発掘現場その後琵琶塚古墳下野古墳めぐりで見逃した吾妻古墳のリベンジを兼ねて、再び下毛野へ。
今回は前回とルートがダブるため自転車は積んでいない。
6:30AMに出発して一般道で9:00過ぎに琵琶塚に到着。順調である。
琵琶塚に寄ったのは、昨年末の発掘現場がどうなっているかを見るためである。前方部の周溝の発掘部分は埋戻しが進んでいるようだ。



『天国見山後円部頂上?謎の古墳擬き平の丘公園』の駐車場に車を止めると、すぐに復元円墳のような築山が見える。航空写真で見ると前方後円墳のように見える謎の築山。
国見山というらしい。
頂上には『銭成石』といい、この周囲の発掘で出てきた古銭が埋めてあるとのことである。




伝紫式部の墓上からI前方後円型見ると確かに前方後円墳の形にはなっているが前方部はペチャンコ。子供の遊び場にはなるだろうが、この形に意味を持たせるなら前方部もきちんと盛土してもらいたい。
栃木県埋蔵文化財センターに行く途中に『紫式部の墓』なる立札を発見。行ってみる。
小野小町が茨城出身というのはその筋では有名だが、紫式部も東国に関係する人?。『紫式部の墓』とは書いてあるが実際は無関係のようである。


回り栃木県埋蔵文化センター道をしたが、時間は10:00を回ったので『栃木県埋蔵文化財センター』に行く。HPでも管内の様子がよくわからない施設だが、何か常設展示でもらるのだろうと期待していったが、何と休館であった。







展示室しもつけ風土記の丘資料館念だが仕方ないので、早々に道路の向かい側にある、『しもつけ風土記の丘資料館』に行く。
ここは開館しており常設展示場もある。展示場内は撮影禁止になっているのでロビーから一枚。
下毛野の古墳や埴輪遺跡分布など、重宝な情報が入手できたが、下毛野氏と直接かかわる資料は見つけられなかった。



甲塚古墳下野国分寺跡2回はさっと1枚写真を撮っただけの下野国分寺跡。跡だけではだだっ広いだけで実感わかないね。
国分寺横にある『甲塚古墳』。掘削や開発で原型が大きく変わっている。
小円墳かと思っていたら墳丘長80m以上の前方後円墳であった。多くの出土物があり、先ほどの『しもつけ風土記の丘資料館』にも展示されていた。




後円部より吾妻古墳天平の丘公園』を後にして、本命の『吾妻古墳』に向かう。車だと5分もかからない。
工業団地に挟まれた後円部側の林の一角に車を止めると、古墳の案内板のところまでは歩いてすぐだ。しかし案内板の地点から見える吾妻古墳に、「県下最大」という期待感は関東大震災時の浅草十二階のように見事に折れてしまった。
琵琶塚・摩利支天どころか茶臼山より小さいイメージだ。後円部頂上から前方部を望む。頂上部も狭く、130m級の古墳とは思えない。

周溝底より後円部石室痕穴式石室は前方部の前面にあるという珍しいレイアウトの吾妻古墳。石室部分は発掘で盛土が崩落している。
墳丘の麓から撮ったようなアングルだが、ここは一段目墳丘の中央であり、石室がつくられていたのは二段目に当たる。
一段目が低く広いテラス状になっている『下野型前方後円墳』の終末型ともいうべき吾妻古墳の巨大さを実感するには、広域な周溝底を周回するのがよい。総全長160mを超える墓域の周溝底から見上げる墳丘は流石圧巻である。
繰り返すが墳丘長127mは県下最大。現存する下毛野では最大の前方後円墳である。
次に壬生歴史民俗資料館、下毛野氏の末裔ともいわれる壬生氏の本拠である壬生町の『歴史民俗資料館』に行く。壬生町は大型古墳も多く、吾妻古墳も一部が壬生町に属しているため、発掘された石室天井石や玄門石などが野外展示されている。
資料館は壬生城址公園の中にある。資料館には古墳時代の出土品や関連資料があるものと期待したが、展示場には『鳥居元忠』のイベント展示しかなかった。壬生藩城主が鳥居一族だからだろうか、井伊直虎ブームにあやかってか。





吾妻古墳玄門石石室天井石壬生といったらやはりせめて壬生氏だと思うのだが、ここも期待外れであった。場外展示されている吾妻古墳の石室天井石や玄門石を見て、かつての壬生城跡石垣や堀を回って城址公園を後にする。






国庁跡前殿下野国庁跡後に下毛野古墳めぐりで行き残した最後のミッション、下野国庁跡を訪れる。
車から出たとたん、肥やしの香り!が世界を包み込む。
ここもサッカーができるくらいの広い敷地に、復元された『前殿』がポツンとあるだけ。これだけおおっぴろげだと前殿の中に自販機やベンチ、ポスターなどがないことのほうが違和感を覚えるくらいである。手間をかけて忠実に再現していることはわかるが、ここといい、国分寺跡といいもう少しインパクトが欲しい気がする。

資料館より日光連山を望む下野国庁跡資料館地内に資料館があるので立ち寄る。ここでは発掘調査された国庁の全容や、当時の暮らし、官職の職務などの資料が展示されている。ここは写真撮影OKとのことだ。
資料館より雪をかぶった日光連山が見える。桜の時期になるとこの辺の史跡や歴史公園なども様相が一変し、多くの人々で賑わうのだろう。




吾妻下野国庁跡にて古墳を見たことで、関東全域の100m級以上の古墳は残すところ、最大最強の大国毛野の本拠地、前橋・高崎・藤岡・伊勢崎の「合併するのしないの」地域を残すのみとなった。ここは関東でも有数の大型古墳密集地域である。
支配権を伴う力関係は今も昔もあまり変わっていないようである。



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