KARANOがれーじ

KARANO 枯野 1.古事記に登場する仁徳天皇所有のハイスピードクルーザー。毎日灘波と淡路を往復し清水を宮に運んだ。 2.我が愛車のニックネーム。毎週我が家とスーパーを往復しPBの飲料水を運んでいる。 3.枯野さん(ハンドルネーム)。 鍵穴型古墳マニア。持病持ちポタサイクリスト。

クリスマスイルミネート

このクリスマスソング季節になると必ず引っ張り出す、1か月プチ限定サウンド『mood in Christmas』。街角に色鮮やかにイルミネーションが灯る季節となるとこれが聴きたくなる。
今年は、音楽だけでは少し寂しいと思い、部屋をイルミネートしてみた。
娘が幼いころ買った『980円ツリー』とバザーで200円(否、最後の処分で50円になってたかなぁ)のLED電飾。何年も押入れの奥に埋まっていたものを引っ張り出す。
2段ベッドの下、今や自転車パーツと、過日お釈迦になった、windows2000の回収待ちPCに占拠されている我がリスニングルームをライトアップしてみた。
う〜ん。単色だと寂しいなぁ‥‥というよりなんか変だなぁ。何か般若心経の世界だ。『色即是空‥‥南無‥‥』

ササヤカすぎる哨泪族からは、「怪しい」「目が疲れる」とか「電気代無駄」とか散々ケチのついたイルミネーション。
いつもこの時期となると、仕事も詰まってきて整理ができなくなるのだが、年を追うごとに、将来の不安というものが首をもたげてくる。政党が替わろうと、総理が替わろうと人の世はそう変わるものではない。
なんとなく先が見えているのに、そこに辿り着けるか判らない生活。

まあ、なんとなくのイルミネーションと、ささやかな軽音楽で、暫し穏やかな気分に浸りたい年の瀬である。

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スタッドレス 新調

REVO GZシーズン使ったブリザックREVOをついに新調した。
ほとんど使わないスタッドレスなので、今回はBS以外の安いのでいいと思ったが、知人のカーショップで
説き落されて、結局『ブリザックREVO−GZ』になってしまた。


『REVO供戮235/60R16だったが、少しでも燃費が良くなるよう、今回のGZは
215/65R16(標準サイズ)にした。BSは結構もちがいい。また6〜7シーズンはもつだろう。
果たして車がそこまでもつかわからない。最近特に没落したおやじの財政で、次の車がこのサイズを履くことはほぼ叶わない。運命の狂いがない限り、このサイズはこの車限りだ。

自然車高調?スタッドレス新調では基本的には細めがいいという。購入した時から235だったので、215は少し貧弱に見えるし、実際走ると腰砕け感があ
飛ばさない代わりに、横着でコーナーもノンブレーキという『超物愚作運転
のおやじにはちょっと危険なサイズだったりする。
でも、せっかく履き替えたのだから、なんとか今シーズンもスノードライブに行きたいものである。
都心の
スノードライブは勘弁してもらいたいが‥‥

5ヶ月の休息正16インチホイルのデザインは正直あまり好きではない。しかし一番安心できるのが純正である。「HS純正17インチのUを根気よく探せば良かったかななどと、今さらと思える微塵の後悔をしながら、18インチプレイズを4ヶ月間のお蔵入りとする。



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CYCLE MODE 2013

20吊上げの刑10年以来3年ぶりのサイクルモードに行った。
当初、電車で行くつもりだったが、天候も回復し、この頃の運動不足解消もあり、久々に自転車を出す。メッセまでは片道27km、往復でも55kmである。

モーターショウはブースよりもパーキングの方が面白い。これは自転車ショウでも同じはずだが、自転車の場合、盗難やいたずら防止の意味で、駐輪場でのんびり他車を眺めてはいられない。自車をパークしたらさっさと追い出される。
久々に吊上げの刑になった愛車。でも、よく考えたらスタンドあるんだから、フラットスペースに駐輪すりゃ良かったんだ。
『細いセンタースタンドで自立する自転車は美しい』?と、思っているのはオヤジだけだ。


エントランスには、何やらジテジョとは思えない女の子がたくさんいる。今日はメッセで『ワン・ダイレクション』の来日コンサートがあるらしい。
ワン・ダイレクション?? BCRやデュランデュランの類か?みんな首に赤いタオルを掛けている。1、2、3、ダァ!!
どこででも首にタオルをかけている我が娘を、『オヤジ臭い』と思っていたオヤジの認識は間違っていた!?

閑話休題。さて久ブース全景1ブース全景2々のサイクルモード。といってもこれで3回目だが、前回と大きく違った印象は、ミニベロがなりを潜めたところか。
3年前はミニベロやフォールディングバイクが全盛の時期だった。クロスでさえ、一頃の勢いがなくなっている。ミニベロ中心のブースがほとんどなくなって、時代はすっかりロードになってしまった。さらに素材はカーボンが主流に‥‥。スーパーの駐輪場でママチャリとK1をするオヤジの自転車ライフにはカーボンなぞ、考えられない素材である。



カタログがない!は言え、やはり期待のサイクルモードである。さっさと回って3年ぶりに我が家のカタログを更新しよう。
パーツ中心なので、『SHIMANO』・『東京サンエス』・『ダイアテック』・『岩井商会』・『インターテック』。だいたいこの辺が中心。プラス『アキコーポレーション』の総合カタログがあればでほとんど揃ってしまうのだが、『アキ』はブランドごとにカタログが別々で、1部300円もする。カタログ誌はWebとは別の楽しさがあるが、きょうび1部300円もする薄いカタログ誌を何部も買わないぞ!‥‥




REDIA装着RIDEA!エイのブースで、なんと『RIDEA』ブランドを発見!。昨年あたりからBD−1用パーツとして正規輸入されたとのこと。トランジット7用に台湾のショップで見つけて入手した時は、すごい掘り出し物と思ったのだが、今はワイズで買えるとのこと(´;ω;`)。
このRIDEAの『CNCロングVブレーキ』は、『Mrコントロール』や『ポール・モトライト』と違い、通常のVブレーキと同じセッティングなのである。






イタ服?これ、どこのブースだか忘れたが、自転車の場合、『イタ車』してもほとんど目立たないから、こういうの着るしかないんだろうね。
おそらくブースの人だとは思うが、おやじと同年代のオヤジが着ていると『究極のオタク』か『危ないおじさん』のどちらかだ。








DIXNA Jクルーレバー回の、最大の収穫。東京サンエスのブースで見つけたインラインレバー、『ディズナジェイクルーレバー』。ディズナブランドで来春発売予定だそうだ。
この発想は、まさにおやじが前々から求めていたものだ。インラインレバーでギドネットの範囲をほぼ確保した上で、さらにメインレバーを設置できる。この範囲をカバーするためにセーフティーレバーを装着しているのだが、セーフティーレバーは昔ながらの『シャロー』や『ランドナーバー』などのリーチの長いものにしか使えず、最近の『アナトミックシャロー』や『コンパクト』では干渉してしまう。
この形状なら、『アナトミックシャロー』や『コンパクト』にも対応できるだろう。セーフティーレバーやギドネットレバーが必要なくなる。
余談ながら、ヨシガイのブースで聞いてきたのだが、なぜ『セーフティーレバー』が復刻しないのか、については、需要がないからではなく、直接の制動機能がなく、既製品にボルトで後付けする構造が、ブレーキとして認可が取れなくなったということだった。そう言う意味でもこのレバーの発売を心待ちにしている。

あと出展車何気な1台気になった1台何気なく目にとまった数台をフォト。奇抜なものや、前衛的デザインのものは減って来て、何か懐古的なものや、オーソドックスなデザインのものが多くなった。
全体的にも、以前の華やかさと少し違う。なんか以前より地味でパッとしない。
もう行くこともなくなったが、モーターショウもきっとこんなイメージなんだろうな。

ブース全景3通り廻って、退散したのは午後4時。
やはり、せっかくの自転車ショウなのだから、ジャイアントには出展してもらいたい。毎度のことながら、ある意味『ジャイアントが出ていない自転車ショウは、トヨタが出ていないモーターショウみたいなもの』である。まあトヨタ車が目的でモーターショウに行ったことは一度もないが‥‥
それと、興味のあるメーカー、『KHS』や『プログレッシヴ』・『ドッベルギャンガー』、そして我が『BMC』が出展していないのも寂しい限りである。


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西浦古墳めぐり 下つ巻

『霞三昧塚古墳後円部三昧塚全景ヶ浦ふれあいランド』からさらに西浦の大きな内湾である『高浜入』左岸に沿った、R355を石岡方面に向かと、およそ8.5kmで最初の古墳『三昧塚古墳』が、国道の右側に現れる。軸長85m、六世紀前期の前方後円墳だ。比較的低地部にあり、冠など多くの副葬品が出土している。
国道沿いで、公園整備され駐車場もあり、最も接しやすい古墳である。
この付近は古墳が集中している。ユピテルのGPSマップには、なぜかガイドにも載らないような古墳が表示される。

『三食事処サンライズ昧塚古墳』から少し戻ったところに『勅使塚古墳』と『大日塚古墳』があり、また三昧塚の少し先には『地蔵塚古墳』が表示されているので行ってみることにする。
その前に来る途中で見つけた、R355が低地部の旧道から分かれて、丘陵をバイパスで抜けるところにあった食事処『さんらいず』。ちょっと高そうだなと思ったが、落ち着けそうなので、遅めの昼飯にする。
食事処の横が木工芸品の工房になっており、店内も木工細工や木製品がふんだんに使われている。落ち着ける上に、食事の値段も定食屋並の良心価格。車ではつい見逃してしまうところなので、しっかりマーク。


さて、GPSマップ食事も終えて、先ほどの3古墳を探したが、発見できなかった。帰宅後調べたが、地図表示の場所と実在地はかなりずれていることがわかった。『大日塚古墳』は軸長40mの前方後円墳で、ちゃんと案内板があり、石室の開口部も見られることだった。
『勅使塚古墳』は軸長65mの珍しい初期の前方後方墳のようだ。地蔵塚については、なんと400m以上もずれていた。GPSマップ、てんであてにならない。
100mを超える大古墳ならいざ知らず、マニアックな古墳を訪れるなら、正確な地図と、事前の下調べが必要である。
捲土重来を期す。


廃線跡を行く?わぬところで大幅な時間ロスを生じてしまった。本来の次の訪問地、『府中愛宕山古墳』に向かう。R355から高浜に向かう県道に入ると、直ぐに踏切の跡があった。そういえばここは鉄道が通っていたっけ。つい最近まであった気がしたが、この風景はまさに「廃線跡を行く」、の世界である。





舟塚山を望む昧塚愛宕山(出船)古墳愛宕山古墳後円部よりからおよそ8.5kmで『府中愛宕山古墳』につく。船塚山の北東300mにあり、軸長97m、かなり崩されているものの、広い周壕あとが見受けられる。後円部頂上は大きく陥没し大木が根張っていた。
住宅地をはさんで、すぐ向こうには船塚山の巨大な威容が望める。


舟塚山前方部より速、後円部頂上よりその本日のメインイベント、『船塚山古墳』に向かう。
5世紀後半の前方後円墳であり、広大な領域は全長250mにおよぶ。総長365mの太田天神山古墳にはおよばないが、墳丘の軸長186mは210mの太田天神山に次いで、堂々の東国第二位。全国でもベスト50に入る。ビルボードならベスト50って大ヒットだよね?!
全景を写そうにも外提部まで後退しても全景が入らない。特に古墳特有の巨木に覆われていないため、この墳丘の大きさが実感できる。当時の香澄流海は現在より、深く内陸部に侵入していたため、船で交易をする人々や他国の使者なども、湖面からこの巨大な威容を目の当たりにしたことだろう。
舟塚山全景0年くらい前に通りがかりで訪れたことがあるが、以前と違いゆっくりと見られるので、感動も新鮮だ。
これだけの大古墳を残しながら、この地方の豪族についてはほとんど文献には出てこない。国造でもこれだけの古墳を残せるものはそういないだろう。ここに埋葬された王は、どのような人物だったのか、興味は尽きない。

石川1号墳鹿島神社古墳?山から恋瀬川CRを少し走り、高浜入右岸に沿って『富士見塚古墳』を目指す。GPSマップにまた古墳ポイント。の前方に如何にも‥‥ですよ〜という感じの小山がある。マップには『山崎古墳』とある。案内板には古墳としか書いておらず、規模・年代は不明。向風となってペースが落ちているのでスルーする。

富士見塚古墳2崎古富士見塚古墳1墳から7kmほどで『富士見塚古墳』につく。高浜入に沿った丘陵部の先端付近に位置し、柏崎の地名のように、当時は菱木川の低地が入江として食い込んで、高浜入に突き出した岬状になっていたのだろう。六世紀初頭の築造で、軸長約80mの前方後円墳である。大きさの割には高さがあり、階段を伝って登らないと怖い。前方部の先端からは、円墳2基と雄大な西浦を望むことができる。



牛渡牛塚古墳かすみがうら水族館見塚からR354を横切り、霞ヶ浦水族館前で小休止し、霞ヶ浦総合公園を目指す最後の行程となる。護岸道を一気に走破したかったが、ルート途中にも古墳があるので、集落間を結ぶ県道118号を通る。『牛渡銚子塚古墳』と『牛渡牛塚古墳』だ。
軸長64mの前方後円墳、『牛渡銚子塚古墳』は発見できなかった。軌跡で調べると直前まで到達していたのは残念。ここも捲土重来を期すか‥‥。『牛渡牛塚古墳』は県道脇にありすぐわかった。本日の最後を飾るのは直径40mのこじんまりした円墳だった。


出発地点、霞ヶ浦総合公園に着くまで、何度となく道を間違えた。駐車場に戻ってきた時は、既に夕闇が近づいてくる時間だった。
帰着回の反省としては、100mを超える大古墳とは違い50〜60mクラスの古墳はしっかりとした、訪問ルートと古墳状況を事前調査しておくべきということ。西浦周辺には、まだ60m〜80mクラスの古墳が数基ある。
今回見逃した古墳も含めて、いづれ再チャレンジしよう。




霞ヶ浦周回本日の走行125km。古墳時代の1/3以下の大きさになっているだろうとは言え、やはり西浦は広大な湖沼である。



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西浦古墳めぐり 上つ巻

『西8世紀頃の霞ヶ浦(河川事務所HPより)浦』。霞ヶ浦の中心となる、日本第二位の大湖沼。
面積172k屐∈蚤膺綽治沓蹇H琶湖の1/4の広さを持つ。
西浦を含む、霞ヶ浦の周囲には古墳が多い。かつてこの周辺は琵琶湖に匹敵する巨大内湖『香取海』の内湾の一つである『香澄流海(かすみながれのうみ‥‥と読むらしい?)』と呼ばれていた。

この周辺の多くの古墳は、霞ヶ浦を構成する湖沼群を取り巻く丘陵のヘリにある。古墳は墓であるとともに、モニュメントでもある。それは領民に見せるというよりは、外来人に威容を誇るためのものである。とにもそれは古墳がかつての湖畔沿いにあったことを意味する。
今回のターゲットは、現在の西浦北部、『高浜入』と言われる内湾に集中している。古墳めぐりだけなら走行距離40kmほどだが、西浦1周ルートとなると100kmを優に超える。

霞ヶ浦総合公園P回のベースは土浦の『霞ヶ浦総合公園』。公園の駐車場は広くて、トイレ等の施設もある上に、郊外の公園駐車場は無料のところが多い。
AM7:15に出発。
風向きは東北東。反時計回りでいく。
湖畔一周が第一目的ではないので、距離節約のためR125でいく。
バイパスがあるためか、あるいは休日のためか、旧国道の交通量は比較的少ない。

香取海の中心付近にあった『浮島』は、昭和になって干拓により地続きとなった。
浮島景行天皇行在所遺跡碑景行天皇行在所跡の中心付近で、不思議な看板を発見。『景行天皇行在所跡(駐在所ではない)』。景行天皇、第12代天皇で、日本武尊の父にあたる。
国道から少し入ると案内板と階段がある。階段の上には『景行天皇行在所遺跡』の碑があった。
『常陸国風土記』に、景行天皇が亡き日本武尊を偲んで、浮島の張宮に行幸したと記されているとのことだ。
とは言え、実在さえ疑問視されている景行天皇の行幸については、伝承の域としか言えそうもない。

稲敷大橋浮島・妙岐ノ鼻在所遺跡から2kmほど走ったところの『稲敷大橋』を渡る。左手は『妙岐ノ鼻』と呼ばれる、霞ヶ浦に残された、数少ない葦の湿原である。右手の小さい入江も、かつては西浦を構成する大きな内湾だった。護岸沿いの道に左折する。
ここは『本新島干拓地』という600haにおよぶ広大な干拓地である。
ここからは護岸沿いを行く。
護岸道は、人も車も通るのだが、休日のせいか、ほとんどが釣り人である。


北利根橋やっぱりあった化されて、まだ間がないような綺麗な舗装路だと思っていたら、案の定出ちゃいました、未舗装路。1kmに満たない距離だったので一安心。
R51の北利根橋を渡り、再び左岸の護岸道に出る。
ここからは一路霞ヶ浦大橋の袂の『霞ヶ浦ふれあいランド』を目指す。距離にして20km。




西霞ヶ浦左岸風の塔浦左岸は、これといって見所はないが、広大な景色と、釣りやレジャーを楽しむ人々を見ながら、とても開放的になれるコースだ。
行方市に入ってポイントになる天王崎。ここには旅館や温泉(鉱泉)、展望塔などがある。
8kmほど走ると、埋立地を通る。ここで小休止。




3連水車と虹の塔霞ケ浦大橋19km地点。霞ヶ浦大橋が目前になった。
橋詰めには『霞ヶ浦ふれあいランド』がある。西浦の左岸周辺は何もないというイメージだったが、旅館があったり、温泉や展望台があったり、結構遊べそうである。今度家族連れできたいものだ。

ここまでの走行は56km。順調なサイクリングである。西浦1周コースでは、ここで霞ヶ浦大橋を渡り、土浦へスルーするパターンが多い。しかし今回はできない。ここから西浦の内湾である『高浜入』を周回することが今回最大の目的となるからである。

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鍵交換

娘が使うようになって2年目のトランジットセブン。
切断やじ似でずぼらな性格のためか、スペアも含めて鍵を全て紛失してしまった。
遊びに使えなくなったのは自己責任だが、買物や実家へのメール便に行かなくなられて、逆に親が困った結果になってしまった。自転車を放置しっぱなしでも痛んでしまうので、鍵交換をする。
流石ゴリンのディンプル錠。ドライバーで抉っても、ハンマーでたたいても開錠しない。自転車のほうが傷ついてしまうので、金鋸で切断する。

鍵交換40分掛けて、鍵交換する。
屋外の駐輪場のため、やはり汚れやすい。軽い拭き掃除とブレーキ点検。
時間がなくギアまでは整備できなかったが、ギアは硬い。横着な娘はシフトをしない。坂がきつくなるとすぐに押し歩きになる。
もろにおばチャリスタイルである。娘にはカプレオハブ・スプロケットもティアグラディレーラーもアタックシフターも猫に小判のようだ。

こっそりの件で一喝しても、近頃ではおやじの畏怖は全く通用しない。直すと、すぐにまた乗って出かけるようになった。
「そいつなら100km走れる改造をしてあるんだぞ」と言っても、「知らん。そんな遠くへは電車で行く。そんな遠くに自転車で行きたがるのはお父さんだけだ」と冷ややかに返される。
でも、友達には「お父さんが改造した自転車」と自慢しているようで、少しうれしい。
トランジットセブン健在である。
実は、娘には黙って少しづつサドル高をこっそり上げている。
初めて乗ったときからすでに10cmは上がっている。子どもの成長は早い。

その往年の雄姿うちおやじのポジションくらいになるのだろうか。それまで娘がトランジットセブンに乗っているかは分からないが、それにしても長距離嫌いの娘とのツーリングはかなわぬ夢のようである。


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七沢温泉紀行

盆休みを利用して、近場の温泉に一泊することにした。厚木市七沢温泉。本厚木から車で20分少々。ほとんど仕事の延長のような場所だが、市街地隣接とは思えない山間の天然温泉である。
家族観光の目玉は宮ヶ瀬ダム。春に自転車て日帰サイクリングに来た。今度は車で1泊なのでゆったりできていいだろう。

行程は一般道経由。前回サイクリングでよれなかった平平山橋2山橋に立ち寄る。
ごく普通の橋に見えるが、鋼製3連トラス構造になったのは大正15年で、平成13年に平山大橋ができるまでは半原地区の重要な幹線橋であった。

平山橋ヤジも何度かわたったことがあるが(もちろんダムができる以前)、今は車両通行止めとなっていた。平成16年に登録有形文化財となり、歩道橋としては現役で頑張っている。



平山橋3東亜戦争のときは、米軍機がここまで来たのか、機銃掃射の後と言われる穴が残されている。マークされるほど重要な橋だったのか、たまたまだったのかは知る由もない。



宮ヶ瀬湖畔園地ムサイトには直接行かず、宮ヶ瀬湖畔園地に行く。『cafe Tanba』で昼食。
『ロコモコ』が割安だがうまかった。
行って分かったのだが、今日は花火大会があるようだ。お昼には各所で陣取りが始まっていた。
遊覧船があるので、ダムサイトまで行ってみる13:20出航なのでぎりぎり。

ダムサイトの遊覧船乗り場からダム下に下りる。
今回インクラインは『インクライン』に乗る。片道大人200円、小人100円也。
インクラインとは「傾斜面にレールを敷き、動力で台車を動かして船・貨物を運ぶ装置。」のことであり、このケーブルカーの固有名称ではない。元は工事用車両をそのまま載せる台車だった。


ダム涼しい2宮ヶ瀬ダム1下。
ここにくると沈んでしまった宮ヶ瀬渓谷が偲ばれる。    
上りはダム内の無料エレベーターを使う。やはりここが一番涼しい。

 
船着場ヶ瀬遊覧船行き遊覧船は、花火大会のため、今日は15:00が最終。
このところの雨不足で船着場がかなり後退している。


今日七沢荘の泊まり。七沢温泉の七沢荘。七沢荘
ごく普通の温泉宿だが、ゼロ磁場にあるパワースポットなのだそうだ。



食事貸切風呂七沢荘は特筆するものはないが、川魚はうまかった。温泉は内湯と露天(なぜか殿方湯は風呂までが遠くて、内湯がなかった?)がある。別に貸切風呂を借りる。
お湯は無臭だがつるつると言う不思議な湯であった。

七沢荘ヤジはマッサージ器がなかったことが不満(元々パワースポットなのだからマッサージ器の必要はないのだろう)だったが、娘は気に入ったようである。



服部牧場日は再び愛川町の服部牧場へ。2日目の予定は鮎釣だったが、金がないとのぼやきを聞いてか、娘の「家の前の川のはぜ釣はタダだ」との一言。なんてえらい子だろう。
家の前のはぜはうまくないと思うし、時たまぼらがつれてしまうのだが‥‥
で、近くの牧場に変更。単に魚よりアイスと言う短絡なだけだったのかもしれないが。
ヒツジ服部牧場2は風通しもよく、木陰は涼しい。
娘は餌をもらってきてヒツジやロバを釣っているようだ。



なぜかゼブラなぜかゼブラまでいた。





同じヒゼブラ・ヒツジ・ロバツジでも色々な種類があるようだ。『シャロー』・『アナトミック』・『アナトミックシャロー』・『コンパクト』等々。
『マーズバー』がいなかったのは残念。
なんと4本づのの『TT』??のようなのまでいた。
何の話?だ。

ソフトクリーム最高イスクリーム工房『カサリンガ』のソフトクリーム。これは一押しである。また自転車で着たときはぜひよりたい。但しまたミニヒルクライムになってしまうが‥‥



最後田代半僧坊山門は振り出しに戻り、愛川町田代の勝楽寺(田代半僧坊)による。立派な山門は嘉永4年(1851年)に地元の工匠によって立てられたのだそうだ。



田代半僧坊中門門を過ぎるとすくにまた門がある。中門と言うそうだが、なせ閉まっているのか不思議。というか閉まっていても意味を成さない不思議な門である。



七沢温泉省渋滞とは無縁のスムーズなドライブであった。
走行210km。1泊旅行としてはホテルシーサイド江戸川についで短距離となった




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Time of The Zombies

また、古いレコードを引っ張り出して聴いている。Time of The Zombies 。
ゾンビーズ。ちょっと怪しい名前。名古屋周辺に出没するサイケなダンスグループちゃうぞ。60年代のブリティッシュロックグループである。
日本では、69年の大ヒット曲『二人のシーズン』が有名で、これはおそらく耳にした人は多いだろう。オヤジがこのシングルを買ったのは72年ころだったと思う。
シングルと同じころ発売されたアルバム『オデッセイ&オラクル』はプログレ系というか、いわゆるサイケデリックポップのはしりというような曲作りで、日本でも熱烈マニアがいるようだ。クリムゾン同様メロトロンを取り入れた、当時としては前衛的なサウンドだ。

ゾンビーズ1のアルバム『オデッセイ&オラクル』からシングルカットされた、『二人のシーズン』がミリオンセラーとなっているころには、ゾンビーズはすでに解散状態になっている。リーダーのロッドアージェントが、その後プログレ系サイケポップともいえるグループ『アージェント』を結成し、熱烈マニアの指示を受けていたが、オヤジがゾンビーズに求めたのはサイケやプログレではなかった。
オヤジが一番すきなのは64年のヒット曲、3枚目のシングルに当たる『恋はノー・ノー・ノー』。そう、ゾンビーズはリバプールサウンドなどに代表される。60年代初頭に結成されたグループなのである。ビートルズ・デイヴクラーク5・サーチャーズ・ゲリー&ペースメーカーズ・ホリーズ・ピーター&ゴードン・スィンギングブルージーンズなどなどとともにヒットチャートをにぎわしたポップ系グループなのだ。メンバーはロッドアージェント・コリンブランストーン・クリスホワイト・ポールアトキンソン・ヒューグランディの5人。当時の代表的ブリティッシュロック(リバープールサウンド)といわれたグループは、一通りは持っているが、そのなかでもゾンビーズは、サウンド、メロディ、ヴォーカルともに他のグループと一線を隔すものを持っていた。さしずめ今で言うと『ドリカム』のサウンドが明らかに他のアーティストのサウンドと一線を隔しているのと同じようなものだ。
多くのグループが、クラブなどでコンサートをしてお金を稼ぐ下済み時代を送っている中、エリート学生バンドとして華々しくデビューして、知的なイメージで人気を博したゾンビーズ。
そのサウンドは、コリンブランストーンのあま〜いマスクとボイスによって、より深くせつない雰囲気をかもし出す。
その真骨頂が『恋はノー・ノー・ノー』である。
このような曲を作る人たちが‥‥というより、このような曲がどんどん生まれる60年前半というのは、どういう時代だったのかと思いを寄せてしまう。もちろんオヤジが小学生にすらなっていないころだ。
初の大ヒット『シーズノットゼア』が全米1位に輝き、それに続きファーストアルバム『ビギンヒア』を発表。その後も『恋はノー・ノー・ノー』『ウーマン』『すきさ すきさ すきさ』『シーズカミングホーム』などのクリーンヒットを放つが、いずれも短命に終わる。その中で『すきさ すきさ すきさ』は、日本のGS『カーナビーズ』の「おまえのぉ〜すべぇてぇ〜」のフレーズで日本では『二人のシーズン』と並ぶ代表曲となっている。
そして67年に事実上の活動停止。活動停止後に発売された、前述アルバム『オデッセイ&オラクル』とシングル『二人のシーズン』がデビュー以来の大ヒットとなるのは、なんとも皮肉な結末である。

ゾンビーズ2父が所有していたのは、シングル『二人のシーズン』(その後譲渡)と、2枚組み『Time of The Zombies』。それと当時(72〜3年ころ)の日本で編集されたオールディズものの中にいくつか前期のシングル曲が挿入されている。
ゾンビーズのアルバムで紹介されるのは、前記した『ビギンヒア』と『オデッセイ&オラクル』の2枚のみ。それと外国版の『ビギンヒア』とシングルカットを集めたベスト版がある。
しかし、この『Time of The Zombies』というLPは謎である。当時ベストが欲しいと言って、行きつけの小さなレコード店で取り寄せてもらったもので、当時はリバプール的イメージで見ていたので、最初にジャケットを見たときはショックだった。これすごいサイケ!。中身も他に持っているリバプールものとは随分違っていた。しかしこれがベストアルバムだとずっと思っていた。
ある意味ベストといえるのは1枚目のAサイドのみだ。
当時は契約レコード会社との問題もあったのか、2枚組みのうちの1枚は『オデッセイ&オラクル』の挿入曲そのもの。もう1枚はシングルカットされた曲と未発表曲の混成版になっているのだ。
やはりオヤジの好きなのは、前期のシングルヒットものである。『Whenever You're Ready 』・『Summertime』・『すきさ すきさ すきさ(I Love You)』・『She's Not There』そして『恋はノー・ノー・ノー(Tell Her No)』など。
独特のメロディと透き通ったヴォーカルは懐かしさとともに、ある新鮮さをうける。たった1枚だが、ちょっと毛色のかわった1枚を大切に所蔵しているオヤジも『ゾンビマニア』の一人なのかもしれない。

最近でも、元メンバーによるリバイバル公演などがされているようだ。YOUTUBEにも投稿されているが、オヤジ的には60’ポップは子供のころの、感傷的なせつない思い出としておきたいので、あえてダウンロードもしていない。初期のヒット曲と、真骨頂であるサイケポップが凝縮されている、このアルバム1枚で十分なのである。

2013年6月22日 記

2013年7月26日 追伸
『Tennis』という夫婦デュオのカバーする
『恋はノー・ノー・ノー(Tell Her No)』を聴いた。
とてもまともなプロのスタジオ録音とは思えない荒削りだが、スッ極いい!!

女の人が歌うと、コリンブランストーンとはまた違う甘いせつなさがある。
『Tennis』って何者? 『Tennis』で検索すると出てくる女性はシャラポアぐらいだ‥‥


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セーフティーレバー

ギドネットでのドロップ化は、通常の肩部グリップに対しては非常に有効であったが、本来のドロップポジションである下ハン使用時のブレーキングに難がある。

このセーフティレバーvsインラインレバー条件を満たす方法として、『セーフティーレバー』を導入してみる。
『セーフティレバー』とは、『エクステンションレバー』と呼称されてように、レバー本体の支点に付け足して梃子の原理でブレーキレバーを稼動させるものだ。
35年前のランドナーにはついていたのだが、如何せん昔のことで記憶が少ない。

非常に優れものだが、いまやほとんど市場からは消えているアイテムである。
オークションやリサイクル品でしか入手は困難かと思ったが、偶然にあっけないほど簡単に入手できた。
ギドネットパーツの購入で何度か足を運んだ、ちょっとレトロなスポーツサイクルショップ。古いパーツなどもおいてあるので、何気なく尋ねてみる。以外にも『あるよ』との返事。出てきたのは昔懐かしいダイアコンペの『赤玉』といわれるタイプ。価格も良心的(というより昔のままなのか‥‥)だったので、本体とセーフティレバー(同時購入は新品シルバー。ブラックは後日U品で入手。)とブレーキフードのフルセットでいただく。

しかし、このセNITTO B115ーフティーレバーを、現在のショートリーチのコンパクトドロップバーに装着しようとすると、セーフティーレバーが適正位置にセットできないばかりか、干渉させないために、本体を不自然な形でセットしなければならない。
これでは本末転倒である。
クラッシックマニアではないが、やはりセーフティーレバーには昔ながらのクラッシックベントしかないようである。
‥‥というか、レバーのためにハンドルを変えるほうが本末転倒というべきなのだろうが‥‥。

と言うことで、用ドロップ化2−1意したのはU品の『NITTO B115』。トラデッショナルなシャローハンドル。ランドナーバーほどではないが、ドロップが外側に広がっている。ステムは70mmに戻す。クラッシックベントは下ハンが遠くなるのだが、50mmでは流石にふらつく気がして怖い。ハンドル高は高めなので、それほどピーキーになることはないのだが、肩部のRの関係で、C−C幅以上に肩部幅が狭い‥‥。ストーカー26と比べると、C−C幅400mmは同じだが実際の肩部のグリップ状態の間隔は50mm以上狭い。ふらつき感はステム長より、この実使用幅の違いによるものだろう。ゆったり乗るにはC−C幅420〜440mmくらいあってもよかったか‥‥

ドロップ化2−4NITTO』&『ダイアコンペ』って言ったら、『ホリゾンタル・クロモリロード』である。参考例を探したが、スローピングフレームのアルミクロスへの装着例が見つからない。
ショップの御主人に「『セーフティーレバー』がつくブレーキでアウターをバー側に出しているやつってあるの」と尋ねてみたが、「そんなものないよ、昔のは」とあっさり返された。
そりゃそうだ。まして昔はカンチブレーキだったしね。
本来は今風に、アウターはなるべくインラインに納めたいオヤジにとって、アップワイヤーはちょっと煙たい。ここだけレトロで不思議なシルエット。でも昔はこのアップワイヤーのRの美しさが競われたものなのだ。機能が必要なので外見はどうでもいいと思う反面、なければいいものをある以上は、やはりこのRのバランスが悪いとみっともなく見えてしまう。

セーフティレバー3よいセーフティレバー2よ仕上げのバーテープ巻き。昔ならコットンタイプなのだが、どっこいジェルで厚みを持たせたパンチングタイプにする。近所のショップにご用達のフィジーク製品がなかったので、バイクリボンの同柄のものにする。サドルとの色合はよかったのだが、巻き直しで裏地がはがれたり、巻いているうちに切れて!!しまったりして「Х」!。タッチもフィジークのほうがいい。
ちょっとオヤジの血管の『瘤』見たいになってしまったが、もう切れちゃってるからしょうがない。とりあえず暫くこれで行く。

セーフティレバー4セーフティレバー1ルホーンの時と違い、ブレーキタッチに腰がなくなってしまった。アウターが延びたせいか、レバー特性か、「V」のクイックな効きがない。効きをカバーするため、遊びをぎりぎりまで絞る。調整が非常にシビアである。メインレバーは遠く硬いので、ブラケット上部からのブレーキングには使い辛い。メインレバーは下ハン専用にせざるを得ない。
ほとんどの使用がセーフティレバーになる。ギドネットに近い感触だが、肩部だけでの使用感ではギドネットに分がありそうだ。ギドネットと支点が逆になる。

セーフティレバー装着セーフティレバー装着2『セーフティーレバー』、あらためて使ってみると、なかなかの逸品である。確かにSTIとのフィッティングは無理だろうが‥‥。ハンドルバーマウントを使ったWレバーとの組み合わせは、セフティーレバー装着4セフティーレバー装着3クラッシックマニアの懐古品にしてしまうには、もったいない機能性だ。コンパクトバーで、ごく普通に使える今風のリニュアル復刻を望む。




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上海上・須恵国古墳めぐり 下つ巻

青掘駅から『内裏塚古墳』の威容は、容易に視認できるはずであった。見渡せるのは房総特有の断層隆起などによりつくられた小山である。
とりあえず内裏塚に向かう。
内裏塚前方部より総の縦走尾根の麓に点在する小山群。そのひとつが内裏塚であったことに気づくのは、かなり目前になってからだった。小山と見分けがつかないほど大きい。軸長144m、関東でもベスト10に入る巨大墳丘は圧巻である。
後円部東側から後円部に上る。頂上は有に神社ひとつが入ってしまうくらい広い。
中央部に内裏塚の碑、北東部の隅に『珠名冢碑』がある。
内裏塚後円部頂上恵(周准)の珠名さん。奈良時代の人である。歌人高橋虫麻呂の歌にうたわれる美女である。この歌の内容からは、奈良時代の絵画に出てくるような美人像は浮かばない。すがる蜂に例えられる容姿は現代人のグラマー美女感覚と同じである。遊女っぽい性格は、同時代の真間の手児奈とは対照的だ。(男をめろめろにしてしまうという点では、手児奈も容姿・スタイルは珠名とタメだったとオヤジは思っている)
内裏塚前方部横より後円部を円部から前方部へ向かう。
古墳の上を歩いている感覚はない。山を歩いているようなものだ。この様な感覚を味わえる古墳は関東でもそういくつもない。須恵の国造に連なる首長墓だろう。さきたま古墳群にさえこれだけの規模の墳墓はない。小国ながら貿易で栄えた須恵国の国力が窺える。

三条塚古墳名さんに吸われるならいざ知らず、からだ中を藪っ蚊に吸われて退散。
三条塚に向かう。『三条塚古墳』、内裏塚から直線距離で700m弱。軸長122mは内裏塚古墳群では次席である。6世紀後半の築造といわれ、毛野に替わりさきたま古墳群の一族が、関東に覇を唱えようとしていた時代、須恵国の盟主も拮抗した力を持っていたということか。

飯野陣屋周濠も残る周濠は、古墳に付帯するものではなく、江戸時代の陣屋跡である。後円部東側から墳丘に入ることができるが、更なる藪っ蚊とくもの巣の抵抗を受け、蜂まで援軍に来られたので突入を断念。攻略は冬を待つしかないようだ。二重の周溝に囲まれていた当時の全長は190m以上で、全長では185mの内裏塚より大きい。

九条塚後円部頂上いて九条塚前方部全景『九条塚古墳』に行く。ここも東側から後円部墳丘に上る。
ここにも内裏塚と同じ碑がある。周りには石室の積み石に使われていたような石が散乱している。軸長103m。6世紀中葉の築造とされ、三条塚同様、二重の周溝に囲まれていたらしく、周囲の道が名残を留めている。

弁天山石室弁天山古墳塚から市役所通りを経由して、大貫の弁天山古墳に行く。富津市役所大貫連絡所の敷地内にあり、石棺安置施設を含めた復元整備がされている。整備される前は、砂状の盛土のため原形をとどめていなかったようである。
墳丘頂上からは、浦賀水道と相模湾が一望できる。

東京湾観音天山古墳の南側の丘陵地帯にある大坪山には、東京湾観音様が立っている。最近コースの中に毎回入れているプチヒルクライム。今回は海抜120mの東京湾観音拝観コース。飯岡灯台の倍の標高差だ。きついかと思ったが、最強36Tを使うことなく、ノンストップでいった。仏へ近づくための道?である。
『東京湾観音』。この観音像は、今からおよそ1500年前の‥‥違うだろ!!
建立は昭和36年。同世代なんだなぁ‥‥。高さ56m、白亜の救世観音。

仏はユニセックスというものの、どう見ても女性である。しかもなかなかの美人である。
内部1内部2二の腕内部音様の胎内は20階建てで、螺旋階段で上って行く。途中には十二支守り本尊と七福神観音さま頭部からの展望がおまつりされている。
所々に外に出る展望部や別区画の階段があったりする。宝冠の部分が最上部の展望部は海抜170mほどだが、眺望はすばらしい。スカイツリーも見えるとのことだが、生憎今日は見えなかった。富津岬と須恵の国を一望する。

富津岬展望台京湾観音下で昼食を取って、富津岬へ行ってみる。
富津岬の展望台。久々に上ってみる。富津岬はここで切れて、沖合いに第一海堡を望むことができる。
おかしいなぁ。子供のころの地図は第一海堡は地続きだったし、大潮のときは歩いて渡れたはずだったと思うのだが‥‥

富津岬から、再び青掘地区に戻る。
稲荷山古墳稲荷山古墳周濠跡の探訪は『稲荷山古墳』。6世紀後半の築造で、軸長は106mだが、二重周溝の全長は200mを超えて内裏塚古墳群中最大である。説明看板の横から墳丘中央部に入っていけるようだが、やはり内部探訪は冬を待つことにする。
亀塚古墳後に訪れたのは、『青木亀塚古墳』。6世紀終盤〜7世紀初頭の築造とされるが、古墳らしいイメージは少ない。他の同規模古墳と比べて、高さがまるで低い。削られたからとも、古墳自体が未完だからだとも言われているようだ。
側面が公道となっており、容易に立ち入ることができるのだが、蜘蛛の巣が進入を拒んでいる。天候も不安定になってきたので、最終ポイントの古塚古墳も含めて、捲土重来を期す事にする。

姉ヶ崎帰還後のコーヒータイムを終えて、姉ヶ崎公園に戻ったのは17時だった。
千葉県には大型の古墳が多い。特に内裏塚古墳群は、規模で言えば埼玉古墳群と拮抗している。さきたま古墳群の盟主は、ヤマトの力を背景に、その地にやってきて一大勢力を築いたという。房総の豪族も、時期こそ異なるが土着民ではないだろう。そこには、高い航海技術を駆使して、貿易や新天地を開拓する海人族の影が見え隠れする。
房総の諸豪族たちは、さしずめ自由貿易という海の民共通のイデオロギーの中で、協力し合いヤマトからの圧力も柔軟に受け止めて、小国家群ながら毛野・武蔵に対抗する勢力を保っていたのだろう。

須恵の国ルート日の走行107.5km

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上海上・須恵国古墳めぐり 上つ巻

姉ヶ崎公園スタートの時期の古墳探訪はあまり乗り気がしない。
武社国・下海上国周辺の古墳めぐりをしたあと、間髪入れずに来たかったが、仕事・諸用の都合で、今日になった。
姉ヶ崎公園駐車場をAM6:30にスタート。


二子塚後円部より二子塚古墳まま裏道を抜けて、内房線の踏切を越えると、第一目標『二子塚古墳』が目前に現れる。5世紀中葉の築造で軸長106m。保存状態もよく、本日の幸先にふさわしい威容である。


天神山古墳天神山前方部塚から1.3kmの台地を登ったところに、姉ヶ崎最大の『天神山古墳』がある。入口がわかり辛くうろうろする。天満宮への入口が前方部裾部になっている。台地の中腹に造られているようで、樹木に覆われているとその大きさが分からない。軸長130mは、千葉県ではトップクラスだ。

『天神山古墳』の案内図に、近くに予定しなかった大型古墳があるのを見つけていってみる。
『今今富塚古墳富塚古墳』。軸長110mという大型の古墳で、天神山から4kmほど東に行ったところだ。
保存状態が悪く、前方部と後円部が寸断され、墓地等で開削されている。
現存の形からは、100mを超える威容は偲び浮かばない。場所も古墳群から独立しており、被葬者の立場が微妙である。

姉ヶ崎神社うひとつ寄り道。『姉ヶ崎神社』へ行く。ヤマトタケル東征が起源とされ、将門追討・頼朝挙兵にも出てきた由緒ある社だ。
境内で釈迦山古墳への道を探していると、庭掃除のおじさんが来て、民家に案内された。
民家の御主人に家の裏の進入口に案内される。

「す釈迦山古墳(御社古墳?)?みません。お邪魔いたしまーす」
「薮蚊がすごくてな、そんな格好じゃ、そこら中食われてしまうぞ」
虫除けを頭からぶっ掛ける。「マムシなんかいないよね?」。「そんなもんはいないよ。そこの杉の木の後側から登れるよ。」
民家の軒先をお借りして古墳に入ることはよくある。史跡などとなると見学者も多いのか、住人は好意的である。しかし、挨拶・お礼とマナーは忘れないこと。
確かに、薮蚊がすごい。それにも増して嫌なのが、くもの巣。だからこの時期の古墳探訪は気が進まないのだ。実は『焼津の半次』なのである。
『釈迦山古墳』。軸長86m保存状態はよいとされているが、比較的動ける後円部頂上以外は雑木・草茫々で全容を捉えることはできなかった。

上海金鈴塚古墳上国をあとにして馬来田国(木更津)金鈴塚に向かう。昔『キサラヅーの伝説』なんて歌はやったよなぁ。歌いながら走る。(※注‥‥正式にはキサナドゥである!)
『金鈴塚古墳』。今はミニ富士塚ほどの大きさで、横穴式石室と石棺を見ることができる。6世紀末〜7世紀初頭の築造らしい。

金鈴塚古墳石棺金鈴塚古墳石室のころまでは、周壕を伴う軸長100m級の、古墳時代終焉の大型古墳だったとされている。



青掘駅前よいよ須恵国に至る。休憩と情報収集のため、青掘駅に行く。駅は無人駅だが、駅の北川には駅前開発で開削された上野塚古墳の後円部の一部、駅の南側には『古墳の里ふれあい館』があって、休憩所・トイレや周辺古墳情報・案内パンフレットなどが用意されている。
今回の盟主墳である内裏塚古墳は、ここからは四股の距離である。ここで遅め?の朝食を取る。


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九十九里 海と古墳 下つ巻

刑部岬岡漁港から刑部岬を望む。ミッションのひとつである『飯岡灯台』に行く前に、屏風ヶ浦を見るために寄り道する。『東洋のドーバー』?といわれる10kmにわたる海食崖である。地図には遊歩道があることになっているが、いくとすぐに通行禁止の看板にさえぎられた。


看板屏風ヶ浦1屏風ヶ浦2のある地点は、位置的に飯岡灯台の真下あたりである。
ここでも十分屏風ヶ浦の迫力を堪能できる。
亡くなった三国連太郎の『飢餓海峡』を思い出す。

飯岡灯台刑部岬展望館傷に浸る間もなく、飯岡灯台へのミニヒルクライムがある。結構きついかと思ったが距離が短いので意外と楽にクリアした。
巨大な展望館の横にある、小さな灯台。犬吠崎や野島崎灯台のイメージでいたので、ちょっと拍子抜け。完成したのも以外に新しい。

展望風の台地2刑部岬から九十九里を望む館からの眺望はすばらしい。九十九里浜が一望できる。
海と逆側には、異様なくらい風車がある。
銚子市と旭市で40機近い風車があり、いくつかの会社が数機づつ運営しているようだ。
風の谷ならぬ風の丘ってところだ。公園内の喫茶店ライトハウスで昼食。

菅原大神菅原大神1の風車の回る丘を走り、成田線下総豊里へ向かう。
下総豊里駅から僅かのところに『菅原大神天満宮社』という神社がある。元上司の実家の近所で、『子宝の石』のご利益に授かるために、関東各地から子宝を求める夫婦が来るという。うちもその節はご利益を賜った。お礼参り以来10年間来ていなかったので、改めてお礼のお参り。

大利根自転車道三之分目大塚山古墳原大神天満宮社から『利根水郷ライン』を香取方面に向かい、利根川大橋から『大利根自転車道』にはいる。まれにランナーに出会う程度で、サイクラーにはほとんど出会わない。
一ノ分目排水場から利根水郷ラインに出て、少しもどったところに『三ノ分目大塚山古墳』がある。後円部に駐車場があり、車でも見学できる。

『三前方部前方部より東向ノ分目大塚山古墳』。墳丘長123mは堂々としたものだ。墳丘のあるところは、川沿いの低地から若干高くなったところにある。
かつてはこの古墳の目前に、超巨大内湖『香取海』が展開していた。
当時の房総は海岸線が複雑に内陸に入り込み、その入江ごとに小豪族の勢力が犇く小国家群をなしていたようだ。狭い区域単位に100m級の大型古墳がいくつも建造されていることを考えると、当時は豊富な海の幸と、海洋・河川を利用した、加羅諸国さながらの交易により豊かさを築いていたのかもしれない。

大塚古墳間はすでに16時になった。今から芝山公園に戻っても、博物館を見る時間はなさそうなので、帰路線上にある古墳に寄って行く。地図に載っていた、旧栗源町岩部にある『大塚古墳』。看板も何もなく、周囲が民家で上り口があるのかも不明。麓からの印象はかなり大きい。直径30mはありそうだと思っていたが、帰宅後調べたら、『方墳』のようだ。そういえば、ここから遠くない栄町には日本有数の大型方墳『岩屋古墳』もある。

ナカクサ古墳塚古墳から1.5kmほどのところにある『なかくさ古墳』。アトラスGPSマップには表示されているが、その場所にはいけない。もちろん看板もない。該当する場所のそれらしい盛土部分を見つけたが、墳丘なのか、大きさ・形状すら分からない。


タイムアウト模造品だったかくさ古墳から、栗山川を南下し多古町に至るルートは、南進とはいえ予想外の強い向い風に煽られる。
大幅に時間がかかり、芝山公園に到着したのは17時過ぎ。博物館はまたの機会にして、博物館の前にある古墳に立ち寄る。こんなところに古墳があることは、以前来たときには気づかなかった。しかし看板を見てがっくり。レプリカだった!

任務完了ッション終了。今回はハニカムパンツ!着用とサドル(MAXフライトゲルフロー)をBMCから移植。ハンドル高も20mm落とした。走行距離からすると、お尻のトラブルは取るに足らぬ状態だったといえる。ハニカムパンツの効果か、MAXフライトゲルフローが良かったのか、ポジション変更か、はたまたそれらの相乗効果かは不明。


九十九里 海と古墳日の走行 126km
隠れた古墳大国千葉には見ごたえのある古墳が、まだ数多残っている。次は『上海上国』や『須恵国』めぐりにチャレンジしたい。


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九十九里 海と古墳 上つ巻

コンテナから4号発信前7時。土壇場の計画より1時間遅れて芝山公園駐車場に到着。今日の東総サイクリングのベースだ。コンテナからTB−4ならぬMR−4がでてくる。今回のミッションは東総地区の大型古墳を回ることと、九十九里を走ること。ツールはMR−4である。バックに仁王尊の三重塔が見える。
10数年前のはにわ祭観光で訪れたことのある芝山公園には、『古墳・はにわ博物館』がある。開館を待っている時間はないので、早めに帰れたら寄る事にしてスタートする。

姫塚古墳ず、殿塚古墳駐車場から松尾方面に2.5kmほど行ったところの芝山古墳群の『殿塚』・『姫塚』古墳に行く。主墳である『殿塚』は墳丘長88m。オーバー100mを大型古墳と位置づけているオヤジには特筆すべき古墳ではないが、ここか特別なのは、看板毎年『国造(くにのみやつこ)様』が降臨される場所だからだ。毎年11月第二日曜日に、この古墳の主である、『国造(くにのみやつこ)』様と古代人たちが殿塚古墳に降臨し、芝山の町民(子孫?)と楽しく交流し、最後に国造様が現代人にメッセージを送り、再び古代に帰っていくという、物語的ストーリーだ。
この芝山町を挙げての一大イベントである『はにわ祭』のオープニングセレモニーがここ、殿塚・姫塚で行われる。
「古墳の所在地は横芝光町だろ」などという突っ込みを入れてはいけない。国造様はこの地域全ての民を統轄されていたのだ。隣の姫塚は墳丘軸長58mのこじんまりした古墳。姫様の古墳かは不明だが、殿塚の被葬者に関係のある人物だろう。
殿BMW整備センターいつかきたみち古墳をあとにして『芝山はにわ道』を山武市松尾町に向かう。車がやっと通れるかという道を入っていくと、BMC‥‥じゃない、BMWの整備センター裏手に出る。『X』シリーズがいっぱい並んでいる。いいねぇ‥‥。こんなんでガンガン林道行きたいね。こんなにいい車、舗装路だけ走らせていたらもったいない。

箱根神社大堤権現塚古墳タープールを過ぎると、すぐに奥深い雑木林となり、大堤権現塚古墳が目前に威容を現す。
墳丘軸長115m。3重の周壕が囲んでいる。大型古墳の多い千葉県でも5本の指に入る規模だ。道は中央の壕提部を通っていたようだ。
前方部中段に位置する『箱根神社』。お参りしてから墳丘に上らせていただく。

石室跡??々に大堤権現塚古墳2覆われているが流石に大きい。建造当時は九十九里浜や、椿海(当時は入江だったかもしれない)からも望むことが出来たのだろうか。
後円部に大きなくぼみがあった。自然滑落か石室跡なのかは不明。いずれにしても武社国造に連なる豪族の奥津城だったのだろう。

『大堤権現塚古墳』をあとにして、はにわ道に合流して九十九里ビーチラインに出る。
海を目前にして、海岸に出たいのだが、よくよく注意しないとクランク周りやディレーラーを砂だらけにしてしまう。
飯岡九十九里自転車道飯岡九十九里自転車道1川大橋の橋詰から『太平洋岸自転車道飯岡九十九里線』に突入する。一部の未開通区間と河口等の迂回を除けば、刑部岬の麓、飯岡漁港まで道は続く。
残念ながら自転車専用同区間ではなく、歩行者共用(優先)道である。風は追い風に近く快適なサイクリングである。

ひどくねぇ?曜日なのに、ローディさんが少ないと思っていたが、理由はすぐわかった。
写真の一段低いところが自転車道である。
MTB用コースかい!
また、一宮大原線の二の舞である。上段の道に逃げる。
この先、道はサーフボード置き場とバーベキューテーブルに占拠される。
歩行者優先以前の問題である。

津波避難タワー高さ表示岸沿いから、並行する一般道に入り、再びビーチラインにもとり飯岡を目指す。
この辺の電柱には住居表示とともに必ず海抜表示が入っている。
飯岡は、東日本大震災において、千葉県内で最大の津波被害を出した地域だ。多数の犠牲者を出している。
ビーチライン沿いに展望台のようにも見える建造物は、つい最近完成した『津波避難タワー』である。
13mの高さに100名が退避できるように造られたもので、通常時は立ち入りが出来ない。現在は2箇所だが、今後は更に増やしていくらしい。
残された鳥居じめてきた町だが、なんとなく新興住宅地のような風景で、古い漁港町の印象はない。
建っているのは、ほとんど震災後に建った家のようで、疎らなのは更地になって再建されていない空き地なのだ。
漁港に近いところ。かつては鎮守であったろう、残された鳥居が印象に残る。

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またまた、たまたま新兵器

パッド付きインナー2文しパッド付きインナー1ていたパッド付きインナーパンツが届いた。
『ハニカム・ゲルパッド付きインナーサイクルパンツ』。はにかみ屋のオヤジとしては、いかにもはにかんでしまう名前??である。

1年インナーパッド3前にパールイズミのインナーパンツを購入し、ロングライドのときは着用している。通気性はいいのだがパッドの厚みが何処も均等で幅もあり、ちょっと違和感があったり股ズレを起こしたこともあるので、今回新しいものを導入してみる。


インナーパッド1格的には、パールイズミのものより安価だが、パッドがマッチョ的デザインになっている。痛みの根幹である坐骨の部分がより厚くなっているので、今までより効果が出ることを期待している。着用前に一度洗うのだが、これを干していると、娘とカミサンに冷ややかな視線を浴びることになる。


インナーパッド2石にレーサーパンツ着用には抵抗がある。トイレもやり辛そうだし‥‥。インナーに普通のズボンのほうが、観光半分のユル系ポタリストには向いている。
それにしても目立つパッドである‥‥別に見せるわけではないが‥‥。お尻にサドルがくっついているみたいだ。

着用の感覚は、普通のスポーツインナーと変わらない。パールイズミのって、はいた瞬間から結構分厚いの付けてますって感覚がもろに来ていた。これは座ったり触ったりすると始めてパッド装着であることが分かる。これで効果あるのかなぁ?。

装着感は好いので、あとは目的である痛みの低減に更なる効果を期待するばかりである。

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リクセン破損

バリマッチパック破損オラックとともに購入した、『マッチパックファッション』の縫製が解れた。
購入後半年である。チョイノリも含めても使用頻度はショッパーに比べて全然低いのに使用時の異変で気がつけばこの通り。

しっかりしたつくりであるし、防水加工も施されて使い勝手は良かったので気に入っていただけにショックである。
かなり詰め込んだ使用はしているが、サイクリングには数回しか持参していない。

ドイツブランドなのでその辺は堅実なものと思っていた。
これでは2チャンのレビューで『買ってはいけない』にせざるを得ない。

実は、エクステンダーをつけてからは、自転車にキャリアをつけるという発想はまったくなくなるほどの自称リクセンの熱烈愛用者である。
通常に使っている『ショッパー』は、文字どおり買物で過積載を繰り返して3年間。汚れと僅かな解れだけである。最初に購入した『ショッパーコンフォートミニ』にいたっては、5年間近く使用し続け、今でも何の問題もない。
確かに以前購入した『フリーパックメタ』も補強金具の先が縫製部あたるうちに穴が開き、2年もたなかった。バリオラックにデバックを固定するという方法はフリーパックの代用の発想から出たものだ。

マッチパック破損2に荒い使い方とも思えないが、たまたまはずれだったのか。
エクステンダーに直接取り付けられるバックが不在状態になってしまったが、壊れたよ、ホイといって気軽に買い換えられる価格ではない。
『フリーパックメタ』と『マッチパックファッション』のトラブルで、後継バッグを何にするか、不安になったが、今更リクセンをやめてキャリアをつける気もないし、ショッパーは健在なのである。

暫し様子見か‥‥
リクセンファンとしてはやるせないおもいではある。


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荒川CR 榎本牧場まで

連休中日。ソフトクリームが食べたくなったので、自転車で買いに行く。
埼玉県上尾市、荒川の河岸段丘の上にある榎本牧場。榎本牧場に来るのは2011年8月の秩父輪行以来である。
榎本牧場1川敷の強い風がイヤなので途中まで一般道で行く。連休だから市街はすいている。道満グリーンパークから荒川CRにはいる。
グリーンパークから田んぼやゴルフ場の中の1本道を24km・90分(一服多過ぎ!)で榎本牧場に到着。


榎本牧場2イカーの家族連れも多いが、CR沿いのせいかサイクリストが多い。入口の前にずらっと並ぶロードのツワモノ。ミニやクロスは少数派だ。
売店や自販機のない長距離CRの中では、大幅にルートアウトせずに、水分とエネルギーが補給できるスポットである。


ソフトクリームこのソフトクリームをいただくの本日の目的である。ここでも数種類のトッピングが出来るが、ここでの一番のおすすめは、そのまんまのミルク。コーンで262円也。
写真は2個目のクッキー&ミルクのコーン。

入口の古墳がある?看板の横に、小さく殿山古墳との看板がある。
こんなところにも古墳があるのか。
農舎の裏の小高い丘が墳丘らしい。が、入ってく道も分からないので、次の機会に。


スカイダイビング2のま本田空港ま帰るのもつまらないので、左岸に渡り本田エアポートにいく。本田航空が運営する軽飛行機用の空港で、業務用のほかに遊覧飛行などもやっている。スカイダイビングのベースにもなっており、この日もピストン輸送でやっていた。

降下スカイダイビング降下部隊専用機?の単発機は小型機なんだろうけど、結構大きい機体である。
降下用の大きな扉がみえる。







エルゴノミックフォーム川左海から50km岸をそのまま帰る。
河口まで50kmの標識。イコール家までもほぼ50kmの行程である。
今日のサドルは、キャノンデールの『エルゴノミックフォーム』
ロングライド用に『MAXフライトゲルフロー』を購入した後、娘のTS−7にズーゲルフローを付けたので、これをチョイノの付替え用にしてチョイスするようにしていたが。今回はそのままで臨んだ。6万円前後のキャノンデール車に装備されており、国内市販はされていないが、海外通販では2,000円くらいででていた。800円で購入した我が家の最安サドルながら、ここまでは調子がいい。

モトクロスサーキット間大橋を過ぎると、モトクロスのサーキットがあった。『ウエストポイントオフロードビレッジ』という、地元の有力販売店が運営しているようだ。ちょうどイベントレースをやっていた。
いいねぇ。
30年も昔には、誰が作ったとも知れないコースが河川敷のいたるところにあったものだ。

荒川CR日走行 122km
ケツ痛はどうしようもない。

今日は菖蒲湯の日。
お風呂に入って、ケツ痛を治す。
結局、またバニラモナカを2個食ってしまった。

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藺沼(いぬま)試走

『MAXフライトゲルフロー』装着の試走を兼ねて、藺沼にサイクリングに行く。
予定走行は70〜80kmだが、今日はあえてナイロントランクスとレギンスジーンズのみでお尻の具合を見る。(元々サイクルジャージもないし‥‥)
『藺松戸中心部沼(いぬま)』。かつて柏市の布施弁天下辺りから、野田市木間ヶ瀬あたりにかけて存在したという巨大湖沼である。古代には手賀沼の前身である手賀浦とともに、琵琶湖に匹敵する大湖『香取大海』の入江を形成していたという。まぁ特に試走とは関係ないが、行ってみたかった所である。
錦糸町から木根川橋を渡り、R6旧道の葛飾橋を渡る。
橋からは松戸市の中心地が一望できる。マンションが増えたが、駅前を中心に川の景観が映えるバランスのいい町並みだ。

三重塔と楼門弁財天本堂布施弁財天戸市街を抜け、再びR6に合流し、北柏から布施へと向かう。
布施弁財天。大同2年に空海によって開山されたという。「大鐘楼同2年」というのは仏教史や災害史にとってキーワードになるほど、色々な場面に出てくる。
本堂は享保年間、楼門や鐘楼は文化年間の建立だそうだ。



布施妙見大菩薩ス停を挟んで向かい側に『布施妙見大菩薩』を祀る小さなお堂のある小山に目がとまった。
自称古墳オタクとしては、一目見て引っかかる形状だ。前方後円墳である、どうみても。しかしそのような表示や案内はどこにもない。
上ってみると、まさに前方後円墳的である。墳丘だとすると50m規模はありそうだ。偶然にしては見事な形状である。
藺沼をバックに財天をあとにして、利根川の堤防に上る。
以前は有料だった新大利根橋が見える。
この辺りが、かつて藺沼と呼ばれていた大湖沼だ。利根川の東遷により、利根川本流との合流で多量の土砂堆積により消滅したとされるが、それがなくとも自然に、あるいは近世の新田開発で消滅する運命にあったのだろう。

セラ・イタイヤ心のサドルである。最初の500mは硬くて辛かった。次の5kmで慣れてきたが、10kmも走ると坐骨が痛み出した。股擦れと会陰部の痛みはまったくないのは形状の効果だろう。しかし40km強しか乗っていないのに、もうサドル表面が擦れている!!


古利根沼356の古利根沼1バイパスである「利根水郷ライン」に入り、1kmも行かないうちに、湖沼と堤防跡が見えてくる。『古利根沼』はかつての利根川本流の名残だ。銚子から来た大型船は、この先の浅瀬を通れないため、ここで荷物を積み替えたのだそうだ。河川改修で本流から切り離された三日月湖は神秘的ムードが漂う静かな佇まいで、今は釣人のメッカとなっている。
ガチョウ??こか手賀沼ら湖北駅を抜けて、手賀沼にでる。南側の手賀沼CRを手賀大橋まで行く。めちゃ向い風である。
かつて日本一汚れた湖沼といわれた手賀沼は、行政や地元民の努力により、美しい湖沼によみがえった。釣人のそばに平気で寄ってくる「変なアヒル?」。釣り針飲み込むな!

じゅん菜池道「船橋我孫子線」からR464を経由して、市川市中国分の『じゅん菜池緑地公園』で最後の休憩。
手賀沼を抜けたころから坐骨の痛みがピークに。脚力がなくなることで、サドルにどっかり座ってしまうことが根本原因である。しかし、漕いでいると痛みは進行しない。50kmからは小康状態だった。やはり最後まで股擦れと会陰部の痛みは出なかった。70kmも走るとどのサドルでも、どこかしら「いててぇ・いててぇ」と歌いながら走るのは変わらないようだ。高い投資だから当面これで行くしかない。


今回の走藺沼2
93.2km
ASG CM−11は途中で電池切れ。後半は手書きルートを追加。緑の円はフォトスポット。‥‥ミステロンの声が聞こえたところではない。

試走感想‥‥『快適すぎるため乗りすぎに注意』は、絶対!!大丈夫です!。
コンフォート派にとって、このサドルで快適すぎるための乗りすぎはありえません。『世良』だなぁと言ってうっとり見すぎはあるかも知れんけど‥‥。

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PS 後日追記
布施妙見の小山が気になったので、後日調べてみたら、やはり古墳であった。『弁天古墳』。規模は35mで自然堤防の台地に乗っているとのことだった。サドルの乗り心地とはなんら関係ないが‥‥

世良!再び

軟弱サイクリストといえどもおMAXフライトゲルフローCRC便尻との戦いは続く。この無政府状態に終止符(といってもまた一時的停戦か)を打つべく、またまた?サドルを交換する。
今回購入したのは『セライタリアMAXフライトゲルフロー』。
別にブランドもん漁りではないが、MRー4に装着の『マンゲルフロー』が結構しっくりしているので、またまた『世良!』がいいかな、ということだ。『マン・ゲル・フローズーゲルフロー』は座面がすこし曲面になっているが、『マンゲルフロー』のフラットな座面のほうがよいような気がしたので、「細い・平たい・穴でか・硬め・縁がかまぼこ」で『MAXフライトゲルフロー』をチョイスした。正規価格は14,000円位。軟弱ポタリスト系としては、本来とても新品では手の出せない価格帯である。
今回はU品ではなく、海外通販の『CRC』(チェーンリアクションサイクル。呉工業じゃないぞ!)で購入。
サイトは日本語で、価格も国内U品並み。スプリングセールということで、1万円以上購入で1,250円引きなんてキャンペーン中世良サドルと重力ギャップ(1万円というのは明らか日本向けのセールだ)なので、ついでにオフセット“0”の『グラビティギャップ』なるシートポストを一緒に購入。送料無料で、合わせて9,500円を切る。驚きだ。手続きも国内通販と変わない。

さすが納品までは、国内通販よりは時間が掛かる。早く欲しいなら1,000円位追加でDHL便をしてもよかったか。
MAXフライトゲルフロー2 ズーゲルフローサドル MAXフライトゲルフローサドル





受注確定から14日で届いた『セライタリアMAXフライトゲルフロー』。やはり歴代サドルと比べると細身で硬い。『ズーゲルフロー』と比べ目と100g近く軽い。肉厚感・弾力性も全然違う。MAXフライトゲルフロー3それでも、ゲル入りということでロードサドルとしては幅広ソフト・ヘビータイプとして見られているようだ。『selle italia』のでかいロゴは軟弱ノリダーには結構恥ずかしい。が、今更ながら、もうマビック『CrossRide』の十分恥ずかしいゴテゴテロゴを装着しているので、すでに「羞恥の糸」はほとんど切れている。シートレールの取付そのものがクッションの機能を果たす構造になっており、ノーマルのシートレールと位置がだいぶ違う。シートポストの取り付け位置であわせると、15mm程バックセットされる。
そして想定外の問題。特殊なレール形状のため、バックループがまともに付かないこと。ここに鍵や小物を掛けるので、バックループが付かないと非常に困る。位置を横にしてエクステンダーを下にずらすことで小物をかけられるようにした。まぁ、普通なら誰も気にしないことだが‥‥
グラビティギャップ&スコアスコアーシートポストグラビティギャップ





一緒に注文した『グラビティギャップシートポスト』。8,628円の76%引きになっている。値引率は上代自体があてにならないので、他のサイトの価格と比較するしかない。国内では見かけないブランドだ。他通販でも5,500円位するから、まあそれなりなのだろう。XCやDH用のようで重たいと思っていたら。純正スコアーポストより軽かった!。スコアーポストが約15mmのセットバックだが、『MAXフライトゲルフロー』のポスト取付け位置が、『ズーゲルフロー』より15mmほど後方になるので、オフセット“0”の『グラビティギャップシートポスト』でズーゲルフローと同じサドルの位置になる結果になった。

装着!着した『MAXフライトゲルフロー』。やはり結構「らしい」デザインである。鞍部分が細身なため、内腿の擦れは幾分抑えられそう。ホールが大きいので会陰部の痛みも解消できるとありがたい。



ずーげるふろーソノマ・ゲルサドル3





『スペシャライズBGコンフォート』・『アセンシアフォルテスオーラ』・『スペシャライズドソノマGEL』・『スポーツアラーズーゲルフロー』とやわらかめ重視でサドルを替えてきたが、どうもサドルはやわらかすぎてもいけないようだ。走り屋さんは、ガチンコのサドルで200kmくらい平気で乗ってしまう。本来、痛みはサドルの良し悪しよりもライデングポジションによるところが大きい。まず乗り方を変えるべきなのだろう。
とはいえポタリストの性は如何ともしがたく、どっかりサドルに座り込んでしまうのはそう直らない。ロングライド用とアピールされている『セライタリアMAXフライトゲルフロー』。
ここでいう「ロングライド」とは、60〜70kmの次元ではあるまい。オヤジにとって、「楽過ぎる為、乗り過ぎに注意」とまでメーカーが豪語し、スーパーなら自転車そのものが買える高額のサドルの効果や如何に。


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養老サイクリング

高滝湖プロモDVDと違う!渓谷にサイクリングに行く。車+自転車は3回目だ。情報誌に載っていた『高滝ダム』を基点にしたコース紹介を参考に設定した。
夕方には雨との予報だったため、家を6時に出発。
高滝神社横の駐車場を基点として7:30過ぎのスタートになった。この駐車場利用者はほとんどが釣り客だ。ここはバスかな。

開通間近新緑が日差しに映えるさわやかな季節‥‥」ご冗談でしょ!梅の季節みたいな気温に、走り出したらいきなり通り雨の出迎え。
湖の中央に掛かる美しい加茂橋(カモノハシではない)を渡るといきなり上りになる。初っ端からカウンターを食らった。
圏央道鶴舞IC予定地。開通は来週だ。今日はここまで90分掛かっているが、ここが出来れば、渋滞なしなら60分掛からないで来れてしまう。

熊野の清水本橋を左折し、水沼を右折。熊野の清水入り口暫く行くと看板がある。熊野と書いて「ゆや」と読むそうだ。清水は熊野神社の参拝口の横に湧き出ている。お参りしてからいただく。


大滝駅野の清水から『いすみ鉄道大多喜駅』を経由して、今は博物館になっている『大多喜城址』に向かう。
関東の駅百選に選ばれた『大多喜駅』。駅舎に、いすみ鉄道の本社が入っている。
しかし『デンタルサポート』って何?。駅中に歯医者さんがあるわけでもないし、命名権らしいがまったく似合っていない。

大多喜城キシコ通り(メキシコ大統領が大多喜を訪問したことを記念した道だそうだ)から大多喜城址に登る。本多忠勝を大河ドラマになんて旗指物が至る所にあるが、戦国無双みたいな稲姫が出てきたら面白い。でも来年は黒田官兵衛になったんじゃなかったかな‥‥。
駐車場から本丸跡の博物館までは、押し歩く。
登城は下馬するものである。坂がきついからではない‥‥。

大多喜養老の滝?城から上総中野に出てR4656老川十字路を左折する。いきなり急な上り。ギア抜けしてストップ。ここで1回目のダウンを取られる。暫し押し歩き。
この急坂を上ると、滝入り口までは比較的なだらかだ。滝に下りる遊歩道入り口は、ちょっと怪しい雰囲気だ。養老の滝と書いてある。但し、居酒屋『養老の滝』の由来はここではなく、岐阜県の養老の滝である。
粟又の滝上粟又の滝下30m・長さ100mのスロープ状の滝で、以前はウォータースライダーのメッカだった。今も夏はやっているのだろうか。今日はまったく水量がなく大瀑布を連想することは出来ない。残念!

反対側隧道から川がから老川十字路に戻り、養老渓谷の中心、弘文洞跡に行く。往きには気づかなかったが、老川十字路の真下から川が湧き出ている。よく見るとトンネルから水が出てきている。これは人工の水路なのか?。気になったので入り口を探してみる。新老川十字路のバイパス開削地の下に川の入り口があった。不思議な川だ。
掘り抜きトンネル弘文洞入り口洞入口交差点(信号もないので分かりづらい)から、掘抜きの隧道にはいる。入口は普通のトンネルなのだが、中に入ると不思議な空間になっている。鍾乳洞に入ったような雰囲気だ。隧道を抜けて橋を渡ると弘文洞へつながる遊歩道がある。



弘文洞跡誰もいないもいないので自転車を乗り入れする。ホントはたぶん駄目なのだろう。
弘文洞跡。深い渓谷のようだが、初めて来た時は、まだ掘抜き状に上部がつながっていた。30数年前に上部が崩落し、今のような地形になった。

清澄観音橋観音橋2養老ラインを養老渓谷駅方面に向かうと、温泉街の中に、観音橋という綺麗な二重橋がある。
頼朝所縁の開運観音として有名。あやかろうと思ったが、橋を渡りきったところで、工事のため通行止め。運が向いてない‥‥。ちなみにこの橋も自転車に乗って渡ることは出来ない。運を担ぐつもりで自転車を担ぐのだ。

ラ・フランス泉街で食事処を探したが、ゆっくりコーヒーが飲みたかったので、弘文洞入口までもどったところの洒落たレストラン、『ラ・フランス』でブレイクタイム。『弘文洞入口』はこのレストランを目印にすればよいのだ。



白鳥橋こから、最終立寄り地『久留里城址』を目指すのだが、大福山を経由してみた。上りだけ苦しめばあとは尾根伝いにダウンヒルである。
白鳥橋をわたりヒルクライムに‥‥
しかし、上り始めてすぐに急斜面で、またまたダウンを取られた。時折雨も激しくなり、乗っては降りてを繰り返す。3kmの上りは、50mの全力疾走も出来ない軟弱親父には、K2??並みか。
房総の山の中、大福山を探しているうちに道は下りとなり、尾根伝いの林道に合流してしまった。
最大標高は311mをマーク。このGPS大丈夫かぁ?地図上の大福山山頂は292mなのだ。
ここからは概ね下りである。ところどころ視界が開け、房総の山々が展望できる。日本で一番低い県。それでいて不思議と奥深い房総の山々。このパノラマを見ていると、多少なり心の休息にはなる‥‥。

尾根伝いの林道から、最久留里城後の目的地、久留里城址の攻略。大福山のあとだから休息程度に考えていたのが、今日最大の誤算だった。
久留里城は真里谷武田氏によって築かれた山城で、戦国時代は里見・後北条氏の攻防の最前線となった堅塁である。
二の丸の資料館までの押し歩きで、脚の筋力が完全にドロップアウトした。二の丸から本丸までは徒歩で僅かだ。本丸天守台址の横に、天守が再建されているが、戦国時代以後のものだろう。

疲れたぁ〜滝ダム駐車場に戻ってきたのは17時近く。最後は乗っているのか、押し歩いているのかわからない状態になっていた。レフリーがいたら、大福山に上ったところでテクニカルノックアウトを出されていたろう。
全身ずぶ濡れで、エアコン暖房フル回転での帰宅。雨なのに濡れない。脚に力を入れなくても坂を登る『自動車』に不思議な感覚を覚えながらの帰宅路だった。

疲れたぁ〜!
養老渓谷周回日の走行80.3km(押し歩きも含む??)
最高速度45km/h!?(こんなキチガイのような速度出した覚えはないぞ)
平均速度16.2km/h(8km/h以下がやたら多かった割にはいいタイム??だ‥‥と思う)
累積標高差+1,610m・−1,588m(ASG−CM11で取れるのだが、今まで気にしたこともなかった。周回なのに±0mにならないのはなぜだろう‥‥)


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夜を支配する人

原題は『The Night Watch
暗黒の世界ングクリムゾンの曲。
キングクリムゾンは、1969年クリムゾンキングの宮殿』でアルバムデビューし、ギタリストのロバートフィリップおじさんを中心にメンバーの変遷と解散・再結成を繰り返し、2011年まで続いたバンドである『夜を支配する人』は、第二次再結成期の1974年のアルバム暗黒の世界Starless and Bible Black)』のなかの一曲である。当時のメンバーは「ロバートフィリップ」・「ジョンウェットン」・「ビルブラッフォード」・「デビッドクロス」の4人と、専属の詩人「リチャードパーマージェームス」という人がいた。

夜警題が『夜を支配する人』なのだが、この詩は、オランダのレンブラントという画家の名画、『夜警(英題がThe Night Watch)』を題材としたものだ。
英語がよくわからないので、歌詞を翻訳ソフトにかける。するとでてきた日本語はやはりよくわからない。これは日本語を知らない外国人に『さだまさし』の歌詞の美しさを理解しろといっているのと同じだ。但し、歌詞の中に、「夜
とか「闇」を表すような内容はない。実はレンブラントの『夜警』という画題も後世の俗称らしい。絵はくすんで暗いが、夜を題材にしてはいないのだ邦題、『夜を支配する人』という曲は邦題とはなんら結びつかないのである。

前置きがほとんどになったが、
実はこの『夜を支配する人』という曲にとっては、そんな解説や受売りなどはどうでも良いのだ。そんな論評や考察などなんら意味を成さないほどに、聴けば聴くほど、とにかくも美しく、せつない曲なのである。

アイランズングクリムゾンはプログレロックの真骨頂というような、戦慄的なサウンドが中心と思われがちだが、美しいメロディラインを持った、マニアに熱狂的指示を持つ曲も多い。
『エピタフ
・『アイランド』・かもめのプレリュード』・土曜日の本』・エグザイルス』・スターレス』等々。
中でも
『夜を支配する人』のメロディラインは親父的には随一と思える。意味の難解な翻訳しても)歌詞でさえ、美しい曲の一部になって融け入ってしまう。そしてこの邦題さえもイメージの一部になってしまうのだ。

この曲に出会って、もう38年経つ。今は1回3,000円、4時間30分の貸切通勤リスニングルーム
の中で涙しながら聴いている。‥‥車通勤は自腹であるが、電車でのヘッドホンはしない主義なので、音楽を聴きたいときは3,000円(今は更にサーチャージされているが)のガソリン代を払う。ゲージがEになる度に旅経つ福沢諭吉を想うと、更に涙なしには聴けない‥‥
‥‥社員,社員, The light of good works 社員‥‥と歌うと余計涙が出てくる?。

JOURNEY
の『Who’s Crying Now
』、来生たかおの『片隅に一人』、キャンディーズの『ムーンライト』とともに20年・30年聴き続けても飽きの来ない、我が心の名曲なのである。

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宮ヶ瀬輪行 早戸川

ダムやまびこ橋から旧落合方面サイトをあとにして、宮ヶ瀬ビジターセンター方面に向かう。
やまびこ橋を渡ると、宮ヶ瀬の集落がある。
やまびこ橋から見える湖面の一番奥に、水没前の落合集落があった。
宮ヶ瀬は土曜日なのに閑散としている。しかし、すれ違うサイクリストは、みんなバリバリのローディさんばかりだ。電車で来て、エレベーターでスルーする軟弱ものは俺くらいか?

今回のもうひとつの目的は早戸川トライアル場を偲ぶこと。
トライアル場は、落合の集落から早戸川林道を少し上った所にあった。
砂防ダムによって造られた広い河川敷には、選手権も行われたトライアルコースがあり、週末にはトライアラーやミニモトクロスやバギーで河川敷を縦横無尽に走る親子。キャンプやバーベキューで盛り上がる人達。静かに釣を楽しむ釣り人もいて、まさにアウトドアの宝庫であった。若かりしころのおやじも数回ここを訪れた。
かつて家族連れや若者たちで賑わった河川敷は、県下最大の巨大ダムによって造られた湖の底へ沈んだ。
早戸川林道入り口ログで教えてもらった早戸川林道の入り口は、ビジターセンターの向側、カヌー場に入るところにあった。徒歩は別として施錠付きゲートをどうやって越えるのか不思議だったが、何のことはない、MR−4は担げばよいのだ。昔は体力があったからといってXL250やジムニーは担げなかった。迂闊にも担いで越えるという発想がでなかった。

湖面の底に戸川林道は舗装である。だから1インチロードタイヤで走れるのだが、ダート好きな元ヨンダブリストとしては少し寂しい。
ゲートから1.2kmくらいのところから虹の大橋を望む。橋の手前あたりに砂防ダムがあり、コースは早戸川左岸を主に展開されていたはずだ。
右下辺りが、DAX改で走り回っていたキャンプスペースだろう。
進入禁止の林道は、入ったら孤立無援の世界かと思ったら、結構ハイカーや写真家にすれ違う。このまま早戸川橋までいく。
早戸川林道2イブドアの地図情報では、旧早戸川林道が新道と交差を繰り返している。
何のあと?金沢橋と旧早戸川林道跡道跡がないか探したところ、謎の水没道と金沢橋対岸から旧道跡を発見。交差も実際は護岸工事等で寸断されているようだ。

早戸川橋とゲート戸川橋を渡り対岸のゲートまで来た。ゲート区間4.3km。こちらは右側の看板の後に自転車でも通れるスペースが開いていた。
看板には「当面の間、許可車両以外通行止め」とある。ということはそのうち開放されるのかな。矛盾するがこのままとって置きたい気もする。


弓道の橋の跡と謎の流水戸川橋から荒井林道を下ると、すぐに水沢川にかかる大きな橋がある。この橋の下に旧道があり、地図上では新道と交差している。旧道には家族連れがいたので、降りられることがわかった。
八丁林道を150mほど上がったところに旧道跡があり、徒歩で降りられる。


地下水道だの袂に水沢川小さな滝があった。ここでパンを食べて小休止。小さな滝は湖面に落ちていた。ダムがなければ更に下に落ちていたようだ。
旧道の橋の横に、コンクリートで固められた水路があり、湖面に落ちる水が轟音をたてている。地下水道のようだ。後で調べると、なんと奥相模湖からつながっている。こんなトンネルどうやって掘るんだ?

虹の大橋から荒井林道林道から虹の大橋を望む。左側の尾根の突き出し部の真下辺りが、トライアルコースだったんじゃないかな。今の林道から当時の川原が見渡せたら、さぞパノラマだったろう。
最後に、虹の大橋から早戸川トライアル場の全景(たぶん)を撮影して帰路に着く。

宮ヶ瀬輪行1ヶ瀬湖サイクリングルート。
これじゃあ、ケネディの魔法の弾丸だね。
ON・OFF操作のミスもあるが、トンネルにはいるとGPSがピーマンになるようだ。




宮ヶ瀬輪行2回の走行、106.2km
起伏が多かった割には、城山往復よりは楽だった。やはり輪行で走行距離をショートカットした効果か。
狛江から調布をぬけてR20経由で帰宅。
意地でも世田谷通りとR246を避けてるようだ。

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宮ヶ瀬輪行 宮ヶ瀬ダム

長距離通勤になって、定期を利用した輪行が増えた。いつもの時間のいつもの地下鉄。土曜日でなければ自転車など持ち込めない。
小倉橋回の目的地は神奈川県最大のダム、宮ヶ瀬ダムと宮ヶ瀬湖だ。
AM8:40、京王橋本駅を出発。狭い小倉橋を経由して、R412へ。隣に大きな橋が出来ている!
R412から宮ヶ瀬方面には、長竹から登る北ルートと半原から登る県道があるが、今回はどちらもパスして、愛川大橋手前から中津川右岸を進む。
途中から公園敷地内になり、車両通行止めとなるため押し歩きとなる。

石小屋ダムから宮ヶ瀬ダムく行石小屋ダムくと石小屋ダムという小ダムがある。
巨大ダムのすぐ下流に小さいダムがあるのをよく見かける。
理由はあるのだろうが、見るほうにとっては前座に見えてしまう。

新石小屋橋から宮ヶ瀬ダム石小屋橋から宮ヶ瀬ダムを望む。ダムができる以前の石小屋橋は小さく狭い石造りの橋だった。中津渓谷を通る宮ヶ瀬愛川線は、景観よりも崖っぷちで怖かった印象が強い。この辺から左右の急峻を見上げると、以前の渓谷の面影が残っている。


ダムダム直下の直下に来た。堰堤高156m。日本でも屈指の高さといえる。我が只見川の雄、奥只見ダムとほぼ同じ高さ。田子倉ダムより10m以上高い。まぁ、高さだけじゃないけどね、ダムは。
宮ヶ瀬ダムは『観光放水』というものをやっている。以前見に来たが、これは圧巻である。
「ダム」がさかさまだが、特に意味はない。

ここエレベーターに乗るが最終目的地ではないから、当然上らなければならない。
ここに来たのには意味がある。
なんとエレベーターでダムの上までいけるのだ。
インクライン(超過激なケーブルカー?)の駅の横からダムの中心部まで入ると、スーパーにあるようなでかいエレベータがある。通路途中には階段もあるので、電チャリは要注意。
業務用サイズ長い回廊で150mを一気に上る。つまり軟弱ポタリストは、正攻法を採らず、150mクライムをスルーしてしまうのだ。宮ヶ瀬ダム凄い!




宮ヶ瀬湖1堰堤上部上部のエレベーター口。土曜日なのに観光客はほとんどいない。まだ桜には早いからか。
ダムサイトからの宮ヶ瀬湖。貯水量は193,000㎥。神奈川県が県下最大と豪語する、この湖の貯水量は、小河内ダムより少し多いだけなのだ。我が奥只見ダムの1/3。田子倉ダムの2/5以下だ。高さだけじゃないのよね、ダムは。

インクライン高い!いえ、やはり156mから見下ろす川下は大迫力である。
ちなみにインクラインはこれである。
(※注 ダムサイトも車両乗り入れ禁止なので自転車は押し歩きである。)



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毎年、この時期になると必ず聞きたくなる曲がある。
11月〜12月の『ホワイトクリスマス』。5月〜6月の『premonition of summer』。そして2月〜3月が今回のタイトルである『華』である。
保坂由佳のアルバム『Will』のオープニング曲である。
初めて耳にしたのは、2001年ころだったと思う。通勤帰宅中のカーラジオで彼女の曲を耳にして衝撃を受けた。
琴の音色というと『春の海』で、正月のイメージくらいしかなかったが、この番組で紹介されていた曲をきいて、正月のイメージは一挙に消えた。
癒し系でもない、フュージョンと言えばいえないこともない。何かとても新鮮で、聞き慣れているはずの和楽器の音色が異次元のものに聞こえた。
そのときはそのまま聞き流してしまったが、willやはりずっと頭の中に残っていて、何とかあの曲をまた聴きたいと思っていたのだが、曲の名前も、当の演奏者の名前も分からない。
当時のトークの中で『DNA』という言葉が何回か出ていたのを思い出し、そこからレーベル会社『J・DNA』と『保坂由佳』という名前にたどり着いたのは、2枚目のアルバム『Shine』がすでに発売されていたころである。
2枚のアルバムをJ・DNAから直接購入した。

あの時流れていたのが『華』であることが分かったのは、アルバムが届いて、CDプレーヤー(今でも我が家の現役だ)から音が流れてきたときである。
もう一曲流れていたのは、おそらくエンディングの『導かれて』だったろうか。この曲も印象に残る曲である。

「ホサカ・ユカ」さん。『コサカ・ユカ』ではない。
アルバムのアーティスト紹介欄には、「NHK邦楽技能者育成会・芸大邦楽科別科卒」で「生田流宮城会師範」とあるshine。その道はよくわからないが、「師範」というから「先生」クラスのお弟子さんがたくさんいるのだろう。ジャズミュージシャンやポップアーティストとはちょっと一線を画すようだ。自作自演者をシンガーソングライターというが(死語だ!)、ここでは創曲者と呼んでいる。創曲者自身「琴の音は、女性の本質からの聲」と語っているように、女性の心に訴える曲作りのようだ。
また、「体質改善・自力回復の漢方薬」のようなアルバムとも言っている。

女性向といわれると、まあスーパーウーファーでラップをビンビン響かせている野郎と張り合う曲ではないが、漢方薬ならばオヤジにもぴったりだ。

漢方薬は長く、穏やかに付き合う薬である。これを聴いてなんとなくやる気になることを、10年以上続けているわけだ。まさに漢方薬的な存在である。

アルバム『Shine』の次のアルバムというのは見ていない。NETで調べても保坂由佳としてのアルバムは2枚だけのようだ。『J・DNA』というレーベル会社も、今はどうなっているか不明だ。2004年くらいまでは色々活動していたようだが、今でもライブやコンサートをやっているなら、カミサンとでも行ってみたいものである。

そして今年も、またオヤジにとって『華』の季節がやってきた。
なんとなく春は、篭っていたものが湧き出るように姿をみせる(ゴキちゃんや〇走ではないぞ)季節だ。

‥‥桜吹雪の中で、自転車を走らせながら聴く『華』はまさに至極である。


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第二次城山攻略

雪のため、行程僅か中ほどにして敗走した第一次城山攻略。
臥薪嘗胆、そして捲土重来‥‥いい言葉だ。
京王閣再び到来を予感させる温暖気候の中、第二次滝山攻略のため進撃する。
津久井湖サイクリングに再挑戦。
AM6:00には出発したかったが、諸所の都合で出発はAM8:00となる。アキレス腱の炎症で通院しており、体調にはやや不安。
前回吹雪で引き返した、京王閣前を順調に通過。前回の天候が嘘のようだ。但し、吹雪ほどではないが、遠方が霧のように霞んでいる。スギ花粉?黄砂?PM2.5か‥‥!!
コンスタンチヌスの柱ここにも武線の鉄橋を越えると、対岸に某国の軍事施設?のような建物。稲城市の清掃工場。
ここにも『コンスタンチヌスの柱』がある。上に大帝の像はないのだが‥‥



多摩美大前く多摩川左岸のCRを走り、四谷橋を渡り野猿街道に入る。あまり意識していなかったが、野猿街道から柚木街道を抜けて、東京環状に出るまでは、ほぼなだらかな登りルートである。いい加減疲れてくるうえに、多摩美大付近は傾斜がきつくなる。ここで一気に体力がなくなる。

東京環状から町田街道・津久井街道を経由して城山ダムに向かう。
城山ダムを目前にして、城山と津久井湖ファミレスで昼食。せっかくだから一気に攻めずに搦め手から攻略する。ダムの手前から県道513号線に入り、津久井街道の対岸を行く。
コンパクトクランクのおかげで、何とか対岸の最上部に。津久井湖と城山が一望できる。

さて、対岸を遠回りしたのには理由がある。噂の廃道県道515号を見るためだ。県道515号線県道515号は513号の三井から千木良でR20に合流するまで相模川左岸を抜ける道だが、一部が廃道になって久しく、廃道区間入り口には巨大な鉄柵がある。
せめてそこまでは行ってみたい。
県道515号の道幅は1.7m。うちの車じゃ通れん!!しかし軽には2回出会った。これでも立派な生活道路のようだ。

ミニヒルクライムはまたどんどん上り坂になっていく。
こんなところでミニヒルクライムになってしまった。軟弱ポタリストはついにF34T×R36Tの最強ギアまでいってしまった。はっきり言って押し歩いたほうが早くて楽だ!
ヒルクライムは長い距離ではない。鍛えていればコンパクトすら不要なのだろう。
噂の廃道して報酬のはずの快適なダウンヒルは一瞬の間。再び集落に出て、集落の最上部にあるお寺を越えると、ありました!噂の現場?

巨大な鉄の遮断機をやり過ごした奥に、更に巨大な鉄柵。馬防柵か?でもしっかり横から抜けられる。かなりの人間がここを越えているようだ。

けっこう山名手橋に戻り、途中から折れて、更に下ると津久井湖に掛かる大きなつり橋『名手橋』を渡る。
橋の中央から、先ほど走った県道515号方面を望む。結構山間に来た感じだ。まぁダムがあるくらいだからねぇ。

城山ダム久井街道に出て、城山ダムの観光センター駐車場に付く。
ついに城山を制覇した。
はぁ、城山の頂上まで行ってはじめて制覇じゃないのかって‥‥
ご冗談でしょ!

さて、すでに15時近い。いい加減疲れもたまっているので早々に撤退する。
ほぼもと来た道を戻る。御殿山から百草園までは、ロングダウンヒルである。クロスライドは惰性で結構走ってくれるのでほとんど漕がない。しかし流石に80kmを越えたくらいから、オマタが痛くてたまらなくなった。自転車なら摩擦部にはグリースを塗ることを考え、ドラッグでクリームを買って塗る。多少は和らぐかもしれないが、やはり『ZOOGELFIOW』サドルでも駄目か‥‥。Gパンにトランクスというもの自体に問題もありそうだが‥‥

多摩川CRまで来ると、テーピングしている腱がぴしぴし痛み出した。通院中の脚では無謀だったか。でもどうせシップ薬とロキソニンしかもらっていないのだが‥‥。ロキソニン飲んでもあまり効果がない。右足に力が入らなくなった。

コンスタンチヌスまたまたトワイライト路のように、世田谷通り⇒R246・渋谷と抜けていくのが最短だが、すでに脚には力が入らない。世田谷通りや246の起伏に耐えられそうもない。遠回りでも起伏のない道を選ぶ。イチコクまで粘るしかない。
二子玉ですでに17時をまわっている。CRの夜は照明もなくダーク色のランナーや「犬に散歩させられている人たち」がいるので危ない。
結局、闇に閉ざされニコクから降りて市街地を行く。

もうだめだぁ会の夜景は美しい。けれど今回は夜景にかまっている状況ではない。
右足はほとんど使えず、左足は引きつってきた。おまけに少しの段差でオマタの悲鳴。
浜松町で一旦休憩する。
木場公園前、家を目前にしてついにドロップアウト。押し歩きになる。筋肉痛などで、行程中に押し歩きしたのは、秩父輪行以来だ。

行程mapM20時過ぎ。何とか帰宅する。途中からメーターすら見なくなったが、本日の走行149.9km.あと100mで150kmだ!
MR−4での日帰り最長が114km、BMCの最長は74kmだから、最長記録を大きく更新した。
BMC流石也。
やはりオマタの課題は残された。今回は出発が遅れて、こまめな休憩が取れなかったこともある。足は故障中で、また翌日また通院である。

帰宅時までにまったく余力の残らないサイクリングであった。
100kmを越えると、もはや忍耐と距離数の達成感しかない。
本来、時間に縛られず気の向くまま、寄って・見て・楽しむのがポタリストのスタイルだ。
やはりポタリングを楽しめるのは50km〜70kmまでである。ポタリングは距離を気にしてはいけない。

とはいえ、もう少し頑張れば『センチュリーライド』も夢ではないことも実証できた。
第二次城山攻略により、城山ダムは陥落した。


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PS 翌日、通院に自転車を出してしまった‥‥
    自爆行為であった‥‥

第一次城山攻略

MC後のBMCの試走コースを津久井湖にしたのは、それなりの距離と、きつい高低差が少ないからだ。
サドルを『ZOO GELF LOW』に替えて、股擦れと前立腺の痛み回避にどのくらいの効果があるかの検証もあるが、趣味でいじっているとはいえ、それなりのパーツを投入している。健脚なら200kmも楽勝な仕様である。軟弱ポタリストといえども100kmを余裕でクリアできなければ意味がない。
平日に休みを取って夕暮れ時までに帰る予定。翌日も4時半起きの仕事だ。
雪で足止め午前7時30分、天気予報は午前中一時雪と出ている。雲は低いが予想より寒くない。どうせ降ってもものの1時間くらいだろうとタカを括って出発。
新宿を抜け、R20で府中から聖蹟桜ヶ丘、橋本を経由するに抜けるのが最短ルートだが、走りやすいR246二子玉から多摩川CRを抜けるルートにした。
より深く垂れ込めた雲は、渋谷からついに雪になった。R246は首都高が上を通っているので、ある意味雪の直撃を避けられる。
降りはどんどん激しくなり、ついに用賀で足止めとなった。吹きっさらしのCRに入る前に様子見をする。
京王閣店でつぶすこと1時間。少し小降りとなったので出発。
程なく多摩川に出る。また雪が強くなった。風が吹くと横殴りになる。
雨具はない。雨を覚悟してまで行軍するほど強い意志で臨んでいるわけではない。防水を施していないコートとズボンは徐々に滲みてきている。
京王閣で記念撮影。過日MR−4で来た時は、すでに70km以上走っていた。今回はまだ36kmだが、天候のせいか疲労度は今日のほうが高い。
京王閣を過ぎると、降りは更に強くなった。すでに全身水がしみている状態なので、多摩川原橋多摩川原橋の桁下でまた様子見。やはり雪はやむ気配がない。牡丹雪となってきた。
体力的には続行可能だが、無理は禁物である。とある映画での三船敏郎演じる大村海軍少将の言葉を不意に思い出す。『このまま帰ろう。帰ればまた来ることが出来る』。そうだね、大好きな言葉である『捲土重来』をまた使うことも出来る。
服はずぶ濡れだが、ここまで来れたのは、先日松戸の某ショップで購入した手袋のおかげだろう。あの時は暖かい日で、こんな冬手袋、今年はもう使うまいと思っていたが、今回は手袋の防寒・防水効果で、手の悴みがないのが大きな効果だ。
途中ファミレスで暖をとりながら帰る。結局、東京駅雪が収束したのは、すでに東京駅を越えてからである。
走行69.5km
また、70km止まりとなってしまった。今回はスパッツにカーゴパンツだったため多少擦れたが、このサドルではまだまだいけそうである。
ほぼ全行程雪であった。雨ならば降り始めで退却していただろう。雨の日は乗らない主義だ。
雪の中でここまで走ったのは、どこかに残る『ヨンダブリスト』のサガだろう。
何の言って雪の中を走るのはすきなのだ。たとえ駆動が一輪であったとしても‥‥

第一次城山攻略は悪天候という伏兵の襲撃を受け、無様な敗退で終わった。


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エーデルワイズみたび 弐

記念撮影日はAM8:40に出発。宿の前で記念撮影をしていただいた。
日塩有料に入るとすぐに渋滞となった。料金所渋滞かと思いつつも、料金所を超えても渋滞は続いた。



看板2看板その1所の手前にある看板。
いつからあるんだろう?。これ見てぴんと来るのは40代後半だよな。
料金所を超えると反対側車線にあるのはこの標識。
これは今でも通用する??

渋滞はハンターマウンテンの駐車場へ続く道まで続いている。エーデルワイズに行く道には車一台行かない。
これはひどいと思いつつ、すいてるかなぁという期待も出てくる。
塩原宿泊のスキーヤー・ボーダーはほとんどが『ハンターマウンテン』に行く。塩原温泉とハンターマウンテンのスキーパック企画は大々的に宣伝されてい る。ところがエーデルワイズを見ると申し訳程度に川治温泉とのセットパックが見られるのみ。そう、エーデルワイズは日光市にあるのだ。

なにこれ行列かし期待とは裏腹で、駐車場は一番遠い下段の中ほど。初めて訪れたときとほぼ同じ位置だ。
これでもリフトは混まないので、悠々たるもんのはずだった。
しかし‥‥なにこれ?レンタル申し込みの行列が有に100m以上はあるぞ!
とてもレンタル数が足りないように見えるが、とりあえず並ぶ。リフト券売り場も長蛇の列だが、なにこれ行列後方レンタルが出来るのかが不明なので、暫く経ってから別働隊を派兵。
待つこと1時間半弱。あと5分で半日券が買える時間になった。他の客が騒いで待つと言い出したのでそれに便乗。AM9:30にきていながら、半日券となった。
レンタルも11:30から半日料金になる。10分前になり、すでにかなりのパーツが終了になっていながらも、誰も
申し込みをせず、行列は完全に停止した。
スタッフが折れて5分前から午後料金での貸し出しを再開。子供用の靴はほとんどなく、娘のサイズの靴も残り数足だった。レンタル在庫もがらがら状態で、先ほどと変わらない100mの行列の後方の人達はどうしたのだろう。
メインゲレンデ局、滑り出したのは昨日とほぼ同じ時間となった。周囲の会話を聞いても、常連なのか、すいているからいつもここだというが、今回の混み方は異常らしい。何かウケるTV企画でもあったのか??



こいつらだって危ないぞ強盗?兵士?が「お父さん、それ危ない!」というので1枚。
強盗じゃないぞ。ソルジャーだ。「生鮮を買いぬくために戦うのだ‥‥??」。武者震い‥‥さぶいぼか?



楽しかった‥??ローズの時間が迫ってきたので退却準備。
何の言って、半日券でも十分滑れた。
山の稜線に日が沈むと、あたりはトワイライトゾーンに包まれていく。遥か下方の谷間を綴りながら、渋滞のテールライトの列が暗い山間に、美しくもアンバランスなコントラストを描く。

ロマンチストになったわけではない。眠くてぼうっとしているだけだ。フェイシャルタオルでガシッと眠気を覚まして、安全運転(のつもり)で帰る。

走行424km 燃費9.5km/L
エアコンガンガン、渋滞の山登りを含めばまあまあだ。


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エーデルワイズみたび 壱

今シーズン初めてのスキー。
圧雪路場所は常連となった。『エーデルワイズスキーリゾート』
東京から近く、東北道アクセスのため比較的渋滞も少ない。駐車場は無料。但し、日塩有料道路途中にあるため600円の通行料がかかる。駐車場代わりとすれば安い。
道は圧雪状態。8年目のスタッドレスでも快適で、デフロックが活躍する場もない。
中段駐車場いつものように初日は昼前着。上・中・下(ランクじゃないぞ)とある駐車場の中の奥寄りに誘導される。昼近いからこんなものだ。その代わり、レンタルもリフトも半日券だ。
レンタルスキーが、珍しく建物の外まで並ぶ列となっていた。‥‥これが明日襲来する異変の前兆だと気づくすべもなかった。

ゲレンデはすいてるリフト・ゲレンデともにすいている。メインリフトも10分待つことはない。待ちすらない場合もある。
ゲレンデもすいている。この『すいている』ということがここの大きな魅力であることは、周囲のグループの会話を聞いていても分かる。結構常連が多いようだ。
娘はゲレンデに流れる曲を全て歌っている。オヤジとカミサンには分からん。
スキーといったらカミサンは『ユーミン』、オヤジには『レベッカ』しかない。ブランクの長さが知れようものだ。

エーデルワイズ’13フトは5基、上級コース3・中級5・初級6とあり最長コースも1,800mと比較的こじんまりしている。万年『中・初級レベル』のオヤジにも、上級だと思えるコースはコブのある1つだけで、あとはボーゲンでも降りてこられる家族向けゲレンデだ。『枯木ゲレンデ』というメインゲレンデから独立した、天然雪で、森林の中を滑る穴場ゲレンデもある。
リフトがのんびりで、遅い第一クワッドの信号待ち(初級者や子ども連れが多く、乗降時によく止まるのだ)では待ち時間を含めて山頂まで20分は掛かる。
レストハウスで休み休みでは、回数券にすればよかったと思っていたが、実際は回数券を上回る回数を乗っていたので、結局は半日券が正解だった。

復興御宿??日の泊まりは、塩原温泉にある『復興御宿 富双江葉大馬 塩原秘極の湯 葵』(えらい長い名前だ!!)。
紹介によると、東日本大震災の被災地である、福島県6市町の名文字を採ってつけた名だそうだ。被災者の雇用や宿泊などを含め被災地の復興を祈願し、昨年10月にオープンしたとある。
そのようなことを考慮してか、全体的に派手さはなく、静かで落ち着いた雰囲気である。食事とスタッフの心遣いは「◎」。
大ボリュームではないが、とても美味かった食事の写真を撮っていなかったのは失敗。
女性陣は大満足であったようだ。しかしオヤジには、殿方内湯の狭さが「×」。部屋も含め他は申し分なかっただけに、唯一不満の種であった。
紹介写真引用

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相性

彩湖試走から1週間。出血は止まったものの股擦れがまだ治っていない。
パッド付インナーの縫製部との接触が股擦れの原因のようだ。
サスペンションシートポストも効果がなく、残された原因はサドルのみとなった。
『スペシャライズドソノマGEL』。MR−4購入と同時に購入した、もっともお気に入りパーツである。今回試しに、サスペンションポスト用に購入した『セライタリア・スポーツアラーZOO GEL FLOW(これも変な名前だ)』に付替えた。

江戸川イールでお世話になった、松戸のプロショップに手袋を買いに行きがてら、ZOOの試し乗りをすることにした。
患部がまだ腫れているのでパッドインナーをやめて普通のミドルパンツにする。これでぶり返したら地獄である。
松戸までは、強い南風に煽られて快適そのものだ。お店で珈琲をご馳走になり、汗ばむ陽気の中で、ウインターグローブを購入。松戸から江戸川CRを南下する。
ずーげるふろーりはまさに逆風を受ける。すかさず安全速度まで落ちる素直な弱脚である。心配した尻と股の痛みは30kmを越えてもまったくない。これはいけそうである。
江戸川をそのまま南下し湾岸に出て葛西臨海公園を回って帰る。



SONOMAんま GEL行としては53kmだったが、、股や尻の痛みは出なかった。
TS−7購入以来、サドルといったら『スペシャライズド』と思うくらい連綿と受け継いできた?イメージにひびが入る。いい相性だと思って乗り継いで、BMCに引き継いだものだが、片思いだったのか。
50kmそこそこでは結論が出せない。
昨年春、彩湖にポタしたときは『アセンシア』だったがやはりサドルのトラブルはなかった。
江戸川2ザインに惚れこんだ『スペシャライズドソノマGEL』だけに、降板させたくはない。そういうイメージが、サドルが原因という可能性を無意識に否定していたかもしれない。
とりあえず『スポーツアラーZOO GEL FLOW』で様子見をすることにする。

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彩湖試走

延命地蔵ッティング終了後のならし運転。彩湖までの往復。やはり少し恥ずかしい『クロスライドUB』だが、慣性のよさは抜群であり、僅かな傾斜があれば、ずっと漕がなくてもいいのは楽。慣性の良さだけ見ると、フォレックス24以上だ。まあ26インチなら当然とも思えるが‥‥。快いラチェット音が走りのよさを予感させる‥‥。
南千住を通過した際、延命寺のお地蔵様が目に留まる。前回訪れたときは、震災で座から落ちて、ばらばらの痛々しい姿だった。今回直っていたので、立ち寄って浄銭を奉納。合掌する。

彩湖2ストだから一般道でこまめにシフトを繰り返す。北風の強い日、戸田までは一般道を使い、向い風を極力避ける。フ ロントは2速で稼動範囲が狭まる分クイックになった。但し、街中のSTOP&GOの繰り返しでは、風向きを差し引いてもMR−4のほうがやはり軽い。

途中から荒川土手に上がる。30kmも走ったらばてばてになってしまった。強い向い風のせい?
リアのギアチェンジが軽くスムーズになったのはU品ながらXTの効果か。チェーンラインのずれが気に なるところだが、クランクがシェル幅70mm対応とのことなので、右ワンに1.8mmのスペーサーを入れてみた。以前にしばしばあったミドルレンジでのシフト時のギ アの滑りがなくなって、確実にシフトするようになった。なぜ‥‥?

彩湖1ョートステムの影響が、強風を受けたり段差を越える際、押さえが利かずハンドリングが不安定になる。改善というより、滑るフリースの手袋をしていたという点が問題であり、滑り止めの付いたサイクルグローブにしたことでほぼ解決というお粗末さ。

CRも含め70kmほどの試運転だが、やはり脚とお尻に来た。MR−4でのサイクリング時のお尻の痛みは、パッドつきインナーでほぼ解消されたが、AC−02の場合は、同じインナーでも、股擦れを起こしてしまい、70kmがほぼ限界となってしまった。
脚力のないのは不精進なだけだが、お尻や内股も鍛え上げないと駄目なのか??
ポジション変更の効果で、多少肩・首は楽になったものの、お尻に関してはまた白紙となった。
無風状態では、面白いくらい軽く回るだけに、お尻と向き合う?ことが、AC−02のロングライドの課題だ。

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コンパクト10S化&ホイール2

ジテ通と通勤帰りポタがなくなった後は、買物とチョイノリ専用になってしまったAC−02。ホイールの不調を機に心機一転、足回りを一新する。

「ホイール交換」

mavic crossride ub2ロルフサテライト‥さて2年6月に入手したばかりのお気に入りホイール『ROLF SATELITE』。ゴリをプロショップでオーバーホールしてもらった上での装着だったが、原因がベアリングではなく、ハブの内側の磨耗なので、無念ながら履き替える。

デザインが精悍で洗練されているROLF SATELITE。勿論、新品での再入手は困難である。今mavic crossride ub1CIMG4711回はやはり懲りて、新品で調達できるマビックにする。『CROSSRID UB』。「ごてごて」のお好み焼き風デザインはちょっと躊躇ってしまうが、エントリーモデルながら、SATELITEに比べて200g以上軽量なことは大きな魅力だ。
23Cタイヤの装着も検討したが、乗り心地を含めた乗り味のメリットが期待薄のため、『コンチネンタル スポーツコンタクト/35−559』をそのまま使う。

「トリプルクランク」から「コンパクトクランク」へ

購入105 fc-5750&driveline165クランク直後にクランク長変更のため交換した『アルテグラクランク』とオリジナル『TOUROチェーンリング』の組合せを『105 FC−5750』クランクセットに交換。こちらも新品で購入。クランクのみのU品ながら、『アルテグラ』は分不相応であった。ちょっともったいなかったが、リング周りがシルバーに統一され、色合いも含めさっぱりした。

「10速化」

元々X−7が9速だったが、1dynasys rd-m773105 fd-570005が10速なので、この際駆動系を全て10速にする。フロントディレーラーを『X−7』から『FD−5700』に交換。残念ながらここからは資金不足により結局U品となる。

dynasys cs-m771-10SRAM PG950 11−32T』から『CS−M771−10 11−36T』にスプロケット交換。
『SRAM X7』から『DEORE XT DAYNA−SYS』にRDも変更。
クロスライド装着にあわせて装着する。せっかくのXTだが、U品で傷があり、見た目が「だいなしっす」??
3×9→2×10になったが、ローとトップのギア比はほぼ同じになっている。
右クランクが2段化により内側に入り、中心からの左右の間隔が均等に近くなった。コンパクトクランク冥利なり。FDも薄型になりすっきり。ドライブラインの110mm用バッシュガード。これがないとしっくり来ない。
RDもシャドーのため、前後からのシルエットは随分スリムになった。

bmc ac-02 2010年の購入後の足回り改造は、ほぼ総入れ替えとなった。
古いパーツを処分したが、また出費してしまった。

MR−4改は『ALIVIO』8Sで長距離もこなしている。アリビオ8Sに不満はないのだから、XT10Sは贅沢すぎる装備である。
ここまでやって、狭い部屋の装飾品?にしていてもしょうがない。
調整を兼ねて試走会?へ‥‥

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livedoor プロフィール
愛車紹介
1.PRESAGE U31
愛称KARANO号
  :いまや歴史遺産となりつつある3.5L/フルタイム四駆。最近は金欠でタコメーターしか見なくなった我が家の軌道空母。2002年モデル。

2.MR−4
  :GIANTのロングセラーフォールディングバイク。18年間コンパクトスポーツの頂点に君臨した名機も2017年モデルを最後に絶版となる。2010年モデル。

3.SOMA SAGA『嵯峨』
  :米国ソーマファブリケーションズのツーリングフレームに格安パーツを買いあさって組み付けたクロモリツーリングバイク。年式不明

4.トランジットセブン
  :今は娘の愛用となっている、BSの20インチフォールディングバイク。オヤジにサイクリングすることと、カスタムすることの両方の楽しさを教えてくれた逸材。2007年モデル。
  
5.ALPENCHALLENGE   AC02
  :レーサー志向の本格バイクを投入する『BMC』の珍しい26インチアルミバイク。ストックパーツを再編成して復活した我が家の最軽量クロスバイク。2011年FC前モデル。  
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