミックシャロー』・『コンパクト』等々。
『マーズバー』がいなかったのは残念。
なんと4本づのの『TT』??のようなのまでいた。
何の話?だ。

ソフトクリーム最高イスクリーム工房『カサリンガ』のソフトクリーム。これは一押しである。また自転車で着たときはぜひよりたい。但しまたミニヒルクライムになってしまうが‥‥



最後田代半僧坊山門は振り出しに戻り、愛川町田代の勝楽寺(田代半僧坊)による。立派な山門は嘉永4年(1851年)に地元の工匠によって立てられたのだそうだ。



田代半僧坊中門門を過ぎるとすくにまた門がある。中門と言うそうだが、なせ閉まっているのか不思議。というか閉まっていても意味を成さない不思議な門である。



七沢温泉省渋滞とは無縁のスムーズなドライブであった。
走行210km。1泊旅行としてはホテルシーサイド江戸川についで短距離となった




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エーデルワイズみたび 弐

記念撮影日はAM8:40に出発。宿の前で記念撮影をしていただいた。
日塩有料に入るとすぐに渋滞となった。料金所渋滞かと思いつつも、料金所を超えても渋滞は続いた。



看板2看板その1所の手前にある看板。
いつからあるんだろう?。これ見てぴんと来るのは40代後半だよな。
料金所を超えると反対側車線にあるのはこの標識。
これは今でも通用する??

渋滞はハンターマウンテンの駐車場へ続く道まで続いている。エーデルワイズに行く道には車一台行かない。
これはひどいと思いつつ、すいてるかなぁという期待も出てくる。
塩原宿泊のスキーヤー・ボーダーはほとんどが『ハンターマウンテン』に行く。塩原温泉とハンターマウンテンのスキーパック企画は大々的に宣伝されてい る。ところがエーデルワイズを見ると申し訳程度に川治温泉とのセットパックが見られるのみ。そう、エーデルワイズは日光市にあるのだ。

なにこれ行列かし期待とは裏腹で、駐車場は一番遠い下段の中ほど。初めて訪れたときとほぼ同じ位置だ。
これでもリフトは混まないので、悠々たるもんのはずだった。
しかし‥‥なにこれ?レンタル申し込みの行列が有に100m以上はあるぞ!
とてもレンタル数が足りないように見えるが、とりあえず並ぶ。リフト券売り場も長蛇の列だが、なにこれ行列後方レンタルが出来るのかが不明なので、暫く経ってから別働隊を派兵。
待つこと1時間半弱。あと5分で半日券が買える時間になった。他の客が騒いで待つと言い出したのでそれに便乗。AM9:30にきていながら、半日券となった。
レンタルも11:30から半日料金になる。10分前になり、すでにかなりのパーツが終了になっていながらも、誰も
申し込みをせず、行列は完全に停止した。
スタッフが折れて5分前から午後料金での貸し出しを再開。子供用の靴はほとんどなく、娘のサイズの靴も残り数足だった。レンタル在庫もがらがら状態で、先ほどと変わらない100mの行列の後方の人達はどうしたのだろう。
メインゲレンデ局、滑り出したのは昨日とほぼ同じ時間となった。周囲の会話を聞いても、常連なのか、すいているからいつもここだというが、今回の混み方は異常らしい。何かウケるTV企画でもあったのか??



こいつらだって危ないぞ強盗?兵士?が「お父さん、それ危ない!」というので1枚。
強盗じゃないぞ。ソルジャーだ。「生鮮を買いぬくために戦うのだ‥‥??」。武者震い‥‥さぶいぼか?



楽しかった‥??ローズの時間が迫ってきたので退却準備。
何の言って、半日券でも十分滑れた。
山の稜線に日が沈むと、あたりはトワイライトゾーンに包まれていく。遥か下方の谷間を綴りながら、渋滞のテールライトの列が暗い山間に、美しくもアンバランスなコントラストを描く。

ロマンチストになったわけではない。眠くてぼうっとしているだけだ。フェイシャルタオルでガシッと眠気を覚まして、安全運転(のつもり)で帰る。

走行424km 燃費9.5km/L
エアコンガンガン、渋滞の山登りを含めばまあまあだ。


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エーデルワイズみたび 壱

今シーズン初めてのスキー。
圧雪路場所は常連となった。『エーデルワイズスキーリゾート』
東京から近く、東北道アクセスのため比較的渋滞も少ない。駐車場は無料。但し、日塩有料道路途中にあるため600円の通行料がかかる。駐車場代わりとすれば安い。
道は圧雪状態。8年目のスタッドレスでも快適で、デフロックが活躍する場もない。
中段駐車場いつものように初日は昼前着。上・中・下(ランクじゃないぞ)とある駐車場の中の奥寄りに誘導される。昼近いからこんなものだ。その代わり、レンタルもリフトも半日券だ。
レンタルスキーが、珍しく建物の外まで並ぶ列となっていた。‥‥これが明日襲来する異変の前兆だと気づくすべもなかった。

ゲレンデはすいてるリフト・ゲレンデともにすいている。メインリフトも10分待つことはない。待ちすらない場合もある。
ゲレンデもすいている。この『すいている』ということがここの大きな魅力であることは、周囲のグループの会話を聞いていても分かる。結構常連が多いようだ。
娘はゲレンデに流れる曲を全て歌っている。オヤジとカミサンには分からん。
スキーといったらカミサンは『ユーミン』、オヤジには『レベッカ』しかない。ブランクの長さが知れようものだ。

エーデルワイズ’13フトは5基、上級コース3・中級5・初級6とあり最長コースも1,800mと比較的こじんまりしている。万年『中・初級レベル』のオヤジにも、上級だと思えるコースはコブのある1つだけで、あとはボーゲンでも降りてこられる家族向けゲレンデだ。『枯木ゲレンデ』というメインゲレンデから独立した、天然雪で、森林の中を滑る穴場ゲレンデもある。
リフトがのんびりで、遅い第一クワッドの信号待ち(初級者や子ども連れが多く、乗降時によく止まるのだ)では待ち時間を含めて山頂まで20分は掛かる。
レストハウスで休み休みでは、回数券にすればよかったと思っていたが、実際は回数券を上回る回数を乗っていたので、結局は半日券が正解だった。

復興御宿??日の泊まりは、塩原温泉にある『復興御宿 富双江葉大馬 塩原秘極の湯 葵』(えらい長い名前だ!!)。
紹介によると、東日本大震災の被災地である、福島県6市町の名文字を採ってつけた名だそうだ。被災者の雇用や宿泊などを含め被災地の復興を祈願し、昨年10月にオープンしたとある。
そのようなことを考慮してか、全体的に派手さはなく、静かで落ち着いた雰囲気である。食事とスタッフの心遣いは「◎」。
大ボリュームではないが、とても美味かった食事の写真を撮っていなかったのは失敗。
女性陣は大満足であったようだ。しかしオヤジには、殿方内湯の狭さが「×」。部屋も含め他は申し分なかっただけに、唯一不満の種であった。
紹介写真引用

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1.PRESAGE U31
愛称『KARANO』
  :いまや歴史遺産となった3.5L/デフロック付きフルタイム4WDのミドルルーフミニバン。最近は金欠でタコメーターしか見れなくなった。最近やっとショックを交換。2004年モデル。

2.SOMA・SAGA『嵯峨』
  :米国ソーマファブリケーションズ社のツーリングフレームに格安パーツを買いあさって組み付けた僭称グラベルプラスワンロード。重量がネックだが太いタイヤは楽ですよ。年式不明。

3.MR−4
  :18年間コンパクトスポーツの頂点に君臨したGIANTのロングセラーフォールディングバイク。2010年モデル。FからSE擬き仕様にDIY。こまめな輪行・車載には難があるが走行性能はピカイチ。

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