KARANOがれーじ

KARANO 枯野 1.古事記に登場する仁徳天皇所有のハイスピードクルーザー。毎日灘波と淡路を往復し清水を宮に運んだ。 2.我が愛車のニックネーム。毎週我が家とスーパーを往復しPBの飲料水を運んでいる。 3.枯野さん(ハンドルネーム)。 鍵穴型古墳マニア。持病持ちポタサイクリスト。

セカンドバイク製作計画 その2

 さて、本題のチョイノリ用自転車製作のほうだが、全体のイメージを見るために、とりあえずすぐつくパーツを仮付けしてみた状態。KHS復活!
 
 ヘッド部はスレッドだが、すでにフォークがセットされた状態なので、専門的なヘッド部分の作業がない。ここは素人には難しい部分なので助かった。BBもカッブコーンタイプがすでについていた。これはいずれは替えたい

 スレッドコンバーターコラムポストにはKHS F20ASの折り畳み式とBBBハイシックス可変ステムを取り付ける。KHSポストはアヘッド式なので、スレッドコンバーターをBBB摩天楼?400mm新規に購入して使用した。ハンドルバー・ブレーキレバー・グリップ・シフター・ワイヤーは今までのものをそのまま流用。 
 ハンドルバーは以前両サイドを20mmづつカットし520mmにしている(TS−7のルイガノハンドルも同様)。そのときにバー収納ロックも外してしまっている。
 シートポストは新規購入の“BBBカイスクレイパー 400mm 25.4径”。アルミ製ブラックなので長さのわりには軽くて見栄えもいい。シートはオリジナル“フォーミングFM500”。TS−7を買って一番最初に替えたパーツだ。小さめで形はいいが、すぐにサドルカバーが必要になりそう。
 リクセンカウルのエクステンダーをつける。
 DA16+カプレオ
 ホイールの取り付けに際しては、一抹の不安材料が的中した。リアエンド幅が130mm規格なのだ。実測は132mm。カプレオはMTB標準の135mm。まともには入らない。もっとも、事前にわかっていたとしても決行したが。
 
 ある意味もっとも危険且つ愚策である“エイヤー工法”でのはめ込みとなる。
 但し、ハイテンスチール、この安物自転車の代名詞のような素材は、実はアルミフレームより弾力性がある。潤滑剤をたっぷりつけて、慎重且つ大胆にエイヤー工法を実行したが、意外とあっさりはまってしまった。これで何とかディレーラーの取り付けまでいけそうだ。DSCF0010

 このままシンプルに済ましてしまったほうがかっこいいかも。(邪念邪念!)
 602についてはディレーラーとそれを吊り下げるブラケット、それにチェーンもTS−7オリジナルが使えないため新規購入が必要となっている。
 

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TS−7  451化計画 その2

ルイガノ+MOJO PROFITEERグリップイガノのハンドル、カプレオのシフターは中古を購入。ワイヤーもフルセットで交換。エルゴタイプのグ リップは本家エルゴンが高いので“UAプロフィッター”というグリップを購入した。
 
 ハブダイナモがなくなることで、お気に入りのシマ ノのLP−M300とSC−M300ももう1台に移植せざるを得ない。これが付けたくてハブダイナモにしたようなものなのだが、その移植ハンドル重分かなりの軽量化にはなるはずだ。
 
 但し、実際に計ると写真上の旧ハンドル回り重量で974g、写真下で 829g。ライト一式がないのにその差僅か150g弱。ハンドルバー単体ではルイガノのほうが軽いので、レバーとグリップの重量差がけっこうあるのか?。

  TS−7のパーツ付け替えは雑用含み4時間程度。ダブルレッグスタンドもぎりぎりで使えた(1本足にすれば300gは軽量化するのだが、こいつは捨てがた いのでそのまま使用)新規ハンドル重
 
 ここまでの新規パーツ代で4万4千円也。高い出費だが、今回は外したパーツがむだにならないので気持ちは軽 い。出来上がった時点で軽く試運転。ブレーキの自己作業がいまいち不安なので、恐る恐る近所を回る。
 
 感覚的には何か別の自転車に乗っ ている感じ。乗りごごちは早い話、車でいう65タイヤから45タイヤへ替えたときの感覚というところ。当然車とは違い、タイヤは細くなっているのでハンド リングはより軽くなっている。
 カプレオにした時は駆動系の硬性が上がったのが意識できたが、今回は路面追従性が格段に上がったのがわかった。路 肩や歩道は注意して走行する必要がありそうだ。径が大きくなったので気持ちハイギアード化している。
 見た目もタイヤの細身化とスポークの減メータがないと…少で軽量感を増したが、TS−7のアイポイントというべきアーバンスリックの強烈なサイドの赤線が廃止??となってしまったので、 全体的にはむしろ地味になったようだ。
 ちょっと残念なのが、TS−7独特のあの乗っていて踊りたくなるような「ふわふわ感」が消え去ってしまっ たこと。但しあのふわふわ感が踏破力ロスにつながっていたとするならば長距離志向にはなっているはずだ。
 
 時間もなくなったので今日は ここまで。追々調整しながら乗り心地を吟味することにする。今度、全体の重量も比較したい。

 うむ。これで娘のラブソニックには負けな い…??。
 一番調整が必要なのは、この比較対象のセッティングである!!。トランジット451
 
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TS−7  451化計画 その1

足の確保ということで、TS−7のパーツ変更から優先することにする。パーツ入手の目処が立っているし、作業としてもこちらのほうが手がつけやすい からだ。
R390+kenda kwest
 交換するのはホイール一式とハンドル・ブレーキ系。
 リムはDA22仕様から R390にしてもらった。タイヤについても、451化の定石はシュワルベだが、こちらはKENDAKWESTをチョイス。
 こちらのほうがなんと なく分厚そうで安心感があるし(実際に重量もある)、サイドスキンがワンポイントになっていて好みだったからという単純な理由だ。MrコントロールV2
 
 451化で必ず問題となるのがブレーキ系。定石はキャリパー化なのだが、TS−7はその構造上キャリパー化が 難しい。また、それにともなうレバー比の問題もある。
 当初は“700Cトランスファー”なるパーツで考えていた(これならレバー比の問題がな い)のだが、結局“MrコントロールV2ブレーキ”テクトロエクリプスなる変わった形の可変式ブレーキを使うことにした。  
 これもたまたま“テクトロエクリプス”というブレーキレバーを見 つけたからだ。
 聞くとこれは便利なレバーで、レバー比の設定ができて、Vにもキャリパーにも使えるとのことだった。2300円で即決してしまっ たが後で調べたらネットで2000円以下で売らV2フロントれていた。
 レバー比がクリアできそうなので、通販で売られていたMrコントロールV2ブレーキでいくことにした。変な形 なので不安ではあったが、どうせブレーキを追加購入の必要があったし、700Cトランスファーの重量分が稼げるし、ブレーキだけの交換のほうがすっきり見 えるという理由だ。但し費用的にはブレーキ+トランスファーとあまり変わらない。V2リア+kenda kwest
 某ネットショップのHPで、当店でしか入手できないと謳っていたV2ブレーキだが、何てこと はない都内のスポーツ自転車専門店でたくさん並んでいた。しかも最初にみたネットショップの売価より1割以上安い1個5000円?
 
 入 手してみて、心配したとおりやはり調整の仕方がよくわからない。購入店で聞いとけばよかったが、BD1のブログで詳しくレポートされていたのを発見して、 参考にさせていただいた。けっこうセンターを出すのが難しくて途中で断念。自然に出ることを期待する。

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セカンドバイク製作計画 その1

 TS−7もいよいよまる1年になる。この1年KARANO号をほとんどほったらかしでTS−7に色々手をかけたので、フレームがあればもう1台自転車ができるほどパーツがたまってしまっていた。そこで家にあるつかっていない自転車パーツの消化もかねて、もう1台手作りで作ろうと考えた。
 仕事で何度か通った埼玉県庁のそばの某カスタムバイク販売店に仕事ついでに久々にたちよったところ、希望のフレームを探してくれるという話になった。
 当初はTS−7のオリジナルホイールにタイヤを別途購入し取り付けようと思っていた。ホイール自体の物はいいのだが、問題はボスフリーのスプロケ。うわさのDNPもなかなか入手困難で、現状のスプロケではフロントを60Tくらいにしないと現行カプレオ同様のギア比にはならない。 コンプリートホイールセット
 
 もう1つ、この店舗で商談したのが、カプレオ仕様の451ホイールセット。コンプリートホイールとしては格段に安い値段で紹介されていた。実はこれを見つけたときに、現状のTS−7の車輪をそのまま移植することに傾いてしまった。作製車もカプレオにして、TS7を451化してまうことを考えた。
 またまた浪費の始まりである。 
 
ミシェル206 クルーザー系?
 手配してもらったのはミシェル602というBMX系?のフレーム。ヘッドはスレッドでハイテンスチール素材とのこと。ホリゾンタルは初めから除外していたが、このストレートなスローピングタイプの形状は一目見て気に入ってしまった。カラーもホワイトをお願いした。
 
 
 当初から判っていた問題点が3つ。
1.ヘッドがスレッド。
2.ディレイラーハンガーが必要
3.通常のシートチューブでは短い
 1.はスレッドコンバーターで解決。
 2.についてはオリジナルが車軸に直付けタイプなのでフレーム自体にコンポーネントのディレィラーが取り付けられないのだが、シマノのディレイラーブラケットで対応可能なことが現車で確認できた。
 3.についてはママチャリサイズの25.4mmのロングなのでスチール製しかないかとあきらめていたが、BBBでスカイスクレーパーという400mmのアルミポストに設定があったのでこれにすることでほぼ問題をクリアできる目処がたった。

 TS−7からの移植は
1.前後ホイール一式。2.ハンドル回り一式。3.ブレーキ・ワイヤー系。4.ライト・サイクルメーター となる
 新規パーツとしては
4.シートポスト。5.スレッドコンバーター。6.シフター・リアディレイラーとなる。
 
 こうして自転車製作計画と平行して、TS−7の451化計画を実行することにした。 にほんブログ村 自転車ブログへ
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東京古墳めぐり その2

亀甲山古墳は、細長い多摩川台公園丘陵部亀甲山古墳の南側にある。墳丘長107m。芝丸山古墳についで都内第2位の規模だ。大型墳墓といえる。丘陵部の地形を利用して造られているよ うで、横の広場から見るとどこからが墳丘でどこまでがもともとの丘陵部かよくわからない。これは芝丸山古墳も同じだが、特に地方豪族の古墳や初期のヤマト の古墳にも見られるもともとの丘陵を利用して造営されたパターンだ。見かけのわりには製造多摩川を望むコストを抑えている日本人の知恵だ。とはいえこれだけの規模のものを造るのは容易ではあるまい。
 これだけの規模の古墳が 僅か数世紀の間に数百基も造られたのだから古墳の製造パワーとはなんだったのか興味は尽きない。当然地元の民衆だけでは連続して造れるものではないから、 かなり遠方からの応援もあっただろ多摩川台公園あじさいう。埋葬された首長の権力もさることながら権力の強制だけではなかったろう。古墳造りとは古代の民衆イベントでもあり、暇農期の ニューディールだったのかもしれない。
 公園の遊歩道から多摩川と川崎のビル街が見える。丸子橋も東急の鉄橋も以前訪れたときから架け替えられて 綺麗になっていた。当時の豪族たちがこの風景を見たらどう思うか考えただけでも面白い。丁度真っ盛りの紫陽花とカメラを向ける人たちを見ながら次の目的地 へ向かうことにする。

 次の目的地は上野公園。擂鉢山古墳と文京区の富士神社古墳に向かう。
再び中原街道から国道1号へ。往路の あの快感と同等の苦痛は覚悟していたつもりだが相生坂の長い上りには参った。国道1号から芝公園横を通って日比谷通りへ。芝丸山古墳の真横を通過する。日比谷濠年 明け早々来ているので今回は割愛。御成門で昼食をとって日比谷通りから内堀通りへ迂回する。
 上野へ最短なら日比谷通りを直進して淡路町までスト レートだが、今日は内堀通りのほうが走りやすいのだ。
 内堀通りの祝田橋・平川門間は日曜日になるとホコ天ならぬ自転車天国となる。パレスサイク ルと呼ばれる自転車専用区間は往復で4km以上のコースとなる。広い道路全てが自転車パレスサイクルコースになる。レンタルサイクルもあり、我がTS−7もレンタルされている(もちろんノーマルです!)。自転車教室もあり老若男女 様々な自転車が往来するのでロードやピスト(公道です)の練習には向かないが、それでも“ラシイ”かっこの人たちが肩慣らし程度には楽しんでいるようだ。

  上野公園について公園案内で古墳を探す。
擂鉢山の名称はあるが古墳とは載っていない。とりあえず自転車を押して歩いていく。
 擂鉢山古墳 は上野公園のほぼ中央にある。破擂鉢山古墳1壊がひどく今まで見た中では最も『らしくない』古墳である。そこを通る人々も誰も古墳だとは思っていない。全長は約70m。但し前 方後円墳だとすると復元長は80〜90mはありそうだ。後円部頂上は完全な広場となっており、行き交う若者や家族連れとはちょっと異なる少し疲れた方々が 屯していた。古墳横にはブルーシートのバラックもあり、周囲の雑踏から孤立した独特の空間となっていた。すぐ下ではサックスの路上生演奏も聴けて疲れた自 分にもちょっと癒しの場になっていた。

 時間を潰しすぎて午後1時にってしまった。富士徳川慶喜公御廟神社古墳間で往復する時間もないので今回は断念。代わりに近場の谷中霊園にいく。
 古墳とは全く無関係だが、ここには徳川 慶喜公の廟と天王寺五重塔址がある。徳川15代将軍一橋慶喜公はなかなか評価の分かれる人物だ。会津人の血を引く自分には良くも悪くも気になる人物の一人 ではある。廟の前で拝礼して五重塔址にいく。五重塔焼失写真
 かつて関東一の高さを誇った五重塔だが、昭和32年に不倫男女の死の道連れに放火され全焼してしまったという。礎石の横 に当時の写真が掲示されていた。在りし日の塔の写真は見たことがあるが、燃えている写真と焼け跡の写真を見たのは初めてだった。在りし日の塔の姿も美しい が、この最後の姿というべき燃え上がる塔にも一種の美学を感じてしまった。寛永寺五重塔跡1
 急に谷中へ行きたくなったのは、亡くなった祖母の実家がこのあたりだったと聞かされたことを思い出したからだ。まだ幼い ころに、明治後半の生まれの祖母から、五重塔の話、浅草十二階の話、関東大震災の話など聴かされたことを子供心に覚えていた。祖母もずいぶん前に他界した が、いまあの当時の話が聴けたらと思うと悔やみきれない。

 時間もなくなったので家路に向かう。鶯谷駅の陸橋を下る。橋の名前は奇しくも 凌雲橋。かつてはここから十二階(正式名が凌雲閣)がよく見渡せたのか。言問橋から業平を経由して自宅へ。
 最後にスカイツリーの建設現場横を通 過する。押上タワー(スカイツリー)建設中すでに高層建築が始まっている。建築中の建物は隣接する商業施設とのことらしい。さしずめ東京タワーの 下のタワービルみたいなものか。ここに高尾山並みの高さの塔ができるなとどとは凄いというより、恐ろしい気がする。

 古墳めぐりの最後が 近未来の遺跡(じゃあないだろ)で締めくくるのも面白い演出だと自分でひとり感心しながら帰宅した半日だった。

 本日の走行67km


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東京古墳めぐり その1

日曜日少し暇ができたので、古墳めぐりに行くことにした。千葉方面に行きたかったが、丸一日の余裕はない。午後3時に帰宅して買い出しに行かなければなら ない。そこで都内の古墳めぐりを自転車でおこなうことにした。
 都内といっても大きい古墳は限られている。今年初めに芝丸山古墳には行ったので、 今回は多摩川周辺と上野周辺浜離宮に する。

 午前8時出発。新大橋通りから海岸通りに入り浜離宮横を通過する。休日なのでサイクリストが多い。スポーツバイクに抜かれっ放 し。ミニだから当然だか、カプレオという優秀な駆動系ユニットに肝心のエンジンがまるでついていけないのは悲しい。ま、焦っているわけでもないが…
  ここに至るまでネズミ捕り3回、日曜朝の都心はすいているので可哀想な被害者も多い。信号が少ないとはいえ巡航ペースは23km/h。とりあえずこちらと してはネズミ捕りにつかまる巡航ペースが目標かな(苦笑)
 第一京浜から国道一号・中原街道経由で環八へ。ここでの予定は宝莱山・亀甲山・浅間神 社の3古墳だったがちょっと足を伸ばして野毛大塚古墳に立ち寄る。

 野毛大塚古墳は5世紀前半の前方部が極端に小さい帆立貝式古墳で全長 82mだが、後円部径68m・丘高11mだけ野毛大塚古墳全景を見ると芝丸山古墳や亀甲山古墳と遜色ない大きさだ。規模からすればこの地の有力な首長のものだろう。以前所用の途中で立ち寄った ときは、頂上から子供たちがそり遊びをしていたが、今はロープが張られていてそり遊びはできなくなっている。保存管理維持の関係だろう。児童遊園の中にあ り子供には格好の滑り台だったのだろうが、眠っている首長にとっては迷惑こ野毛大塚古墳にての上ない。でももしかしたら子供の悪戯にも寛大な名君だったのかもしれない。
 
 野毛大塚古墳から宝莱山古墳まで の間に御岳山古墳と八幡塚古墳という比較的大きな古墳があるがあるが田園調布の高級住宅地をうろうろしているうちに時間もなくなり、足早に素通りして宝莱 山古墳に向かう。
 宝莱山古墳は4世紀前半の造営で、この一連の古墳群の中では最も古い部類に入る。墳丘長97m(推定復元値)は、自己の知る限 り芝丸山古墳・亀甲山古墳についで都内第3位の大きさだ。但し後円部の大半が宅地造成で失われている。古墳横の広場からは現存している前方部が在りし日の 規模を覗わせているのみだった。宝莱山古墳から宝莱山古墳後円部また田園調布の閑静な住宅地を迂回して多摩川台公園に入る。

 ここには古墳展示室がある。15年くらい前か、関東 の古墳に関心を持ち始めたころ、ここを訪れたことがある。展示室にあった武蔵国造の乱の掲示に興味を持ち毛野のことなど調べだしたのもここがきっかけだっ た。
 展示室も武蔵国造の乱の掲示も当時と変わっていないような気がする。
 
 書紀によれば武蔵国造の乱は甲寅(534年)のこ ととある。事件が6世紀前半としているがこの地の古墳はすでに5世紀後半以降衰退してきている。この地を治めていたのが小杵の一族であったという。書紀の 記述では、武蔵国造の地位をめぐり笠原直使主臣と同族小杵宝莱山古墳が長年争うが決着せず、小杵は上毛野君小熊に助力を求め、これに気づいた使主は朝廷に言上。朝廷では使主を国造として小杵を征伐さ せたとある。
 もともとは小杵の一族が代々武蔵を実効支配していたが、乎獲居臣のころから急速に台頭してきた使主の一族に圧迫されて北部武蔵の支 配力を失って衰退したのだろう。使主の一族はヤマトの権威を借りて増徴したものと思われる。代々杖刀人の首だったという表現がこれをあらわしていると思わ れる。小杵の代になり起死回生を狙って小熊へ救援要請したのが実情ではないか。しかし小熊のほうもかつての関東全域への影響力はなく、各首長の離反が続き 有効な手が打てなかったと思われる。
 書紀の記述は史実としてはある程度信憑性はあるが、人物評についてはかなりの粉飾があるのだろう。小杵や小 熊あるいは筑紫君磐井などは勧善懲悪番組の悪役キャラそのものだ。続日本紀のアテルイなども然りだ。敵対する人物をことさら貶めるために“小”とか“磐” という当て字をつけているのは卑屈にさえ思える。但し、本名はわからないので書紀の記述の名前をそのまま使わざるを得ない。

 小杵の陵墓 はどこにあるのだろう。年代から多摩川台古墳群見ると浅間神社古墳や観音塚古墳あたりか。時間もなくゆっくりと見て回れないのが残念だ。あるいは大型古墳の造営も認められずどれ とも判らぬ小規模墳にひそかに埋葬されたのか。色々考えながら資料館を後にして、建物の横にある今回のメインイベントの亀甲山古墳に行ってみる。

                     
                                     続く

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また、クレーム。ちょっとした怒り

またクレーム発生。
 Netにクレームの報告が載っていた。0905クレーム通知KARANO号も対象らしい。このごろ自動車税や都市計画税の徴収書が怖くて集合郵便受けに近づくのが怖いが、勇気を振り絞って自ら見にいく。来てる。
 ハガキが着ているのだから対照なのだろうが、一応確認。車体番号が対象になっている、それも上位に?。
 
 思わず怒りがこみ上げる。クレームやメーカーに対してではない。“なぜこの番号が宝くじの当選番号ではないのか”という怒りである。普段宝くじなど買わないが、前回のG・ジャンボは30枚も買ってしまった。しかも後の楽しみと当選照合をしたのはつい最近。全く的外れの番号にある意味納得しながら怒りを抑えた記憶も新しい。
 “このたびあなたのお車は見事クレームに当選いたしました。すぐにディーラーにおいでください。豪華な景品(無償修理)を差し上げます。”という感じだ。KARANO号になって2〜3回目だと思う。クレームは自動車の常。別に不安も驚きもないが、これがほんとに大王所有の快速船ならば管理の舎人は大王の怒りを買い死罪である。
 
 ま、とにかく中身を見る。吸気系の劣質部品の問題で、エンジン放熱で外れてエンストするという内容のもの。通知はエリア単位に送られるので、最も近い販売店からきた。
 いつも利用しているディーラーは別なので、問い合わせたところ部品がないといわれた。これはやむをえない。ハガキの送付先が優先されるだろう。そこでハガキの送付元に連絡する。ここでも同じ回答。えっ?どうゆうこと?
 
 自分の場合だけか、過去にも何回もクレーム連絡を受け取っているが、整備員不在だとか、対応予約がいっぱいだというディーラー側の都合で即応されなかったケースはあるが、部品がないからとウインカーポジションフォトいって2店舗で即応されなかったことは今までない。今度はメーカーに対するちょっとした怒り。ハガキ出しといてこうゆうことってあるのか。 私にとってはリコールそのものより、こうゆう体制のほうがはるかに問題だと思うが。
 これがほんとに大王所有の快速船ならば管理の舎人どころか関連者全員が大王の怒りを買い連座して死罪である。(つまらん事を繰り返すなぁ)          
                                                           
 とりあえず部品入荷まち。今日は雨で、昨日コラムポスト交換したTS―7のチョイノリに出かけられなかったので暇があったのだが残念。
 このところクルマに乗る機会が減り、出費が減ったなと喜んでいたが、KARANO号の小さいトラブルがちょくちょく発生karano a go!するようになった。クレームは別だろうが車も自転車もほどほどに乗らないと余計劣化するものとも言える。  
 家で音楽を聴けない身にとっては、車は唯一のオーディオルームであるから、たまには音楽を聴く目的でだけでも乗ったほうがいいみたいだ。
 まずクレームを修理してからの話だが。とりあえず雨がやんだのでTS−7で近所をうろうろしよう。 

 ちなみに以前から着けようと思っていたウインカーポジションがやっとついた。                                           
 
   
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アヘッド化?その2

いまさらだが、このごろママチャリライクな直立ポジションが少し辛くなってきた。
 
 ハンドルポストについて は購入時よりの唯一のデザイン的難点だったハンドルポストの湾曲が気に入らず、年明けすぐにKHS F20ASの折り畳みコラムに交換していたが、走行距 離が伸びるにつれてもう少し前傾したほうが楽になってきた。 transit7 arariver
 
 ノーマルに戻せば何の問題もないのだが、どうしてもストレートなポストへ のこだわりがあり、同じようなコラムデザインの自転車を探して白羽の矢をたてたのがベンチュラ20T。
 メーカーに確認、フォークコラム径も同 じ、延長ロックボルトでアンカーまで貫く構造も同じなので、これに決めた。ベンチュラ20T2ブラック



 早速、入手したハンドルポストを比較する。
左より純正ノーマルポスト・中、 F20AS+ハイシックス可変ステム・右、20T+格安不明ステム。
ノーマル=ポスト高240mm バー中心までの高さ215mm 重量475g
F20 仕様=ポスト高310mmバー中心までの高さ290mm 重量800g
20T仕様=ポスト高190mmバー中心までの高さ160mm 重量 405g
 延長コラム1
 全て、取り付けに必要なパーツ込み重量だ、F20AS取付時はハカリがなく感覚的判断で400g以上は優に重くなったと 思っていたが、実際には325gだった。交換時にはノーマルにSATORIをつけていたので、正味重量増200g強。全く感覚は当てにならないと反省。今 回からははかりを使って測定する。

 早速T20仕様の取付をする。延長コラム3
こいつは軽い。でもやはり低すぎる。
いきなり130mmダウンはつらい。
 そこで以前使っていた SATORIを復活させてみた。
サトリ仕様=ポスト高250mm
     バー中心までの高さ220mm
       重量 560g
 
 不明中古ステムは格安だけあって60mmだが延長コラム230gある。ハイシック延長アンカーボルトスとあまり変わらない。ロックボルトもDIYしたため、かなり重くなってしまったがノーマルとほぼ同じポジションになった。重量差+75g。 徹底した軽量化を目指しているわけではないので、ま、いいかの世界。
 デタッチャブルステム機能を宣伝している20Tだが延長コラムの取り外しは 非常に大変。サトリを下につけてロックボルト1つで抜き取るほうがスムーズで楽そうだ。
 
 早速5〜6kmの試走行後にセッティング調整 をおこなって無事終了。アヘッド2−1
 グリップエンドの地上高940mm
シート高910mm
バー中心〜座点長600mm
小柄な体形に は程々のポジションか。


 ハンドル高が下がりすっきりしたデザインになった。

 追加掲載
 
 後 日、この写真状態で重量を測定。14.8kgだった。メーカー公示の付属品を除いた重量13.0kgより1.8kg増となっていた。フル装備状態とはいえ やはり小径車としてはヘビーだなぁ。

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451 うぅ〜 WO〜!

また娘とポタリングに行く。
天気はよく暖かいので前回より更に足を伸ばして辰巳の森(家から7km)まで行くことにした。
このごろ自転車にも慣れたのか、娘は橋などの坂道も登りきるようになった。信号で止まり、ジュース休憩を入れて1時間掛か らないのでいいペースだ。横十間川・仙台掘川親水公園を経由して洲崎(古いな)からループ橋のしおかぜ橋・S字の漣橋を経由して辰巳の森へ。
娘とバトミントンやキャッチボールをするつもりで遊具を持参したが、アスレチックを見つけると親をそっちのけで遊びだす。
とりあえず自転車の前にレジャーシートを出して一服、遊ぶ娘と自転車をぼうっと眺める。やっぱりKHS/F20ASの延長コラムは少し長すぎるかなぁ、もう少し短いの探すかぁ‥とかあくまでもストレートのポストに拘ってみたりする。09042901
娘の自転車はあさひのラブソニッ ク。当初はBSかパナソニックにしたいと思ってい たが、娘がとにかく早く乗りたいというので、店頭にあったものに即決。当初はやっぱり小さいのがよかったなどといっていた が、いまは慣れて娘のお気に入りとなった。リムダイナモだけは重くて暗いので、ママチャリにつけていたお古のパナソ ニックLEDに交換。夜はあまり乗せないが、悔しいことに我がTS−7のLP−M300より明るい。

娘が趣味の石集め(変な趣味か)に没頭している中、ふと2台ならんだ自転車を見ていると、ラブソニックのタイヤが妙に大きく見えた。TS−7・ラブソニッ クともに20インチ、リム形状の違いかなとも思ったが、よく見るほど違う。タイヤに近づきサイズを確認。37−451もしかしてWO規格?09042904

興味ない人にはどうでもいい、というよりむしろ紛らわしい規格だが、一瞬頭ががーんと来た。無知な自分は、20インチ車で の451規格のホイールは欧州の高級なスポーティモデルにしか使われていないとばかり思っていた。自分にはステータス的存在だった。まさか2万円しない ジュニア車に使われているとは‥‥

どれで20インチのはずなのに「この自転車大きすぎる」といって泣いた娘をしかった自分が情けなく思えてきた。確 かに普通の22インチジュニア車と車格もあまり変わらない。

09042907 冷静に考えれば451と406の違いは欧州とアメリカの規格の違いだ。 元々英式・仏式バルブが主流の日本であるからホ イールだけ米国規格が主流というのも変なのかもしれない。ロードバイクやクロスタイプではWO規格車が結構普及しているし。ママチャリ・ジュニア車といえ ども規格はばらばらなのが自転車の現状なのだろう。

とはいえ自分としてはなんとなく悔しい気分だ。何かラブソニックが急に高級に思えてしまう自分の先入観と無知に嫌悪。

まあ考えようによっては406 20インチ車より長く乗れるのかなぁと無理やり納得。でもタイヤ交換のとき困らないのか なぁなどと愚考。
帰り道はいつになく娘に遅れをとった。おニューのヘルメットにリックを背負った娘は父よりよっぽどラシイ格好だ。「お父さん遅 い!」と文句を言われたのは娘が急に高速走行をするようになったからではない。なんとなく悔しい406。


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坂本紀行随想録その3

坂本城門聖衆来迎寺は国道161号沿いにあった。ツアールート上にあったことと廃城となった坂本城の城門が移設されているというので立ち寄る。城門はイメージより小さかった。湖上の要塞というべき坂本城に巨大で堅固な城門は不要だったのか。なぜか森可成の墓があった。

国道は車が多く怖いので旧道から明智塚に向かう。地図には載っていないので電柱の住所を頼りに探す。途中で坂本城址の碑を発見。横のベンチで一休み。その後も発見できず、飛び込みで民家に訪問、道を尋ねる。そこのご主人と奥さん曰く、「すぐそばだけどあそこへいくのかね。あそこは界隈の人はちかよらないよ……。」
定期的に法要がおこなわれて隣接する家が管理してい
坂本城址の碑るらしいが、どうもいわくつきらしい。無理もない。謀反人の汚名を着せられ壮烈な最期を遂げた武士たちの怨念が宿っているのだ。とにかくいくだけ行ってみる。

明智塚は国道沿いにあり、こじんまりとしたよく手入れされた塚だった。何の変哲もないところだが先ほどの夫婦の物言いが脳裏に残り立ち入りを躊躇させた。そう、藤原の名を残す自分は地元ともいえる場所にある将門首塚にも近寄らない小心者である。興味のみで立ち入ることの恐れを感じ、外より丁寧に拝礼しその場を立ち去る。


遅めの昼飯は近隣のすき家で牛丼。せっかく大津まで来たのにさびしいがグルメツアーが目的ではない。仕事光秀公石像中のたちより並みの速さで昼食をとり、今は公園となっている坂本城址に立ち寄る。明智光秀公の石像がある。結構体格がいい。光秀公というと礼の肖像画のイメージが強いが、史書には大力無双の持ち主ともある。むしろこちらのほうが実像に近いのかもしれない。決戦3や戦国無双2の光秀キャラでは全くイメージが湧かない。この年でゲームマニアではないが、KOEIさんには大人にもやりがいのある光秀像を作ってもらいたいものだ。


日が傾いてきたので滋賀院・慈眼堂と矢継ぎ早に周り、レンタルサイクルを返却して比叡山ケーブル坂本駅にいく。ケーブルからロープウェイを経由して京都に戻りたいと思っていた。休日だが夕方近いせいか乗客は少ケーブル山頂なかった。ケーブルから見えた山の頂にそびえる東塔のなんとない違和感が印象的だった。延暦寺駅に着いたときはすでに15:30を回っていた。西塔や横川区域へはいけないので根本中堂のある東塔区域を見てまわる。

根本中堂には感動。さすが叡山、京の鬼門を守護するに相応しい仏閣だ。東塔も近くで見るとその荘厳さに息を呑む。1日の疲れも出たせいか広い境内をのんびりうろうろしているうちに閉山のアナウンスがなってしまったので帰ることにする。

愛娘に土産の一つも買っていこうと思い、お土産売り場を徘徊。でも結局いいものがなかった。最初の三井寺で買っておけばよかったと後悔。バスセンターに着いたのは17:00になっていた。すでに山頂延暦寺根本中堂行きのバスはなく、ついたバスが京都行き最終ということなので、ロープウェイは断念しバスで下山する。最後の斜陽に浮かぶ琵琶湖と大津の街がとても美しく印象的だった。三井寺と叡山以外はマイナーな史跡めぐりだったが、一人旅でこそできる有意義な1日であった。

 



2010年追加記載


2010年2月データを整理していたところ、当時の写真が出てきた

比叡山

ので後掲載。

ピンボケであるがやはり残っていた。但し松禅院や慈忍和尚廟などは撮ったはずなのにやはり見当たらない。不思議としかいえない。

‥‥リベンジせよとの仰せか‥‥

 


 

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坂本紀行随想録その2

近江神宮前駅から坂本駅へ。170円、9分で900年。1分100年、100円で500年を一気に下る。

ガイドで見ていた駅前のレンタルサイクルへ。坂本は回る範囲が広いので自転車を使うことにした。先年に奈良明日香村を訪れた際にクロスバイクレンタルで山間の遺跡を結構楽しく回れた体験から、今回もクロスタイプかMTBにしようと思っていたが、なんとあったのはママチャリだけ。管理人さん曰く、坂本は斜面ばかりで自転車で回る人は少ないのだそうだ。明日香村だって山間なのに、観光者の層が違うのか、それとも絶対人数の違いか。とりあえず内装3段があったので半日レンタル。


まずは西教寺へ。しょっぱなから上り坂で脚に来る。西教寺は明智家の菩提寺で明智一族や光秀公の妻
熙子の墓がある。特に法要の日ではないのに一族の五輪塔の前には線香と花が手向けられていた。まずは順に参拝。正面右から最後熙子の墓がある.なぜか際立って小さい。光秀公の最期をまたずに、55万石の太守の妻としてなくなった熙子はある意味幸せであったろう。境内をぶらっと一回りして次の目的地に。次はいよいよ松禅院だ。

松禅院、よほど詳細な地図でもなければ載っていない。なぜここに行きたかったかというと、ここには光秀公が寄贈したといわれる石灯籠があるからだ。なぜそれが見たかったかというと寄贈されたのが慶長20年、1615年だ。お分かりであろう、光秀公が小栗栖で最期を遂げたのが1582年。この寄贈者光秀なる人物が全くの別人か、何者かの偽装でない限り、日向守光秀公は山崎の敗戦より生き延びていたことになるわけだ。つまり世間一般に言われている「光秀=天海」の物証のひとつになる。


長い谷間の上り道を松禅院に向かう。自転車を借りるとき、観光案内所も兼ねる
管理人さんに松禅院について聞いてみた。管理人さんはしばし考えた後、「飯室谷のところかな、あそこまで自転車は結構きついよ。それにあそこは普段閉まっていて入れたかなぁ」という感じだった。確かにマニアックな雑誌やブログにしか出てこないので、一般人がほいほい見にいけないところのような気はしていたが、ま、だめもとで行ってみようというところだった。長く細い山道で、さすがにいい加減くたびれたところにそれは突然現れた。

飯室不動堂。中世の昔なら本当に山奥の修験場みたいなところだ。しかし、さっきの情報と少し違う。線香の煙のようなものがたちこめ、大勢の人の気配がある。車も結構止めてありちょっとした観光スポットのような感じだ。目指す松禅院はこの奥にあるらしい。最期の急坂を自転車を押して登り、小さい広場に駐輪する。さて石灯籠はどこだろう。まずは目の前の鳥居(なぜお寺に鳥居?)をくぐり晴天の真っ昼間なのに薄暗く長い回廊を登る。一番奥になんとも古ぼけたちょっと不気味な廟のようなものがある。でもそれらしき石灯篭はない。そのまま戻っては失礼なのでとりあえず拝礼して戻る。(廟をよく見なかったが後に調べたら比叡山四大魔所の一つといわれる慈忍和尚廟だった。拝礼しておいてよかった。)

再度地図をみると、どうやら隣の仕切られたところが松禅院らしい。表に回ってみると門が開いていて読経が流れている。何か法要をしているようだ。門前をうろうろしていると人が入っていったのでついて入ってみた。その人は檀家らしく、玄関で挨拶をして坊の中に入っていった。玄関にはまだ住職さんらしき人がいたのですかさず捉まえてずばり聞いてみた。住職さん曰く、確かにここに光秀公が慶長20年に寄贈したといわれる石灯篭がある。元々慈忍和尚廟にあったものを保存のためにここに引き取った。しかし傷みがひどく一般公開にすると倒壊する恐れがあるのでご案内はできない。とのことだった。


あるといわれればやはり見たいのが人情だ。見るだけでもと何度か頼んだがだめであった。これ以上無理強いすると礼を逸すると思い、丁寧にお礼をし帰ろうとしたとき、逆に
住職さんが声をかけてくれた。お教えはできないが、せっかく着たのだから境内を自由に見て回っていいよ、と

あきらめた後なので面食らったが、せっかくのご好意に甘えることにした。境内をぶらぶらと歩いているうちに奥のほうに石灯篭があった。以前写真で見たものに酷似している。これか!このどこかに例の“慶長二十年二月十七日 奉寄進願主 光秀”と彫られていれば……。

しかし薄暗く苔むした石灯籠では目の前にしてくっついて見ないとわからない。ぼうっと周囲の景色と溶け込む石灯籠を眺めているうちに、ふと何かさっぱりした気分になった。これはこのままでいい。確認しないまま帰ることにした。目的は十分果たした。ご住職に再度お礼をし、飯室谷をあとにする。自転車で苦労して登った坂を下る痛快さは車やバイクでは絶対に味わえないものだ。日はまだある。ニュータウン中の並木道を湖畔に向かって駆け下りる。

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坂本紀行随想録その1

先日、TVで本能寺の変と明智光秀のことを放映していた。最近TV等で明智光秀や妻熙子のことがよく出てくるので、ふと記憶をたどって綴ってみたりしたくなった。


昨年のことになるが、京都出張の合間に近江坂本を訪れた。古代史ファンではあるが戦国時代もいささかミーハーなのである。特に戦国武将として興味があるのが
惟任日向守こと明智光秀公である。判官びいきといえばそれまでだが、その生涯からして何か気に掛かる人物だ。光秀公の全盛期から滅亡までの軌跡の残る坂本はぜひ訪れたかった。そして隣接する大津にはかつて大津宮が存在し、天智天皇や大友皇子縁の史跡も多い。大友皇子弘文天皇)も古代史の中にあっては興味をそそる人物であり、自分としては一石二鳥のロケーションでもあった。


大津・坂本でぜひ見たかったところが弘文天皇陵・大津京跡・坂本城址、そして
松禅院であった。

朝8時に湖西線大津京経由京阪で三井寺駅へ。大津へ来たのだから三井寺は見ておこう。琵琶湖疏水の隧道入り口を通り裏から三井寺(園城寺)へ向かう。琵琶湖疏水は灌漑や給水だけでなく、かつては近江から京都への水上輸送の動脈としても活用されていたと馬の首?いう。今はトンネルの中は船では通れないのだろうが、疏水くだりのツアーがあればぜひ参加したいものだ。

三井寺では観音堂や金堂等をまわる。残念ながら行った時点の金堂はまだ改修中であり、全容が見られなかったが、三井寺の名の由来である天智、天武、持統の三天皇の産湯に使われたと伝えられている井戸は見ることができた。

三井寺から歴史散歩定石の歴史博物館をさらりと見て弘文天皇陵へ。地図ではすぐだが、近道が実際には警察学校の敷地内を通っており、結局市役所正面から大きく迂回して警察学校のすぐ裏の弘文天皇稜へたどり着く。天智天皇が遷都し、大友皇子の二代の都が大津宮であったが、壬申の乱以降廃都となってしまった。大友皇子も壬申の乱で大海人皇子に敗れたことにより大海人皇子が天武天皇となった後に編纂された日本書紀の中では滅びるべくして滅びた皇子のように描かれているが、果たして勝者の歴史は本当であろうか。確かに血筋としては劣るものがあったのかもしれないが、天智天皇が実弟(一説には違うという説もあるが)大海人皇子をさしおいて後継者としたのは息子かわいさだけではないと思う。ある意味天智天皇が目指した天皇家と大津市国家のあるべき姿を理解し継続できる資質があると天智天皇が認めたからこそ後を託されたのだろう。

高き理想に向かい急進的・先進的過ぎたが故に時代から抹殺されたと思うとまさに悲劇のヒーローと思えてくる。単に大王位の争いだけなら、先手をとって6万の朝廷軍を組織した大友皇子が、僅か3千から進軍した大海人皇子に敗れるほうがよほどミステリーだ。実際に大海人軍を指揮した高市皇子天武天皇の長男、後の太政大臣で長屋親王の父)も魅力的な人物ではあるが、乱の進行を見ていると味方の陣営の中にすら大友皇子と大津京の理想を阻もうとする力が働いているように見えてならない。

感傷に浸りつつも次の予定地である大津宮跡を目指す。が、ちょっとその前に寄り道を……。


ガイドを見るとちょっと珍しい皇子山古墳前方後方墳の皇子山古墳が近くにある。古墳ファンとしてはやはり寄ってみないと……。皇子山古墳は閑静な住宅街の奥の小高い山頂にある。もっとも登ってみると古墳のす
ぐ裏にバイパスのICがあるのは興ざめだった。規模としては決して大きくはないが、琵琶湖を望む山頂のモニュメントは大津京以前にこの地を支配していた豪族の威勢を感じる。まあすぐ裏を車がびゅんびゅん走られたのでは気の毒ではあるが……。


さて、一気に山を下り大津京跡へと足を運ぶ。歴史博物館で情報を仕入れていたので期待はしていなかったが、本当に小さな区画だ。もちろん発掘されてい
るのは部分部分ではあるが、跡地からかつての内裏や都大路のイメージは浮かばない。僅か5年の都ではあるがやはりさびしさは禁じえない。しばらくそこで休憩(通り過ぎる近所の人は変なオヤジがいると思ったかな)

時間も昼に近づいてきた。近江神宮前駅から京阪で坂本駅に。2両編成の路面電車みたいな車体、駅としては僅か5区間だが、まさに170円で乗れるタイムマシーン。時代は一気に900年も下ってしまうのだ。いよいよ本命目的の光秀公縁の地めぐりへ……。

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4月19日 災難の日

 今日 初めて永久歯を抜くことになった。
人生80年というときに、40代で歯を抜くということに非常に抵抗があったが、土台がかけており修復不可能とのことで覚悟を決める。すでに2週間前から宣告されていたが、引き伸ばすと「オソロシ〜ィことになりますよぉ」と脅され泣く泣く予約をとっていた。この状態の歯が2本。とりあえず今日は1本目。
 気を紛らわすためカーショップに切れた超TERA6500のポジション球を買いに行く。1個でいいのに超TERAは2個ペア、しかも値段が8500円以上。以前はポイントでゲットしたため気にしていなかったがこんなに高かったのか。いまさらなので他のLEDバルブを見てみた。
 2個ペアで3000円くらいからあるが、さすがに超TERAの明るさと色合には及ばない。ふと見たらウインカーポジションキットなるものがあった。工賃を入れても超TERAより少し奮発するだけ。法的には既存の超TERAを断線しないとならないがどうせなら少し変わっていていいと思い取り付けを頼んだ。
 しかし日曜のせいか夕方になってしまうという。歯医者に間に合わなくなるので断念。とりあえずやすいオレンジのウェッジ球を当面のごまかしにと購入。
 
 帰宅して歯医者まで3時間あるのでバルブ交換と、タイヤ交換をする。
今年ははき潰そうと考えていたスタッドレスだが、急に気が変わり夏用タイヤに交換したくなった。(歯医者へいく恐怖への重圧からだな…苦笑)
 バルブ交換、これは簡単…のはずが、バルブコネクターを開けた瞬間、バルブがポロリ。レンズの中に落ちてしまった。ピンセットでも針金にガムテープを巻いても取れない。しょうがないからとりあえずレンズの中に入れっぱなしで新しいバルブを装着。反射板に傷がつかないことを祈る。
 まだ2時間あるのでタイヤ交換をする。?アルミ5年前までは年2回のタイヤ交換は必ず自分でやっていたが、現在の駐車場になって斜度がついているためか、一度ジャッキを倒してしまい、あわや大惨事になりかけた恐怖からショップに任せていたが、縁石を利用しお蔵入りしていた油圧ジャッキで再チャレンジ。何とか無事に終了。
 ところが付け替えたホイールに赤いペイントが……ふと痛みが走り気がついたら手が血だらけ。気張っていて気づかなかったが爪が割れてかなり出血していた。とにかく手を荒い消毒。いてぇ。
 とんだ災難だが時間が来たのでとりあえず歯医者へ……
「今日は体調は大丈夫ですか」といわれたので手を見せる。「あら、痛そうね」とひと言。かわいい顔してこの先生やる気だ。まぁ美人先生ならいいかと思いきや、すぐに男先生にチェンジ。「やぁ来たね」、この先生この間脅かされた先生じゃないか……。もはやこれまで。覚悟を決める。
 
 抜歯自体は麻酔でおこなうので痛みはない。ただ上の歯をがりがりやるので頭には響く。歯が抜かれたくないと最期の抵抗を試みているようで、なんともやるせない。
 抜けてみると歯はすでに粉々。元々割れているので抜くことになったのだが、子供の乳歯と違い血みどろの歯の残骸を後生大事に持ち帰る気にもならなかった。後もう1本同じ症状で抜かなければならないのかと思うと泣けてくる。
 
 明日への希望として、とりあえずショップで見たウインカーポジションキットを近々つけてもらうか……。そのときついでにレンズの底の切れた超TERAバルブを取ってもらおう。
 などと、他人様からは全くどうでもいいようなことを止め処もなく、抜歯の痛みをこらえながらいま綴っている。

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桃源郷ヘ行く

 桜の花見を逃したので、山梨の桃源郷へ桃の花見のドライブにいく。
高速料金が最大1,000円となって3回目の週末だが、高速はまたまた渋滞。
 元々渋滞が予想されたので、首都高からおりて一般道を津久井湖経由で相模湖から中央道に乗る。途中の一般道は通常よりすいているくらいだ。談合坂まで3時間弱。調布→相模湖渋滞案内と比較してむしろ若干早いくらいか。安くなるより渋滞が増えるほうがサンデードライバー桃源郷の自分としては困る。
 途中で昼食をとって、笛吹市御坂桃源郷についたのは午後1時半。気温が高く、美しい八ヶ岳連峰・南アルプスの山岳はほとんど見えなかった。残念。

 桃の花はちょうど満開に近くこれはよかった。桜も終盤とはいえまだ少し残っていて両方を何とか楽しめた。公園自体は思ったよりこじんまりしていて、何よりすいていた。あまりメジャーではないのか。
 花見をした後広場で娘とキャッチボール等で遊ぶ。自分としてはここまできたら同市内の銚子塚古墳と考古博物館を見学したかったが時間もなく断念。高速代値下げがなければたぶん行く時間があったかと思うと余計腹立つ。
 それでも、我がKARANO号としては久々の遠出karano09である。すいている一般道と混んでいてスピードの出ない高速のためか、燃費はとてもよく8Km/Lは走ってくれた。
 久々に写真を撮った。この時期になっても履きっぱなしのふわふわスタッドレス。来期はスタッドレスとしては使えないとタイヤ屋から宣告されているのでとにかく履き潰す。まだ8分山が残っているのだが。やはりスタッドレスでの峠道や高速カーブ等はすこし辛かった。
 
 今後このまま高速の渋滞が続いたらまたまた遠出が遠のいてしまう。この次は御殿場に遊びに行くことを家族に約束はしたが、またまた下道ドライブになるのか。それはそれでまたいいのだが。

 
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絶滅種??

何気なく愛車関連 のネットを検索していたら、トランジットなる自転車がたくさん現れた。トランジットスポーツ

現在ブリジストンでラインナップされているのはトランジットコンパクトとG26トラ ンジットスポーツの2車種のみ。我がトランジットセブンとトランジットライトは昨年すでにカタログ落ちしている。自分が知っていたのはこの4車種と幻の名 車(迷車)トランジットカーボンの5トランジットストリート車種のみ。ところが過去にはそのほかにもたくさんあったのか、驚き。
ア レックスモールトン張のトランジットスポーツ(これ はすごい!?)。スニーカーシティの前身とも思えるトランジットストリート。カーボンに似ているが折りたたみ機能を持ったトランジット??なる自転車。そ してたぶんトランジットセブンの前身と思えるトランジットアルミという
トランジットアルミ折りたたみ自転 車。(これなんかフロントをアヘッド化してインター8でも搭載すればすごく面白いのに……)

まるでウルトラ兄弟並みだ。どの車種も生 存していた時代もスペックも不明(知る人ぞ知るなのだろうが)だがコンセプトやその基本デザイニングは古さを感じない。なぜに発展進化を遂げられずに絶滅 したのだろうか、それとも恐竜から鳥類のように、全くの異型と思える現在のBS小径モデルのなかに連綿とその血筋を残しているのだろうか。
やがて トランジットなるシリーズ全てが絶滅していく運命なのかも知れないが、これだけのコンセプトや個性を持ったシリーズが今のカタログを賑わしていれば、さぞ やBSサイクルの2009総合
パンフレットも面白いものであっただったろうに。トランジット??

いずれにしても乗用車やモーターバイクでは世界の先端をいく日本も、こと小径自転車に関しては後進国(退化国?)であることをつくづ く実感させられる発見だった。


最下段記載写真の自転車はトランジットT200CSという名前であることが判明しまし た。
カーボンモノコックフレーム(折りたたみ式)とシャフトドライブ、Wサス仕様。 生産時期は99年6月〜01年6月とのことです。
なんと10年も前にこんな斬新なものがあったとは……。やはり日本の小径車は逆進化を遂げているようです。

5月22日追加
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ポタリング

土曜日の午後、2月とは思えない暖かな陽気に、自転車で出かけたくなった。ひとりでのんtransit arariverび り行きたかったのだが、娘がどうしても行きたいとごねた。裏にはカミサンが一人でのんびりしたいという策略があった。自転車で遠くの 公園に連れてってもらえと娘に吹き込んでいた。公園などにつかまっていては全く走る時間もなくなるので適当にごまかして連れ出した。娘がどこまでねを上げ ずにいけるか不安だったのでしばらくは家の近所の遊歩道を走る。以外にへこたれないのでちょっと足を伸ばして荒川土手まで行って見た。
河口付近の荒川は結構広い。ずいぶん昔に来ただけだったが思いのほかサイクリングロードや遊歩 道が整備されている。普段車から見る荒川には興味を示さなかった娘だが、自分の足で行きついた荒川の広さには感動したようだ。親父がタバコ休憩しているう ちに河川敷をマラソンなどして遊んでいた。葛西橋から小松川橋に向けて北上する。昔は工場や古い水門などがありなんとなく薄暗いイメージがあったが高層マ ンションが立ち並び緑地整備された土手を走るとまた車とは違う再発見をポタリングするもの だ。前を走る娘をふと忘れて感慨にふけっていると娘が寄ってきて「公園まだぁ」「公園で遊ぶ約束でしょ」。しっかり忘れていない。
仕方がないので大島小松川公園というところに立ち寄る。何にも無い。娘にとって公園とはフィー ルドアスレチックもどきの遊具があるところを指す。ふて腐っておやつを食べだした。そのうち無足が痛いもう乗れないとこねだした。娘特有のストライキ宣 言。こちとらも一人でサイクリングしたかったのにとんだ迷惑だと逆切れしたくなった。この険悪な雰囲気を救ってくれたのがたまたまそこに練習に来ていた大 道芸?のオジサン。一輪車やボールやピンを使っていろいろな芸事の練習をしていた。娘は面白いらしく拍手喝采。たった一人のギャラリーにおじさんも気をよ くしてくれたみたいだ。気分のいいうちに一路帰路に、途中で焼き芋を買って帰る。

10kmちょっとのポタリングであったが娘 はよく頑張ったと思う。こちらとしては荒川のサtransit yumenoislandイ クリングロードが気に入ったので、結局翌日に今度はまた行きたがる娘を振り切り一人で再度走りに。今回は昨日の不満もあったので更に 足を伸ばして40kmくらい走ってしまった。このつぎには1日かけて公園遊びも含めたちょっと長めのポタリングに娘を連れ出そう。オヤジに負けないくらい お腹がぽっちゃりしてきた娘への危機感?をもって。

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ママチャリ復活

職場移動があり半年間電車通勤となった。家から最寄り駅までは近いので徒歩で行くことにしたが、通勤先駅より職場までが距離があり、バスを使ってみたがもったいないので急遽お蔵入りしていたママチャリを復活させることにした。


 しばらくほったらママチャリかしだったので傷んでいた部分も直して、少しイメージチェンジをした。前輪のタイヤ交換が必要だったので、いっそ3000円でハブダイナモ付ホイ−ルセットを購入してそのまま交換。当然ライトも1500円でハブダイナモ用に。樹脂の前カゴが割れてしまっていたのでステンレスカゴに、2000円。ハンドルをママバーからTバーにしてワイヤー類を短いものに新調。レバーやグリップ等家にあったものもフル動員して1万円で見事復活した。


 24インチの少し小さめながら重量的には18kgあるママチャリであるがTバーにしたことでかなり軽快感がでたし、なんとなくいいポジションでポタリングもできそうな感じになった。ハブダイナモは夜間通勤には必需でリムダイナモより軽いママチャリ最後の日し明るい。


 早速試運転で15km程度ポタリングに。インター3も健在だ。Tバーも大正解。だけどやっぱり重たい。まあ通勤だけだからこれで納得。拭き掃除をして少しきれいにしてKARANO号で30kmの輸送。通勤先の駅で駐輪場を契約する。


 5年間愛用し、愛娘を後ろに乗せて一緒に走りまわり、娘の成長とともに在った唯一の存在であるからもう少しがんばってもらうことにした。

PS
 この後、家に戻ってきたママチャリだが知人が貰い受けたいというので譲ることにした。乗らずにまた朽ち果ててしまうより、使っていただいたほうがよい。最後の写真はとんでもピンボケになってしまったが‥‥。

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アヘッド化?

この年になると 誕生日に何をもらえるでもないし、別にほしくもなくなったが、今回は誕生日に合わせて自分でプレゼントを買った。

TS7をアヘッ ド化するためのパーツ一式(と言っても元々アヘッド式ハンドルポストだが)。KHS F20−AS用折りたたみコラムポスト・BBBハイシックスステム・ クワハラマルチプレッシャーアンカー・コラムスペーサー。

TS7はヘキサ ゴンフレームを直角に結ぶ美しいHフレームが魅力であるが、あのハンドルポストの湾曲だけがゴシック調Hに似合わない気がしてならず、直線ポストにした かった。

KHSのコラムが合うかはある程度冒険だったが、規格が共通なのでたぶんいけると踏んだ。ステムもポジションが多少変 えられることとミニベロの中には可変式ステムを採用している車種が多いのでチョイスした。トップキャップをマルチプレッシャーアンカーで固定。無事誕生日 に全て揃った。transit7 japan

しかし、手にして初めて気づいたが、KHSのポストはかなり重たい。 可変式ステムが280g。先に組み付けたハブダイナモ、ダブルレッグスタンド等で総重量1.5kg 近くは重くなってしまう。
とにかく取り寄せてしまったのだから付けてみよう。こちらはまるで純正のようにぴったりとはまった。ハンドルが高めに なってしまったが、スタイリングも端整なゴシック調H?になって正解。持ってみるとやはりフロントヘビーを意識せざるを得ないが、乗ってみるとさほどの重 量感はない。ポジションもノーマルより僅かに高めでファンライドするにはいい。まあ合格か。重量化のハンデは老朽化しているメタボエンジンを何とかチュー ンナップすることでカバーすることにしよう。


最後にワンポイントで日の丸ステッカーをフレームに貼る。ちょっぴりモールトンやKHSにプ チ対抗してみた。実はこれが一番気に入っている。最近ミニベロに興味を持ち出したばかりだが、小径車は外国車が主流だ。一部マニアックに異彩を放つ機種も あるが、総じて日本のミニベロは元気がない。外国車といえどもコンポーネントは日本製が多いのに、本家本元の日本の自転車メーカーにはもっと頑張っていた だきたいものだ。

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古墳考

 いつから古墳に興味を持ち出したか覚えていない。もう10年以上前になるか。
出張で関西・山陽・九州等にいった時期があり、合間を見ては古墳や遺跡を見て回った。造山古墳(墳丘長360m第4位)や三瀬丸山古墳(墳丘長318m第6位)は御陵墓指定もないので実際に墳丘にも登った。このクラスの古墳が畿内を中心に十数基あるのだからすごい。
 なぜ前方後円なる特異な形状の古墳がほぼ一斉に全国に発生したのか、ある意味邪馬台国と並ぶミステリーだ。日本は横並びの好きな国、長いものにはみんなで巻かれることを好む国なので、これはヤマト王権を本部とする倭国ボランタリー王国チェーンの看板のようなものだったのだろう。まれにこのボランタリーチェーンに加盟することを拒んだ者や脱退した者たちがこのチェーンに対抗し異型の墳墓を造ったりしたのだろうか。結構今の社会構造に重ねてみても面白い。
 東京に住んでいるので当然関東の古墳にも興味が出る。さすがに300mを超える超弩級墓はないが、一般に大型墳墓と呼ばれる100mを超える古墳は関東にも数十基ある。某番組で日本王国として取り上げられたさきたま古墳は有名だが、かつて毛野と呼ばれた群馬県にはその規模を遥かに凌ぐ大型古墳がいくつもある。中でも太田市にある天神山古墳は墳丘長210m、陵域の総長は360mとも言われる巨大古墳と呼んでもおかしくない規模だ。これより大きな古墳は大阪・奈良・岡山にしかない。ヤマトの王族や中央豪族、そして一時はヤマトに並ぶ国力を有したと言われる吉備の地だ。かつて九州6カ国を支配し、ヤマトと1年半に渡り死闘を繰り広げた筑紫の君磐井が生前築いたと言われる岩戸山でさえ天神山より2回りは小さい。日本王国はともかくとして、かつてヤマトと同盟を結び、関東全域に影響力を持ち関東以北にその勢力を広めていった大国毛野は確かにあったのだろう。
 じつは東京都心にも大型の古墳があることは、地元の人や古墳に興味のある人しか知らない。田園調布の玉川台古墳群はそれでもまだメジャーな方だが、東京で最も大きな古墳が東京タワーのすぐとなりにあるといったら、知らない人はえっと思うだろう。タワーのすぐ眼下だが首都高やモノレールからも見ることができる。
 芝丸山古墳と呼ばれる古墳は、調べると墳丘長
丸山古墳125m、古墳時代初期のものと言う。これはなかなかの規模だ。だが実際に訪れると芝公園の中の小高い台地のうえにあり、ごく普通の散歩コースになっている。立て札に気付かなければこれが古墳とは絶対わからない。墳丘と土台の識別もあいまいで数値ほどの規模は感じられない。
 しかし過去に思いをよせあらためて頂に立つと、当時は覆う樹木もなく、葺石で覆われていたであろうこの山頂のモニュメントは直下の古東京湾を墳丘頂上往来する船から一望できたに違いない。かつての権力者に敬意を表し、また永眠の地に足を踏み入れ荒らしたことを詫びるつもりで拝礼し芝公園をあとにする。
 古のこの地の王はどんな人物であったのか、毛野と同盟を結んで南武蔵に君臨したという説もある小杵一族に列なる者なのか、毛野・南武蔵の古墳の衰退にあわせたように出現する埼玉古墳群と記紀の記述を照らし合わせると興味は尽きない。1500年以上の昔にこの地に君臨し、この墳墓に永眠った支配者は自らの墓を囲むように乱立する摩天楼、墓丘の上を犬を連れて平和に散歩する人々、そしてかつての支配地であった今の東京をみてどう思うのだろうか。
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トランジットセブン

娘が小学校に上がりママチャリのチャイルドシートに乗る機会が減ったのを契機に自転車を買っ た。最初は3万位のフル装備の折りたたみあたりをいくつか候補にしてネットやリアル店舗を見て回った。そのうちあるパンフでBSのトランジットセブンなる 20インチミニベロを発見。希少に価値感をおく碑ねた性格が災いし、ミニベロは外国車が主力なので自分は日本車にしたい(車と逆だ)とこれに決めた。とこ ろが思い立ったのが7月、すでに春先に生産終了でメーカーやどこのネットやショップも在庫なし。やっとTS7-G見 つけたのが家から40kmも離れたリアル店舗で展示していた最後の一台だった。通販をしていなかったのが幸いしたのだろう。その場で即決して持ち帰る。あ らためて見ると個々のパーツはちょっとチープ感があるものの全体のスタイリングはとてもよい。捕まえておいてよかったと思う。
早速乗ってみる。 軽い。13kgはミニベロとしては決して軽い数値ではないが、transit7装 備重量20kgのママチャリから見れば天国だ。しかし乗ってみてすぐに気が ついたのは漕いでも漕いでも進まないこと。そう、我がママチャリは重かったがインター3搭載だったのだ。これでは持久走ではママチャリに負けてしまう。調 べてみるとギア比の変更はホイールの組み換えまで必要だったのだ。金額は楽に万を越える。

そのまま交換のできるスプロケはほぼTS7-C入手不可能。これでは不満が残るので思い切って足回りの全面交換にした。フロントもリアにあわせて組みなおし、ハブダイナモを装着 した。予算は今年購入を検討していたKARANO号のスタッドレス。KARANO号はもう1シーズン古いスタッドレスで頑張ろう。


ガ ソリン代高騰をきっかけに自転車ライフが再燃したが、車とのコラボでさらに自転車ライフが広まることを期待している。

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プレサージュ

 レオーネRX?レオーネRX2・エテルナZR4・グランドチェロキーLTD・ボイジャー3.8AWDと乗り継ぎ現在の車に至る。レオーネ以来車選択の必須条件が4WDとなった。だから現車両もごく普通のミニバンながらデフロック付4WDである。
 
 通常使用に4WDが必要かと問われればNOである。エテルナZR4また生活四駆に3.5Lが必要かといわれれば、これまたNOである。逆に必要性が少ない故に自分にとってある意味贅沢なステータスのようなものなのである。
 
 クロスカントリー車に4WDは当たり前。らしくグランドチェロキーない車でダート走行や沢渡りをするのが楽しみの一つであった。
ボイジャー3.8AWD 歴代の車はほぼ一目惚れだが、今の車は購入時にかなり迷った。アメ車三昧が長かったので、なんとなくチープになってしまうような感覚、登録台数も歴代車が月間2ケタか精々3ケタ。良し悪しは別として希少感があったが今回はごく一般に売れている車。
 何よりもノーマルでこの腹の擦りそうな地上高はなんだ。アプローチもデパーチャーも無視した純正バンパー!ボイジャーよりひどい!
 しかしこのスタイリングは魅力的だ。室内高も高からず低からず。カーゴスペースもミドルクラスバンとしてはそこそこ広い。
 何よりもデフロック付の3.5L4WDは貴重である。どうしても地上高に不満ならサスペンションを替えて上げればいい。コックピットのデザインもシンプルいい。素材がチープで質感はなさ過ぎるが、安く買って贅沢にカスタマイズしようと中古を探し購入した。年甲斐もなく18インチホイル・レザーシートカバー・フリップダウンモニター・55wHIDなど装備した。karano

 さすがに3.5Lは速い。これがCVTなのだから驚きだ。一昔前のスポーツカー並だ。当初はアメ車独特の大雑把な走りに対して几帳面さが逆に違和感があったが、徐々に几帳面さにもなじんできた。日本車の中では案外大雑把なほうなのかもしれない。
 歴代の車にはみな愛称をつけたが、この車?モニターはKARANOにした。最近は車に乗る機会も減り、3.5L 4WDの実力を発揮することもなくなってしまった。その代わりすっかり我が家の風景になり、肩を張らずに自然に乗っている。KARANOはいつも我が家とスーパーを往復し、ペットボトルの飲料水を我が家に満たしてくれている。karano fuji gyoukou
それでも心のどこかではこの車で山岳ツアーなどやってみたいと思ったりしている。 

写真追加。但しレオーネからチェロキーまでは残存するパンフのみ。つい最近まで我が家にはデジカメというものが存在していなかった。KARANOのテールには、恐れ多くもかの名車ARX−FOURのエンブレムをいただいた。ステージアの絶版は惜しまれる。






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愛車紹介
1.PRESAGE U31
愛称KARANO号
  :いまや歴史遺産となりつつある3.5L/フルタイム四駆。最近は金欠でタコメーターしか見なくなった我が家の軌道空母。2002年モデル。

2.MR−4
  :GIANTのロングセラーフォールディングバイク。18年間コンパクトスポーツの頂点に君臨した名機も2017年モデルを最後に絶版となる。2010年モデル。

3.SOMA SAGA『嵯峨』
  :米国ソーマファブリケーションズのツーリングフレームに格安パーツを買いあさって組み付けたクロモリツーリングバイク。年式不明

4.トランジットセブン
  :今は娘の愛用となっている、BSの20インチフォールディングバイク。オヤジにサイクリングすることと、カスタムすることの両方の楽しさを教えてくれた逸材。2007年モデル。
  
5.ALPENCHALLENGE   AC02
  :レーサー志向の本格バイクを投入する『BMC』の珍しい26インチアルミバイク。ストックパーツを再編成して復活した我が家の最軽量クロスバイク。2011年FC前モデル。  
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