王塚古墳3王塚古墳1参から戻って、晩飯まで2時間弱。
門外漢のおやじは、次の散策場所を探す。
宿泊先からそう遠くないところに古墳があるのでいってみる。
『王塚古墳』。「かんぽの宿富山」に隣接する前方後方墳で、墳丘長は58m(資料では62m)。国の史跡に指定されている。王塚古墳後方部に近寄ると四角であることがわかるが、保存状態はあまりよいとはいえない。冷房装置なのか、かんぽの宿から巨大なファンの風が吹いている。
「王塚」というのは、一品親王『仏性上人』を埋葬した塚という伝承からついた名前だそうだが、仏性上人は6世紀末から7世紀の人物であろうから、古墳時代前期の築造とされる古墳とは時代が合わない。
仏性上人の素性についてはひとまず置いといて、王塚古墳から15分ほど公園内を歩いて次の古墳である『勅使塚古墳』に向かう。
『勅王塚古墳5王塚古墳4使塚古墳』は富山県最古の前方後方墳とされ、墳丘長は66mと王塚古墳よりも大きい。
県内最大の古墳が100mそこそこなので、この値は県下でも有数の大きさだ。
富山県は前方後方墳や四隅突出型墳墓が多い。ヤマトと距離を置いていたのだろうか。

そういえば、この付近には皇祖皇太神宮というものがあるらしい。
宇宙創世記よりこの地にあって、全宇宙の中心であり(富山県がビッグバンの中心だったのか??)、かつては神通川沿いに巨大神殿があったという。架空とされる歴代天皇もここで即位し、モーゼ・キリスト・マホメッド・仏陀という錚々たるメンバーがみな富山に来て修行をしたという。謎の古文書武『竹内文書』に描かれているとか??
『竹内文書』といえば戸来村のキリストの墓で有名な『武内巨麿』の公開した秘書とされ、現在の超古代史ものとは箔も桁も違う奇跡の書といわれているらしい?
一世キングギドラが隕石となり地球に落下した、黒部のカスミ沢とともに真偽不明な『富山県のなぞ』の一つである。

さて、「皇祖皇太神宮」も「かんぽの宿」の最上階天望風呂も行ってみたいところだが、夕飯までに戻らなければならないので『仏性上人』調査とともに、捲土重来を期することにする。
買物をしての帰宅時間、約2時間也。

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