坂本城門聖衆来迎寺は国道161号沿いにあった。ツアールート上にあったことと廃城となった坂本城の城門が移設されているというので立ち寄る。城門はイメージより小さかった。湖上の要塞というべき坂本城に巨大で堅固な城門は不要だったのか。なぜか森可成の墓があった。

国道は車が多く怖いので旧道から明智塚に向かう。地図には載っていないので電柱の住所を頼りに探す。途中で坂本城址の碑を発見。横のベンチで一休み。その後も発見できず、飛び込みで民家に訪問、道を尋ねる。そこのご主人と奥さん曰く、「すぐそばだけどあそこへいくのかね。あそこは界隈の人はちかよらないよ……。」
定期的に法要がおこなわれて隣接する家が管理してい
坂本城址の碑るらしいが、どうもいわくつきらしい。無理もない。謀反人の汚名を着せられ壮烈な最期を遂げた武士たちの怨念が宿っているのだ。とにかくいくだけ行ってみる。

明智塚は国道沿いにあり、こじんまりとしたよく手入れされた塚だった。何の変哲もないところだが先ほどの夫婦の物言いが脳裏に残り立ち入りを躊躇させた。そう、藤原の名を残す自分は地元ともいえる場所にある将門首塚にも近寄らない小心者である。興味のみで立ち入ることの恐れを感じ、外より丁寧に拝礼しその場を立ち去る。


遅めの昼飯は近隣のすき家で牛丼。せっかく大津まで来たのにさびしいがグルメツアーが目的ではない。仕事光秀公石像中のたちより並みの速さで昼食をとり、今は公園となっている坂本城址に立ち寄る。明智光秀公の石像がある。結構体格がいい。光秀公というと礼の肖像画のイメージが強いが、史書には大力無双の持ち主ともある。むしろこちらのほうが実像に近いのかもしれない。決戦3や戦国無双2の光秀キャラでは全くイメージが湧かない。この年でゲームマニアではないが、KOEIさんには大人にもやりがいのある光秀像を作ってもらいたいものだ。


日が傾いてきたので滋賀院・慈眼堂と矢継ぎ早に周り、レンタルサイクルを返却して比叡山ケーブル坂本駅にいく。ケーブルからロープウェイを経由して京都に戻りたいと思っていた。休日だが夕方近いせいか乗客は少ケーブル山頂なかった。ケーブルから見えた山の頂にそびえる東塔のなんとない違和感が印象的だった。延暦寺駅に着いたときはすでに15:30を回っていた。西塔や横川区域へはいけないので根本中堂のある東塔区域を見てまわる。

根本中堂には感動。さすが叡山、京の鬼門を守護するに相応しい仏閣だ。東塔も近くで見るとその荘厳さに息を呑む。1日の疲れも出たせいか広い境内をのんびりうろうろしているうちに閉山のアナウンスがなってしまったので帰ることにする。

愛娘に土産の一つも買っていこうと思い、お土産売り場を徘徊。でも結局いいものがなかった。最初の三井寺で買っておけばよかったと後悔。バスセンターに着いたのは17:00になっていた。すでに山頂延暦寺根本中堂行きのバスはなく、ついたバスが京都行き最終ということなので、ロープウェイは断念しバスで下山する。最後の斜陽に浮かぶ琵琶湖と大津の街がとても美しく印象的だった。三井寺と叡山以外はマイナーな史跡めぐりだったが、一人旅でこそできる有意義な1日であった。

 



2010年追加記載


2010年2月データを整理していたところ、当時の写真が出てきた

比叡山

ので後掲載。

ピンボケであるがやはり残っていた。但し松禅院や慈忍和尚廟などは撮ったはずなのにやはり見当たらない。不思議としかいえない。

‥‥リベンジせよとの仰せか‥‥

 


 

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