本震の後には余震が来る。
4月29日の逗子大船めぐりの本震の後にクールダウンを兼ねて半日プチランに行く。
干潟?回は見沼通船堀までの往復。
何時ものように河口付近から荒川CRを北上する。
どこかで左岸に渡らなければならないので、船堀橋で左岸(中土手川)に入る。
結構引潮である。水不足なわけではない。足跡があるということは結構固いんだ。





芝川河口河口からほぼ20km地点で、芝川の合流点につく。
『みはらし茶屋』でトイレと水分補給。
ここから初めての『芝川サイクリングロード』に入る。
芝川。かつては見沼田んぼ周辺でとれた米を江戸に運ぶ水運の大動脈であった。





芝川サイクリングロー芝川CRドに向かうと最初の500mほどは、アートが彫られたような石畳状の舗装で未舗装路並だが、対岸に渡ると路面はよくなる。
特に狭くもなく、普通に走るなら人や対向自転車をやり過ごすのにつらくはない。
但し、橋のたびに車道を横切ったりわたる場所まで迂回したりするところは不便。





モーター旧芝川分岐芝川マリーナートをよく見るなと思ったら、係留場があった。流石水運で栄えた川である?
芝川河口から7km弱で、堅川・旧芝川のスクエア分岐点に出る。






芝川CR全容イクリングロードは標識もあり、気をつけて走っていれば迷うことはない。大半は右岸走行だが、いきなり左岸になったり、また戻ったり紛らわしい。
ほぼ終点に(というか逆からは始点になる)案内板があったので今までのルートを確認する。『芝川で「農」を体感するルート』とあるが、特に農を感じるところってなかったが‥‥





『芝八丁堤より芝川上流川サイクリングロード』の終点、八丁堤から先の芝川
かつてここから先は『見沼』と呼ばれた巨大湖沼であったという。見沼の水が下流の水田を潤していたが、たびたび水害になることから、干拓され、流入河川の川筋のみ残して広大な田園に変わった。そして消失した見沼の代わりに利根川より農業用水確保のために開削されたのが見沼代用水というわけである。
この先の左右から流入するのが『見沼通船堀』である。




東第二閘門岸に流れ東第一閘門込むのが東縁通船堀である。途中2つの閘門がある。
水位の違う見沼代用水と芝川との船の往来を、この閘門で水位調整して航行するのである。
我が江東区の小名木川にも有名な『小名木川ロックゲート』がある。構造的には同じものが、ここでは既に江戸時代に実用化されていたのだ。
因みに『見沼通船堀』や『小名木川ロックゲート』よりもほんの少し有名かもしれないが、中南米の『パナマ運河』という運河も同じ構造である。


東水路取水口沼代用水東水路からの取水口。勿論江戸時代はコンクリート護岸ではない。
水位差約3mということは、1つの閘門で1.5mの水位差をカバーしたことになる。
実際に昭和の初頭頃まで実用されていたそうで、今でも年一回実際に当時を再現したデモンストレーションが開催されているようだ。





一回西第一閘門りして西縁西縁通船堀へ行く。
西側にも閘門が2つあるはずだが、1つしかなく、案内板には『第二閘門跡』というものがあった。
今の閘門は20年前に復元されたものだ。できたての頃に来た以来である。





艦隊阻止りはもと来た道を引返す。
芝川マリーナの上流部にこんなものがあった。
こんなもので300艘の大艦隊を無力化できるんだぁと感慨深く見入ってしまう。
違うだろ!何考えているんだ?このバカオヤジは‥‥

帰りに『みはらし茶屋』で遅めの昼食。2階がレストランになっているのだが、金欠なので1階売店で済ます。
ここは荒川CRを利用するサイクリストの絶好の休息ポイントになっている。
写真撮るの忘れたので紹介まで。
http://www.seibu-la.co.jp/adachi-agri/resthouse/
見沼通船堀日走行71km。
129kmの余震としては結構大きかった。






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