KARANOがれーじ

KARANO 枯野 1.古事記に登場する仁徳天皇所有のハイスピードクルーザー。毎日灘波と淡路を往復し清水を宮に運んだ。 2.我が愛車のニックネーム。毎週我が家とスーパーを往復しPBの飲料水を運んでいる。 3.枯野さん(ハンドルネーム)。 鍵穴型古墳マニア。持病持ちポタサイクリスト。

ブレーキシュー交換

MR−4のブレーキがテクトロから105に換えたことにより、嵯峨のベローチェとの効きの差が改善されたので、今度はミニVの効きの低下が気になってきた。
BMCから続くカンパニョーロのベローチェは3年半になる。そろそろシュー交換時期にも近づいているので交換する。
ベローチェはカンパの下級グレード、一概に比較はできないが、グレード対比では105とティアグラの中間くらいというところだろうか。効きは結構強烈でロングVと遜色ないものであった。
現在ベローチェのスペアシューを単体で購入で購入するのは難しい。他の品番でも互換性のあるものはあるだろうが、この際カートリッジごと交換することにした。
シマノのブレーキパッドがあるので、一旦はパッド交換を試みたが、互換性はないようだ。仕方がないのでサーファスのカートリッジシューを購入してシマノパッドと交換して取り付ける。
取りベローチェLINEAR PULL カンチブレーキシュー外した『ベローチェLINEAR PULL カンチブレーキ』のシューカートリッジ。少し片減りしているがパッド面はまだ十分使えそうだ。







ブレーキシュー交換4換用のサーファス+シマノシューとベローチェLINEAR PULL カンチブレーキシューを比較。ベローチェのシューカートリッジはMTB用と言うよりはロードブレーキの長さを延長したようなイメージである。







取りブレーキシュー交換5付けてみる。遊びもほとんど同じに調整する。
引いてみると随分違和感が有る。なんか甘いな。‥‥というより引きしろを完全に使いきらないとフルロックしない。ベローチェだと半分強でフルロックになる。
そんな馬鹿な!シマノ効かなすぎる!。いくら安いとは言えシマノがカンパにそんなに劣るわけがない。「流石カンパ!」なんて喜んでいる場合じゃない。
少し冷やしてちょっとお勉強。ゆる〜い効き方になったということは「引きしろが大きくなった」ということである。
引きしろの大きさは「テコの原理」で支点から力点の距離である。本体が変わらないのだから変わる要素は角度である。


なるBlogPaintほど105でお勉強したことと同じである。
原因はインナーワッシャーの厚みである。
ワッシャーの厚みの違いによってワイドプロファイル化してしまっているわけである。






入れ替えれを改善するために、いささか荒療治ではあるが、インとアウトのワッシャーを逆付してみる。








こんワッシャー位置変更な感じである。右がノーマル。左が逆付である。
調整後のワイヤーの固定長は純正ベローチェシューとほぼ同じになった。







レバーの引ブレーキシュー交換1きしブレーキシュー交換8ろも以前と同じになった。
それでも初期制動は少しソフトになった気がする。
実際の制動力や如何?








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自転車のあるクリスマス?

「きっと君は来ない〜‥‥」
自転車のある部屋番クリスマスソングの流れるイブ。
久々に自転車を陸上げ。室内ドック入りした。
もう10年経つ980円のツリーとバザーで買った50円の単色イルミネーションがささやかに祝う。(ツリーをしまうのはいつも年明けだが‥‥)
最近『自転車と暮す部屋』とか『自転車のあるインテリア』なんてのが流行っている(もう過ぎたかな?)が、家族持ち・ローン持ちの3LDK城主には『羨望の極み親父』である。
城主の居間である4畳半相当の部屋に自転車が居座ったら椅子のリクライニングすらできない。
今年は特に部分リフォームした際の家財が全て城主の居間に献上されているため、自転車が入ったら座る場所と出る通路しか確保できない。
自転車のある部屋3転車にぶつからないで眺められるスペースが欲しいものである。
仏教徒でありながら、いい歳こいてサンタさんにそんなお願いをする。
ささやかなメリークリスマス。

PS
サンタさんてトルコの出身だったそうだ。まあサンタさんの頃はアナトリアってバリバリのギリシャ正教だったんだろうけどね。



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ショートかまくら

鎌倉街道がガイダンスしてくれるというので、家族で鎌倉へ行く。
鎌倉を歩くのは何年ぶりだろう。
来るだけなら昨年自転車で若宮大路を素通りしている。
しょっちゅう乗っている総武快速の滅多に乗らないグリーン車でちょっと旅行気分。




円応寺から鎌倉で降りて鎌倉街道を円応寺に行く。
建長寺を過ぎたところで気づいて、「円覚寺も東慶寺も通り過ぎちゃったじゃねぇ。縁切寺いきた〜い」とガイドに要求。
「母親ときてるのにお前が縁切寺入ってどうすんだ」と娘に突っ込まれる。いつも歌ってるのに行ったことないから行きたいだけである。残念ながら時間の都合で却下。




建長寺三門応寺で閻魔様を拝んで建長寺へ。「建長・円覚古寺の〜」と童謡鎌倉に歌われた二大伽藍の一つは見たいよね。こちらはルートに入っている。『建長興国禅寺』の大扁額に感動。






岩船地蔵堂長寺から亀ヶ谷切通しを抜けると、ちょっと不思議な六角堂があった。
『海蔵寺岩船地蔵堂』、源頼朝の息女大姫の守本尊が安置されているそうだ。






地蔵化粧坂切通し堂からJRのガードをくぐり、少し歩いて源氏山への小道に入る。
予想だにしていなかった上り道。これ鎌倉の散歩道?
「源氏山から〜北鎌倉へ〜」の道はこれではないだろう。傷心で歩く道のイメージじゃぁない!
ルートを知っている娘は親ふたりのサプライズショック??をみて「してやったり」のご満悦。紅葉はとても綺麗だったのは救い。




銭洗弁天の見え銭洗弁天2る尾根を下っていくと『銭洗弁財天』入口の隧道がある。
切り立った崖に囲まれた境内の奥に洞窟があり、ここの有水で銭を洗うと増えるという。なけなしの小銭を洗う。




市役所通りまで下る。
ここまで来たら長谷まで歩いて大仏様と、長谷で鎌倉ケバブを食って江ノ電で戻ることを提案するが、小町通りでゆっくり買い物をしたいという女二人の要求でまたまた却下される。
小町鶴岡八幡通りをブラブラしながら鶴岡八幡まで足を伸ばす。
境内のシンボルだった大銀杏は2010年に台風のような大風に見舞われ根元から倒壊した。もともと大銀杏のあった場所は整地されており、根元の部分が少し離れたところに植え直されている。





鎌倉りもリッチにグリーン車で帰る。
走破距離としては7.3kmと短かったが、久々に家族3人で歩いた道は楽しかった。
次は是非、長谷の大仏と鎌倉ケバブそして東慶寺をウォーキングコースに入れたい。


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リクセンショッパー

陸戦は兵站輸送が勝負である。
リクセンショッパーが家の主力輸送兵器、リクセンカウルに新機種を投入する。
注文していた『ショッパーアリンゴ』と『ショッパープロ』が届いた。
もともと通勤・ショッピング用にショッパーとショッパーコンフォートミニ、サイクリング用にマッチパックとバリオラックを使い分けしていた。
MR−4は24インチなのでクリアランスの問題はないが、26インチのBMCにギリギリクリアしていたショッパーが、BB下がりの関係かSAGAではタイヤに干渉してしまう。



ショッパープロAGショッパーアリンゴA用にショッパーコンフォートミニより大きくクリアランスを確保できるモデルとして、『ショッパーアリンゴ』をチョイス。
MR−4用のショッパー自体がだいぶ劣化してきたことと、むき出しのためリア付に不安があったので、カバー付きの『ショッパープロ』をチョイスした。





ショッパープロ3速取り付けてみる。
『ショッパープロ』は『ショッパー』と基本サイズは同じである。容量24Lは惣菜を大量に収納できる。
カラーはブラック。今はメーカーから『グレーカラーシリーズ』というハイグレードモデルが出ているが、我が家の現役『ショッパー』は日焼けのため取り付け面を除いて全てグレーカラーになっている。





新モデル『ショッパープロ』はコショッパープロ1ショッパープロ2ードロック式カバーが付いているのでリア装着でも安心である。しかし長ネギと大根には気を使う必要がある。







ショッパーアリンゴ3AGA用に新しく購入した『ショッパーアリンゴ』。サイズはW38×H26×D24cm。深さは24cmと『ショッパーコンフォートミニ』と同じだが容量はミニより4L大きい17Lで、こちらもコードロック式カバーが付いている。







ショッパーアリンゴ1ショッパーアリンゴ2ラーはパウダーブルー。写真ではシックな色合いだったが、現物はかなりクリアな青である。
ブラックばかりだとつまらないと思ったが、結構浮いてしまう。まぁー暫く使っているうちに、これも焼けて『グレーカラーシリーズ』になってしまうだろう。





クリアランスニと深さが同じなのでクリアランクも十分。
Beamのコイルスプリングサドルもギリでいける。あと15mmシート高を上げるとショッパーもいけるのだが、この15mmがフォームとしてはクリアできない。
短足の性(SAGA)はどうしようもない。




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海難1890 観ました

予て海難1890-5より観たかった映画が封切りになった。『海難1890』。『征服1453』よりトルコファンになったおやじにとっては日土合作で、日本とトルコの友好の礎となった題材はぜひ見たかった。

http://www.kainan1890.jp/index.html

https://www.youtube.com/watch?v=Iadt_c4pBwI



この海の翼映画を知った頃は、てっきり秋月達郎の『海の翼』の映画化かと思っていたが、主人公や脚色も違う別作品だった。


監督は田中光敏。映画ファンではないから監督さんにはあまりこだわらないのだが、『火天の城』はおやじの感動した映画の一つである。

内野聖陽はじめ配役陣も錚錚たる面々であるし、トルコ側の描写も重厚で手を抜いてはいない。

さすがに超大作とは言えないが、世界中にアピールできる作品として東映が力を注ぎ込んだ大作である。

海難1890-1のキャストは他の映画やドラマでも見ているので、トルコ側のキャストに興味があった。トルコ側主演のケナンエジェ熱演もさる事ながら、トレーラーではあまり出てこなかったが、このふたりにが印象に残った。
軍楽隊の生存者の水兵。毅然とした役柄なんだけど、どこともなくコミカルさと優しさがにじみ出てくるいいキャラだった

もう
海難1890-7ひとりがテヘラン空港で真っ先にトルコ航空のカウンターに詰め寄っていたおやじ。トレーラーでトルコの子供が、日本の子供の手を取りトルコの人々の拍手と激励の中、カウンターへ歩いていくシーンはこの映画の最大のハイライトだが、その自分の息子に日本人を導くように諭すのがこのオヤジである。最後に自分たちは車で帰るといって空港を出ていく。おやじの鑑である。

海難1890-4ザル首相が素晴らしい。日本沈没で丹波哲郎演じた山本総理同様、どこの国の首脳より立派に見えた(山本総理はもちろん架空の人物だが)。日本側から見ると2カットくらいしか出てこないが最後のカットのセリフが本当に素晴らしい。
日本ではこのような決断をする首相はいないし、それに国民すべてが応えるということもないだろう。

エルトールル号1エルトールル号2で は、実際の事故現場である串本の風景がとても印象的だが、トルコ側の舞台でもあるイスタンブールの街をバックにした『エルトゥールル号』の美しさが特に印 象的である。CG技術にはいつも目を見晴らせられる。DC-10がCGなのはむしろ意外。てっきり本物を持ち出したのかと思っていた。


泣いた泣いた。『アナ雪』より泣いた。『TITAN
C』より泣いた。『サンダ対ガイラ』?より泣いた。ストーリーや展開はわかっていたのだが、やはり実際のスクリーンで観ると止めどもなく涙(と鼻水‥‥)が出てしまう。トレーラーで泣けてしまうくらいだから、タオルハンカチ持って行って良かった。惜しむらくは串本編とテヘラン編との結びつきに
『海の翼』のようないくつかの因縁があって欲しかったと思うことである。

上映では是非ケバブサンドを販売していただきたいと書いたが、丸の内では本当に上映に合わせて『ケバブ』を販売したそうだ。

とても見ごたえのある作品なのに、上映海難1890-6初日に観客が満席の1割にも満たないプライベート上映会状態だった。地元ではすごい人気のようだが、ここの劇場だけなのか?。
同じ日『杉原千畝』も封切りになっていたけど、これでは東映が「大惨事」になってしまう。

ディスカウントの中古DVD派が言うのもなんだが、ぜひ映画館に出向いて見ていただきたい。報恩とか友情とか言っても、日本で閑古鳥が鳴いていてはトルコの人たちに顔向けができない。

日土両首脳の折り紙つき作品。色々近隣諸国と問題を抱えている両国だが、国際関係とは関係なく文句なく感動できる映画だ。今度はぜひ『山田寅次郎』を題材にした映画を作ってもらいたいものである。


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BR−5800 105キャリパーブレーキ装着

現在我が家で唯一のキャリパーブレーキはテクトロ420A。
Vブレーキ至上主義者だからというわけではないが、キャリパーってこんなものだと我慢していたがやはり効きが悪い。いくら力を入れて握っても効かないのには疲れてしまう。
効かないことが致命的かといえばそうでもない。致命的になるようなスピードは出さないから‥‥とは言えちょっと手に酷すぎる。

アシマューは昨年交換した『ASHIMA』。420Aとのコラボはおそらくファイヤーフラッシュの逆噴射+高速エレベーターカーの全制動並みの最強コンビだろう。
そこで、とりあえずそこそこお手軽で期待できるものというと、『テクトロ』→『105』というのがブレーキグレードアップのキーワードのように謳われている。やはり定石なのであろう。






BR5800セット入したのは新型シマノBR−5800キャリパーブレーキ。2個セットで、1個当たり3700円ならべらぼうな値段ではないのでU品ではなく新品にした。
『SLR−EV』、それまでの5700系とは構造自体が刷新されているとのことで、引き量も少なくなっているとのことだ。同じレバーで引くとかなり強烈な効きになるらしい。尤もテクトロブレーキとの比較ではないので『テクトロRL341』で引いた場合どうなるか不明だが、それでも「V」以上の効きになることはないだろう。




ブレーキ交換ャリパー交換は初めて。バイブルのメンテガイドはMTB用なのでキャリパーブレーキの交換調整は載っていない。まあ基本はセンターボルトの着け外しだし、ブレーキセットの中には複数の固定ボルトがあるので長さの合うものを選べる。







BR機種比較裏−58機種比較00はかなりごっつい。色はシルバーだが、若干チタン系。単体の質感はとても良いが、ポリッシュシルバーの車体とは少し色合いが違ってしまう。柔らかい基調(実際素材も柔らかいから効かないのか)の420Aと比べると、いかにも無骨で戦闘的なデザインである。まあ何でも効きが良くなればいい。




クリアランスイヤのクリアランスも十分。420Aよりも余裕があるくらいだ。








セッティングブレーキシューチュナーり付けに際して、今後のこともあるので新兵器を投入した。
TACXブレーキシューチューナー。これをリムに挟むと均等で適切な間隔をセットできる。しかもトーインの調整まで出来てしまう便利ものである。
でも、微妙な隙間の調整が必要なロードには向かないかも。最後は素手でワイヤーの遊びを調整。




UFO型アジャストボルト正の黒いアジャスターボルトではアウターキャップが大きすぎて入らないので、ここはテクトロのUFO型アジャスターを使用。








BR-5800FBR-5800R着完了。レバーのタッチはぐっと軽くなった。室内で回す限りは制動感は確実に上がっている。引き量はむしろ大きくなった気もするが、バネ強度が違うのか、戻りが確実になった。

これで少しは毎回の握力検査から解放されるか‥‥




早速試走
105R待に反して、普通に街中での速度調整などゆるい低速状態ではほとんど変わらない。ここがメインユースなのたから、街中での使用感はあまり変わらないのはちょっと落胆。
しかし違いは直ぐにわかった。高速からのブレーキングは同じ力で握ると制動力が違う。特に上ハンでのブレーキングに握力検査並みの力が不要になった。確かに街中の制動でも、完全停止の際の最後の気合のひと握りが不要になっていた。
期待していたロードレバー+ミニV並みの強力な制動には及ばないが(というかVブレーキはあるところから一気にロックしてしまう効き方)、420Aより確実に制動力が上がっている。とくに急坂での制動距離の違いは一目である。引く量によって比例した制動が得られるという感じ。
車ならABSが付いてるって感じか‥‥


飛ば105Fさないから制動はそこそこでいいと思っていたが、大きな制動力
が必要な時ほど楽になったという点では、効果大のようだ。
如何にも後からつけましたよ〜ぉというような微妙な色の違いが少し気になるが‥‥。



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今回は辛口『サイクルモード2015』

またまた今回もきました『サイクルモード2015』。
サイクルモード2015回の目的は3つ。
「26インチリムブレーキ仕様のコンプリートホイールを探す」。
そのうちBMCを復活させようと思っているが、なにせ26インチリムブレーキ対応ホイールが絶滅種に指定されっている。
「リクセンカウルの品定め」。
『嵯峨』に換えてから、形状の違いかショッパーがタイヤに干渉する。ショッパーコンフォートミニではママチャリのOGKカゴに対抗できない。ショッパーアリンゴがどんなものか見たい。ショッパー自体ボロボロなのでショッパープロに変えたいし‥‥。
なんか最先端からは程遠いミッションである。
そして最後は「ガゼルを見ること」。
『OX ガゼル』(昔の日産車じゃないぞ)。なぜか突然興味が出た。なかなか専門店でも現物を見ることはできない。

ブース全体では自転車メーカブースが減少し、メーカー以外のブースやイベントスペースが増えたよな気がする。パーツメーカーも全体的にブースが縮小しているように見えるのはおやじだけだろうか。
『Vブレーキ至上主義』・『反700Cロード』を内に秘めたオヤジとしてはロードモデルの衰退は密かに歓迎するところだが、相変わらずロードモデルが今日の自転車ブームの牽引役であることを考えると、自転車ブーム自体が低成長・成熟期に入りつつあるのだろうか。

今回は、ミニLGS-MV24Sと24インチにターゲットを絞って見ることにした。
ルイガノのブース。24インチの『MV24』。フラットバーとドロップがある。このホイールは補修パーツとして入手できるそうだ。
しかしよく見るとタイヤの規格は25−540になっている。MR−4は25−520である。微妙に規格が違うようだ。自転車の規格違いなんとかならないのかねぇ。




ルイガノで目にとまったのは『ジェダイ』の復活である。なんかスターウォーズみたいだ。
MV24D&JEDI








東京サンサンエスエスのブース。一通り新製品が揃ったようだ。ボーダレスカーボンハンドルバーのアルミ版が出ないかなぁと聞いてみたが、複雑な形状のためなかなか難しいようだ。







先日調いつ黒出たの?達したビームコンフォートサドル。スプリング付きでソフトだが、お尻が滑って安定しない。ソフトで坐骨には優しいのだが、中央が高くなっているので局部に来てしまう。これについてはやはり『穴とミックタイプ』に分がある。
黒はいつ出たんだ。好み的には黒の方が良かったのに‥‥
恒例のパンフレットをもらう。SOMAサガフレームが100,000円になってる。オヤジが買ったときは81,000円、その前年は67,000円だった。別にグレードアップしているわけではない。




復刻セフティレバーイアコンペのブース。ついに出ました『セーフティーレバー』の復刻版。往年のデザインを踏襲しているが細部は今の安全基準に合わせて改良されているようだ。







PATTO BIKEかなかいいなと思ったのは『PATTO BIKE』。なんとなく今風ブロンプトンみたいだと思ったら、ブロンプトンみたいに小さくする。
105仕様は10.8kg。これなら輪行は楽そうだ。去年は24インチの『TERN』が派手に出てたけど、やはり今回は出展していない。





レーシングミク年もあった痛チャリ。HMRというブランドだ。コスプレのミクおねーさんもいた。
でもなんでミニベロなんだ。ぶっといカーボンロードフレームにやればいいのに。「やっちゃえ、オッサン!」







マジっすか?MASI』のコーナーでびっくり。『マジっすか?!』SAGAカラーである。SAGAフレームそっくりだ。どっちがパクったんだぁ。







ガゼル回の最大のトレジャーがこれ。出展されているはずなのに探したよー。小さいブースの奥に荷物に隠れるように置いてあった。試乗車って貼ってあったけど、あれじゃブースから出せないんじゃないの。
皆さん知っていますか?『OX(ゼロエックスじゃないよ)ガゼル』。デビューして10年近く経つのかなぁ。
ミニベロにハマっていた頃は見向きもしなかったカスタムモデルだが、最近偶然24インチMTB仕様を見たとき久々に自転車で衝撃を受けた。「こいつに24インチロードを履かせたらメチャかっこいいぞ!」
ディスク仕様なら可能とのこと。
お金と暇ができたらぜひチャレンジしたいカスタムだ。
24インチで目指すのはターンでもルイガノでもない。『エアニマルカメレオン』である。
我が家のMR−4はもちろん別格である。

パネル2パネル1ヤジは全く興味がないが、娘が大好きなので写真を撮ってきた。「これのおかげで自転車ブームになったんだろ」なんて知ったこと言いやがって。
好きだったらママチャリ欲しいなんて言わずにロードにしろよ。ダイエットにもなるし。






コンプリートホイールイールが出ているところは一通り見たが、26インチ・リムブレーキ仕様は絶滅種だった。MTBはもちろん、シクロクロスやクロスロードもディスクが主力になりつつある。
重くなる・部品が増える・保守が煩雑になるというデメリットを超えるメリットはユーザーではなくメーカーとディーラーの政策メリットだけだろう。リムこそ最大最強のディスクだ。
ホイールの自由度が増えるというのは、それだけのバリエーションを増やしたくないメーカーの言い訳だし、リム減りのデメリットも、そもそもそこまで乗りこむような使い方のユーザーなら、ディスクのデメリットを我慢するよりホイールを交換するだろう。

さて全部見たはずなのに、『リクセンカウル』がない。どこで見落としたのだろうとガイドで見てみたが載っていない。「出展していない?!!」。リクセンカウルはブッシュ&ミュラーと同じ『PRインターナショナル』。PRインターナショナルが出展していないなど考えても見ないから当然事前に調べてもいない。

一通り回ったけど、どサイクルモード2015こか寂しい今回の『CYCLE MODE 2015』。早々に16時前に撤収。
『ジャイアント』・『スペシャライズド』・『トレーク』・『キャノンディール』等、独自の展開ができる大手メーカーは別としても、『アンカー』・『ドッベ』・『ダホン』・『パナソニック』・『ビアンキ』もなくなった。
これじゃ潰れかかったアメリカメーカーにすら相手にされなくなった『東京モーターショー』並じゃない?!

『リクセンカウル』が見れなかったのは大きな誤算。大きな目的が達成できなかった。


どうしたのサイクルモード!来年は考えてしまうよ。
往復55kmなら幕張のイオンモールにケバブ食いにきたほうがいいぞ。


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とーせいかん

前かDVDら見たいと思っていた映画をDVDで購入した。
『怪獣大戦争』。言わずと知れた1965年の東宝ゴジラシリーズの特撮映画である。
もちろん子供時代に劇場で見た年齢である。(ただし多分劇場で見たのは65年封切り時ではないだろう)
『モスゴジ(モスバーガーの限定メニューじゃない)』から『怪獣総進撃』にかけては、幼年期から少年期にかけて、怪獣に心ときめかせる時代であった。さすがにちょっと大人心が出てきた頃、「吹き出し」で喋るゴジラを見たのがきっかけでゴジラと決別してしまった。

『怪獣大戦争』は、ゴジラシリーズでは初めて侵略者として宇宙人が出てくる映画である。
また、ゴジラが地球外で暴れるのも初めて。リモートコントロールされるのも初めて。ゴジラを絶対魔神と崇めている信者からは許しがたい作品の第一歩ともされる。
この映画はゴジラシリーズ第6作ということだが、改めて見ると、ゴジラが主役とは思えない。侵略者の宇宙人VS人間の戦争であり、ゴジラ・ラドンはどちらかというと脇役の感さえある。

X3X4の侵略者はX星人。
すべて計算機によって思考や行動を支配されていおり、女性の容姿が皆同じだったりする。まあ当時の水野久美さんならそれでもいいんじゃないと思えてしまう。
その水野久美さん演じる『X星人ナミカワ』はグレンとの恋により、最も人間的な役を演じているが、もうひとり最も魅力的なX星人が『統制官』である。


X1X2星人のボスとして出てくる統制官。おそらくX星の最高指導者なのであろう。この『統制官』はとてもユニーク且つ魅力的な宇宙人物?である。

X星の最高指導者が直接地球の一宇宙飛行士と惑星間の交渉事をするか?とか友好条約締結に等しい会見をあんな湖のほとりの仮設テーブルなんかでやるか?と言う突っ込みは別として、最も無機質・無感情であるはずの統制官の何気ない仕草がとてもダンディで人間くさかったりする。

X5律を犯せば「死」という厳しい掟に支配されている冷酷なX星人の頂点の割には地球人に気さくな態度をとったり、捕虜を取り逃がした配下の植民地指令(普通は厳罰だよね)に処分を頼まれてあっさり引き受けたり。そして最後のあの名言。

以前見ていた時はほとんど気にしなかったが、統制官て誰がやっているんだろう。初めてキャストを見る。
『土屋嘉男』?!!。
主役やってもおかしくない大スターじゃないの。確かによく見るとその人である。
調べてみるとミステリアンの首領もこの人だった。
演技派なのに、ホラーものやメイクものなど変わった役も多く、今で言うとジョニー・デップみたいなタイプかも知れない。

かつては邪悪の化身だったゴジラが、『地球最大の決戦』から立場が変わってきて、子供たちのヒーローになっていくターニングポイントのような作品ではあるが、ストーリー的には子供向けにしてしまっては惜しい内容である。

ゴジラ・ラドンをデビュー当時や平成の恐怖獣として登場させる。X星人の登場をもっとミステリアスにする。グレんとナミカワの出会いやナミカワが変わっていくエピソードなんかを盛込んだり、世界教育社をもっと謎の組織としてクローズアップさせたりしたら、大人が見ても十分楽しめるSF大作になるだろう。
X星人が全滅したあとで、ゴジラ・ラドンがキングギドラを撃退するシーンが出るのは、如何にも主役はゴジラだということをダメ押ししているみたいだが、ホントならゴジラ・ラドンを奪い返され、最後の切り札のキングギドラも失い、万策尽きた段階で、あの統制官の名セリフとともにエンディングを迎える方がよりドラマチックな気がするが。

『我X6々は脱出する。未来に向かって脱出する。まだ見ぬ未来に向かって‥‥な‥‥』というのはまさに名言である。子供心にもインパクトがあって結構覚えている。
時代が下るが『三国無双』の袁紹が負けた時のセリフ、『退却ではない。未来への進軍である!』とともにとても気に入っている負けゼリフである。

それにしても、X星人撃退戦勝利直後に、フジ・グレンにX星再調査にでろという田崎潤演じる桜井博士ってなんていう人!?。X星とは交戦状態でしょ。レディーガード持って制圧にいけと言うつもりか‥‥地球側の代表者って一体誰なんだ、佐々木孝丸さ〜ん‥‥?

電子計算機によると、今見ても結構楽しめる映画であるとの答えが出た。


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ないとらん久々

相生橋から豊洲方面事・家事等でちょっと長距離ランの中だるみ期間中。
スーパームーンの夜、久々のないとらんに出てみた。
夜風が少し涼しくなって、秋の夜長にふさわしくなってきた。
コースはほぼお決まりのベイエリア。相生橋を渡る。





勝どき橋勝どきイヌイビル前の袂より。歴代自転車は全てこのアングルで撮っている。
就航そうそうイメージがちょっと変わっている。
サドルとタイヤはお試し期間。






往年の雄姿も好き築地を望むBMC勝どきより色。
この風景も来年には消えてしまう。




橘丸竹芝桟橋。今時竹芝埠頭さるびあ丸浴衣女性が大勢。
『納涼船さるびあ丸』。納涼船??この時期に‥‥。さるびあ丸って伊豆諸島の定期船じゃなかったけ?
さるびあ丸が出て行ったと思ったらもう次の船が接岸するところだった。『橘丸』。さるびあ丸と同じ、5,000トン級の伊豆諸島の定期貨客船である。
そういえば昔亀戸に住んでいたので親近感があった『かめりあ丸』っていまでもあるのかな。


小さいスーパームーンインボーブリッジのアンカレイジのふもとに来た。
道すがら、いたるところで多くの人がカメラやスマホを空に向けている。
今日はス−パームーンの日。あいにく雲が出てきてが、レインボーブリッジから見える月は小さい。






ノースプロムナードからょっと写真取りにプロムナードを歩く。
自転車だとサウスルートとなり北に広がる都心の風景は見られない。







晴海大橋よりび引っ返して勝どき橋から晴海大橋へ。
豊洲の街並み。
ここは昼間よく来るところ。






豊洲市場海大橋から富士見橋経由で台場へ向かう。
新市場建設地。前回きたときはやっと基礎が始まったところだったが、めちゃ急ピッチで外観ができている。
土壌汚染といい、商業施設撤退といい、まさにオリンピックの失態を暗示するような醜態だった。






まだ早いんじゃないのーリア前から海浜公園に沿って走る。さすが平日だから人通りは少ない。
イルミネーションが綺麗だねぇ。でも少し早くない。さっき浴衣の納涼船を見たばかりだ。年間定番か?。







台場海浜公園より台場海浜公園からのレインボーブリッジ。暴れるチャリに猿轡を噛ませるのはいいが、一通は解除していただきたいものである。







若洲357の歩道を走る。ここは歩道の方が安全で走りやすい。夜は暗いのが難点だが、お台場中央から辰巳までほとんど信号なしのノンストップである。
東京港の外郭を貫くゲートブリッジに行く。双龍トラス橋。『登竜門』ではない?。






ゲートブリッジ下55mはベイブリッジとほぼ同じだが、こちらのほうが高く感じるのは構造の違いからだろう。ベイブリッジは開通により世界の大型客船が大桟橋に着けなくなるという汚点がついた。竹芝桟橋やフェリー埠頭は、東京の顔ってわけじゃないんで問題ないようである。でも日本が誇る『飛鳥供戮歪未譴襪茲Δ任后『TITANIC』
はマストが突っかかってダメだけど‥‥。





夢の島大橋より後は夢の島大橋から豊洲方面を。
この辺は路面が悪くて自転車は走りづらい。
この橋は大型車の途切れることはなく。手ブレなしで取ることは困難といえる。(実際写真にするほどの景色ではないけど)

走行47km
レインボーブリッジの歩きと夜食タイムも含めて5時間弱。
お決まりコースだが久々に秋の夜長を満喫した。

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『スポーツ自転車でまた走ろう!』

電車に乗るとほとんどのいい大人がスマホをいじっている。一頃の子供が皆なゲームボーイをやっていた頃よりも異様で末期症状的世界。これだけ異様な世界が日常化していることが異常なのである。現在のゲリラ豪雨にもはや記録的などという言葉は当てはまらないにも関わらず、これを警鐘し続けなければならない気象庁がもはや日常になった現象をあえて記録的といい、非日常であることを訴え続ける涙ぐましい状況と同じである。
この異常さは「エスカレーターを歩く人間」・「信号を平気で無視する自転車」と合わせて、『人のマナー・モラルひいては人間性に対する三大末期現象』と言える。電車で本や新聞を読んでいる人の横に座ると『ここだけは人間の空間だ』と思えてしまう。

前置きが長くなったが、確かにネットが一番詳しい情報が取れる世の中、最近本を買う機会も以前より少なくなった。自転車のパーツ探し、カスタム例、ツーリングポイント等はほとんどwebで検索するので自転車好きの割には自転車の本や雑誌を持っていない。
本1んな中で久々に自転車の本を買った。『スポーツ自転車でまた走ろう!』。山本修二さんという方の著作である。
まず目についたのは、『スポーツ自転車』という言葉に対する写真。普通ならロードバイクにヘルメット・サイクルウェアが出るところだがリジットMTBにトレッキングスタイル、走っているのはちょっと地方の土手道などにある整地された未舗装路。これだけでおやじの興味をそそるのだが、中を開いて目次のタイトルを見て衝撃。
『さらばロードバイク至上主義』。常々ロードレーサー至上主義に抵抗を感じていたオヤジには、まさに神の啓示そのもののタイトルである。
この本では『スポーツバイクをユルく乗る』(だらだらではない)ことの勧めを中心にノウハウが紹介されている。


『ア本0ップライトなポジションの勧め』
『パーツを組み替えて様々な用途に対応』
『お尻が痛いのは本当にサドルのせい?』
『中高年は重たいギアを踏んではいけない』
『走るだけのウエアより、一日を快適に過ごすウエア』
『大型バッグを背負うと遊びが広がる』‥‥等々

ロングランはロードバイクに限るという圧倒的な一般論に反抗的なおやじにとって、また長年試行錯誤して少し見えてきた問題などについて、『目からウロコ』の内容である。
さすがにいまシングルギアにプロムナードハンドル・MTBタイヤにする勇気はないが、自然や観光スポットを満喫する究極のスタイルはここかも知れない。
『スポーツバイク=何も考えずロードレーサー』。それはそれでいいと思う。でも自分の自転車スタイルとロードバイクの間になんとなく乖離を感じるおやじタイプの方は是非一読をおすすめする。

ちなCIMG8703CIMG8704みに、オヤジには自転車バイブルというべき2冊の本がある。
『MTBメンテナンス』
2008年購入。TS−7を自分でいじろうと思ったとき、ど素人ながら何かわかりやすい本を探していて出会った本。もちろん今でも自転車いじりの際は傍らに置いておく。
その当時はクロスバイクメンテなんて本はなかったから、ロードバイクメンテではなくMTBメンテを選んだことが、その後の自転車スタイルを象徴しているのかも知れない。
もう1冊は『自転車ツーリングビキナーズ』。2010年購入
この本を買ってすぐに、入院生活となったため、闘病中ずっと読んでいた。自転車に乗れる体に戻るのかわからない手術直後に、この本で出会ったMR−4に一目惚れ。退院後すぐに購入し、今日まで愛用している。今でもこの本は『しまなみのユル旅』へと誘う。

古いスポーツ自転車でまた走ろう雑誌も含めて自転車本は十数冊しかない(カタログは毎年サイクルモードで収集するので別)我が家であるが、この『スポーツ自転車でまた走ろう!』は第三のバイブルになりそうである。





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江戸川サイクリング

水郷サイクリングから4日で次のツアーに出る。
久々の江戸川サイクリング。河口から出発し右岸で関宿から利根川に出て利根運河を経由して左岸で江戸川河口まで下る計画。
新しいメットの快適性は前回の『水郷サイクリング』で確かめられたので、今回は『嵯峨』と新しいタイヤが長距離に使えるかのテストランが目的。
フレームサイズを自分に合わせた『嵯峨』だが、BMCより1.5kg近く重くなった車体と、1.25スリックから1.5セミブロックに替えたタイヤがどう影響するか不安だった。
距離を稼ぐのが目的ではないので、往葛飾橋すぎ路ちょっとはしおりR14江戸川CR経由で小岩から江戸川CRに合流。
このあたりは広くて舗装状態もよく快適だ。
葛飾橋を越えると対岸に松戸の市街地が見える。





野田線鉄橋Rはやが野田橋すぎて細くなる。野田橋を過ぎたあたり。この先の土手に面した木々ではカブトムシがよく取れる。娘が小学校のころ、会社の同僚家族に教えてもらった。
昨年の筑波山のドロップアウトで、愛宕駅からお世話になった東武野田線の鉄橋。1時間に1本(最近は、てことないか‥‥)の電車に出会えるのはとてもラッキー!



関宿水門珠花橋を宝珠花橋すぎ過ぎると、ロードは雑草に覆われる。ススキの一種なのだろうけど、この先すれ違いもできないほどの密林状態?になる。汗で濡れた服が実だらけに‥‥
江戸川の分流部にある関宿水門につく。この水門は人と自転車(原チャリくらいは行けるかな)しか通れない。今はこの先が利根川との分岐点だが、明治初期まではこの辺は逆川と言われ、江戸川分岐点はもう少し下流にあった。



TS関宿根と江戸関宿城川の分岐地点にある関宿城博物館。関宿の歴史・利根川の東遷・水運の歴史資料などが展示されている。
歴史へのタイムスリップに想いを寄せ、今回の走行履歴はちょっと変わった地図にプロットしてみた。





河口から100km涼しい宿城から利根川に入る、この辺からは2012年6月のMR-4できたルートと重複する。
しかし暑い!。芽吹き橋を超えるとゴルフ場に突き当たりCRは一般道と合流する。裏道から行こうとしたら薄暗く涼しい林の中に入った。このままずっとこれで帰りたい‥‥。とりあえず行き止まりでなく一安心。




銚子利根運河から東京運河水門までの水運の大動脈として難工事の末開通した利根運河。利根川口にある利根運河水門。
かつては東京から河川をつたった定期蒸気船があったそうだ。
18時間かかったというから夜行だったのか。





TS利根運河れも開削前の地図を見ると地形をを最大限利用するだけでなく、大幅な工事が行われたことがうかがえる。
この辺はかつては大きな沼があったようだ。


江戸川口は前回走破しているので、運河駅から流山街道に入り食事休憩。
ここからまた江戸川左岸のCRをひた走る。強風というほどではないが、このあと河口まで向かい風との戦いになった。


江戸川河口堰川でクーリッシュ食いながら限界。一度CRを離脱しコンビニへ。アイスが食いてぇ〜。
駅前でクーリッシュを買って再びCRに戻る。
この至極のひと時。1個じゃなくて2〜3扱かってくればよかった‥‥
行徳橋に併設された江戸川河口堰。近年架け替えになるようである。あの歩道は何とかして欲しい。




中洲あとこからはTS葛西何回も通っている部分である。ここもかつてはこんな感じだった。
この地図には現在の今井橋の上流、江戸川3丁目あたりに、大きな中洲がある。この中洲は昭和前期の地図までは乗っていたのだが、護岸工事の盛んになった昭和30年代ころに消えてしまったようだ。
今はけい留場になっている。


浦安河口が近い江戸川河口橋を渡り、再び千葉県に。東京都が『武蔵』だなどと変なこと主張しているから、河口は千葉県川から見なければならない。江戸川(旧太日川)は『下総』でなければならないからだ。
旧江戸川河口。対岸には今回海水浴ができるようになった『葛西臨海公園 なぎさ海岸』が見える。幼い頃に死んでしまった地元の河川や海は蘇った。これは世界中に誇ってもいいことである。ここから飛び込むのは遠慮しておくが‥‥




これおまけはおまけ。計画ではなぎさ公園を出発して、ディズニーリゾートが終点だったので、終着地点だけは目標達成になった。









マップTS江戸川サイクリング日走行145km。
日帰りとしてはBMC津久井湖サイクリングに次ぐ距離だ。まあ今回は観光スポットが少なかったから‥‥。タイヤは悪路や段差には快適だがやはりスリックと比べると軽さがない。130kmを超える走りでは必ず1回はつま先か膨ら脛を攣ってしまうのだが、水郷も今回も攣ることなく走破した。これってビンディングの効果なのか‥‥
お股の苦痛だけは、クロモリでもタイヤを太くしても効果はなかった!

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水郷再び

稲荷山公園日続く猛暑が週末には峠をこすとの長期予報で、土曜日に予定を立てる。
2011年6月の水郷ポタは、輪行でなく『マイカー+自転車』方式の先駆けとして、電車アクセスに不便なこの地域のサイクリングの常套手段となった。
今回のベースは潮来の稲荷山公園。前回は震災のあとで爪痕そのものの日の出地区に衝撃を受けたが、四年経った日の出地区を通る。日の出地区は内浪逆裏の埋め立てでできた街だ。
日の出地区はあの当時から時が止まったままだった。あの時と変わっていない。復興が進んでいないのは東北だけではない。
稲荷山公園はR51沿いにある。6時の現地出発予定が、前日残業余波で7時半になってしまった。

風は北後円部より遠望東の強浅間塚古墳1風で、予想外に涼しい。
まずはすぐ近くの『浅間塚古墳』に行く。樹木に覆われ全体像を見ることはできないが、墳丘長85mは大型古墳が集中する香取海周辺では目立って大きくないが、墳丘頂上からの視界は圧巻。当時ははるかに遠望する千葉県側の丘陵まではすべて水面だったのだ。




同伴者間塚古墳から国神神社を経由して大生に向かうのだが、道に迷う。地図を見ていると「ジージ〜」と大騒ぎしながらセミがへばりついてきた。走り出したら飛んでいくだろうと思ったが、かなり回しても一向に飛ぶ気配がない。「君の一生は短い。俺の暇な旅に付き合う余裕はないぞ」と思いつつ、止まると前足をカマキリのように回す仕草が可愛いので同行させる。
10分程度お付き合い頂いたが、次の瞬間何処へと消えた。





天神塚古墳に、鹿見塚古墳大生古墳群に向かう。ここには60〜70m級古墳4基を中心に大小の古墳が点在する。
訪れたのは『鹿見塚古墳』58mと『天神塚古墳』63m。
このすぐ裏に子子舞塚古墳・大生西5号墳というほぼ同規模の古墳があるが、今回は見送る。大生古墳群は東西に別れ、東部にも5〜60m級古墳がある。近くまで行くが、森に囲まれており、進入路がダートなので断念。周りたい古墳はまだある。


県道北浦大橋北浦スライド85号から186号に出て北浦大橋を目指す。ここは車を含ま何度も通っている。少年自然の家から北浦に向かって一気に下る坂道。視界が開くと広大な北浦とそれを跨ぐ長大な北浦大橋を含む景色は、初めて訪れて以来、茨城では最も好きな景色の一つである。
北浦大橋を渡り、北浦護岸のCR(車も通る)を南下する。
北浦も護岸遊歩道が整備されている。今度北浦一周もしてみたい。



南南夫婦塚古墳2夫婦塚古墳1西に伸びる北浦が南東に湾曲する部分から護岸を離れ、正面の小高い丘陵の上にある浄水場を目指す。
浄水場の横に『夫婦塚古墳』がある。
これは今日見てきた古墳とは群を抜く規模である。墳丘長
108m。周囲の周壕
を含む墓域は150mを超える。2基の比較的大きい陪塚をもつ。



『夫発掘?大塚古墳塚古墳』から浄水場を回り込むと、ひときわ高い塚がある。『大塚古墳』。墳丘長90mの帆立貝式古墳である。太田市の女体山が106m、世田谷の野毛大塚古墳が82mであるから90mの『大塚古墳』は帆立貝式としてはかなり大きい。
しかし墳丘には近寄れない。やはり古墳探訪は冬に限る。
『大塚古墳』から100m程のところにどう見ても発掘現場のような作業場があった。しかも相当の規模である。
案の定、1600年前の集落跡の発掘調査だそうだ。

発掘現天狗党の墓場から谷を挟んで800mの台地の縁にも95m級の『お伊勢山古墳』という古墳があるので行ってみる。
地図上では古墳周辺に道はない。台地の麓は墓地が続いている。
墓掃除をしていた地元の方に上の古墳への道を訪ねたが、古墳の存在すら知らないようだった。ただ、台地に登る道は教えてくれたので行ってみる。
道は台地の反対から登るので、古墳に近づけるかは微妙。
地元民しか使わないと思われる道の途中に『天狗党の墓』というものがあった。
天狗党‥‥知っている。水戸藩の尊王攘夷派の急先鋒だ。どもなんでこんなところに‥‥。


古墳裏へ局道は大地の上で枝分かれ、道とも言えない状況になったが、どれも縁には至らない。古墳に行くにはここから森の中を進むしかないが、そこまでのリスクは負えずここも断念。










神之池2墳巡神之池りはここまでとし、最終目的地の犬吠崎に向かう。
R124を突っ切り鹿島臨海工業地帯を抜けていく。途中神之池を見ながら走れると思っていたら、木々に邪魔され全く見えない。途中で止めて歩いて畔に出る。
神之池、かつては300haの巨大な淡水湖沼で、そのめぐみは付近の住民にとっては文字通り神の池だったそうだが、鹿島臨海工業地帯造成により、その面積は15%になってしまった。
それでもこの大きさである。

鹿鹿島灘埋立地突端2埋立地突端1島臨海工業地帯の突端、鹿島灘に出る。
すごいねぇ!この扇風機!この風を見方につければセンチュリーライドも楽勝か。今日は予測か外れて風は微笑んでくれていない。


貸切ロードこから海沿いを南下。夏休みの土曜日なのに海岸沿いの道は貸切状態。
ニュースを騒がせているサメ騒動のせいか。
でも、あのニュースを見て、サメがいること以上に衝撃的だったこと‥‥「茨城の海ってあんなに綺麗だったのか」‥‥というショック!!
MR−4のサイクリングはいつも『砂』との戦いである。残念だが砂浜を満喫することは控える。




銚子大橋風機群から走ること20km。銚子大橋につく。以前渡った時は
赤いトラス橋だった。今晩銚子の花火大会とのことで、既に港の周辺では席取りが始まっていた。







海鹿島海水浴場岸沿いから県道に戻り犬吠埼を目指す。足はパンパンだがゆっくり走っているので、歌を歌う余裕はある。俺の歌声は犬吠埼にふさわしい‥‥??







調君ヶ浜子‥‥では犬吠埼灯台なく銚子のはずれにある犬吠埼灯台。
世界灯台100選に選ばれ、登録有形文化財になっている1等灯台である。
200円で入館する。すれ違うのも大変な螺旋階段を登る。Aランク保存灯台ということでとても綺麗である。既に初点灯から140年経っているとは思えない。風雨だけでなく、関東大震災や東日本大震災ほか多くの大地震に耐えてきているのだ。寿命60年などと公然と唱えられている現在の鉄筋コンクリートの構造物が一体何を誇れるのだろうか。



犬吠香取海のど真ん中埼から菅原大社はR356で利根川を上る。途中また菅原大神社に寄ってお詣りしていく。
利根川河口堰の上を通る利根川大橋を渡り、利根川本流と常陸利根川に挟まれた中土手15.5km程を走る。
ここはかつての香取海の中央部。1600年前は広大な湖沼の底だった。ここも貸切状態、自転車1台以外散歩人とも出会わなかった。



十二橋入口田浦まで与田浦来ると終着はもうすぐ。最後25kmの区間は追い風計算だったが、北寄りの強風のため、思いのほかペースが落ちた。
与田浦も干拓によりその殆どを失った湖沼だ。
何もないところに駅がポツンとある。『鹿島線十二橋駅』。十二橋というくらいだから、もっと十二橋や集落の近くに作っても良かったんじゃないの。
既に時間は18時になる。残念だが今回は、この先の十二橋もパス。やはりリベンジは『あやめ祭り』のころが良い。



本日走行水郷2水郷1水郷0

車    190.2km
自転車 133.2km







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新メット購入

我がREGAS S家の『リガス』も購入まる5年を過ぎた。自転車ヘルメットは《3年寿命》と言われる中、風雨と汗、手元からの落下にさらされて5年は流石にそろそろ限界か。
スーパーサイヤ人の一種であることを除けば今でもお気に入りなのだが、後継機種は1万数千円するので流石に手が出ない。
できればスーパーサイヤ人にはなりたくないので、レイザーの『サイクロン』・カブトの『フィーゴ』・METの『エスプレッ
ソ』あたり、5〜7千円のもの候補にしていたが、この手の価格帯はどうしてもUサイズになってしまい、いまいち大きくて重たい。





O−cle 037 SM−1O−cle 037 SM−2 くて小さめで軽いもの探していて気になったのが、激安ヘルメット『O−cle』。最初は『Oracle』と混同していた。
何種類かあるうち、目にとまったのは『037』。スーパーまで行かないサイヤ人系で、サイズも2種類ある。この手のものはほとんどがUサイズ1種類だが、037はM−LサイズとS−Mサイズとあり、シェルサイズも異なる。
色も単色系3種、コンビ系3種の6種類と多い。最初は黒かシルバーの単色にするつもりだったが、娘から「地味すぎるから色はコンビ系のほうがいい」とのアドバイスを受けコンビグレーにした。ユーザーブログでもコンビカラーはあまり紹介されていない。
O−cle 037 SM−3 O−cle 037 SM−4 して何より価格。送料込で3,300円は驚異。JCFシール付き3,600円もあるようだが、JCF公認メットはたぶんサイクルモードの試乗条件にはなってないだろう。そもそもそのへんをポタする人間に資格のシールは必要ないし、うちのリガスも有効期限切れで公認剥奪されちゃっているからねぇ。





届いたオ037/SM&REGAS/S 1ークル037とリガスを比較。『RIGAS』はSサイズで55〜56cm。『037』はS−Mサイズで54〜58sm。外寸数値では縦横1cmづつの違いくらいだったが、実物は大きさの違いにビックリ。深さ以外はリガスのほうが一回り以上コンパクトである。
スーパーサイヤ人は幾分解消されているが、完全キノピオ状態になってしまった。我が家のパンダはこのメットがちょうどいい。俺の頭はこのパンダより中身がないのか‥‥。




とこ037/SM&REGAS/S 3ろがこれで重さは037のほうが軽い。『RIGAS』は実測値で220g、『037』は196gである。本当に大丈夫なの?、というくらい軽い。手にもってはっきりわかるこの差って結構大きいかも。
コンビカラーは5年経過のリガスと比べても、塗装のチープ感は否めないが、白塗装部はパール塗装となっており質感が高い。白の単色系なら質感的にも見劣りはしないだろう。





037/SM&REGAS/S 4ってみると、被るだけですっぽり収まるリガスと違い、かなり余裕がある。
顎紐がダイヤルロックと一体化しているのがリガスと違うため、最初は調整に手間取ったが、何度かの調整でリガスに近いフィット感が出てきた。やはり全体に緩めだが、リガスではキャップや厚手のバンダナをすると締め付け感が強かった分、037には余裕ができる。
難を言えばバイザーがつかないこと。アイウエアーを使わないのでバイザーがあったほうが助かるのだが、これはキャップをインナーにすることでカバーできるだろう。
しかし『037』、このインナーのクッションはどう見てもつぶれたカエルである‥‥


O−cle 037 コンビグレーて、この『ORACLE』と勘違いしていたO−cle037(さすがに気が付くと全然違うが)、炎天下の中を80kmほど試走。
『リガス』Sは最初のフィット感はピタリだが、80kmも走ると頭痛が来る。多分頭が膨張して血管を圧迫するのだろう。
『037』は頭痛がない。メットそのものに余裕があるからだろう。
そして大きめで隙間がある分涼しい。普通メットに余裕があると頭が定まらず重く感じるのだが、『リガス』を上回る軽さがカバーしてくれているようだ。冬場はわからないが、こと猛暑に関しては、『037』はとても快適である。
バイザーがないため、予想通りサングラスした顔は逆パンダになってしまった‥‥


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OSIAGE

ソラマチ夏そのも押上のという炎天下の中、久々に押上に行く。
ブースターカフェが閉店して以来、近いのになんとな遠のいてしまったソラマチ。
相変わらず盛況である。ソラマチのユニクロとその他ショップを見て歩く。久々にスカイツリーの写真撮ったけど、流石にツリーの写真で5%引きなんてもうやってないよね。ユニクロだけなら、家からだったらアルカかスナモで事足りてしまう。




おしなりくんラマチの中は人でごった返しているのに川を隔てた浅草通りは閑散としていた。
まあ、高温注意報が出るような陽気だから、みんな建物の中に入ってしまうのだろう。
『おしなりくん』がいた。押業商店街振興組合のジモキャラである。
写真を撮るときポーズを入れてくれた。ピーススマイルのおしなりくんだが、この暑さでは半分泣きたいのではないかと思えてしまう。ご苦労さまである。
押業(おしなり)というのは『押上』と『業平』である。以前は京成が押上であり、東武が業平橋であったのに、押上が『スカイツリー前』、業平橋は駅名そのものが『東京スカイツリー駅』になってしまった。
その業平橋は在原業平ゆかりの業平神社にちなんでつけられた名前で、明治初期の地図にも『ナリヒラバシ』という橋が載っている。伝統ある名前が消えてしまうのは残念なことである。
『おしなりくん』と『ソラカラちゃん』の関係が微妙に気になるところである。

スカイケバブカフェラマチを離れて浅草通りを歩くのは理由がある。
業平橋にケバブ屋があるというのを発見したからである。
『スカイケバブカフェ』は浅草通りと大門通り(俗称『親不孝通り』‥なぜだろうねぇ?)の交差する業平一丁目交差点のすぐわきにあった。

ケバブファンになって以来、上野・浅草・池袋など、場所を調べておいて、仕事や買い物の合間に探して立ち寄っていたが、ここなら仕事帰りやチョイノリで来れそうである。



ケバメニュー店内からブ屋さんというと、狭くて軒下ベンチやカウンター席のイメージだが、ここは2階にテーブル席がある。混んでるかなと思ったら貸切であった。
店内からはスカイツリーが一望。これは夜はきれいである。






トルトルコアイスコアイスという一風変わったアイスを進められたので、コーンバニラを注文。何か特別なものなのかと思ったが、出てきたのはちょっと変わった感じのアイス。触感は少しねばねばした感じ。このねばねばは何だろう。といってももちのようにのびーるというものではない(本物のトルコアイス‥‥ドンドルマというそうだ‥‥は本当にお持ちのように伸びるらしい)。幾分甘味が抑えられているかなというのと、多少溶けにくいので熱いところでも焦って食う必要がないかなというくらいである。





ブースターカフェはまず復活しないだろうが、スカイケバブカフェを見つけたので、またソラマチ‥‥というかオシナリだな‥‥に来る機会が増えそうである。
もともとこの本所・押上地区にも老舗の自転車店が結構あることだし、サイクルカフェ(下町的にはチャリカフェだな)があってもいいように思う。
スカイツリー見ながらケバブ食べて、あとは自転車見ながらゆっくりお茶できたらいいのにね。
ぜひソラマチ(オシナリのほうがいいかな)にサイクルカフェが来てもらいたいものである。


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海難1890

トルfetih1453 タイトルコ文化センターで、『征服1453』を見てからビザンチンファンからいつの間にかトルコファンになっていた。
どちらかというとケバブファンになったという感じか、それ以来、出先でケバブを食べたりテイクアウトで買ってきたりしている。

 

ビザンツの栄枯盛衰を追っかけしていたのが、いつの間にか陥落後のイスタンブールの栄枯盛衰まで追っかけ始めた。

1453年に東ローマ帝国を滅ぼしたオスマン帝国は、その勢いでヨーロッパに侵攻し、400年の間東欧諸国を支配する。しかし18世紀後半になると、近代化した西欧諸国や民族自立のためどんどん領土を失い衰退していく。

そんなオスマン帝国が、列強との不平等条約から必死の離脱を図ろうとする同じ立場から、日本に接近し日本の改革を学ぶ目的で、1890年、オスマン海軍のフリゲート艦『エルトゥールル』と600人の使節団を派遣する。


エルトゥールル号。オスマン海軍フリゲート艦。木造蒸気船である。同じ年代、同規模の船としてはオヤジも知っている、榎本武揚率いる幕府艦隊旗艦『開陽』が有名だろう。『エルトゥールル』はそれより古い船だから、当時としても老朽艦だったはずである。当時の列強は既に鉄製の大型艦が主流になっている。

 

それでもオスマン帝国の威信をかけ『エルトゥールル』でやってきた使節団は天皇をはじめ日本政府そして日本国中から大歓迎を受け、両国の交流が始まる。

しかし、目的を終え凱旋するはずの軍艦は、出航まもなく和歌山沿岸で大しけに会い難破・沈没してしまう。この時必死の救助に当たった和歌山の漁民と日本政府の対応が、1世紀後のイランイラク戦争でのトルコ政府による邦人救出につながっていく。

日本人が最も大切にしていながら、現代人が忘れてしまっている『義理と人情』『報恩』ということを思い出させてくれる物語である。トルコでは学校の教科書にも載っているというが、日本では大学の講義でも出てこなかったような気がする。これは日本人としては恥ずべきことである。


しかし、そkainann1890んな『エルトゥールル号遭難事故』が、今度日土合作映画になる。

『海難1890』。タイトルだけ見ると『征服1453』をパクっているようだが、事故の内容とその後日談を知る者には、きっと涙なしには見られない映画になるだろう。


公開は2015年12月となっている。

これは是非鑑賞に行きたい。封切り前から映画を楽しみに待つのは、1984年のリメイク版『メトロポリス』以来である。

これを機に両国の親交がさらに深まることを願う。

この映画の上映で、トルコとの友好やトルコへの関心が高まったら『征服1453』の日本語バージョンが出ないかなとか、家の近所にもケバブ屋さんができないかなとかなんてことを密かに期待してしまったりする。


何より上映する映画館では、是非ポテトチップと一緒に『ケバブサンド』を販売していただきたいものである。

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SAGA 4

やっとマウンテン‥‥じゃなくてシウンテン
シウンテン1んとか組みあがった『嵯峨』で彩湖まで、毎度の荒川CR試運転。

家から裏道を走っているときはあまり感じなかったが、CRに出て漕ぎはじめるとまず実感。な〜んか重たいな〜。
これが1.3スリックと1.5セミブロックの違いなのかな?。空気圧は85PSIと80PSIMAXだからほとんど変わらない。ロードランナーは1.5サイズの中では指定空気圧は高い方だ。




朝霞水門しばらく走っていると、ポジションのおかしさがわかってきた。
ハンドルが高すぎる。前に倒しすぎた。
とりあえずハンドルを15mm下げて5度ほどおこす。
サドルも低い。3センチほど上げる。





シウンテン2ヶ瀬公園まで行って引き返す。
帰りは強い向かい風となった。
しかしクソ重たい。確かに強い向かい風はツライがこれほど重たいのは何故?。
異変に気づいたのは彩湖を過ぎたあたり。
やはりサドルが低い。というより下がっている。締め方が弱いのか。彩湖で写真とたとき何故気づかなかったのか、出発前に合わせたポジションから4cm近く下がっている。
今度は上げたあと、クイックだけでなく六角で増し締めした。

これで大丈夫。と思ったが一抹の不安。オーバルのポストは、トランジット7でも同じ現象があったっけ。締めても締めてもズルズル落ちる。しまいにはいきなり下まで落ちて危うく事故るところだったのだ。クランプをいくつか変えて、やっと落なくなった。あの時は28.6でシムを使っていたせいだと思っていたが、トランジット7に娘が乗るようになって危険だと思い、28.6径ポストに交換し、使わなくなり蔵入れしていたものだった。

オーバルCAR600Nさかと思っているうちに不安が現実となる。やはり少しづつ下がっているなーと思っていた矢先、いきなりゴツンとおっこった!!
落ちたといってもシートチューブ長とエクステンダーがあるため5〜6cmである。トランジット7のような惨事にはならなかった。

OVAL/M600N。当時は定価1万位したのを、なぜか掘り出しモンコーナーで2,5〜600円で買ったような。但し、現在はどこを探してもパールシルバーのものはない。そんなわけでトランジット7時代からめちゃめちゃな締め方をしているのに目立つ傷が全然ない。この不思議なコーティングがつるつる滑る原因か?分子結合殻‥‥?。でも『ゴライアスママチャリ』には勝てない



仕方レストランへみはらし茶屋全景いのでだましだまし行く。
みはらし茶屋でお昼ごはん。
今回は忘れずに写真撮影。カメラを忘れたので、汚れで曇った『ガラケー』で撮影。


2階のレストランへ行く。




流石、今日はあった農業公園野菜たっぷり内!野菜尽くしである。
今日はハンバーグカレーがあったので注文。







シウンテン3こから家まで20数キロ。ちょっと走っては止まってサドルをあげての繰り返し。
流石にこれ以上下がるとつらい。

とりあえず応急処置でU品アルミポストとクイックなしクランプを購入。300mmなのでセフティリミット限界である。これで解決すればよいが‥‥





サイコ日走行80km
シート高がまともならもう少し軽やかだったかな。
嵯峨前途多難





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SAGA 3

SAGA 3 (Xenosaga episode靴任呂覆ぁ

さて、Saga 3Saga 1バーテープ。バーテープもフィジークスーパーライトブラウンを再利用するつもりだったが、巻いてみたら寸足らずだったので、若干安いディズナロードテープを購入。マンゲルフローと色合いが少し違う。

組立がほぼ完了。初めて室内ファクトリーから屋外へ出す。
思っていたより軽い。でもペダルと工具入れ・ライト等セットするとMR−4やBMC−AC02より明らかに重い。
まあ、軽さより快適さ重視(のつもり)だから、とりあえず重量は気にしないほうがいっか‥‥。


嵯峨 3嵯峨 1イトマウント、サイコン等装着。
パワーラチェットはインとアウトの幅だけ合わせると、シフトの繊細な調整がなくても勝手にチェンジしてしまう。ここが素人にもセットできてしまう、ある意味最も危険なところ。
最終調整ができるまでワイヤーカット処理は保留。
‥‥いっそそのままにしておきたい気分。
ものは完成した時から崩壊が始まる。
不完全なところをわざと残しておくことで永久に崩壊しないことを願う古人の発想である。(危ないからよいこは絶対やってはいけない)

結局流用予定パーツのうち、フロントディレーラー・10Sチェーン・ステム・スペーサー・シートクランプ‥‥とバーテープが新規購入となった。バーテープ巻とシフト調整だけは何度やっても上達しない(苦笑)。


嵯峨 2成間近となった『嵯峨オリジナルコンプリート』

※購入パーツ
ソーマ サーガフレーム&フォーク470mm
タンゲ TG36J27ヘッドパーツ
ディズナ リードステム 80mm/73°
ディズナ バンテージコラムスペーサー
105フロントディレーラー FD−5700B M/S
10Sチェーン CN−HG54
ギザ シフトアウター
無名30mmシートクランプ
ディズナ ロードバーテープBR
パナレーサー ロードランナー26×1.5
パナレーサー チューブ

※移植パーツ
105クランクセット FC5750L/165
ドライブライン バッシュガード
BB トーケンTK877EX
ディオーレXTリアディレーラーRD−M780 SGS
10速スプロケット11−36T(品番不明)
ベローチェ ショートVブレーキ
ジオスハンドル 400mm/26ф
ダイアコンペ パワーラチェット
ディズナ レバーハンドルマウント
ディズナ Jリーチレバー
マビック クロスライドUB
シマノクリッカー PD−T420
不明スタンド
不明ライトマウント
トレロックサイコン FC535
ブッシュ&ミュラー サイクルスター
トランズX スキュアー
リクセンカウル エクステンダー

※蔵出しパーツ
オーバル シートポスト27.2/400mm
ディズナ Jクルーレバー
セライタリア マンゲルフロー
ギザ ブレーキアウター
シマノ インナーワイヤー(品番不明)
他・小物

パナRoadrunnercazadero_skinレーサー『ロードランナー』ってSOMAのフォトによくで出ている『カザデロ』によく似てる。
意図したわけではないが、道理で「らしく」見える訳だ。


最後の大誤算
適正シート高にすると、『ショッパー』がタイヤに干渉してしまう。ショッパーコンフォートミニやマッチパックしか装着できないと、買い物がMR−4専任になってしまう‥‥
篭も調達かな‥‥戦う相手はカーボンロードよりはるかに恐ろしい激安テッチンママチャリなのだから‥‥

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次はマウンテン‥‥ではなくシウンテン
ナンチャッテスレイライド!





SAGA 2

26インチ・カンチブレーキ仕様・リアエンド135mmは珍しいが、おかげでAC−02のパーツをそのまま移行できる。
いずれにしてもタイヤは交換時期だったのだが、700Cだとホイールも調達しなければならない。むろん費用的なものもあるが、もともとBMCクロスを選んだ理由自体が26インチだったこともあるように、26インチにこだわりがある。
ロードランナー26×1.5イヤロードランナーについては1.25にするか1.5にするか散々迷ったが、1.5にすることにした。
パナレーサーの『ロードランナー26×1.5』セミブロックのツーリングタイヤである。ヒリキストのナンジャッカーとしては、少しでも細いサイズで走りを軽くしたいところだが、脚よりお尻に来る方がつらいのと、僅かな砂利道でもスリックのトラウマから脱したかったので、あえてチョイス。
好みとしては、安心感も含めサイドブラックなのだが、今までのタイヤが300gそこそこだったので、さすがに650gにする勇気がなかった。それでも470gは重たい。
シールをすべて剥がしたクロスライドとの組み合わせは、いたってシンプル。ホイールごと換えたみたいだ。

現行フ組上げ中ロントディレーラーはバンド式34.9Φ。31.8Φのシムがついていたので、そのまま付くかと思ったが、合わないので問い合わせたところ、チューブ径28.6Φとのことだった。(そうは見えない!実測は29.2Φある。塗装の厚さらしい‥‥重たいわけだ。)
シムだけ買ってきて2重巻するのも不安なので、FDは交換。
ここでもう一点困った問題が『チェーン』。AC02は111リンクに設定してある。購入時は116リンクだったのに、のこったチェーンと10S用ピンがない。SAGAは計算上は116リンク。やはり足りない。まだ持ちそうだがこれもやむなく購入。とりあえず近所のショップで一番安かったディオーレHG54を購入。
シートポストはTS−7のオーバル600Nを復活。シートクランプも31.8mmでいいと思っていたものが30.0mmだった。ストックがないのでこちらも急遽無名品を購入。

コラムカット30最強46センチ砲ムはコラムカット超兵器ノンカットでアンカーをセットしてもらっている。普通のアヘッドって、ステムで止めとかないとコラムがスットーンと落ちてしまう(インテグラルだとそのままでは落っこちないのだが)。まずありったけのスペーサーを使ってとりあえずフォークを固定。
サーガのコンプリート車は多くが長いコラムに上向きステム。かなりのアップポジションになっていて、それが自然なところが大きな魅力だ。とはいえやはり長すぎたので30mmほどカット。今回はコラムが長すぎて、TS−7やAC02で使用した自作アンカー引下げボルトが使えず、さらにボルト長を延長した。

ステディズナステムブラッディームはエイカーの35°/80mmステムを使う予定だったが、「やはりこの手のバイクはシルバーでしょう」とのこだわりもあり、ステムとシムを予定外で新規調達。ハンドルがブラックでは片手落ちだが、残念ながら、そこまで無い袖は振れない。
アウターはTSー7で使ったフォログラムタイプを使用。ちょっとブラッディーだが血管のイメージで自分とクロスオーバーした。最後の20cmが足りずにシフトアウターのみ追加。
これで切れたり詰ったりしたら、循環器系持病もちはやばいっす!。
ハンドル周りはディズナブランドが幅を利かせている。流石にアウターだけ目立つ。


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そういえば‥‥

そういえば‥‥
今回はあの日を何気なくやり過ごしてしまった。
悪夢の6.11、もう5年たったか。
記憶は風化する。災害も、戦争も、そして自身の体も。

最近ニトロをまた使用するようになった‥‥(使用期限切れの在庫消化もあるのだが)。
先日、かかりつけの先生にその話をした。

「心配なら心臓CTをとったら」

「CTで心臓できるの?」

「古いのはダメだけど、新しい型は性能が上がって、動いている心臓でもはっきりわかる。そこで異常があればカテーテルをすればいい。日頃の検査ならCTで十分だ。すぐできるところを紹介するよ。」

「あなたはもう心臓の1/3がダメなんだから、今度やったらまずいよ。よくて寝たきり、悪けりゃ即死だ。否、家族にとってよくて即死、最悪は寝たきりだよ。」

口の悪い先生だが至極尤もである。

検査の結果は、異状なし‥‥というかもともと健康人で言う『正常値』は、あの日以来、喫煙とともに失っている。再発の危険因子は見られないということだ。
それでも最近腹は出てきたし、とみに運動不足になっている。ウエスト73cmがだぼだぼで、ユニクロでしかズボンを買えなかったのだが、最近はIYやイオンのワゴンセールの76cmが合うようになってきてしまった。

子供が自立するまで(ニート予備軍のようで非常に不安だが‥‥)頑張んないと、そして定年後もチャリンコ乗り回せるようにしておかないと‥‥
センチュリーライドどころか100kmサイクリングもできなくなってしまう‥‥


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SAGA 1

オーsoma-frm-sagaダーしていたフレームが届いた。『ソーマ・サーガ』。SOMA FABRICATIONSというカリフォルニアのメーカーがプロデュースするクロモリツーリングフレーム。







クロモリタンゲプレステージ フレームは学生時代のランドナー以来、何と40年ぶりである(ハイテンスチールは何台も乗ったが‥‥)
フレームには『タンゲプレステージ』のロゴシールが貼られていた。専門ではないので意識しなかったが、フレーム素材としては1級品とのことである。
納品時にショップで組んでもらったヘッドセットも『タンゲ』。特に語呂を意識したわけではないが‥‥





AC02 1嵯峨1ズは“47”。正確でないにしろ、フォーク・ヘッドパーツ含む単体重量は実測値約4,600g。AC02アルミフレームと1,000gの差がある。ツーリングフレームとして不可欠な堅固さの為だろうが、これって結構重い(BMCの3.6kgもロードバイクと比べたら重いけど)。
デザイン的にもクロモリのシャープでスレンダーなイメージはなく、見た目の太さはアルミフレーム並である(個人的にはそれが好みなのだ‥‥)。



フレーAC02 2SAGA 2を並べてみる。BMCのTTは565mm。これで適応身長160〜170cmなのだ。オフセット0mmポストと70mmステムで乗っていたが、それでも前傾がきつい。
SAGA“47”はTT長517mm。BMCより48mmも短い。適応身長は謳っていない。体に合わせろということだ。ホイールベース長はSAGA1,030mm。AC02と10mmほどしか変わらない。
ロードバイクの標準的サイズと比べても明らかに長い。クロモリとあいまってソフトな乗り心地を期待したい。
でもどうして自転車のサイズって今だにチートチューブ長で掲示されるんだろう。水平トップチューブ長のが大事じゃない?
これで苦労してるんだし。

まあ、これからゆっくりと組んでいく。

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Google翻訳では、何故か『相馬 佐賀』になる。どうせなら『嵯峨』がいい。『嵯峨天皇』のファンであるから‥‥。
車が『枯野(KARANO)』だから自転車は『神野(KAMINO)』で語呂がよかったりして‥‥。

クリッカー恐るべし

連休最後の日
MRPD−T420−4シマノクリッカーペダルPD−T420のペダルを交換。
『シマノPD−T420』マルチクリート仕様の中でも「ステップイン・アウトが容易」とビキナー向けにラインナップされている『クリッカー』というペダルである。
このPD−T420はクリッカーペダルの中では唯一裏面がフラットになっている。
SPDペダルはビンディングが飛び出している(まあビンディングペダル全般だが‥‥)ので、普通の靴では漕ぎにくいところから片面フラットが重宝する。

MR本体をつける−4には昨年からMKSの『アーバンステップイン・イージースペリア』という専用クリートの脱着式ペダルをつけている。
こいつが「つけづらい・外れない」という恐怖もの。なれるかなーと思っているうちに、怖い思いを何度かして、トラウマになってしまった。ビンディングはとても一般道じゃ使えんと思っていた矢先、近所のショップにクリッカーの体感什器があったので、ないげにひやかしてみたら、「ナニコレ!!」バネが壊れてるんじゃないのっつうくらい軽い。
クロスバイクのビンディング化を躊躇していたが、これならいけそうと、冷かしが購入になってしまった。




マルチクリート専用クリート装着BMCに取り付けようと思っているものだが、タイヤ交換までは遠出はできないので、MR−4に仮設置して試走する。
金色はMKSのクリート。タイムというハイブランドと互換性があるというが、あまり関係ない。
銀色のゲームキャラみたいなのが、新しいシマノのマルチリリースクリート。MKSは歩いていてもクリートが地面にあたる音はしなかったが、こちらのほうは出っ張が大きいせいか、歩くとカツカツいう。クリッカーシューズなら歩くことをもっと考慮しているのかもしれないが‥‥

臨時ペダル速試走する。とりあえず一番慣れた荒川CR、秋ヶ瀬橋経由彩湖まで。
走り出してすぐに異変を察知。何も考えないでステップインしてしまう。外すときも軽くひねるというか、ちょっとかかとを上げるだけでステップアウトできる。
あまりに安易なので、本当にくっついているのと不安になるくらい。つけるのも外すのも気合のいるMKSとは全然違う。
気を使うといったら、ぺダルの裏表を使い分けることくらいである。
逆に、外しても、また自然にペダルを踏むと勝手にステップインしてしまう。こぎ初めてつけようと思ったらもうついていた。
「着けるぞ」と意識する前についてしまう。これはこれで怖い。
つけないときは意識的にフラット面にするのだが、これが少し面倒。逆にMKSはこの使い分けがとても容易なところが利点である。固定感もMKSのほうが当然強い、クリッカーは少しカタカタ感がある。

今回彩湖の試走で、外しているつもりが、自然についちゃてた為の立ちごけ恐怖2回。でも体勢が崩れる前にすぐ外せるので、恥ずかしい着地になるが転倒はしない。
ビンディングの「着け易い・外し易い」というのは、他者との比較論である。MKSも、他の様々なものを使いこなしている人から見れば使いずらくはないのかもしれない。
クリッカーにも調整範囲があるので、もう少し固くしてもいいかもしれない。
何より、いずれMR−4はMKSに戻す。輪行にはやはり脱着式が必要だ。固さが極端に違う使い分けは逆に危ないかも。

『クリッカー』の使いやすさは恐るべし。街乗りや、ちょっとしたサイクリングにはこれ一つで十分である。サイクリングに必ずトレッキングが+されるオヤジ的ライドではシューズもよりトレッキングシューズに近いクリッカーがよかったかも。(もっともSH−MT34も14年カタログではソール硬性はクリッカーと同じ“レベル3”だったのだが‥‥

みはらし茶屋の見晴てさて、前回『みはらし茶屋』の写真を撮っていなかったので、今回も立ち寄る。今回は2階のレストランでカレーを食した。成程『農業公園』だけあって野菜づくめである。
ラストランからの眺め。流石に『みはらし茶屋』だけのことはある。
食べるのと、読書に夢中になりまた写真撮ってくるの忘れた‥‥。






クリッカーペダル日走行71km
通船堀廻りと同じ距離だ。









PS
ウェルゴWPD−M17C QRD2在はウェルゴでシマノクリートを使ったフラットタイプのクイックリリースビンディングペダルが出ているようだ。
勿論クリッカーではないので、スプリングテンションは標準的強さになるはずだが、MKSもちっと待てばよかったかなぁと少し後悔。




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見沼通船堀

本震の後には余震が来る。
4月29日の逗子大船めぐりの本震の後にクールダウンを兼ねて半日プチランに行く。
干潟?回は見沼通船堀までの往復。
何時ものように河口付近から荒川CRを北上する。
どこかで左岸に渡らなければならないので、船堀橋で左岸(中土手川)に入る。
結構引潮である。水不足なわけではない。足跡があるということは結構固いんだ。





芝川河口河口からほぼ20km地点で、芝川の合流点につく。
『みはらし茶屋』でトイレと水分補給。
ここから初めての『芝川サイクリングロード』に入る。
芝川。かつては見沼田んぼ周辺でとれた米を江戸に運ぶ水運の大動脈であった。





芝川サイクリングロー芝川CRドに向かうと最初の500mほどは、アートが彫られたような石畳状の舗装で未舗装路並だが、対岸に渡ると路面はよくなる。
特に狭くもなく、普通に走るなら人や対向自転車をやり過ごすのにつらくはない。
但し、橋のたびに車道を横切ったりわたる場所まで迂回したりするところは不便。





モーター旧芝川分岐芝川マリーナートをよく見るなと思ったら、係留場があった。流石水運で栄えた川である?
芝川河口から7km弱で、堅川・旧芝川のスクエア分岐点に出る。






芝川CR全容イクリングロードは標識もあり、気をつけて走っていれば迷うことはない。大半は右岸走行だが、いきなり左岸になったり、また戻ったり紛らわしい。
ほぼ終点に(というか逆からは始点になる)案内板があったので今までのルートを確認する。『芝川で「農」を体感するルート』とあるが、特に農を感じるところってなかったが‥‥





『芝八丁堤より芝川上流川サイクリングロード』の終点、八丁堤から先の芝川
かつてここから先は『見沼』と呼ばれた巨大湖沼であったという。見沼の水が下流の水田を潤していたが、たびたび水害になることから、干拓され、流入河川の川筋のみ残して広大な田園に変わった。そして消失した見沼の代わりに利根川より農業用水確保のために開削されたのが見沼代用水というわけである。
この先の左右から流入するのが『見沼通船堀』である。




東第二閘門岸に流れ東第一閘門込むのが東縁通船堀である。途中2つの閘門がある。
水位の違う見沼代用水と芝川との船の往来を、この閘門で水位調整して航行するのである。
我が江東区の小名木川にも有名な『小名木川ロックゲート』がある。構造的には同じものが、ここでは既に江戸時代に実用化されていたのだ。
因みに『見沼通船堀』や『小名木川ロックゲート』よりもほんの少し有名かもしれないが、中南米の『パナマ運河』という運河も同じ構造である。


東水路取水口沼代用水東水路からの取水口。勿論江戸時代はコンクリート護岸ではない。
水位差約3mということは、1つの閘門で1.5mの水位差をカバーしたことになる。
実際に昭和の初頭頃まで実用されていたそうで、今でも年一回実際に当時を再現したデモンストレーションが開催されているようだ。





一回西第一閘門りして西縁西縁通船堀へ行く。
西側にも閘門が2つあるはずだが、1つしかなく、案内板には『第二閘門跡』というものがあった。
今の閘門は20年前に復元されたものだ。できたての頃に来た以来である。





艦隊阻止りはもと来た道を引返す。
芝川マリーナの上流部にこんなものがあった。
こんなもので300艘の大艦隊を無力化できるんだぁと感慨深く見入ってしまう。
違うだろ!何考えているんだ?このバカオヤジは‥‥

帰りに『みはらし茶屋』で遅めの昼食。2階がレストランになっているのだが、金欠なので1階売店で済ます。
ここは荒川CRを利用するサイクリストの絶好の休息ポイントになっている。
写真撮るの忘れたので紹介まで。
http://www.seibu-la.co.jp/adachi-agri/resthouse/
見沼通船堀日走行71km。
129kmの余震としては結構大きかった。






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長柄桜山古墳

奇しくもちょうど丸1カ月前のアクシデントで中途断念した計画ルートをリベンジする。
目的地は逗子である。本日のミッションは長柄桜山古墳を散策すること。今回も午前6時出発。
神奈川の古墳探索は初めてである。神奈川にも数多の古墳があるが、今まで一度も来ていないのは、関東他県に比べてみるべき古墳がない‥‥平たく言うと100mを超える大型古墳がないという理由であった。
今回の長柄桜山古墳群の主墳2基は墳丘長約90m。100mには及ばないが神奈川県では最大級である。
サイクリングとしても横浜・三浦半島方面は初めてであるので、ぜひチャレンジしたかった。

まずにっぽん丸、途中ランドマークタワーのランドマークとなる、文字通り『ランドマークタワー』。真下に来るのは初めてである。高層ビルに囲まれた都心に住んでいても、バカはやはり見上げてしまう。南側には日本を代表する大型帆船『日本丸』がメモリアルパークに保存されている。
日本丸とランドマークタワー。
なんかアレキサンドリアの灯台みたいだ。さしずめ日本丸はエジプトの大型ガレー船ってところか???



廃線??沢八景から金沢八景逗子に向かうのだが、平潟湾を回っていく。
これが有名な『金沢八景』である。
歌川広重が今のこの景色を描いたらどうなるのかなぁ‥‥
峠を越えて逗子駅に行く途中の踏切。廃線かな。トンネルの向こうで子供が遊んでいる。今回のテーマとは全く関係ないが、ちょっと気になる。
地図では京急神武寺駅まで伸びている。かつては池子弾薬庫に伸びていたのだろう。


遊歩道て、逗子駅郷土資料館を越えて古墳へのアクセスポイントに向かう。
逗子市郷土資料館が最適そうだったので、ここから遊歩道を出発する。
道は結構きつい登りもあり、軽いトレッキングで筋肉痛をほぐそうと思ったが、追い打ちであった。





2号墳前方部より後円部を望むること10分弱。六代御前の墓方面からの道と合流と直ぐ2号墳がある。丘陵の小高い頂上に、前方部を相模湾に向けて造られている。墳丘長88m前方部中腹から後円部を見ているが、全形はわかりずらい。







前方部先端より人がたっ長柄桜山2号墳ている先が後円部である。イメージしていたより大きい。
前方部正面からは、木々の間より相模湾が一望できる。
葺石が見つかっているので、この古墳も建造当時は相模湾を航行する船から白亜のモニュメントが威容を誇っていたのだろう。





1号墳全景合墳から森の中を10分ほど歩くと視界が開け、目の前に1号墳が現れる。
墳丘長90m、消失古墳を除けば神奈川県最大級の古墳である。
2号墳よりも形ははっきりしている。保存整備中なのだろう、立ち入りが禁止されている。
後円部のすぐ下には住宅地が迫ってきている。ここの緑は貴重な自然だ。





逗子海岸て、2つの古墳を制覇した段階で多少予定時間オーバーだが、そのまま引っ返すのはつまらないので、予てより予定していた2つのポイントに行く。
とりあえず、せっかく湘南に来たのだから海沿いを走ろう。
逗子市郷土資料館を下ると、長柄トンネルの脇に出る。ここからR134に出て、鎌倉の滑川交差点まで行き、若宮大路・鎌倉街道を経由し大船に向かう。




一の一の鳥居鳥居を抜けると、鎌倉のメインストリートとなってくる。見どころ満載の鎌倉だが、今日は鎌倉観光に来たわけではない。
鶴岡八幡宮パス、建長寺パス。さだまさしを歌いながら東慶寺・円覚寺もパス。一路大船へ。






大船観音船と言ったらやはり観音様である。
名だたる名勝を素通りして、参ると言ったらここしかないでしょ。
『大船観音』。白衣観音とも言う。大船駅の裏手の尾根に鎮座する高さ25mの胸像である。遠方から見るとちょうど立像のような高さ配置に見える。もし立像なら東京湾観音より大きな観音様になりそうだ。
全国に巨大な観音像は多いが、顔立ちの好みなら東京湾観音様と二股をかけたいくらいである。




大船観音2ジア系の人が随分多いと思った。おやじのような観光客とは違いお祈りは丁寧である。
パンフレットには、近年この白衣観音像が近郊のアジア系在住外国人の方々の心の拠り所となっていると書かれている。毎年秋には『ゆめ観音』という各国の音楽舞踊のイベントも開催されているようだ。
余談だが、子供の頃は『横浜ドリームランド』という今で言うテーマパークがあって、大船からモノレールで行ったことを覚えているが、すぐに廃線になってしまった。湘南モノレールは今の現役だけど、大船って今で言う立川や千葉のようなモノレールの起点だったんだねぇ。



大船観瑜伽洞(田谷の洞窟)1音様から10分ちょっと走ると、真言宗のお寺で定泉寺というお寺がある。
あまりメジャーではないが、ここには通称『田谷の洞窟』という鎌倉時代から江戸時代にかけて掘り続けられたという大洞窟がある。
今でも修験場となっており、一般拝観ができる場所は限られている。もともと修行の道場であるから、観光スポットではない。メジャーでないのは当然である。




洞内瑜伽洞入口」へは手燭台に蝋燭の火を灯して入る。行者道と言われる巡拝コースは250mほどだが、蝋燭が消えないようにゆっくり歩くとかなり長いものである。洞内は三層構造になっていて、要所要所に広い空間が有り、仏像が安置されており、羅漢像や曼荼羅が掘られているのは見事。修行用の滝や人工の川まであり、鍾乳洞的な醍醐味もある。残念だが洞内撮影は厳禁。





ここでトラブル発生。パンクである。しかもリア。BMCのパンクは初めて。今のタイヤは劣化がだいぶ目立ってきた。そろそろ替え時と思っていた矢先である。
空気を入れても2キロもたない。これは観音様を色事で見たばちである。
次に限界が来たら、諦めてパンク修理と思っていたら、戸塚駅を過ぎたところにプロショップがあった。ここは自分でやって時間をかけるより、プロの任せる方が賢明。20分ほどチューブ交換で2,000円少々。逆に観音様の導きかも。

本日の走行 129km
長柄桜山古墳ルート今回は予備知識無しで行った『田谷の洞窟』が一番の「掘り出しもの」だった。 



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トルコ映画『Fetih 1453』

TOHOシネマズ2TOHOシネマズ1新宿に『Fetih1453』 という映画を見に行く。
東宝シネマではない。
来週オープンの東宝シネマの新しいゴジラ像。ゴジラは50m。子供のころはあれだけ巨大に見えたゴジラも、巨大都市東京の中では完全に隠れてしまう。
そのゴジラなら一撃で粉砕してしまうであろう壁の制圧に15万の兵力を投入したコンスタンチノープル攻防戦を描いた2012年のトルコ映画が『Fetih1453』である。



Fetisinema-20150411hとはトルコの言葉で征服という意味で、1453年はオスマントルコが、ローマ帝国(ビザ ンツ帝国)の帝都コンスタンティノープル(トルコ式にはコンスタンティニエになるようだ)を征服した年である。
古代の終焉からまさに中世の終焉まで、1,000年にわたり栄えた東ローマ帝国の最後の戦い、コンスタンチノープル攻防戦を攻める側のオスマンの立場から描いている。
ビザンティンファンとしては、常々コンスタンチノープル攻防のスペクタクルを見たいと思っていた中、トルコ側から描 いた最近の大作があることをオフィシャルトレーラーや投稿動画で知った。些か抵抗があるもののこれはぜひ見てみたくなった。
何故抵抗があるかって?。タイガースファンが、ジャイアンツが主役でタイガースがコテンパンにされる映画を見るようなものですよ。
トルコと日本は、オスマン帝国時代からの友好国である。トルコには親日派の方々も多い。日本人はイラン・イラク戦争でトルコから受けた恩義を忘れてはいけない。
しかしオスマンとビザンツというと、ビザンツの悲劇性に共感してしまう日本人は多い。オヤジもそのひとりである。何か日本人の深層には「判官びいき」や「滅びの美学」に共感するものがあるのだろう。

さて、その『Fetih1453』だが、日本でケバブクレープは劇場未公開映画だ。残念ながら、吹替えや字幕スーパー付DVD等もない。原語版か英語字幕版(やっぱようわからん)しかないと思っていたら、近々日本語字幕で上映するところがあることがわかった。
新宿にあるトルコ文化センター。トルコ語レッスンや文化の紹介や留学・旅行の支援などを行っているところで、トルコ映画の上映会も頻繁に行っているようだ。 http://www.turkeycenter.co.jp/
1,500円でケバブとドリンクとポップコーンつき。ケバブってどんなもの?。検索するとさまざまなレシピが出てくる。これも興味の一端ではあった。
出てきたのはケバブラップ(クレープ風)。これはやみつきになりそう。


近年fetih1453 dの歴史ものスペクタクルとしては『レッドクリフ』あまりにも有名だ。赤壁の戦いは三国演義などにより日本ではポピュラーだが、中世西洋の物語、真のローマ帝国滅亡、コンスタンティノープル陥落戦はほとんど知られていない。
この赤壁にも劣らぬ多くのエピソードとヤマ場を持った物語を、25,000人のエキスト ラと、CG合成をふんだんに使った160分の大作映画として仕上げている。
前半は戦いの前の双方の利害や策謀、物語の伏線となるラブストーリなどが緩やかに臨場感を高めていく。
そして、ほぼ半分を境にしてコンスタンティニエの攻防戦に突入していく。
あれっ、壕って最初からなかったっけ?

fetih1453 ffetih1453 lGはコンスタンティニエの街の風景なんかがジオラマ的だったが、大城壁を前にした攻防戦なんかは迫力満点である。




fetih1453 h楽映画としては見ごたえたっぷりで文句なく楽しめる映画なのだが、全体的には長い映画の割に展開がバラバラな部分がある。燃盛る艦隊と敵船に向かってぶち切れするメフメト2世のシーンがいきなり出てくるが、どうしてこうなったかが全然出てこなかった。
ビザンツびいきとしては、数隻のビザンツ連合艦隊が百艘を超えるオスマン艦隊を翻弄させる海戦シーンも見たかったところである。
攻防戦のターニングポイントとなるガラタの艦隊越丘作戦に至る経緯や、ビザンツが起死回生の一手とした金角湾の夜襲作戦などが端折られてしまっている。

fetih1453 k砲ウルバンの威力は遺憾なく描かれているが、ウルバン砲って宇宙戦艦ヤマトの波動砲みたいなものだから、「これからうつぞ〜」ってときの発射までの装填や準備などをもっと仰々しくやってほしかった。連射できない唯一の弱点がわかりずらい。
しかしその巨砲の威力をもってしても、映画のように一発で城壁を大破させることはできなかったのが史実のようだ。
ところで、長らくビザンティンが世界を恐れさせた超兵器『Greek fire』はどうしたんだろう。映画にはちょっとだけそれらしいシーンがあったが、『Greek fire』が健在だったらビザンティンの防衛戦はもう少し変わっていたかもしれない。
fetih1453 cンスタンティノス11世ファンのオヤジ的にはビザンツ側の描かれ方がやはり不満。
正教徒とカトリックの対立や、バチカンやジェノバとの駆け引きなどの史実を取り込んだうえで、ビザンツ側の描写もかなり公平さを出してはいるが、コン スタンティノス11世の人間像は、メフメト2世の人間味あふれたキャラに対してはやはり敵役としての演出が強い(トルコ(征服した側)がつくるのだから当然なのだが)。
史実(かどうかは疑問だが)では、最後まで残った市民・兵士たちの意志を代表してオスマンの降伏開城勧告を拒否したコンスタンティノス11世は、聖ソフィア寺院で最後の祈りをささげ、ともに生死を誓った家臣・民衆に声をかけ頭を下げたという。東ロfetih1453 jーマ1千年の幕引きを一身に背負う覚悟をしていた最後の皇帝は、ハサンが城壁の頂上にたてたオスマンの旗をみて、最後まで付き従ったわずかな守備兵とともにオスマンの大群の中に消えていく。ビザンツ側の最後のハイライトになるべき、聖ソフィア寺院で最後の祈りと、コンスタンティノス11世の最後のシーンがなかったのも残念。


fetih1453 gス トのハギアソフィア寺院のシーンは、まさにメフメト2世が英雄となるべき感動的なシーンでよかったけれど、史実からみるとやはり『ありえなーい』場面である。
何よりこれではコンスタンティノス11世が気の毒すぎる。
陥落後のコンスタンティノープルはトルコ兵の略奪を受け多くの血が流されている。市民の多数は奴隷として捕獲されてしまった。ラストのシーンはある意味オスマンの宗教政策を象徴してはいるが、メフメト2世が略奪禁止令を出したのは、自軍の略奪がひと段落したことと、コンスタンティノープルの価値、今後の戦略上に他ならない。
トルコ軍の略奪兵が迫る中、多くの民や敗残兵、外国人居住者らが、最後まで踏みとどまっていた友船でコンスタンティノープルを離脱している。これはビザンツ側から見るとエンディングにふさわしい感慨深いシーンになるのだけれども、征服される側をあまりに劇的に描いてしまったら、英雄が英雄でなくなってしまうからまずいよね。

まあ、fetih1453 b歴史は歴史、ドラマはドラマ。そんなへ理屈など巨砲一発がぶっとばしてくれる久々に楽しめる面白い映画であった。音楽もよかったし。これだけ攻城ドラマとして楽しめたのは、『のぼうの城』以来である。
もう少しスクリーンが大きかったらもっと迫力があったのだろうが。
あまり重要な伏線ではないのだが、親バカおやじが一番感動したシーンは、メフメト2世出陣のシーン。冒頭の父ムラトへの言葉と相まって、最も目頭が熱くなるシーンであった。
改めてオスマンとメフメト2世、それと『ケバブ』!のファンにもなってしまいそうである。


ぜひ日本語吹き替えで観てみたいものである。

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桜すこし

長距離ランの計画で朝6時に出発したが、往路27km地点でアクシデント発生。花見も兼ねていたので、帰りに定番常盤桜並木の芝公園による。
朝の常盤の桜並木。のらくロードから続く300mちょっとの桜並木。
何故ここが桜並木になっているか知らないが、一般車道が桜並木になっているのって、この辺では珍しい。





芝公園桜公園に着いたのは13時ころ。朝の好天がそろそろ薄曇りになってきたところ。今日は15時過ぎから雨になる予報。








ほんと日本人って1丘長125mの都内最大の古墳。丸山古墳に寄っていく。
古墳下の広場は宴会場となっていた。1500年前には、ここは祭祀場で、豪族や巫女が神聖な儀式をした場所だったかもしれない。
ここにいる人たちは別に、この古墳の主の為に宴を催しているわけではない。
古墳の主は怒っているか、喜んでいるか、それともあきれているか?




観音山と東京タワー円部から見える東京タワーと、その手前は観音山の桜。
ここも100m級の大型古墳だったとする研究者もおり、史跡登録がされている。







ほんと日本人って2かし、こんな小さな花見スペースにも、臨時のごみ箱と仮設トイレがある。
お金取ってるわけじゃないのに、ほんと日本人ってすごいと思う。







愛宕グリーンヒルズ上寺増上寺横の横の通り。
桜の枝がバッサリ切られていて、かわいそうというかさっぱりしすぎた桜並木。
でもこれで東京タワーが全景が鮮やかに見える。
夏場のことも考えると、やはり景観的配慮だろうか。
最後は御成門駅出口がらみた『愛宕グリーンヒルズ』。この一本はほぼ満開である。




大横川さくら2大横川さくら1後は大横川の桜。全体には3〜4分咲きくらいか。あいにくの曇り空となった。天気予報ではこの後1〜2時間後に雨が降り出す予報。
来週末までもたないか。来週末も雨の模様。
桜の中のリベンジは今年は無理そうだ。

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そろそろ

夜桜2夜桜1だまだコートなしでは身震いする夜だが、そろそろ桜の季節になってきた。
帰宅途中の公園もぼちぼち桜の花が‥‥
また、『華』の季節である。






F1000113朝見るとまだまだ一分咲き。
今週末はまだ少し早い。
桜は散り際が一番きれいである。
来週末は桜吹雪か‥‥



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冨士山に行く

拝島駅を8:45出発。
拝島駅前回はホリデー快速ではなく、車預けである。
車の引き取りは18:00なので時間はたっぷりある。
今回は冨士山まで行って、頂上まで登る計画である。

冨士山といっても、実は『富士山』ではない。名前の由来はわからないが浅間神社があるから、富士信仰とかかわりがあるのだろう。日高市にあり標高220m、正式名冨士山は三角点を持つ立派な独立峰である。


エアを充填していなかったので、入れていこうとしたら、携帯ポンプが作動しない。空気圧は80PSIを割っている。通勤や買い物ではよくあることだが、山も含むサイクリングでは不安である。ゆっくり走って飯能あたりで、自転車屋を探すことにした。
結局、街中をうろつくこと1時間余り。フレンチでエア測定できる店がなかったので、このまま続行することにした。改めてサイクリングの際は近隣の自転車専門店をチェックしておく必要性を感じた。

巾着田2巾着田能から富士山迄の間に『巾着田』に寄って見る。巾着田といっても『千枚田』のような特殊な形態の田んぼがあるわけではない。日和田山から見える地形が、巾着のようだから、そう名付けられたというところか。
春の桜・夏の川遊び、そして秋の曼珠沙華のレッドカーペット以外には特に見るものもない。




あいあい橋高麗古民家あいあい橋という、珍しい木製のトラス橋を渡り、県道川越日高線に出ると高麗郷古民家がある。
ここは見学だけではなく、施設として、借りることもできるようだ。
ここから『カワセミ街道』を経由して冨士山を目指す。





聖天院ワセミ街道には『日和田山登山道入り口』や『天聖院』や『高麗神社』などがある。『高麗(こま)』は(こうらい)であり高句麗を意味する。この周辺は高句麗からの渡来人によって切り開かれた土地だ。







カワセミ浅間社鳥居街道富士山から宿谷の集落に向かう道に入ると、すぐに登りが始まる。終点は白銀平展望台入口。
距離1,800m・平均斜度6.6度・標高差115mである。
高麗川CCの入り口から正面に冨士山が見える。

少し坂になると、すぐにバテバテになるおやじである。鳥居に到達したところで、写真撮影を言い訳に落車。距離にしたらほんのわずかなのだが、休憩を入れる。これでは本物の富士山クライムなど逆立ちしてもできやしない。

歩いたほうが楽なくらいの距離で白銀平到巨大古墳白銀平着。県の自然百選に選ばれている看板がある。ここから階段を上っていくと展望台につく。
小さな展望台だが、わずか200m弱で関東平野が一望できるパノラマは素晴らしい。
展望台から冨士山を望む。これは円錐形の山というより『前方後円墳』だね!。この大きさはほぼ『造山古墳』クラスか。これが古墳なら関東の古墳史は完全に覆ってしまう。


ここパノラマがなんで『白銀平』と呼ばれているのかは不明。もともとは『物見山』と呼ばれていたらしいが、近隣に『物見山』がいくつかあるので意図的に変えたのかもしれない。
ここはどちらかというと夜景がきれいそうである。
但し、注意書きには夜間の公園利用は禁止となっている。





観音様山頂へ富士登山道で戻ると遊歩道の入り口があり、ほんのわずかで冨士山登山道との分岐に出る。ここからは徒歩で鞍部に登って行って山頂に向かう。
ここから遊歩道を直進すると『滝沢の滝』までは近いようだ。
『滝沢の滝』も今回の候補に検討したが、麓からの勾配等考慮して断念したところだ。次の機会に回す。




富士山山頂山頂から展望台を望む部から山頂へ山頂へ。山頂はすぐ先であるが、階段は土砂の流出等でかなり歩き辛い。
そして山頂。浅間神社の祠がある。
第一のミッションクリア。山頂からは先ほど立ち寄った白銀平の展望台が見えた。


第一の宿谷の滝滝への遊歩道ッションを終えて、第二のミッション『宿谷の滝』に向かう。
冨士山登山道入り口から、宿谷の滝遊歩道起点までは2.5km
さらに遊歩道を7分ほど歩く。
落差は10mそこそこだが、小さな滝壺の水のきれいさが際立つ。夏なら思わず滝壺に入りたくなる感じだ。





こいつは何だ回のサイクリングコースで、何度も出会うこの筒状の橋は一体何だ?静かな山中では、中で何かの機械音が聞こえてくる。リニア実験線ではないようだ。
調べたところ、秩父の武甲鉱山と、日高市の太平洋セメントを結ぶ石灰輸送の地下コンベアの地上露出部分だった。
総延長23kmのほとんどがトンネルなのだからすごい。




宿谷の滝を後にして、最終ミッション『鎌北湖』に向かう。
鎌北湖鎌北湖堰堤北湖。ダム湖である。堰堤から見るとダムの高さはかなりある。しかし、『〇〇ダム』とかいう言い方は聞かない。あくまで鎌北湖である。
ヘラのメッカである。
昔は湖畔を一周できた気がしたが、今は湖畔南側は通行止めとなっている。
オフシーズンの為か、何処か物寂しさが漂う湖畔である。いくつかの観光施設が閉鎖され、心霊スポットにもなっているようだ。まあ、哀愁漂う湖沼には必ずといっていいほど伝説があるものだが‥‥。


宮沢の猫宮沢湖北湖をからは相模街道経由で飯能までもどる途中で、宮沢湖に立ち寄る。ここも灌漑用の人造湖である。
ここもヘラのメッカで、湖畔に出店やリクレーション施設もある。





時間があるので寄り道する。
用水地はどこに1用水地はどこにう 50年もたつが、幼いころ知人が飯能にいて、よく親に連れてきてもらったことがあった。覚えているのは、その家の周囲は畑で、少し離れたところにため池が あったということ。風景はまさにトトロに出てくる、村人がメイを捜索していたあのため池そのものだった。国鉄と西武線が交差するところとしか覚えていな かったので、とりあえず交差地点に行ってみたが、当時の面影は全くなかった。今ではこの辺だったのかもわからない。子供のころの夢の世界ではあったのだ が‥‥



入間看板ここにも富士山を渡り仏子駅手前から『いちょう通り』に入る。正直ここの坂が一番つらかった。東京環状に戻り、往路と同じ旧道を行く。
往きは気づかなかったが、信号待ちで何気に見つけた『富士山』の名前。この辺にも富士山があるのか?。付近に富士山のような山はない。看板を見ても富士山の名前も由来もない。

時間はあるが、もう坂を上りたくないので、ファミレス休憩をして横田基地の東側経由で拝島に戻る。

富士山・鎌北湖日の走行 82km
結局携帯ポンプは、圧がかかる部分のネギが緩んでいた。締めたらまた使えるようになった。
備品の点検も忘れてはならない。

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荒川CR川越まで

葛西橋9:00AM日までの雨が上がり、天候が回復した。
今日は川越に行く。距離は都内を抜けR246経由が最短だが、平日ということもあり荒川CR経由と決めていた。
スタート地点の葛西橋に着いたのがAM9:00。すでに北西寄りの風が強い。信号がない代わりに完全な向かい風だ。

流れるMP3は『L作戦マーチ』。伊福部昭のマーチは乗りがいい。
だけど勇ましいマーチとは裏腹に全然進まない。向かい風覚悟の上なので、体力を温存する為、ママチャリおやじにも抜かされる15km/hペースで行く。ほとんど『やる気のないダースベーダーのテーマ』状態である。


入間川分岐越線の鉄橋を超えると、川筋が荒川本流と入間川に分かれる。このまま右岸をR16まで進む。
川越は『小江戸』といわれる昔からの街並みが有名だが、廃藩置県により、武蔵を2分する入間県の県庁所在地だった街である。では本家埼玉県の県庁は浦和だったのかというと、これまた岩槻だったのである。どちらかというと浦和・大宮は成り上がりである。土地の盛衰は時代の常ではあるが、川越に比べて岩槻の衰退は気の毒なくらいである。




閑話休題。
天海僧正日、川越に来た目的は小江戸の街並みを見て、甘味処でお茶するためではない。まず第一は喜多院の慈眼堂古墳を訪れること。
喜多院は、『黒衣の宰相』天海僧正が住職となったことで、徳川幕府と結びつき、幕府の援助で飛躍的に拡大した。喜多院の山門の横に天海僧正の像がある。
『天海僧正』=『明智惟任光秀』説はその筋では有名だ。学術的にはほぼ否定されているが、義経=チンギスハン・聖徳太子=タルドウ・天草四朗=秀頼の遺児などとは次元が違う状況証拠の多さである。写楽=斉藤十郎兵衛くらいにきちんとした検証をしてもらいたいものである。

またまた閑話休題。
天海僧正墓碑多院に山慈眼堂古墳門をくぐると、慈恵堂のさらに左奥に『慈眼堂』という小さなお堂が小高い盛り土の上にあり、その奥には、天海僧正の墓碑(天海僧正は日光に埋葬されている)がある。
この小高い丘が古墳である。
墳丘長約50m。高さ5mの前方後円墳らしいが、立札等はない。




仙波東照宮こっちのが古墳らしくね眼堂から濠を挟んで南側に『仙波東照宮』がある。
こちらのほうが、よほど古墳の風格を備えているが、こちらは後世の盛り土で、残念ながら古墳ではない。






本丸御殿多院を後にし、もう一つの目的地に行く途中で、市立博物館に立ち寄ることにした。時間はあるし、いろいろ情報も取れるし、ティーラウンジで昼食休憩もしたかったのだが、なんと館内整理日の為休館であった!。普通こういうところって月曜日が休館じゃないの?!
しょうがないから向かい側の川越城本丸御殿で記念撮影。
この辺りは川越城の本丸跡だが、勿論江戸時代以降のものである。




東明寺て、次の目的地は、日本三大奇襲戦の一つに数えられる、『河越夜戦』の古戦場を見ること。
河越夜戦は、北条氏綱が占拠した扇谷上杉朝定(アサテイショクの略ではない)の居城河越城奪還の為、朝定が本家上杉憲政と関東公方に援軍を求め集まった、8万の軍勢に対して氏綱の子氏康が7千騎で夜襲をかけ、連合軍を完膚なきまでに撃退した戦である。
この戦で朝定は討死、憲政は戦場を離脱できたが、多くの重臣・兵卒を失い、北条の関東覇権を決定づける戦となった。




川越夜戦の碑戦場を示す碑は、本丸御殿から800mも離れていない、北側に位置する東明寺というお寺の境内にある。
現在は小さなお寺で、観光ルートからも外れているが、当時はかなり広い寺領を持ち、東明寺口という城門に面していたらしい。
ここに陣を張っていたのは上杉朝定の本体1万5千といわれ、2千ほどの北条勢に襲われ壊滅した。
ここには夜戦場跡の碑と、この夜襲による戦没者を弔う塚がある。資料館や食事処があるわけではないので、早々に退散する。





船塚古墳中昼食をとって再びCRに戻る途中に、もう一か所『船塚古墳』という50mほどの円墳(前方後円墳説あり)があるというので立ち寄る。
しかし古墳の看板がなければ絶対古墳とはわからい程破壊がひどい。建物がたっていたようで、盛り土もほとんど失っている。保存がよければかなりの規模のものだったろう。




ここからは来た道を引返す復路である。
自転車とともに‥い北西風が今度は追い風になり、往きとは違い快適である。
ところが昼食のステーキとコーヒーをがぶ飲みしたのがよくなかったのか、お腹のほうもストレートに来てしまった。
人気の少ない河川敷で『誰でもトイレ』があったので使わしてもらうことにしたが、自転車をつなげる杭やガードがない。
中を見たらかなり広いので、自転車ごとはいることにした。
トイレにチャリンコの持ち込みは、半世紀以上の人生で初めての経験である。




トイレももう日が暮れた無事にゴール過ごし、一路河口に。河口到着は18:00を回っていた。
行きつけのショップの店長の勧めもあり、ハンドル高を45mmほどあげたら、ポシションが疲れなくなった。サッドバスターの効果かは不明だが、パッド付インナーなしで100km以上のランとなったが、お尻の痛みはほとんどなかった。





本日川越までの走行121km



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須恵国古墳めぐり再び!

小櫃川の堰痛と姉ヶ崎公園睡眠不足の朝。天気は雨のち晴れ。
ぎりぎりまで出かけるのをためらったが、結局出掛けた。
10:30に袖ヶ浦公園をスタート。ここは庭園や郷土資料館があり、是非寄りたいところだった。時間があれば、帰りに寄ろう。

地図もなく方角だけを頼りに行くから、行き当たりばったりの道になる。小櫃川にかかる中郷橋を渡ると、第一のポイントがすぐ見える。


『牛袋浅浅間神社古墳浅間神社間神社古墳』。
墳丘長は100m弱であったという。説明には古墳のことは書いてなかった。各地にある浅間社と同じような縁起が書かれていた。
前方部は消失し、後円部も上部はかなり削られている。





ここ高柳銚子塚古墳から西へ、10分もかからない内房線脇に、周辺の残土の盛り土と見分けがつかない程度に、残土(というのがふさわしい)が残っているのが、ロスト古墳?『高柳銚子塚古墳』。但しこちらは、さきたま古墳群の『若王子古墳』とは違いわずかに残っているだけロスト古墳とは言えない。
復元時の全長は142mとも130m以下ともいわれ、定かではない。もし142mとすると『内裏塚古墳』に次いで県下第2位の巨大古墳だったことになる。推定長のミニマム110mをとっても県内ベスト10入りは間違いない。




史跡至徳堂の碑公園みたいに整備されているのかと思ったら、田んぼの真ん中で、登る道さえない。
中央に碑のようなものがあり、そこまではかろうじて畦道で行ける。当然この古墳に関するものと思い行ってみたが、あったのは『至徳堂の3碑』というもので、1817年に建てられた郷学の教場に関するものだった。
ここは古墳としては全く無視されている存在なのだ。

この後は一昨年6月の『上海上・須恵国古墳めぐり』(http://karano-garage.doorblog.jp/archives/1919378.html
と同様のルートとなる。


『内珠奈さんの碑裏塚古墳』は墳丘長144m。内裏塚古墳群の盟主墳である。もう3度目になるので、珠名さんに挨拶だけ?して去る。

今回の内裏塚古墳群でのミッションは、前回「薮っ蚊・蜘蛛・スズメバチ」で断念した九条塚古墳と稲荷山古墳内への進入(侵入じゃないよ)である。古墳の主たちの出迎えを避けるのは、やはりこの時期しかない。





『三三条塚周濠条塚三条塚前方部古墳』は周濠の一飯野神社部が飯野陣屋の外濠として残っている。陣屋内にある飯野神社の裏手から三条塚後円部に入る。
墳丘自体はかなり破壊されているが、前方部の周濠は比較的残されていた。


『九条塚古九条塚古墳全景墳』も遠望にとどめて『稲荷山古墳』に向かう。
内裏塚古墳群もさきたま古墳群同様大型盟主墳間は歩いて廻れる距離だ。築造領域がさきたま古墳群ほど密集していないのと、築造年代が広いという違いがあるが、その古墳の規模・数のどちらもさきたま古墳群を凌駕していることはあまり知られていない。





稲荷山古墳全景や超大国毛野を牽制する為、ヤマト中央の権勢をバックに武蔵に君臨した一族。片や上総・安房にいくつも成立した地域小国の一盟主なのに何故。
現代人の感覚がうむ誤認識か。どちらも序列は『オミ』だからね。かわらなのいか‥‥。
もし内裏塚古墳群で稲荷山鉄剣みたいなものが発見されたら、書いてある内容は同じようなものなのかもしれない。





稲荷山古墳後円部閑話休題。『稲稲荷山古墳周濠荷山古墳』も荒れ放題だ。特に鞍部が大きく削られているが、かつてはここに民家がたっていたらしい。
ここも一部に周濠の跡が残されている。
田畑になった二重の周堤を含む墓域の総長は200mに達する圧巻である。
しかし九条塚古墳も稲荷山古墳も、中はジャングルである。遺跡の現状保存は重要だけど、「史跡」なんだからもう少し整備してくれてもいいんじゃないかね。



東京湾観音さま1て、富津まで来たらまた観音様である。牛久大佛様に行った後に、やはり東京湾観音の良さを再認識した。
今回もまた立ち寄る。車・オートバイも含めると7〜8回目になる。東京湾観音に上る専用道路の途中に、今は使われず廃止になったトンネルがある。ここは雄蛇が池と並ぶ有名な心霊スポットであるが、不吉なことに縁起を担ぐオヤジとしては、写真を撮るのもはばかるので紹介のみにとどめる。(というかプチクライムに必死でそんな余裕のないところにある)





観音様頭部腹の展望東京湾観音さま3東京湾観音さま2京湾観音も以前紹介しているので割愛する。
今日は外人さんのツアーがバスを連ねてきていた。
リオのキリスト像やボリビアのマリア像というわけにはいかないが、慈愛の深さではまけんとよ。そしてこのルックスでも‥‥

佐貫城址全景後に、ここまで来たのだから佐貫城に寄っていく。
今回の真の目的は古墳や観音様ではない。佐貫のとある寺院に行くこと。そして自己のルーツをみることである。
祖父の葬儀の時に、祖父方の実家は代々この地にいて、その祖先は徳川譜代の武家の家柄だったと、親類に聞かされのは、あのドラマ『ルーツ』の反響のルーツ探の一大ブームが終息したたころだったと思う。
同時にわけがあり、それを調べてはいけないとも言われたのを覚えている。その理由もすぐわかったが、今となっては調べようとしない口実となってしまっている。その原因はもう80年近く以前のことだ。



調べ佐貫城址入口た寺に行って古い墓を見ると、同性の名前がいくつも記されていた。
ここが先祖が眠る地で、この同性の被葬者が先祖にあたる人々かは過去帳でも持ち出して調べなければわからないが、とりあえず江戸時代から続いている同性の墓に合掌。
これ以上あえて調べる必要もないかもしれないし、もともと是が非でも知りたいという思いもない。そう信じるだけだ十分なのかもしれない。




空堀跡して、佐貫城二の丸その祖先と縁の深い佐貫城は一度は見てみたい古城であった。先祖がここに登城していた武士であったわけではないが、この城とは因縁があったようだ。
真里谷武田氏が築いたこの城は、武田氏衰退後は里見氏の属領なり、一時は本城となった。近世には内藤氏・松平氏・柳沢氏・阿部氏と徳川譜代が領主を務める。




城は主石垣本丸跡本丸奥からの展望を換えながら幕末まで存続した。
中世の堅固な山城ではあるが、近世になって手を加えられているのか、石垣等が随所に見える。
当時物見やぐらがあった頂の展望台からは、東京湾観音のある大坪山と浦賀水道が望めた。
腰痛もひどいのでとにかく不整地歩きは辛い。時間もあって城の隅々を見られないのは残念。完全攻略ならず。


須恵国再びルート日の走行 75.6km
 迷い道や腰痛・睡眠不足休憩なんかで、結局公園に戻ったのは17:00になっていた。
公園散策はまたの機会としよう。
とにかく眠い!!




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新年初ポタ/一般参賀

一般参賀も今回で3回目。もはや不敬罪ではあるまい。
春ポタの頭は、恒例となりつつある、皇居での一般参賀である。

出した後‥‥回は、青年皇族春からめでたい?の皆様そろってお出ましなので、結構見ごたえがある。何時ものように有楽町付近に自転車を停めて、歩いていく。
内堀通りには騎馬警官がいる。何時もの光景ではあるが、今回は目前で馬の排泄を目撃!そりゃあ警察の馬だって動物だから、したいときにするわな。見ていると直ぐに掃除の担当がきてさっさと掃いてしまった。あれどうするのかと思ったら、ちゃんとそばに排泄物を入れる容器がおいてあった。3回目にして初めての光景。



一般参賀入場シーンめに出たので、結構前に行けるかと思ったが、もう検査場周辺はものすごい人盛り。これじゃ前の方には行けそうもない。
いよいよ入城開始である。『天皇陛下』と書かれたのぼりを先導の入城するのか。でもあの旗を持ってる人たちはどういう人たち?係りの担当とは思えないが‥‥





お出まし1お出まし2度目になると、少しは勝手がわかり遠いながらも、全景が見える位置をゲット。
さらに2回目11:00のお出ましでは、かなり前のほうに行けたが、2回目のポジションは前方の長身の壁に阻まれてむしろ見えずらかった。
まあそれにしても、陛下のお言葉と笑顔で手を振られる姿を2度見れたのだから、ありがたいものである。
それにしても、すぐ後ろで「雅子さま、雅子さま〜っ!!」と叫び続けるおばさん。韓流スターじゃないんだぞ!


参賀乾通りを終え宮内庁庁舎て長和殿を後にする。仮宮殿となっていたこともある立派な宮内庁庁舎前を通り、乾通りを抜ける。
春の桜と秋の紅葉の時に一般開放される。今は何もないが、せっかくなのでどういうところか歩いてみる。
せっかくだから東御苑もみていこうと思ったのだが、東御苑は開いていなかった。結局、乾門から皇居を半周して戻ることに‥‥



有楽CIMG8155町で昼飯にして、午後はゆっくりと内を回る。
この写真だけじゃなんだかわからん。以前MR−4で来たことがある。日比谷公園の真向い、帝国ホテルのお隣り、日本ビルファンド日比谷ビルの隅の一角。明治を代表する建物『鹿鳴館』の記念碑である。
同時期の建物がいくつも残る都心の中で、最も有名な鹿鳴館は、早々と戦前に取り壊されてしまった。軍国主義に傾く時期に明治外交の失敗の象徴をもみ消すかのように‥‥




そしCIMG8161CIMG8156て都内ポタ定番の東京タワー。
最近ナイトランに来ていないが、大展望台に浮かぶシルエットは『2015』。薄暗く淡いスカイツリーと対照的に、明るく暖かく東京の夜を照らす。前回来た時はタワービルが改装だった。テレビ塔としての役目を終えた後でも、何かと楽しませてくれる東京タワー。
また『カフェ・ラ・トゥール』にお茶しにこよう。




タワー霊友会釈迦殿2霊友会釈迦殿麓に、何かの秘密基地のような建物『霊友会釈迦殿』。真下から見るとSFに出てくる巨大神殿に入るみたいな感じだ。







R1霞ヶ関ビル桜田通りをさらに北上。
霞ヶ関ビルと霞ヶ関コモンゲート。
昭和43年竣工の現存する日本最古の超高層ビル。高度経済成長の象徴。文化遺産にしたっていいんじゃないか。今じゃ東京のビルランクでかろうじてベスト100に入る程度。今ではとても超高層とは呼べないビル。それでも子供の頃は未来の世界を見るようなものだった。
今見たって結構高いじゃないか。



孔子様茶ノ水湯島聖堂まで来た。神田明神の人盛りを抜けて湯島聖堂に立ち寄る。
ここは神社仏閣だったっけ?参拝者が結構いる。
ここは孔子廟なのだ。儒学の祖、孔子様は学問の神様として祀られることも多い。受験シーズンには学業祈願の参拝が絶えないそうだ。





聖橋上橋からアキバ方面を望む。
丸ノ内線と中央線が交差する。さらに総武線が上を交差するとグッド。川を船が通っていたら超ラッキーと言える。







ニコライ堂2ニコライ堂1近ビザンツ帝国史にはまっている。アヤソフィア聖堂にはいけないが、東京には正教会である『東京復活大聖堂』がある。ここもあのジョサイア・コンドルの設計によるものだ。
一向宗徒の家系であるから、礼拝というのも変なのだが、初詣ということで拝観する。建物はビザンチン建築の流れを受け継ぐもので、中は美しいステンドグラスやイコン画で装飾されている。ほんの少し中世東欧の情緒に触れられる空間である。
正教会の聖歌CDもあるようだ。


谷中五重塔跡谷中五重塔野を抜け谷中に。ここも何度も訪れているところだ。天王寺五重塔跡。
高さ34m、関東随一の巨塔は、昭和32年に消失して以来再建されてない。再建計画は消失直後からあったようだが、いまだに実現していないのは資金面だけの問題ではないのだろう。鉄筋コンクリートの再建では意味がない。もはやあれだけの高塔を作るための木材は手に入らないのかもしれない。
写真のような、見事な塔が収まったであろう方角に向けてシャッターを切る。




やはり2015スカイツリー22015スカイツリー1塔を見ながら都内ポタをしてきたので、最後は当然ここになる。
すっかり東京名所となった、東京スカイツリーとソラマチ。今日も観光客でごった返している。
今でも近いから時々来るんだけど、アリオやスナモと違って駐車場高いしね。
なによりも、ソラマチで唯一オヤジが寛げた『ブースターカフェ・レント・ア・バイシクル・バイ・スコット』が閉店してから、なんとなく行っても気を休めるところがなくなって、つまらなくなってしまった。何時もすいてて(だから採算取れなかったんだろうが)落ち着けてよかったのだが‥‥



2014年は決していい年であったとはいえないが、ともあれ家族無事に過ごせたのは感謝しなければいけない。2015年もパッと明るい材料を見出すことはできないが、家族全員元気で相変わらずといえる1年を送りたいものである。

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1.PRESAGE U31
愛称KARANO号
  :いまや歴史遺産となりつつある3.5L/フルタイム四駆。最近は金欠でタコメーターしか見なくなった我が家の軌道空母。2002年モデル。

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  :GIANTのロングセラーフォールディングバイク。18年間コンパクトスポーツの頂点に君臨した名機も2017年モデルを最後に絶版となる。2010年モデル。

3.SOMA SAGA『嵯峨』
  :米国ソーマファブリケーションズのツーリングフレームに格安パーツを買いあさって組み付けたクロモリツーリングバイク。年式不明

4.トランジットセブン
  :今は娘の愛用となっている、BSの20インチフォールディングバイク。オヤジにサイクリングすることと、カスタムすることの両方の楽しさを教えてくれた逸材。2007年モデル。
  
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