KARANOがれーじ

KARANO 枯野 1.古事記に登場する仁徳天皇所有のハイスピードクルーザー。毎日灘波と淡路を往復し清水を宮に運んだ。 2.我が愛車のニックネーム。毎週我が家とスーパーを往復しPBの飲料水を運んでいる。 3.枯野さん(ハンドルネーム)。 鍵穴型古墳マニア。持病持ちポタサイクリスト。

PRESAGE

艦(ふね)が見たい

日曜日の午後、日用品の買い出しでイオンに行く。
湾岸線元のイオンというとトピレックプラザかスナモである。イオンで買い物をしてスタバでお茶するのが決まりのパターンだ。スナモの場合は上島珈琲店だが‥‥。
今回はちょっと遠い「ショッパーズプラザ・イオン横須賀」に行く。イオン東雲より少し遠い。レイクタウンより幾分遠い。ハイオクガソリン垂れ流しの車で高速料金を考えると、地元のクインズで買い物する方がたぶん安いだろう。
夜、昭島に行く用事があったのでちょっと寄り道する。江東区から昭島市に行くのに、横須賀市を経由するのが『ちょっと寄り道』にあたるかは置いといて、横須賀に行きたくなったのは不意に軍艦が見たくなったからである。家から横須賀まで高速湾岸線を使えば1時間ちょいで着いてしまう。


景観破壊ント久々に大黒パーキングに立ち寄る。
昔は、よく夜景を見に来た大黒PA。展望デッキに行ってみると‥‥
ありゃりゃ。橋もみなとも見えないねぇ。この巨大な壁の向こうには巨人がいるのかな。ベイスターズは巨人に食われてしまったのか。
こういうセンスも粋もないのは外資系企業だけだと思ったら、地元の日系企業というから少し寂しい。




ショッパーズ屋上イオン横須賀須賀ICからよくわからないまま、現金払いの『本町中山有料道』に入ると、いきなり眼下に軍艦が数杯現れる。
有料道路の終点はヴェルニー公園の横。ショーパーズプラザが周辺のどの米軍施設や海自関連の建物より、よほど要塞ヨーサイして聳え立っている。
屋上駐車場に止める。早速軍港のパノラマが見える。
流石トピレックの屋上とは違う??



軍港めぐりスタ軍港めぐりバで昼飯にして、今日のお目当て『横須賀軍港めぐり』の遊覧船に乗る。1400円也。日曜とあってかなりの反響である。
梅雨とは思えぬ暑さにめげて、空調完備の室内にする。しかし、写真を撮るならやはり上階層だろう。





軍港めぐり4軍港めぐり1覧時間は45分。船内に自販機がないので、特に夏は乗船の列に並ぶ前に飲み物を買っておくことをお勧めする。
出発すると進行左岸に海自の横須賀地方総監部、右岸に同潜水隊群司令部、その先が米軍横須賀基地になっている。
軍港めぐりの案内人さんが面白くわかりやすく説明してくれる。




『衝突のイージス』常は空母のドッグになっているというところに停泊している艦。あれが記憶に新しい惨事、『衝突のイージス』だそうだ。
船舶の衝突は珍しくはない。しかし一方が軍船だとことさら大きく取り上げられる。民間船と衝突するような艦が、有事の際役に立つのかという庶民の不安を、マスコミが増長するからだろうか。






引退艦引退艦2に任務をこなし引退していく艦もある。『掃海艦はちじょう』、機雷除去に活躍する1000tクラスの世界最大級の木造船だ。すでに除籍されており艦番号も消されている。機密保持のため解体されてしまうのだが、既に大型木造船の建造技師がいないため、木造の大型自衛艦はこれが最後だそうだ。技術立国日本の技術がまた一つ消えていく。




船をヴェルニー公園1ヴェルニー公園2下りて、『ヴェルニー公園』を散策。幕末のフランス人技師『ヴェルニー』に因んで名付けられた公園は
フランス庭園風である。だから『薔薇』なんだろうね。
以前にテレビに出ていたのってここだったのか。特別なところかと思っていたら、何と駅前だった。




ヴェルニー記念館2ヴェルニー記念館園の一番奥(駅からは一番手前だ)にあるヴェルニー記念艦。公園名のもととなったヴェルニーが設計した『横須賀製鉄所』に設置された『スチームハンマー』や製鉄所に関する資料が展示されている。
製鉄所は造船所となったが、その当時のドッグは今も対岸の米軍基地で現役なのだそうだ。




潜水艦2すずつき艦の見える公園だけあって、先ほどの遊覧船から見えた潜水艦や護衛艦などが身近に見える。ついさっき入港したばかりの潜水艦の名前はわからないが、護衛艦は『すずつき』とわかる。
さっきの受け売りかって?。厭々、タラップにそう書いてある。護衛艦のタラップがみなあんな感じとは思えない。民間人が最も目にするところだから、親近感の演出や宣伝効果を狙ってのことだろう。
トップのボケ発言とは関係なく、現場は頑張っていることはよくわかっています。

三笠記念公園珍しい公衆電話島行きにはまだずいぶん時間があるので、ヴェルニー公園を後にして米軍施設の対岸にある三笠公園に行く。
公園の前にあった珍しい『公衆電話ボックス』、というより『公衆電話』そのものが「珍しい」。






戦艦三笠戦艦三笠2港に停泊していた護衛艦より大きく見える『戦艦三笠』。実際、三笠の排水量は15,000t。自衛隊の護衛艦は3,000〜5,000tクラスである。帝国海軍なら軽巡クラスの大きさだ。大和やタイタニックのイメージで見てしまうと護衛艦も三笠も小さい。
とはいえ三笠は当時としては、最新・最大級の戦艦だったようだ。バルチック艦隊旗艦『国親父座ろう(日本海大海戦の観みすぎか)』でさえ三笠より気持ち小さかったようだ。今でもマストに高々と『Z旗』がたなびいている。
客船タイタニックにしろ、この三笠にしろ、船はこの時期のものが最も美しいと思う。
マスト三笠3覧料(乗艦料)600円。当時の価値換算が不明だが、今の100円を30万円相当とすると、観覧料1800万円也。すべてをゆっくり見ると1時間以上はたっぷりかかる大きな艦である。
こんな大っぴらなところから砲撃していたと思うと、16世紀の海賊船と変わらない気がする。当時を再現した人形兵を見ると牧歌的ですらある。





猿島最新哨戒システム橋に上ってみる。これが戦艦三笠の最新哨戒システム。先ほど同様100円を30万円換算すると2分30万円、1時間900万円。1日2億1600万円。現在の最新レーダーの維持費とどっちが高いのか‥‥??。「バルチック艦隊に砲撃開始の直前で100円が切れて真っ暗になる。」「上官が怒鳴り下士官が慌てて100円を入れる。」くだらない想像でつい笑ってしまう。
猿島が見える。無人島ということだが、定期船が頻繁に往復し、かなり賑わっている様子だった。



いろいろお取込み中なのか、空母型が見られなかったのが唯一残念だった。
特に軍艦が好きというわけではないが、十分楽しめた。今度は家族と来たいものである。ショッパーズプラザで買い物したから、駐車場もタダになったし‥‥


にほんブログ村   車ブログへ
にほんブ ログ村
 にほんブログ村 車ブログ ミニバンへ
にほんブログ村

長い付き合いだなー‥‥けど腹立つのう

今年も自動車税の納付時期になった。
いつ納付通知書ものごとくポストに入っていた。
最近は自動車税や都市計画税などをキャッシュで払えるほど現金がないので、数年来クレジット払いである。
また支払いをしようと開封する。
「あれぇ〜っ、なんかたっけーな。」
「あっ、そうか年式だ!」
以前乗ってたグラチェロ並の高級車になってしまった。

4リッターカーの税金に耐えかねて15%近く下がる1ランク下の3.5リッターで選んだのが今の車である。15%上がったら元のもくあみである。


腹立つ重課車登録より一定期間を過ぎると重課税となる。
「古いものは金がかかるしエコでない。しかも新車が売れないと経済効果もない。そんなの乗っているあんたは非国民だ。」といわんばかりだ。

日本人の原点『もったいない』はどこへ行った。そういえば家の家電も1度2度修理しているものがほとんどになった。どれから火を噴くかの競争のようになってしまった。やばいねぇ。

車は毎年検査代のほかに10万以上の修理代・消耗品交換代を出費している。もう少し頑張って全自動車を買うという夢までもつだろうか。

腹は立つが、でもそれだけよく飽きずに乗ってきたなと改めて感心。
もう少し頑張んべか。歴史遺産の維持管理には金が掛かるのだ。


にほんブログ村   車ブログへ
にほんブ ログ村
 にほんブログ村 車ブログ ミニバンへ
にほんブログ村

関東三十六不動尊巡拝 

さて、第一回目の『関東三十六不動尊巡拝』である。スタートが5月なので残り7か月となっている。巡拝に合わせていろいろ見て回りたいところもあるが、今回は割愛。
巡拝は特に順不同でよいそうなので都内から始める。

ルート
〔楾不動尊⇒等々力不動尊⇒L楡追堝安頃有っ飜酩堝安頃有ダ仗整翩堝安頃有志村不動尊⇒目白不動尊

目黒不動尊2目黒不動尊1黒不動尊
 天台宗泰叡山瀧泉寺(たいえいざんりゅうせんじ)
慈覚大師・円仁の開基によるとされ、日本3大不動の一つに数えれれる由緒正しき寺院である。
駐車場はあるのだろうが、山門の前にコインパーキングがあるのでそこに駐車。



目黒不動尊4目黒不動尊3本尊はもちろん不動明王、本堂の裏手に巨大な大日如来像がある。不動明王は密教最高神『大日如来』の化身とも分身ともいわれている。護摩焚きの時は「大日大聖不動明王」と唱えられている。
女坂の途中に『変神大菩薩』が祭られている。修験道の開祖『役小角』のことである。お不動さまのところには多くに役小角も祭られている。修験道と密教は密接なつながりがあり、空海のエピソードの中にも役小角が大きくかかわっている。


等々力不動尊2等々力不動尊1等々力不動尊
 真言宗智山派滝轟山明王院(りゅうごうさんみょうおういん(致航山感應院満願寺別院)
寺院の縁起には、はっきり書かれていなかったが、真言宗の中興の祖、興教大師覚鑁(かくばん)によって開かれたとあるので、12世紀頃の開基だろう。
等々力渓谷の中ほどにある。
駐車場有。目黒通りを都心方面から来るとUターンになる。

等々力不動尊3不動の滝内から渓谷に下りられる。ここにも『変神大菩薩役小角』の祠がある。下りると渓谷沿いに不動の滝がある。遊歩道や甘味処もあるので時間が許せばゆったり過ごしたいスポットである。
余談ながら、目黒通りを挟んで向かい側には墳丘長55m、高さ7mの『御岳山古墳』、渓谷の対岸を上って500mほど行くと全長約82mの帆立貝式古墳、『野毛大塚古墳』がある。


L楡追堝安
 天目青不動尊2目青不動尊1台宗竹園山教学院最勝寺(きょうがくいんさいしょうじ)
開基については1,311年説と1,609年説があるようだ。創建者の玄応和尚自体いつ頃の人物かわからない。
三茶の雑踏からわずかにそれた閑静な住宅地にある。広い駐車場があるが進入路がわかりずらい。西友付近のパーキングに止めても歩いてわずかだ。
ご本尊は阿弥陀如来。正門から入ると右手手前。世田谷線沿い(写真)から入ると正面が不動堂になっている。

目青不動尊3目青不動尊4動堂は古式騒然としているが、現在の不動明王像は明治になってから当寺に移されてきたものだそうだ。
慈覚大師(円仁)作といわれる不動明王像を直接見ることができる。





っ飜酩堝安
 中野不動尊1中野不動尊2言宗豊山派明王山宝仙寺(みょうおうざんほうせんじ
当寺の歴史によると、創建は平安後期の寛治年間、源義家によって開基されたとある。
特に駐車場の指定はないが、正面門の横に車用の通路があったので、境内の隅に停めさせていただいた。



山門には阿吽の金剛力士像が配されている。境中野不動尊3内は広い。
ご本尊は秘仏で良弁作と伝えられる『不動明王像』。
三重塔には『大日如来像』。少し奥まったところにある御影堂には『弘法大師立像』が安置されているとのことだが、今回は見ることはできなかった。





中野から足を延ばし、練馬区の三宝寺池近くにある第11番所である『石神井不動尊』に向かう。
ダ仗整翩堝安
 真言石神井不動尊1石神井不動尊2宗智山派亀頂山三宝寺(きちょうざんさんぽうじ)
縁起によると、創建は応永元年(1394年)。鎌倉大楽寺の大徳権大僧都幸尊法印により、現在の豊島橋周辺に建立され、地在豪族の豊島氏の保護を受けていたが、1477年、豊島泰経VS太田道灌の『江古田原合戦』により石神井城が落城すると、道灌によって現在地に移転された。




石神井不動尊3石神井不動尊4神井城の縄張りの中につくられた境内はかなり広く、本堂のほかに6つの別堂がある。本尊は不動明王。
旧早稲田通りの斎場の向かい側に駐車場がある。
『関東三十六不動第十一番札所』であるほかに、『武蔵野三十三観音第三番札所』・『御府内八十八ヶ所霊場第十六番札所』(目白不動尊も第五十四番札所になっている)等複数の札所になっている。


志村不動尊
 真志村不動尊2志村不動尊1言宗智山派寳勝山南蔵院(なんぞういん)
徳川吉宗によって『櫻寺』と名付けられ、毎年春に釈迦尊の生誕を祝して盛大な『花まつり』が行われる。時機を逸して残念。
R17に面した広い駐車場がある。





志村不動尊3本尊は十一面観世音菩薩。不動堂は門を入って左側、本堂手前にある。不動尊はもともと近隣の末寺の本尊だったものが昭和の初めに当寺に移されたと縁起にある。






目白不動尊
 真目白不動尊2目白不動尊1言宗 豊山派神霊山金乗院慈眼寺(こんじょういんじげんじ)
創建は天正年間〜文禄元までの間とされる。門を入ると立派な本堂がある。ご本尊は『聖観世音菩薩』。地蔵堂は門を入りすぐ右手にある。
元々白目不動尊は文京区関口の目白坂の東豊山浄滝院新長谷寺(とうほうざんじょうりゅういんしんちょうこくじ)にあったが、戦災で焼失し当寺に移された。不動明王は弘法大師作と伝えられる秘仏である。

目白不動尊3動堂横手から裏山の墓地に入れる。丸橋忠弥の墓がある。行って見るかと尋ねると「それ誰?知らなーい」とカミさん。娘と違って歴女じゃないなぁ。かくいう親父も、この名前を覚えたのは『時の行者』を読んでからだ。






本日予定の七山を参拝したが、16:30まで多少時間があるので、もう一山、帰路からあまり離れていない南国寺目赤不動尊を今回の最終番所にする。
目赤不動尊2目赤不動尊1赤不動尊
 天台宗 大聖山東朝院南谷寺(とうちょういんなんこくじ)
五色不動の中でも目黒・目白と並び三不動と呼ばれている。
創建は元和年間、万行律師が赤目不動尊として開基した。三代家光より五色不動構想により『目赤不動尊』と改名された。やはり五色不動には天海大僧正の強い意向があるようだ。



門を入ると左側に駐車場がある。不目赤不動尊3動堂は駐車場の向かい側にある。こじんまりしたお堂である。去年の正月に来た時も夕方であった。
余談だが、ここから駒込方面に600m行くと、全長45m、高さ5.5mの前方後円墳 、富士神社古墳がある






関東三十六不動巡拝1院の縁起を調べてみると不動堂は多くが元の位置から移っているようだ。五色不動を家光の時代の位置に戻すと、江戸城を中心に北斗七星の形になるという説もある。
そんな五色不動を含む8か所を初日で巡拝、ゴールデンウイークで比較的すいていた都心であるが、6.5時間(朱印の授与時間は 9:00〜16:30なので7.5時間可能)で8か所はちょっとせわしなかった。次回からは少し境内や安置仏、周辺の見どころも散策したいきたい。



にほんブログ村 アウトドアブログ 散歩・散策へ
にほんブログ村
にほんブログ村 車ブログ ミニバンへ
にほんブログ村

今年は関東三十六不動尊巡拝

今年『酉年』はお不動さまの年。
関東三十六不動霊場会ポスター年はカミさんの達ての願いで、『関東三十六不動尊巡拝』をすることに決めていたが、諸所の事情とスケジュールの都合で、5月の連休からのスタートとなった。
仏教徒を自称しながら、仏教をまるで知らない不信心な親父としては,『関東三十六不動尊』てなに?、総開帳てなに?から始めなければならない。
「関東三十六不動霊場会」の公式HPを見てもその辺を教えてはくれない。
http://tobifudo.jp/36fudo/
そもそも干支の守り本尊の起源すら明確ではない。しかも12神御わすわけではないので、専任守護本尊と兼任守護本尊がいらっしゃる。仏の世界も人材不足のようだ。密教と陰陽道が融合されたともいわれるが、守り本尊自体広まったのは比較的近年らしい。

真言宗豊山派 七星山光徳院4やじの守り本尊は『千手千限観世音菩薩』、つまり千手観音さまである。仏教は本来インド発祥であるからインド風の名前(というより唱える真言だな)がある。
千手観音さまは「おん・ばざら・たらまきりーく」である。一発で覚えられる。

ちなみに上杉謙信が出陣前に群臣の前で唱えるのは「おん・べい・しら・まんだやそわか」、毘沙門天の真言である。こいつが何ともかっこいい。



新本堂2回の主役は、カミさんの守り本尊、もちろん『不動明王』、お不動さま。お不動さまを梵語で唱えると「のうまくさんまんだ・ばさらだん・せんだんまかろしゃだや・そはたや・うんたらた・かんまん」となる。カミさん熱心にお不動さまに通っているが、こんな長いお不動さまの真言よく唱えれれるなー、と聞いたら唱えられんそうだ。「のうまくさんまんだ・ばざらだん・かん」という略式があるようだ。これなら覚えられる。
外国人にはながーいフルネームの方も多く大概は略してファーストネームで呼ぶ。不謹慎かもしれないが理屈は同じようなものだろう。


では、なんで三十六不動なのだろう。「36」という数字はなに?。
もともと不動明王さまには三十六童子という眷属(けんぞく)がいるそうで、広辞苑によると「仏・菩薩につき従うもの」という意味があり、薬師如来の十二神将、千手観音の二十八部衆とかがあるそうだ。
三十六不動はその三十六童子から来ているといわれている。不動明王さまは一人だが眷属が別々だから三十六ヶ所を回るというのもおかしい気がする。

関東には上記のほかに「北関東三十六不動霊場」というのもある。関東の不動尊が72尊しかないということは考えられないから、それぞれの三十六寺院は商店の連合会みたいなものだろう。商店街活性化のスタンプラリーのようなものだ。
Wikiによると、関東三十六不動尊霊場(かんとうさんじゅうろくふどうそんれいじょう)は、神奈川・東京・埼玉・千葉にある36箇所の不動明王霊場寺院の総称。昭和62年に開創されたとあるから三十六霊場の総開帳は二回目ということになる。

「開創」とは、これもWikiによると、「寺院を創設すること」とあるが、それぞれの寺院は別に縁起を持っているので、あくまでこの霊場会という組織ができた年ということだ。
関東36不動て、その関東三十六不動尊霊場とはどこだろう。
第一番所 大山寺から始まって、大雄山・川崎大師・西新井大師・川越大師など初詣のメジャースポットをめぐり、締めくくりは成田山新勝寺。
五色不動などは昨年回ってしまった。

さて、目的地はわかったが、では行って何をするのか?
これもよくわからない。巡礼というなら、お不動さまを巡ることで、その地のお不動さまと結縁を結ぶということになるが、不動明王はもともと一尊である。しかしどれかが本物であとは代理人ということはない。HPでは順拝という表現が使われている。

まあ、あまりウンチクは必要ない。日本人はあるがままを受けいれ、すべてのものを神として祈る。仏さまもその中の一つであり、キリスト教徒やイスラム教徒にあまり抵抗なく接することができるのも、節操がないからでなく、太古より日本人の連綿と受け継がれる宗教観なのだろう。

gaibookせ、『関東三十六不動尊霊場』ガイドブックもあるし、モデルコース紹介や、各旅行会社でパックツアーなども組まれている。
白装束に金剛杖という大げさなものでなく、ドライブ気分で初めよう。
寺院はそれだけで一種のパワースポットになっている。少しは神聖な気分になって気分転換、日常を見つめなおすのもいいだろう。

勿論お不動さまめぐりであるから、お不動さまの真言を唱えることを忘れてはいけない。

のうまくさんまんだ・ばざらだん・かん
のうまくさんまんだ・ばざらだん・かん
のうまくさんまんだ・ばざらだん・かん‥‥


にほんブログ村 アウトドアブログ 散歩・散策へ
にほんブログ村
にほんブログ村 車ブログ ミニバンへ
にほんブログ村

唐沢山攻略

絵図野の国分寺跡・国庁跡を見た帰り、少し足を延ばして唐沢山城址を訪れる。
唐沢山城址は現在唐沢山神社となっている。唐沢山神社のご神体は「従四位下・下野武蔵守・鎮守府将軍『藤原秀郷公』」である。百足退治の逸話が有名だが、何よりの功績は天慶の乱を鎮圧したことである。
唐沢山城はこの藤原秀郷公の築城といわれている。本丸は標高241mの唐沢山山頂から尾根を利用して展開され、自然地形を有効活用した縄張りは『関東7名城』の一つに謳われている。

栃本口から上るルートはレストハウスのある駐車場まで1500m、標高差136m、平均斜度8.9度。乗り慣れたローディーさんなら何でもないところだろうが、親父の脚ではまずドロップアウトだ。車で正解。

ヤマネコ?ストハウス周辺にはなぜか猫が多い。神社の沿革にも城の歴史にも猫の話はないので、別の理由で住み着いたのだろう。







天狗岩天狗岩入口城門跡のます形を抜けると、すぐに『天狗岩』という案内板がある。
石段を登っていくと目の前の視界が急に開いて見晴らしの良い崖っぷちに出る。ここにはかつて物見櫓があったそうだ。






南麓遠望西側麓崖からの風景。
櫓はさらに高くなっていて、遮る樹木もなかっただろうから、麓の動きが手に取るように見えただろう。






ます車井戸大炊井形から少しはいると『大炊井』という巨大な井戸がある。こんな天険にこれだけの水量を確保できる井戸があるとは驚きだ。
唐沢山城には大炊井のほかに井戸がもう1か所ある。本丸の東側の急斜面の途中に『車井戸』という深い井戸がある。深さは25m以上あるそうだ。底は見えず、現在水があるのかもわからなかった。




二の丸神楽殿四つ目掘井の先にある『四つ目掘』今
はその面影をとどめないが当時は城内最大の空堀だったようだ。
三の丸・二の丸と登っていったところに『神楽殿』がある。






二の唐沢山神社山門丸から表御殿跡を抜けると本殿に続く石段がある。
神門をくぐると本丸跡の唐沢山神社社殿がある。
拝殿と本殿がつながっており、かなり大きく奥が深い。
お参りをして本丸制覇。
社務所から裏手を通ってもとのレストハウス駐車場にもどる。

レストハウスの下に、『足尾山神社』という小さな祠がある。
足腰の不調に悩んでいる方はぜひ参拝をお勧めする。親父もご利益があるかどうかは今後の精進だが‥‥

下毛野・唐沢山ルート日の走行250km 久々の長ドライブであった。


にほんブログ村   車ブログへ
にほんブ ログ村
 にほんブログ村 車ブログ ミニバンへ
にほんブログ村

下毛野再び

発掘現場その後琵琶塚古墳下野古墳めぐりで見逃した吾妻古墳のリベンジを兼ねて、再び下毛野へ。
今回は前回とルートがダブるため自転車は積んでいない。
6:30AMに出発して一般道で9:00過ぎに琵琶塚に到着。順調である。
琵琶塚に寄ったのは、昨年末の発掘現場がどうなっているかを見るためである。前方部の周溝の発掘部分は埋戻しが進んでいるようだ。



『天国見山後円部頂上?謎の古墳擬き平の丘公園』の駐車場に車を止めると、すぐに復元円墳のような築山が見える。航空写真で見ると前方後円墳のように見える謎の築山。
国見山というらしい。
頂上には『銭成石』といい、この周囲の発掘で出てきた古銭が埋めてあるとのことである。




伝紫式部の墓上からI前方後円型見ると確かに前方後円墳の形にはなっているが前方部はペチャンコ。子供の遊び場にはなるだろうが、この形に意味を持たせるなら前方部もきちんと盛土してもらいたい。
栃木県埋蔵文化財センターに行く途中に『紫式部の墓』なる立札を発見。行ってみる。
小野小町が茨城出身というのはその筋では有名だが、紫式部も東国に関係する人?。『紫式部の墓』とは書いてあるが実際は無関係のようである。


回り栃木県埋蔵文化センター道をしたが、時間は10:00を回ったので『栃木県埋蔵文化財センター』に行く。HPでも管内の様子がよくわからない施設だが、何か常設展示でもらるのだろうと期待していったが、何と休館であった。







展示室しもつけ風土記の丘資料館念だが仕方ないので、早々に道路の向かい側にある、『しもつけ風土記の丘資料館』に行く。
ここは開館しており常設展示場もある。展示場内は撮影禁止になっているのでロビーから一枚。
下毛野の古墳や埴輪遺跡分布など、重宝な情報が入手できたが、下毛野氏と直接かかわる資料は見つけられなかった。



甲塚古墳下野国分寺跡2回はさっと1枚写真を撮っただけの下野国分寺跡。跡だけではだだっ広いだけで実感わかないね。
国分寺横にある『甲塚古墳』。掘削や開発で原型が大きく変わっている。
小円墳かと思っていたら墳丘長80m以上の前方後円墳であった。多くの出土物があり、先ほどの『しもつけ風土記の丘資料館』にも展示されていた。




後円部より吾妻古墳天平の丘公園』を後にして、本命の『吾妻古墳』に向かう。車だと5分もかからない。
工業団地に挟まれた後円部側の林の一角に車を止めると、古墳の案内板のところまでは歩いてすぐだ。しかし案内板の地点から見える吾妻古墳に、「県下最大」という期待感は関東大震災時の浅草十二階のように見事に折れてしまった。
琵琶塚・摩利支天どころか茶臼山より小さいイメージだ。後円部頂上から前方部を望む。頂上部も狭く、130m級の古墳とは思えない。

周溝底より後円部石室痕穴式石室は前方部の前面にあるという珍しいレイアウトの吾妻古墳。石室部分は発掘で盛土が崩落している。
墳丘の麓から撮ったようなアングルだが、ここは一段目墳丘の中央であり、石室がつくられていたのは二段目に当たる。
一段目が低く広いテラス状になっている『下野型前方後円墳』の終末型ともいうべき吾妻古墳の巨大さを実感するには、広域な周溝底を周回するのがよい。総全長160mを超える墓域の周溝底から見上げる墳丘は流石圧巻である。
繰り返すが墳丘長127mは県下最大。現存する下毛野では最大の前方後円墳である。
次に壬生歴史民俗資料館、下毛野氏の末裔ともいわれる壬生氏の本拠である壬生町の『歴史民俗資料館』に行く。壬生町は大型古墳も多く、吾妻古墳も一部が壬生町に属しているため、発掘された石室天井石や玄門石などが野外展示されている。
資料館は壬生城址公園の中にある。資料館には古墳時代の出土品や関連資料があるものと期待したが、展示場には『鳥居元忠』のイベント展示しかなかった。壬生藩城主が鳥居一族だからだろうか、井伊直虎ブームにあやかってか。





吾妻古墳玄門石石室天井石壬生といったらやはりせめて壬生氏だと思うのだが、ここも期待外れであった。場外展示されている吾妻古墳の石室天井石や玄門石を見て、かつての壬生城跡石垣や堀を回って城址公園を後にする。






国庁跡前殿下野国庁跡後に下毛野古墳めぐりで行き残した最後のミッション、下野国庁跡を訪れる。
車から出たとたん、肥やしの香り!が世界を包み込む。
ここもサッカーができるくらいの広い敷地に、復元された『前殿』がポツンとあるだけ。これだけおおっぴろげだと前殿の中に自販機やベンチ、ポスターなどがないことのほうが違和感を覚えるくらいである。手間をかけて忠実に再現していることはわかるが、ここといい、国分寺跡といいもう少しインパクトが欲しい気がする。

資料館より日光連山を望む下野国庁跡資料館地内に資料館があるので立ち寄る。ここでは発掘調査された国庁の全容や、当時の暮らし、官職の職務などの資料が展示されている。ここは写真撮影OKとのことだ。
資料館より雪をかぶった日光連山が見える。桜の時期になるとこの辺の史跡や歴史公園なども様相が一変し、多くの人々で賑わうのだろう。




吾妻下野国庁跡にて古墳を見たことで、関東全域の100m級以上の古墳は残すところ、最大最強の大国毛野の本拠地、前橋・高崎・藤岡・伊勢崎の「合併するのしないの」地域を残すのみとなった。ここは関東でも有数の大型古墳密集地域である。
支配権を伴う力関係は今も昔もあまり変わっていないようである。



にほんブログ村   車ブログへ
にほんブ ログ村
 にほんブログ村 車ブログ ミニバンへ
にほんブログ村

IQレポート

我が愛車も6回目の車検となった。
IQ1回はスケジュールの関係で1週間の入院となるので、ディーラーに代車をお願いした。
「ちょっと小さいですけど」と言われて出てきたのは『IQ(知能指数か?)』という車。
何この可愛い車、面白そう。どう見てもチョロQだ。
プレミアムコンパクトカーというコピーで、スマート路線を狙った車である。





寸詰まりが5ナンバーフルサイズの1680mmあるのに、長さが2985mmしかない。国産車ではミドルクラスのプレサージュは4840mm。ヘッド位置を合わせるとこんな状態。
同クラスのリッターカーと比べても明らかに寸詰まりである。








前座席前座席は小柄な親父からするとそこそこ広い。乗ってみるとIQは低かった(知能指数じゃないぞ)。
バケット型の低くて深いシートはちょっとスポーティーだが、プレサージュのようなシートリフターがないので、腰痛もちの親父にはちょいときつい。
ナビにAUXINがあったので、いつものMP3を聞いてみる。結構いい音。プレの誇るスーパーサウンドシステムよりよかったりして‥‥?
装備こそ少ないが質感はプレサージュよりもいいくらい。流石トヨタというところか。



そし後座席て外見からの予測以上に悲惨なリアシート。家族で買い物に出かけたが、大人3人は超きついうえに買い物の荷物が入らずに大顰蹙!。まあ、このサイズで4シーターということが奇跡といえる。二人乗りを前提にすればそこそこ広いラゲッジだが‥‥。






IQ2りはエコモードはどうにも走っていかないが、エコを解除して踏み込むとそこそこ速い。
小回りがめちゃくちゃ効く。普段必ず切り返しするところを1発で回ってしまった。正直軽より小回りが利く。ハンドルはクイックすぎるくらいで、痛い腰をカバーするたび車がロールするので首都高では怖かった。
コンパクトカーとしては面白い車だが、残念ながらフルサイズバイシクルはばらしても乗せられないのはオヤジ向きではない。





奇跡だして一番の奇跡は燃料計。
街乗りで180km乗ってもメーターが下がらない。メーター壊れてるんじゃない。
氷山と接触したタイタニックと同じくらいの速さで沈んでいく燃料メーターのVQ35からすれば、まさに浮沈メーターだ。リッターカー恐るべし。
残念ながらIQは今年の春に生産中止となっている。
1週間弱だったが面白い体験ができた。乗るたびに『ラックル速溶錠』が必要なのにはちょっと困ったが。

しかし、自分の車が戻ってきて運転席の座った時は「やっぱりこれがいいわぁ」と安堵。内装がちゃちかろうが、オーディオの音が多少悪かろうが、魚雷を食らったルシタニア並みの速さで燃料メーターが沈んでいこうが(これは大げさか)、自分の車はよいものだ。




にほんブログ村   車ブログへ
にほんブ ログ村
 にほんブログ村 車ブログ ミニバンへ
にほんブログ村

リフレッシュ10年

平成14年車を平成16年に購入しそろそろ丸10年になる。
往復50km以上の車通勤を初めて丸3か月経ち、ほったらかしの部分もだいぶ問題が出てきた。

リフレッシュ10−1年の秋には買い替えるつもりだったが、5人で乗ることが結構あるので軽にはできない。自分の乗りたい車といったら、『WJ(2代目グラチェロ)4.6L』しかないが、安く買えても維持ができない。今のまま買い替えずにもう少し乗っていたら次は『全自動??車』が安くなるかな(いつの話だ‥‥)とも思い、家族の同意を得て現行車で保険の更新と次回の車検をとることにした。

もうしばらく乗るぞと思うといろいろ手直しも必要となる。
『ヘッドライトクリーニング』、『フォグランプHID交換』、『エンジンフラッシング』に続いて、今回のリフレッシュの最大ポイントであるタイヤ交換とボディーコーティングを実施。


タイリフレッシュ10−4ヤは平成19年初頭に新調した『プレイズPZ−1 235/50R18』から『トランパスMPZ 215/55R18』に変更。BSのお気に入りホイール『ユーロバイシス』はそのまま使いたいので必然的に18インチの選択となる。出足がとても軽くなったのは細くした効果だけでなく、ミニバンタイヤのためサイドの硬性が上がっていることもあるのだろう。実は多少なりと燃費に貢献してくれることの期待が大きい‥‥。





リフレッシュ10−2なしかかなり色褪せてきた感があるボディ。5年保証の『アンビエントコーティング』が最後と思っていたが、すでに施工から5年半が経過しており、もう少し長持ちさせるために再度フルコーティングをすることにした。







リフレッシュ10−3回は『アークバリア21』。知人のファクトリーで丁寧な下地処理をしていただいたので、仕上がりは見違えるほど。新品タイヤとホイールも磨いていただいたので、外観は新車?のようである。でも乗ると今まで通りのチープで汚れたダッシュボードにため息が出てしまう‥‥。ルームクリーニングとイルミネーションのイメチェンくらいはしたいものだ。






リフレッシュ10−5よいよこの秋、購入後5回目の車検となる。大きな自損で2回保険を使っているため、条件変更しても保険代が年1万以上上がってしまう。自動車税も上がるし、今回の車検時にAT関連修理を合わせて行うことが決まっているので、車検代も5〜6万上がってしまう。
歴史・文化遺産の維持にはお金がかかるものである。



にほんブログ村   車ブログへ
にほんブ ログ村
 にほんブログ村 車ブログ ミニバンへ
にほんブログ村

フォグ交換

車両購入後ほどなくHID化したフォグランプ。
4hid_35w_bnrランドは88ハウス『LOUD』。ヨンダブリュストの中ではメジャーブランドであるが、一般には知られていないため大手チェーンショップなどでは取扱がない。トラブルのたびに遠方に修理に出すのもおっくうになり、3度目のバルブ切れになったのを契機にチェーンショップで購入できるブランドに切り替えることにした。
AIO_HID_TYPE2 PIAAやCATZとかレイブリック辺りがメジャーなところだけどそこそこ高い。通勤途中にあるイエローハットで見つけたのが『零−1000』というメーカーのオールインワンHIDキット。バラストとバーナーが一体化しているのでハロゲンバルブ感覚で交換できる。何よりも2個組で交換工賃・税込みで3万しないのが魅力である。LOUDだと片側バルブ交換のみで1万はしてしまう。しかも片側バルブ・片側バラストが順番に壊れてくるので、4回のパーツと工賃が発生してしまう。





loud hidしく取り付zero1000 type2けた『零−1000 802−H1106』と交換前(故障前)の『LOUD HID H11』を比較。
零−1000オールインワンTYPE2は6000k、ラウドは3500k。元々純正の3連プロジェクターレンズは黄色に着色されていたため、6000kでは鮮やかなコバルトグリーンになる。
しかし、同じ道を走るとすぐわかるのは、新しいHIDは暗いということ。
画像では撮影角度・露出度の違いがあり、一概に比較できないがLOUDはフォグだけで暗い道を走れるが、零−1000オールインワンはこれだけでは暗い道を走れない。
色温度(ケルビン)の違いもあるが、零−1000オールインワンタイプの2灯よりもラウドの片側1灯だけのほうが全然明るいのである。
新しいのは安いからしょうがないというより、ラウド自体が四駆車用だから補助灯としてのロードフォグ程度では使い物にならないためだろう。価格なりのものはあったということだ。
同じ35Wと同じレンズでこれだけの違いが出ることを実感したのはちょっと残念ではあったが、いまの車で夜中のダート林道峠越えなんてしないからこれで十分ともいえる。
今更リレーハーネスの直結100Wハロゲンという時代でもないし、何より片眼のジャックのままというわけにもいかないので、費用対効果としては満足すべきだろう。



にほんブログ村   車ブログへ
にほんブ ログ村
 にほんブログ村 車ブログ ミニバンへ
にほんブログ村

トランス作成

MDトランス1の新しい録音ができなくなり、純正CDプレーヤーは編集CDの再生ができないため、MP3プレーヤーを純正オプションのライン入力で再生しようとしたが、MP3は極小出力のためか抵抗値の違いか音量が全然小さい。
ヘッドホンアンプではほとんど効果が望めないし、3,000円程度のMP3プレーヤーに1万円以上のアンプを噛ませるのも本末転倒と思われる。通販で売られているカーアンプはライン出力を持っていないため、安く効果を上げるために自作することにした。
幸い、同じ問題で対応策のブログ等が多数出ていたので参考とした。
使う部品はトランス2個。収納用ケースとRCAピンジャック2個3.5mmピンジャック1個。RCAコードと3.5mmステレオミニプラグコード。締めて税込2,180円

心臓トランス2部のトランスはサンスイの『ST−32』。『サンスイ』って、かつてのアンプの老舗の『山水』だろうね。
メーカーはなくなったはずだが名前は残っているようである。







ネジトランス3止め用の蓋を持つ樹脂ケースに、ドリルで穴あけして入力用のステレオピンジャックボックスと、出力用のRCAピンジャックを取り付ける。
ドリルのサイズがなく、ヤスリで少しづつ削ったのが一番時間を費やしてしまった。






トランス5ランストランス4とケースの大きさ対比。
ブログではぴったりサイズのケースが紹介されているが、ピンジャックを使う点と、なにせ目が見えなくて細かい作業ができないため、一回り大きなケースを使用。
ST−32は両面テープで固定する。
ハンダゴテは自転車のシフトやブレーキワイヤーの切断仕上げに今でもよく使っているので、何ら苦にならず出来たが、やはり細かい配線が見えないことが一番のネックになった。年には勝てないものである。


両面テープの分を考慮したつもりだったが、結局トトランス6ランスの高さはケースの内径と同じだったので、両面テープの分だけケースが膨らんでしまう。テープ固定は不要だった。
配線がケースの蓋に噛まないようにして、蓋をネジ止めする。






トランス7転車イジリは好きだが、電気工作はもう20年以上やっていない。
アナあけ時間含め製作時間は1時間強。







トランス9トランス8のライン入力に接続。
音量はばっちり。MP3側のボリュームを最大近くまで上げるとMDやCDとほぼ同じ音量である。二次電源もとっていないのに不思議だなぁ。
音質はとやかくは言えない。低音が若干弱目だが、カーオーディオのイコライザー調整で問題ないくらいである。

当初トランスミッター接続を計画していたが、1,000円のトランスミッターではノイズだけの世界になってしまうので、やはりライン入力が良い。但し、今後の課題で元のピンプラグを抜き差しする手間を何とかする工夫が必要である。

普段から慣れている人間には何でもない作業だが、久々20有余年ぶりくらいの電気工作はちょっと面白いおやじの日曜工作であった。

にほんブログ村   車ブログへ
にほんブ ログ村
 にほんブログ村 車ブログ ミニバンへ
にほんブログ村

秋川渓谷

今年のお盆休みも大混雑を避けて近場を回る。
今回は秋川渓谷の涼しいところを巡る。
またまた天候に恵まれず、霧雨が降る中、普通に外にいても我慢できない暑さではない。
奥多摩には鍾乳洞が多い。日原鍾乳洞は規模も知名度も一流だが、秋川水系にも鍾乳洞がいくつかある。
大岳鍾乳洞入口大岳鍾乳洞最初に養沢川の支流である大岳沢にある『大岳鍾乳洞』に行ってみる。
余談だが養沢川上流には『養沢鍾乳洞』という鍾乳洞もあるのだが、今は一般開放されていない。
『大岳鍾乳洞』までの道は、一部に未舗装とすれ違い困難な狭い部分があるが、おおむねは快適な道である。
途中にはマス釣り場やキャンプ場があるが、連休中でどこも混雑していた。
鍾乳洞へは、駐車場から小さな沢を渡る。茶屋で拝観料を払うい、茶屋のおばあちゃんからヘルメットをお借りして入る。
まず入り口が屈んで入らないといけない。ヘルメットが必需品なのがよくわかる。
一周300m。かなり見ごたえがある。

一番奥地底川かなり高い天井ると中には小さな地底川の流れがある。
洞内は狭く岩の隙間を縫って歩く感じだ。
ところどころ、大きく開いた天井がある。強力ライトを持ってくればよかったが、持っているのは非常用の小さいライト。とても奥までてらせない。





岩の段差を降る広い回廊見学路は2層(本当は鍾乳洞はそんな単純ではないのだが)となっておりところどころ、きつい上がりやくだりがあるが、子どもから中高年くらいまでは普通に楽しめる。
ヘルメット着用なので頭は心配ないが、かなり屈むので、背中に背負ったリックがバコバコにぶつかる。大型リックを背負っている方は要注意だ。





帰還用時間25分くらいであったか。鍾乳洞の中は涼しい。出た瞬間にメガネが曇ってしまう。








三ツ合鍾乳洞原街道に戻る途中で、もう一つの鍾乳洞である『三ツ合鍾乳洞』にも行ってみた。都道沿いの鍾乳洞入口のところに駐車場があるが、横の細い道には「鍾乳洞まで車で行けます」の看板があるので行ってみる。
距離にして700mほどだが、すれ違いができない上に、最後の切り替えしはプレサイズがぎりぎり。プレサージュはミドルクラスだが、長さ・幅はエルグランドやアルファードとあまり変わらないので、普通の国産車なら大丈夫なのだろう。しかしラグレイトやロングボイジャーでは厳しいかも。




龍神の滝三ツ合鍾乳洞入口ツ合鍾乳洞』。こちらは入洞に際してヘルメット着用はない。
入口は大岳鍾乳洞より大きい。
中に入るとすぐに、地底滝がある。『龍神の滝』は地下水が鍾乳洞の壁を流れ下るのだが、はるか上の横穴から流れ出る落差12mは立派なものだ。





『三ツオーロラ天井緑の世界合鍾乳洞』は1周120mとあり『大岳鍾乳洞』の半分弱であるが、起伏はかなり多い。見どころもそこそこあり、探検気分を味わえる。







石仏出口部。家昇殿の間へ内喜橋という架橋。名前の通り家内円満になれるといいものだ。
最後の階段でかなり下ったつもりだったが、出口は入口よりかなり上のほうだった。
そのさらに上に、最初に発見された鍾乳洞の入口というものがあった。






檜原街道に戻り。檜原村に向かう、島嶼部を除く東京都唯一の『村』である。東京都にも村があり、鍾乳洞があり、百選の名瀑があり、そして2,000mを超える名峰があることを東京都民は誇るべきだ。超高層ビルがいくつあっても自慢にはならない。
払沢の滝4原村払沢の滝2に入り、橘橋交差払沢の滝3点を払沢の滝1右折すると直ぐに滝駐車場の看板がある。
滝までは12〜13分遊歩道を歩く。
日本の滝百選に選ばれた『払沢の滝』は落差60mを誇る大瀑布だが、遊歩道から見えるのは最下部26mと上段の一部のみである。天候が悪かったためか連休とは思えないほどすいている。

滝が見える四季の里駐車場よりこで四季の里お茶休憩。駐車スペースの前の四季の里で一服タイムをとる。
四季の里の前から、向かい側の山の中腹に滝が見える。
方角からすると天狗滝か綾滝だろう。ここも確かに東京都なのだ。


かんぽの宿青梅かんぽの宿青梅2は15:30。十分に日帰りできるスケジュールだが、宿をとっている。
武蔵五日市から青梅に出て、『かんぽの宿青梅』で一泊。実は、出発の4日前でよく取れたと驚いている。
東京とは思えない自然を満喫。かんぽの宿にも泊れて、満足な1日であった。





榎本牧場日は、お土産にへそ饅頭を買って帰るだけだが、なぜか榎本牧場に行ってソフトクリームを食べて帰る。
建物が新しくなっていた。







ルート鍾乳洞

にほんブログ村   車ブログへ
にほんブ ログ村
 にほんブログ村 車ブログ ミニバンへ
にほんブログ村

浮気iroiro

愛車プレサージュが壁と喧嘩して、2週間程度の入院となった。
愛車の入院中にちょっと浮気心を出して他車を見に行く。

『プレサージュU31/4WD』。今ボイジャーや世界遺産となりつつある3.5リッター・デフロック付AWD。世界遺産の維持には莫大な経費が掛かる。
サイズとスタイリング的にお気に入りだった『クライスラーボイジャーSE/3.8リッターAWD』。今見てもミニバンの王道である。トラブル続きで維持できなくなり手放すが、この貧乏人には結構贅沢なアメ車の穴を埋めるべく、性能・装備・好みで候補車を消去法でふるいにかけて残ったのが現愛車プレサージュである。

消去法という消極的選択で購入した割には、すでに我が家では『グランドチェロキーZJリミテッド』に次いで歴代2位のロングユーズとなった。
すでに『MPV2.3T/4WDターボ』と『デリカD5/4WDCHAMONIX』のお買い得車買い替え危機を振り切って我が家に居座る古女房。

オデッセイ回、愛車の前に立ちはだかるのは、新型オデッセイ。プレサージュ亡き後、マツダMPVのみが牙城となっていた、ミドルバンと呼ばれる2.5リッターローフォルムバンに久々の新車種となったスライドドアオデッセイである。
これはいいね。中もそこそこ広いし、カッコいいし。
でも、見に行ったホンダのセールスが売る気ねえのかってくらい消極的で、話聞いているうちに冷めてしまった。
冷静に考えると2.5リッターというのは経済的にも、法制的にもあまりメリットがない。ちょっと無理して3.5クラスを持っていても維持費はあまり変わらない。
セールストーク次第で、ホンダは新車販売1台損したね。
プレは見事に防衛成功。

ポルテうせ金もないし、アクセル踏まないんだから、お手頃カーでいいや、と思い切ってポルテを見に行く。
今は家族も最大5人だし、一人の時に自転車がつめればいいと考えた時、この排気量と燃費は結構いいね。あとは割り切れるかだけだ‥‥と思っていたのだが、購買意欲条件を満たすのは、1.5リッター4WD。燃費も落ちるし、エコ減税もない。おまけに何のかんの言って、200万円してしまう。このクラスは最上級車種で120〜130万という固定観念(この固定観念が間違っている?)からすると、外車より高い車である。
手ごろでいいかと思ったが、これですら買うなら中古さがしか‥‥。

修理が終わり、車が戻ってきた日、家の隣の診療所に停めてあった車。
シャランれっ?この車スライドドアだったけ?しかもこんなにでかかった‥‥?
フロントにはWのエンブレム。車名エンブレムは『SHARAN』‥‥じゃら〜んではない。
よく見るようで、ほとんど気にしていなかったが、こいつすごい車だ。その足で早速ディーラーに現車を見に行く。
『フォルクスワーゲン・シャラン』欧州ではやりのダウンサイジングカーだ。ショートボイジャー並のサイズで、エンジンはポルテより小さい1.4リッター。税金も1.4リッター!!
これなら多少とろくても割り切れる!否、アウトバーンを走ることを前提としているからとろくはないか‥‥
中古はすでに200万円台も出てきている。うちの車も5度目の車検になったら、これに替えてもいいかな。
でも、『シャラン』には購入要件として致命的な欠如がある。我が家伝統の4WDグレードが国内仕様にはないことだ。フルスロットルで喜ぶ年ではないが、年に数回しかないスノードライブでの優越感を放棄するほうが寂しい。

我愛車『プレサージュ』。今プレサージュ回は公正を期してカタログ写真を引用する。マイナー後だからマスクが違う。
この1〜2年でヘッドランプ・フォグのディスチャージとバルブ一式、ナビソフトやスタッドレスを交換しており、今年の4回目の車検は通す。あと数年は乗るつもりだ。
今のところどんな車をもってきても、消去法だと我が愛車を蹴落とせるものは出てこない。デザインに古さは出てきたが、全体のシルエットのバランスの良さは年代を感じさせない。買う時から唯一汚点だった室内のチープさは、割り切って買ったため、年を重ねてもチープさが増すことはない。
買い替えとしたら、見込みは薄いが、『シャラン』の4WD仕様が出て、その中古が巡る可能性を期待するか。覚悟を決めてFFにするかくらいか。

WJ G・Cherokee格ではあるがWJ4.6リッターリミテッドで林道を走る夢はまだ捨てたくはない。
今直ぐにでも手が届く値段なのだが‥‥



にほんブログ村   車ブログへ
にほんブ ログ村
 にほんブログ村 車ブログ ミニバンへ
にほんブログ村

月の沙漠まで

溜まったワークストレスがついに切れた。
どうせ終わらないなら休んで海を見に行く。
私用とだけ申請。どうせ代休もたまっている。しかし、日が日だけに、周囲に「あいつはワールドカップ観戦の為休んだんじゃないの」と思われるのは癪である。
不動堂町営駐車場れだけ有利な展開で無得点(しっかりカーモニターで見てる‥‥)とはな情けない。などといっているうちに起点目的地に到着。
九十九里町不動堂町営駐車場。今月の平日はまだ無料開放状態である。
ここをベースに『一般県道九十九里一宮大原自転車道線』を経由して月の沙漠まで迄行く。
取り出したのは、アポロ宇宙船でも、魔法の絨毯でもなく、魔法の自転車MR−4である。普段は駅の階段すら上れないオヤジが、なぜかこれに乗ると100km以上走れてしまうのだ。ここに停めた車のリヤゲートからサーフボードの代わりに自転車が出てくるのは、この車だけだ。


『一般県道九十ただの歩道?九里一宮大原自転車道線』(以降略して太平洋岸CRとする)は一度友人の”h”氏と来ている。前回はいすみ市の岬町の先が砂に埋もれて通れなかったので、そのリベンジも目的となる。







防砂林と河口部を縫って走る自転車道防砂林の中を走るート後しばらくはただの歩道と変わらない(車道を走ったほうがまし)だが、やがて変化のあるコースとなる。
但し、路面状態はあまりよくない。タイヤの太目なクロスバイクや、シティーバイク向きである。





岬ドライブイン休業ーチラインに沿ったCRからR128に合流し大東崎へ向かう。
前回も立ち寄った老舗『九十九里岬ドライブイン』。何故か閉鎖中。今になって倒産か?
裏手に回るとひどい焼け跡。火災があったようだ。






太東崎灯台太東崎展望台ライブインからおよそ3.5kmで太東崎展望台に着く。灯台は展望台の100m後方の少し低いところにある。海抜63m。最初のプチヒルは無事完走。ミニなのだがギア比はAC02より高い。ローギヤ改造しているが結構つらい。しかしここからの展望は素晴らしい。千葉の海侮りがたし!





今回も敗退二ポイントのいすみ市岬町に向かう。前回はCRが海岸線に出るところで砂に埋もれて断念した。
前回は春だったが、初夏の今回は開通しているか。
途中の最終分岐点の砂撤去作業中の看板。悪い予感を抱きつつ問題地点に。
やっぱ作業中であった。この時期になると毎年やるのか、たまりにたまったものをやっとやる気になったのかは不明。
この場をかわしても、その先にも作業車両が確認できるので、今回も無念に敗退する。




断崖が続く波けしブロックの道こから月の沙漠を目指すのだが、R128ではつまらないので、海沿いの道路を行く。
この付近は海食崖が続き、海岸線を貫通する道はない。
ぼっと走っていると海岸に突き当り行き止まりというところが多い。
ところが、その先にはちょっと普段では味わえない光景が続く。こんなところ自転車ではめったに走れない。



プチヒルが丘陵地帯連続するが、どころどころで見える景色は
ちょっと遠くに来た気分となる。







「海メキシコ記念塔洋生物環ドン・ロドリゴ上陸の地境研究所」の横に何やら看板があった。『ドン・ロドリゴ上陸地』とある内容は、ドン・ロドリゴ一行がフィリピン総督の任を終え、メキシコに期間の途中時化にあいこの地に漂着した事件があり、その際付近漁民の献身的救助や看護があったこと、領主本多忠朝・大御所徳川家康の好意で生存者が無事帰還できたものとある。
そしてまたプチヒル。小高い丘の上もメキシコ記念塔に行く。
この記念碑もサンフランシスコ号漂着に由来するもののようだ。
この地の領主である本多家の居城のある大多喜にも『メキシコ通り』があったが、この地のメキシコとの交流が今も生きづいていることの証である。

さて月の沙漠記念館、いよい広大な砂漠よ本日の最終目的地『月の沙漠』に到着。この雄大無限の大沙漠をご覧あれ!
知らぬ者のいない童謡『月の沙漠』はここから生まれたのだ。川を挟んで対岸には『月の沙漠記念館』もある。入館料400円はちょっと‥‥なので、せめて喫茶コーナーでコーヒーでもと思ったら、喫茶コーナーは閉鎖中であった。
なぜ、ここが『月の沙漠』なのかについては、当然理由があるのだが、多くの人が誤解しているので一言。


ここでも餓鬼道ヤジはどこにも『砂漠』などという言葉は使っていない。ラクダがいて、王子・姫がいるのでアラビアンナイトのようなイメージを持つが、『沙漠』であり、沙は砂浜を意味するものだ。御宿の浜が広大な海辺の砂丘かはまた別として、この詩は広大なサハラ砂漠やアラビア砂漠を表しているものではない。
月の沙漠のメロディー口ずさんでいると、いつの間にか八甲田山に変わってしまっている。
しかし、橋の欄干によりかかっていると、集まってくる鳩の群れと鯉の群れ!ここでも餓鬼道か!!




トロンボ島?の沙漠も堪能(実際はシューズとバイクが砂だらけになるので砂丘ウォークはしていない)したので、帰路に着く。
帰りはR128をひた走るが、交通量が増えてきたので、夷隅川を渡ったところで裏道に入る。和泉地区の海岸に出たところにあった岩。トロンボ島だろうか。
潮が満ちると島になり、引くと陸続きになる地形はよくあり、また神聖な場所として、社が祀られることが多いのだが、ここには鳥居も社も見当たらない。
しかし車ではなかなかこのような細かいところまで見つけられない。サイクリングの醍醐味である。



最後に、往路でウミガメの丘謎の前方後方墳も気になっていた築山の正体を見に行く。
剃金海岸にある古墳のような築山。当時は今と海岸線も違っていただろうから、こんな海沿いに古墳が現存していることは考えられないのだが、遠目に見るとやはり前方後方墳である。
正体は『ウミガメの丘』。確かに近くで見ると古墳とは少し違う。解説にはウミガメにまつわる伝説が乗っていたが、なぜこの丘を作ったのか、なぜこの丘がここにあるのか、またなぜこの形(見様によっては浜を歩くウミガメに見えなくもないが)なのかが全くリンクしていない。
古墳だったとしたら、全国でも非常に珍しいタイプの前方後方墳になるのに‥‥。規模もそれなりだし。

車もチャリも砂だらけ車場の利用時間が18:00迄ということだったので少し焦ったが17時半には帰還できた。止めていた車も自転車も砂だらけとなってしまった。







ルート日の走行  96.1km

千葉の海岸線は結構楽しい。

にほんブログ村 自転車ブログ クロスバイクへ
にほんブログ村
 にほんブログ村 自転車ブログへ
にほんブログ村





MD・カセット復刻

パイパイオニア X−MDJ7オニア 『X−MDJ7』の本体 『XR−P7MD』がいよいよお釈迦になってきた。16〜17年目になり、すでに2年前ころからはカセットが動かなくなり、3か月前にはついにMDが作動不能に陥った。
買う時から、このゴテゴテの宇宙ロボット崩れのデザインが嫌だったが、オールインワンであったこと、CD25連チェンジャーと編集用多機能を持ちながら、値段が5万円台くらいだったか。CD機能は元気だが、MDが使えなくなるのには困った。








我がPIONEER PL−J2500&VICTORSEA−M770家の生残ったコンポはビクター『SEA−M770』とパイオニア『PL−J2500』。できれば同様にMD・CD・カセット一体型がよかったのだが、如何せんMDは製造中止となり中古しかない。







ONKYO BR−NX8S&K−185XS古を探し、オンキョー『BR−NX8』と『K−185』を追加する。
『BR−NX8』はHDD搭載でMP3やメモリースティックにも対応できるので便利だ。25連チャージャーがなくなったが、もともとたいして使っていなかったので、ダメージは少ない。カセットテープも再生ができればよかったのだが、ラジカセでは逆に置き場に困るので、新品ラジカセより高いカセットデッキにした。





オーディオ再編成る意味MDを生かすためのラインナップではある。
MDはすべて自家録音なので、すべてカーMDデッキ対応である。車もラインイン端子があるのでなんでも後付はできるのだが、ビルトインのMD操作になれているので、車のほうがダメになるまでMDとの付き合いは続きそうだ。
最近では、家でほとんど音楽を聴かなくなったので、ある意味我が家のオーディオは、「車」という個室の音楽視聴室で聴く音楽編成のためにあるようなものである。




レコードは不滅?です!コードとカセットは当面滅亡の危険性はないようだ。
真っ先に滅びるのはレコードだと思い、シンプルで壊れにくそうなターンテーブルと替針をたくさん買い込んだオヤジのもくろみは見事に粉砕された。





ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
 にほんブログ村  その他生活ブログへ
にほんブログ村

PS
スピーカーピーカーを忘れていた!
DENON『SC−RO3』

武蔵府中熊野神社古墳

熊野神社用で昭島へ行ったので、帰りに府中市の『武蔵府中熊野神社古墳』に立ち寄る。
甲州街道沿いにあり、立ち寄るのも便利だが、神社には駐車場がない。車で一回りすると、北側の道路にコインパーキングがあった。

『武蔵府中熊野神社古墳』。1辺の大きさが32mある。単独で訪れる古墳は基本的に100m以上と決めているおやじにしては、珍しく小振りな古墳である。



武蔵府中熊野神社古墳かし、この古墳、訪れるに値する大きな特徴が、全国でも珍しい『上円下方墳』という形状の古墳としては最大のものだからである。1辺32mと書いたが、3段構築の下段・中段が方墳であり、上段は直径16mの円墳となっている。
築造は7世紀中葉とのことで、古墳としては終末期のもので、天武天皇の時代にあたる。
南側に石室入口の扉があるが、石室は補強処置を施され、埋め戻されている。
神社の参道の横に、展示館と石室のレプリカがつくられている。




展示館横のヘルメット着用石室レプリ地下鉄入口じゃないカ。レプリカだけどヘルメット着用で、懐中電灯で入るのだ。
入口は狭いが、中は意外と広い。明治初めまでは石室に自由に入れていたようで、ほとんど盗掘で失ったようだ。その後石室が崩壊して、古墳であることが長く忘れ去られていたようだ。発掘調査により、鞘尻金具やガラス玉などが発見されている。




展示館内室は鞘尻金具発掘位置3室分かれている。同時期につくられた行田市の八幡山古墳(円墳80m)の巨大石室には及ばないが、奥の石室は大人が数人立ったままはいれる広さである。
横の展示室は、発掘前の状態や発掘・復元作業の記録が展示されている。
本格的発掘調査・復元作業が行われたのは新しく、この10年くらいの間である。




熊野神社古墳北側野神社古墳がつくられた後8世紀初頭に府中市に『武蔵国府』がおかれる。この時代、国造制はほとんど消滅するが、まだ完全な中央集権にはなっておらず、国司が元の国造などの有力豪族を郡司として任命し、地方豪族の権力が継承されている時代だ。
大型古墳がほとんど造られなくなるこの時代に、上円下方墳では武蔵国最大規模となる熊野神社古墳の被葬者は、この地域の郡司としてかなりの権力を持った豪族であったと推測されるが、残念ながら、記録がかなり進んできた時代でも、残された文献から被葬者を割り出すことはできないようだ。



古墳全景(西側)世紀には武蔵国の国造は荏原・橘樹の豪族が任じられていたが、5〜6世紀には、埼玉周辺の豪族に権力が移行していく。しかし7世紀初頭には、さきたま古墳群も終焉を迎え、この時点では、権力は多磨の豪族に移っていたのか。もし笠原一族が権力を掌握し続けていたら、武蔵国府は熊谷か行田周辺におかれていたはずだ。
太田天神山を見たばかりだ。大きさにおいては比べようもない規模だが、葺石によって整然と再生された独特の形状は、この時代の武蔵国最大級の古墳として、異彩を放つ存在である。




武蔵府中熊野神社古墳近所に、〇〇クリー国立店や〇’〇ロード府中多摩川店などがあるので、さらに寄り道して、自転車パーツを物色して帰る。(こちらがメインじゃないぞ!?)


にほんブログ村 車ブログ ミニバンへ
にほんブログ村

にほんブログ村 歴史ブログへ
にほんブログ村


まだ桜

お彼岸にいけなかったので、この休みに花見もかねて墓参にいった。

多摩霊園さくら3多摩霊園さくら2の墓所は多磨霊園、オヤジ方は八柱霊園である。
多磨霊園は面積38.7万坪に及ぶ、日本初の公園墓地で、都内最大の霊園である。園内には1600本の桜がある、都内でも有数の桜の名所なのだ。







墓所多摩霊園さくら5は東八道路から入って大燈篭のある付近。多磨墓地というと参道やバス通りの桜が見事だが、ここはバス通りから外周道路までの『東4号道路』と呼ばれるところ。大灯篭を挟んで、約400mの桜並木である








多摩霊園さくら4の時期に来れるのは少ないが、満開の時に来れたのは幸運と言える。小雨がぱらつく生憎の天気だが、風が吹くたびに舞う桜吹雪が幻想的である。
天候のせいか、彼岸を過ぎたからか、園内は閑散としている。
霊園だから、中でどんちゃん騒ぎをする罰当たりはいないだろうが、先祖に酒好きがいれば、付き合と称して飲むのも一考である。
我が家はこのところとんぼ返りだが、歴史上の人物や、著名人の墓もあり、桜の中をゆっくり散策するにはよいところである。




八柱霊園さくら4て、とんぼ返りの当日掛け持ちで、オヤジ方の八柱霊園に行く。
千葉県にあるが、都営の霊園である。面積は32万坪。ここも正門から入ると、正面が大きな公園となっている。
昔はきちんと参道を通り、石材店で仏花を買ってお参りしたものだが、正面が混むものだから、途中の生花店で仏花を買って、裏側の南門から入るようになった。ここからが墓所に最も近い。
中央の公園以外は小さな広場や給水所付近に桜が点在している。
我が家の墓所の周辺では、ひょうたん通りに面した小さな公園がプチ花見ができるスポットである。




八柱霊園さくら3八柱霊園さくら2磨霊園とは、打って変わって、晴天となり暖かくなった。
芝生にシートを敷いて花見弁当もできるが、桜の木の下に車を止めて、ドアを開けて、テラスのようにして、花見をしながらおやつを食べる。






日曜日は雨の予報
八柱霊園さくら都内近辺で満開の桜が堪能できるのも、今日までかもしれない。









八柱霊園さくら?口の給水塔のところに小さな花壇がある。チューリップが植えられていた。
もう少しすると、鮮やかなチューリップの季節になる。



にほんブログ村   車ブログへ
にほんブ ログ村
 にほんブログ村 車ブログ ミニバンへ
にほんブログ村

大雪

新雪?雪原にも、新調スタッドレスの威力を発揮する機会は仕事となってしまった。
2月8日土曜日、大雪の日。仕事先の茨城に行く。珍しく積雪予報が当たり、近年にない大雪となった。電車組は日暮れ早々に撤収。残った車数台は帰宅を断念した設営部隊だけとなる。最後の帰宅者となった自分は、午後8時30分に帰途に就く。仕事先の吹き溜まり駐車場からの脱出はデフロックが必要だった。



主要道も除R−6雪されておらず、深い轍が凍って走りづらい。林道並に凸凹である。柏でR6に合流。
土曜日で、車が少ないのは幸いした。
流山から松戸に入るあたりから、上下線で事故車・立往生車が続出。ついに渋滞で動かなくなる。






ホントにR−6?裏道金から旧道に入る。交通量の少ない裏道は新雪状態。
吹き溜まりなどでは、何度も前方で地響きのような音がして、ライトが暗くなる。どうもラッセル車状態で走っているようだ。バンパーで押し上げる雪がフォグランプを蓋してしまうようだ。ノーマルなのにラッセルしてんじゃしょうがないぞ。
馬橋からまたR6に合流。この先は流れている。平野部の主要幹線がこんな状態になるのは何年ぶりだろう?。否!たぶん運転を始めてから初めてだろう。


都内雪とスカイツリーに入っても、路面状態は一向に改善しない。R6から裏道に入り柳島のところで降りて1枚。
雪とスカイツリーである。







亀戸サンライズタワー付近かH・P前ら京東京都内?マジすか葉道路を越える。ここホントに東京かい?
見慣れた自転車通勤路のはずだが。





今回大無事帰還せり‥‥と思ったら変だったのが、仕事先駐車場からの脱出と並んで、自宅車庫入れ。
ここも新雪状態ラッセル車になってしまう。雪かきしてから入れるべきだが、夜中だし、寒いのでとりあえず邪魔にならない程度に適当なスペースに停めておく。
ここでもデフロックの出番となる。





45年ぶり一夜明けて夜明けた街。都心で27cmは、45年ぶりの大雪だそうだ。子供のころ、確かにこんな大雪があったかな。
いずれにしても、150分の夜間スノードライブは、走り応えがあった。





にほんブログ村   車ブログへ
にほんブ ログ村
 にほんブログ村 車ブログ ミニバンへ
にほんブログ村

TOKYOTOWER 初のぼり

TOKYO-TOWER1々の夫婦そろっての休みになった。法要の帰り、どこかでゆっくりお茶することにする。せっかくだからちょっと足を延ばして東京タワーに行ってみる。
東京タワーに上るのは5〜6年ぶりだ。
特別展望台券付で、一人1,420円。スカイツリーのイメージがあるから、一番上まで1,420円て、一瞬間違い?と思うくらいだ。
駐車上もがら空き。のぼりのエレベーターは夫婦貸切であった。







TOKYO-TOWER2心は高層ビルが乱立している。130mというとビルの雲海の中に埋もれてしまう高さであるが、小高い丘の上にあることと、都心の中心部にあることで、スカイツリーとはまた違うパノラマが見れる。タワー高333mは地上高だが、150mというのは『海抜表示』らしい。






TOKYO-TOWER4茶する前に、特別展望台に上る。前回は上っていないのでここは数十年ぶりだ。
マンションサイズの小さなエレベーター1基。これじゃ混んでる日は行列になるはずだ。
公示250mのパノラマも『海抜表示』で、地上高としては230m。
都庁の展望室よりは高いが、サンシャイン展望台よりは低い。
スカイツリーは海抜1mにも満たないところにあるから、どちらの表記でも同じなのだろう。
スカイツリーは下町にあり、周囲に高層ビルが少ないこともあるが、何か別の世界から箱庭を見る感覚だった。ここは同じ土俵の中で抜きんでた高見の感覚である。『神の視線と覇者の視線』という表現は不適切かもしれないが、あえてそんなイメージの違いである。

TOKYO-TOWER7フェラトゥールでティータイム。流石に平日の午後はゆったりしている。混雑のストレスが全くない。
夜はさぞ夜景が奇麗だろう。
帰る前にやはりここは見ていきたい。『ルックダウンウインドウ』。床がガラス張りになっているところ。
はっきり言ってここはスカイツリーの『フロア340ガラス床』より怖い!
スカイツリーはいかにも分厚いガラス板が分厚い補強鉄材に乗っている。何人乗ってもびくともしない感じだが、ここは2人乗ったら抜けちゃうんじゃないかって感じ(実際は2人乗っても大丈夫??だった)。ガラスの上を歩くと、スカイツリーでは味わえない「お尻のムズムズ感」が満喫できる。
さてさて、私の車はどれでしょう??



TOKYO-TOWER5最後はタワービル(いまはフットタウンというそうだ)でお土産を買う。
ここの雰囲気が、子供のころからの東京タワーのイメージを残している部分だ。
しかし、今は各階とも改修工事中。東京タワーもスカイツリーと共存(競争ではない)するために時代に合わせた変化をしていくのだろう。

いつも自転車で来るとやっている、ローアングルからのコラボ写真。スカイツリーではなかなか車でできる場所がない。
来るとわかっていたら、洗車しておけばよかった!

今回は平日だったので娘はきていない。また、家族で夜景を見に訪れたいものだ。
しかし昔のように『TOKYO TOWER』をガンガン流しながら‥‥というわけにはいかない。そろそろ娘が歌詞の意味に気が付く年頃になってきた。



にほんブログ村   車ブログへ
にほんブ ログ村
 にほんブログ村 車ブログ ミニバンへ
にほんブログ村

スタッドレス 新調

REVO GZシーズン使ったブリザックREVOをついに新調した。
ほとんど使わないスタッドレスなので、今回はBS以外の安いのでいいと思ったが、知人のカーショップで
説き落されて、結局『ブリザックREVO−GZ』になってしまた。


『REVO供戮235/60R16だったが、少しでも燃費が良くなるよう、今回のGZは
215/65R16(標準サイズ)にした。BSは結構もちがいい。また6〜7シーズンはもつだろう。
果たして車がそこまでもつかわからない。最近特に没落したおやじの財政で、次の車がこのサイズを履くことはほぼ叶わない。運命の狂いがない限り、このサイズはこの車限りだ。

自然車高調?スタッドレス新調では基本的には細めがいいという。購入した時から235だったので、215は少し貧弱に見えるし、実際走ると腰砕け感があ
飛ばさない代わりに、横着でコーナーもノンブレーキという『超物愚作運転
のおやじにはちょっと危険なサイズだったりする。
でも、せっかく履き替えたのだから、なんとか今シーズンもスノードライブに行きたいものである。
都心の
スノードライブは勘弁してもらいたいが‥‥

5ヶ月の休息正16インチホイルのデザインは正直あまり好きではない。しかし一番安心できるのが純正である。「HS純正17インチのUを根気よく探せば良かったかななどと、今さらと思える微塵の後悔をしながら、18インチプレイズを4ヶ月間のお蔵入りとする。



にほんブログ村   車ブログへ
にほんブ ログ村
 にほんブログ村 車ブログ ミニバンへ
にほんブログ村

七沢温泉紀行

盆休みを利用して、近場の温泉に一泊することにした。厚木市七沢温泉。本厚木から車で20分少々。ほとんど仕事の延長のような場所だが、市街地隣接とは思えない山間の天然温泉である。
家族観光の目玉は宮ヶ瀬ダム。春に自転車て日帰サイクリングに来た。今度は車で1泊なのでゆったりできていいだろう。

行程は一般道経由。前回サイクリングでよれなかった平平山橋2山橋に立ち寄る。
ごく普通の橋に見えるが、鋼製3連トラス構造になったのは大正15年で、平成13年に平山大橋ができるまでは半原地区の重要な幹線橋であった。

平山橋ヤジも何度かわたったことがあるが(もちろんダムができる以前)、今は車両通行止めとなっていた。平成16年に登録有形文化財となり、歩道橋としては現役で頑張っている。



平山橋3東亜戦争のときは、米軍機がここまで来たのか、機銃掃射の後と言われる穴が残されている。マークされるほど重要な橋だったのか、たまたまだったのかは知る由もない。



宮ヶ瀬湖畔園地ムサイトには直接行かず、宮ヶ瀬湖畔園地に行く。『cafe Tanba』で昼食。
『ロコモコ』が割安だがうまかった。
行って分かったのだが、今日は花火大会があるようだ。お昼には各所で陣取りが始まっていた。
遊覧船があるので、ダムサイトまで行ってみる13:20出航なのでぎりぎり。

ダムサイトの遊覧船乗り場からダム下に下りる。
今回インクラインは『インクライン』に乗る。片道大人200円、小人100円也。
インクラインとは「傾斜面にレールを敷き、動力で台車を動かして船・貨物を運ぶ装置。」のことであり、このケーブルカーの固有名称ではない。元は工事用車両をそのまま載せる台車だった。


ダム涼しい2宮ヶ瀬ダム1下。
ここにくると沈んでしまった宮ヶ瀬渓谷が偲ばれる。    
上りはダム内の無料エレベーターを使う。やはりここが一番涼しい。

 
船着場ヶ瀬遊覧船行き遊覧船は、花火大会のため、今日は15:00が最終。
このところの雨不足で船着場がかなり後退している。


今日七沢荘の泊まり。七沢温泉の七沢荘。七沢荘
ごく普通の温泉宿だが、ゼロ磁場にあるパワースポットなのだそうだ。



食事貸切風呂七沢荘は特筆するものはないが、川魚はうまかった。温泉は内湯と露天(なぜか殿方湯は風呂までが遠くて、内湯がなかった?)がある。別に貸切風呂を借りる。
お湯は無臭だがつるつると言う不思議な湯であった。

七沢荘ヤジはマッサージ器がなかったことが不満(元々パワースポットなのだからマッサージ器の必要はないのだろう)だったが、娘は気に入ったようである。



服部牧場日は再び愛川町の服部牧場へ。2日目の予定は鮎釣だったが、金がないとのぼやきを聞いてか、娘の「家の前の川のはぜ釣はタダだ」との一言。なんてえらい子だろう。
家の前のはぜはうまくないと思うし、時たまぼらがつれてしまうのだが‥‥
で、近くの牧場に変更。単に魚よりアイスと言う短絡なだけだったのかもしれないが。
ヒツジ服部牧場2は風通しもよく、木陰は涼しい。
娘は餌をもらってきてヒツジやロバを釣っているようだ。



なぜかゼブラなぜかゼブラまでいた。





同じヒゼブラ・ヒツジ・ロバツジでも色々な種類があるようだ。『シャロー』・『アナトミック』・『アナトミックシャロー』・『コンパクト』等々。
『マーズバー』がいなかったのは残念。
なんと4本づのの『TT』??のようなのまでいた。
何の話?だ。

ソフトクリーム最高イスクリーム工房『カサリンガ』のソフトクリーム。これは一押しである。また自転車で着たときはぜひよりたい。但しまたミニヒルクライムになってしまうが‥‥



最後田代半僧坊山門は振り出しに戻り、愛川町田代の勝楽寺(田代半僧坊)による。立派な山門は嘉永4年(1851年)に地元の工匠によって立てられたのだそうだ。



田代半僧坊中門門を過ぎるとすくにまた門がある。中門と言うそうだが、なせ閉まっているのか不思議。というか閉まっていても意味を成さない不思議な門である。



七沢温泉省渋滞とは無縁のスムーズなドライブであった。
走行210km。1泊旅行としてはホテルシーサイド江戸川についで短距離となった




にほんブログ村   車ブログへ
にほんブ ログ村
 にほんブログ村 車ブログ ミニバンへ
にほんブログ村

エーデルワイズみたび 弐

記念撮影日はAM8:40に出発。宿の前で記念撮影をしていただいた。
日塩有料に入るとすぐに渋滞となった。料金所渋滞かと思いつつも、料金所を超えても渋滞は続いた。



看板2看板その1所の手前にある看板。
いつからあるんだろう?。これ見てぴんと来るのは40代後半だよな。
料金所を超えると反対側車線にあるのはこの標識。
これは今でも通用する??

渋滞はハンターマウンテンの駐車場へ続く道まで続いている。エーデルワイズに行く道には車一台行かない。
これはひどいと思いつつ、すいてるかなぁという期待も出てくる。
塩原宿泊のスキーヤー・ボーダーはほとんどが『ハンターマウンテン』に行く。塩原温泉とハンターマウンテンのスキーパック企画は大々的に宣伝されてい る。ところがエーデルワイズを見ると申し訳程度に川治温泉とのセットパックが見られるのみ。そう、エーデルワイズは日光市にあるのだ。

なにこれ行列かし期待とは裏腹で、駐車場は一番遠い下段の中ほど。初めて訪れたときとほぼ同じ位置だ。
これでもリフトは混まないので、悠々たるもんのはずだった。
しかし‥‥なにこれ?レンタル申し込みの行列が有に100m以上はあるぞ!
とてもレンタル数が足りないように見えるが、とりあえず並ぶ。リフト券売り場も長蛇の列だが、なにこれ行列後方レンタルが出来るのかが不明なので、暫く経ってから別働隊を派兵。
待つこと1時間半弱。あと5分で半日券が買える時間になった。他の客が騒いで待つと言い出したのでそれに便乗。AM9:30にきていながら、半日券となった。
レンタルも11:30から半日料金になる。10分前になり、すでにかなりのパーツが終了になっていながらも、誰も
申し込みをせず、行列は完全に停止した。
スタッフが折れて5分前から午後料金での貸し出しを再開。子供用の靴はほとんどなく、娘のサイズの靴も残り数足だった。レンタル在庫もがらがら状態で、先ほどと変わらない100mの行列の後方の人達はどうしたのだろう。
メインゲレンデ局、滑り出したのは昨日とほぼ同じ時間となった。周囲の会話を聞いても、常連なのか、すいているからいつもここだというが、今回の混み方は異常らしい。何かウケるTV企画でもあったのか??



こいつらだって危ないぞ強盗?兵士?が「お父さん、それ危ない!」というので1枚。
強盗じゃないぞ。ソルジャーだ。「生鮮を買いぬくために戦うのだ‥‥??」。武者震い‥‥さぶいぼか?



楽しかった‥??ローズの時間が迫ってきたので退却準備。
何の言って、半日券でも十分滑れた。
山の稜線に日が沈むと、あたりはトワイライトゾーンに包まれていく。遥か下方の谷間を綴りながら、渋滞のテールライトの列が暗い山間に、美しくもアンバランスなコントラストを描く。

ロマンチストになったわけではない。眠くてぼうっとしているだけだ。フェイシャルタオルでガシッと眠気を覚まして、安全運転(のつもり)で帰る。

走行424km 燃費9.5km/L
エアコンガンガン、渋滞の山登りを含めばまあまあだ。


にほんブログ村   車ブログへ
にほんブ ログ村
 にほんブログ村 車ブログ ミニバンへ
にほんブログ村


エーデルワイズみたび 壱

今シーズン初めてのスキー。
圧雪路場所は常連となった。『エーデルワイズスキーリゾート』
東京から近く、東北道アクセスのため比較的渋滞も少ない。駐車場は無料。但し、日塩有料道路途中にあるため600円の通行料がかかる。駐車場代わりとすれば安い。
道は圧雪状態。8年目のスタッドレスでも快適で、デフロックが活躍する場もない。
中段駐車場いつものように初日は昼前着。上・中・下(ランクじゃないぞ)とある駐車場の中の奥寄りに誘導される。昼近いからこんなものだ。その代わり、レンタルもリフトも半日券だ。
レンタルスキーが、珍しく建物の外まで並ぶ列となっていた。‥‥これが明日襲来する異変の前兆だと気づくすべもなかった。

ゲレンデはすいてるリフト・ゲレンデともにすいている。メインリフトも10分待つことはない。待ちすらない場合もある。
ゲレンデもすいている。この『すいている』ということがここの大きな魅力であることは、周囲のグループの会話を聞いていても分かる。結構常連が多いようだ。
娘はゲレンデに流れる曲を全て歌っている。オヤジとカミサンには分からん。
スキーといったらカミサンは『ユーミン』、オヤジには『レベッカ』しかない。ブランクの長さが知れようものだ。

エーデルワイズ’13フトは5基、上級コース3・中級5・初級6とあり最長コースも1,800mと比較的こじんまりしている。万年『中・初級レベル』のオヤジにも、上級だと思えるコースはコブのある1つだけで、あとはボーゲンでも降りてこられる家族向けゲレンデだ。『枯木ゲレンデ』というメインゲレンデから独立した、天然雪で、森林の中を滑る穴場ゲレンデもある。
リフトがのんびりで、遅い第一クワッドの信号待ち(初級者や子ども連れが多く、乗降時によく止まるのだ)では待ち時間を含めて山頂まで20分は掛かる。
レストハウスで休み休みでは、回数券にすればよかったと思っていたが、実際は回数券を上回る回数を乗っていたので、結局は半日券が正解だった。

復興御宿??日の泊まりは、塩原温泉にある『復興御宿 富双江葉大馬 塩原秘極の湯 葵』(えらい長い名前だ!!)。
紹介によると、東日本大震災の被災地である、福島県6市町の名文字を採ってつけた名だそうだ。被災者の雇用や宿泊などを含め被災地の復興を祈願し、昨年10月にオープンしたとある。
そのようなことを考慮してか、全体的に派手さはなく、静かで落ち着いた雰囲気である。食事とスタッフの心遣いは「◎」。
大ボリュームではないが、とても美味かった食事の写真を撮っていなかったのは失敗。
女性陣は大満足であったようだ。しかしオヤジには、殿方内湯の狭さが「×」。部屋も含め他は申し分なかっただけに、唯一不満の種であった。
紹介写真引用

にほんブログ村   車ブログへ
にほんブ ログ村
 にほんブログ村 車ブログ ミニバンへ
にほんブログ村

我が生誕の日を国民の祝日として祝っていただき感謝に堪えない。‥‥違うだろ!
2013.1雪1国家を挙げてプレゼントもらえりゃもっとよかったのだが‥‥??
今日、天も祝ってくれたのか、大雪になった。‥‥!

午後から買物で上野に出る。KARANO号出動である。
家を出ると早速立ち往生の車が出没。江東区は、雪になると必ず橋で立ち往生の車がいる。0メートルの江東区はどこに行くにも太鼓橋を渡らなければならない。
2013.1雪2年目のスタッドレスの様子見には丁度いい。峠でいきなり横向きではたまらない。
都内の裏路地はすいている。上野までは快適なドライブ。轍からそれてもハンドルはとられない。今シーズンも何とかいけそうだ。但し、デフロックにしているのでちょっとゴツゴツした走りになる。こんなときでもなければデフロックを使うことがない。

2013.1雪3きはよいよい‥‥帰りは下りの幹線は何処も大渋滞。首都高が止まったせい?、それとも荒川に掛かる橋を登れない車のため??。
スタンドによるためだけに、幹線をほんの僅か通る。200m先のスタンドに30分以上。震災以来である。
しかしひどい渋滞。砂町イオンを断念し、裏道を抜けてアリオ北砂で再び買物。

ユキダス?から電話で、靴屋によって脱着式の滑り止めを買ってくるよう依頼される。
そんなもんあるのかい??。あったらとっくに買ってるよ。
しかしあるのだ。午前中には完売してしまったと申し訳なさそうなスタッフ。
すぐに完売してしまったことなどはどうでもいい。さんざん、滑り止めのスパイクシューズを買うべきか否かを迷っているおやじにとって、このようなものの存在を知らなかったというおおぼけぶりのほうが腹立たしい。


2013.1雪4ンションの外階段で滑ったこと、雪の重みでワイパーが拉げたことを除けば、普段どおりのマイカーショッピングであった。
大渋滞を除けば、雪の都心はきれいであった。

それにしても、やはりママチャリは雪の中、平然と坂を上がり下がりしている。
雪に強いママチャリは、やはり日本が世界に誇るべきバイシクルなのだろうか‥‥


にほんブログ村 車ブログ ミニバンへ
にほんブログ村

スキルカバー

何時頃からかよく聞くようになった言葉「スキル」。
知識とか、能力の意味で、狭義には『職能』という形でビジネスシーンに多用される。

今回は、前置きとは何等関係なく、タイトルも『職能を補う』と言う意味ではない。
ヘッドライトカバー1ヘッドライトカバー2来発注していた枯野号のスキル製ヘッドライトカバーが届いた。
今年ヘッドライトの黄ばみをクリーニングしたが、装飾部のくすみはどうしようもなく、アイラインも色あせしてしまっているので、イメチェンして見ることにした。ルミナスレッド。純正色指定のFRP製カバーである。
ヘッドライトカバー装着1なり年式落ちしている車である。塗装色の色合の違いを心配していたが、ほとんど違和感がない状態でまず一安心。
この雫のような形の大型ヘッドライトがプレサージュのデザインのポイントともなっているのだが、ルミナスレッドの装着例を見たことがないので、どんなイメージになるのか少し不安。

ヘッドライトカバー装着2ず古いアイラインをドライヤーで暖めながらはがす。はがれ易くなるが、やはり接着剤が残ってしまう。ただし、カバーの接着面に影響がない場所は無理に剥がさない。どうせ隠れてしまうのである。



ヘッドライトカバー装着5バーは両面テープで貼り付けるだけである。
付属の洗浄剤で接着面を拭き、油汚れ等を落としてから、ラインに沿って貼っていく。
貼り付け前に仮装着で付き具合を見るが、どう調整してもエンド部が浮いてしまう。両面テープを追加して補強。

ヘッドライトカバー装着4ョップの紹介フォトよりも違和感が少ない。
これ以外の外観はノーマルなので精悍になったわけでも、凄みがでたわけでもない。
色合に違和感がないので、知る人が見ないと気づかないかもしれないが、装着例が少ないだけに、結構ワンポイント効果が狙えそうである。

ただし、こスキルヘッドライトカバーれで車のスキルが向上するわけではない。
燃費スキル??が向上してくれるとありがたいのだが‥‥


にほんブログ村 車ブログ ミニバンへ
にほんブログ村

のぼうの城めぐり

所用の帰りを利用して行田に行く。
今を時めく『のぼうの城』の舞台となった忍城を6年ぶりに観光する。
11月初頭に封切られた『のぼうの城』をみて、改めて忍城を見たくなったのでちょうどよい機会だった。
映画を見ること自体9年ぶりだ。9年前に見たのは『陰陽師』。野村萬斎の熱烈ファンというわけではないが、この人が主演ならちょっと変わって面白いだろうという理由だ。まあ、ジョニーデップの映画を見るのと同じ感覚である。
行田の街は『のぼうの城』のポスターで埋め尽くされている。平日にもかかわらず人の多いのはやはりこの小説と映画の効果だろう。
成田氏の居城であった忍忍城の鐘忍城本丸は、現在の『行田市郷土博物館』周辺を本丸として沼と水路に囲まれた、まさに『浮城』だったようである。
まずは郷土博物館に立ち寄る。郷土博物館には復元された御三階櫓や指定史跡の鐘楼などがある。
「忍城今昔地図」(博物館にて販売)によると博物館の裏手の駐車場辺りが本丸の中心だったようだ。

忍城御三階櫓料館に隣接する、御三階櫓。これは当然のぼうさまの時代のものではない、成田氏の忍城開城後、50年近く経った阿部氏の時代のレプリカである。掘割はあるものの『浮城』のイメージはない。
郷土博物館より1km弱走ったところに『水城公園』という池と水路に囲まれた静かな公園がある。忍城今昔地図を見ると、ここが城を囲む湖沼の最南端の名残のようだ。現在の行田市役所・産業文化会館・法務局・コミニュティセンターなど、市の中心的施設は全てかつての湖沼の上に建てられていることになる。
水城公園産に買った『城絵図と忍城』の冊子をみると、年代ごとに埋め立てや城下の拡大はあるものの、廃藩置県当初まで浮城の縄張は保たれていたようだ。


さて、守る側だけでなく、寄せ手側の遺構も残っているので行ってみる。
石田堤1せ手の総大将、治部少輔石田三成が水攻めのために築いた、通称『石田堤』が現存しているので見に行く。
現存する『石田堤』は水上公園より南南東に4kmほど走ったところにある。
この堤の頂に立っても、これで城を水攻めにできるとは到底思えない。
物語では、この長大な堤を1週間でつくり、城方に心を寄せる農民によって破壊される、ドラマティックな演出だが、実のところは城を水没させる高さや長さに到っていなかった結果だろう。秀吉が水攻めを指示したとも言われているが、本当に水攻めすると言うより、財力を見せ付けての長大な堤の建設により、城方の士気を挫くことが狙いだったろう。如何に要害であろうと、10倍の戦力なら正攻法で落とせると考えるのが普通である。
もともと洪水のメッカに築かれた城なのだから、これくらいの水没は何度も経験しているだろう石田堤
石田堤2攻めの失敗により、三成は戦下手のレッテルを貼られる。おやじには愚将三成よりも、上司に自分の本意に反したやり方の無理難題を押し付けられた挙句、失敗して周囲からブーイングをうける現場の責任者(誰のこと??)の姿が痛々しく浮かんでくる。
それにしても節操のないナンバーモザイクである。

本陣から浮城を望む後は丸墓山にのぼり、寄せ手の本陣から忍城を望む。
映画ではCGにより、本陣から望む湖沼に囲まれた、見事な城の全景が再現されている。
忍城を囲む湖沼に限らず、かつての関東平野は一面の湿地帯と湖沼群が存在した。あのCGのような光景がいたるところで見られたのだろう。

さて、さきたま古墳に来たので、さらに1000年時代をさかのぼることにする。


にほんブログ村   車ブログへ
にほんブ ログ村
 にほんブログ村 車ブログ ミニバンへ
にほんブログ村
 にほんブログ村 歴史ブログへ
にほんブログ村

フォグ復活

HID化フォグ週間ぶりにフォグが点灯した。
先日の車検でフォグの色違いで引っかかり、車検を通すために取り外していた。
もともとプレサージュ純正のプロジェクターフォグが、ハロゲン仕様でイエローレンズだったものを、バラストをつけてHID化していた。
当初は両方とも色温度(ケルビン)が4,500kと比較的高いものを使用していたので、イエローレンズを通すと薄緑色になっていたようだ。色違いフォグフォグとしては見易い色ではなかったが、見た目が綺麗だったのでお気に入りではあった。
しかし、右バルブが破損したため交換したものが3,000k(たぶん)だったため色合が全然違ってしまっていた。
乗ってても変だったけど、とりあえずいいやと思ってそのままだったのが、見事に車検に引っかかった。
エアダクト備側と交渉したのだが、この状態で付いている限りは車検は通せないので、当日中に通すには取り外すしかないとのことだった。
車検を終えて帰ってきたときは、エアダクトのようになっていた。これはこれで結構さまになっているのだが‥‥
とりあえず左右同色の黄色いバーナーを用意すれば、サービスで元通りつけてくれると言うので、近所のカーショップで取り寄せる。
フォグ復活り寄せたバーナーを持込で取り付けてもらう。見事に芸のない黄色である。しかしこちらのほうが確かに見易い。
フォグランプなんかお飾りだと思っていたが、無いと結構不自由であることを改めて認識。
たかがフォグ、されどフォグ。これでまたナイトドライブが快適になる。


にほんブログ村   車ブログへ
にほんブ ログ村
 にほんブログ村 車ブログ ミニバンへ
にほんブログ村

スカイタワーライトアップ 〜転勤1 

家から自転車片道15分の通勤先から、電車と徒歩で片道2時間20分の遠距離通勤となった。
東京の東端から西橋まで距離にして55km。これで栄光ある災害時帰宅困難通勤者の殿堂入りとなった。
赴任初日。通常は定期通勤だが諸事情により車通勤とした。高速代が出ないので青梅街道をひた走る。電車とほぼ同じ所要時間である。
スカイタワー西東京3天気は、晴れたかと思うと滝のような雨に襲われる不思議な天気であった。
退社は21時半。また青梅街道を走る。すいてはいるが時たまの雨でスピードは出せない。上り方面、東村山から小平に入り、ガス・ミュージアムの先の緩い左カーブを越えると見えてくるのが、一月前にも紹介した田無タワーこと『スカイタワー西東京』である。
最上部が淡く光っているのがぼーっと空に浮かんでいる。寝不足の疲れと、度のあわない眼鏡(運転には危険だろ!)で見るととても幻想的である。思わず街道から逸れて、毎回の撮影ポイントに立ち寄る。

時間は22時をまわっている。ライトアップ終了時間なのかと思うほど暗い。
前回のライトアップ撮影時は吹雪の中の幻想的な光景であったが、今回も時折激しくなる小雨の中の撮影となった。

スカイタワー西東京2このライティングは明日の午前中の天気予報により日々変わる。
薄い青は翌日午前中は雨であるときに点灯する。

実はこの色のライトアップを直に見るのははじめてだ。
見るたびに思うがライトアップ部分は、まさに仏塔である。数ある東京の塔の中ではある意味最も美しい。思わず合掌?

このスカイタワーを過ぎると、地方の郊外バイパスの体を為していた青梅街道は、家々やビルの狭間を抜ける都心幹線道路へと姿を変える。
この塔は一種のターニングポイントなのだ。

スカイタワー西東京1スカイタワーを見ると「随分遠くへ来たな」とか「これから東京に帰るのだ」などと思っていたが、この塔を遥かに越えて通勤するようになるとは。今後はちょくちょく間近で見る機会も増えるだろう‥‥改めて安全祈願の合掌??

因みに、前も見えないほどの土砂降りの中の通過となったが、市谷の防衛省の電波塔(愛称をつけると当局の検閲に触れる?名前は国家機密である??)は真っ暗だった。いまだに灯火管制が布かれているのだ。
ここには手を合わせても何のごりやく?もなさそうである。

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
 にほんブログ村  その他生活ブログへ
にほんブログ村

越中2時間の旅 番外編

8月14日
今日は一路家路を目指すのみ。
しかし、東京の親類にもお土産は必要だ。久々に富山駅の駅ビルに寄って行く。
空港ターミナルの駐車場は、1時間200円也。これでも地元の人は高いという。
因みに空港駐車場は1時間100円、1日600円!!。反対運動の罵声の声の中?、有料になったのは空港正面の駐車場のみ。ロータリーの外側駐車場は無料だ。反対も何もって、こちらから見れば奇跡に近い!。
さらに因みにソラマチ駐車場は1時間700円也。

消えた駅ビルの駐車場は、駅ビルの西側にある。帰省の度によっているので勝手知ったる‥‥あれぇ、駐車場がなくなっている。しかも駅ビルも消えている。




仮駅舎うか!、新幹線の開業に合わせて建替えしているんだっけ。
今は以前の駐車場がロータリーになって、仮の駅舎になっている。
駅ビル2階にあった名店街は、特選館という独立した建物になっていた。
たぶん、今度来るときは新しい駅舎になっているだろうから、今の状態を撮っておく。

富山城車場に入り損ねて街中を一周。
富山城の前を通過する。ここにきたのはもう10年以上前だ。が、ここは昔とほとんど変わっていないようだ。

駅前まで回って買物をして帰路につくまで約2時間也。
のんびり来るつもりが、何か2時間単位で動くせわしないものになってしまった。


混んでいなければ18時には付ける行程が、帰宅は20時過ぎ。Uターンラッシュの最中、渋滞に費やした時間も2時間也。まぁ渋滞回避で2時間ならラッキーなほうだろう。

今回の走行1,410km
消費ガソリン153L
平均燃費9.2km/L
今回は10km/Lの目標をクリアできなかった。ハイオクだから余計辛い。
前後エアコンガンガンつけて渋滞や山道を走ったんだから、3.5L/4WDとしては上出来だ。

にほんブログ村   車ブログへ
にほんブ ログ村
 にほんブログ村 車ブログ ミニバンへ
にほんブログ村

森将軍塚古墳遠望PS
帰り道の上信越道から森将軍塚古墳が見えた。
何度も通っているのに、何故今まで気がつかなかったのだろう。
建造当時も麓の集落から、このような威容を望んだのだろう。
‥‥運転しながらの撮影は危険である。よい子はまねをしてはいけない‥‥
 

越中2時間の旅6 悪城の壁

牛岳から帰ってきて、夕飯までの2時間がまた自由時間となる。今晩は温泉に行くので時間厳守とのこと。
タイトスケジュールだが、立山町の『悪城の壁』を見に行く。
悪城の壁2『悪城の壁』とは立山有料道路から称名の滝に向かう途中にある壮大な一枚岩の断崖である。
宿泊場所からルート検索すると38km、85分とある。
東京じゃ、絶対この時間じゃ無理だね。でも半分は山道だから結構いけるはず。うまくいけば称名滝まで行って来たい。
16時に出発。ルートに従い走る。予想より交通量も信号も多いが、市街を抜けると巡航速度が急に上がる。
称名滝遠望2立山有料道路の分岐点を越えると右手に巨大な岩の壁が現われる。
所要時間は50分。平均時速45kmで走っていることになる。
正面に称名滝が見える。いけるとこまでいこう。
称名滝駐車場までは5分とかからない。しかし滝までは往復30分となっていた。往復の時間はないので、遊歩道で滝が見えるところまで行く。

『称称名滝1名滝』。落差350mはスカイツリーの天望デッキと同じ高さだ。
落差とその水量では日本一といっても過言ではない大瀑布である。
もっとも、落差だけで言えばハンノキ滝の500mには及ばない。では日本一の落差を誇るハンノキ滝とはどこにあるのか。
実は称名の滝の隣にある。断崖の頂上から称名の滝の滝壺に到る水流の痕が、融雪の時季だけに壮大な姿を見せるハンノキ滝である。残念ながらこの時季は枯れてしまっている。この滝の迫力を満喫するのはやはり春である。

悪城の壁回は悪城の壁を見ることが目的なので、早々に引き返して往きに見つけた撮影ポイントに再び停車する。
『悪城の壁』。「すごく恐ろしく、砦のように人を寄せ付けない」という意味からついた名前である。
高さ500m、幅2kmの一枚岩からなる絶壁は、まさにその名に恥じない迫力である。
ここにいると北欧の氷河谷のイメージが重なってくるが、
悪城の壁3この深い谷はまさに氷河と川の浸食によって作られたものだそうだ。
悪城の壁の頂上から下を見下ろすとどんな光景なのだろう。ルートがあれば、いつか行ってみたい。
「馬鹿の高上がり」にして「高所恐怖症」(高血圧貧血により、いつもふらふらしているから怖いのだ!)であるのでちょっと無理か‥‥

称名滝遠望でに17時をかなりまわっている。18時帰着は難しそうだ。
富山観光はとにかくお金がかかるイメージが強い。観光立県でもあり、それだけの資源を守っていかなければならないので当然かもしれない(だから富山県は日本一裕福な県なのだとするとちょっと癪ではあるが‥‥)が、宿と脚をうまく確保すると結構リーズナブルにスポット観光を楽しむ場所は多い。


八尾ゆうゆう館食事の後に、親類から紹介された『ゆめの里ゆうゆう館』の温泉にいく。
夜になり本降りの雨になったが、雨に打たれる露天風呂もまた一興である。
日帰りでも9時〜22時まで利用できる。大人600円也。
盆休みにしては、結構空いていたし‥‥


悪城の壁ドライブ、2時間(と10分超過)。
八尾のゆうゆう館への日帰り温泉の往復2時間。今回は2時間尽くめの観光だ!
明日はもう帰る日である。

にほんブログ村   車ブログへ
にほんブ ログ村
 にほんブログ村 車ブログ ミニバンへ
にほんブログ村

越中2時間の旅5 牛岳展望

牛岳スキー場尾町からさらに山に入っていくと山田村(どちらも現在は富山市に併合された)に入る。
山田村は温泉とともに、地元では結構有名な牛岳温泉スキー場がある。山頂にはパノラマ展望台があり、車で登っていける。夏はパラグライダーのベースとしても賑わっている。

パノラマ展望台。レンデ麓から、ちょっと荒削りな舗装道路を登るとスキー場の頂上のパノラマ展望台まではほんの僅かだ。
以前ここを訪れたのは十数年前だ。山頂付近の
オートキャンプ場は当時はなかったように思う。
今日はあいにくの天気だが、以前訪れたときは快晴で、ここからの景色は富山平野から能登半島までを一望できる絶景だった。牛岳スキー場4
本当牛岳スキー場5はここは是非夜に訪れたいところである。ここからは富山の夜景と、満天の星空が眺望できるのだ。
ただし、頂上の建物は古式騒然としており、人気のない夜はさぞ不気味だろうが‥‥

牛岳スキー場岳スキー場という名だが、実はここは牛岳ではない。
パノラマ展望台の裏側から見えるゲレンデの山頂が本当の牛岳である。
かつてはここから谷を挟んで牛岳側にロープウェイが走っており、牛岳側にユートピアゲレンデというスキーオンリーの上級者コースがあった。
機材の老朽化が進み、利用者も減ったことから山田村を併合した富山市によって廃止されたようだ。
牛岳山頂には小さな祠があり、やはり車で登れたのだ。もっとも当時はJEEPだったので、今の車で登れるかは定かではない。
帰りは橋婦中町方面に戻るのが通常だが、買物をかねて八尾方面に下りるルートを取る。新しいナビソフトになり、新しい道が検索できるので通ってみる。
八尾工業団地に繋がる道はまさにハイウェイだ。本当に富山って裕福なんだねぇ‥‥

八尾のオレンジマートで夕食の買物。そのままレジを通ったらレジ袋をもらえなかった。袋は別途申し出て買うのだそうだ。どうしようかと考えていたら、客のおばちゃんが納品用の空き箱が使えるよと教えてくれた。カゴテナに積まれた空箱を自由に使える仕組みだ。「なるほどねぇ」と感心。でも店内に流れる宣伝の歌には吹き出してしまった!
まぁ、冷静に聴けば(冷静に聴けるか!?)ライフの「ポイント3倍デー」の歌と五十歩百歩だが‥‥

買物も含めて、所要時間約2時間也。


にほんブログ村   車ブログへ
にほんブ ログ村
 にほんブログ村 車ブログ ミニバンへ
にほんブログ村
livedoor プロフィール
愛車紹介
1.PRESAGE U31
愛称KARANO号
  :いまや歴史遺産となりつつある3.5L/フルタイム四駆。最近は金欠でタコメーターしか見なくなった我が家の軌道空母。2002年モデル。
2.MR−4
  :GIANTのロングセラーフォールディングバイク。リアドライブ・ミッドシップエンジン搭載??のコンパクトスポーツ。2010年モデル。

3.SOMA SAGA『嵯峨』
  :米国ソーマファブリケーションズのツーリングフレームに格安パーツを買いあさって組み付けたクロモリツーリングバイク。年式不明

4.トランジットセブン
  :今は娘の愛用となっている、BSの20インチフォールディングバイク。オヤジにサイクリングすることと、カスタムすることの両方の楽しさを教えてくれた逸材。2007年モデル。
  
5.ALPENCHALLENGE   AC02
  :レーサー志向の本格バイクを投入する『BMC』の珍しい26インチアルミバイク。ストックパーツを再編成して復活した我が家の最軽量クロスバイク。2011年FC前モデル。  
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

Archives
  • ライブドアブログ