KARANOがれーじ

KARANO 枯野 1.古事記に登場する仁徳天皇所有のハイスピードクルーザー。毎日灘波と淡路を往復し清水を宮に運んだ。 2.我が愛車のニックネーム。毎週我が家とスーパーを往復しPBの飲料水を運んでいる。 3.枯野さん(ハンドルネーム)。 鍵穴型古墳マニア。持病持ちポタサイクリスト。

自転車

ちょっと若洲

10月とは思えない真夏の暑さ。
若洲大橋より舞浜前中から午後にかけて通院の梯子。循環器・整形・眼科とこれから一生付き合っていく悪友が増えたから。そのわりにチャリとの付き合いが少なくなり、脂肪という悪の組織に付け入るスキを与えてしまっている。
有酸素運動を奨励されているし、自転車はすべり症にはいい運動(ママチャリの買い物程度のことを言うのだろうが)とのことなのでぶらっとポタする。
ナイトランでレインボーブリッジを回ってきたので、今度は久々『恐竜橋』周辺を回る。

恐竜橋1恐竜橋』、正式には『東京ゲートブリッジ』である。
江東区若洲と、都内最後の国境係争地である『中央防波堤埋立地』を結ぶ。
桁下最大高は55m。レインボーブリッジよりも気持ち高い。






恐竜橋2の橋の着工以降、世界の豪華クルーザーは、もはや船とは言い難く醜態的に肥大化したため、この橋はくぐれない。
否さ、100年以上前に建造された、船が船としての美しさを留めていた時代のオリンピッククラスでさえ、マストの天辺まで喫水線上63mあったというから、やはりくぐれない。
マストのなくなった20世紀の船は大方通れるようだが、この橋げたの高さは何を基準に設定したのだろう。




吊橋でない訳下はレインボーブリッジより高いが、全高はレインボーブリッジよりかなり低い。
トラス橋だからではあるが、このユニークなトラス橋となった理由がこれである。
航空機の羽田への進入路内にあるゲートブリッジは、レインボーブリッジより厳しい高さ制限が設けられているのだ。時間帯によっては滑走路1本辺りが山手線並の過密ダイヤになる羽田空港。
粘っていればもっと巨大な機体が橋のすぐ上を通過することもある。




ゲートブリッジから眺める東京東京タワー何処だ
ここも以前来た時よりのっぽが増えている。
昭和中期、東京に出現した50〜60mの怪獣たちは、足元の建物を蹴飛ばしながら。ポツンと1本だけ突っ立った東京タワーを目指せばよかった。
しかし現在は、自分たちの3倍近い高さの壁群に阻まれている。
テレビ送信料収入がなくなり、再建するのも今はお金なさそうだから。壊すなら臨海地区のタワーマンションくらいにしといてくれ。


スカイツリーはすぐわかるレインボーブリッジ何処だインボーブリッジも見つけるのが結構大変。
スカイツリーはその高さと高層ビルがないため、ほぼ全景が見える。東京にもいつかは『ブルジュ・ハリファ』みたいのが乱立する日が来るのだろうか。
その前に、それほど遠くない未来にこの景色が黒煙と炎に包まれる洗礼を東京はうけなければならない。その時オヤジは生きているか、家族は‥‥。
中国や韓国のスカイツリー並みの超高層ビルは、マグニチュード8の直下地震に耐えられるのだろうか。凌雲閣の轍を踏まないように願いたいものだ。

荒川河口橋を渡るために、夢の島に戻る。
江東清掃工場コンスタンティヌスの柱(オヤジ的に清掃工場の煙突を指していう)が聳える江東清掃工場。幾たびかのゴミ戦争を勝ち抜いてきた江東区の象徴。そのうちあの上に山崎さんの銅像が立つかも??。だが今はゴミ戦争終結後の領土問題が紛争状態に突入している。
羽田の拡張で帝都最大の区になったのにも関わらず、解決済みの古証文を持ちだし、調停に一切応じない大田区。区民の多大な犠牲の上に血で領土拡張をしてきた江東区も、譲歩などしたら区民革命でも起きそうな状態。すでに埋立のごみ処理手続き等、実効支配を強調する江東区。
オヤジは勿論江東区民ではあるが、同じ都民族なのであるから紛争は避けて早期解決してもらうことを望む。
江東区は江東区ですでに区内に風俗習慣の違いよる分裂が生じている。下手をすると練馬区以来の新区独立という爆弾もありうる。湾岸地域は東京のバルカン半島なのである。

荒川河口橋荒川河口橋より川河口橋を渡る。おそらく自転車に乗ったまま渡れる橋としては23区内の最高の桁高であろう荒川河口橋からの眺めもなかなかのものである。
近年大型の台風やゲリラ豪雨災害で、注目されているのが荒川の決壊だ。地震・水害と高リスクを抱えた江東区に住んでいるのもちょっと恐ろしいものである。




荒川土手西臨海公園を回り荒河左岸を北上。強い追い風に押されて電動アシストに乗っている感覚である。
8年前の大病後に初めて30km/h巡行した道である。あの時も追い風であっただろうが、泣きながら走っていたことを思いだす。健康が一番である。
病気前から8Kg痩せてスリムだった自分。今また8Kgを奪還してしまいぽっちゃりおなかになってしまった。
ドックが近い。メタボ確定か‥‥




荒川小名木川右岸CRを始点に戻り、小松川公園まで北上。短い区間だが強い南風でまさに天国である。
番所橋から小名木川を望む。
行徳の塩や、江戸川を下ってくる各地の物資を、海を経由せずに江戸に運ぶために開削された運河である。
番種あとから始まり、アリオ北砂・クローバー橋・扇橋ロックゲート・新小名木川水門・萬年橋ライトアップなど見どころも多い。
護岸の遊歩道は狭く、自転車が通れないことが唯一残念である。

しかし今日はめちゃ暑かった!!。わずかなポタなのに、帰宅したら❝焼けた❞といわれた。









ナイトラン ちょっと寄り道

勝どき橋豊洲の夜長にはちょっとむしむしする夜。
ぶらっとナイトランに出かける。
豊洲・晴海ルートからそれて相生橋から勝どき向かう。






えぇ〜!気に入りのスポット。築地場外市場は当面残ることが決まっているからこの景色がすぐになくなることはないだろう。
でも何か変だ。
『えぇ〜っ!!』
東京タワーが隠れてしまっている!!
なんだあのビルは!
今まで汐留の高層ビルの隙間からくっきり見えていた東京タワーがすっぽり隠れてしまった。
ほんの数年で風景が変わってしまう程、東京はめまぐるしく変わっているのか。
密かにお気に入り癸韻世辰辛景がなくなったのは非常に残念。

マリカー族図で直線をたどっていけばすぐわかる。山の手線沿いのイタリア公園に出るガードのところだ。
そうか、山手線内回りの新橋手前のビル工事現場だ。電車で見ていたのにうかつであった。
といってもどうにもなるわけではないので、新橋をスルーして東京タワーに行く。
最近頻繁に見かける『マリカーツアー』。外国人観光客には結構人気のようだが、著作権問題や道交法的問題も抱えている。
これで海外の観光客に楽しい思い出になってくれれば結構だが、実際クルマに乗って出くわすと邪魔である。



TOKYOタワー2TOKYOタワーつ来ても東京タワーのライトアップは暖かい。
今は塗装工事の足場が組まれているが、ライトアップされた足場がまた独特のコントラストを醸しだしている。







さて高輪橋架道橋もう一か所、近々消えてしまうスポットに足を延ばす。
『高輪橋架道橋』。裏の名を『提灯殺し』『お化けトンネル』。
山手線・京浜東北線・東海道本線・新幹線をくぐる高さ制限1.5mの長いガードである。
山手線新駅の建設による再開発で姿を消す、今や観光スポットになっているガードである。





高輪橋架道橋3高輪橋架道橋2輪口から入る。
あれ、意外と高いぞ。1.62mのオヤジでも天井に余裕がある。
ガードはかなり長く出口が見えない。内部の照明は明るくお化けが出るイメージではない。
しかし、芝浦口に向かっていくにつれ徐々に天井が低くなってくる。「吊天井」か?
芝浦口出口付近はタクシーの社名灯がぎりぎり。『提灯殺し』とはこのことか。
‥‥でもタクシーのあれは『行燈』じゃなかったっけ‥‥
メー高輪橋架道橋4ターで見ると220mあるガードの芝浦口。一通だからこちらが出口となる。
すでに新駅の開発は始まっており、ここもいつ閉鎖になるかわからない。一度は訪れたかった消えゆく東京名所である。







お台場レインボーブリッジ輪橋架道橋から新幹線引込線ガード・東京モノレールを越えるとレインボーブリッジのループ部に突き当たる。
築地を抜けて豊洲に出るつもりだったが、まだレインボープロムナードが夏時間で通れるのでまたまた歩くことにした。
夜景は何といってもノースルートなのだが、折り返すのはたるいので次回にしよう。10月いっぱいは21時まで開門している。



豊洲ぐるり公園豊洲ぐるり公園場から豊洲へ向かう。今回は『豊洲ぐるり公園』の豊洲運河側をポタる。








ららぽ選手村岸には東京2020オリンピックの選手村が建造中だ。
このままいくとララポの敷地に入ってしまうので、途中から一般道に戻る。







豊洲学習農園から東陽町を経由し横十間川親水公園を北上する。
公園の途中に学習農園がある。
子供たちが作った案山子であるが、夜見るとなかなか不気味(ごめんなさい)である。






小名木川クローバー橋十間川と小名木川が交差するところに『小名木川クローバー橋』がある。
スカイツリーの撮影ポイントにもなっており、ドラマロケやCMなどにも使われている。
小名木川には『塩の道』という遊歩道が整備されている。ここを通れれば非常に便利だが残念ながら『塩の道』は自転車通行禁止である。
横十間川も遊歩道を再整備中であるが、自転車禁止という愚行はなしにしていただきたい。
整備費をけちっているのが最大の原因だが、行政にそういう口実を与えるのはほかでもない、『躾なしの馬鹿チャリ』どもであるから悲しい。









FREE POWER P・S

サイクルモード2018の出展ブランドが公開された。
前売券購入は出展ブランドを見てからと思っていたが、大方はレギュラーメンバーのようだ。
我がBMCとドッペルギャンガーの名前が見当たらなかった。リクセンカウルの名前もない。PRインターナショナル自体の名前がなかった。
皆見落としならいいんだけど。

さて、期待したサイクルオリンピックは名前が載っていない。出るなら先に自社のニュースリリースに載せるよね。
リリースニュースの最新は初のコンセプトショップ『フリーパワーショップ国分寺』になっている。
連休も暇なのでポタを兼ねていってみた。

スーパーマーケット『オリンピック』本部ビルの一階にセッティングされた、なかなかお洒落なお店だ。
展示はクロス・ミニ・ロード系のモデルもある。
ライトウエイブランドに装着したモデルが多い。ライトウエイのインフォメーションにも載っている。本気でコラボするのかな。
ライトウエイもサイクルモードブランド一覧に名前はなかった。これも残念。

ライトウエイ系の試乗車がないか尋ねたが、試乗はやはりママチャリ系ばかりであった。
店舗の隅にローラー台にセットされたクロスバイクとロードバイクがあったので漕がせてもらった。
リアはターニーTXだった。
ローラー台なので実走感とも違うが思い切り回せるし、ラフなチェンジもできる。
漕ぎだしの当たりのなさは今までの試乗車と共通だが、グミをつぶすような感覚はなかった。チェンジ時にトラクションが利いていない感覚は、重たるいけど滑らかという我が家のCVT的加速感だ。

スポーツ系に装着されているコンポは、ターニーかクラリスだ。ギアは8速どまり。コストの件もあるのだろうが、ズバリ適応段数を聞いてみる。BBはスクエア122mm。フロントギアは8速対応だそうだ。10速・11速等ではチェーン幅が対応できないとのこと。今日はAC−02で来ていたので、ズバリ取付出来るかを聞いたが、見るなり『できない』とのことだった。
しかし、多段ギアに対応するプロトタイプはあるとのことなので、後日を期待しよう。

五日市街道を経由して国分寺駅、帰りは新青梅街道を経由して全走行75km。
山の手から武蔵野台地は起伏の連続とやたら信号のGO・STOPの連続で結構脚に来る。
腰を痛めてからは尚更である。最近は二トロではなく、鎮痛剤が常備薬になっているこの条件下で、フリーパワーにしたら、脚への負担は多少は減るものだろうか。
お尻の痛みは2700円の『サギサカ超ソフトスポーツサドル』でほぼ解消した。今まで試したどのハイエンドコンフォートサドルよりも良い。スーパーの自転車パーツコーナーを馬鹿にしてはいけないと思う。

Eバイクにあの不格好なバッテリーと『取り外して充電』という行為がなくならない限り、FREE POWERは興味あるアイテムであることは間違いない。




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毎度のルートだけど

ウオーターフロントアコン2台買い替え。車のラジエーター交換等でフルカーボンの高級ロードが買えてしまうほどの出費を余儀なくされたこの夏。「連休はどこも行かず、何も買わず」で済ますつもりだが、チョイノリでお茶するくらいはいいだろう。
フリーパワーのスポーツタイプの試乗車があるとの情報を得ていたため、オリンピック青山に試乗がてらポタに出る。






皇居前広場暑が続いているが、強い東南風が多少は心地よい。妖術の火計なら大成功?するだろう。
新年によく来る皇居前広場。昔は春の入社式の時も毎年来ていたのだが。







国会前交差点を過ぎたところから桜桜田濠田門を遠望。
前回来たときは、道路の向かいの日本水準原点のある憲政会館の公園から撮影した。







赤坂見附宅坂交差点からR246へ。
『赤坂見附』みーつけた??。
『見附』とは城門や城下の要衝に設けられた監視所のこと。
不審者を見つけるところでもあるから、あながち「みーつけた」はオヤジギャグでもない。





四ツ谷駅と市ヶ谷通信等弁慶濠らに外堀を上り紀尾井坂の出口から、弁慶濠を望む。絶景スポットだ。
かつてこの横には、ゴジラに破壊されるまで東京で一番高い電波塔が建っていた。
四ツ谷方面を望むともう一つ高い塔。東京で3番目に高い自衛隊市ヶ谷駐屯地の電波塔。もちろん軍事機密?だから観光用の展望台はない。




紀之迎賓館国坂の横は帝都のシンボル『迎賓館』である。
一般の見学者も結構いる。
真正面から撮れなかったのは、来訪者受付用のテントがあったから。一度は内覧してみたいところである。






迎賓新国立競技場新国立競技場2館から神宮外苑にでる。新国立競技場は着々と建設が進んでいる。
オヤジはもともと今回のオリンピックの意義がわからない。前回のオリンピックは立派な意義があった。1940年に果たせなかった夢。白人以外の国家で行われる初のオリンピック。そして日本が焦土と廃墟から復活したことを全世界にアピールした。
今回の意義は何だろう。今一つ世界に訴えるものがわからない。
それにしても聖火どうすんのかな。


東京都体育館新国立競技場建設地の横にある『東京都体育館』。
改築前は螺旋を描く近未来的な美しい建物だったが、老朽化に対する改築工事で、何か特徴のない、潰れたウルトラホーク3号みたいな形になってしまった。
こちら側も2020に備えて補修工事が始まっている。




2020東京オリンピックには懐疑的であるが、量販店のオリンピックには結構お世話になっている。オリンピック会場のすぐそばの『オリンピック青山店』でフリーパワー付自転車の試乗をする。今やこいつはオリンピックのチケットより入手困難な代物だ。

青山から赤坂へ来て昼休み。結構サラリーマンが多い。皆休まないのか?

いつものアングルしてお決まりの巡礼コース。
ロシア大使館の前を通って東京タワーへ。
いつもは「ないとらん」でライトアップされたタワーをとる定番アングル。
昼間撮っても面白くない。
現在外装工事が続いているが、展望台のリニュアル工事は終わっている。
また、夜の展望ラウンジでお茶したい。
エッフェル塔は竣工から130年がたつ。オヤジが生きている間は東京タワーも頑張っていてほしい。


金杉口下のガード羽橋から東に向かうと、山手線に突き当たるところにある低いガード。
高輪にある低いセダンがぎりぎり通れる車道があるガードは、今や外国人の人気観光スポットになっているが、こちらはやや高く歩道のみなので、一部のマニア以外はマイナーな存在だ。






帰り芝浦アンカレッジ南砂で買い物があるのでレインボーブリッジ周りで帰る。
芝浦アンカレッジのプロムナードで休憩。アンカレッジというとオヤジ世代ではピンとくるが、日本の経由便が廃路となり影が薄くなった。あの街の固有名詞も由来は同じだ。
しかしイメージと程遠く今日は暑い。





何度橋とお台場通っているレインボーブリッジの景色はほぼ見飽きて、真横を猛スピードで抜けていく車を見ながら「何がいいかなぁ」と品定めをしながら歩く。
マツダのSUVがやたら目立つ。あの洗練されたデザインはどこから来るのだろう。特にあの赤は鮮やかだ。マツダ車を見ていると、最近のトヨタのデザインが何かおもちゃっぽく見えてしまう。





豊洲豊洲ぐるり公園1市場の中央ばかり通るのも飽きたので周囲の『豊洲ぐるり公園』という周回できる遊歩道公園があるので寄ってみる。
ここもいい夜景スポットになりそうである。
利権や曰く付き事業には、必ず住民や利用者への慰安設備が伴う。これを誤魔化しと取るのは誤りだ。公的な賄賂または示談金である。「あなたたちにも恩恵があるのだから、お上にこれ以上文句言ってはいけないよ」というものだ。





ここ豊洲ぐるり公園2豊洲ぐるり公園3一周すると結構いいポタリングになる。
もう豊洲開場は止めようもないので、出したお金の分は有効活用した方がいい。






東京都港湾局専用線跡2お、まだ残っていた。
東京都港湾局専用貨物線跡。新しいマンションがどんどん建ち。何故ここにレールがあるのかを知らない住民も増えているだろう。
線路は廃線になっても廃線跡が残っていればLRT化ができたかもしれない。湾岸地区はもっと利便性がよくなっただろう。
観光客がくるところではないが、せめて案内板くらいはあってもいいのに。

何に出もケチをつけるのは年取った証か。小言親父にはなりたくないものである。



FREE POWER再試乗

『電池IMG_2830[1]のいらないアシストギア』というふれこみの特殊なクランク『FREE POWER』。

巷ではすごい反響で、品物もなく少数入荷は予約でいっぱい状態らしい。

当該番組を見て知ったわけではないので、番組見た同僚から「あれはすごいね」といわれてもわからない。インプレも少なくスポーツバイク界では黙殺されている。




近所のオリンピックにはママチャリしかなく、結局異次元の乗り物での試乗では、効果というものがほぼ(というより全く)わからなかった。

スポーツバイクに装着した例もあるようなので、サイクルオリンピックに問い合わせたところ、青山店にあるというので、どこにも行かない連休の合間にポタを兼ねて行ってみる。


サイクルオリンピックは青山通りの青山三丁目交差点の近くにある。以前近くにあったスペシャライズドコンセプトストアには何度か来たことがあった。

行ってみるとフリーパワーの専門コーナーみたいなものはあったが、スポーツ車が見当たらない。

スタッフさんに聞いてみると、スポーツタイプの試乗車はなく、軽快車タイプのものしかないとのことだったが、近所を自由に乗り回してきていいといってくれたので、再度試乗する。


試乗車1ラットハンドルに内装3段のシティサイクルで32Tが装着されている。

ハンドルが重たいが、シートを目いっぱい上げると多少いつものポジションに近くなる。内蔵シリコンはハードタイプとのこと。

青山周辺は坂もあり、車道も歩道もいつもよりはすいているので試乗にはいいかもしれない。




試乗車2マチャリタイプの試乗の時に違和感のあった「当たりのない回転」はこの自転車も同じだ。この感覚がフリーパワー特有のもののようだが、やはり5つの特徴の第1≪漕ぎ出しが軽いという印象はない。単に漕ぎだしなら我が家のMR−4のほうがはるかに軽い。特徴1は自分的には当てはまらない。

しかし、いったん漕ぎ出すと力まなくてもスムーズに回転する。2時の位置からの踏み込んでいる感覚が鈍い。これは特徴2にある疲労困憊の時は≪ひざや足首に優しいかもしれない。

そういう意味では特徴3の≪スピードの持続≫も期待するところである。但しロードバイク的発想の速度持続ではない。脚が棒になって引き攣っているときに向かい風を食らったら、その場でぶっ倒れてしまうか、泣きべそかきながらも多少なり前進できるか、という瀬戸際で幾ばくかでも効果が期待できるかというもの。

さて、短いながらも坂を上ってみる。インター3はかなりワイドレシオだが短い坂はハイギアで上り切ってしまった。しかしやはりこれが効果かは不明。短い上がりなら普通のスポーツタイプなら上がり切ってしまう。自分のバイクのどのギア比に対応しているかがわからない。

一番期待したい特徴4≪長距離・坂道に強い≫は流石10分程度の試乗ではわからない。


なんとなく感覚がわかってきたところで試乗を終えて、スタッフさんに話を聞く

やはり厚みのあるクランクなので、ロード用の短いスクエアではつかないそうだ。軸長127mmはないとだめとのこと。トランジットセブンのノーマルBBが127・5mmだった。カプレオ化で113mmに換えたのが10年前の記憶のため思わず古いタイプといってしまったが、127mmは今でも普通にあるようだ。前回もBBは直接合わせてみないと決められないといっていたが、やはり現車合わせのようだ。

我が家で付け替えるとするとAC−02になるが、現在ついているのはおさがりとはいえ『FC5750クランク』と『FC4500BB』である。

ギアの厚み自体は薄いので10速でも十分対応するそうだが、ホローテック兇犯羈咾垢襪塙点はかなり落ちるとのこと。展示車を見ても組み合わせは『Tourney』だった。

ホローテック兇抜垢┐襪里呂發辰燭い覆い箸いΔ里スタッフさんの率直な意見だった。


やはり性能はあくまで当社比の前提だ。比較する当社ノーマルはティアグラやディオーレクラスではないだろう。2店でスタッフさんに話を聞いたが、2店ともで売っているスタッフさんが言うのは「中・上級グレードのコンポ搭載のバイクには効果なし」ということのようだ。

但し、当の乗り手が20kgのママチャリを乗りこなす体力がなくなって、10kgのスポーツバイクにしたという経緯があれば話は別かもしれないが‥‥


−もっと遠くに行きたくなる−

最近体力がとみに落ちて、余裕を持たせるためにルート設定を80km程度にしているが、これが100km〜120kmに復活できれば14,000円は捨ててもいいような投資である。

とはいえ、元がそこそこのコンポだと逆効果になるリスクもある。

ロードOBさんに言われた「そのお金あれば楕円ギア買ったほうがいいんじゃない」という言葉がちょっと気になる。

電チャリではないので、力量そのものをアシストしてくれるわけではないのだから。

いずれにしても、どちらの店舗も次回入荷は予約でなくなってしまうとのことで、つけたいといっても晩秋から初冬くらいになってしまうようだ。



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FREE POWER

巷で話題(らしい)フリーパワーなる自転車に乗った。

『電池IMG_2830[1]のいらないアシストギア』というふれこみの特殊なクランクを装着することで、電動アシストのようなスムーズな加速が得られるものとのこと。

一月くらい前に某生活バラエティ番組で特集が組まれて大反響になったらしい。この一月あまり多忙で、自転車から遠ざかっていたが、MTBやグラベル系の情報ではぶつからなかったなぁ。

たまたま行ったスパーの自転車コーナーに派手に飾られているのでつい目に留まる。ママチャリばかりの中にとても違和感のあるクランクのディスプレイ。スーパーは『オリンピック』でこのクランクはここの自転車部門の専売品とのこと。

解説によるとクランクとチェーンリングを直接固定せず、シリコンの緩衝材を咬ませることで、踏み込みで圧縮させたシリコンが上下死点で回復反動することにより、電動アシストの押し出すような感覚が得られるというものらしい。価格は取付込で14〜15千円くらい。そのほかにチェーン・BBは必要になりそう。電チャリよりは安いがママチャリパーツとしては高額だ。

解説ビFREE-POWER-display-mechanism-panelフリーパワー㏋カラ1デオを見たら『こいつは画期的だねエ』と思ったが、すぐに思いつくのは「でも踏み出しでシリコンを圧縮させる際のパワーロスがあるよね。」


オヤジが電動アシストを拒むのは『取り外して充電』という行為のわずらわしさ以外の何物もない。YPJがあのまんまスタンダードモードで連続2〜300km走るなら何のためらいもなく買っただろう。『XROSS-B1h』ならもっといいが。

最近の高額ロードはDi2を使っている。電気的に補助するという点では根本は同じである。ママチャリストからすればペダルならわかるけどなんでギアチェンジにアシストが必要なのという考え方もできるわけだ(ママチャリストはDi2何て知らないだろうけど)、Di2は70kmでバッテリー切れってことはないから。正当か邪道かではなく単に許容範囲か否かだけの違いである

このフリーパワーはバッテリーをはずして『充電』という最も忌嫌う行為がない分、理想的なアシストとも思えるアイテムだ。当然最軽量電動アシストよりも軽い。


ずっとクランクの展示品を見ていたら、見ず知らずのおっさんがFREE-POWER-PRICE1-633x486『これすごいぞ。これはいい。今試乗できるからあんたもとにかく乗ってみなよ。』と称賛。スタッフさんもぜひどうぞと案内してくれた(あのおっさんサクラか)。

試乗車はママチャリタイプが3台。シリコンの硬さでソフト・ミディアム・ハードとあるという。平日の昼間ですいていてスタッフさんもつきっきりになってくれた。

ミディアムとハードに試乗。店舗裏手の搬入路兼従業員駐車場のような短い通路が試乗コース。

まずはミディアムに試乗。実は普段ママチャリに乗らないオヤジとしては、ママチャリのデカいセミカマハンドルと乗車姿勢の違和感のほうが大きすぎて、ペダリングの違和感にまで到達しなかったのが本音だが、何と言うか‥‥グミを咬んでいるっていうか、チェーンがゴムになったという感じ。

漕ぎだしは力が入らないが、軽いという感じはなかった。ママチャリに少し慣れた時点で、

ハードを試乗する。ハードのほうが多少違和感は少ない。

軽斜度の短い上りもあるが、平地とほとんどかわらない。(もしかしてこれが効果なのか‥‥?)

「どうでしたか」とスタッフさんに聞かれたが、よくわからな〜いとしか答えられなかった。つけられる条件を聞いたら、「前がダブルやトリプルのものには着きませんし、特殊なクランクにもつきません」とのこと。要するにホローテック兇筍癸癸械阿離灰鵐僖トにはつけられないってこと。そりゃ四角穴見りゃわかる。


「シマノのJISスクエアならそのままつくの」とスタッフさんに尋ねたら、やっと少し専門的に答えてくれた。あのママチャリのぎこちなさから、自転車自体あまり乗り慣れない人間に見られていたようだ。

マッチングは実際につけたい現車に仮付けして締まり具合やチェーンの咬み具合、チェーンラインを見ないと判断できないとのこと。やはり特殊なクランクなので、BBのカタログ数値だけでは判断できないとのことだった。もう少し質感がよければ、ALFINE/SG−S700との組み合わせなんか面白いかもしれないんだけど。

いづれにしても今は物がなく、仮付けにしろ、できるのは9月か10月になってしまうらしい。

感覚にも個人差が大きく、ロードやクロスでハイギア−を多用するような健脚にはほとんど効果は実感できないだろうとのことだった。当然トラクションを必要とするMTBには論外だ。

スポーツタイプ車には『長距離が楽』とのカタログ謳い文句。長距離ってどのくらい?。

あくまでものんびりストの親父にセンチュリーライディングの秘密兵器となりうるかである。

オヤジは軽いギアで回す方だが、やはりYPJに試乗した時のような効果の実感はなかった。‥‥試乗距離も短すぎたし、ママチャリ自体が違和感だったから。

街中なら別にいらない。もっと長い距離を試走できればホリデーサイクリングにメリットかデメリットかわかるのだが‥‥。


ともあれこの何ともいえない当たりのないペダリングが、『踏み込んだ時のパワーロス』と取るか『パワーの最適配分化』と取るかは乗り手の感覚次第のようだ。


もしメーカーさんが謳い文句に自信があるなら、ぜひサイクルモードにクロスタイプの試乗車を引っ提げて出展してもらうことを期待する。




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理想郷へ

一宮ベースM7:00、一宮のベースコインパークを出発。
丁度丸4年前は不動堂をベースにしてMR-4で御宿往復だったので、今回はSAGAで勝浦往復にした。
日曜の朝なのに30台は停められるコインパーキングは貸し切り状態。まだシーズン前のためか。






太東崎灯台太東崎東崎はこれで自転車3度目になる。
とにかく今日は風が強烈。スマホ撮りで静止できない。
しかも北風。
‥‥往きはヨイヨイ帰りは地獄か。





自転車道消失三度断念度目の正直。夷隅川右岸から三軒屋川を渡り日在浦方面を目指す。
まあ当てにしてなかったけど、くるたびにひどくなる感じ。道は完全に消失。もう整備する気ないんだろうね。






ハマハマヒルガオヒルガオに少し癒される。








岩船地蔵尊道を避け、なるべく海岸沿いを走る。途中の岩礁の上にの岩船地蔵尊をお参りしていく。鍵はかかっていないので、開いて直接地蔵尊を拝む。賽銭箱自体がなかだし‥‥







月の沙漠再び御宿海岸回と同じルートで岩和田海岸に出る。ここで初めてロードバイク2人組を見かける。ここまでクロス・ミニを含めサイクリストを見ていない。めちゃ風を除けば絶好のツーリング日和なんだけど。
そして『月の沙漠』に到着。『月の沙漠』のレリーフかと思ったら、別の詩が刻まれていた。
聞いたことあるような、ないような‥‥



階段?宿を過ぎて部原海岸にでる途中の断崖に不思議な階段があった。
かつてここにはドライブインがあって、ドライブインの利用者が海岸に下りるための階段だったらしい。廃墟探索に出てきそうだが、柵は開いていて立派に利用者がいた。
注意書きに「利用したい場合は管理者に声をかける」と書いてあるが、辺りにらしい人はいないし、誰に声かけするのか‥‥?





素掘りトンネル原の集落から再び海岸沿いの道に入る。
この辺りは断崖と海の間の狭い地域に漁港と漁村がある。勝浦の街のすぐ裏側とは思えない、なかなか車でのドライブではあまり立ち入らないような静かなところだ。
狭い素掘りのトンネルなどもあり、ときたま出くわす急な上りを除けば、のんびりサイクリングには恰好である。





何度勝浦城趾を望む勝浦灯台か迷って、尾根沿いの道に出る。しばらく行くと『勝浦灯台』の看板。だが道から灯台は見えない。
看板の前の門から徒歩で少し上がると、見えてきたのは柵で閉じられた白亜の高塔。観光内覧はしていないようで立ち入りはできないが、説明書きに「犬吠埼・野島崎灯台と並んで県内を代表する灯台」と書かれている。その通り両灯台よりは若干小ぶりだが灯台そのものは予想外に立派である。両灯台と違い、全く観光スポットから外れているだけに、これも穴場である。


灯台八幡岬公園の横から勝浦城があった岬の突端が見える。灯台の前の尾根道を進むとそのまま岬の突端、八幡岬公園に出る。この公園がかつての勝浦城趾のようだ。真里谷氏にかかわりのある城なので遺構なども見たかったが、此度は捲土重来を期す。






勝浦海中展望塔勝浦海中公園市街を抜け、最終目的地『鵜原理想郷』に向かう.
海岸沿いの小さな集落をいくつか越えると、小さな入り江に『勝浦海中公園』が見えてくる。実はこの歳まで海中公園にある『勝浦海中展望塔』に入ったことがないので、せっかくだから寄り道していってみる。
960円はちょっと高かったが、Web割引で10%引きになる。前もって来ると決めていたら用意しておいたのだが‥‥。



塔の魚いるね海底へ中は思っていたより狭く、シーズン真っ盛りだと結構ぎゅうぎゅうかなという感じ。本日はのぞき窓は見放題だ。
思った以上に魚の種類と数が多いのには驚いた。
水族館と違うのは、ここにいるのはすべて野生?の魚であるということ。何より我々が魚を見ているというより「人間が魚に見られている」という環境であるということだ。



理想郷への門て、勝浦海中展望塔を後にして、本日の折り返し地点『鵜原理想郷』に向かう。『理想郷』ってなんだ?
50年以上前に親に連れられ鵜原の民家のような寮に泊まった。寂しい駅から素掘りのトンネルをいくつか越えた小さな漁港に近いところだった。駅からの往復に『理想郷』の名前があり子供心に「理想郷ってこういうところなんだ」と思った記憶がある。
理想郷は現実から遠く離れた場所。さしずめこのトンネルが現実とユートピアを隔てる境界か。




黄昏の丘展望2黄昏の丘展望ンネルを抜けて、徒歩で丘に登る。しばらく行くと『黄昏の丘』というところに出た。断崖絶壁に囲まれた小さな丘である。景色はとても良い。弁当を食べるには最高のロケーションだが、鳶が上空で人の弁当を狙っているのは江の島だけではないようだ。





ここ理想の現実で草わらに座り、持っていた菓子を食べる。
『理想郷』とはこういうところなのか?天気の良い見晴らしの良い丘に座ってローソンの『こんがりラスク・シュガー味』を食べることが俺の理想なのか‥‥
‥‥案外そうかもしれない‥‥





『鵜原理理想への扉想郷』はもともと別荘地の計画があったらしく、多くの文人や画家などが訪れていることから『理想郷』と呼ばれるようになったとある。
理想郷ハイキングコースは2km以上ある。理想に浸る時間は少ない。夕方には帰宅しなければならないし、現実問題としてゆっくり飯も食いたいし、お茶もしたい。理想郷は次のために取っておこう。理想に到達したらそれが次の現実となってしまうのだから。
ユートピアへの門、JR外房線鵜原駅。コスト削減には理想的なSuicaの簡易改札機がある。駅前にある自販機の設定価格は理想的ではなかった。


帰艦収納路は旧道を含むR128をひた走る。
全般的に狭く交通量が多いため、力走ロード派ではないクロスポタ派は歩道と車道を都合良く切り替えて、なるべく楽に恐怖感なく走る。R128は歩道の整備もいいとは言えない。いきなり隘路になったり、大きな段差も多い。車道も路肩は荒れている。MR−4の25Cスリックでは結構難儀したが、こういう所での42Cブロックは快適そのものである。
朝の強烈な北風もおさまり、ゆっくりと昼食タイム・お茶タイムをとって15:15にはベースに帰還した。
周囲には結構サーファーもいるのに、帰着時も利用車は我が車1台。もしかしてずっと貸切だったのか?



理想郷まで日走行:81km
観光・休憩含む総時間8時間15分
朝の強風は一時どうなるか心配したが、観光やお茶タイムを考えると、結構理想的なピッチだったかもしれない。
帰路、車載の自転車がずれてしまったので、締めなおす為、PAでラゲッジにもぐりこんだらいきなりこむら返しを食らった。漕いでる間は一回もなかったのに‥‥
ファイナルは理想的ではなかった。

ブラックスパイア

バッシュガードが復活した。
『ブCycloGod110ラックスパイアデュエルスラローム』
“BLACKSPIRE
” 何か心に突き刺さる響きである。
ブラックスパイアはカナダの老舗MTBパーツメーカーである。
そういえば7〜8年以上も前に『CycloGods』というサイクロン型の精悍なチェーンガードにインスパイアされた。
当時は価格も入手方法もわからなかったので断念。
ブラックスパイアという名前はそれ以来の衝撃である。



ドライブラインナローワイドロントダブルのままビックゴグ・27.5インチ化したSAGAであるが、先日U品ナローワイドリングを入手したことを期にシングル化した。リングを小径化したせいか、通勤中にスラックスに穴をあけてしまい、いまさらにスーツのツーキニストにはやはりチェーンガードは必需品だなと実感した。






Duel SlalomH/PCD110で170mm程度と希少なチェーンガードを探していて、偶然出会った懐かしい響き “BLACKSPIRE” 。
40Tサイズのガードは、CycloGodsとは違い見るからにごっつごつの戦艦装甲だ。チタン色のものもあるようで、写真の見た感はそちらのほうが好みだが、目の前のU品には選択の余地はない。
‥‥なによりも、“BLACKSPIRE”なのだから“黒”でなければいけない。
本来はチェーンデバイスとセットになっており、激しいDHなどでチェーンの脱落を防ぐと同時に、岩や固い樹木からリングを守るためのもので、本格的な走りのためのMTBパーツだ。
スラックスの汚れ・巻き込み防止のためにつけるものではない。オヤジのようなクロスポタリストにはまず不相応なアイテムである。何せチョイノリに使うチェーンガードの倍近い厚みである。

シマノロードのクランクとの組み合わせはあまりみてくれはよくない。
CycloGodsで合うサイズってないのかな。
検索したらメーカー直販もやっているようだ。
https://www.blackspire.com/
『CycloGods』は6,300円(カナダドルならもっとやすい?)。残念ながら44T1サイズのようだ。
日本のショップでは扱っていないようだが、中間仕入れで販売しても7〜8,000円はするだろう。これもそのうちフリマやオークション・リサイクル店に出てきたらGETしたい(でも半端なサイズだから使い道は難しい)。
ともあれ『ブラックスパイア』‥‥黒い突起物!、元結、黒い尖塔?、いい響きである。


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富士四湖−河口湖と古剗の海周遊−下つ巻

精進湖から本栖湖に向かう。
富士王朝都跡?ミステリアン古戦場?元前2,500〜3,000年ころ、大室山一帯の噴火で流れ出た溶岩は、古剗の海に岬のように突き出ていた城山の尾根に達し、古剗の海を本栖湖と剗の海に分断した。
三湖の水位は常に同様に上下するので地下で繋がっているといわれている。溶岩地質は透水層なので、ろ過装置のように全体で流すイメージだったが、同じ溶岩流でも河口湖や山中湖、日光の中禅寺湖などは湖水を形成している。これだけ大きな湖の水位がほぼ同時に水位の変化に同調するのは、水道管の本管のような地下水脈が何本も通っているのかもしれない。



富士王朝都跡?ミステリアン古戦場?2栖湖から望む富士山。
おお、ここから望む景色はかつて「半径3kmの土地と女性との結婚権」を巡って、ミステリアンと地球防衛軍が死闘を繰り広げた戦場跡?である。
あの樹海の中央にミステリアンドームがあり全高340mのマーカライトファープ2機が攻撃を仕掛けるところである。
現代なら地球防衛軍より先に、「女性の権利侵害」といって世の女性がミステリアンに先制攻撃を仕掛けているだろう。
氷穴の氷は夏でも溶けない。熱に弱いミステリアンは樹海の地下の冷水脈を使っていたのか。だが後に同じ場所に基地を構える、高温でなければ生きられないキラークは、富士火山帯の地熱を活用している。
ちょっとご都合良すぎじゃないの。

閑話赤池水なし休題。現実に戻る。
本栖湖を周回してR139を再び湖北ビューライン分岐点まで戻る。
赤池交差点を過ぎると国道は『赤池大橋』と『瀬々波橋』で樹海の上を抜けていく。ここでかつての国道跡を発見。R139は交通量も多く怖いのでこちらを回ってみる。
旧道から『瀬々波橋』を見ると、下に樹木のない窪地が見える。ここが富士六湖として有名な赤池である。数年に一度、異常な長雨の時などに出現するという。今年は雪が多かったからもしかして水があるかなぁ、などと覗いてみたが、湖水らしいものはなかった。もし湖沼があれば五湖回ってきましたといえるのだが‥‥。


廃道れにしてもこの道はひどい。まぁ廃道になっているから未整備は当然だが、本道のすぐ脇で廃道ツアーができるのも面白い。







西湖北岸から望む富士不思議な光景北ビューラインの分岐点はかつての剗の海の湖上である。
海抜965m。西湖の最深部が72mなので、その差140m。西湖と精進湖が剗の海の埋まらずに残ったわずかな部分と表現されているので、流れ出た溶岩の堆積層が半端な量でない事だけはわかる。
西湖から富士山を望む。手前が流れ込んだ溶岩流。その後ろに今朝上り損ねた紅葉台が見える。



西河口湖北岸から望む富士文化洞トンネルから望む河口湖湖から河口湖に抜ける、文化洞トンネル出口から下方に広がる河口湖を望む。結構海抜差がある。きつかったわけだ。
河口湖から望む富士山。また余談だが、白石亮一・江津子兄妹、亮一の婚約者広子と江津子の恋人渥美譲治が来ていた祭りは富士河口湖町のようだ。白石亮一はどこに移り住んだのか。地盤の陥没で消失した集落のモデルはどこだったのか、気にはなる。



暑いにかく町営駐車場に戻る。こんなにいいロケーションで無料なのはありがたい。観光含めて6時間のポタ。朝からのイベントはまだ続いていた。
朝は寒かったが、この時間では流石にパーカーを着ていられないくらい暑くなった。






代々木ドトールPA山中湖路は山中湖を経由して道志みちで帰る。山中湖から望む富士山を1ショット。これで名目上は富士五湖周遊になった。
最後のお茶タイムは代々木PAのドトールコーヒー。もう家まで近いのでいつも素通りであったが、一度立ち寄りたかったところだった。交通量が少なく本線への合流も楽勝であった。




富士四湖回来訪から10年以上たっている富士五湖。車では何気に素通りしてしまう風景に足を止めることができるのも自転車の楽しみ。
本日の走行 70km
風景に古代やSFへの思いを寄せながら走るのもまた楽しい‥‥注意力散漫で危ない奴だ‥‥

リハビリ中のすべり症があとから堪えてきてしまったが。


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富士四湖−河口湖と古剗の海周遊−上つ巻

ゴールデンウィーク。
町営駐車場士河口湖町に来た。連休初日とは思えず、NO渋滞で河口湖大橋を望む市営の無料駐車場についたのはAM5:30。トレイルランのイベントをやっていて駐車場は早朝から大賑わいであった。
今日のミッションは河口・西・精進・本栖の富士4湖の周遊ポタである。同時に『古剗の海』の観光もしたい。






『古古せの海剗の海(こせのうみ)
』、力士の四股名ではない。
今から5000年ほど前に存在した消失湖沼である。度重なる富士火山の噴火により中央部分が溶岩流で埋められ本栖湖・精進湖・西湖になったことはあまりにも有名。この三湖を周遊するということは、ほぼかつての古剗の海を周回することになる。





河口湖大橋西湖1M6:00前に出発。河口湖南岸を走る。トレイルランのイベントはかなり大規模なようでずっとランナーが続いていた。
河口湖から西湖へ。ほとんどノーマークだったトンネルまでの登坂に閉口。ここを通ったのは20年以上前だから覚えてもいない。予想外にばてた。
トンネルを抜けるとすぐに西湖に出る。G・Wということもあるのか、早朝にもかかわらず湖畔は釣り人やキャンパーで賑わっている。



西竜宮洞穴2竜宮洞穴1湖から紅葉台に向かう。途中に『竜宮洞穴』という案内板があった。道は未舗装だが比較的フラットなので行ってみる。
少し行くとまた竜宮洞穴の看板があったが道はない。樹海の中を歩くようだ。折れて倒れたままの看板が「忘れ去らられる場所」という樹海のイメージを醸し出す。今日は洞穴散策が目的ではないし、自転車を残して失踪などとネタ?になっても嫌なので引き返す。




R1紅葉台?39に出て一旦富士吉田方面に1.5km程もどると紅葉台入口の看板がある。ここが本日一番の難関となる場所。1.4km、平均斜度11度の登坂である。上には駐車場やレストハウスがあるようだし、押し歩きで登ってもいいと思っていたが、行って見てびっくり。未舗装!しかも未整備状態。4駆でもなければ腹をする。この先頑張って1/3ほど登ったが、下りのほうがよほど危険。かといって麓に戻って自転車置いて登り直しも嫌なので、今回は断念。恐る恐る引き返す。





期待精進湖風穴していた絶景を堪能してのお茶タイムは捲土重来を期すことにして、次のポイント『精進湖』に向かう。紅葉台で朝茶できなかったので、R139道の駅風穴で水分補給。別に心に風穴が空いたわけではない。
精進湖のレストハウスで朝食。8時を回ったばかりだが、夜明け前から動いていたのですでに昼食気分である。
小さいイメージの精進湖だが、自転車目線でゆっくり見ていると結構大きく見える。とはいえ、やはり周回コースは五湖の中で最も短い。


桜吹雪日予想の出ていた土曜日。でもさぶい。レストハウスではストーブがたかれていた。もしかしたらオヤジ客一人のためにつけてくれたのかもしれないが。
時折、桜吹雪が舞ってくるサイクリング。この辺の山桜は今が散際である。






精進湖から望む富士進湖北岸からの富士山。ここは1200年前までは西湖と繋がった『剗の海』という大きな湖だったと文献にも残っている。また、この剗の海と本栖湖の周辺にはかつて『富士王朝』といわれる古代文明があり、高度な金属加工や繊細かつ高強度な土器を持った古代権力が存在したという。貞観の大噴火以前のここからの風景は山麓に広がる樹海はなく、広大な湖の湖面とその湖畔に立ち並ぶ民家、そして豊かな田畑だったのかもしれない。
以前はカルト的超古代史ものと思っていたが、三内丸山によって昭和古代人の縄文認識が180度否定された現在では、逆に信憑性が上がってきたといえなくもない。文献に言う「多くの民家や人々が溶岩に飲み込まれた」というのは、あるいは富士王朝の末裔と高度な技術の継承の消滅の瞬間だったのかもしれない。

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連奏サイタ

常盤の桜並木日は夜桜を見て散々落ち込んでいたのだが、翌日好天になり暖かくなると一転して「サクラいいねぇ。花見がてらポタすっか」ということになる。
この病的な躁鬱状態の精神起伏の歪みを、断層直下型地震のように適度に放出しているから、プレート型地震のように精神状態の壊滅的破壊にならないのかもしれない。
毎週末午前中はすべり症のリハビリだが、このところ症状が緩和してきたので、午後久々のポタに出かける。
都内の古墳は結構見に出回っているので、近場の中世古城跡を回ってみる。
まず迎えてくれたのは常盤の桜並木。ごく普通の裏通りが300mの桜のトンネルになる。何故この一角だけ桜並木なのかわわからないが、子供の楽隊なんかもでて地元では結構メジャーな桜スポットである。

上野山クジラ公園を通過。やはりメッカだねぇ。まだ少し早い気がする。明日がピークだろうか。







都道諏訪神社富士見坂452号で上野公園を突っ切り、谷中の尾根を縦走すると道灌山切通しの手前に富士見坂、諏訪神社がある。
諏訪神社の本殿はが建てられた小山はかつて古墳だったともいわれている。ここは本日の第一ポイントである『道灌山城』の郭の一部ではないかといわれている場所だ。




ひぐらし坂の坂という心臓破りの坂を下り(下りでよかったぁ)道灌山通りを渡り左に少し行くと『ひぐらし坂』という上り坂がある。この坂の上が名門開成高校である。
道灌山城はこの辺りが中心になっているといわれているが、どこにも『道灌山城趾』の看板はない。
ここは上野台地から始まり赤羽台地に続く武蔵野台地最東端部の最も隘路となる部分である。
この辺りは都の遺跡指定で、平安時代から近世にかけての柵状遺構や溝状遺構があるらしいが、城郭であるかははっきりしていないようだ。
この地の領主だった関道閑の館跡だといわれているが、太田道灌が豊島氏の支城平塚城を攻略する付城として築き、豊島氏の滅亡とともにその使命を終えて廃城となったという説も魅力的である。幻の城址といえそうだ。

平塚神社二ポイントは、ひぐらし坂から距離にして2.5km程の平塚城址。ここは今平塚神社となっている。
豊島泰経の弟泰明の居城とされてきたが、最近はだいぶ説が変わってきたいるようだ。有名な江古田原の合戦の時は、既に平塚城は放棄されていたと見る向きが出てきたという。確かに江古田原で道灌軍を挟撃するには平塚城は離れすぎている。泰明は練馬城から出撃したと見る方が自然とも思える。
とすると、道灌山城の存在、道灌の平塚城攻略のための付城説も怪しくなってしまう。ちょっとロマンチックではなくなってしまうのは残念。



地震の科学館常設展示地震の科学館塚神社を含むこの辺りはお決まりのポタコースだが、途中にある地震の科学館には入ったことはないので行ってみる。
ここでは地震の発生メカニズムから、日本や世界の大地震、地震後の室内の状況や、地震への備えなどがわかりやすく展示されている。写真撮影も可とのこと。地震の体験施設もあるが今回は時間が合わず断念。




カフェ・ヴァーチュ ハンバーグカレー々に飛鳥山博物館のカフェ・バーチュに行ってみる。
飛鳥山はすごい人盛り。自転車を止める場所もない。
桜は満開。でもそれを遥かに凌ぐのが『人の満開』、人見見物である。博物館も混雑。これじゃ今回はだめかなと思ったが、行ってみたら待たずに席がとれた。
ハンバーグカレーを注文。カフェも混んではいたが、外の雑踏からは解放されゆっくり珈琲が飲めた。




急峻な崖志村城北側鳥山を後にして、第3のポイント志村城に向かう。
志村坂上から志村城山通りに入り、坂を下ると『志村城山公園』がある。ここの急峻な崖がこの城の北面の堅固な防御となる。
いたるところに看板がある。子供たちに「怪我をすると危険だから崖に立ち入るな」と注意している。もしここで戦があったのなら、兵士たちはまさに命をかけてこの崖を登ったのだろう。



崖の上は志村城空堀熊野神社がある。神社の横の藪の中を抜けると空堀跡が見て取れる。その先はマンションになっているが、そこに本丸があったようだ。
築城は豊島氏の支族の志村氏。志村氏・千葉氏・後北条氏に受け継がれた後、小田原の役で廃城になったとある。






最後東京大仏さま乗蓮寺のポイント赤塚城に向かうが、赤塚城址の近くに東京大仏があるので寄ってみる。
東京大仏は乗蓮寺というお寺さんにある。青銅座像の大仏様は鎌ヶ谷大仏さまでカルチャーショックを受けて以来、奈良・鎌倉以外には『大きい大仏はない』と思っていたのでびっくり。思っていたよりはるかにデカい。
ウィキペディアによると青銅の鋳造大仏としては、奈良・鎌倉に次いで日本第3位だというからたまげだ。牛久大仏も行ったけど、あれは鋳造ではないから番外だな。

赤塚城本丸跡赤塚城北斜面て、最後のポイント『赤塚城址』に来た。つり池の横に駐輪する。公園北側のつり池はかつての濠の後だといわれている。
池の横の階段を上ると『本丸跡』に出る。本丸跡はかなり広く、今は花見客でにぎわっている。広場のやや北側に本丸跡の碑がある。





赤塚城赤塚城空堀後は千葉氏の築城とされる。千葉氏は太田道灌に仕え、豊島氏とも戦火を交えている。
その後千葉氏は後北条氏に仕えるが、小田原の役で領地没収となり赤塚城も廃城になる。
本丸の横には空堀と土塁後のような地形がうかがえる。
東京大仏のある辺りが二の丸址で、その先の植物園や観音堂も含む広大な城郭だったらしい。


都市化の波で数多の古い遺構が消失してしまったが、23区内にもまだ古城跡としてその姿を偲ぶ遺構が多く残されているのはうれしい。




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トランジットセブン再生‥‥

ビフォア1ビフォア212年3月より娘が使っていたトランジットセブンだが、高校生になって、友達やBFとつるんで乗るようになると、『女子高生』らしい自転車に乗りたくなったようだ。
たて続けにトラブルが続いたこともあり、娘が新車を購入した。
新車購入の際に、下取りしてもらうつもりで店まで積んでいったTS−7ではあるが、「これで廃車かな‥‥」と思った瞬間、何かこみ上げるものが出てきて、衝動的に下取りをキャンセルしてしまった。




ビフォア3008年初頭に生産が終了し、半年後の2008年8月に自宅から数十キロ離れた販売店の店頭に残っていた1台を発見して購入。ところが当時乗っていたインター3のママチャリに全くかなわなかったことから、DIYカスタムという泥沼にのめりこむ火付けとなった1台である。
2012年3月からだと、もう娘のほうが長く乗っていたことになる。屋内駐輪で原則雨天時は乗らないオヤジと違い、屋外駐輪となり雨の日はカッパ着て自転車に乗っていたので、保存状態はだいぶ悪くなったが、基幹部であるフレーム・フォーク系は健在である。



アフター1アフター2のパンクではタイヤが外れてチューブが出た状態になっており、リムが傷だらけになってしまったが、歪み等はなさそうなのでチューブとリムベルトのみ交換。

サドルも肉厚激安シートからアセンシアに交換。スタンドもエスゲのダブルレッグを復活。但しフロント周りのカスタムだけで純正より1kgは軽量化しているので、どうやってもフロントが浮いてしまう。
籠を外して他車と共有できるリクセンカウルのアタッチメントを装着。費用はストックのなかったチューブ1,000円のみ

油泥を清掃すると精アフター3悍さが戻ってきた。ひところのブームは去ったミニベロであるが、今でもフェスタなんてあれば、結構目引くんじゃないかななんて勝手に思ったりする。
トランジットセブン再生‥‥はしたんだけど、もともと置き場がないのが問題だったのだ。さしあたって車のラゲッジスペースが駐輪場になっている現状は続きそうである‥‥



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クロスライド新調

 以前より振れとCNC加工面の荒れが気になっていたクロスライドを、行き付けショップに持ち込み見てもらった。異音とシューの片減りの原因はホイールの振れではなく、CNC加工面そのものが摩耗して波状になっているということだった。
2009年に購入し、今は娘が毎日通学と塾通いに使っている『アレックスリムズ・R390』や、2010年の購入でおそらく我が家で最も距離を乗っている『Aクラス・フォレックス24』は、今だブレも目立った摩耗もない。現在ジテ通メイン使用とは言え、それらより後に購入した強度と耐久性が売りのマビックさんが「何故?」という疑問は残る。
クロスライド1クロスライド2またまショップに在庫が1組残っているというので交換してもらうことにした。当時は海外通販で送料入れても2万円しない価格で手に入ったホイールだが、正規品はそうはいかない。
とはいえ現在入手できる26インチリムブレーキホイールは安い鉄下駄しかないので、絶滅危惧種であるクロスライドUBは貴重である(ショップに在庫していること自体、イエス様が起こした奇跡に近い気もする‥‥)。





XM1172月24日、クリスマスイブの日。新しいホイールが装着された。同時にこの度派手なデカールの復活でもある。このデカールは何かチープっぽくて好きではない。XM117のデザインならシンプルでよいのだが、それでもこのところはレアな存在なのでしばらくそのままにしておこう。
外したホイールは、その他使用済みパーツ数点とともにリサイクルショップに『ドナドナ』されて行き、クリスマスイブの夜の食卓を彩る食材へと変わった。


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グラベルで行こう 下つ巻


さて、重46Tリングたいホイール40Tコグと車体をカバー?するわけではないがもう一捻り。最近MTBではほぼ定着したといえるビッグコグ。
10Sコンポ用に出回っている後付け用コグをCS−M771にインストールする。スプロケ変更に用意したのはシマノ対応の10速用40TコグとシマノU品の16Tコグ。
もともとMTBのフロントシングル化のパーツであるが、フロントWのままでセッティングしてみる。
キャパシティの関係からフロントギアは50Tから46Tに変更。シマノ10Sではこの歯数が見当たらず、FSAのU品にした。どおせオヤジの非力では、50Tリングは必要ないものだ。


40TアルミコグCS−M771説明は17Tコグを抜くだけになっているが、バランスが悪いので、CS−M771の15Tと17Tを外してU品の16Tコグを入れる。アルミ製40Tコグを装着したハブに、9速のCS−M771を嵌めていく。あまり不自然に目立つのも嫌なので、カラーはシルバーにしたがやはりこのデカさは目立つ。
コグがこんなに軽いアルミで曲がったり折れたりしないのかと不安になる。一定の場所に段差があるのが、チェーンの脱落防止用かと思っていたが、実際嵌めてみてここが36Tコグとの支点になっていることがわかった。MTBで最もトルクをかけるシーンに使うものだからオヤジのチョイノリ程度で強度を心配する必要はないのだろう。

40T装着地球防衛組織っとも不安だったのはディレーラー。RD773はシャドウタイプである。
「人類の最高頭脳を結集してつくられたシャドウのメカニック」が初めて『謎の円盤40T』を迎撃する。トータルキャパはクリアしているが、最大ギア指定が36Tとなっているのでブーリー接触が危惧されたが、実際は何とかクリアできた。ワイヤーガイドとスプロケの隙間はわずかしかない。ラフなシフトチェンジをするとチェーンがディレーラーに干渉してしまう。テンションボルトの調整で対処する。ノーマルタイプなら気を使わなくてもいいかも。
フロントが4T小さくなり、リアが4T大きくなるのでリンク数は相殺となる。



フェン仕様後SAGA 700Cダー+ツーリングキャリアこそないが、ちょっぴり本場のテイストを醸し出す雰囲気になった嵯峨号。
ローギアの1漕ぎで進む距離は、コンパクト10速化したMR−4が“2.05m”、26インチ、リア34TのAC−02が“1.99m”、そして40T化したSAGAが“1.81m”と1番軽いギアとなった。
コグを換えるということは、文字通り「たくさんこぐ」ということなのだ。
ブロックタイヤなので過度な期待はできないが110PSIから70PSIになったことが、お尻への『おもてなし』になることを期待する。


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グラベルで行こう 上つ巻

お蔵入りなりかけたBMCにブロックタイヤを履かせたら、我が家で一番乗りやすいバイクになった。
サイクルモードでもすっかり幅を利かせてきたグラベルロード。現在28C−622を履く『SOMA−SAGA』も本場アメリカではブロック+ドロップ的カスタマイズが多い。
そこでもう1台買えないオヤジとしては、我が家のSAGAをケツイタの解消を兼ねて、見て呉グラベルロード化にチャレンジする。

元々SPINFORCE リアSPINFORCE フロント26インチ仕様のSAGAは、700/28C以上のタイヤは装着できない上に、ディスク装着ができないカンチ台座仕様である。
そもそもグラベル化の動機自体、トレンチやラフをあまり気にせず、多少なりと未舗装路を楽しみたいという他に、太目のタイヤのほうが、お尻にやさしく長距離で辛くないということを実感したためである。
700C+ディスクに拘らず、27.5インチなら十分可能だ。しかし27.5はMTBサイズ主流なのでホイールは原則ディスク仕様である。



多少GRAVIER太めのブロックタイヤを装着できるリムブレーキ対応ホイールを探して見つけたジャイアントの『SPINFORCE XR 28h』というホイールセット。27.5インチ、OLD:135mmでVブレーキ仕様とおあつらいだが、同社のエントリークロス『グラビエ』のリペアホイールなので、市販のショップや通販にはない。
リペアパーツとしてGストアで取り寄せる。(サイクルモードで見付けたルイガノLGS−X7.0のホイールにもぐっと心移りしたが‥‥。http://livedoor.blogcms.jp/blog/zg40kome/article/edit?id=2151151


取り寄せ不明ハブ不明ハブた『SPINFORCE XR 28h』。エントリーグレードのクロスバイクのホイールだけに、気になる重量は前後実測で2100g。5万円台バイクのホイールとしては悪くはない。とはいえクロスライドの1700g、TNI−LA22の1674gと比べると持っただけでズシリとくる。見た目から鉄下駄である。
ハブには刻印がない。回転は鈍い。必ずしも空転時間が長ければいいハブとは言わないけど、7年間ろくな手入れなしで乗り続けたMR−4ですら空転時間で、リアが2.2倍、フロントは8.9倍の差がある。同じジャイアントのバイクのパーツかと疑ってしまう。
LA22より高かったんだからせめてアリビオぐらいのものは着いていてほしかったが‥‥。まぁ乗ってみなけりゃわからない。

がざでろタイヤかざでろタイヤ2取り直してタイヤを履かせよう。
タイヤはブロックパターンとしては少し細めの『SOMA KAZADERO 650B☓42』。ツーリングタイヤベースのKAZADEROはインチ換算で1.65となる。
パターンはパナレーサーのロードランナー(26☓1.5)に酷似している。それもそのはずでパナレーサーがOEMしている日本製だ。中央部のブロックが連続しているので、舗装路では抵抗が少なく乗り心地がよい。
SOMAのフレームにSOMAのタイヤなら、相性は文句ないのだろう。スキンサイドのイメージだが、趣向を変えてレアなオールブラックをチョイスする。スキンサイドは好きだが汚れが目立つ。


ホイRIDEA-FLV CNC700C&650Bカザデロタイヤールにタイヤをセット。外径は700✕28Cが直径678mm。27.5✕1.65では668mm。その差は直径で10mmとほぼ同じ。
REDIAのブレーキはシューホールの範囲が広く、26インチから700Cの間で自由に設定できるので、シュー位置と引き加減の調整のみである(仮止状態)。


カザデTNI−LA22前後トレッドが逆タイヤは前後で取り付けの向きが逆になる。素人観では重くなったり、ぶれたりしそうに思うが、MTBタイヤではよくあることで、トラクションが利いて逆に安定がよくなるらしい。ロードでとくに乗りにくくなることもないらしいようだ。特にトラクションを必要にするほどOFFを乗るわけではないから、様子を見てリアの同方向付けも試してみたい。
外したTNI−LA22/32h手組ホイールも捨てがたい存在となったので、スプロケはそのままで気分による再エントリーに備える。




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嵯峨号秋ポタ

久々の空き土曜日。
見事に晴れ上がったいい天気。ブラックフライデーの当てもないので、グラベルタイヤの試走行も兼ねて、嵯峨号でポタにでる。
皇居的地は鹿浜の『見晴らし茶屋』。最近名前が変わったらしい。
荒川CR往復はつまらないので、往路は都内を回っていく。
宮城の周りを回る。パットインナーも使わず、マタ痛・ケツ痛効果を試す。歴代で唯一ケツ痛に耐えて160kmを走破した最強最柔のサドル、サギサカの『超ソフトスポーツ用サドル』をセット。





憲政記念館前庭から国会議事堂一つない、素晴らしい青空に映える国会議事堂と色づいた銀杏並木。この空のような志を持った人は、残念ながらあの中には入れない。
議事堂の向かって右側にある憲政記念館の前庭からの景色。日本水準原点のあるところで結構高台だ。





前庭井伊掃部頭邸跡から内堀通りに出たところに『井伊掃部頭邸跡』という案内碑があった。ここは虎退治で有名な加藤清正が館を構えたところで、加藤家改易の後は譜代の井伊家の上屋敷となったとある。井伊直弼もここに住んでいたようで、目と鼻の先である桜田門外で非業の死を遂げている。
ここに残留思念があるかはわからないが、屋敷の真下を都心環状に貫かれては安らぐ間もないだろう。





市ヶボスフリー!谷に出て柳町交差点方面に向かう。この辺の裏をうろつくのは30年ぶりくらいだ。
こんなビルいつできた?。ここはDNPだ。
TS−7を買ったころ、シマノの11Tのボスフリーにプレミヤが付き、あおりでDNPのボスフリーも入手困難になっていた。仕方なくカプレオ仕様のホイールセットを購入したことが、今の自転車人生につながっている。あの時11TのDNPボスフリーが安価で入手で来ていれば、その後の自転車人生は全く違ったものになっていたやもしれぬ。良くも悪しくも自転車人生を変えたDNP‥‥!。違うだろ!この✕✕!!



最近の都電戸川橋から大塚を抜けて王子へ。最近は都電もレトロである。今から10年後は車もみんな『シトロエン2CV』見たいになっていればいいのに。







音無橋改修中づいた音無渓谷を撮ろうと音無橋へ。橋の上から写真が撮れない。補強工事のため、音無橋は足場とシートで囲われてしまっていた。







あだち菜パスタカルボナーラ122の新荒川大橋を渡り、荒川左岸を見晴らし茶屋へ。看板が『キッチンとれたて』になっていた。都市農園で栽培した野菜をベースにしたメニューは変わらない。
あだち菜パスタのカルボナーラを注文。






河口から−1km?中土手行止りりは、そのまま荒川左岸を南下。突端で折り返す予定が、工事のため葛西橋より先は通行止めとなっていた。工事現場横の仮設休憩所でお茶タイム。
葛西橋から右岸へ渡り護岸道路の突端へ行くのはいつものルート。





サガシソウ日の走行 54.5km
インナーのシーム部が擦れるのは『髀肉之嘆』だからしょうがない。ほかの痛みはほとんどないからこれなら長時間ライドに期待感がもてる。
いつもの半分の距離で結構つかれたのは、体力低下のためか、他の2台なら漕がなくても止まらない微傾斜面で止まってしまうのはあるいはタイヤのせいか、ホイールのせいか。
他の2台より2kg近く重たいので、この差が気にはなる。
未舗装路や段差に気を使う必要がないのは、ブロックタイヤの快感である。


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サイクルモード2017




サイクルモード2017 1行列1月3日、ビッグサイトなら楽なのになーという毎年の怠惰感を持ってサイクルモードにいく。恒例行事だからね。
いつもは9時頃に行って1時間ほど待つのだが、どおせ長い行列なら開いた後で行けばすぐ入れると思い、今回は10時過ぎに行った。
10時を回っているのにこの長い列。もっと遅れてもよかった。
ひところはメジャーな参加企業が減ってきて、行くのやめよぅと思った時期があったが、毎年何か見たいものを決めてくるようにした。
今回のキーワードはブロック系。といってもMTBにはさして興味ない。

シクロ系1シクロ系2シクロ系3シクロ系4シクロ系5





シクロクロス。ひと昔前まではホントにレースやマニア向けジャンルだったが、現在は包括して゛グラベル”というジャンルになり、エントリーモデルも結構出ている。ドロハンクロスも過去のものになった。このごつごつした太いタイヤが、細いツルツルタイヤを侵食していくのは何とも気持ちがいい。
シクロ系タイヤラベル系タイヤがごつごつして乗りにくいかというとそうでもない。我が家で一番長距離につらくないのは゛38C”のブロックタイヤである。
サイクリングで一番つらいのは何といってもお尻の痛みである。太く空気圧の低いタイヤはその分クッション性も高い。だがMTB系のように太すぎてもロードでの軽快さが失ってしまう。38C〜45Cくらいがちょうどいい。風呂より少し熱めだ?。





サドル適合尻の痛みということで、サドルコーナーも行ってみる。セラロイヤル。コンフォートのイメージが強いメーカーだ。座骨の形態を見てもらったら゛3”というのがあっているとのこと。かなり太い。ママチャリ系みたいだ。







LGS-X7.0IMG_2101年決めている今回のピカイチはこれ。
ルイガノLGS-X7.0。27.5インチ×1.5タイヤを履く。しかもリムブレーキ仕様だ。同様にリムブレーキ仕様の27.5インチホイールのGIANTグラビエは28h。これは32hなのでホイールは別物のようだ(当然か)。
27.5×1.5タイヤは38−584に当たる。28−622を履くSAGAに履き替えても余裕となる。どちらも補修部品として注文できるとのこと。また悪だくみの種が‥‥。
試乗してみる。ALTUSはやはりぎくしゃくしている。フロントはシングルだが、MTBのトレンドではなさそうだ。リアが9速32Tまでしかない。非力な親父にはこれは超マッチョである。その代り乗り心地はいい。460mmサイズでリアを40Tにして、ドロハン、ブロックタイヤを履かせたらすごく楽しいかも‥‥!

トライスポーツ組み換え40Tの、気になる40Tを見に行く。
トライスポーツで扱っている後付け40T。シマノ10速の中間コグ2つを抜いて40Tと16Tコグを入れる。フロント2段のまま組めるかスタッフに尋ねたら、微妙な回答だった。そりゃ性がないよね。自己責任だもの。でもやってみたい。




もう一つ気になるのが電チャリ。とにかく楽に走りたい親父にとっては、上りや向かい風に電チャリのアシストがあったらサイコーである。でも電チャリ買うお金があったらグラベルロードが欲しいしね。何より糞くらえのプライドなんかじゃなく、『充電』という行為を最も忌嫌う親父としては、どうしても電チャリに手が出せない。
電チャリ電チャリ2電チャリ3電チャリ4YPJ−ER





今回もヤマハYPJ−Rに試乗。普段小径に乗っているので、この電動アシストの出だしが楽なのか、いまいちわからないが、ハイギアのまま坂にかかっても踏ん張らずに済むとき、初めてアシストの楽さがわかった。これでNO充電で丸1日走れりゃ最高なのに‥‥。

BBベースBBベース2回の変わり種。
JR東日本(千葉支社)が出展していた。B・B・BASE(房総バイシクルべース)てナニ?。外見は中央総武線にカッティングを入れている風だが、中身は専用自転車キャリアが付いたシートで構成された車両だ。小湊鉄道が『サイクルトレイン』をやっているからコラボするのかな。これ自転車積んでてラッシュになったら困るから、全席指定かな。運賃いくらかかるのか?。
6ホイールが幅を利かせて、輪行が諸々の制約で押されているための、巻き返しの秘策か?。我が家はMR−4があるから、折りたたんで総武快速のグリーン車で行く方が安くて楽な気もするが‥‥

そのサンエス2サンエス3サンエス1ほかはお決まりの東京サンエスブース。今回はまた変わったクランクが出ていた。何より狭さにびっくり。3〜4年前はこの4倍くらいのスペースはとっていた。やはり出展には膨大な費用がかかるのか、それとも商品開発にお金使いすぎちゃったのか?


RID回転輪寶RIDEAEAのブースも見ていく。以前は国内では並行輸入くらいでしか入手できず、結構レアだったが、エイリンが正規輸入もとになってからは普通のスポーツバイクショップでも売られるようになった。
一般受けする商品ではないから、相変わらずレア感はあるが。
フルクラムのブース。このホイールだけで我が家の自転車3台分である。みんなが回していくのを見ると、お寺さんにある『回転輪宝』みたいである。ゆっくり一回転させて合掌すると願いが叶う?。


フーサイクルモード2017 2飲食ブースドコーナーの出店リストでケバブがないのは知っていたが、何かの間違いで今年も出ていないかなぁと淡い期待を持ってきたが、やはりケバブはなかった。去年食い損ねたことをいまさらながらに後悔。今回は早めに退散する。
来年出店(出展?)してほしいのは大手メーカーでもなく新鋭ショップでもなく、フードコーナーの『ケバブ屋』だったりして‥‥



PS
帰路は幕張本郷経由にしたら、JRの幕張車両基地に先ほどのB・B・BASE車両が停まっていた。来年1月始動とのことだが、準備は着々と進んでいるようである。

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MR−4 10速化 後記

2017 MR−4ポーツバイクとしては驚くべきロングセラーであったMR−4も、遂に2017年モデルを持って生産中止となった。
走行性能としては、18年間フォールディングバイクの頂点に君臨し続けるとともに、その強烈な個性がが異彩を放ち続けてきた。
唯一ライバルといえる存在は、エアニマルカメレオンくらいだが、国内では高価格と限定販路という面で勝負にならなかった。(24インチフォールディングではターンもあるが、ライバルとは呼べない)。
先駆者のグランテック24はトランジット26に連綿とそのコンセプトを継承しているが、MR−4は一時期MR−20というミニベロを投入したものの、これは印象こそ似ているが、コンセプトとしてはMR−4と異なり後継と呼べるものではなかった。
その後も後継機種がないため、今回の生産中止が絶版ということになる。「在りし日の‥‥」と呼ばれるようになってしまうのはとても残念である。
補修用パーツは5年間保有されるとのことだが、既にないSEグレードに標準装備されていた『FOREX24』は今後もおそらく入手は困難だろう。

MR−4そういう意味では、変わり種好きのおやじにとっては、よりもってこいのバイクになったともいえる。
いよいよ我が家のMR−4もPNU−31プレサージュに続き歴史遺産登録か??。


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MR−4 10速化

北浦大橋我が家でも6ホールスタイル化による、輪行減少で影が薄くなったMR−4。2014年にMTBパーツを使って9速にシフトしたが、スプロケの大型化がチェーンのステー干渉を招いたため8速に戻す。今回はロードコンポによる10速化のチャレンジをする。






使オペツール用するオペツールは、BB9000用アダプター以外は自転車工具としては標準ツールで済む。このほかに、+−ドライバー、チェーン脱着の際に便利なチェーンフッカー、スプロケを外すロックリングリムーバーなどの保有工具を使う。
交換するパーツは
クランクセット・Fディレイラー・シフトレバー・ボトムブラケット(BB)・
リアディレイラー・スプロケット・チェーン・シフトワイヤーとなる。
予算や型式条件等の理由で、すべてストック品とセコ購入である。



まずバーコン取付SL-R400& SL-BS79はシフターを交換する。インデックスタイプのSL−R400(2x8S)⇒SL−BS79(2x10S)に。この位置ではWレバーのほうが操作性がよいので、本来はSL−7900辺りがよいのだが、バーコンつけたいなという年甲斐もない欲求のため、中古とはいえこれが一番高くついた。ハンドルの内側という最も目立たないところにレバーマウントで取り付けているので目を引くわけではないが。
使用工具6角レンチ+マイナスドライバー



FC5502クランクFC5502&FC5650にクランクとフロントディレーラーの交換。
FC−5502(53−39T/165弌砲ら FC−5650(50−34T/165弌砲妨魎后ミニなのにコンパクトなのかと言われそうだが、スプロケをロード用にしたので、現状のメガレンジ34Tをカバーするにはコンパクトが必要になる。これでもマックスローはクロスバイクよりハイギアである。
『おたくリンク』のFC−5502の取り外しにはΕ灰奪織譽好ランクリムーバーという工具を、.皀鵐ーと組み合わせて使う。


ホロBB9000BBシェルーテックIIになるためBBも換える。BBを外すのにはぅ侫奪レンチを使う。昔ながらのBBがめっぽう減ったので、これも専用ツール化しつつある。
BB取付の前に、汚れていたBBシェルはお掃除しておこう。
ホローテック2用に取り付けるのは、究極の『BB−9000』である。新品のBB−5700でも1,500円くらいだが、少し予算オーバーの2,000円也。とはいえ内心結構期待したのだが、1,000円しない中古のBB−5700と比べても特段軽い印象はない。
千円ちょっとで入手した赤いトーケンTK877EXが一番よく回った。


BB-9000取付BB締付あ、これでギア1段分軽くなる体感を期待しようとは、虫の良すぎる話である。
ツールはゥ曠蹇璽謄奪II用 BBアダプター取付け工具を使う。
通常のBBとはわん径が異なるため、専用のアダプター(イ亮脂のリング)が必要となる。






FD取付位置調整FD-R440&FD-5700ディレイラーをFD−5700(2x10S)に交換。取り外すFD−R440(2x8S)は唯一購入時からの仕様であり、フラットバー用である。フラット用で特に今まで問題なかったが‥‥
1stチェーンリングが53Tから50Tになるため、FDの台座を6〜7mmほど下げる。ピッチも変わり、お気に入りのドライブラインバッシュガードは残念ながら使えなくなる。





CS-4600取付してリアディレイラーとスプロケの交換となる。
スプロケを外すには当然ホイールを外す必要がある。
スプロケは▲好廛蹈渦鵑掘弊擬位松里浪燭童世Δ鵑世蹐Α)とロックリングリムーバーをモンキーに咬ませて抑え込むように回して外す。
現在では入手が難しいお気に入りホイール『FOREX−24』。A−CLASS(ベンツではない)の中ではBクラスのホイールだが、今でもほとんどブレがでてない。



RD-4600/10s&RD-M592CS-4600&CS-HG41S−HG41 11−34T/8S⇒CS−4600  12−28T/10S。メガレンジのHG41に比べると、ロード用のCS−4600はかなりクロスレシオ化した。
リアディレイラーはMTB系のRD−m592−SGSからRD−4600−SSに変更。これも9速化の名残をそのまま使っていた。スプロケがクロス化することによりSGSからSSタイプのディレイラーに変更できたこと、8速・9速、MTB・ロードの混成パーツ構成をほぼ10速ロード系に統一できたので全体的にオリジナルRに近いスタイルになった。


調整調整2ーンは本来ピンをД船А璽鵐ッターで挿入して固定する。
横着なおやじは─聞げる)・(挟む)のプライヤーとミッシングリンクを使って済ませてしまう。
ディレーラー調整だけは、何度やっても上達しない。いつも混成パーツということもあるだろうが、チェーンのリンク数と張りの加減で失敗していたことが多かったので、そこは時間をかけて調整する。長期間使ったミッシングリンクは基本的には再利用NGである。
インデックスの10速になると、わずかのずれでギア抜けやチェーン脱落になってしまうので、ここで手抜きをしてはいけない。
畳1MR−4畳のファクトリーでロードコンポの10速化が完了。
ひと回り試運転に出る。シフトのタッチは結構硬めであるが、MTBタイプの混成ワイドレシオよりはクイックだが滑らかなチェンジ感になった。
見た目がすっきりしたが、目立つ部分はグレードを統一したかった。カブトガニは好きではないから5700系で統一したかったところだが、後日気が向いたらということでまずは重畳。


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奥多摩再び 下つ巻

川野ロープウェイ三頭山口駅跡を後にして、再びダム堰堤に戻る。ダムが見えない堰堤の下
ダム堰堤の真下を見ると、発電所に続く道がある。発電所は当然立ち入り禁止だろうが、近くまで行けば、ダムを直下から見上げられると思い、国道から下に下りる道を下る。
ところが坂を下りきったところでゲートに遮られる。あと100mほどで道が曲がっており、その先からは、見上げるようなダムの全容が見えるはずである。


道所橋?青梅古道念だが反転。だが道は川伝いにつながっている。これはダムができる前の青梅街道で、今は『むかし道』と呼ばれているらしい
道は舗装路だが、かなり荒れている
しばらく進むと吊橋発見。道所橋という橋だ。





惣岳渓谷道所橋2ても東京都とは思えない風情である。この辺りの深い谷は惣岳渓谷というそうだ。自転車で走れる自体超掘り出しコースである。







『む縁結びのお地蔵さま馬頭観音かし道には』ところどころに小さな道しるべがある。
『馬頭観音立像』や『縁結び地蔵』など、昔よりこの周辺の住民に信仰されていたもののようだ。







しば惣岳渓谷しだくら橋らく行くと第二の吊り橋があった。こちらはさらに長い橋で定員3名。しだくら橋と書かれている。下は淵となっている。
この辺のむかし道は沿道に民家もあり生活道路になっている。軽車両が時折往来する。





不動堂惣岳不動尊らに少し進むと山の中腹に不動堂があった。『惣岳不動尊』。明治10年に成田不動尊を勧請・祭祀したのが始まりとある。
ここは関東36不動霊場出はなさそうだが、ここで不動尊を見つけたのも、お不動さまのお導きかも知れない。
のうまくさんまんだ・ばざらだん・かん‥‥




未舗装路になった水根貨物線廃線跡の先、むかし道の生活道路部分は国道に合流する。むかし道のすぐ上を現在の青梅街道、その遥か上の水根貨物船のコンクリート橋が見える。
この先旧道は未舗装になる。距離はわずかとわかっているのでそのまま進む。グラベルも対応するタイヤなので気にせず走れる。





道は今でも生きているよう国道の上上りだ。国道と交差するところがあるが、てっきり国道の橋の下を抜けるものと思っていたら、国道トンネルの上だった。
再び道が舗装になると、再び遥か上に水根貨物船の鉄橋が見えた。
残念ながら、あそこを車両が走ることはもうないだろう。
これも歴史遺産といえる。




map1どなく国道と合流。青梅までささやかな幸せに酔う。(上りも結構あったけど)

本日の走行 74.1km


map2




map3




帰りにへそまんじゅうへそまんじゅうをお土産に購入した。




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奥多摩再び 上つ巻

台風青梅街道を奥多摩へ奥多摩大橋5号がもたらす前線によって不安定な天気が続く土曜日。
先週の続き、再び奥多摩にリトライ。先週は思わね天のシャワーを浴びたため、此度は用意周到、雨具一式を備えての出陣である。
今回はベースを東青梅まで前進させた。今回も仕事の都合で輪行でなくカートランポである。
先週来ているので今回は青梅街道を上りに使う。



白丸ダム発点東青梅から、奥多摩駅入り口までは21.3km、平均斜度0.7度。頑張らない走りを心がければ余裕のあるる行程だ。せっかくだからトンネルを抜けずに横の旧道を走る。白丸トンネルの旧道にある『白丸ダム』。発電用ダムだが、管理運営しているのは『東京都交通局』。まさか都電や都営地下鉄の電気をここで賄っているわけではあるまい?。






近代的消防署週は日原だったので、今週は奥多摩湖に向かう。
奥多摩駅は今回素通りで進むと市街の外れに、およそ付近の景観に合わない近代的建物。これは消防署だな。前回ここを通ったのは2014年。いつできたんだ?
奥多摩は通常の消防・救急より山岳・水難事故や捜索などのほうが圧倒的に多いだろうから、ここの隊員さんたちは国際救助隊並みにいろんなことをしなけらばならないのだろう。




素掘のまま梅街道は国道になってからかなり整備が進んだが、今でも素掘りにコンクリートを吹きかけた、昔の地方道のようなトンネルが残っている。
自転車で走っていると少し怖い(安全上です!)ところもあるが、ちょっとスリリングで近郊サイクリングとは違う雰囲気を味わえる。





副ダム川の日原街道入口交差点から、小河内ダムサイトまでは5.9km、標高差196m、平均斜度3.3度である。3年前に来た時は奥多摩駅からダムサイトまでタクシーで行った。
ビルの4階まで駆け上がれた当時と3階で必ず小休止する現在、では体力的にもかなりの差があるはずだが、軟弱に徹していたら、近辺では感動するコースがなくなってしまっている。副ダムが見える地点に到達。最後の約600mが斜度が5度強と最もきつい。




水根廃線ガード跡根貨物線終着駅『水根駅』手前のガード。以前も触れたが、もし水根貨物線の旅客線化が実現していたら、ホリデー快速の終着駅はここになっていたかもしれない。







自転車ゆりーと像小河内ダム本堤多摩湖畔の『水と緑のふれあい館』に到着。起工から76年、完成から丸60年になる小河内ダムの堰堤が、今なおその巨大な威容を保ち続けている。
ふれあい館前にあるオブジェ。『自転車ゆりーと像』。『ゆりーと』とは2013年の第68回国体・東京大会のマスコット。いわゆる『ゆるキャラ』である。八王子〜奥多摩湖畔までのロードレース開催を記念してつくられたようだ。



ドラム缶橋渡れない峰谷橋回はさらに奥多摩湖の奥に進む。
奥多摩湖に架かる橋で一番下にある峰谷橋を渡る。
湖の中央に突き出した小河内神社の峰に続く尾根をトンネルで抜けると、『ドラム缶橋』がある。橋の上で記念撮影するために立ち寄るが、あれ、両端がなくなっている。
残念ながら水量不足により通行止めとなっていた。今は樹脂のフロートになりちょっと風情がなくなってしまったが、やはり昔ながらのドラム缶橋と呼んだ方が愛着がある。

さて川野ロープウェイ川野駅付近の支柱川野トンネル、今回の奥多摩湖のポイントは『もう一つの廃線跡』を見ること。
かつては奥多摩湖の両岸を結ぶ、東京都で唯一の観光用ロープウエイが存在した。『川野ロープウェイ』といい、川野駅と対岸の三頭山口駅を、2基のゴンドラで結んでいた。営業期間は短く、経営不振で運休となり、その後運営会社が自然消滅。現在は所有者不明となっている。
川野トンネルの手前を左に曲がると当時の支柱とケーブルがそのまま残されている。
トンネルを出て右側から川野駅に上る道があるが、入口のところにある売店の女将曰く、私有地なので立ち入り禁止とのこと。行くまでの道が私道ということか?。まあ廃線マニアでも心霊マニアでもないから警告を無視してまで見に行く気もない。教えていただいたお礼をして引き返し、最終目的地、ロープウェイの対岸駅『三頭山口駅』に向かう。
『三三頭山口支柱深山橋と三頭橋頭山口駅』は奥多摩周遊道路の旧料金所の上にある。奥多摩周遊道路へはロープウエイのすぐ上流の深山橋と三頭橋を渡る。観光道路としての奥多摩周遊道路(当時は奥多摩有料道路)ができたことにより、経営不振になっとことは皮肉である。
旧料金所に隣接する川野駐車場に右岸側の支柱がある。





川野ロープウェイ三頭山口駅川野ロープウェイ三頭山口駅入口車橋から50mほど歩いたところにある石段を登ると、すぐ廃墟と化した駅舎が見えてくる。階段の先に見えるのは怖いものではなく、本物の人間である。心霊スポットとしてかなり有名で、アクセスもいいことから見物人が始終来ているようだ。





川野ロープウェイ三頭山口駅2三頭山口駅の破損はひどく、まさに廃墟マニア・心霊マニアの恰好の獲物である。
先にライダーのあんちゃん3人が潜入している。人がいるせいか、霊感オンチなのか、怖さや何かを感じるということはない。どちらかというと周囲の木々の陰から、ディロフォザウルスやブラキュラプトルでも出てきそうな雰囲気だ。
そしてオヤジの真の恐怖は全く別のところにある。石段の切れ目まで、ガラス片の飛び散った泥化した急斜面を、ほとんどグリップしないビンディングシューズで下りること。無事に下りられてほっとしたが、転んで怪我でもしたら本当に霊魂の仕業にされてしまうところだ。




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日原納涼‥‥

梅雨が明け、猛暑日とゲリラ異常豪雨の続く毎日。
涼を求めに今回は山に行く。
スカイタワー今日は隅田川花火の日日は、ベースキャンプとなる拝島駅までを車とした。
両国橋は歩道にネットが張られている。今日は隅田川花火大会の日だ。帰りに足止めを食らう可能性もある。
新青梅に入り西東京市の象徴??であるスカイタワー西東京を抜けて拝島に向かう。





車を友田水管橋羽村取水堰拝島の事業所におかせてもらい起点として出発。奥多摩街道で羽村取水堰を通過し、多摩川に掛かる友田水管橋を渡る。このルートは何度か通っているが、上流に向けて走るのは初めて。






櫛かんざし美術館ラフティング山街道を経由して多摩川右岸の奥多摩街道を通り、古里で青梅街道に合流する。
途中には『吉川英治記念館(夏季休館中)』や『櫛かんざし美術館』などがあったり、眼下の多摩川にはラフティングエリアなどがあったりする。





友田プチ山岳ツアー?御岳口管橋から、途中の御岳山口の鳥居まで13.2km。地形により下りもあるが、ほぼ緩やかな上りである。平均勾配0.8度。ならしたローディさんなら何でもない道だが、地下鉄の階段も上れない親父としては、体力温存のためママチャリおばちゃんの買い物ペースでゆっくり進む。
しかし朝市の限定特価品目当てに行くときのママチャリおばちゃんはロードレーサーより速いけど‥‥。
天候は曇りで、気温が比較的低いのはありがたいが、目指す奥多摩方面は「降っています」といわんばかりの厚く低い雲。降ってもにわか雨という予報を信じて進行。
奥多摩町に入ると山並みは深くなる、やはりただ下るだけと違い徐々に上っていく感慨はある。まぁ、ぺースが遅い分よそ見する余裕はあるし、その都度停まれば休憩にもなる。

奥多摩駅多摩駅に到着。今まではここが起点だったが、今回は中継地である。ここで飲料補給。
周囲にごみ箱がないので店内で飲料を買い飲みきったぺットボトルを引き取ってもらう。サイクリストは文字通り、飲食後のごみを処分しないと、新たな食料も飲料も補給できない。
店主曰く、店頭にごみ箱を置くとマナーのない観光客がごみをすべてまとめて捨てていってしまい、分別処理の負荷がかかりすぎるためだという。状況をイメージするに難くないが、現地調達・現地廃棄が原則のツーリングには頭の痛い話でもある。
せめてマナーは守ってもらいたいものである。


巨大な工場多摩駅から日原方面に進むと、やや勾配のきつい上り坂が1.8kmほど続く。平均斜度3.1度。居酒屋のカシスオレンジ程度だ。酒が全然苦手な親父でも何とか2〜3杯はいける。
奥多摩駅を過ぎるとすぐに街の上の中腹に、何かジブリのアニメに出てくるような巨大な構築物群が見える。調べてみると『奥多摩工業株式会社氷川工場』。『跡』ではなく、現役稼働施設である。
鍾乳洞があるくらいだから、奥多摩には石灰岩層が広く分布しているのだろう。日原方面には何十年も来ていないから忘れてしまっていた。



3.1度を飲み切る(もとい、登り切る)と、そ何の橋吊り橋こから斜度0.9度の平坦路がしばらく続く。左手に見えてきた吊り橋のところで小休止。
つり橋から先に道が続いているが、上の集落までつながっているようだ。谷は結構深く、ビルの3〜4階の高さはありそうだ。
つり橋から上流側のかなり高い部分に鉄橋が見えた。




トロッコ橋た廃線跡かと思ったが、何と現役の石灰輸送軌道であった。
免許取ったころ日原に来たときは、採掘場の中を通って細い道を通った記憶がある。2回目に来た時はきれいなトンネルになっていた。あの採掘場は今も現役で、採掘された石灰岩はこの軌道で先ほどのジブリの工場に運ばれて行くようだ。
車で何回か来ていながら発見できなかった(見つけていても関心がなかったか‥‥)ものが再発見できるのも自転車の醍醐味である。




日原トンネル日原渓谷ロッコ橋を過ぎると道は再び上り坂になる。
吊り橋あたりから懸念していた雨が降り出した。林の中ではあまりひどくなかったが、山腹に出ると結構降ってる。しかも坂は先ほどよりきつく、トンネル手前では遂にローマックスとなってしまった。
1.1kmの日原トンネルは結構きつい上がり坂である。トンネルなので斜度もわからず、曲がっていて出口もわからないまま永遠と同じ角度を上り続ける感じである。
但し今回は、苦しんだ分、帰路では同等の幸せを保証されているようなものなので、モチベーションは上がる。撮影で止まる以外の挫折は全くなかった。
日原の集落につくと再び平坦路になる。トロッコ鉄橋から日原集落まで4.5km。平均斜度4.7度。ビール並だ。下戸は1杯でダメになる。

燕岩?籠岩?入口乳洞を見ているうちに雨が収まるのを期待して見学申し込みをする。
鍾乳洞入口から望める1枚岩(籠岩?・燕岩?)の巨壁が圧巻である。







大ホール1狭い通路入る。1枚薄いパーカーを持っていたが、全身スブ濡れの体に冷気が容赦なく襲い掛かる。納涼どころか熱でそう!
日原鍾乳洞は何度か来ているし、ネット等で紹介もされているので割愛するが、前回まではこんな明るいLEDライトアップなんてなかったよ。自分で強力なライトをもちこんで見えないところを照らしてみたもんだ。




案内板はり新洞iphoneになって今までのカメラより画質がきれいになったので、結構いい写真がとれるようになった。
七色の大ホールはあまりにも有名だが、この新洞上りの頂上付近から下を見る光景も圧巻である。
龍泉洞の美しさ、あぶくま洞のスケールには及ばないかもしれないが、やはり東京が世界に誇れる遺産である。



雨がどおしようもない収まる期待もむなしく、外に出たら土砂降りの本降りであった。雨の日は乗らないというより俺が乗る日は雨は降ってはいけないという考えなので雨具はあまり持ち歩かない。売店でカッパを聞いたがないとのことなので、肉うどんで暖をとって、天に制裁を与えるべくずぶぬれ走行を決行する。
予想通り帰路はただただブレーキをかけるのみ。好天ならどんなに気持ちがよかったか‥‥これが俺が求めた幸せか!
唯一予測が当たったとしたら、氷川の街に近づくにつれ小雨になってきたということだ。案の定、鳩ノ巣辺りで雨はやんだ。鳩ノ巣から青梅までも大方は緩い下りになっている。わずかの間、ささやかな幸せが訪れるはずだったが、道路が乾いてきたにもかかわらず、自分だけは雨の中を走り続けていた。靴の中は池状態で、ヘルメットから絶えず雨水が顔に飛び散り、いつまでもメガネに水滴が残った。


神輿山車路は青梅街道で青梅市内を通り、再び滝山街道・奥多摩街道で拝島に戻る。福生で夏祭りの山車や神輿に遭遇した。
やっぱ夏である。神輿の掛け声がなぜか「ふっさぁ」「ふっさぁ」と聞こえるのは気のせいか‥‥。






日原島で車に戻ったころからまた雨が降り出した。
本日の走行92km
やはり甘く見ないでカッパとリュックカバーは携行すべきである。
悔しいのは、雨も予想したが、対応は『濡れたら温泉はいる』という安易さでシャツ・パンツとタオルは予備を持参していたことである。結局靴と靴下の替えを持ってきていなかったので温泉も断念せざるを得なかった。


PS
平地に来てから、ブレーキの利きが悪くなっている事に気付く。雨のせいだと思っていたが、ブレーキのパットがかなりなくなっていた。ベローチェ+アシマ怖い‥‥
最後まで取れないメガネの水滴は飛蚊症だったことが判明??そういえばいつの間にか増えていた‥‥

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海が見たい

初夏を通りこして、既に真夏の様相を呈している空梅雨の土曜日。
恐怖の行徳橋度のことだが、この時期海が見たくなり九十九里を目指す。
今までの、車で行ってベースを起点にするのではなく直接家からの往復にする。
検索での予定走行138km。

往路は御成街道をベースにするため、京葉道路から江戸川水閘門・行徳橋を渡り船橋に抜ける。
本日最初の難関行徳橋。架け替えが進んでいると聞いていたが、まだ桁の一部ができているだけだった。
歩道が狭くすれ違いに難儀するので、車の切れ目を図って、一気に車道で渡る。
土曜日朝で車も少なくゆっくりと渡れた。

花見川度か通っているとタカをくくり、ナビなしで走ったため、御成街道に入るまでに、船橋・習志野で迷走する。
津田沼から、大久保を抜けて御成街道に入る。







御茶屋御殿跡滞の四街道を越え、定石通り自衛隊横を通ればいいものを、横着したら、また迷走。無駄な遠回りをした後、再び御成街道に入る。佐倉街道から先の御成街道は、起伏が多く、道が細くて悪い昔ながらの道の印象が強いが、市街地化により整備が進んでいる。
市街地を抜け、埃っぽい畑と林が混在する長閑な風景に替わると『御茶屋御殿跡』の看板。家康のお鷹狩りの休息場としてつくられた借り屋敷で、井戸や土塁が残されている。




OXエンジニアリング道の時は気付かなかったが、『OXエンジニアリング』を発見。千葉の校外とは聞いていたがここにあったのか。
ミニベロの名車『ガゼル』のカスタムメーカーである。但しミニベロでいえば『ガゼル』より『ピコ』が有名。しかし主力商品はカスタムメイドや競技用の車いす。最近よく見る犬用車いすも造っている。






ニチレイレディズやってますの辺まで来ると、車も少ない長閑な田舎道だが、今日は観光バスに大型セダンや外車がやたら走っている。ところどころ警備員もいる。
そういえば途中に「袖ヶ浦CC」があったのだ。なんで袖ヶ浦と全然違うところに『袖ヶ浦』なんだという突っ込みは別として、今日はニチレイレディズの中日であった。





御成街道跡康の命により敷かれた御成街道(当時はそう呼んではいなかっただろう)は起点の船橋から東金までほぼ直線的に敷かれ、そのかなりの部分は現在も一般道として使われているが、時代の流れとともに道が変わり、寸断され現在ではその痕跡を見ることもできなところもある。
千葉市山王町周辺・東金市周辺とこの八街市沖地区である。沖地区に入ると斜めに突っ切る直線道は消失し、区画整理された、碁盤の目状の道に替わっている。今は全く痕跡のない道端に斜めに建てられた看板だけが当時を知る目印になっている。



雄蛇が池雄蛇が池一のポイント『雄蛇が池』に到着。金山トンネル・観音隧道と並び、千葉県でも五指に入る心霊スポットだが、昼は自然豊かなバス釣りスポットでもある。トイレ休憩も兼ねて立ち寄るが、確かにここのトイレには夜は近寄りたくない。
前回はここから東金市街までで前進を断念、反転帰投となったが、今回は海を目指してさらに前進する。



不動堂蛇が池からまたしても迷走して不動堂海岸まで14km。
やってきました九十九里浜。
しかしこの砂!。自転車を端に停めることもできず、ビンディングシューズに砂が入るのも嫌なので、ここで海を望むことは断念。
ここから、折り返し予定地点の『サンライズ九十九里』まではあとわずか。




智恵子抄の碑智恵子抄の碑ンライズ九十九里の手前に『智恵子抄の碑』というものがあるので寄ってみる。
文学にはトンと興味ないオヤジであるから高村智恵子が療養のためこの地にいたというのは初めて知った。
実際この場所に智恵子のいた別荘があったわけじゃないだろうが、車だと事前調査をしなければ見逃してしまうようなポイントである。
‥‥自転車立てかけてごめんなさい。‥‥


サンライズ九十九里っと到着。今回の目的地、「千葉のマリーナベイサンズ」??(‥‥といわれているかは不明)『サンライズ九十九里』。
屋上にプールはないが、屋内にサウナ付きの展望風呂がある。
これがリゾートホテルではなく『国民宿舎』だということが、〇〇ベイ〇〇〇に勝る唯一の勝機か‥‥
手頃な値段で泊まれるのだが、休日スケジュールが直前まで合わせづらい我が家では『ホテルシーサイド江戸川』とともになかなか取れない宿の一つである。




外海です。九十九里浜ンライズ九十九里のすぐ横で海にそそぐ『真亀川』の河口から海岸線に出る。
河口提の突端部。目前に広がる大洋。初めての自走による九十九里到達。今回のミッション達成。





スタバ飯路は白里から大網街道1本で本千葉に抜けるルート。すでに脚は引きつり状態だが、前回の渡良瀬と違うのは、予想通り帰路に追い風になったのと、お尻の苦痛が限界点に達していないことである。
大網の市街を抜けると、最後の難関、1.5km・平均斜度4.1度の上り坂。普通のサイクリストなら何でもない軟斜路だが、今の親父には獄門坂である。しかしここを登り切ると、千葉寺までの約17kmはほとんどペダルに力を入れる必要のない僅かな下りである。
千葉市街に入ってスタバで遅昼の糖分補給。超甘が休まる。



幕張りはR14から花見川を下り、『幕張の浜』に出る。太平洋と東京湾の両方の海を堪能?できた。








本日九十九里センチュリーライド達成??の走行160.67km。距離こそセンチュリーだが12時間かけているから、最初の4時間でNGである。
でも、この800円で買ったサイコンは「26インチ」としか指定できないのであまりあてにならない。GPSがなくなってちょっと不便だ。
記憶の限りルートラボで再現した距離は158km。
前回の渡良瀬サイクリングより距離も長く斜度もあったが、帰りの追い風と尻の苦痛軽度による精神的・肉体的余裕が幸いした。


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無謀 渡良瀬遊水池

ゴー吉か凶かルデンウェークにどこも行かないのはもったいない。唯一フリーの3日にどこか走りに行こうと決めたのは5月1日夜。
車+自転車は渋滞に巻き込まれるので、家から直接往復にするのは決めていたが目的地が決まらない。いくつか候補もあったが結局出るまで決まらなかった。
京葉道路に突き当たる。右に行けば市原・大網方面、左に行けば多摩湖狭山湖方面。直進すれば荒サイ・江戸サイで埼玉茨城方面である。
信号一つまって直進にする。
風は南の微風。北上しても帰りがそれほど苦にはならないという判断。
「甘かった‥‥」

松伏の休憩所黄色い絨毯6に合流し松戸に出る。車はやはり動かない。チャリンコオンリーにして正解。
江戸サイを北上。今日はサイクリストが多い。江戸川CRには三郷と松伏に休憩場がある。前回も立ち寄った松伏の休憩場で休憩。





アーバンライン武アーバンパークラインの江戸川橋梁。やはり東武野田線のほうがしっくりくる。『アーバン』てどういう意味?。けして都会的でない都会人の親父から見ても、『カントリーライン』とは言わないけど(40年前はそうだった)、せめて『サバーブライン』とかじゃないの。






デカい大凧あげ祭り珠花橋の手前に来ると何やらものすごい人盛り。
春日部の『大凧上げ祭り』だ。以前通った時もやっていた。アナウンスでケバブ屋の出店の宣伝があったが、さっき飯食べちゃったばかりである。残念。
帰りまでやっているといいのだが。




東北新幹線利根川橋梁宿橋から護岸工事で一般道に抜ける。再びCRに戻ったのは『新幹線利根川橋梁』の手前。
久々の100km走行を目指して、休憩入れて、12時半には折り返すつもりだったが、関宿橋の時点で55kmを超えている。
漠然と渡良瀬遊水地を目標にしていたが、最大の誤算は遊水池までの距離を調べていなかったこと。
関宿城をスルーしてしまったので、遊水地を目指すか、バイパス橋を渡り『道の駅さかい』で飯食って引き返すかだ。お尻の痛みがかなりつらく、時間も予定の12時を過ぎているが、まあ次の日も休みだと思うと、折り返しのインパクトが欲しくなった。遊水池までは14km。痛みをこらえて強行する。この往復28kmが「甘かった‥‥」


R4新三国橋クリーンセンター利根川橋を渡り渡良瀬左岸を北上する。ユニークな煙突が見えてきた。古河クレーンセンターの煙突だ。これも『コンスタンティヌスの柱』だ。(オヤジは清掃工場の煙突を「コンスタンティヌスの柱」と呼ぶ。)
R354の新三国橋をくぐる。三国橋の三国って上野・下野・武蔵かな。下手するとこの辺りは下総まで絡んでくる。




古河城古河城本丸跡三国橋を超えると古河城案内板があった。「こんなス−パー堤防の上に城があったの」などとトチ狂ってはいけない。
ここも湿地帯にあり、かつては忍城や岩槻城のように浮城のような城構えだったのだろう。平安後期の古い築城で、古賀公方の根拠地となり、江戸時代も譜代や幕閣の重臣が城主になっている、関東の要の城だったともいえる。



実際野渡橋遊水池の中の道はそんな観光気分ではなく、脚が重く、股がビシビシ状態であったのだが、遊水池のゴルフ場を過ぎたあたりで、三国橋を渡らなければならないことに気が付いた。すでに三国橋より1.5km。コース修正などできない。上の橋までは4.5km。ここで断念と思ったが、マップを拡大すると遊水池の中に道がある。一般の車が走ってくるので行けると判断。渡良瀬川の野渡橋を渡る。



遊水池4遊水池3良瀬川の対岸の堤防を上る。
湿原の向こうに巨大な遊水池『谷中湖』が見える。
渡良瀬遊水池は、氾濫に悩む渡良瀬川の治水事業としてつくられたと思われがちであるが、そうではない。治水はあくまで表向きで、真の意味は、上流の足尾銅山の鉱毒を沈殿させることと、その鉱毒の被害を最も訴え続けてきた谷中村の抹殺にある。住民は農地をつぶされ、二束三文の補償金で村を追われた。村は強制廃村にされた。今でもこの整備された美しい公園の地中には、基準値を大幅に超える鉛などの鉱毒が堆積されているのである。
第一水門遊水池2水地には歴史的見どころも多い。中心地まで行きたかったが、時間と体力の限界となり断念。谷中湖を遠望し反転帰路につく。
すでに走行77km、もう引き返すことはできない。否、もう引き返すしかない。帰りは巨大な渡良瀬第一水門を通る。





とに大利根河畔景勝の地コースがあったかくケツとおまたが痛い。帰路は利根川左岸を下る。渡良瀬川は利根川に合流し、その先で江戸川が分岐するのだが、元々利根川の源流は今の中川水系であり、鬼怒川常陸川の独立水系となっており、渡良瀬川から太日川(現江戸川)は独立水系だったのだ。
その開削された分部の広い河川敷にモトクロコースがあった。若いころオフロードバイクで河川敷のにわかコースによく走りに来たものだった。
関宿城が対岸に見えると『大利根河畔景勝の地』の碑。ここは関宿城をバックにした富士見百景にもなっているらしい。しんどくて休憩。

関宿城道の駅「さかい」ましだまし『道の駅さかい』まで来て休憩と遅い昼食。
サイクリスト応援カフェCORG’S。サイクリストはいなかった。オヤジもここに来るとついつい食堂のうどんに行ってしまう。
道の駅さかいに約50分。十分休息したつもりだが全然回復していない。境大橋を渡ったところで関宿城南面の全景が望める。このアングルで見るとまるで平山城である。スーパー堤防恐るべし。



輪空?大凧が上がっていた行はすでに100kmを超えている。数キロ走っては休憩の繰り返し。これでは進まない。宝珠花橋対岸についたのは16時半近かった。
おお、飛んでいる。葉巻型UFO‥‥じゃない。大凧上げ祭りの大凧である。大凧は南風を受けて見事の飛んでいる。「あんなでっかい凧が元気に飛ぶような向風だからたまんねーんだよ」とは、オヤジの今の率直な感想である。
凧あげ会場の対岸に芝の滑走路がある。マップでは『関宿滑空場』とある。こちらもみな帰り支度だ。グライダーって折りたたんで専用ケースに入れて運ぶのか。『輪行』やめて『輪空』にするか。でも曳航機はどうやって格納庫にしまうのか。それともどこか別のところから飛ばしてくるのか?

風に本日の走行あと少し耐えられなくなり、野田橋で江戸サイから一般道に抜ける。しかし松伏からレイクタウンを抜けて外環までは、土手と変わらない吹き曝しである。

帰宅は20時。前年同時期に同じようなルートでほぼ同じ距離を走った時は、帰路にもまだ余裕があった。




遊水地往復回の走行150km。満足感や達成感よりもく、疲労感と帰宅時の解放感が強く残った。
出発時に一瞬輪行袋持っていこうかと思ったことはやり直感だった。袋もっていけば、ゆっくり遊水地を散策した後で、東武線一本で帰れたことを考えると、無計画と判断力の甘さが悔やまれる。




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昼ポタ

自転車通勤がなくなったため、年末の下野ライド以来の自転車出動となる。
銀座の某リサイクルショップで買い物をしてから晩飯のおかずを買って帰るまでの時間、久々に少しこぐ。
お茶してから、桜田門を通りBMCの故郷、赤坂の某大手チェーンのサイクルショップに物色しようと足を延ばしたが、店がなくなっている。
HPみたら半年も前に閉店していた。
他の店に行くのもつまらないので、このままポタに切り替える。

六本木通りから麻布通りに入り、外苑東通りに入る。今日は警備がとても物々しい。しかもやたらに旭日旗がはためいている。
『今日は何の日』。「お財布の日」。「モスバーガーの日」。右翼とも機動隊や警察隊とも関係ないなぁ。

天文台跡天文台跡2シア大使館の横の路地を入ると、小高い丘に突き当たる。今はアフガニスタン大使館の一部も含むこの突き出した台地の縁に東京天文台があった。あまり物々しいので警備の警官に「天文台跡に行ってもいいですか」と尋ねたら「天文台跡なんて知りません」と答えられた。
ここは以前にも一度来ているが、この史跡の正式名は『日本経緯度原点』という。三角点などの地理的測地はここを基準とされていた。関東大震災までここは天文台だったのだ。


今日は何の日?タワーのものしい飯倉交差点をこえて、東京タワーからタワー前交差点・赤羽橋を経由して芝公園に。またまた街頭演説がけたたましい。そしてバリケード。
『今日は何の日』。「スイーツの日」、「日曜休日・土曜半ドン制定の日」。そんないい日だったのか。
それとも誰か来た?サウジアラビアの国王陛下一行が大挙して来日するからか。それも関係ないな。何故なら石油燃料の宣伝車で走り回っているんだから。



今まで最も丸山古墳3多く訪れた古墳、『芝丸山古墳丸山古墳2』。案内板には『全長106m』とある。おやじはこの古墳の大きさを「墳丘長125m」と紹介する。『東京都遺跡台帳』の『港区遺跡癸横粥戮冒環坑隠横毅蹐筏載されているからだ。
南武蔵を実効支配していた豪族の墓だろうが、125mという大きさは鉄剣『稲荷山』の120m、同時期の『野本将軍塚』115mなどの北武蔵の墳墓も上回る規模である。
「王よ(「なんだ長嶋」‥‥とは返ってこないだろう)この周囲の騒然、どう思われますか‥‥。」「とりあえずお茶にしますか‥‥」

芝公古川河口園を貫き、丸山古墳の前方部を削いだ環状3号線は、日比谷通りから先は未整備の路地となる。JRの歩行者用ガードを超えると海岸通りに突き当たる。
海岸通りから見た古川河口。首都高が寄ってたかって古川を半暗渠化してしまっている。この惨劇は日本橋川より酷い。これがかつての『春の小川』の河口である。





またBMCレインボーループまたやってきたレインボーブリッジ。
橋げた高50m。最近知ったのだが航空機規制による高さ制限は150m。レインボーブリッジの主塔高は126m。24mのクリアランス(バーゲンじゃないよ)があるわけだ。
単純ではないが、主塔發鬘隠毅娃蹐泙念き挙げたら橋げた高は74mになる。もしかしたらタイタニック号もくぐれたかも知れない。どちらにしろあり得ない話ではあるが。
もともと買い物目的だったので、ショッパー仕様のAC−02。

2層ゆりかもめダイジョウブ構造の下層部が一般道とプロムナード、して中央を『ゆりかもめ』が通る。
以前仕事でビッグサイトの展示会へ行ったときは寿司詰めであった。ちょっとした展示会で通勤ラッシュ並みの混雑。
オリンピック、ホントに大丈夫なの?






プロ第3ダイバだった第六ダイバだったムナードから見えるのは第6ダイバダッタ。
その先にあるのが第3ダイバダッタ。
ダイバ・有明のビル街の向こうにゲートブリッジが見える。
江戸の外港の守りとして9基が計画・着工された台場。第1・第4・第5は大井の埋立地の中に埋もれた。第2は航路上の障害として撤去。第3と第6が現存。第7は未完のまま撤去。第8は有明埋立地に替わり、そして第9台場は、まさに今問題のスポット『豊洲市場』の場所に築かれるはずだった。


豊洲市場豊洲再び明から豊洲へ。前回とは逆ルートになった。
周辺整備を残して、ほとんど出来上がっている豊洲市場。
なんかほかの使い道ないのかねぇ。入る前から「使いずらい」なんてレッテル張られて、立つ瀬がないよね。某元都知事さん、無駄な銀行の分まで合わせて金返して。




さて、晩ライフで買い物ついでにソラマチ飯の買い物は、押上げのライフ。晩飯買って帰るには時間があるので、ソラマチでお茶をする。
『ライフセントラル押上店』。ライフはIYやイオンと違ってこじんまりしていて地元密着感があるが、ここは少し毛色が違う。変わった商品も置いてあり、クイーズほどではないがちょっと高級感もある。


久々の半日のんびりポタ。
コーヒー代ばかりやたらにかかった一日であった。
hirupota





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下野古墳めぐり〜2016走り納め 下つ巻

神徳大神宮富士山古墳臼山古墳から細い谷を挟んで東側の台地の中腹に『神徳大神宮』という神社がある。この裏手に県下最大の円墳『富士山古墳』がある。
最大直径86m。ここも大型埴輪をはじめ複数の埋蔵品が発掘されている。麓から見学ルートがあるのだが、知らないで神徳大神宮に行ってしまった。掃除のオジサンに尋ねたら「ここからは上れないんだ」といいながら「横の灯篭と石垣を乗り越えていくと看板のある場所に行くよ」「県で管理してっけど、上ってもなんもないよ」と教えてくれた。
大神宮様にお参りして帰ろうと思ったが、お賽銭箱がなかったので一礼のみ。どうもありがとうございました。
牛塚古墳2士山古墳から壬生町中心市街の外れにある『牛塚古墳』と『壬生車塚古墳』に行く。両古墳は隣接しており一度に見学できた。
『牛塚古墳』は墳丘長60mの帆立貝式古墳。看板には先ほどの富士山古墳のPRなんかが掲示してあり、特筆するものはない。





壬生車塚古墳3壬生車塚古墳2壬生車塚古墳1かい側の『壬生車塚古墳』も最大直径82mと富士山古墳と並ぶ大円墳である。南側に石室が開口されているようだが、残念ながら今回は見れなかった。
周囲には周濠跡があり周堤を含む径は120mに及ぶ。

『壬生車塚古墳』から壬生愛宕塚古墳2壬生愛宕塚古墳15分ほど走ると『壬生愛宕塚古墳』がある。
墳丘長65mは前方後円墳にしては大きくはないが、周溝がはっきり残っており、見ごたえはある。

次はいよいよ県下最大級の吾妻古墳から、琵琶塚古墳・摩利支天塚古墳と下野有数の大古墳を残すクライマックスとなる。
時間はすでに午後3時。日没の最も早いこの時期は午後4時にはすべての散策を終了しなければならない。

丸塚古墳2丸塚古墳こでトラブル。県道小山壬生線に入らなければいけないところ、下野壬生線に入ってしまった。太陽で判断という古来の方法で軌道修正したが、吾妻古墳への進入路がわからなくなった。
古墳らしき築山を発見したのでそこに向かう。丸塚古墳であった。天平の丘の近くで、吾妻古墳の後時間があれば立ち寄るつもりだった古墳である。
丸塚古墳から吾妻古墳の位置が知れたが、今から戻って散策となると最後の2大古墳を回る時間がなくなる。県下最大の吾妻古墳散策を断念し、次に向かう。

国分尼寺跡国分寺跡塚古墳から、県道小山壬生線に入るとすぐ『風土記の丘資料館』入口の案内がある。この道には『国分寺跡』がある。『風土記の丘資料館』は年末年始の休館となっている。風土記の丘資料館の先に『国分尼寺跡』がある。ここがかつての下野国の中心となった地域だ。
『下野国府』はちょうど思川を挟んで対岸の栃木市にある。なんでこんな大きな川を挟んで存在するのかねぇ。



さて琵琶塚古墳3琵琶塚古墳1、最後に栃木県を代表する2基の古墳を散策する。
『琵琶塚古墳』。最近までは県下最大の前方後円墳として有名だったが、近年の精密調査により吾妻古墳のほうがわずかに大きいことが判明し、「県下最大」の地位を譲ってしまった。それでも知名度ではやはりナンバーワンだろう。墳丘長125m、二重の周溝を巡らせている。墳丘長では都内最大の芝丸山古墳とほぼ同規模である。



発掘調査中摩利支天古墳遠望公園化が進んでおり、昨年あたりから本格的な発掘調査が行われている。
現在も発掘調査の真っ最中のようだ。前方部の中堤辺りを発掘している。
前方部先端から摩利支天古墳が見える。





摩利支天古墳1摩利支天古墳3路を挟んだ反対側に摩利支天古墳がある。思川と姿川の合流部の台地にあり、付近を通る東山道からもはっきりとその威容が見て取れただろう。
5世紀末頃の築造で琵琶塚の前世代の領主の墳墓だろう。






摩利支天古墳2丘長117mは県下第3位。下野国を代表する豪族の墳墓といわれるが、かつて大国毛野を構成する同族で、東国六腹朝臣に名を連ねる下毛野氏なのか。
五世紀末から6世紀後半は、大和で巨大古墳が終焉に近づき、河内大塚山古墳を最後に巨大古墳が姿を消す時期である。そんな時期に摩利支天・琵琶塚・吾妻とどんどん巨大化をつづけた下野国は、大和の支配体制に進んでくみしながら関東特有の独立気運を持った首長たちの奥津城だったのだろう。




本日下野1下野2の走行81.7km
ナビも地図もない状態で、うる覚えのルートと古墳の冊子・地元の案内板のみの散策は、ロス時間と余計な走行を強いられた。やはり知らない土地を効率的に巡るには、ナビまで行かなくとも最低限GPSマップは必需品である。
『吾妻古墳』をはじめ、日程的に見学できなかった『埋蔵文化センター』・『風土記の丘資料館』や『壬生歴史民俗資料館』など見逃したスポットがたくさん残っている。
捲土重来を期す。

来年も古墳ライド・古城ライドができますように。


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下野古墳めぐり〜2016走り納め 上つ巻

おやまあれま年秋から予定していた下野古墳ライド。
転勤・子供の受験・親の入院、そして自分のぎっくり腰のため、ついに年末までもつれ込んだ。
しかしこの季節は古墳探訪にはうってつけの季節だ。

午前6時半、『小山総合公園』到着の計画が8時半を過ぎた。
帰省渋滞の影響はさほどなかった。単なる「寝坊」である。
午前9時、を出発。腰の状況も不安で、全行程110km越えの予定距離を70kmに短縮。湿布とコルセットを装着しての走りだしとなった。

山王寺大桝塚古墳1山王寺大桝塚古墳2は西北西の風である。いきなり向かい風だがこのまま吹けば帰りは天国だ。何もない田畑を道を間違えながら進むこと数キロ。藤岡町の『山王寺大桝塚古墳』が最初のポイント。
墳丘長96mの前方後方墳はかなりの見ごたえを期待したのだが、残念ながらかなりの部分を削取されており、その迫力を体感することはできない。




周囲の築山古墳の回りには何もない。周囲には同規模の産廃残土らしい(もしかしたら古墳かも?)築山が点在し区別が付かない。途中の残土の築山だと思っていたものの一つは、『毘沙門山』という古墳だったようだし。
100m級の前方後方墳は全国でも大型の部類だ。大毛野に連なる下野の豪族に敬意を表すためにも、きちんと整備して内外に誇った方がいいんじゃないの。





巾着山こから都賀町の『愛宕塚古墳』まで一気に北上する。
栃木市街の外れにある独立峰の『巾着山』。流山?ケルンバット??、残念ながら古墳ではない。
市内で道を誤り30分弱のロス。スマホのマップは全く役に立たない。ナビ入れてないし、初期設定を結構いじったからか。






残土山?愛宕塚古墳2愛宕塚古墳1賀町の『愛宕塚古墳』は墳丘長90mの前方後円墳。墳丘上に愛宕神社が建っている。
この付近にも古墳だか残土だかわからない築山がいくつかある。


R2判官塚古墳3判官塚古墳2判官塚古墳193をさらに北上し、鹿沼市の『判官塚古墳』に立ち寄る。
丘長61mは特筆する大きさではないが、保存整備がきちんとしていて、石室も露出しており、結構「当たり」であった。



廣濟寺官塚古墳からそう離れていない集落の中に、円空作、『千手観音菩薩像』の看板。
天台宗廣濟寺というお寺さん。
観音堂は固く施錠されていた。
拝観料500円。守り本尊なのでぜひ見たかったが、時間の関係でスルーする





長塚古墳長塚古墳2生田街道の黒川橋を渡ると、上り坂の途中に『長塚古墳』が見える。墳丘長77m2段構築で古墳時代後期のものとのこと。
ここから亀子塚古墳へ行こうとしたが、道が悪路でしかも袋小路になっている。





看板桃花原古墳か失敗した挙句、遠回りをしたら看板があった。
看板に沿て進み、桃花原古墳に至る。
『桃花原古墳』は周壕を備えた円墳で、直径63mはかなり大きい部類に入る。





前半茶臼山古墳2茶臼山古墳1の(といっても午後1時を過ぎてしまったが)最大ミッション、国指定の史跡『茶臼山古墳』に向かう。案内板の地図は簡略しすぎて自転車で走っていたらよくわからん。
ここも数度のチャレンジで侵入口を発見。案内板のところまでも車では来られない。
真冬でも道に迷いそうな林の道を上っていく。しばらく上ると看板のある広場に出る。


MTB専用茶臼山古墳3いつはすごい。看板の遥か上に墳丘の頂上が見える。看板の前の高い土手は周堤で、その内側に深い周溝が巡っている。周堤を含む全長は140mにもなるようだ。
埴輪や大型の須恵器などが発掘されており、規模からしても相当の権力者が埋葬されたと思われる。
しかし、県を代表する古墳の一つなんだから周辺整備をもう少しやってもらえないかねぇ。これじゃあ夏はとても来れたもんじゃない。

もし自転車で来る方がいたらMTBをお勧めする。


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スポーツ電チャリ考

YPJ−Rイクルモードにいって『ヤマハYPJ−R』を見て、乗って結構な衝撃を受けた。電チャリもここまでスマートになっているんだねぇ。
ジテ通から車通勤になった影響が大きいのかこのところの体力減と体重増が著しい。
自転車は鍛えるためや、フィットネスとして乗っているわけではない。何か目的を持って新しい発見もしたいし。何より終わった後に楽しかったなぁと思えるのが趣味サイクリングである。
持病もちの親父にとって、高いパーツは『早く走る』ためのものではなく非力なパワーをいかに有効に推進力にしてくれるかであり。車重にこだわるのも多様な使い方に対応するツールとしての手軽さとしてである。

『電動shimano-ultegra-di2でアシストするのは邪道だ』とのこだわりを持ってるサイクリストは多いだろう。かくいう親父もその急先鋒であった。体力もない、坂も上れない、長距離ではバテバテ。でもどんなコンディションでも「電チャリだけには負けたくない」とムキになったものだ。
だがこれも考え方だが、当の本人も含め、漕ぐことをアシストすることを邪道としてさげすむ輩が、なぜシフトをアシストするDI2を邪道と非難しないのかという矛盾(正直当人は興味なく無用と思っているだけだが)。自転車の駆動系が人間の動力をサポートするものなら、どちらも同じである。違いといったらそのスタイリングの自然さとコンパクトさだけである。
ディレーラーにおっきいモーターが付いていたり、でっかいバッテリー積んでいたら電動シフトは電動アシスト同様に非難される的だろう。


Vivax Veloceポーツ電チャリがE−BIKEとしてスポーツサイクルの中に広く普及している欧州ではこんなものもあるようだ。
どう見ても普通のロードバイクである。
これはシートチューブ内に駆動モーターを後付けするアッセンブリーで、何と給水ボトルがバッテリー。コントロールスイッチがバーエンドについている。バッテリーを含んだ重量は1.8kg。ベースのセット価格は10万円しないようだ。
DI2を非難しない人が、これを非難できるだろうか。うちの自転車につくのなら親父は素直に「ほしい!」と思う(但し、取付けられる自転車にはいくつかの条件があるようだが)。

サイクルモードでヤbenelliマハブースの隣にあったBENELLIの『TAGETE27.5』。べネリってオートバイの老舗である。
7時間充電で100km走れるアシストを備えたE−MTBはフロントWサスペンションにディスクブレーキで22kgとこれも軽い部類に入る。198,000円





BESE PS1ESVの『PS1』。カーボン製のミニベロである。
BSの名車、シャフトドライブ・カーボンモノコックボディー・Wサスペンションの『トランジットT200CS』の復活を思わせる精悍なデザイン。15年前そのもののデザインは今見ても前衛的だ。
3.5時間の充電で60km走るアシストで17.4Kg。276,000円。
せっかくカーボンなんだし、この価格ならあと2kgは軽量化してほしい。まあ、ひと昔前の激安ミニチャリはみんなこのくらいの重さはあったけど。



Road E +2ャイアントでヤマハYPJ−Rのパワーユニットを積んだE−バイクが『ROAD E+』。YPJと同じユニットを使ったジャイアントの回答がこれだ。
日本未発売。英国の価格で308,000円くらい。
スペックは未定だが、電動ロードに否定的な方々に選択してもらっても、大方の方はこちらを指すだろう(アルテグラクランクはハッタリみたいだが‥‥)。
保守的な親父が見ても、Eバイクの分野では日本は明らかに後進国だ。否、保守的だから遅れをとっているのだろう。


YPJ-R2んな日本で、やっと親父が「欲しいな」と思える電チャリ(これならE−BIKEといってもいいかな)に出会ったわけだ。
230,000円はちょっと手が出しにくい価格であるが、105を使って15kgの車体は欧州車にも対抗できるだろう。





YPJ-R3コンパクトクランクあ、ここまでやるならもう少しなんちゃってに徹してほしい。精悍なスタイルにこのクランクセットはとてもミスマッチ。せめて外観は偽でも『HOLLOWGLIDE』っぽくしてほしいし、バッテリーは上記の『VIVAX ASSIST』風のなんちゃって給水ボトルみたなものがほしい。パワーユニットはごまかせないから単なるご愛敬だが。
さしずめYPJは、車体とバッテリーを極限まで軽量化し片道だけの航続距離とし、出撃したら帰ってこれない。日本が生んだE−BIKE界の『神風』である。これが投入されて1年。戦局は好転しているのかなぁ。

でもハブダイナモとか、クランクモーターを逆用してアシストオフ時に自己充電する仕組みってできないものだろうか。
それなら必要時のパワーアシストは自分の脚力の貯金みたいなものだから、人間の力を有効に引き出すという自転車機能本来のあり方に叶うと思うのだが‥‥。

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結局きました『サイクルモード2016』

サイクルモード2016年散々ケチつけて「今年はやめよっか」と思ったサイクルモードだが、結局来てしまった。
今回は特に見たいもの・ほしいものがあるわけではないので特に焦点を定めずにぶらつくことにした。







スペシャライズど復刻?期せぬ朗報というか、事前には気にもしていなかったが今回は『スペシャライズど』が出展していた。最初に来た頃は出展していたと思うので、もう5〜6年ぶりか。
こじんまりしたブースだったが、いずれにしろ大手メーカーの復活は喜ばしい。






CUBE1ルツルの細いタイヤは性に合わないので見るものは大体シクロかグラベル系になる。
入ってすぐに目を引いた『CUBE』というドイツのメーカー。日本では並行輸入くらいしか取扱いがないようだが、今回正式な代理店から投入されるようだ。
CUBEのシクロモデル。これはかっこいい。今回のぴか一はこれか。





GPS近GPSのCM11の調子が悪いので何かいいものはないか物色。ミズタニのブースにパイオニアがあったのでぽたナビを見ようと思ったがなかった。今でもやってはいるがほとんど出ないというスタッフの逃げ腰な回答。最近は自転車のナビってあまり聞かないからねぇ。
ぶらぶらしているうち、ポラールのブースで見つけたのがPROシリーズの『V650』。これはCM−11とほぼ同じ機能を持っているうえ。独自の地図でルートを作成しインプットできるようだ。30,500円という価格は魅力的だ。




コマンドシフター復刻?シガイのブースで見つけた『今回の気になるパーツ』。どっかで見たことあるようなシフター。サンツアーのコマンドシフターだ。
展示は試作品で、さらに改良して10S・11S対応も予定しているようだ。セーフティレバーに続き、STI主流の中でまたもビンテージタイプのパーツの復刻である。





バンディーハンドル東京サンエス京サンエスのブース。ずいぶん小さくなったような気がする。
今回はバンディハンドルを見せてもらった。
フリーマーケットの投げ売りみたいになんかもうどうでもいいように置かれている。「150円」とか値札が付いてないかなーなんて感じ。





コーコーダブルーム試乗ダブルーム(親父にとってはホタカ自転車なのだが)で『FARNA』に試乗。アルミロードの最軽量クラスらしい。
「STI使ったことありますか」と聞かれて思わず「ありません」と答えてしまった。使い方を知らないわけじゃないけど、実際所有のバイクはすべてWレバーである。
とにかく指でもてるくらい軽い。これだけ軽いと担いで山登りできる。アルミバイクまだまだいける。





ヤマハの電チャリロード試乗しましたコーナーで何気なく見ていたら試乗を勧められた。『YPJ−R』ロードタイプの電チャリである。
鍛えるために自転車に乗っているわけではないが、電チャリだけには負けたくないとムキになっていただけに、自分が電チャリに乗ることには抵抗がある。
YPJ−Rは外観はロードそのもの。メインコンポは105でバッテリーも小型でボトルケージダボにツールケースが付いているようなイメージ。デザイン的には電チャリ独特の違和感は少ない。




1回電チャリロードのサイクリングで100kmは走るのに、バッテリーが20kmくらいしか持たないのでは使えないと思えるが、YPJ−Rは車重も15kgそこそこ。我が家のSOMAと3kg強しか変わらない。しかもコンポは105なのでノンアシスト状態でも十分走れるとのこと。本当につらい登坂や強い向かい風時のみアシストを使うと考えれば十分行ける。しかも親父好みのアルミ製だ。あくまでも楽しく走るには魅力的だ。
何かとても後ろめたさを感じながらも、非常に心を動かされる1台である。




今回ガゼル乗りましたは『OXガゼル』にも試乗した。思ったより軽くてなめらかで乗りやすいバイクである。STIのブルホーン仕様はミニではどうしても頭でっかちのスタイルになってしまうが、ミニはハンドルがクイックなのでドロップよりブルホーンのほうが扱いやすいだろう。
やはりほしい1台である。





やっぱありました。レーシングミクはり今年もありましたねぇ








地方のブース?地方のブース?か県や地方のブースとか、グルメコーナーとかコンセプトエリアなんかがやたら多くなってきたような気がする。それはそれで楽しくていいんだけど、それらはあくまでおまけであって主ではない。主でないもののスペースが多くなりすぎると明確なテーマがない限り、展示会そのものがまとまりのないものになってしまう。




もう見ケバブじゃケバブがあったものもないから、イオンモールでケバブ食って帰ろうと思った矢先、何とケバブが来てるじゃない。
今回のテーマはっきりしてるじゃないか「自転車に乗ってケバブを食べに行こう!!」。
フードコートの出店も載せてくれていれば、外で飯なんか食わなかったのに‥‥
来年もぜひ出店してもらいたいものだ。昼飯デザートまで食べてしまった後だったので、ドンドルマ(親父お勧めの伸び〜るアイス)まで食べられなかった。




この空きスペースは?回は全体的に出展ブースが縮小した感が強かった。ブースのセッティングは面積に乗じるコストがかかるからしょうがないのかもしれないが、この空きスペースはなに??


PS
コレクションしていたシマノのA4サイズカタログがデジタルに変わってしまった。時代かもしれないがこれは寂しい。

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加瀬山(消失古墳ライド再び)


神奈川県には大型古墳がないからつまらないというイメージを僅かながら変えたのは、先年90m級の逗子長柄桜山古墳をライドしてからである。探訪基準の100m以上のものはないが、神奈川県にも70〜90m級のものがいくつかある、近隣サイクル古墳探訪としては最後の宝庫もである。
今回はぐっと近い川崎の加瀬白山古墳に行く。

R1多摩川大橋を渡る。
新川方面R1多摩川大橋川は関東でも十指に入る大河川であるが国境をなしてはいない。対岸の川崎市も律令国制では武蔵国である。
この大河川をもってしても国を分かつ関とはなっていないことを考えると、武蔵・下総国界だった古利根川・古隅田川などは当時どれだけの大河だったかうかがい知れる。
新川の高層ビル群の後ろに目指す加瀬山台地がある。



橋をリバーサイドカフェ渡ったR1の上流側に『多摩川交流センター』なるものががあった。建物右側は『リバーサイドカフェ』なる喫茶コーナーになっていた。今日はあいにく腹の調子が悪く。コーヒーのリスクが高いので断念。捲土重来を期す。
今日のコンディションにぴったりの『ガス橋通り』を排ガスを放出しながら突き進む。






『加加瀬山瀬白山古墳』を含む『夢見ヶ崎古墳群』があるのは通称『加瀬山』。多摩丘陵より続く下末吉台地の最突端にあり、矢上川で他の台地と寸断されているため独立峰のように見える。
川崎の『ギアナ高地』と呼ばれているかは定かではない‥‥。




動物公園2動物公園地上部は動物公園になっていた。
駐車場も無料、入園料もなし。近隣の子供連れには絶好のプレイスポットだ。







浅間神社くつかの加瀬山3号墳寺社があったが、小高い盛土の上に鎮座しており、これがみな古墳になっている。
麓や中腹にも古墳が点在しており、3号墳は石室が修復保管されていた。






天照皇大神宮2照皇天照皇大神宮大神宮でお参り。ここも円墳の上に社殿が鎮座している。








加瀬白山古墳的の展望台『加瀬白山古墳』は台地の西側中腹あったとされる。「される」というのは、『加瀬白山古墳』を含む周辺の台地は開削のため消失しているからである。
富士見展望台の看板には西側の森が白山古墳跡との掲示。
かつてはあの森まで台地が緩やかに伸びていたのか。




消失部分加瀬白山古墳下りて森の周囲を回る。墳丘長87mの古墳は県下でも最大級に当たるが、後円部をわずかに残し、前方部はほぼ開削されている状態のようだ。
勿論史跡として整備されているでもなし、私有地のため立ち入りもできない。
これが古墳跡かは判断しずらい。この小山が白山古墳としているのは富士見展望台の案内板だけで、他の資料では完全に現存していないとか、位置も100m以上東の白山幼稚園周辺であるとされているからだ。



加瀬山周辺古地図れ以上の侵入はできないので、
この付近でもう一つ、同時期に消失したという観音松古墳跡地に行ってみる。
現存していた時代の地図で見ると、古墳は現在の矢上小学校の校舎から慶大グランド辺りにあたる。






矢上川上川の観音松古墳跡地2遊歩道に沿って丘の北側に回る。
矢上川は思ったより自然っぽい川で、市街地の河川ではあるが、イメージよりきれいであった。
しかし、50儖幣紊呂△蹐Ω颪侶伽犬呂い辰燭い覆鵑澄?。神社の池のようにあふれかえっているぞ。




新幹線岸へ観音松古墳跡地渡ると、台地北面の全体像がとらえられる。
切り立った台地の高さは、高架線を走る新幹線がそのままトンネルに入ってしまう程だ。
県下では最も古い部類とされる軸長90mの『観音松古墳』はこの台地の南東部にあったようだ。
こちらは名前の由来となった観音松とともに完全に消失したしまっている。夢見ヶ崎古墳群とは1kmも離れていない。両古墳は不可分の関係にあったのだろう。

多摩川台りは綱島街道から丸子橋を渡る。
丸子橋からは多摩川台古墳群が見える。ここには107mの亀甲山古墳・97mの宝来山古墳はじめ多くの古墳が現存する。
夢見ヶ崎古墳群とは、多摩川低地を挟んで対峙する関係となる。武蔵国造の乱以前は、武蔵国南部の豪族がその地位にあったという。両古墳群の盟主は同族だったのか、それとも敵対勢力だったのか。





五反無名古墳やっぱ東京タワー田でR1に合流し東京タワー下を通る。
タワー下、増上寺裏手にも消失古墳(史跡指定はされている)がある。全長125mの芝丸山古墳と相似関係にあり、前方部は駐車場となっており後円部は墓地として開削されている。古墳としては100m級の大型古墳であったと思われる。





消失古墳日の走行 64km
古墳を実体験することはできなかったが、在りし日の威容や相関関係を想像しながらのツアーは面白かった。


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枯野

愛車紹介
1.PRESAGE U31
愛称KARANO号
  :いまや歴史遺産となりつつある3.5L/フルタイム四駆。最近は金欠でタコメーターしか見れなくなった。2002年モデル。

2.MR−4
  :GIANTのロングセラーフォールディングバイク。18年間コンパクトスポーツの頂点に君臨した名機。2010年モデル。FからSE擬き仕様にDIY。

3.SOMA SAGA『嵯峨』
  :米国ソーマファブリケーションズのツーリングフレームに格安パーツを買いあさって組み付けたグラベル風クロモリツーリングバイク。年式不明

4.ALPENCHALLENGE   AC02
  :レーサー志向の本格バイクを投入する『BMC』の珍しい26インチアルミバイク。ストックパーツを再編成して復活した我が家の軽量クロスバイク。2010年モデル。  
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