U・K
U2でもU4でもない。
今は伝説化されたイギリスのロックバンドである。
情報がないが1977〜8年くらいの結成だったはずである。79年の日本公演は、あとにも先にも自分が行った、だだ一回のロックコンサートだった。
UK
メンバーはジョン・ウェットン、ビル・ブラッフォード、アラン・ホールズワーズ、エディ・ジョブスン。当時としても知る人ぞ知る豪華メンバーだ。
もともと60年代ポップファンであったので70〜80年代のヘビメタはほとんど知らない。だだし、なぜかプログレ系のキングクリムゾンが好きだったのでそこに連なるミュージシャンは多少知っていた。

初めて聴いたUKは、プログレの香りを残してPOPな味付けだった。
日本公演決定と聞いたときは、なぜかコンサートなんて1回も行ったことがないのにどうしても行きたくなった。苦労して5列目中央といういい席を2つ確保できた。当時の彼女はロック嫌いなので相手にはならない。友人を誘ったがその日に都合のつく人間が見つからなかった。
1枚捨てだと思っていたら、彼女がUKファンだという女の子を紹介してくれた。(10代でプログレファンの女の子?今の歴女見たいなもんか?)
結局、見ず知らずの女の子とコンサートに行くことになった。彼女はエディ・ジョブスンが好きらしい(メンバーで一番イケメンだったし?)
特に自分が楽しみだったのは、ビルのジャージーなドラミングとアランの泣きの入った流れるようなサウンドだった。

ところが直前になりメンバー変更の情報! ビルとアランが抜けてしまった!新たにテリー・ボジオというドラマーが加わりトリオとなっていた。
なんかあんまり行きたくなくなったと落ち込んだが、同行する彼女は楽しみにしているだろう。切符は当日渡しにしてあった。
気を取り直していってみた。場所は日本青年館。
流石に生演奏はすごい!つまらないかもという感情はどこ行ったかで、いつの間にか立ち上がって周囲と同じに騒いでいた。同伴の彼女はもっと乗っていた。
憂国の四士からの曲が数曲、あとはトリオになってからの曲だろう。時間にして2時間くらいだったはずだ。
覚えているのはアランのギターで聴きたかった“闇の住人”と“デンジャーマネー”“NIGHT AFTER NIGHT”くらいだ。
それと、フィナーレのときにジョンが投げた花を隣の彼女がゲットしたこと。エディが投げたものならもっとよかったのだろうが、彼女は喜んで持ち帰った。

それが最初で最後のロックコンサートになった。
コンサートに同行した女の子とはそれきり、当時の彼女とも別れ、フログレ好きだった友人たちも散り散り。みんな今どこで何をしているのか?

UKは翌80年に解散。POP調ながらもジャージーななかに英国独特の深みを持った渋いサウンドを演出していたが、スーパーグループとして華々しくデビューした割にはメジャーで はなかったような気がする。
ジョンはサイクルヘルメットその後ELP(エブリディ・ロー・プライスではない)のカールパーマー、イエスのジェフリー・ダウンズ、スティーヴ・ハウとスーパーグループ“ASIA”を結成したことは余りにも有名。UKはエイジアという完成されたプログレポップサウンドへの過渡期として扱われていたともいえる。
エイジアのサードアルバム“アストラ”は、結婚前のカミサンとのデートやスキーでよく聴いた。これが我が家のプログレ系(エイジアはある意味完全なPOPだが)アルバムレコードの最後となった。


体を壊し、病み上がりで外に出歩く機会が減り、久々に家で音楽を聴く機会が増えた。埃だらけのプレーヤーを掃除し針も交換。レコード盤を眺めながら昔の思い出がよみがえる。

‥‥しかし、この“アストラ”のジャケットには古さも懐かしさも感じないどころか妙に今とシンクロしている。
‥‥そうだ!自転車のヘルメット!試着した自分のでっかいヘルメット姿がこれだ!キノコ頭!!
この宇宙人ともロボットとも取れる姿は実はサイクリストだったのかぁ‥‥。

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