ゴー吉か凶かルデンウェークにどこも行かないのはもったいない。唯一フリーの3日にどこか走りに行こうと決めたのは5月1日夜。
車+自転車は渋滞に巻き込まれるので、家から直接往復にするのは決めていたが目的地が決まらない。いくつか候補もあったが結局出るまで決まらなかった。
京葉道路に突き当たる。右に行けば市原・大網方面、左に行けば多摩湖狭山湖方面。直進すれば荒サイ・江戸サイで埼玉茨城方面である。
信号一つまって直進にする。
風は南の微風。北上しても帰りがそれほど苦にはならないという判断。
「甘かった‥‥」

松伏の休憩所黄色い絨毯6に合流し松戸に出る。車はやはり動かない。チャリンコオンリーにして正解。
江戸サイを北上。今日はサイクリストが多い。江戸川CRには三郷と松伏に休憩場がある。前回も立ち寄った松伏の休憩場で休憩。





アーバンライン武アーバンパークラインの江戸川橋梁。やはり東武野田線のほうがしっくりくる。『アーバン』てどういう意味?。けして都会的でない都会人の親父から見ても、『カントリーライン』とは言わないけど(40年前はそうだった)、せめて『サバーブライン』とかじゃないの。






デカい大凧あげ祭り珠花橋の手前に来ると何やらものすごい人盛り。
春日部の『大凧上げ祭り』だ。以前通った時もやっていた。アナウンスでケバブ屋の出店の宣伝があったが、さっき飯食べちゃったばかりである。残念。
帰りまでやっているといいのだが。




東北新幹線利根川橋梁宿橋から護岸工事で一般道に抜ける。再びCRに戻ったのは『新幹線利根川橋梁』の手前。
久々の100km走行を目指して、休憩入れて、12時半には折り返すつもりだったが、関宿橋の時点で55kmを超えている。
漠然と渡良瀬遊水地を目標にしていたが、最大の誤算は遊水池までの距離を調べていなかったこと。
関宿城をスルーしてしまったので、遊水地を目指すか、バイパス橋を渡り『道の駅さかい』で飯食って引き返すかだ。お尻の痛みがかなりつらく、時間も予定の12時を過ぎているが、まあ次の日も休みだと思うと、折り返しのインパクトが欲しくなった。遊水池までは14km。痛みをこらえて強行する。この往復28kmが「甘かった‥‥」


R4新三国橋クリーンセンター利根川橋を渡り渡良瀬左岸を北上する。ユニークな煙突が見えてきた。古河クレーンセンターの煙突だ。これも『コンスタンティヌスの柱』だ。(オヤジは清掃工場の煙突を「コンスタンティヌスの柱」と呼ぶ。)
R354の新三国橋をくぐる。三国橋の三国って上野・下野・武蔵かな。下手するとこの辺りは下総まで絡んでくる。




古河城古河城本丸跡三国橋を超えると古河城案内板があった。「こんなス−パー堤防の上に城があったの」などとトチ狂ってはいけない。
ここも湿地帯にあり、かつては忍城や岩槻城のように浮城のような城構えだったのだろう。平安後期の古い築城で、古賀公方の根拠地となり、江戸時代も譜代や幕閣の重臣が城主になっている、関東の要の城だったともいえる。



実際野渡橋遊水池の中の道はそんな観光気分ではなく、脚が重く、股がビシビシ状態であったのだが、遊水池のゴルフ場を過ぎたあたりで、三国橋を渡らなければならないことに気が付いた。すでに三国橋より1.5km。コース修正などできない。上の橋までは4.5km。ここで断念と思ったが、マップを拡大すると遊水池の中に道がある。一般の車が走ってくるので行けると判断。渡良瀬川の野渡橋を渡る。



遊水池4遊水池3良瀬川の対岸の堤防を上る。
湿原の向こうに巨大な遊水池『谷中湖』が見える。
渡良瀬遊水池は、氾濫に悩む渡良瀬川の治水事業としてつくられたと思われがちであるが、そうではない。治水はあくまで表向きで、真の意味は、上流の足尾銅山の鉱毒を沈殿させることと、その鉱毒の被害を最も訴え続けてきた谷中村の抹殺にある。住民は農地をつぶされ、二束三文の補償金で村を追われた。村は強制廃村にされた。今でもこの整備された美しい公園の地中には、基準値を大幅に超える鉛などの鉱毒が堆積されているのである。
第一水門遊水池2水地には歴史的見どころも多い。中心地まで行きたかったが、時間と体力の限界となり断念。谷中湖を遠望し半短帰路につく。
すでに走行77km、もう引き返すことはできない。否、もう引き返すしかない。帰りは巨大な渡良瀬第一水門を通る。





とに大利根河畔景勝の地コースがあったかくケツとおまたが痛い。帰路は利根川左岸を下る。渡良瀬川は利根川に合流し、その先で江戸川が分岐するのだが、元々利根川の源流は今の中川水系であり、鬼怒川常陸川の独立水系となっており、渡良瀬川から太日川(現江戸川)は独立水系だったのだ。
その開削された分部の広い河川敷にモトクロコースがあった。若いころオフロードバイクで河川敷のにわかコースによく走りに来たものだった。
関宿城が対岸に見えると『大利根河畔景勝の地』の碑。ここは関宿城をバックにした富士見百景にもなっているらしい。しんどくて休憩。

関宿城道の駅「さかい」ましだまし『道の駅さかい』まで来て休憩と遅い昼食。
サイクリスト応援カフェCORG’S。サイクリストはいなかった。オヤジもここに来るとついつい食堂のうどんに行ってしまう。
道の駅さかいに約50分。十分休息したつもりだが全然回復していない。境大橋を渡ったところで関宿城南面の全景が望める。このアングルで見るとまるで平山城である。スーパー堤防恐るべし。



輪空?大凧が上がっていた行はすでに100kmを超えている。数キロ走っては休憩の繰り返し。これでは進まない。宝珠花橋対岸についたのは16時半近かった。
おお、飛んでいる。葉巻型UFO‥‥じゃない。大凧上げ祭りの大凧である。大凧は南風を受けて見事の飛んでいる。「あんなでっかい凧が元気に飛ぶような向風だからたまんねーんだよ」とは、オヤジの今の率直な感想である。
凧あげ会場の対岸に芝の滑走路がある。マップでは『関宿滑空場』とある。こちらもみな帰り支度だ。グライダーって折りたたんで専用ケースに入れて運ぶのか。『輪行』やめて『輪空』にするか。でも曳航機はどうやって格納庫にしまうのか。それともどこか別のところから飛ばしてくるのか?

風に本日の走行あと少し耐えられなくなり、野田橋で江戸サイから一般道に抜ける。しかし松伏からレイクタウンを抜けて外環までは、土手と変わらない吹き曝しである。

帰宅は20時。前年同時期に同じようなルートでほぼ同じ距離を走った時は、帰路にもまだ余裕があった。




遊水地往復回の走行150km。満足感や達成感よりもく、疲労感と帰宅時の解放感が強く残った。
出発時に一瞬輪行袋持っていこうかと思ったことはやり直感だった。袋もっていけば、ゆっくり遊水地を散策した後で、東武線一本で帰れたことを考えると、無計画と判断力の甘さが悔やまれる。




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