千手観音堂神山円福寺を後にして、別所茶臼山古墳に向かう。
別所茶臼山古墳は別名『円福寺茶臼山古墳』の名の通り円福寺というお寺の境内にある。境内の奥には千手観音堂に通じる階段があり、ここが古墳へののぼり口になっている。
千手観音は守り本尊でのあるのでお参りしていく。
『別所茶臼山古墳』。墳丘長168mは、古墳王国群馬でも3位の大きさである。
高崎の浅間山古墳と同じころの築造で、規模もほぼ同じ。これに続くのが太田天神山古墳であるから、それぞれの地域の権勢や天神山被葬者との関係など興味深い。
国良親王御陵??別所茶臼山後円部入口観音堂のすぐ脇には十二所神社があり、十二神像が安置されているとのことだが、普段はしまっているようだ。神社の参道は後円部からとなる。
社の横に『国良親王御陵』の碑。
大変失礼ながら、国良親王様ってどんな人?御陵というくらいだから埋葬されたのだろう。
ここは後円部なので、もともと埋葬された被葬者がいるはずだが‥‥



別所茶臼山全景福寺新田氏累代の墓は新田氏縁の寺で、新田氏累代の墓もある。
国良親王も後醍醐天皇と新田義貞の血を受けているようだ。
古墳の全景は、円福寺境内の反対側から望むことができる。






銚子塚後円部銚子塚後円部入口間もないので本日最後のポイントである銚子塚古墳に向かう。
途中トイレを借りるためコンビニによる。「どちらまで行かれるのですか?」と聞かれる。朝駅で自転車組み立てているときも、地元の人に、「この辺じゃなくてもっと山行ったほうが新緑がきれいだ」なんて言われた。地元の人は太田周辺は観光に来るところと思ってはいないようだ。
いやいや太田は見どころ満載ですよ。
まあおやじにとって、「群馬からわざわざソラマチやお台場に来るの?」という感覚以上に、「東京からわざわざ古墳見に来るの」という感覚なのだろう。

銚子塚古墳全景前方部頂上より後円部を見る話休題。
銚子塚古墳は太田市の古墳の中では、最も利根川よりにある。軸長124m。古墳時代初期の築造で、道路によってかなり削られているが、本来は初期特有の手鏡型をした古墳だったようだ。
後円部頂上には雷電社という小さな社があるが、その後ろは崖状になり、農道が前方部を分断している。
墳丘長124mは毛野国の古墳の中では特筆して大きい部類ではないが、この大きさが、鉄剣で有名な埼玉第二位の大きさといわれている、さきたま古墳群の稲荷山と同規模なのである。時代がずれているので単純比較はできないが、毛野の国力が知れる一面である。

葛西用水取水口跡葛西用水取水口跡2こからは利根川に出て、CRをひたすら走る。
東武伊勢崎線の鉄橋を超えると、公園があり利根川からの取水口がある。
MR−4購入当時、大横河を河口からさかのぼった。当時はまだ病み上がりで吉川で断念したが、ここがそのうちの最終目標になるはずだった。
ありえない話だが、東京都と埼玉県が『葛西用水CR』を完全整備してくれたら、家の近所からここまで1本道で来れるのだ。



太田輪行戸川CRに出て、日没までに篠崎あたりまではCRで下りたかったが、三郷で日没となってしまい、一般道で帰る。
夕食も外食にしてしまったので、帰宅が21時になってしまった

本日の走行 129.3km
怒られた‥‥

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