KARANOがれーじ

KARANO 枯野 1.古事記に登場する仁徳天皇所有のハイスピードクルーザー。毎日灘波と淡路を往復し清水を宮に運んだ。 2.我が愛車のニックネーム。毎週我が家とスーパーを往復しPBの飲料水を運んでいる。 3.枯野さん(ハンドルネーム)。 鍵穴型古墳マニア。持病持ちポタサイクリスト。

ギンブラキンブラ

9月13日、社用?のお買い物でアフター6(ディズニーパスポートではない)に銀座に行くことになった。ないとらん連続である中央大橋
涼しくなるから夜走る、という言い訳が成り立たないほど蒸し暑い夜。
墨田区の職場から銀座へ、一昨日とは違ったルートを通ることにする。
相生橋から、普段あまり通らない中央大橋を渡る。

京橋から中央通りを左折すると銀座です。
銀座

ネオンが綺麗です。

魔性の光??に吸い込まれるように自転車をこぐ。
汚れたズボンに、皺くちゃワイシャツで歩くのは恥ずかしいが、自転車ならお構いなしだ。なんとなく言い訳代わりのように押して歩いた銀座2りする。

ビジネス姿でチャリンコ押して歩いて、写真を取り捲る。職場から最短で来れば7km、30分の場所だが、超おのぼり気分を満喫。
‥‥けれど同じような格好で、被写体もいない携帯のシャッターを切っている人が多いのはなぜ?

松屋銀座で用事を済ませたあと駐輪銀座3あまり暑いので喫茶店で休憩。
スターバックス、タリーズ、エクセルシオール、ルノアールにシャノアール。何でもあるよね。

大概、最後の2者が常連ではある。喫煙できるという条件が前提だったが、今は吸わないので関係ない。でも銀座に来るとよく寄るようになったのが“cafe Paulista”
流石に平日のこの時間では、この辺まで来ると雑踏も途切れる。聖路加
とにかく汗が引く時間だけ休憩。
ワイヤーロックをかけるところがなかったので看板に失礼する。

帰りは新大橋通りを北上のつもりだったが、ちょっと気分を変えて明石町を抜ける。築地から明石町にかけては、江戸末期から明治初期にかけて外国人街があったところだ。聖路加(セイジカと読んではいけない)の名称がなんとなくその面影をとどめているのみである。
鐵砲洲稲荷

人通りも車通りも少ない、裏通りを抜けていくと
なんとなく気を引く社があった。
鐵砲洲稲荷神社。鐵砲洲とは変わった地名だが旧幕府の鉄砲の試射場があったことからの由来らしい。この辺りは同心がいっぱいいたところだ?
清洲橋
地味な清洲橋を通り、仕事先に戻る。チャリンコギンブラは結構楽しい。
MP3ももっていないので鼻歌となる。
“I get out just in time -  and no-one tell the taie
And all that's left is mine - but how do you feel?
DANGER CHYALLNE(アブナイ チャリ)
DANGER CHYALLNE(アブナイ チャリ)”
ふざけた替歌だ!

そのまま帰宅もつまらないので、また足を伸ばして、押上まで。
クライツリー1クライツリークライツリー‥‥、第一展望台の上部がまた延びた。第二展望台の高さまで来ているようだ。
上空で空放電がしきりに光る。北のほうではざっ〜と来ているのか。
460mがすくそばにあるから、橋の真ん中で写真とっていても、自分に落ちることはないだろう。
東武橋から京成橋に回る。ツリーを自転車のバックに入れるように写すのは、腰がすごく疲れる‥‥

雲行きもかなり怪しくなってきたので早々に引き上げることにする。
帰り道に通る、勤め先から一番近い繁華街が錦糸町である。
錦ブラ
かつて錦糸町のシンボルだった精工舎は“オリナス”になっている。
池袋のサンシャイン、新宿のタイムズスクエアが人の流れを変えたように、錦糸町もアルカキットとオリナスで人の流れが変わった。いまや南口のほうが衰退感が拭えない。スカイツリーができると更に流れが加速する可能性もある。
墨東ER
それにしてもやはり銀座に比べると暗いよね。ちょっと明るいのは駅のほんの周辺だけだ。チャリンコキンブラはあまり楽しくない。

駅から少し離れたところにある“東京ER”。お世話になったあの部屋には、今も同じような病で闘病している人がいるのだろう。

なんかかんかで結構走ってしまった。
今回の走行24km
平均速度13.3km/h
最高速度27.6km/h
下りではほとんど徐行だったので、どこか平地ででたのだろう。おみやげ

夜の都心はツーキニストかわからないが、結構いいバイクに出くわす。BD−1とかブロンプトンとか‥‥ミニなら一目でわかるが、横に派手なロードが来ても、すごいのかすごくないのか全く解らない。以前はタイヤが細けりゃ高いバイクと思っていたが‥‥?!

今日のお土産でした‥‥


 

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ないとらんやみつき

アフター6(我が社は‥‥)・ウィークエンドを利用して“ないとらん”に出歩く。
前回掲示は軽く晴海トリトンまで。その翌日に池袋まで。そして今回は青山までいく。
何か目的がないとルートの焦点が絞れないので、大概行き先はショップである。
池袋はY’sのチャーリーというお店。以前仕事先が池袋だったこともあり良く足を運んだところ。最近のY’sと違って狭くてごちゃごちゃしているが、こんな店のほうが見るのは楽しい。まる得品も結構あったりする。
池袋で写真を取れなかったので、今回はカメラ持参。

夜景2定番ルート、夜景1永代橋から佃島を望む。旧城東区(知らんよな)に住んでいると言うと、多くの人は千葉よりのイメージらしいが、結構都心には近いのだ(でもおのぼりに変わりはないが‥‥)。


銀座通りを抜けて鍛冶橋交差点から二重橋前へ。夜景4
桜田門から四谷を抜ける夜景5夜景14










今回の立ち寄り地点は神宮前。
スペシャライズドのコンセプトストアがあるので寄ってみる。
BGコンフォートクラッシックの在庫でもないかなーなどと期待はしていなかったが聞いてみる。当然の回答が帰ってくる。正直そこまでクラッシックにこだわる必要は何か、自分でも解らない。しかも+ではだめなのだ。

夜景6お店の前で記念撮影。
ゆっくり見たかったが、20:00、閉店時間である。
すぐ向かい側にも、大きな自転車ショップがあった。今度ゆっくり見にこよう。




夜景11夜景7帰りは赤坂の雑踏の中を抜けて溜池から新橋に抜ける。
コーヒーの高い高層ビル??(過去参照)前で休憩。今回もコーヒー飲み損ねた。
東京タワーの夜景が見える。“この国では新旧両方ともあり”だ。しかし忘れてはいけない。東京で一番夜景の美しい塔は、畑の中に聳える“田無タワー”こと、スカイタワー西東京なのである。


夜景9銀座通夜景10りから勝鬨橋を通り、晴海トリトンでまた休憩。瀬尾さんはクローズなので素通り。なぜかこの時間なのに子供たちのにぎやかな遊び声が‥‥子供のうちから涼しくなって動き出す夜行性では困る‥‥親も親だが


小名木川と横十間川にかかるクローバー橋で撮影。スカイツリーをバックにしたつもりだったのだか‥‥夜警?
ここまで来ると自宅は近い。

都会の夜景は魔性の光だ。何回見ても魅せられる。
クローバー橋の欄干照明が殺虫灯のようだ‥‥。
さしづめ夜景に魅せられての“ないとらん”は、光に吸寄せられる蛾のようなものか‥‥。

走行29.3km
平均速度14.7km/h
最高速度31.9km/h
タイムは先日の池袋とほぼ同じ。でも今回は暑い分だけ心臓しんどかった。
最高速度31.9km/h‥‥
都心は結構長い坂が多いですからねえ‥‥シューの周囲がゴム粉で真っ黒になってしまう。


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懲りずにバッシュガード装着

TS−7の自前バッシュガードを確認バッシュガードしたので、次に、昨日オークションで取り寄せたバッシュガードをMR−4に取り付ける。TS−7で要領をつかんだので 15分くらいの作業でつけられた。
濃く見えるが、シルバーなので違和感はない。133gの肥満となった。
MTBでもないのにバッシュガードと奇異に思う人がほとんどだろう。mr-4つけたい理由はいくつかあれど、結論から言うと、見た目である。自分としてはこれがないと、どうも納まりが悪い。正直スラックスの油汚れ防止にどの程度 効果があるかは疑問である。通勤に使ってみて検証する。



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禁煙その後

6月11日の発病以来、禁煙が続いている。
欠かさず吸っていたタバコを止めても懐が裕福にならないのは、相変わらずのチャリ出費(チャリンコ出費=他人様からはチャリティ出費といわれる)のためだろう。
2ヶ月以上禁煙外来に通っているが、やはり吸いたいと思う気持ちがなくならない。我慢するのが嫌だから通いだしたつもりだが、結局我慢している。
仕事のあと、たまに10km程度チャリで回り道をする。相変わらず動悸が止まらないが、乗っている間は苦にならない。たぶんストレス発散になっているのだろう。
隅田川を渡り都心方面に向かう。今まで、どの橋にしろ隅田川を渡る際は、真ん中で止まって一服するのが習慣だった。特にビルやネオンの夜景を眺めながらの一服は“至極の時間”だった。だが今は、橋はただの素通り。止まるとタバコが吸いたくなる“地獄の時間”になるからだ。
ある意味、休憩は一服のためにあったようなものだ。休憩や、食後ゆっくりすることが苦痛になった。
体のため、家族のため、財布のため(この浮いた費用はチャリにいってしまうのだが‥‥)と思って続けているが、喫煙はストレスどんどん溜め込むよりも害になるってことなのか。一日10本程度だったのだが‥‥

保険適応の禁煙治療の終焉は間近かに迫っている‥‥


9月5日 追加記載

再び外来で、体内の一酸化炭素量を測定
結果は“レッド”!! 
俺は1本も吸っていない!‥‥なのに5本くらい吸っている値になるという。
オフィスは禁煙ではない。食事その他も別に禁煙にこだわらない。自分が吸うのを止めただけだ。

これが受動喫煙?!
恐るべし‥‥
オフィスが禁煙になる可能性は“0”に等しい‥‥
職場換えてもらうしかないのか‥‥
これだけストレスためて、結局数量を半分にした程度か‥‥
強烈な一撃である!


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KARANO復活

おっ!かかった、かかった‥‥
釣りではない。
本日、約80日ぶりに車を出す。
発病以来、運転を控えていたが、カミサンを仕事先に迎えに行くのに久々に車の出撃依頼を受ける。
職業ドライバーではないので、運転が解禁になったわけではないが、厳禁にされていたわけでもない。karano2
そろそろ自主規制も緩和したいところ。
退院後、1回は知人に運転させて20〜30km動かしたがそれから1ヶ月半以上経過している。
始動時に少し不安があったが、V6/3.5Lエンジンは何事もなかったように唸りを上げる。

久々のKARANO発進。
いきなり片道30kmは体調にちょいと不安がある。また、夜間走行ということはバッテリーにもちょいと不安がある。お守りのようにニトロとJAFの会員証を欠かさず携行。karano1
最初は感覚が変で、コーナーをオーバーしてしまったり、ブレーキを強く踏みすぎたり。
3ヶ月弱でここまでぼけるか、普通‥‥。でも久しぶりの車はうれしい。
夜のお供は娘と先日録音したエイジア。音楽だけは20有余年前から時が止まっている。

東京から埼玉の東の端まで、およそ1時間半。土曜の夜は結構混んでいる。karano4
予定時間を過ぎてしまってカミサンを待たせた。
帰りは、久々の外食。相変わらず動悸だけは激しいが、それ以外は普通の生活に戻った雰囲気。
帰路はR4号を南下。久々に車から見る都会の夜景は綺麗だ。
南千住から言問橋を通過。スカイツリーは車窓から上まで見えないくらい巨大になっていた。

ライト全灯、エアコン・カーステがんがんながら、帰りまで全く問題なし。
気温が高かったにしろ、寒冷地用大容量バッテリーの威力か。

本日の走行 72km
心臓ドキドキ!の久々ドライブだった。
また、枯野の清水運搬が復活する。このボディを焼いて楽器にしても、いい音でそうにないし‥‥?

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浦安ポタリング

ジオメトリーでメランコリーになっていてもしょうがない。
少し涼しくなる夕方、MR−4でディズニーシーへ行く。
といってもスターライトパスポートではない。荒川CRと河口橋
チケットブースでワンディパスポートの更新をするだけ。今年の夏休み前に家族で来る予定だったが、父の病気で来れなくなり、有効期限が切れそうになったためである。

葛西から清砂大橋を渡る。荒川を渡り東征するのは病後2回目だ。
荒川河口橋の威容を望む。やはり荒川CRはいい。
荒川CR左岸
清砂大橋からそのまま葛西臨海公園へ続く、左岸のCRに入れる。
強い向かい風となる。折からの高温と水分摂取規制。心臓に負担をかけないよう、脱水にも気を使い、おばチャリペースで軽くゆっくりまわしていく。

途中の荒川河口橋の下で休憩。河口橋トラス
日陰は風が涼しい。
おっ。ここでも“Aモールトン”を発見。自転車ではない。河口橋のトラスである。
圧倒される反面、もったいない空間にも思える。ここを使ってCRや遊歩道を通してもらいたいくらいだ。

葛西臨海公園遊歩道CRはやがて葛西臨海公園内に入っていく。緑豊かな広大な公園である。ホテル・キャンプ場・水族館・野鳥園などがある。ここのホテルは安くてお奨め。
しかし江戸川区はやはりお金持ちだ。


臨海公園の東の奥に鳥類園という広大な野鳥の森がある。野鳥園
雑踏の流れから外れてのんびりできる空間だ。
対岸に、目指すディズニーリゾートを遠望する。
公園を一周しR357に戻り、舞浜大橋を渡る。



ディズニーシーに到着。ホテルミラコスタ?チケットの更新なので“ランド”でもいいのだが、“シー”のほうが駐輪場が近いし、駐輪が無料である。
“ランド”は何回も来ているが、実は“シー”には一度も来ていない。夏休み前に来る予定だった。秋にはぜひ来たいものだ。


タワーオブテラーコロンビア号ディズニーリゾートケットを更新し、ディズニーリゾートをリゾートラインに沿って一周してみる。
タワーオブテラーの裏方さん。
コロンビア号の裏方さんをワンショット。

最後に“TOKYO
DISNEY RESORT”の碑(とは言わないな、普通)の前で記念撮影? 

またもと来た道を戻る。夢の島と東京港臨海大橋
斜陽の中に、若洲海浜公園を望む。江東区がなお領有権を主張する大田区に対して、覇権の攻勢を強めるべく建造中の??東京港臨海大橋がすでにその全容を現しつつある。
だから中央防波堤外処分場に最初に自転車の乗り入れを許可したほうが領有すればいいって‥‥(それは都の問題だな)

帰りは心地よい追い風である。河口に沿って2.5kmほどの直線。息も全くきれない。徐々にシフトして加速。ついにトップギア。
25km/hを軽く超えて30km/hの巡航に入る。やはりタイヤに空気をいっぱい吸い込んだMR−4は軽くて速い。
健康人やロードを乗り回している人には理解していただけまい。短距離ではあるが30km/hで巡航できるようになったことが、どれほどうれしいことなのか。“もう死んでもいい”などではない。これは生きて何度も体験したいものである。

次はサドルをちょいと前へ出して空気圧をmax充填しておこう。

久々の満足ポタリングを満喫。
本日の走行 31km。



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どうきもとまらない!

山本リンダではない!
退院からそろそろ2ヶ月が経とうとしている。
体力は少しづつ回復してきている。
しかし、悩まされるのが夕方から夜にかけての激しい動悸。これで毎晩睡眠導入薬を飲まないと眠れない。

とりあえず定期検診日も近いので、どうしたものか主治医に聞いてみるつもりだが、それまで、いつまた爆発するか不安でHCG-801-3ある。爆発したときのために絶えずニトロを持ち歩くという、笑ってしまいそうな状態が更に拍車をかける。

血圧計で計っても大きな異常はない。
不安がっていてもしょうがないので、会社の先輩(同病発症の先輩という意味)から紹介された心電計を購入する。

オムロン携帯型心電計HCG―801。HCG-801ユピテルASG−CM11とあまり値段が変わらない。サイズは少し大きい(DSより少し小さいくらいか)。結構軽い。


電池も付いて、別売のSDカードでデータの保存や移しかえができる。

早速セットしてHCG-801-4計測してみる。今も強い動悸と痛みがあるので丁度いい。
30秒ほどで測定できる。
病院の心電測定みたいに波形が出てくる。

注意点としては、診断をおこなうものではないということ。説明書の冒頭に“測定結果を自己判断しないこと”と記されている。
HCG-801-2
計測結果がでる。
“波形に乱れがあるようです”!!いきなりか!。

来週は検診がある。
これは相談要。こんな状態が結構あるのだからたまらない。

でも明日も仕事だ。
検診に行くまで再発しないことを祈るしかない。
ニトロをしっかり抱きしめて‥‥



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自由研究後日談(親父の自由研究)

さて、娘の自由研究は、両親を巻き込んだ編集作業になった。
細かい現地取材はできなかったので、詳細はネットの広報で調べる。
あれあれ、最初の調査と違う部分がかなりでてきた。
清澄橋の近くの水門跡と思っていたものは、 “ 清澄排水機場樋管”として生きているようだ。
荒川閘門が江戸川区領であることは知っていたが、平行してある小名木川排水場の排水門も江戸川区領であるらしい。‥‥記事の中で恰も江東区領であるが表記をしたことについて、お詫びいたします。江戸川区民の皆様、ごめんなさい。‥‥と、素直に認めて謝れば、国境紛争などなくなるのだ。
区界の成り立ちを知らない人には荒川西岸の小松川が江戸川区領であることに奇異の念を持つだろう。荒川西岸に堀切駅存在すること、隅田川・荒川にはさまれた千住が足立区領であることが、荒川が人工河川であることの証だ。

この江戸川区と江東区の境を流小名木川旧護岸れる旧中川こそが、かつての利根川本流なのである。この中川から江戸に物資を運ぶ、水運の要として作られたのが現小名木川である。
自宅から近いところに小名木川旧護岸跡が保存されていることがわかった。江東区の河川は当たり前のように水位が保たれているが、実は海面下1.5〜3m近く低い。明治中期以降の工業地帯化によって地下水が過度にくみ上げられた結果だ。
しかし考えようだが、工業用地下小名木川旧護岸の碑水のくみ上げによる地盤沈下がなかったら、現在が地盤沈下の嵐で大惨事になっていたかもしれない。重たい高層ビルの乱立によって軟弱な地盤が急激に沈下する例は世界各地にある。沈めるだけ沈めてしまったから、今のマンション乱立が成り立つのかもしれない。

それはそうと、もっとも重大なミス洲崎南水門は、区内の水門に見落としがあったこと。いまや江東区の中央部になってしまった、木場に小さな水門が2つ現存する。これは父のミスである。サドルセッティングとハンドルポジションを変えてみたMR−4で試走がてら、ひとっ走り写真を撮りに行く。

洲崎南水門。単式ローラーゲートの可愛い水門だ。まず洲崎の名に従い東陽1丁目から目指す。東陽1丁目は、昔は洲崎と呼ばれていた。洲崎南水門遠望洲崎パラダイスという大遊郭があったところである。そうゆう存在を知ったのは大人になってからで、少年時代はここだけ広い不思議な道路と、ちょっと変わった洒落た家並み(そのころはそう思っていた)がある町と思っていた。もちろん赤線が廃止されてからずいぶん経った時代である。
洲崎大路から裏路地に入る。今は当時から残る建物はほとんどない。ごく普通の町並みを水門方面に向かうが、どこも高い護岸で遮蔽されてし平久水門まっている。
仕方がないので塩浜に渡り、対岸から撮影する。
ここもバックにスカイツリーが写る。
木場ヨーカドーの裏手に、次の平久水門がある。ここの交差点は始終通っていたのに全く見落としていた。ここも2連式ではあるが可愛い水門である。
いまや江東区の真ん中に取り残されたような水門であるが、かつてはここが河口の扉だったはずである。
子供のころは、ここまで来ると海が目前というイメージだった。

編集に間に合うように早々に引き上げる。今日は花火大会があるからか浴衣姿が多い。
帰りはなるべく車道を走る。信号の少ない直線で徐々に速度を上げる。25km/hで巡航に移る。まだいけるかなぁと思った瞬間、強い向かい風を喰らい失速。風に逆らってまで心臓に負担はかけられない。力んでいないつもりでも動悸が激しい。一昨日・昨日の疲れもある。
今日はこのへんまで。

今日の走行10km。まだまだ江東区は飽きない。

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自由研究その2

台風一過とはいえない不安定な天気。捲土重来(またか)。辰巳水門
直射日光を避けられるのを幸いとして、昨日の続きに進発。実はリガスも昨日がきのこデビューであった。これは◎だった。定番の鳥打帽とほとんど変わらない感覚。脱ぐのを忘れるからどこでもヘルメットのまま入ってしまい、周囲に変な顔で見られるくらい。通気もよく、むれも帽子と変わらない。MR−4ならメットしててもアンあけぼの水門バランスじゃあないでしょう(それでちんたら歩道を走っていることがアンバランスだ‥‥)。

昨日の振り出し、東雲から辰巳水門に周る。東雲水辺公園と辰巳駅を結ぶ歩道橋から撮影。反対側には大穴の開いた大島団地のような、失礼、キャナルコートの威容が聳える。しかしこの橋がなければ、文字通りここは陸の孤島である。
続いて、あけぼの水門・新砂水門とR357に沿って進む。あけぼの水門のバックにスカイツ新砂水門リーが遠望できる。
この辺りは退屈なコース。娘連れなので音楽はもって来ていない。しょうがないから自分で唄う。デンジャ〜まにぃ〜‥‥UKか。ほんとにオヤジだ。
あれからUKとエイジアにまたはまってしまった。レコードだからMP3に移すの面倒。

新木場駅で昼食休憩をとり、最後のポイント荒川閘門に向かう。

途中にぜひ娘に見せておきたいところがあった。
“第五福竜丸展示館”。
第五福竜丸第五福竜丸。日本人としては広島・長崎とともに絶対に忘れてはいけない言葉だ。
娘にはこの船の意味するものはおそらくわからないだろう。
そうゆう父も平和ボケして育った世代ではあるが、それでも核戦争の脅威は絶えず意識していた時代だ。エイジアの“after the war”である。
大きい船だねぇと娘が言う。“違う。こんな小さな船で太平洋の真ん中までいっていんだ”と返すと娘がむくれた。まだ太平洋の距離感がぴんと来ないようだ。いずれにしてもチャリンコに現を抜かしていられるありがたい時代に改めて感謝。
荒川CR
明治通りから永代通りにでてSUNAMOを通過。清砂大橋の袂に出る。
やってきました、荒川CR。感無量!平和ボケといわれても、成人病といわれてもいい。生きていて良かった!(大げさか)
走り安いコンディションでも娘のペースは12〜3km。それでもいい。リハビリだ。
最終ポイント、荒川ロックゲートはCRの途中に荒川ロックゲートある。今日は開放日で水路脇にも入れるし閘門の最上階へも上れる。
丁度船舶の航行があり、閘門の開閉や水位調整の仕組みを間近で見ることができた。娘より父のほうが勉強になったと感心する。

小松川公園で休憩。帰路は定番荒川ロックゲート通船の竪川河川敷公園・横十間川遊歩道。

本日の走行28km。親父も走りすぎだが、娘も良く頑張った。
さて、これで娘の自由研究はまとめられるのか。親父にやらせれば一発なのだが‥‥

PS
帰宅後、比較のため、短距離ながらTS−7に乗り換えて走る。
やはり阿吽が染み付いているのか思うとおりに動いてくれる。ペダリングも軽いし操作性もいい。
MR−4も乗りやすいバイクであるし、サドルやハンドル周りもTS−7に近い仕様にしてあるが、やはりポジションのセッティングとシフト感覚がつかめていないようだ。
これは阿吽となるまでじっくりと慣らしていこう。真骨頂というべき高速巡航を体験できていないし‥‥。
あれだけ試行錯誤と費用を投資したTS−7なのだ。これは当然でよかった結果かもしれない。



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自由研究その1

どこへもいけない夏休み。娘には申し訳な初陣!く思う。
娘の夏の宿題、自由研究くらいは付き合おう。
MR−4の初陣でもある。
初陣とは、形式的に出陣して、決して危険は冒さぬが常道。とはいえこの猛暑の中。出て行くことだけで本陣を衝かれるようなものである。
なかなかテーマが決められぬ娘に、業を煮やしたカミサンが“江東区内の橋を全部調べろ”などと言い出した。扇橋閘門
おいおい、江東区内に一体いくつ橋があると思っているんだ!行って一つ一つ調べてたら夏休み終わってしまうぞ!
と、いうことで、父よりの提案。“江東区内の水門・閘門を調べよ”。これならそんなに多くないだろう。おやじの趣味を娘に押し付けて、日本のアムステルダム?・関東の輪中??、デルタ江東区を守る水門を巡る。小名木川水門
江東区には9箇所の水門があった。当然ながら区の外周部に配備されている。結構周るのきつそうだ。

昼より台風の影響による雨が予測される中、熱中行軍を開始。
まず、小名木川に出て西進。最初のポイント、扇橋閘門に行く。ここは船舶航行用の推移調節の閘門だ。施設の開放日があるのだが、宿題に間に合わないので外から撮影大島川水門。この水位の違いには驚かされる。
小名木川水門、旧仙台掘川の水門跡、大島川水門、佃水門(これは中央区領だ)、豊洲水門、東雲水門と見て周る。これらの水門は基本的に水害からの防衛が目的であるが、管轄により豪雨災害と高潮災害に分けられているようだ。
いずれにしても、これらの水門と豊洲水門強力な排水施設によって、水面下のこの地域は、ある意味もっとも水害に強い地域となった。

娘との縦走なので、今回もほとんどが歩道の段差障害耐久となったMR−4。乗心地はなかなかソフトだ。リアサス装備もあるが、タイヤとサドルの効果は大きいと思う。

退院以来はじめてのマックで昼食をと東雲水門って、次なるポイント辰巳水門に向かおうとするころから、雨が降りだした。とりあえず歩道橋の下で休憩。この後、夕立のような雨になってしばらく足止めを食らう。

しばらくして雨は小降りになったが、この先また急に降られると逃げ場がない。
今回はここで切り上げて帰路雨宿りに着く。帰りは強い南風に追い立てられてか、とてもスムーズだ。
帰宅した後、娘を残してまた7kmほど軽く走行。軽く漕いでも加速はスムーズだ。ただしこれは車重とタイヤ幅のためだろう。ペダルの回転そのものはTS−7のほうが確かに軽い気がする。
う〜ん、30余年ぶりのフロントシフトはどうもタイミングがわからない。フロントシフトはめんどくさい。
サーファスレベル1
本日の走行25km。
強風に煽られ駐輪中に2回転倒。2回目はつなげていたワイヤーロックごと根こそぎ倒された。
まだ乗るの3回目の新車なのに‥‥。オフローダーじゃないんだ。打ち傷は勲章ではない‥‥(でも気にしないのは、“むかしオフローダー”の性か?)。
帰宅後、娘との再交渉の結果、サーファスレベル1の奪還に成功。なんてことはない、1,000円の特売サイコンを買って交換しただけ。1,000円とはいえカロリー計算まで付いている。タイヤ径の設定が正確にできるものなら此方でもいいくらいだ。
サイコン・ライト・ベル・GPS、ないスペースに無理やりレイアウトしたら、えらくうるさいコックピットになってしまった。シフターが左右で幅を取っているからだ。何とかならんものか。

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初陣前武具揃え

我が家にやってきて物置にも入れず、室内展示品になっているMR−4。

初陣に合わせて、我が家仕様を取り揃える。快適装備だが肥満の元である。
FD-6折り畳み
ペダルの交換。
三ヶ島の“FD−6”。
TS−7からのお気に入り。重たいのが難点ながら、デザインも機能性もよい。実測値左右で428g。純正が296gなので+132g。
現在は改良型“FD−7”がでているらしい。写真を見たが、滑り止めが鋭角になっているほかは余り変わっていない。重量・そのFD-6他スペックは不明なので使い慣れたものにする。
形状・色合いといい、標準装備品より此方のほうがむしろ純正っぽく見えたりする。
スタンバイするときの“カチッ、カチッ”という音がなんとも乗る気をそそる。


問題のスタンド。センタースタンド
センタースタンドは折りたたみ時にワイヤーに干渉するとのことだが、ないと困る。TS−7のものを仮付けしたが、長さが足りないのでやむなく購入。仮付けなのでとにかく安くて軽そうなものにした。+264g。とりあえずすぐに折りたたむわけではないので、当面これで間に合う。

今回、予定外に購入したSONOMAんま GELのがサドル。間に合わせでジェルカバーを買いに行った先で、何とスペシャライズドSONOMAGELを発見。これも絶版品になっているはず。しかも在庫処分品で格安。掘り出し物だ。まだあればTS−7の分にもうひとつ買うか‥‥。
純正270gに対して345g。+75g、カバーをつけるより全然軽い。

サドルバッグはジャイアント純正がエクステンダーとのレイアウトが組めなかったので、やむを得ず新規購入。シートポストに余裕を持たせられないのがちょっと悔しい(早い話、短脚ということ!)。
エクステンダーは必需品。重量は公示されていないが、実測値で242gあった。サドル周り
これで、ライト・バッグ類・ポンプが共有できるようになった。
ユピテルCM−11用にTS−7から台座を移植。メーターはサーファスレベル1復活!と行きたかったが娘のラブソニックにとられて返してくれない。

鍵はDIY(標準装備されてはいるが)。輪行にいける体調ではないので輪行袋も当面不要。

締めて710g也。ハンドル周り合わせて940gの肥満。TS−7仕様なので、そちらも同等分の重量増になっているはずだ。とてもどちらもホイールの軽量化でまかなえるものではない。

2年前のTS−7購入当時から、乗り手のほうは体重10kg(バネ下換算1kg〜2.4kg?換算の根拠がわからん?) の軽量化をしているのだが‥‥

とりあえず“発進準備よろし!”‥‥乗り手の体調以外は‥‥である。



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第3のバイクがやってきた!(お披露目編)

今週我が家にMR−4Fがやってきた。
我が人生5台目のバイクとなる。
602がメンバーから抜けて、またデュオとなる。ツノがつく
ショップから乗って買えるとき(というよりほしいと思ったとき)から、ここだけは直ぐ替えることにしていたハンドル周りは即着手した。
プロフィッターグリップにショートエンドバーとR&Mミラー。
3点セット変更(我が家の余分3兄弟?)ですでに230gの肥満。

まあ、当の乗り手のほうが発病前から4Kg軽量化しているが‥‥
ミラーは無意味という人もいるが、此方はないと気になってしょうがない。だからといって後方の車やサイクリストに気を使っているわけではないが。
それにサドルとペダルは替えたい。MR−4の乗り心地は、602よりはいいがTS−7と比べると結構悪い。それと我が家の狭い物置の収納にはペダルがたためる事が必須となる。
MR−4は細かいパーツ全てで大幅な軽量化を図っているのが見て取れる。裏を返せばパーツをケチっているとも見えるのだが‥‥。したがって好みのパーツをつけて軽量ナーランダー1化することはまずない。パーツ交換は太るだけだ。
本人の食事制限並みにパーツ重量にも気を使わないと‥‥。でも食べちゃうときはやはり食べちゃうからねぇ。自転車も同じである。

医者通いの休日。初めてMR−4を外に出す。TS−7と初のご対面。このハンドル周りが、とりあえずMYトレンドみたいなものである。ソックリダー
MR−4のハンドルはもう少し短いほうがいいのだが、今回はフロントシフターが左にあるのでアクセサリースペースがない。メーターも付けたいが、場所が取れない。

共有できるアクセサリーは共有したい。エクステンダーは必需品だ。
ターボモーフはトップチューブ(といっていいのか?)しか選択肢はなさそう。折りたたみ時の検証要だ。ナーランダー4

流石に全長はMR−4が一回り長い。ハンドルのベストセッティングはTS−7より気持ち低目となった。
ホイール径はやはりMR−4が二回り程大きいが、タイヤ幅は一回り細い。連続段差耐久は合格したのだが‥‥
知人に言わせると、オフロードバイクに乗っていた経ナーランダー2験者は、意識せずとも段差越えのときは車体全体の衝撃吸収体制を取るから大丈夫なのだそうだ。しかし自分は、オフの段差でこけて痛い思いをした記憶しかない。知人のアドバイスで安心はできない。まあ、乗り方の基本は同じだろうが。
フラットバーやタイヤの太さにこだわるのは、オフロードバイクやクロカン車に乗っていたころの、フィールドへの憧れが残っているのだろう。
だったらMTBにすればいいといわれると困るのだが‥‥。
ナーランダー3
MR−4にはスタンドの設定がない。シティユース主体ではスタンドがないと困る。
Wレッグがつくといいのだが、構造上センタースタンドは難しいかもしれない。仮付けでTS−7純正を付けてみたが、やはり長さが足りない。しかしバランス的にはやはりセンターだ。

早速乗り回したいのだが装備がそろっていない。
今日の通院と買物は毎度のTS−7が出撃。

何気なくサドルを比べていたら、えっ、BGコンフォートのカイワレの先に亀裂!
割れてしまっている。まだ2年しか使っていないのに!腰は浮かせても、立ちこぎはしない主義が祟ったのか?

スペシャライズドBGコンフォ割れてる先が割れたートクラッシック。一時期は楽乗り定番だった。TS−7で一番最初に替えたパーツで、最もお気に入りのひとつなのだが、絶版となって今は中古以外入手困難である。分厚いジェルが入っていてこれだけスタイリッシュなサドルはないのに。
ショックである。
こいつだけは安易に他と変えられないので、とりあえず座りつぶそう。

結局、くそ暑い中20kmも走ってしまった。病後観察中は10km以内に抑えるという自主規制を掲げていたのだが、MR−4でポタする前に、また倒れないように気をつけねば‥‥


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第3のバイクがやってきた!(とりあえず居候編)

会社帰りにMR−4をショップに引き取りに行く。すでにFOLEXとPASELAを装着してもらっている。持参したライト類を取り付けてもらい乗って帰る。
こんにちはMR−4。明日は世界!‥‥?
最初に階段を担いで降りる。やはり軽い!。退院以来箸より重いものは持ったことのない身?にも軽く感じる。FOLEXの貢献もあるのだろうが、基本車重はパーツでは減らせない。やはり軽いのだ。畠山重忠でなくとも担いで斜面を下れる。
しかもフロントディレーラーがついたバイクとしては実に31年ぶり?(疾うにシフトタイミング忘れた)とおめでたく喜んでしまう。

ポジションの仮合わせ。ミニで可愛いなどと言ったものの、このバイクのシートチューブは意外と長い。適応身長165cm以上。それ以下の身長で、股下長にも自信のない身では結構ぎりぎりなのだ。何とかエクステンダーが取り付けられるくらいは空く程度。とりあえず、細かくはあとでゆっくり調整しよう。

いまだまともにチャリに乗れない身。7km弱の帰路では、早速歩道の粗舗装と連続段差越えの耐久テストとなってしまった。
TS−7ほどの突っ込みはできないがストレスを感じるほど気を使わなくてもよさそうだ。不思議なことに1.5HEの太さの602号より乗り心地がいい。大きいタイヤ径のためか、それともリアサスのおかげか?
ハンドリングは軽くて好み。ハブのフリー音が少し気になった。新車のせいか?。TS−7はこがない時も静かだ。MR−4F1
乗ってすぐ×なのはグリップとブレーキポジション。これは即替えるだろう。そのほかはコンパクトさも相俟って乗りやすいバイクだと思う。
歩道走行では結構満足。では真骨頂というべきロード走行は‥‥?
‥‥結局、耐久テストだけで家についてしまったので走行感想は今後の楽しみにする。

さて、家についてまず困ったのはスタンドがないこと。予想はしていたが、折りたたみが特殊なのでセンタースタンドが付けられるか微妙。しかしサイドスタンドは見た目にも、MR−4F2収納時も▼。どうしよう。
物置はTS−7と602が寄り添って体を擦りあって?収まっていた。物置に立てかけのままではTS−7の出し入れもできない。
家の玄関内にも置けないので、当面部屋に上がってもらうことにした。
TS−7ですら1回しか上げていない“殿の間”にしっかりと鎮座してしまった。この荷物だらけの狭い部屋で同居できるのは、やはりコンパクトなのだ。
しばらくは居候となりそうだ。



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第3のバイクがやってくる2(決定編)

602は新しいご主人に引き取られていった。
物置にかろうじて1台入るスペースが確保できた。
もう購入を躊躇させるものはない。
病床中から、ずっと考え続けていたのが、ジャイアントのMR−4F。MR−4F

10年続くロングセラーバイクである。24インチという、スポーツ車としては珍しいサイズ、そして更に珍しい立折式のフォールディングバイクだ。
好みはフラットバーのスタンダードモデル“F”。一番安いが一番重たい。

小径車と見なせば高い走行性能だが、ロードと比較すると評価はさんざんである。要はどう使うかによって賛否は極端だ。自分的には前者を支持しているわけだし、折りたたみ機能、リアサスペンションを持ちながら、10.4kgという車重は魅力的だ。このサイズなら、シートポストにバッグやカゴを付けることもできる。写真では精悍に見えるが、現物は結構可愛らしい。やはりミニだ。

タイヤサイズの装着可能なのが、ワンサイズオンリー‥‥。しかも純正は車のファンベルト並み!?なことが唯一最大の難点。砂利道は論外としても、実物の細さを目の当たりにすると、トレンチに挟まってこける姿しかイメージが浮かばない。(そうゆう人間はロードに乗ってはいけない!)

タイヤについては、パセラブパセラブラックラックという純正のケンダより一回り太い(規格は同じだが‥‥?)ものを履いたオーナーが多いらしい。その分重くなるが、少しでも分厚くなると安心。
はじめから砂利道ありきの場合こそ、至極の(地獄の?)マルチパーパス、TS−7が健在である!。

さて、車種は決まっているのだが、購入はどうしよう。
ジャイアントはディーラー制度をとっていて通販はない。当初は玉数の多い中古でいいと思っていたが、10年モデルとなってかなりの改良が為されているので、新車にすることにした。
ショップとしては何軒か絞り、最初に江戸川区のリンリン自転車館に行く。
以前602の整備でお世話になったことと、MTB系をメインとして、なんでもありの構成が、ロード専門店よりは親近感があるという理由。自宅から7km弱と、それほど遠くもない距離だ。

自宅からかなり離れたところでは値引き販売のHPもあったが、直営店を含めいくつかの店舗を見て、定Aクラス価販売か特典付くらいを覚悟していたが、ここでは期待以上の値引きをしてくれた(それが普通なのか?)そこで考えていたオプション品のA-CLASS FOLEX24R+PASELAの組み替え(BBS+NANKANGみたいなものか?それも主張だ!?)をお願いしてみた。
パーツ交換工賃もサービスということで、全て入れても“MR−4R”を買う
(定価で)より安く上がる。
その場でオプションまで即決して予約。
ついでにTS−7のギア比の件も相談できたし、まずは重畳。
あとは入荷と仕上がりを待つばかり。


(※写真はメーカーhpより借用しました。標準装備のKENDA KONCEPTなるタイヤはダイアテックの商品一覧には無し。TS−7のアーバンスピリットみたいなものか‥‥)

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第3のバイクがやってくる1(さらば通勤買足602編)

入院中から新しいバイクがほしくなった。
前回の輪行では重量の負担を思い知らされた。602最終1
元気なうちは多少の重さは気にはしなかったのだが、退院後の療養中も体力が落ちたことを痛感され、軽いバイクのことが頭から離れない。飛ばすつもりはない。少しでも軽やかに流したい。もう少し手軽に持ち歩きたい。
入院費の負担をカバーして余りある金額が保険としておりた時点で、この夢は決定的なものになった。602最終2
すでに候補は決めていた。しかし大きな問題点があった。
我が家の物置には自転車が2台しか入らない。それもフルサイズでは無理なのだ。外の駐輪場に置くつもりはない。もとよりTS−7を手放すつもりはない。とすると選択肢は602の放棄だけである。
602はもともとTS−7の改造道楽の結果、取り外したパーツをもとに造ったバイクである。まともに再販ができる代物ではない。パーツをばらしてオークショ602最終3ンすればそこそこの金はできるだろうが、そういう問題ではなかった。単に自分の後ろめたい身勝手さではあるが、現車のまま誰かに乗り継いでもらいたかった。屋内保管ができるのなら娘が乗れるようになるまでとっておくつもりだった。
そんなわけで新しいバイクの購入を躊躇していたある日、海外留学から帰ってきた知人にセカンドバイクにどうかと話をしたら乗ってきた。
昔からの友人なので、譲ってもいいかと思ったが、買ってくれるというので気持ちの金額を請求した。
半分押し付けのように嫁に出したわけだが、彼は彼なりにまた改造してしばらくは乗ってくれるだろう。
いろいろトラブルはあったが、602最終4毎日通勤と買物の足になってくれた602号。無駄になったパーツもあるが、それよりも投資した費用の代償に得たDIYの面白さは格別であった。
さらば通勤買足602。
MY傑作バイクよ!
1年強と過去の自転車の中では最短命となってしまったが忘れられない一台となろう。
MICHEL602 ma belle‥‥。
602の前途を祝してお水で乾杯!!(病み上がりで食事と飲み物の制限があるので‥‥??)


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U・K回想

U・K
U2でもU4でもない。
今は伝説化されたイギリスのロックバンドである。
情報がないが1977〜8年くらいの結成だったはずである。79年の日本公演は、あとにも先にも自分が行った、だだ一回のロックコンサートだった。
UK
メンバーはジョン・ウェットン、ビル・ブラッフォード、アラン・ホールズワーズ、エディ・ジョブスン。当時としても知る人ぞ知る豪華メンバーだ。
もともと60年代ポップファンであったので70〜80年代のヘビメタはほとんど知らない。だだし、なぜかプログレ系のキングクリムゾンが好きだったのでそこに連なるミュージシャンは多少知っていた。

初めて聴いたUKは、プログレの香りを残してPOPな味付けだった。
日本公演決定と聞いたときは、なぜかコンサートなんて1回も行ったことがないのにどうしても行きたくなった。苦労して5列目中央といういい席を2つ確保できた。当時の彼女はロック嫌いなので相手にはならない。友人を誘ったがその日に都合のつく人間が見つからなかった。
1枚捨てだと思っていたら、彼女がUKファンだという女の子を紹介してくれた。(10代でプログレファンの女の子?今の歴女見たいなもんか?)
結局、見ず知らずの女の子とコンサートに行くことになった。彼女はエディ・ジョブスンが好きらしい(メンバーで一番イケメンだったし?)
特に自分が楽しみだったのは、ビルのジャージーなドラミングとアランの泣きの入った流れるようなサウンドだった。

ところが直前になりメンバー変更の情報! ビルとアランが抜けてしまった!新たにテリー・ボジオというドラマーが加わりトリオとなっていた。
なんかあんまり行きたくなくなったと落ち込んだが、同行する彼女は楽しみにしているだろう。切符は当日渡しにしてあった。
気を取り直していってみた。場所は日本青年館。
流石に生演奏はすごい!つまらないかもという感情はどこ行ったかで、いつの間にか立ち上がって周囲と同じに騒いでいた。同伴の彼女はもっと乗っていた。
憂国の四士からの曲が数曲、あとはトリオになってからの曲だろう。時間にして2時間くらいだったはずだ。
覚えているのはアランのギターで聴きたかった“闇の住人”と“デンジャーマネー”“NIGHT AFTER NIGHT”くらいだ。
それと、フィナーレのときにジョンが投げた花を隣の彼女がゲットしたこと。エディが投げたものならもっとよかったのだろうが、彼女は喜んで持ち帰った。

それが最初で最後のロックコンサートになった。
コンサートに同行した女の子とはそれきり、当時の彼女とも別れ、フログレ好きだった友人たちも散り散り。みんな今どこで何をしているのか?

UKは翌80年に解散。POP調ながらもジャージーななかに英国独特の深みを持った渋いサウンドを演出していたが、スーパーグループとして華々しくデビューした割にはメジャーで はなかったような気がする。
ジョンはサイクルヘルメットその後ELP(エブリディ・ロー・プライスではない)のカールパーマー、イエスのジェフリー・ダウンズ、スティーヴ・ハウとスーパーグループ“ASIA”を結成したことは余りにも有名。UKはエイジアという完成されたプログレポップサウンドへの過渡期として扱われていたともいえる。
エイジアのサードアルバム“アストラ”は、結婚前のカミサンとのデートやスキーでよく聴いた。これが我が家のプログレ系(エイジアはある意味完全なPOPだが)アルバムレコードの最後となった。


体を壊し、病み上がりで外に出歩く機会が減り、久々に家で音楽を聴く機会が増えた。埃だらけのプレーヤーを掃除し針も交換。レコード盤を眺めながら昔の思い出がよみがえる。

‥‥しかし、この“アストラ”のジャケットには古さも懐かしさも感じないどころか妙に今とシンクロしている。
‥‥そうだ!自転車のヘルメット!試着した自分のでっかいヘルメット姿がこれだ!キノコ頭!!
この宇宙人ともロボットとも取れる姿は実はサイクリストだったのかぁ‥‥。

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ヘルメット購入

入院中からヘルメットが欲しいと思った。
そして購入した。
安全について、ルールやマナーについて急に目覚めたわけではない。
通勤や買物で常時使うかはわからない。
今はやっと歩道を息絶え絶え走れる状況でヘルメットが必要とも思えない。“乗車中に発作や失神で急に倒れる”というリスクについては有効かもしれないが‥‥。
そもそも安全の意識優先なら、シーンによって使用の有無という発想はナンセンスである。ツーリングであろうとCVSへの買物であろうとリスクは変わらないのだから。

強いて言えば、“これをかぶってサイクリングに行きたい”と思い続けたいといったところ。
しかし、本来ヘルメットは眺めるものではない。使うことを考えれば当然フィット優先だ。

ところが、実際場当たり的に試着してみると、自分でも笑ってしまう面白い格好だ。“キノコ頭”とはよく言ったものである。まさにマリオのキノコだ(というよりカブトガニを頭に乗せている感じか!)。
ベンチホールは必要不可欠なのはよくわかるが、これではマリオどころか“マタンゴ”である!。帽子感覚でかぶれるものはないのか?
ヘルメットは嫌いという人の気持ちがいまさらによくわかった。
ヘルメット1
写真での見栄えは良いが、試着してだめなもの多数。結局購入したのはOGKのリガスというものだ。サイクルヘルメットとしては高いほうではない(街乗り用としてはそこそこの値段ともいえる)。

特に目をつけていたわけでなく、たまたま品揃えの多い店で、全体を見ているとこのヘルメットだけが気持ち小さく見えた。よく見ても外国ヘルメット3製品の同サイズと比べて、確かに一回り小さい。重量も安価なシティ用よりは軽い。見栄えも使用感も小さくて軽いに越したことはない。
と、いうことでこれというわけでもなく、とりあえず試着。

“M/L”ではかなり余裕がある。“S”でいける。
外国製品だと“S”サイズでは変なところに圧迫感がある場合が多いが、これは特に違和感がない。流石日本製、というか自分は標準的日本人の頭形なのかと妙に納得。ヘルメット2
“Sサイズ”は“M/Lサイズ”より外観も更に小さいので、かぶっていてもキノコ頭にならない。これは魅力だ。
カラーは白かシルバー系にするつもりだったが、比較すると黒系のほうが更にこじんまり見える。これは色調の感覚的問題である。安全上は明るい色との迷いもあったが、最終的にはガンメタの“Sサイズ”にした、内部はともかく、外観的にも小3の娘のヘルメットと大きさが変わらない。
夜の視認性にこだわるなら反射テープなど考えればいいし、山や森にいったらスズメバチに注意する必要はあるかもしれない?
いずれにしてもこれならミニのシティライドでも無難なところだろう。

明日の走行1kmで事故らない保証はない。買ったらすぐにかぶるべきなのだろうが、とりあえずは手元で眺めながら、デビューの機会を待つことにする。


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自転車の復活

職場復帰後1週間。
自転車通勤を再開する。
自宅療養中も家の周囲ほんのわずかは乗り回しては見たが、いよいよ通勤に再投入を試みる。
‥‥というと一大決心のようだが、会社までは2kmちょい。歩いても30分の距離。電車・バスのアクセスが悪いので歩いて通勤を始めたが、逆に30分歩くのに疲れてしまう。自転車のほうが楽と思えた。
とはいえ、実際自転車とは意外と運動量が多いものだ、心臓に負担を掛けまいと超ゆっくりこぐのだが、ちょっと坂道(江東区は実は坂が多い)になるとローでも息切れしてしまう。
しかもママチャリに煙たがられる速度では怖くて車道にも出られない。歩道を歩行者の妨げにならぬようゆっくり走る。多少遠回りしながら少し距離を稼ぐ。
602にはサスがない。歩道の段差の連続がこれほど体に負担になるとは思っても見なかった。抵抗ではあるが、やわらかいサスペンションは病み上がりにはありがたいものだと知る。結局ローから5速までしか使用できない状態である。激安折りたたみのギア比がちょうどいいくらいである。
こんな調子で、また輪行にいけるようになるのだろうか。仕事開始のストレス。不眠、チャリ不足。鬱になってしまいそ〜う(その前に再発が怖い)。
同病の経験者に聞くと元のペースに戻るまで半年掛かったという。やはりそれでも不安との隣りあわせだという。
あせらず、少しづつしかも上手に病気と付き合っていくしかないようである。

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どじょうの全滅‥‥

月曜日に2匹のどじょうが飛出し死してから3日間でどじょうが全滅した。
生き残ったどじょうたちはその後元気がなくなり、餌を食べなくなり血を出して死んでいった。
異変に気付き隔離したがすでに手遅れだった。水槽を洗浄しても日ごとに2匹、3匹と死んで行き、最後には去年ドジョウ1から丸一年我が家を癒し続けてきたヌシも息絶え絶えとなり、一途の望みを託し、早々に仕事から帰ってきたときには、願いも空しく帰らぬどじょうとなってしまっていた。

隙間から飛び出してしまった以上に、新入りに対しては数日間は同居させずに、様子を見てから水槽に入れる。ある意味基本中の基本を怠ったためにヌシまで死に追い遣ってしまった。写真は丸一年前に我が家に来たばかりのヌシと、飛出し死した相棒。(奥で少し顔を出しているのがヌシ)

家族して共同墓地に埋葬。共同墓地も一気に新たな埋葬場所がなくなってしまった。白檀の線香を焚いて供養をする。
南無阿弥陀仏‥南無阿弥陀仏‥‥

小動物でも死に目を見るのは嫌なものである。まして注意すれば防げたであろうミスだと考えると自責の念に駆られたりもする。
何か一気に家の中がさびしくなってしまったようだ。空の水槽だけが机の上に残った。


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どじょうの突然の死!

どじょうすくいで我が家の水槽が一気に賑やかになった翌日、8匹の新入りのうち2匹が死んだ。
原因は水槽から飛び出しての窒息?死であった。
昨年の1匹の飛び出し以来、水槽に二重の蓋をかぶせていたが、大所帯となり水位を上げたことから、蓋のわずかな隙間から飛び出してしまったようだ。
またやってしまった。昨年の痛ましい姿を繰り返すまいと思っていたのだが、また惨劇は繰り返された。
飛び出した2匹のうちの1匹は、硬直していたものの水気がまだ残っていた。
どじょうの縮まってよじれた体は、何か自分が発病して玄関に倒れていたときの姿と重複する。
苦しくても誰にも助けてもらえず死んでいくのはなんともいたたまれない。
2匹は我が家で死んでいった小動物たちの共同墓地(早い話がベランダの植木鉢である)に埋葬した。‥‥合掌
あの時、娘に捕まらなかったら。途中で逃がした何匹かのうちに入っていたら。友人にあげていたら‥‥2匹の運命はまた変わっていただろう。
健康のこと、人生のことだけでなく、命のこと、運命のことまで考えさせられるどじょうすくいの顛末となった。

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どじょうすくい

職場復帰を果たした最初の日曜日こどもまつり看板
江東こどもまつりのどじょうすくいにいく。入院以来遊びに出るのは始めてだ。
我が家には昨年のどじょうすくいで捕獲した一匹は健在である。昨年当初は二匹いたのだがもう一匹は元気余って水槽から飛び出し、非業の死を遂げた。一匹だけではさびしいだろうから相棒をGETすべく娘にはがんばってもらおう。じゃぶじゃぶ池2

会場は猿江恩師公園。家からは横十間川にでてそのまま北上すると、歩いてもそう遠くない場所である。
公園の中のじゃぶじゃぶ池という水遊び場。それほど広くない池が親子連れで埋め尽くされる。じゃぶじゃぶ池

娘のクラスからも精鋭が顔を揃えていた。
参加は今年で3回目。だんだんと要領を得てきて、はじめからポイントを絞ってある。
池の中央はどじょうも縦横無尽に動き回るので、池の出口に当たる水路部分で上流から流れてくる獲物をGETする。昨年もこの方法で数匹の捕獲に成功している。捕獲風景

開始のホイッスルとともにバケツいっぱいのどじょうが放流される。
こどもたちが一斉に池に突入する。
黄色い声。どじょうたちには一瞬にして修羅場と化す?

時間は30分。暑さと座れないのスカイツリーは病み上がりには堪える。周囲では親子して熱くなっているのだが、興奮は禁物!?。発作が起きたら大変。
カロリー制限・水分制限もあるのでジュースをがぶ飲みは出来ない。水を少しづつ飲んで暑さと渇きを凌ぐ。

スカイツリーが少し霞んで望める。高さは退院時の398mから変わっていない。第一展望台の建造ティアラこうとうが進んでいるのだろう。
同じ場所から反対側に新大橋通りを挟んで、ティアラ江東がある。プロのコンサートやオーケストラの演奏が行われるここの大ホールの舞台に娘は何度も上がっている。自分の子供のころはこんな立派な舞台なんぞに上がれなかったのに、いまの子供は恵まれたものだ。

今回は十数匹の捕獲に成功。逃哀れな虜がしたり、友人にくばったりして数を減らしたが、このあと更に捕獲を追加したため、結局8〜9匹をつれて帰ることになった。昨年に数倍する収穫である。



大量で凱旋する。凱旋別に意識して後方から撮影しているわけではなく親子の徒歩スピードについていけなくなり遅れだしているだけである。情けないともいえるが、あの悪夢から親子で遊びにいけるようになっただけでも幸せである。
これから仕事も徐々に戻していかなければならない。
もちろんツーリングの夢も捨てていない。
早く人並みに動ける体に戻りたいものである。大変!
帰ってからどじょうを水槽に放つ。昨年の一匹は色も白く一回り大きいのですぐにわかる。
“ヌシ”と呼ぶことにする。やがて水槽はどじょうの乱舞場と化した。ワンルームマンションに8〜9人が一気に押し寄せて同居したようなものだ。
また、我が家が楽しくなるが、一体こいつらの世話を誰がやると思っているんだょ!

 



 

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療養生活‥‥あれこれ その2

病気療養と禁煙治療をはじめたわけだが
療養中の禁止事項は他にもある。

車の運転も禁止。
まぁ最近は必要不可欠時以外は乗らないのでさしたるダメージはない。但し、KARANOの重要な任務であるP・B飲料の搬送が途絶えてしまっている。緊急時に備えて常時2ケース(24L)以上の備蓄はしていたが、すでに底をついている。
それよりしばらく乗らないことにより動かなく なってしまうのではと心配する。人間も車も絶えず動かさないと動けなくなってしまうものである。

しかし実は、禁煙や車の運転以上に辛いのは自転車に乗れないこと。
リハビリということで徒歩による外出は、無理のない程度で奨励されたが、自転車に乗ってもいいかとの質問には看護士も首を縦に振ってはくれない。入院中に自転車雑誌ばかり見ていたのをしっかりチェックされていたのか?!
普通のママチャリならだめとは言うまいに。

禁断症状を和らげるつもりで、自転車を家の中に持ち込んで、とりあえず眺めたりいじったりしている。
実はこれがまた 逆効果だったりして。
3週間ほったらかしにしただけで、ブレーキが啼いたり、クランプ部から軋み音が出たり‥‥
う〜ん、自分の体と一緒だ!
人間はこがないとだめ。自転車はこがれないとだめなのである。

これは立派なサイクル中毒である。やることがないのでジテ本やネットばかりみているのがまた毒の上塗りになる。

こればかりは残念ながら“禁ジテ補助薬”も“禁ジテ外来”もない。
まあ、あっても行かないだろうが‥‥

やはり考えるのは輪行ツアーに行きたいということ。
但し、TS−7の装備重量15kgを担いで電車の乗り継ぎを考えるとまた心臓が痛くなってしまう。

TS−7は至極の1台であるから、もとより手放すつもりはないが、 やはり更に軽くて楽なものをもう一台ほしくなる。
車と違って自転車はセカンド・サードと持っていても維持費の負担は少ないだろう。

但し、改造費はやはり別物だろうなぁ?
タバコをやめても年間 43,000円(値上げ前計算)では採算が合わない‥‥
2年間先延ばしにしているKARANOのスタッドレスがまた遠のくか‥‥
スキーに行く夢を捨てきれずに冬のたびに履き替えてはいるが‥‥

雑念!
等々、あれこれ取らぬ狸を決め込む前に、まずは療養に専念すべきこと、仕事に復帰できるかを考えることである。

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療養生活‥‥あれこれ

心筋梗塞による11日間の入院生活を終え、2週間の自宅療養となる。
自宅療養とは退屈なもの。

この際なので仕事のことはあまり考えないことにした。会社には報告してあるし、有給と代休が最大値で残っている。但し、出社したときに自分の机が残っているかには一抹の不安がある。

療養生活はなんともいえぬ不思議なもの。長期休暇と思えとは言われたが、どこかに出かけられるわけでもなく、ずっと寝ていられるわけでもない。終始けだるさだけがまとわりついている。
少し家の周りを歩いてみる。胸が苦しいというより頭がぼっとしてくる。
歩いているうちにふらふらきてしまう。薬の副作用かもしれないがやはり体は正直だ。

何もしないときに辛いのは“禁煙”である。
もともと1日10本程度なので無理にやめる必要性を感じなかったが、やはりすえないとなると吸いたくなる。マンションの喫煙場所の前を通ると、なんともいえないいい香り。すでに吸わずに2週間たっているのに‥‥。
これは立派なニコチン中毒である。

退院数日後、リハビリ?を兼ねて近所の禁煙外来に行ってみる。保険適用ということで何とか仕事が始まる前に止めを刺しておきたいと思った。

禁煙で受診を申し込むとアンケートを書かされる。
“過去に禁煙したときにどうだったか”という質問形式が多いが、禁煙したことがないので答えようがなかった。
次に呼気中一酸化炭素濃度測定器で一酸化炭素の含有濃度を測定する。
肺活量測定と誤解し思いっきりすって、苦しくなるまで吐き続けた(これは心臓に負担である!?)が、別に普通に呼吸していればよかったのだそうだ。もう2週間吸っていないので値はグリーンである。
禁煙の動機(というよりうむを言わさずだが‥‥)と現在の病状を担当医師に告げる。
やはり市販で売られている禁煙補助薬(ニコチン製剤)は心臓に負荷を掛けるので使えないとのこと。これは説明を受けてよかった。
そこでニコチン受容体に直接作用し、メンタル的にタバコがいらなくなるという薬をもらい服用することにした。

服用初日は確かに吸いたいという衝動には駆られなかった。
これを3ヶ月続けるそうだ。

クリニックでもらった禁煙説明書の中に自分の好きな言葉が載っていた。
“禁煙は容易い。なぜなら私は100回以上もやっている”
そう、マークトウェインの余りにも有名な言葉である。

保険適用とのことで3ヶ月に掛かる費用は15,000円くらいだという。
1日一箱吸う人間であれば治療費は喫煙より遥かに安価である。
自分の場合は若干高くつきそうだ。

心臓病の療養とともに禁煙治療も始まった。これを機に少しはお金を浮かせて別の趣味に投下しないと割が合わない気もする。
マークトウェインの例の名言にはなりたくないものである。



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急性心筋梗塞!!その2

何故カテゴリーが自転車なのだ。
カテゴリーが思い当たらずとりあえずか。古墳とも歴史とも余り関係ない。
‥‥‥‥

その後、医師より経過を聞かされる。
程度としてはかなり重度だったという。この程度で助かったのは発症から処置までの早さだったようだ。江東区の利便さに救われたようなものか。まず感謝!。
とはいっても心筋梗塞である。詰まった先の心筋は壊死を起こしている。
カテーテルそのものは危険なものではないが、合併症のリスクを伴うとのことで家族の合意を取ったそうだ。
幸いこれらの懸念は今のところ大丈夫とのこと。
配線とチューブだらけの闘病生活数日。

順風ではなかったが、予定日を少し越えて無事退院のはこびとなった。
う〜ん娑婆の空気はうめぇ!
当分リハビリを兼ねて自宅療養である。

とりあえずタバコ禁止と水分制限の日々が始まる。
医師の比喩がよかった。
“今までの心臓が80psだとすると、今後は40psで生活することになる”‥‥云わんとしていることはよくわかる。でも今でも40psもあったら上がり坂をトップ9Tのまんまで100km以上楽勝で登れそうだ??。

まぁ、人間が出せる馬力はせいぜい0.何馬力の世界である。
もともといいエンジンではなかったが、四気筒のうち二気筒しか爆発しないようなものだろう。HEMエンジンはそれでも普通に走るし、“はやぶさ”だってちゃんと帰ってきたのだから、何とかなるだろう。
チャリもまた、ご近所ポタからやり直しである。

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急性心筋梗塞!!

朝、胸部の苦痛で目覚める。
しばし我慢するが、とても我慢できない。
これは肋間神経痛なんかじゃない!
すぐに救急車を呼ぶ。自分から救急車を呼ぶのは初めて、もちろん自分が当事者で運ばれるのも初めて。
窓からかすかに景色が見えるが、どこを走っているかわからない。
カミサンは流石に少し不安そうになった。しかし娘はあまり不安そうでもない。
親父はなにのた打ち回っているんだって顔。ばかやろう。こっちだってわからない!
死ぬなんて考えてられない。とにかくこの苦痛から逃れたい。

担ぎ込まれたのは家からそう遠くない救急病院。ERがあるのはこの辺じゃここだけだ。娘が幼いころはよく夜中にここにつれてきたっけ。

"急性心筋梗塞です。カテーテルによる形成術をする"

急性心筋梗塞!!
薬で少し楽になったので、何か聞きたかったが、大勢に囲まれてうむも言わさずオペ室に。
オペ室は冷凍庫のように寒い。

まず考えたのは、
これからどうなる‥‥仕事のこと、そして家族のこと。‥‥順序が逆?否!!この順序が正しい!
仕事のできない親父は家族にとっては粗大ごみ以上の不要物であり有害物ですらある。

次に何故?! どうしてこうなった?
本人としては仕事上のストレスを真っ先に上げたい!!!
‥‥でも直接誘引は先週100kmも走っちゃったからかなぁ
チャリンコもう乗れないかなぁ

局部麻酔だといわれながら手術の間は寝てしまっていた。
気がついたのはオペ室から集中治療室に運ばれる途中。
天井の四角い埋め込みの蛍光灯が来ては去る‥‥
これが丸いタンクステン灯ならベンケーシーの世界だ‥‥

相変わらず胸が鈍く締め付けられるように苦しいが、とりあえず我慢できる痛み
一応死なずに済んだようだ。今はそれしかわからない。

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会津紀行 会津編 その3

感慨深い大塚山古墳をあとにして、飯盛山若松市内に入る。目的は飯盛山と鶴ヶ城。但し観光ではない。個人的な探し物である。大塚山から、飯盛山まではすぐである。混んでいるかと思ったが、あっさりいけてあっさりと駐車場にも入れた。飯盛山はあまりにも有名で、何度も訪れているのでいまさらではあるが、鳥羽伏見から函館戦争まで続く戊辰の役には敗者側で後世立身した者も多い。歴史は勝者の記述であり、敗者のことはいいように卑下され歪曲ささざえ堂れるものだが、これら生存者の恥を忍んだ伝承のおかげで今日敗者の思いを知ることが出来るのである。遠く会津の血を引くものとしては複雑な心境というところか。
毎度だが白虎隊士の墓に拝礼して順路を進む。実は飯盛山で最も興味があるのは白虎隊士の墓でも自刃の地でも、さざえ堂でもない。
戸の口洞門である。灌漑水路として作られた洞門で、戸ノ口原の合戦に敗れた白虎隊士中二番隊生存者が戸ノ口原よりこ洞門の洞門を通って飯盛山に退却したとあり、以前はかなり長い隧道だと思っていたが、実際は旧滝沢本陣の裏山から入るわずか150mほどの隧道であった。出口はあまりにも有名だが、入り口は意外と知られていない。一度入り口を見たかったのだが、今回も時間の都合で断念。飯盛山に来る楽しみはまだ残されることになった。
次に鶴ヶ城に向かう。バイパスは観光客の車で大渋滞だが、此方は市内の裏路地を進む。若松は典型的城下町で市内には太い一直線道路がない。狭い道ゆえ一方通行と交差点が多い。これをうまく利用すると渋滞なく城まで短期間に動ける。KARANO号が薩長軍でなくてよかったものだ。因みに会津では薩長軍を官軍と呼んではいけない。会津にとっては会津軍こそ真の勤皇、“官軍”なのである。会津に心鶴ヶ城堀さくらふぶきを寄せる孝明帝を死に追い遣った薩長と討幕派公家は明治帝を押し立てて、頑強な会津藩を賊軍にして一気に葬り去ろうとした。何故会津が頑強に抵抗したのか?そりゃそうだ、会津にとっては宿敵長州と裏切った薩摩こそ禁中から締め出すべき君側の奸だと思っているのだから‥‥
さて、城内の駐車場への一本道は大渋滞。容易に引き入れてはくれない。しかしここからすでに満開の桜が出迎えてくれている。風が吹くと桜吹雪の嵐だ。この時期にこれだけの桜を見られるのはやはり珍しいとのことだ。鶴ヶ城天守
会津鶴ヶ城。正式には若松城なのだが、地元の人は愛着を持って鶴ヶ城と呼ぶ。
もとは蘆名氏の黒川城で、伊達領を経て蒲生氏郷のときに7重の天守と現在の縄張りが完成する。
その後、上杉氏・加藤氏を経て現在の五層の天守となり、保科松平23万石の居城として幕末を迎える。もちろん今の天守は復元されたものだ。また現在も改修と復元工事が進んでいて、足場を組まれてしまっている。白亜の城の全容が見れないのはちょっと残念だ。鶴ヶ城天守2
鶴ヶ城は会津戦争での、薩長軍の大砲の猛攻に耐えたが、明治7年に政府により取り壊された。
熊本城と並んで幕末から明治の近代装備の戦争に巻き込まれた数少ない城郭である。熊本城は侵攻軍を跳ね除け、鶴ヶ城は降伏開城した。この結果を持って両城の城郭としての優劣をつけることがあるがそいつは違うだろう!
旧式武装で攻める1万3千の薩摩軍と農民兵とはいえ最新装備と近代訓練を施された4千の政府篭城軍の攻防に対し、旧式武装で守る4千の会津軍に対して、7万の兵力と最新武装の薩長軍の攻防である。しかも援軍を期待できる熊本篭城軍と孤立無援の会津軍である。1ヶ月間持ちこたえたことのほうが賞賛に値する。しかし1ヶ月も戦場と化した町民農民にはたまったものではないだろう。会津士族が美化される影で一般民衆の苦痛と恨みの声があったのも確かだ。
さてさて、そんな想いを寄せながらゆっくり城を見たかったのだが、今日東京に帰るので長居も出来ない。目的のみやげ物はここにもない。聞いてみるとかなり以前に問屋が取り扱いをやめてしまったとのことで、会津で入手することは困難らしい。この時期珍しい桜吹雪をバックに天守を撮影。早々に退却する。退却も追撃を受けないようスピーディーに裏道を通る。
娘は親類のうちでゲームをして遊んでいる。まだ歴史の話や火山の話をともに語る歳でもない。そのうち子供が歴史を理解し興味を持つようになったらゆっくりと史跡めぐりをしたいものだ。
帰りも渋滞を避け、大いびきの母子を乗せて夜の高速をひた走る。

今回の走行 1,173km
使用燃料   114.42L
燃費 10.25km/1L

スタッドレスを履いて峠越えもして荷物満載で驚異的燃費である。リッター10km越えは計測した中では最高である。往復の渋滞もなく高速も低料金で、総じてリーズナブルなベストドライブだったといえる。


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会津紀行 会津編 その2

大塚山古墳看板2

大塚山古墳看板翌日、再度会津盆地に。今日は会津の中心都市、若松まで足を延ばす。板下から若松まで磐越道で300円だ。今までは1時間半はたっぷり掛かった所要時間は1時間強に短縮された。若松ICより裏道を抜けて大塚山古墳へ行く。
大塚山古墳は会津盆地に北から岬のように迫り出した丘陵地の先端にある。前方部を望む大塚山前方部頂上今は霊園の中にあり古墳の麓まで墓地となっている。実は数年前に来ているのだが、夏の盛りで樹木が生い茂り、スズメバチがうようよ飛び回っていたのでびびって立ち入れなかった。今回はリベンジである。

かつては全長90m、2段構築の前方後円墳とされていたが、最近の調査で3段構築で全長114mの大型古墳で前方部から陪塚テラスから後円部あることが判明した。案内板の全長が手修正されているのが面白い。ここははっきりと前方後円墳とわかり、後円部には石棺のあとも残されている。横には大きなテラス(おしゃれだねぇ‥‥??)があり、前方部の先には陪塚もあった。

会津には大きな古墳が数基ある。東北地方としては早くからヤマトとの関係が発生していたようだ。書紀には四道将軍の話があり、北陸から来た建沼河別命(たけぬなかわわけ)と、太平洋側から遠征した大彦命(おおびこ)が会津で出会ったと記されている。真偽のほどは不明だが、出土する遺品などから人の移動の流れと一致するのだという。

大塚山より磐梯山を望む大塚山古墳から、霊峰磐梯を望む。この古墳が出来た当時は、磐梯山は2,500m級の単独峰だったという。磐梯とは天に届く岩のはしごという意味らしい。大同元年(806年)の大噴火により山頂を吹き飛ばし、沼の平を中心とした4連峰になったという。猪苗代湖もそのときに現在の形になったと伝えられているが、残念ながら学術的にはほぼ否定されている。その後の明治における世界噴火史に残る惨劇は特に有名である。被害者や研究者の証言も多く残されている。以前、劇場でダンテスピークをみたときに真っ先に思ったことは、この映画・この特撮を日本で、磐梯山でやってほしかったということだった。
明治の小磐梯の噴火で裏磐梯は美しい景勝地に変わったが、多大な犠牲とともに、会津藩を支えた鉱山も数十メートルの土石流に呑まれてしまった。宝の山は遥か土砂の下に消えてしまったことになる。



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会津紀行 会津編 その1

奥会津の親類の家をベースに会津亀が森看板盆地も散策する。と言っても若松の名所旧跡・喜多方や裏磐梯は毎年のように来ていたのでいまさらである。
今回の目的はやっぱり古墳である。
会津坂下という町のはずれに福島県最大の古墳がある。
亀ヶ森古墳。墳丘長127m、名取の雷神山に次いで東北第2位。4世紀後半の比較的初期の築造とされ、葺石で覆われた3段構築の大型亀が森後円部亀ヶ森古墳1前方後円墳である。周壕のことは書かれていないが、周囲の地形から大きな周壕の存在が見て取れる。
後円部に現在の参道があり、頂上には更に一段高い墳丘と、お寺とお社が並列して建っていた。後円部頂上
“ここ、鍵穴古墳じゃないよ”とカミサン。カミサンは前方後円墳を“鍵穴”と呼ぶ。いまどきこんな形の鍵穴はもうない。年がばれてしまうぞ‥‥。
確かに一見円墳である。もう一度全景をよくみる。神社の裏手に側溝と道路を挟んで小高い墓地がある。道路にて寸断されているがここが前方部らしい。
あらためて周堤位置と思われる外周道路から全景を撮る。亀ヶ森古墳全景2

入らない。裏手に回り前方部から撮影亀ヶ森古墳前方部より。やっと全景が収まった。やはり大きい。
亀ヶ森古墳に隣接してやや小型の古墳がある。
鎮守森古墳という前方後方墳だ。墳丘長55m。亀ヶ森同様周壕のあとが見受けられる。墳丘は比較的保たれているが、後方とはっきり認識できない。この一帯は過去に大きな水害に見舞われているらしく。古墳も変形したのかもしれない。頂上に小さな社があった。
鎮守森古墳会津というと、幕末。ちょっとマニアになると中世から戦国にかけての見所が豊富だが、結構古代史上も見所があるものだ。


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会津紀行 奥会津編その4

とはいっても、只見川の魅力が全てダムのそこに水没してしまっているわけではない。エメラルド色の川には鉄道橋を含む無数の橋と美しい情景がある。
話が飛ぶが、親戚の子にちょっとDVDでも見に行きたR252より第六鉄橋を望むいと誘ったら案内してくれたのがTUTAYAである。その距離およそ60km!首都高以上にすっ飛ばしても1時間は掛かる。因みに一番近いナショナルチェーンのCVSはファミリーマート。こことておよそ50km。50分近く掛かる。ちょっとコンビ二とはいい難い。でも大型複合ホームセンターのコメリはもっと近くにあるぞ。ここなら時速70km(地元では普通の流れの速度です!)で飛ばせば40分で着ける。自宅から船橋のららぽへ行くより早い。寄岩橋より只見線第八鉄橋を望む本名ダムから
このちょっとした買物の間に車中から眺められる景色は格別である。ららぽへの買物では絶対に味わえない!
特に只見線の鉄道橋はよく写真集にも載るくらいで、鉄道マニアの羨望の的らしい。子供のころは今ほど道や橋が整備されてなく、近道として鉄道橋を徒歩で渡った。いつか娘にも試練させてやりたいものだ。

今年は例年になく桜が長いそうだ。只見川の中流域に柳津町がある。柳津虚空蔵尊で有名なところだ。桜が満開で綺麗だったのでちょっと立ち寄る。
柳津さくらまんかい観月橋と虚空蔵尊
福満虚空藏尊圓藏寺。日本三大虚空藏尊の一つと言われ。只見川の渓谷に向かって建てられた景観は、四季折々の美しさがある。積雪と紅葉の時期に訪れたことはあったが、桜満開に出くわしたのは多分何十年ぶりだろう。国道を橋も景観とよくマッチしている(今は改修中で残念!)。
今でこそ景観工学が確立している時代だが、おそらくそんな言葉もない時代にこのルートや橋々を設計した偉人たちはどうすればこの美しい山河の景色と調和できるか頭をひねったのだと信じたい。
雪と桜と情緒と温泉!仕事の関係でゆっくり出来なかったのが非常に惜しまれる。

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会津紀行 奥会津編その3

親類の家をベースに更に只見川を下る只見駅
只見駅。奥会津の交通の要衝であり、数少ない只見線の有人駅である。停車する列車は上下合わせて1日7本!7時台の上りを逃したら14時まで待つことになる。3分〜4分毎に来る山手線に乗るために走る都会人の姿は茶番にすら思えてくる。

駅舎から少し離れたところに懐か現役の転車台しい転車台がある。否!懐かしくはない。今も現役なのである。観光シーズンにSL C11の特別列車が若松−只見間を1日1往復走る。折り返し駅の只見でSLが方向転換するためだ。今が丁度シーズンなのだがすでに時間が過ぎておりSLを見ることは出来なかった。(というより列車そのものに出くわすこと自体がラッキーと言える状況なのだが‥‥)只見駅看板

駅の観光案内に水久保城址水久保城址と言う案内があった。伊達政宗に敵対した山内氏の居城とある。上杉に後詰めされた難攻不落の要害は最後まで伊達の侵攻を跳ね除ける堅城だったようだ。以前はこんな綺麗な看板ではなかった。大河ドラマの力である。

只見の町外れで大きな支流である伊南川と合流した只見川は山間を北東に流れる。山間の川は岩場・急流・広い河川敷・清流と変化に富んでいる。伊南川はその 典型だが、本流只見川はどこで見ても深いエメラルド色の深い淀みが多い。只見川には“瀬”がないのだ。
只見川は電源開発の川であり、ちょっと瀬になりそうだなと思うと、次のダムになってしまうのだ。

本名ダム上田ダム宮下ダム

親類の家で地図を借りて眺める。上流から「奥只見」「大鳥」「田子倉」「只見」「滝」「本名」「上田」「宮下」「柳津」「片門」と大川に合流し阿賀野川になるまでに10基のダムがあった。部分的な境界も含めたわずか6町村の間にである。
地元の古老(と言っても初老くらいからか)に聞くと、この川も昔は清流でいたるところで川遊びが出来たそうだ。どこぞの政党みたいに何時も「だむ」を“逆様”にみているわけではないが、やはり清流を失った川は少しさびしい。

 

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愛車紹介
1.PRESAGE U31
愛称KARANO号
  :いまや歴史遺産となりつつある3.5L/フルタイム四駆。最近は金欠でタコメーターしか見なくなった我が家の軌道空母。2002年モデル。

2.MR−4
  :GIANTのロングセラーフォールディングバイク。18年間コンパクトスポーツの頂点に君臨した名機も2017年モデルを最後に絶版となる。2010年モデル。

3.SOMA SAGA『嵯峨』
  :米国ソーマファブリケーションズのツーリングフレームに格安パーツを買いあさって組み付けたクロモリツーリングバイク。年式不明

4.ALPENCHALLENGE   AC02
  :レーサー志向の本格バイクを投入する『BMC』の珍しい26インチアルミバイク。ストックパーツを再編成して復活した我が家の最軽量クロスバイク。2010年モデル。  
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