カテーテル痕の腕の痛みも沈静化してきた日、検査結果と検査費支払いに病院を訪れる。
結果はステントも正常で、コンディションも良好とのことだった。もとの掛かりつけの医院に対する、現状報告と逆紹介の書類を作成してもらい、1年後のカテーテル検査までER仮出所となった。
心機能は50%程度に回復しているとのこと。これ以上の回復は望めないが、日常生活に大きな支障はないとのことだった。
さすがに“チャリンコ思いっきり乗ってもいいですか”などとは聞けない。自己の常識判断の問題である。
しかしいつまでも“病後”を引きずっているのも何か後味が悪い。心臓病を患った、そして永久に完治しない持病もちになった事実は消えることはないが、どこかで区切りをつけるとすれば、今回いただいた診断結果は“病後状態”からの決別ともいえる。

1956年、かつての経済白書に“もはや戦後ではない”という言葉が謳われ、時流になった。自分が生まれる以前のことである。
経済は戦前の水準を超え、世間は好景気に沸いていた。人々は戦争の暗い記憶を封印するかのように、我武者羅に経済成長と消費を続けた。反面では冷戦の恐怖をどこかに抱えながら‥‥

今の自分は“もはや病後ではない”と思うべきなのか?
結して封印してはいけない発症の事実と、今も爆弾を抱えているという認識を忘れないままに‥‥忘年会の季節。少しだけお酒を解禁した。

‥‥しかし忘れようのないこの事実!
年間医療費ではブランドロードバイクが買える程掛かった。事実今回は保険の戻りの一部でMR−4を手にすることができた。
来年からはどうなる?!毎年の検査通院と薬代でブランドクロスバイクが買えてしまう。
日本が戦後の復興の名目のもとに、失ったものの大きさも認識すべきなのかもしれない‥‥??!

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