KARANOがれーじ

KARANO 枯野 1.古事記に登場する仁徳天皇所有のハイスピードクルーザー。毎日灘波と淡路を往復し清水を宮に運んだ。 2.我が愛車のニックネーム。毎週我が家とスーパーを往復しPBの飲料水を運んでいる。 3.枯野さん(ハンドルネーム)。 鍵穴型古墳マニア。持病持ちポタサイクリスト。

理想郷へ

一宮ベースM7:00、一宮のベースコインパークを出発。
丁度丸4年前は不動堂をベースにしてMR-4で御宿往復だったので、今回はSAGAで勝浦往復にした。
日曜の朝なのに30台は停められるコインパーキングは貸し切り状態。まだシーズン前のためか。






太東崎灯台太東崎東崎はこれで自転車3度目になる。
とにかく今日は風が強烈。スマホ撮りで静止できない。
しかも北風。
‥‥往きはヨイヨイ帰りは地獄か。





自転車道消失三度断念度目の正直。夷隅川右岸から三軒屋川を渡り日在浦方面を目指す。
まあ当てにしてなかったけど、くるたびにひどくなる感じ。道は完全に消失。もう整備する気ないんだろうね。






ハマハマヒルガオヒルガオに少し癒される。








岩船地蔵尊道を避け、なるべく海岸沿いを走る。途中の岩礁の上にの岩船地蔵尊をお参りしていく。鍵はかかっていないので、開いて直接地蔵尊を拝む。賽銭箱自体がなかだし‥‥







月の沙漠再び御宿海岸回と同じルートで岩和田海岸に出る。ここで初めてロードバイク2人組を見かける。ここまでクロス・ミニを含めサイクリストを見ていない。めちゃ風を除けば絶好のツーリング日和なんだけど。
そして『月の沙漠』に到着。『月の沙漠』のレリーフかと思ったら、別の詩が刻まれていた。
聞いたことあるような、ないような‥‥



階段?宿を過ぎて部原海岸にでる途中の断崖に不思議な階段があった。
かつてここにはドライブインがあって、ドライブインの利用者が海岸に下りるための階段だったらしい。廃墟探索に出てきそうだが、柵は開いていて立派に利用者がいた。
注意書きに「利用したい場合は管理者に声をかける」と書いてあるが、辺りにらしい人はいないし、誰に声かけするのか‥‥?





素掘りトンネル原の集落から再び海岸沿いの道に入る。
この辺りは断崖と海の間の狭い地域に漁港と漁村がある。勝浦の街のすぐ裏側とは思えない、なかなか車でのドライブではあまり立ち入らないような静かなところだ。
狭い素掘りのトンネルなどもあり、ときたま出くわす急な上りを除けば、のんびりサイクリングには恰好である。





何度勝浦城趾を望む勝浦灯台か迷って、尾根沿いの道に出る。しばらく行くと『勝浦灯台』の看板。だが道から灯台は見えない。
看板の前の門から徒歩で少し上がると、見えてきたのは柵で閉じられた白亜の高塔。観光内覧はしていないようで立ち入りはできないが、説明書きに「犬吠埼・野島崎灯台と並んで県内を代表する灯台」と書かれている。その通り両灯台よりは若干小ぶりだが灯台そのものは予想外に立派である。両灯台と違い、全く観光スポットから外れているだけに、これも穴場である。


灯台八幡岬公園の横から勝浦城があった岬の突端が見える。灯台の前の尾根道を進むとそのまま岬の突端、八幡岬公園に出る。この公園がかつての勝浦城趾のようだ。真里谷氏にかかわりのある城なので遺構なども見たかったが、此度は捲土重来を期す。






勝浦海中展望塔勝浦海中公園市街を抜け、最終目的地『鵜原理想郷』に向かう.
海岸沿いの小さな集落をいくつか越えると、小さな入り江に『勝浦海中公園』が見えてくる。実はこの歳まで海中公園にある『勝浦海中展望塔』に入ったことがないので、せっかくだから寄り道していってみる。
960円はちょっと高かったが、Web割引で10%引きになる。前もって来ると決めていたら用意しておいたのだが‥‥。



塔の魚いるね海底へ中は思っていたより狭く、シーズン真っ盛りだと結構ぎゅうぎゅうかなという感じ。本日はのぞき窓は見放題だ。
思った以上に魚の種類と数が多いのには驚いた。
水族館と違うのは、ここにいるのはすべて野生?の魚であるということ。何より我々が魚を見ているというより「人間が魚に見られている」という環境であるということだ。



理想郷への門て、勝浦海中展望塔を後にして、本日の折り返し地点『鵜原理想郷』に向かう。『理想郷』ってなんだ?
50年以上前に親に連れられ鵜原の民家のような寮に泊まった。寂しい駅から素掘りのトンネルをいくつか越えた小さな漁港に近いところだった。駅からの往復に『理想郷』の名前があり子供心に「理想郷ってこういうところなんだ」と思った記憶がある。
理想郷は現実から遠く離れた場所。さしずめこのトンネルが現実とユートピアを隔てる境界か。




黄昏の丘展望2黄昏の丘展望ンネルを抜けて、徒歩で丘に登る。しばらく行くと『黄昏の丘』というところに出た。断崖絶壁に囲まれた小さな丘である。景色はとても良い。弁当を食べるには最高のロケーションだが、鳶が上空で人の弁当を狙っているのは江の島だけではないようだ。





ここ理想の現実で草わらに座り、持っていた菓子を食べる。
『理想郷』とはこういうところなのか?天気の良い見晴らしの良い丘に座ってローソンの『こんがりラスク・シュガー味』を食べることが俺の理想なのか‥‥
‥‥案外そうかもしれない‥‥





『鵜原理理想への扉想郷』はもともと別荘地の計画があったらしく、多くの文人や画家などが訪れていることから『理想郷』と呼ばれるようになったとある。
理想郷ハイキングコースは2km以上ある。理想に浸る時間は少ない。夕方には帰宅しなければならないし、現実問題としてゆっくり飯も食いたいし、お茶もしたい。理想郷は次のために取っておこう。理想に到達したらそれが次の現実となってしまうのだから。
ユートピアへの門、JR外房線鵜原駅。コスト削減には理想的なSuicaの簡易改札機がある。駅前にある自販機の設定価格は理想的ではなかった。


帰艦収納路は旧道を含むR128をひた走る。
全般的に狭く交通量が多いため、力走ロード派ではないクロスポタ派は歩道と車道を都合良く切り替えて、なるべく楽に恐怖感なく走る。R128は歩道の整備もいいとは言えない。いきなり隘路になったり、大きな段差も多い。車道も路肩は荒れている。MR−4の25Cスリックでは結構難儀したが、こういう所での42Cブロックは快適そのものである。
朝の強烈な北風もおさまり、ゆっくりと昼食タイム・お茶タイムをとって15:15にはベースに帰還した。
周囲には結構サーファーもいるのに、帰着時も利用車は我が車1台。もしかしてずっと貸切だったのか?



理想郷まで日走行:81km
観光・休憩含む総時間8時間15分
朝の強風は一時どうなるか心配したが、観光やお茶タイムを考えると、結構理想的なピッチだったかもしれない。
帰路、車載の自転車がずれてしまったので、締めなおす為、PAでラゲッジにもぐりこんだらいきなりこむら返しを食らった。漕いでる間は一回もなかったのに‥‥
ファイナルは理想的ではなかった。

ブラックスパイア

バッシュガードが復活した。
『ブCycloGod110ラックスパイアデュエルスラローム』
“BLACKSPIRE
” 何か心に突き刺さる響きである。
ブラックスパイアはカナダの老舗MTBパーツメーカーである。
そういえば7〜8年以上も前に『CycloGods』というサイクロン型の精悍なチェーンガードにインスパイアされた。
当時は価格も入手方法もわからなかったので断念。
ブラックスパイアという名前はそれ以来の衝撃である。



ドライブラインナローワイドロントダブルのままビックゴグ・27.5インチ化したSAGAであるが、先日U品ナローワイドリングを入手したことを期にシングル化した。リングを小径化したせいか、通勤中にスラックスに穴をあけてしまい、いまさらにスーツのツーキニストにはやはりチェーンガードは必需品だなと実感した。






Duel SlalomH/PCD110で170mm程度と希少なチェーンガードを探していて、偶然出会った懐かしい響き “BLACKSPIRE” 。
40Tサイズのガードは、CycloGodsとは違い見るからにごっつごつの戦艦装甲だ。チタン色のものもあるようで、写真の見た感はそちらのほうが好みだが、目の前のU品には選択の余地はない。
‥‥なによりも、“BLACKSPIRE”なのだから“黒”でなければいけない。
本来はチェーンデバイスとセットになっており、激しいDHなどでチェーンの脱落を防ぐと同時に、岩や固い樹木からリングを守るためのもので、本格的な走りのためのMTBパーツだ。
スラックスの汚れ・巻き込み防止のためにつけるものではない。オヤジのようなクロスポタリストにはまず不相応なアイテムである。何せチョイノリに使うチェーンガードの倍近い厚みである。

シマノロードのクランクとの組み合わせはあまりみてくれはよくない。
CycloGodsで合うサイズってないのかな。
検索したらメーカー直販もやっているようだ。
https://www.blackspire.com/
『CycloGods』は6,300円(カナダドルならもっとやすい?)。残念ながら44T1サイズのようだ。
日本のショップでは扱っていないようだが、中間仕入れで販売しても7〜8,000円はするだろう。これもそのうちフリマやオークション・リサイクル店に出てきたらGETしたい(でも半端なサイズだから使い道は難しい)。
ともあれ『ブラックスパイア』‥‥黒い突起物!、元結、黒い尖塔?、いい響きである。


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プロジェクトV

またレアなDVDを入手。
『ププロジェクトVロジェクトV』。困難なプロジェクトに挑み、成功させた人々のドキュメンタリードラマではない。無謀なプロジェクトを推し進めて、史上稀に見る大災害を引き起こした史実をもとにドラマ化されたイタリア映画である。
舞台となるのは1961年に完成したバイオントダム。1963年10月9日にダムの南面に位置する石灰岩の山塊、トク山が大規模な山体崩壊を起こしダム湖を埋め尽くした結果、貯水池の水が巨大な壁となって周囲や下流の集落を襲う。
タイトルの『V』はバイオントのVである。和的に言うと『バイオント計画』である。原題は『バイオントー不名誉のダム』‥‥直訳だな‥‥である。全然違う。



映画の中では世界一のダムという言葉が何回も出てくるバイオントダム。現物(今でも遺構としてのダムはある。)を見ていないからイメージがわかないが、竣工当時世界一の262mの堰堤から見降ろす真下は、東京タワーの特別展望台から見下ろす真下よりも高い。ダムは剃刀のように薄く、渓谷は槍のように細く深い。ダムの提体積や有効貯水量などで見ると、ほぼ同時期に竣工した日本の黒4ダムや奥只見ダムのほうがはるかに大きい。日本の地形ではこれだけ薄いダムを造るのは不可能なのだろう。
2,000名以上の死者を出す惨劇の地滑りの崩壊体積は24,000万m3人災としての土砂災害としては桁外れの規模だ

質素で長カットシーン8閑な山村に突然巨大ダム建設が始まり、平和だった村にダム推進派と反対派の対立が発生していく。水没する故郷を去っていく人々と故郷を失うことを断固拒否し留まる人々。
この時期は日本を代表する巨大ダムがいくつもつくられている時期でもある。黒部の太陽のように、戦後の復興と経済発展が最優先とされ、かなりの無謀な工事が決行された時代背景は日本もイタリアも同様だったようだ。そしてダムを取り巻く人々の喜怒哀楽は、そのころの日本の各地でも起こっていたことでもある。


カットシーン1民の不安や地質学者の警告も無視して強引に工事を進める電力会社。史実では建設を推進した幹部が裁判にかけられ有罪の判決を受けるのだが、映画の中でもその社会的背景や、社内での推進派・慎重派などの葛藤が描かれている。危険性が想定できるのにもかかわらず、しかも自ら不安を覚えながらも見ぬふりをする。一旦動き出した巨大な利権は止められないまま最悪のシナリオに向かって加速度的に突き進んでいく。巨大地滑発生の過程と完全にオーバーラップしている。



カットシーン3人公の測量技師オルモは、ダムにより豊かな村になることを望む推進派だが、反対派の新聞記者と出会うことにより、少しづつダムへの疑念を深めていく。現場での友人の事故死、村人との対立。その中でやがて恋に落ち、結婚し妻は身ごもる。
映画には2曲の挿入歌が流れる。
オルモが求婚するシーンに流れる『Sterlla』。全体的に重苦しいドラマの中で、この曲が流れるシーンは数少ない癒される部分だが、日本語吹き替え版では大幅にカットされていた。


運命カットシーン5の日を迎えるダム。エンディングテーマでもある、『Proteggimi』のコーラス部分が劇的に挿入されている。
惨劇の不安が犇々と迫る中、オルモが妻の強い要望と記者の忠告により新居ロンガローネからの退避を決意したその日に悲劇は起こる。
22時39分、支えを失った24,000万m3の岩盤が貯水池に突進し、押し出された湖水はダム湖上流の村々を濁流となって襲い、さらにダムを超えて70mの水壁となりダム下のロンガローネの街を根こそぎ洗い尽くす。
すべてが失われた荒涼とした土石流の痕に泣き崩れるオルモ。
そして妻と生まれてくるべき子供を失ったオルモの老いた今日の回想シーンに戻る。彼はこの悲劇を招いた人間を絶対許さないと言う。しかし彼の本当の怒りは、運命の日に妻との約束を違えて一人だけ生き残ってしまった自分自身に向けられたものだったのだろう。

vajontーカット版は111分。日本版プロジェクトVは99分。ストーリーの展開からカットされたシーンがかなり重要な伏線部分とわかる。イタリア語がわからないことがちょっと残念。
2001年封切りの映画は、CGが飛躍的に向上した時期の作品だが、ミニチュアセットや超速度撮影などのオーソドックスな手法で50年前の現実の惨劇を再現している。CGもこの当時としてはかなり粗削りな部分が目立つが、この映画の真の見どころは、特撮やクライマックスのスペクタクルよりも、史実である惨劇に至るまでの人々の織りなす人間ドラマにこそある。

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富士四湖−河口湖と古剗の海周遊−下つ巻

精進湖から本栖湖に向かう。
富士王朝都跡?ミステリアン古戦場?元前2,500〜3,000年ころ、大室山一帯の噴火で流れ出た溶岩は、古剗の海に岬のように突き出ていた城山の尾根に達し、古剗の海を本栖湖と剗の海に分断した。
三湖の水位は常に同様に上下するので地下で繋がっているといわれている。溶岩地質は透水層なので、ろ過装置のように全体で流すイメージだったが、同じ溶岩流でも河口湖や山中湖、日光の中禅寺湖などは湖水を形成している。これだけ大きな湖の水位がほぼ同時に水位の変化に同調するのは、水道管の本管のような地下水脈が何本も通っているのかもしれない。



富士王朝都跡?ミステリアン古戦場?2栖湖から望む富士山。
おお、ここから望む景色はかつて「半径3kmの土地と女性との結婚権」を巡って、ミステリアンと地球防衛軍が死闘を繰り広げた戦場跡?である。
あの樹海の中央にミステリアンドームがあり全高340mのマーカライトファープ2機が攻撃を仕掛けるところである。
現代なら地球防衛軍より先に、「女性の権利侵害」といって世の女性がミステリアンに先制攻撃を仕掛けているだろう。
氷穴の氷は夏でも溶けない。熱に弱いミステリアンは樹海の地下の冷水脈を使っていたのか。だが後に同じ場所に基地を構える、高温でなければ生きられないキラークは、富士火山帯の地熱を活用している。
ちょっとご都合良すぎじゃないの。

閑話赤池水なし休題。現実に戻る。
本栖湖を周回してR139を再び湖北ビューライン分岐点まで戻る。
赤池交差点を過ぎると国道は『赤池大橋』と『瀬々波橋』で樹海の上を抜けていく。ここでかつての国道跡を発見。R139は交通量も多く怖いのでこちらを回ってみる。
旧道から『瀬々波橋』を見ると、下に樹木のない窪地が見える。ここが富士六湖として有名な赤池である。数年に一度、異常な長雨の時などに出現するという。今年は雪が多かったからもしかして水があるかなぁ、などと覗いてみたが、湖水らしいものはなかった。もし湖沼があれば五湖回ってきましたといえるのだが‥‥。


廃道れにしてもこの道はひどい。まぁ廃道になっているから未整備は当然だが、本道のすぐ脇で廃道ツアーができるのも面白い。







西湖北岸から望む富士不思議な光景北ビューラインの分岐点はかつての剗の海の湖上である。
海抜965m。西湖の最深部が72mなので、その差140m。西湖と精進湖が剗の海の埋まらずに残ったわずかな部分と表現されているので、流れ出た溶岩の堆積層が半端な量でない事だけはわかる。
西湖から富士山を望む。手前が流れ込んだ溶岩流。その後ろに今朝上り損ねた紅葉台が見える。



西河口湖北岸から望む富士文化洞トンネルから望む河口湖湖から河口湖に抜ける、文化洞トンネル出口から下方に広がる河口湖を望む。結構海抜差がある。きつかったわけだ。
河口湖から望む富士山。また余談だが、白石亮一・江津子兄妹、亮一の婚約者広子と江津子の恋人渥美譲治が来ていた祭りは富士河口湖町のようだ。白石亮一はどこに移り住んだのか。地盤の陥没で消失した集落のモデルはどこだったのか、気にはなる。



暑いにかく町営駐車場に戻る。こんなにいいロケーションで無料なのはありがたい。観光含めて6時間のポタ。朝からのイベントはまだ続いていた。
朝は寒かったが、この時間では流石にパーカーを着ていられないくらい暑くなった。






代々木ドトールPA山中湖路は山中湖を経由して道志みちで帰る。山中湖から望む富士山を1ショット。これで名目上は富士五湖周遊になった。
最後のお茶タイムは代々木PAのドトールコーヒー。もう家まで近いのでいつも素通りであったが、一度立ち寄りたかったところだった。交通量が少なく本線への合流も楽勝であった。




富士四湖回来訪から10年以上たっている富士五湖。車では何気に素通りしてしまう風景に足を止めることができるのも自転車の楽しみ。
本日の走行 70km
風景に古代やSFへの思いを寄せながら走るのもまた楽しい‥‥注意力散漫で危ない奴だ‥‥

リハビリ中のすべり症があとから堪えてきてしまったが。


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富士四湖−河口湖と古剗の海周遊−上つ巻

ゴールデンウィーク。
町営駐車場士河口湖町に来た。連休初日とは思えず、NO渋滞で河口湖大橋を望む市営の無料駐車場についたのはAM5:30。トレイルランのイベントをやっていて駐車場は早朝から大賑わいであった。
今日のミッションは河口・西・精進・本栖の富士4湖の周遊ポタである。同時に『古剗の海』の観光もしたい。






『古古せの海剗の海(こせのうみ)
』、力士の四股名ではない。
今から5000年ほど前に存在した消失湖沼である。度重なる富士火山の噴火により中央部分が溶岩流で埋められ本栖湖・精進湖・西湖になったことはあまりにも有名。この三湖を周遊するということは、ほぼかつての古剗の海を周回することになる。





河口湖大橋西湖1M6:00前に出発。河口湖南岸を走る。トレイルランのイベントはかなり大規模なようでずっとランナーが続いていた。
河口湖から西湖へ。ほとんどノーマークだったトンネルまでの登坂に閉口。ここを通ったのは20年以上前だから覚えてもいない。予想外にばてた。
トンネルを抜けるとすぐに西湖に出る。G・Wということもあるのか、早朝にもかかわらず湖畔は釣り人やキャンパーで賑わっている。



西竜宮洞穴2竜宮洞穴1湖から紅葉台に向かう。途中に『竜宮洞穴』という案内板があった。道は未舗装だが比較的フラットなので行ってみる。
少し行くとまた竜宮洞穴の看板があったが道はない。樹海の中を歩くようだ。折れて倒れたままの看板が「忘れ去らられる場所」という樹海のイメージを醸し出す。今日は洞穴散策が目的ではないし、自転車を残して失踪などとネタ?になっても嫌なので引き返す。




R1紅葉台?39に出て一旦富士吉田方面に1.5km程もどると紅葉台入口の看板がある。ここが本日一番の難関となる場所。1.4km、平均斜度11度の登坂である。上には駐車場やレストハウスがあるようだし、押し歩きで登ってもいいと思っていたが、行って見てびっくり。未舗装!しかも未整備状態。4駆でもなければ腹をする。この先頑張って1/3ほど登ったが、下りのほうがよほど危険。かといって麓に戻って自転車置いて登り直しも嫌なので、今回は断念。恐る恐る引き返す。





期待精進湖風穴していた絶景を堪能してのお茶タイムは捲土重来を期すことにして、次のポイント『精進湖』に向かう。紅葉台で朝茶できなかったので、R139道の駅風穴で水分補給。別に心に風穴が空いたわけではない。
精進湖のレストハウスで朝食。8時を回ったばかりだが、夜明け前から動いていたのですでに昼食気分である。
小さいイメージの精進湖だが、自転車目線でゆっくり見ていると結構大きく見える。とはいえ、やはり周回コースは五湖の中で最も短い。


桜吹雪日予想の出ていた土曜日。でもさぶい。レストハウスではストーブがたかれていた。もしかしたらオヤジ客一人のためにつけてくれたのかもしれないが。
時折、桜吹雪が舞ってくるサイクリング。この辺の山桜は今が散際である。






精進湖から望む富士進湖北岸からの富士山。ここは1200年前までは西湖と繋がった『剗の海』という大きな湖だったと文献にも残っている。また、この剗の海と本栖湖の周辺にはかつて『富士王朝』といわれる古代文明があり、高度な金属加工や繊細かつ高強度な土器を持った古代権力が存在したという。貞観の大噴火以前のここからの風景は山麓に広がる樹海はなく、広大な湖の湖面とその湖畔に立ち並ぶ民家、そして豊かな田畑だったのかもしれない。
以前はカルト的超古代史ものと思っていたが、三内丸山によって昭和古代人の縄文認識が180度否定された現在では、逆に信憑性が上がってきたといえなくもない。文献に言う「多くの民家や人々が溶岩に飲み込まれた」というのは、あるいは富士王朝の末裔と高度な技術の継承の消滅の瞬間だったのかもしれない。

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連奏サイタ

常盤の桜並木日は夜桜を見て散々落ち込んでいたのだが、翌日好天になり暖かくなると一転して「サクラいいねぇ。花見がてらポタすっか」ということになる。
この病的な躁鬱状態の精神起伏の歪みを、断層直下型地震のように適度に放出しているから、プレート型地震のように精神状態の壊滅的破壊にならないのかもしれない。
毎週末午前中はすべり症のリハビリだが、このところ症状が緩和してきたので、午後久々のポタに出かける。
都内の古墳は結構見に出回っているので、近場の中世古城跡を回ってみる。
まず迎えてくれたのは常盤の桜並木。ごく普通の裏通りが300mの桜のトンネルになる。何故この一角だけ桜並木なのかわわからないが、子供の楽隊なんかもでて地元では結構メジャーな桜スポットである。

上野山クジラ公園を通過。やはりメッカだねぇ。まだ少し早い気がする。明日がピークだろうか。







都道諏訪神社富士見坂452号で上野公園を突っ切り、谷中の尾根を縦走すると道灌山切通しの手前に富士見坂、諏訪神社がある。
諏訪神社の本殿はが建てられた小山はかつて古墳だったともいわれている。ここは本日の第一ポイントである『道灌山城』の郭の一部ではないかといわれている場所だ。




ひぐらし坂の坂という心臓破りの坂を下り(下りでよかったぁ)道灌山通りを渡り左に少し行くと『ひぐらし坂』という上り坂がある。この坂の上が名門開成高校である。
道灌山城はこの辺りが中心になっているといわれているが、どこにも『道灌山城趾』の看板はない。
ここは上野台地から始まり赤羽台地に続く武蔵野台地最東端部の最も隘路となる部分である。
この辺りは都の遺跡指定で、平安時代から近世にかけての柵状遺構や溝状遺構があるらしいが、城郭であるかははっきりしていないようだ。
この地の領主だった関道閑の館跡だといわれているが、太田道灌が豊島氏の支城平塚城を攻略する付城として築き、豊島氏の滅亡とともにその使命を終えて廃城となったという説も魅力的である。幻の城址といえそうだ。

平塚神社二ポイントは、ひぐらし坂から距離にして2.5km程の平塚城址。ここは今平塚神社となっている。
豊島泰経の弟泰明の居城とされてきたが、最近はだいぶ説が変わってきたいるようだ。有名な江古田原の合戦の時は、既に平塚城は放棄されていたと見る向きが出てきたという。確かに江古田原で道灌軍を挟撃するには平塚城は離れすぎている。泰明は練馬城から出撃したと見る方が自然とも思える。
とすると、道灌山城の存在、道灌の平塚城攻略のための付城説も怪しくなってしまう。ちょっとロマンチックではなくなってしまうのは残念。



地震の科学館常設展示地震の科学館塚神社を含むこの辺りはお決まりのポタコースだが、途中にある地震の科学館には入ったことはないので行ってみる。
ここでは地震の発生メカニズムから、日本や世界の大地震、地震後の室内の状況や、地震への備えなどがわかりやすく展示されている。写真撮影も可とのこと。地震の体験施設もあるが今回は時間が合わず断念。




カフェ・ヴァーチュ ハンバーグカレー々に飛鳥山博物館のカフェ・バーチュに行ってみる。
飛鳥山はすごい人盛り。自転車を止める場所もない。
桜は満開。でもそれを遥かに凌ぐのが『人の満開』、人見見物である。博物館も混雑。これじゃ今回はだめかなと思ったが、行ってみたら待たずに席がとれた。
ハンバーグカレーを注文。カフェも混んではいたが、外の雑踏からは解放されゆっくり珈琲が飲めた。




急峻な崖志村城北側鳥山を後にして、第3のポイント志村城に向かう。
志村坂上から志村城山通りに入り、坂を下ると『志村城山公園』がある。ここの急峻な崖がこの城の北面の堅固な防御となる。
いたるところに看板がある。子供たちに「怪我をすると危険だから崖に立ち入るな」と注意している。もしここで戦があったのなら、兵士たちはまさに命をかけてこの崖を登ったのだろう。



崖の上は志村城空堀熊野神社がある。神社の横の藪の中を抜けると空堀跡が見て取れる。その先はマンションになっているが、そこに本丸があったようだ。
築城は豊島氏の支族の志村氏。志村氏・千葉氏・後北条氏に受け継がれた後、小田原の役で廃城になったとある。






最後東京大仏さま乗蓮寺のポイント赤塚城に向かうが、赤塚城址の近くに東京大仏があるので寄ってみる。
東京大仏は乗蓮寺というお寺さんにある。青銅座像の大仏様は鎌ヶ谷大仏さまでカルチャーショックを受けて以来、奈良・鎌倉以外には『大きい大仏はない』と思っていたのでびっくり。思っていたよりはるかにデカい。
ウィキペディアによると青銅の鋳造大仏としては、奈良・鎌倉に次いで日本第3位だというからたまげだ。牛久大仏も行ったけど、あれは鋳造ではないから番外だな。

赤塚城本丸跡赤塚城北斜面て、最後のポイント『赤塚城址』に来た。つり池の横に駐輪する。公園北側のつり池はかつての濠の後だといわれている。
池の横の階段を上ると『本丸跡』に出る。本丸跡はかなり広く、今は花見客でにぎわっている。広場のやや北側に本丸跡の碑がある。





赤塚城赤塚城空堀後は千葉氏の築城とされる。千葉氏は太田道灌に仕え、豊島氏とも戦火を交えている。
その後千葉氏は後北条氏に仕えるが、小田原の役で領地没収となり赤塚城も廃城になる。
本丸の横には空堀と土塁後のような地形がうかがえる。
東京大仏のある辺りが二の丸址で、その先の植物園や観音堂も含む広大な城郭だったらしい。


都市化の波で数多の古い遺構が消失してしまったが、23区内にもまだ古城跡としてその姿を偲ぶ遺構が多く残されているのはうれしい。




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連奏サクラ

サクラ2た、桜の時期がやってきた。
年を追うごとにこの時期がなんとなく憂鬱になる。







サクラ3故だか自分でもわからない。
桜は好きである。
桜の花が咲き始めるということは、同時に花が散るということの始まりでもある。






サクラ4の散際はとても美しい。しかし散ってしまった桜はむなしい。何かこれから老いていく自分とオーバーラップさせてしまうのか。まだ老いたという歳ではないが、何かあるたびに「もうそういう年齢ですから」と言われることが常になってしまったからか。
しかし散った桜の後には、確実に若葉の芽が現れている。
新緑の季節。それは1年のうちで最も好きで、心が高揚する季節でもある。




心がサクラ1メローになるのは桜の花のごとく瞬間である。
いずれにせよ春はもう始まっている。
毎年春ものの服がなく、この時期着るものに困るだけだったりする。








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「腰椎変性すべり症」

受験生なら絶望的な病名である。
腰痛度はまた『腰』か!
まあ、次から次へとどこか故障してくるものである。我が家の車と同じく3か月に1回はどこかが故障する。今のところ修理代は車より親父のほうが安い。

30分も荷物を持って歩くと腰と腿がしびれてくる。しかも片方だけ。毎回痛み止めをのんでいたら胃が持たないが、我慢できない辛さではないし、おとなしくしていると痺れはすぐ引く。

行きつけの整形に行き、レントゲンをとってもらう。
「腰椎変性すべり症」ですね。
‥‥先日の雪で滑ったからか?。車なら四駆でスタッドレスだからあの程度では滑らない‥‥否!症状はもっと前からあった。

腰椎変性すべり症腰椎変性すべり症」
すべり症には分離と変性の2種類があるらしいが、変性すべり症は加齢によりおこり、特に女性に多いらしい。
また『加齢』か!!
俺はまだそんなに年取っていないぞ。
「痛みが我慢できないようなら痛み止めを出しますが、普段は痛みもないようなら薬はいらないでしょう」

自転車での長距離はちょっと怖いな。最近長距離は乗っていない。1時間くらいはへいきである。
車も3時間ぶっ続け運転でも平気だったのだが。先日愛車のスタビライザーのすべり症で1週間入院させたときの代車はバケットシートで30分乗ったら腰が痛くなった。

リハビリいうことで、しばらくリハビリに通う羽目になった。といっても口ほど嫌ではない。電気は結構気持ちがいい。自分で買って自宅でやる気もしないので、こういう機会でないと低周波治療も受けられない。
とはいえ少し歩くとしびれるようでは外勤もできない。
何より自転車に乗れなくなっては困るので、まあ適度に治ってもらいたいものだ。

また一つ長く付き合う友人ができてしまったようだ。


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一般参賀度々

「都内にいて今まで一般参賀に行ったことはないのは不敬罪である。」といって一般参賀に初めていってから三度。
今年はフルの年度としては最後の年であり、眞子内親王のご結婚などもあり、また一般参賀に出向くことにした。「行きたくなったから行く」というのはもっと不敬罪!?である気もするのだが、身近な存在である皇室があるということに誇りと幸福感を持つひとときがあってもいいだろう。

人ひとヒト観光だねて、前回まで自転車で来ていたが、なかなか駐輪に気を使うので今回はメトロで来た。開門前に来るのは初めて。だけどすでに皇居までは長い列。8時半を回ったところだがまあ見渡す限り並んだツアーバス。1台40人として見渡せる範囲でも1000人分である。この時間になると『駅伝スタート』見学の群衆が合流してくるから列の後ろが見えないほどになる。
オヤジの周囲はほとんどバスツアー客。ガイドさんからいろいろな情報取れるし、一人で来ても周囲の人に「ちょっとトイレで抜けますね」というとちゃんと場所をあけておいてくれる。日本はいい国である。

ボディーチェック凸凹前中のお目見えは3回。入城前にボディーチェックが入るが、要領がわかっていれば空港の保安検査とあまり変わらない。
今回は桜田門方面の仮設ゲートから進む。二重橋前からの列に合流するところ。子供のころは皇居前のビルの高さはみな同じくらいでとても整然としていたが、今はずいぶん無秩序に凸凹になった。夜景はきれいだが‥‥




宮殿東庭伏見櫓城の時間となり、快晴の伏見櫓の前を先頭集団が入城していく。
まあ確かにすごい人ではあるが、宮殿東庭は4500坪、2万人が収容できるという。
今回のターゲットは2回目お出ましに絞っていたから、1回目は端のほうでお言葉のみ謹んで拝聴する。1回目のお出ましで下城する人の流れに乗ってバルコニー付近まで進む。なかなかよいロケーションにつけた。2回目のおでましを待つ。


お出まし1お出まし4回目のお出ましは11:00からである。2回目までは皇太子同妃両殿下始めお出ましになれる成年の皇族の方々がすべてお出ましになられる。







お言葉年のお言葉を拝聴する。日本人は陛下のお言葉をごく自然に受けいれてしまう(もちろんそのお人柄によるところもあるが)が、ローマ法王と並び世界で最も格式が高く、現代では唯一無二皇帝の称号認められている天皇陛下のお言葉は、日本人のみならず全世界に重みをなすお言葉なのである。






桜田巽櫓とパレスホテル富士見櫓りは桔梗門を経て下城する。
真下から見る富士見櫓。現存する櫓の一つであるが、これだけでも小藩の天守閣以上の大きさがある。
桜田巽櫓とパレスホテルを見ながら宮城を後にする。





来年は今上天皇として最後の参賀となるであろうから、もう少し写真写りが反射しないロケーションにしよう。

大手町まで歩く。広大な皇居も周囲の高層ビル群に囲まれてしまった感がある。しかし忘れてはいけない、東京は今も世界で唯一の『帝都』なのである。



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クリスマス

クリスマスイブに自転車のホイールトラブルと自家用車のスタビライザートラブルという涙が出るようなプレゼントをもらったので、ささやかなお礼を兼ねてクリスマスケーキを買った。

最近クリスマスハロウィンがクリスマスを上回るような盛り上がりを見せているが、昭和人としてはやはりクリスマスである。ノリノリパーティー見たいなハロウィン(本来は違うはずだが‥‥)と違い、クリスマスはささやかに祝うそして静かに神に祈るというイメージである。
まあ、日本人だから本来は12月25日の代わりに4月8日、10月31日の代わりに12月8日にイベントやってもいいとも思うのだが、日本人はアミニズムが根本だから、何でもありなのである。よく言えばすべての宗教に寛容なのである。無頓着なのではない、たぶん‥‥。



ロールケーキもあれ今回はちょっと変わったケーキである。
そして神様に、車の修理代がこれ以上嵩まないようにお祈りする。






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クロスライド新調

 以前より振れとCNC加工面の荒れが気になっていたクロスライドを、行き付けショップに持ち込み見てもらった。異音とシューの片減りの原因はホイールの振れではなく、CNC加工面そのものが摩耗して波状になっているということだった。
2009年に購入し、今は娘が毎日通学と塾通いに使っている『アレックスリムズ・R390』や、2010年の購入でおそらく我が家で最も距離を乗っている『Aクラス・フォレックス24』は、今だブレも目立った摩耗もない。現在ジテ通メイン使用とは言え、それらより後に購入した強度と耐久性が売りのマビックさんが「何故?」という疑問は残る。
クロスライド1クロスライド2またまショップに在庫が1組残っているというので交換してもらうことにした。当時は海外通販で送料入れても2万円しない価格で手に入ったホイールだが、正規品はそうはいかない。
とはいえ現在入手できる26インチリムブレーキホイールは安い鉄下駄しかないので、絶滅危惧種であるクロスライドUBは貴重である(ショップに在庫していること自体、イエス様が起こした奇跡に近い気もする‥‥)。





XM1172月24日、クリスマスイブの日。新しいホイールが装着された。同時にこの度派手なデカールの復活でもある。このデカールは何かチープっぽくて好きではない。XM117のデザインならシンプルでよいのだが、それでもこのところはレアな存在なのでしばらくそのままにしておこう。
外したホイールは、その他使用済みパーツ数点とともにリサイクルショップに『ドナドナ』されて行き、クリスマスイブの夜の食卓を彩る食材へと変わった。


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グラベルで行こう 下つ巻


さて、重46Tリングたいホイール40Tコグと車体をカバー?するわけではないがもう一捻り。最近MTBではほぼ定着したといえるビッグコグ。
10Sコンポ用に出回っている後付け用コグをCS−M771にインストールする。スプロケ変更に用意したのはシマノ対応の10速用40TコグとシマノU品の16Tコグ。
もともとMTBのフロントシングル化のパーツであるが、フロントWのままでセッティングしてみる。
キャパシティの関係からフロントギアは50Tから46Tに変更。シマノ10Sではこの歯数が見当たらず、FSAのU品にした。どおせオヤジの非力では、50Tリングは必要ないものだ。


40TアルミコグCS−M771説明は17Tコグを抜くだけになっているが、バランスが悪いので、CS−M771の15Tと17Tを外してU品の16Tコグを入れる。アルミ製40Tコグを装着したハブに、9速のCS−M771を嵌めていく。あまり不自然に目立つのも嫌なので、カラーはシルバーにしたがやはりこのデカさは目立つ。
コグがこんなに軽いアルミで曲がったり折れたりしないのかと不安になる。一定の場所に段差があるのが、チェーンの脱落防止用かと思っていたが、実際嵌めてみてここが36Tコグとの支点になっていることがわかった。MTBで最もトルクをかけるシーンに使うものだからオヤジのチョイノリ程度で強度を心配する必要はないのだろう。

40T装着地球防衛組織っとも不安だったのはディレーラー。RD773はシャドウタイプである。
「人類の最高頭脳を結集してつくられたシャドウのメカニック」が初めて『謎の円盤40T』を迎撃する。トータルキャパはクリアしているが、最大ギア指定が36Tとなっているのでブーリー接触が危惧されたが、実際は何とかクリアできた。ワイヤーガイドとスプロケの隙間はわずかしかない。ラフなシフトチェンジをするとチェーンがディレーラーに干渉してしまう。テンションボルトの調整で対処する。ノーマルタイプなら気を使わなくてもいいかも。
フロントが4T小さくなり、リアが4T大きくなるのでリンク数は相殺となる。



フェン仕様後SAGA 700Cダー+ツーリングキャリアこそないが、ちょっぴり本場のテイストを醸し出す雰囲気になった嵯峨号。
ローギアの1漕ぎで進む距離は、コンパクト10速化したMR−4が“2.05m”、26インチ、リア34TのAC−02が“1.99m”、そして40T化したSAGAが“1.81m”と1番軽いギアとなった。
コグを換えるということは、文字通り「たくさんこぐ」ということなのだ。
ブロックタイヤなので過度な期待はできないが110PSIから70PSIになったことが、お尻への『おもてなし』になることを期待する。


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グラベルで行こう 上つ巻

お蔵入りなりかけたBMCにブロックタイヤを履かせたら、我が家で一番乗りやすいバイクになった。
サイクルモードでもすっかり幅を利かせてきたグラベルロード。現在28C−622を履く『SOMA−SAGA』も本場アメリカではブロック+ドロップ的カスタマイズが多い。
そこでもう1台買えないオヤジとしては、我が家のSAGAをケツイタの解消を兼ねて、見て呉グラベルロード化にチャレンジする。

元々SPINFORCE リアSPINFORCE フロント26インチ仕様のSAGAは、700/28C以上のタイヤは装着できない上に、ディスク装着ができないカンチ台座仕様である。
そもそもグラベル化の動機自体、トレンチやラフをあまり気にせず、多少なりと未舗装路を楽しみたいという他に、太目のタイヤのほうが、お尻にやさしく長距離で辛くないということを実感したためである。
700C+ディスクに拘らず、27.5インチなら十分可能だ。しかし27.5はMTBサイズ主流なのでホイールは原則ディスク仕様である。



多少GRAVIER太めのブロックタイヤを装着できるリムブレーキ対応ホイールを探して見つけたジャイアントの『SPINFORCE XR 28h』というホイールセット。27.5インチ、OLD:135mmでVブレーキ仕様とおあつらいだが、同社のエントリークロス『グラビエ』のリペアホイールなので、市販のショップや通販にはない。
リペアパーツとしてGストアで取り寄せる。(サイクルモードで見付けたルイガノLGS−X7.0のホイールにもぐっと心移りしたが‥‥。http://livedoor.blogcms.jp/blog/zg40kome/article/edit?id=2151151


取り寄せ不明ハブ不明ハブた『SPINFORCE XR 28h』。エントリーグレードのクロスバイクのホイールだけに、気になる重量は前後実測で2100g。5万円台バイクのホイールとしては悪くはない。とはいえクロスライドの1700g、TNI−LA22の1674gと比べると持っただけでズシリとくる。見た目から鉄下駄である。
ハブには刻印がない。回転は鈍い。必ずしも空転時間が長ければいいハブとは言わないけど、7年間ろくな手入れなしで乗り続けたMR−4ですら空転時間で、リアが2.2倍、フロントは8.9倍の差がある。同じジャイアントのバイクのパーツかと疑ってしまう。
LA22より高かったんだからせめてアリビオぐらいのものは着いていてほしかったが‥‥。まぁ乗ってみなけりゃわからない。

がざでろタイヤかざでろタイヤ2取り直してタイヤを履かせよう。
タイヤはブロックパターンとしては少し細めの『SOMA KAZADERO 650B☓42』。ツーリングタイヤベースのKAZADEROはインチ換算で1.65となる。
パターンはパナレーサーのロードランナー(26☓1.5)に酷似している。それもそのはずでパナレーサーがOEMしている日本製だ。中央部のブロックが連続しているので、舗装路では抵抗が少なく乗り心地がよい。
SOMAのフレームにSOMAのタイヤなら、相性は文句ないのだろう。スキンサイドのイメージだが、趣向を変えてレアなオールブラックをチョイスする。スキンサイドは好きだが汚れが目立つ。


ホイRIDEA-FLV CNC700C&650Bカザデロタイヤールにタイヤをセット。外径は700✕28Cが直径678mm。27.5✕1.65では668mm。その差は直径で10mmとほぼ同じ。
REDIAのブレーキはシューホールの範囲が広く、26インチから700Cの間で自由に設定できるので、シュー位置と引き加減の調整のみである(仮止状態)。


カザデTNI−LA22前後トレッドが逆タイヤは前後で取り付けの向きが逆になる。素人観では重くなったり、ぶれたりしそうに思うが、MTBタイヤではよくあることで、トラクションが利いて逆に安定がよくなるらしい。ロードでとくに乗りにくくなることもないらしいようだ。特にトラクションを必要にするほどOFFを乗るわけではないから、様子を見てリアの同方向付けも試してみたい。
外したTNI−LA22/32h手組ホイールも捨てがたい存在となったので、スプロケはそのままで気分による再エントリーに備える。




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嵯峨号秋ポタ

久々の空き土曜日。
見事に晴れ上がったいい天気。ブラックフライデーの当てもないので、グラベルタイヤの試走行も兼ねて、嵯峨号でポタにでる。
皇居的地は鹿浜の『見晴らし茶屋』。最近名前が変わったらしい。
荒川CR往復はつまらないので、往路は都内を回っていく。
宮城の周りを回る。パットインナーも使わず、マタ痛・ケツ痛効果を試す。歴代で唯一ケツ痛に耐えて160kmを走破した最強最柔のサドル、サギサカの『超ソフトスポーツ用サドル』をセット。





憲政記念館前庭から国会議事堂一つない、素晴らしい青空に映える国会議事堂と色づいた銀杏並木。この空のような志を持った人は、残念ながらあの中には入れない。
議事堂の向かって右側にある憲政記念館の前庭からの景色。日本水準原点のあるところで結構高台だ。





前庭井伊掃部頭邸跡から内堀通りに出たところに『井伊掃部頭邸跡』という案内碑があった。ここは虎退治で有名な加藤清正が館を構えたところで、加藤家改易の後は譜代の井伊家の上屋敷となったとある。井伊直弼もここに住んでいたようで、目と鼻の先である桜田門外で非業の死を遂げている。
ここに残留思念があるかはわからないが、屋敷の真下を都心環状に貫かれては安らぐ間もないだろう。





市ヶボスフリー!谷に出て柳町交差点方面に向かう。この辺の裏をうろつくのは30年ぶりくらいだ。
こんなビルいつできた?。ここはDNPだ。
TS−7を買ったころ、シマノの11Tのボスフリーにプレミヤが付き、あおりでDNPのボスフリーも入手困難になっていた。仕方なくカプレオ仕様のホイールセットを購入したことが、今の自転車人生につながっている。あの時11TのDNPボスフリーが安価で入手で来ていれば、その後の自転車人生は全く違ったものになっていたやもしれぬ。良くも悪しくも自転車人生を変えたDNP‥‥!。違うだろ!この✕✕!!



最近の都電戸川橋から大塚を抜けて王子へ。最近は都電もレトロである。今から10年後は車もみんな『シトロエン2CV』見たいになっていればいいのに。







音無橋改修中づいた音無渓谷を撮ろうと音無橋へ。橋の上から写真が撮れない。補強工事のため、音無橋は足場とシートで囲われてしまっていた。







あだち菜パスタカルボナーラ122の新荒川大橋を渡り、荒川左岸を見晴らし茶屋へ。看板が『キッチンとれたて』になっていた。都市農園で栽培した野菜をベースにしたメニューは変わらない。
あだち菜パスタのカルボナーラを注文。






河口から−1km?中土手行止りりは、そのまま荒川左岸を南下。突端で折り返す予定が、工事のため葛西橋より先は通行止めとなっていた。工事現場横の仮設休憩所でお茶タイム。
葛西橋から右岸へ渡り護岸道路の突端へ行くのはいつものルート。





サガシソウ日の走行 54.5km
インナーのシーム部が擦れるのは『髀肉之嘆』だからしょうがない。ほかの痛みはほとんどないからこれなら長時間ライドに期待感がもてる。
いつもの半分の距離で結構つかれたのは、体力低下のためか、他の2台なら漕がなくても止まらない微傾斜面で止まってしまうのはあるいはタイヤのせいか、ホイールのせいか。
他の2台より2kg近く重たいので、この差が気にはなる。
未舗装路や段差に気を使う必要がないのは、ブロックタイヤの快感である。


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『関東三十六不動霊場巡礼』ファイル紅葉詣

5月から始めた『関東三十六不動霊場巡礼』もラスト2不動尊となった。
土砂降りの雨の祝日、午後から晴れる予報に期待し出かける。
残る2寺は1番札所『雨降山大山寺』と2番札所『大雄山最乗寺』。まさに今どきが旬の紅葉のスポットである。
最乗寺境内1降りとはいえ直前まで降っていた雨が上がった東名大井松田を下りて、まさに一本道の終点が2番札所『大雄山最乗寺』。直前までの雨のためかことのほかすいている。







瑠璃光明亭紅葉最乗寺瑠璃門門に続く石段の紅葉と光明亭の紅葉。
本来ならこの時期は大層混むのだろう。







最乗寺不動堂不動堂は御真殿からの下り階段の中腹にある。不動堂の横から発する『洗心之滝』は雨水も合わせて見事に流れ落ちる。







最乗寺境内朱印帳の差し替えに白雲閣の総受付に向かう。
「見よ、天候もあのように回復してきたではないか!」
なんだっけ。
これもお不動様のお導きか。雨で出遅れたため、もうお昼に近い。昼食を挟んで次の、そして最後の巡礼、1番札所『雨降山大山寺』に向かう。




大山ケーブルカー山麓駅から山寺にはケーブルカーで行くが、一番近い駐車場から山麓のケーブル駅まで362段の階段を上る。
ビルにすると12〜13階くらいか。普段4階までも上れない親父には途方もない試練である。しかしこれで音を上げていては「100マイル走破」などとても覚束ない。
土産屋には目もくれず、でもやはり音を上げてケーブル駅まで来ると、紅葉が労ってくれた。





大山寺女坂紅葉2紅葉1間の行き違いポイントにある大山寺駅で下りて大山寺に行く途中も、随所に紅葉が目を楽しませてくれる。





正面階段上から1正面階段下からして、息をのむのが正面石段の紅葉。








お参りを済ませて、御朱印帳の最後の差し替えを無事終わる。帰大山ケーブルカー2大山ケーブルカーりは15時を回っているのに登山者が続々登ってくる。この数日は夜間の紅葉ライトアップをやっているとのこと。夜までいられないのが残念。





カミさんの付き合いで、12年に一度の関東三十六不動霊場巡礼が終わってやれやれ。
でもなんか忘れた。
しまった‥‥!。
最後の札所、否、紅葉に高揚して1番札所である大山寺の写真を撮るのを忘れた!!35寺の不動堂はすべて撮ったのに!
不動明王は、またこの親父に362段の試練をお与えなさるか。
「のうまくさんまんだ ばさらだん かん」
「のうまくさんまんだ ばさらだん かん」
「のうまくさんまんだ ばさらだん かん」


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サイクルモード2017




サイクルモード2017 1行列1月3日、ビッグサイトなら楽なのになーという毎年の怠惰感を持ってサイクルモードにいく。恒例行事だからね。
いつもは9時頃に行って1時間ほど待つのだが、どおせ長い行列なら開いた後で行けばすぐ入れると思い、今回は10時過ぎに行った。
10時を回っているのにこの長い列。もっと遅れてもよかった。
ひところはメジャーな参加企業が減ってきて、行くのやめよぅと思った時期があったが、毎年何か見たいものを決めてくるようにした。
今回のキーワードはブロック系。といってもMTBにはさして興味ない。

シクロ系1シクロ系2シクロ系3シクロ系4シクロ系5





シクロクロス。ひと昔前まではホントにレースやマニア向けジャンルだったが、現在は包括して゛グラベル”というジャンルになり、エントリーモデルも結構出ている。ドロハンクロスも過去のものになった。このごつごつした太いタイヤが、細いツルツルタイヤを侵食していくのは何とも気持ちがいい。
シクロ系タイヤラベル系タイヤがごつごつして乗りにくいかというとそうでもない。我が家で一番長距離につらくないのは゛38C”のブロックタイヤである。
サイクリングで一番つらいのは何といってもお尻の痛みである。太く空気圧の低いタイヤはその分クッション性も高い。だがMTB系のように太すぎてもロードでの軽快さが失ってしまう。38C〜45Cくらいがちょうどいい。風呂より少し熱めだ?。





サドル適合尻の痛みということで、サドルコーナーも行ってみる。セラロイヤル。コンフォートのイメージが強いメーカーだ。座骨の形態を見てもらったら゛3”というのがあっているとのこと。かなり太い。ママチャリ系みたいだ。







LGS-X7.0IMG_2101年決めている今回のピカイチはこれ。
ルイガノLGS-X7.0。27.5インチ×1.5タイヤを履く。しかもリムブレーキ仕様だ。同様にリムブレーキ仕様の27.5インチホイールのGIANTグラビエは28h。これは32hなのでホイールは別物のようだ(当然か)。
27.5×1.5タイヤは38−584に当たる。28−622を履くSAGAに履き替えても余裕となる。どちらも補修部品として注文できるとのこと。また悪だくみの種が‥‥。
試乗してみる。ALTUSはやはりぎくしゃくしている。フロントはシングルだが、MTBのトレンドではなさそうだ。リアが9速32Tまでしかない。非力な親父にはこれは超マッチョである。その代り乗り心地はいい。460mmサイズでリアを40Tにして、ドロハン、ブロックタイヤを履かせたらすごく楽しいかも‥‥!

トライスポーツ組み換え40Tの、気になる40Tを見に行く。
トライスポーツで扱っている後付け40T。シマノ10速の中間コグ2つを抜いて40Tと16Tコグを入れる。フロント2段のまま組めるかスタッフに尋ねたら、微妙な回答だった。そりゃ性がないよね。自己責任だもの。でもやってみたい。




もう一つ気になるのが電チャリ。とにかく楽に走りたい親父にとっては、上りや向かい風に電チャリのアシストがあったらサイコーである。でも電チャリ買うお金があったらグラベルロードが欲しいしね。何より糞くらえのプライドなんかじゃなく、『充電』という行為を最も忌嫌う親父としては、どうしても電チャリに手が出せない。
電チャリ電チャリ2電チャリ3電チャリ4YPJ−ER





今回もヤマハYPJ−Rに試乗。普段小径に乗っているので、この電動アシストの出だしが楽なのか、いまいちわからないが、ハイギアのまま坂にかかっても踏ん張らずに済むとき、初めてアシストの楽さがわかった。これでNO充電で丸1日走れりゃ最高なのに‥‥。

BBベースBBベース2回の変わり種。
JR東日本(千葉支社)が出展していた。B・B・BASE(房総バイシクルべース)てナニ?。外見は中央総武線にカッティングを入れている風だが、中身は専用自転車キャリアが付いたシートで構成された車両だ。小湊鉄道が『サイクルトレイン』をやっているからコラボするのかな。これ自転車積んでてラッシュになったら困るから、全席指定かな。運賃いくらかかるのか?。
6ホイールが幅を利かせて、輪行が諸々の制約で押されているための、巻き返しの秘策か?。我が家はMR−4があるから、折りたたんで総武快速のグリーン車で行く方が安くて楽な気もするが‥‥

そのサンエス2サンエス3サンエス1ほかはお決まりの東京サンエスブース。今回はまた変わったクランクが出ていた。何より狭さにびっくり。3〜4年前はこの4倍くらいのスペースはとっていた。やはり出展には膨大な費用がかかるのか、それとも商品開発にお金使いすぎちゃったのか?


RID回転輪寶RIDEAEAのブースも見ていく。以前は国内では並行輸入くらいでしか入手できず、結構レアだったが、エイリンが正規輸入もとになってからは普通のスポーツバイクショップでも売られるようになった。
一般受けする商品ではないから、相変わらずレア感はあるが。
フルクラムのブース。このホイールだけで我が家の自転車3台分である。みんなが回していくのを見ると、お寺さんにある『回転輪宝』みたいである。ゆっくり一回転させて合掌すると願いが叶う?。


フーサイクルモード2017 2飲食ブースドコーナーの出店リストでケバブがないのは知っていたが、何かの間違いで今年も出ていないかなぁと淡い期待を持ってきたが、やはりケバブはなかった。去年食い損ねたことをいまさらながらに後悔。今回は早めに退散する。
来年出店(出展?)してほしいのは大手メーカーでもなく新鋭ショップでもなく、フードコーナーの『ケバブ屋』だったりして‥‥



PS
帰路は幕張本郷経由にしたら、JRの幕張車両基地に先ほどのB・B・BASE車両が停まっていた。来年1月始動とのことだが、準備は着々と進んでいるようである。

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MR−4 10速化 後記

2017 MR−4ポーツバイクとしては驚くべきロングセラーであったMR−4も、遂に2017年モデルを持って生産中止となった。
走行性能としては、18年間フォールディングバイクの頂点に君臨し続けるとともに、その強烈な個性がが異彩を放ち続けてきた。
唯一ライバルといえる存在は、エアニマルカメレオンくらいだが、国内では高価格と限定販路という面で勝負にならなかった。(24インチフォールディングではターンもあるが、ライバルとは呼べない)。
先駆者のグランテック24はトランジット26に連綿とそのコンセプトを継承しているが、MR−4は一時期MR−20というミニベロを投入したものの、これは印象こそ似ているが、コンセプトとしてはMR−4と異なり後継と呼べるものではなかった。
その後も後継機種がないため、今回の生産中止が絶版ということになる。「在りし日の‥‥」と呼ばれるようになってしまうのはとても残念である。
補修用パーツは5年間保有されるとのことだが、既にないSEグレードに標準装備されていた『FOREX24』は今後もおそらく入手は困難だろう。

MR−4そういう意味では、変わり種好きのおやじにとっては、よりもってこいのバイクになったともいえる。
いよいよ我が家のMR−4もPNU−31プレサージュに続き歴史遺産登録か??。


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MR−4 10速化

北浦大橋我が家でも6ホールスタイル化による、輪行減少で影が薄くなったMR−4。2014年にMTBパーツを使って9速にシフトしたが、スプロケの大型化がチェーンのステー干渉を招いたため8速に戻す。今回はロードコンポによる10速化のチャレンジをする。






使オペツール用するオペツールは、BB9000用アダプター以外は自転車工具としては標準ツールで済む。このほかに、+−ドライバー、チェーン脱着の際に便利なチェーンフッカー、スプロケを外すロックリングリムーバーなどの保有工具を使う。
交換するパーツは
クランクセット・Fディレイラー・シフトレバー・ボトムブラケット(BB)・
リアディレイラー・スプロケット・チェーン・シフトワイヤーとなる。
予算や型式条件等の理由で、すべてストック品とセコ購入である。



まずバーコン取付SL-R400& SL-BS79はシフターを交換する。インデックスタイプのSL−R400(2x8S)⇒SL−BS79(2x10S)に。この位置ではWレバーのほうが操作性がよいので、本来はSL−7900辺りがよいのだが、バーコンつけたいなという年甲斐もない欲求のため、中古とはいえこれが一番高くついた。ハンドルの内側という最も目立たないところにレバーマウントで取り付けているので目を引くわけではないが。
使用工具6角レンチ+マイナスドライバー



FC5502クランクFC5502&FC5650にクランクとフロントディレーラーの交換。
FC−5502(53−39T/165弌砲ら FC−5650(50−34T/165弌砲妨魎后ミニなのにコンパクトなのかと言われそうだが、スプロケをロード用にしたので、現状のメガレンジ34Tをカバーするにはコンパクトが必要になる。これでもマックスローはクロスバイクよりハイギアである。
『おたくリンク』のFC−5502の取り外しにはΕ灰奪織譽好ランクリムーバーという工具を、.皀鵐ーと組み合わせて使う。


ホロBB9000BBシェルーテックIIになるためBBも換える。BBを外すのにはぅ侫奪レンチを使う。昔ながらのBBがめっぽう減ったので、これも専用ツール化しつつある。
BB取付の前に、汚れていたBBシェルはお掃除しておこう。
ホローテック2用に取り付けるのは、究極の『BB−9000』である。新品のBB−5700でも1,500円くらいだが、少し予算オーバーの2,000円也。とはいえ内心結構期待したのだが、1,000円しない中古のBB−5700と比べても特段軽い印象はない。
千円ちょっとで入手した赤いトーケンTK877EXが一番よく回った。


BB-9000取付BB締付あ、これでギア1段分軽くなる体感を期待しようとは、虫の良すぎる話である。
ツールはゥ曠蹇璽謄奪II用 BBアダプター取付け工具を使う。
通常のBBとはわん径が異なるため、専用のアダプター(イ亮脂のリング)が必要となる。






FD取付位置調整FD-R440&FD-5700ディレイラーをFD−5700(2x10S)に交換。取り外すFD−R440(2x8S)は唯一購入時からの仕様であり、フラットバー用である。フラット用で特に今まで問題なかったが‥‥
1stチェーンリングが53Tから50Tになるため、FDの台座を6〜7mmほど下げる。ピッチも変わり、お気に入りのドライブラインバッシュガードは残念ながら使えなくなる。





CS-4600取付してリアディレイラーとスプロケの交換となる。
スプロケを外すには当然ホイールを外す必要がある。
スプロケは▲好廛蹈渦鵑掘弊擬位松里浪燭童世Δ鵑世蹐Α)とロックリングリムーバーをモンキーに咬ませて抑え込むように回して外す。
現在では入手が難しいお気に入りホイール『FOREX−24』。A−CLASS(ベンツではない)の中ではBクラスのホイールだが、今でもほとんどブレがでてない。



RD-4600/10s&RD-M592CS-4600&CS-HG41S−HG41 11−34T/8S⇒CS−4600  12−28T/10S。メガレンジのHG41に比べると、ロード用のCS−4600はかなりクロスレシオ化した。
リアディレイラーはMTB系のRD−m592−SGSからRD−4600−SSに変更。これも9速化の名残をそのまま使っていた。スプロケがクロス化することによりSGSからSSタイプのディレイラーに変更できたこと、8速・9速、MTB・ロードの混成パーツ構成をほぼ10速ロード系に統一できたので全体的にオリジナルRに近いスタイルになった。


調整調整2ーンは本来ピンをД船А璽鵐ッターで挿入して固定する。
横着なおやじは─聞げる)・(挟む)のプライヤーとミッシングリンクを使って済ませてしまう。
ディレーラー調整だけは、何度やっても上達しない。いつも混成パーツということもあるだろうが、チェーンのリンク数と張りの加減で失敗していたことが多かったので、そこは時間をかけて調整する。長期間使ったミッシングリンクは基本的には再利用NGである。
インデックスの10速になると、わずかのずれでギア抜けやチェーン脱落になってしまうので、ここで手抜きをしてはいけない。
畳1MR−4畳のファクトリーでロードコンポの10速化が完了。
ひと回り試運転に出る。シフトのタッチは結構硬めであるが、MTBタイプの混成ワイドレシオよりはクイックだが滑らかなチェンジ感になった。
見た目がすっきりしたが、目立つ部分はグレードを統一したかった。カブトガニは好きではないから5700系で統一したかったところだが、後日気が向いたらということでまずは重畳。


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奥多摩再び 下つ巻

川野ロープウェイ三頭山口駅跡を後にして、再びダム堰堤に戻る。ダムが見えない堰堤の下
ダム堰堤の真下を見ると、発電所に続く道がある。発電所は当然立ち入り禁止だろうが、近くまで行けば、ダムを直下から見上げられると思い、国道から下に下りる道を下る。
ところが坂を下りきったところでゲートに遮られる。あと100mほどで道が曲がっており、その先からは、見上げるようなダムの全容が見えるはずである。


道所橋?青梅古道念だが反転。だが道は川伝いにつながっている。これはダムができる前の青梅街道で、今は『むかし道』と呼ばれているらしい
道は舗装路だが、かなり荒れている
しばらく進むと吊橋発見。道所橋という橋だ。





惣岳渓谷道所橋2ても東京都とは思えない風情である。この辺りの深い谷は惣岳渓谷というそうだ。自転車で走れる自体超掘り出しコースである。







『む縁結びのお地蔵さま馬頭観音かし道には』ところどころに小さな道しるべがある。
『馬頭観音立像』や『縁結び地蔵』など、昔よりこの周辺の住民に信仰されていたもののようだ。







しば惣岳渓谷しだくら橋らく行くと第二の吊り橋があった。こちらはさらに長い橋で定員3名。しだくら橋と書かれている。下は淵となっている。
この辺のむかし道は沿道に民家もあり生活道路になっている。軽車両が時折往来する。





不動堂惣岳不動尊らに少し進むと山の中腹に不動堂があった。『惣岳不動尊』。明治10年に成田不動尊を勧請・祭祀したのが始まりとある。
ここは関東36不動霊場出はなさそうだが、ここで不動尊を見つけたのも、お不動さまのお導きかも知れない。
のうまくさんまんだ・ばざらだん・かん‥‥




未舗装路になった水根貨物線廃線跡の先、むかし道の生活道路部分は国道に合流する。むかし道のすぐ上を現在の青梅街道、その遥か上の水根貨物船のコンクリート橋が見える。
この先旧道は未舗装になる。距離はわずかとわかっているのでそのまま進む。グラベルも対応するタイヤなので気にせず走れる。





道は今でも生きているよう国道の上上りだ。国道と交差するところがあるが、てっきり国道の橋の下を抜けるものと思っていたら、国道トンネルの上だった。
再び道が舗装になると、再び遥か上に水根貨物船の鉄橋が見えた。
残念ながら、あそこを車両が走ることはもうないだろう。
これも歴史遺産といえる。




map1どなく国道と合流。青梅までささやかな幸せに酔う。(上りも結構あったけど)

本日の走行 74.1km


map2




map3




帰りにへそまんじゅうへそまんじゅうをお土産に購入した。




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奥多摩再び 上つ巻

台風青梅街道を奥多摩へ奥多摩大橋5号がもたらす前線によって不安定な天気が続く土曜日。
先週の続き、再び奥多摩にリトライ。先週は思わね天のシャワーを浴びたため、此度は用意周到、雨具一式を備えての出陣である。
今回はベースを東青梅まで前進させた。今回も仕事の都合で輪行でなくカートランポである。
先週来ているので今回は青梅街道を上りに使う。



白丸ダム発点東青梅から、奥多摩駅入り口までは21.3km、平均斜度0.7度。頑張らない走りを心がければ余裕のあるる行程だ。せっかくだからトンネルを抜けずに横の旧道を走る。白丸トンネルの旧道にある『白丸ダム』。発電用ダムだが、管理運営しているのは『東京都交通局』。まさか都電や都営地下鉄の電気をここで賄っているわけではあるまい?。






近代的消防署週は日原だったので、今週は奥多摩湖に向かう。
奥多摩駅は今回素通りで進むと市街の外れに、およそ付近の景観に合わない近代的建物。これは消防署だな。前回ここを通ったのは2014年。いつできたんだ?
奥多摩は通常の消防・救急より山岳・水難事故や捜索などのほうが圧倒的に多いだろうから、ここの隊員さんたちは国際救助隊並みにいろんなことをしなけらばならないのだろう。




素掘のまま梅街道は国道になってからかなり整備が進んだが、今でも素掘りにコンクリートを吹きかけた、昔の地方道のようなトンネルが残っている。
自転車で走っていると少し怖い(安全上です!)ところもあるが、ちょっとスリリングで近郊サイクリングとは違う雰囲気を味わえる。





副ダム川の日原街道入口交差点から、小河内ダムサイトまでは5.9km、標高差196m、平均斜度3.3度である。3年前に来た時は奥多摩駅からダムサイトまでタクシーで行った。
ビルの4階まで駆け上がれた当時と3階で必ず小休止する現在、では体力的にもかなりの差があるはずだが、軟弱に徹していたら、近辺では感動するコースがなくなってしまっている。副ダムが見える地点に到達。最後の約600mが斜度が5度強と最もきつい。




水根廃線ガード跡根貨物線終着駅『水根駅』手前のガード。以前も触れたが、もし水根貨物線の旅客線化が実現していたら、ホリデー快速の終着駅はここになっていたかもしれない。







自転車ゆりーと像小河内ダム本堤多摩湖畔の『水と緑のふれあい館』に到着。起工から76年、完成から丸60年になる小河内ダムの堰堤が、今なおその巨大な威容を保ち続けている。
ふれあい館前にあるオブジェ。『自転車ゆりーと像』。『ゆりーと』とは2013年の第68回国体・東京大会のマスコット。いわゆる『ゆるキャラ』である。八王子〜奥多摩湖畔までのロードレース開催を記念してつくられたようだ。



ドラム缶橋渡れない峰谷橋回はさらに奥多摩湖の奥に進む。
奥多摩湖に架かる橋で一番下にある峰谷橋を渡る。
湖の中央に突き出した小河内神社の峰に続く尾根をトンネルで抜けると、『ドラム缶橋』がある。橋の上で記念撮影するために立ち寄るが、あれ、両端がなくなっている。
残念ながら水量不足により通行止めとなっていた。今は樹脂のフロートになりちょっと風情がなくなってしまったが、やはり昔ながらのドラム缶橋と呼んだ方が愛着がある。

さて川野ロープウェイ川野駅付近の支柱川野トンネル、今回の奥多摩湖のポイントは『もう一つの廃線跡』を見ること。
かつては奥多摩湖の両岸を結ぶ、東京都で唯一の観光用ロープウエイが存在した。『川野ロープウェイ』といい、川野駅と対岸の三頭山口駅を、2基のゴンドラで結んでいた。営業期間は短く、経営不振で運休となり、その後運営会社が自然消滅。現在は所有者不明となっている。
川野トンネルの手前を左に曲がると当時の支柱とケーブルがそのまま残されている。
トンネルを出て右側から川野駅に上る道があるが、入口のところにある売店の女将曰く、私有地なので立ち入り禁止とのこと。行くまでの道が私道ということか?。まあ廃線マニアでも心霊マニアでもないから警告を無視してまで見に行く気もない。教えていただいたお礼をして引き返し、最終目的地、ロープウェイの対岸駅『三頭山口駅』に向かう。
『三三頭山口支柱深山橋と三頭橋頭山口駅』は奥多摩周遊道路の旧料金所の上にある。奥多摩周遊道路へはロープウエイのすぐ上流の深山橋と三頭橋を渡る。観光道路としての奥多摩周遊道路(当時は奥多摩有料道路)ができたことにより、経営不振になっとことは皮肉である。
旧料金所に隣接する川野駐車場に右岸側の支柱がある。





川野ロープウェイ三頭山口駅川野ロープウェイ三頭山口駅入口車橋から50mほど歩いたところにある石段を登ると、すぐ廃墟と化した駅舎が見えてくる。階段の先に見えるのは怖いものではなく、本物の人間である。心霊スポットとしてかなり有名で、アクセスもいいことから見物人が始終来ているようだ。





川野ロープウェイ三頭山口駅2三頭山口駅の破損はひどく、まさに廃墟マニア・心霊マニアの恰好の獲物である。
先にライダーのあんちゃん3人が潜入している。人がいるせいか、霊感オンチなのか、怖さや何かを感じるということはない。どちらかというと周囲の木々の陰から、ディロフォザウルスやブラキュラプトルでも出てきそうな雰囲気だ。
そしてオヤジの真の恐怖は全く別のところにある。石段の切れ目まで、ガラス片の飛び散った泥化した急斜面を、ほとんどグリップしないビンディングシューズで下りること。無事に下りられてほっとしたが、転んで怪我でもしたら本当に霊魂の仕業にされてしまうところだ。




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日原納涼‥‥

梅雨が明け、猛暑日とゲリラ異常豪雨の続く毎日。
涼を求めに今回は山に行く。
スカイタワー今日は隅田川花火の日日は、ベースキャンプとなる拝島駅までを車とした。
両国橋は歩道にネットが張られている。今日は隅田川花火大会の日だ。帰りに足止めを食らう可能性もある。
新青梅に入り西東京市の象徴??であるスカイタワー西東京を抜けて拝島に向かう。





車を友田水管橋羽村取水堰拝島の事業所におかせてもらい起点として出発。奥多摩街道で羽村取水堰を通過し、多摩川に掛かる友田水管橋を渡る。このルートは何度か通っているが、上流に向けて走るのは初めて。






櫛かんざし美術館ラフティング山街道を経由して多摩川右岸の奥多摩街道を通り、古里で青梅街道に合流する。
途中には『吉川英治記念館(夏季休館中)』や『櫛かんざし美術館』などがあったり、眼下の多摩川にはラフティングエリアなどがあったりする。





友田プチ山岳ツアー?御岳口管橋から、途中の御岳山口の鳥居まで13.2km。地形により下りもあるが、ほぼ緩やかな上りである。平均勾配0.8度。ならしたローディさんなら何でもない道だが、地下鉄の階段も上れない親父としては、体力温存のためママチャリおばちゃんの買い物ペースでゆっくり進む。
しかし朝市の限定特価品目当てに行くときのママチャリおばちゃんはロードレーサーより速いけど‥‥。
天候は曇りで、気温が比較的低いのはありがたいが、目指す奥多摩方面は「降っています」といわんばかりの厚く低い雲。降ってもにわか雨という予報を信じて進行。
奥多摩町に入ると山並みは深くなる、やはりただ下るだけと違い徐々に上っていく感慨はある。まぁ、ぺースが遅い分よそ見する余裕はあるし、その都度停まれば休憩にもなる。

奥多摩駅多摩駅に到着。今まではここが起点だったが、今回は中継地である。ここで飲料補給。
周囲にごみ箱がないので店内で飲料を買い飲みきったぺットボトルを引き取ってもらう。サイクリストは文字通り、飲食後のごみを処分しないと、新たな食料も飲料も補給できない。
店主曰く、店頭にごみ箱を置くとマナーのない観光客がごみをすべてまとめて捨てていってしまい、分別処理の負荷がかかりすぎるためだという。状況をイメージするに難くないが、現地調達・現地廃棄が原則のツーリングには頭の痛い話でもある。
せめてマナーは守ってもらいたいものである。


巨大な工場多摩駅から日原方面に進むと、やや勾配のきつい上り坂が1.8kmほど続く。平均斜度3.1度。居酒屋のカシスオレンジ程度だ。酒が全然苦手な親父でも何とか2〜3杯はいける。
奥多摩駅を過ぎるとすぐに街の上の中腹に、何かジブリのアニメに出てくるような巨大な構築物群が見える。調べてみると『奥多摩工業株式会社氷川工場』。『跡』ではなく、現役稼働施設である。
鍾乳洞があるくらいだから、奥多摩には石灰岩層が広く分布しているのだろう。日原方面には何十年も来ていないから忘れてしまっていた。



3.1度を飲み切る(もとい、登り切る)と、そ何の橋吊り橋こから斜度0.9度の平坦路がしばらく続く。左手に見えてきた吊り橋のところで小休止。
つり橋から先に道が続いているが、上の集落までつながっているようだ。谷は結構深く、ビルの3〜4階の高さはありそうだ。
つり橋から上流側のかなり高い部分に鉄橋が見えた。




トロッコ橋た廃線跡かと思ったが、何と現役の石灰輸送軌道であった。
免許取ったころ日原に来たときは、採掘場の中を通って細い道を通った記憶がある。2回目に来た時はきれいなトンネルになっていた。あの採掘場は今も現役で、採掘された石灰岩はこの軌道で先ほどのジブリの工場に運ばれて行くようだ。
車で何回か来ていながら発見できなかった(見つけていても関心がなかったか‥‥)ものが再発見できるのも自転車の醍醐味である。




日原トンネル日原渓谷ロッコ橋を過ぎると道は再び上り坂になる。
吊り橋あたりから懸念していた雨が降り出した。林の中ではあまりひどくなかったが、山腹に出ると結構降ってる。しかも坂は先ほどよりきつく、トンネル手前では遂にローマックスとなってしまった。
1.1kmの日原トンネルは結構きつい上がり坂である。トンネルなので斜度もわからず、曲がっていて出口もわからないまま永遠と同じ角度を上り続ける感じである。
但し今回は、苦しんだ分、帰路では同等の幸せを保証されているようなものなので、モチベーションは上がる。撮影で止まる以外の挫折は全くなかった。
日原の集落につくと再び平坦路になる。トロッコ鉄橋から日原集落まで4.5km。平均斜度4.7度。ビール並だ。下戸は1杯でダメになる。

燕岩?籠岩?入口乳洞を見ているうちに雨が収まるのを期待して見学申し込みをする。
鍾乳洞入口から望める1枚岩(籠岩?・燕岩?)の巨壁が圧巻である。







大ホール1狭い通路入る。1枚薄いパーカーを持っていたが、全身スブ濡れの体に冷気が容赦なく襲い掛かる。納涼どころか熱でそう!
日原鍾乳洞は何度か来ているし、ネット等で紹介もされているので割愛するが、前回まではこんな明るいLEDライトアップなんてなかったよ。自分で強力なライトをもちこんで見えないところを照らしてみたもんだ。




案内板はり新洞iphoneになって今までのカメラより画質がきれいになったので、結構いい写真がとれるようになった。
七色の大ホールはあまりにも有名だが、この新洞上りの頂上付近から下を見る光景も圧巻である。
龍泉洞の美しさ、あぶくま洞のスケールには及ばないかもしれないが、やはり東京が世界に誇れる遺産である。



雨がどおしようもない収まる期待もむなしく、外に出たら土砂降りの本降りであった。雨の日は乗らないというより俺が乗る日は雨は降ってはいけないという考えなので雨具はあまり持ち歩かない。売店でカッパを聞いたがないとのことなので、肉うどんで暖をとって、天に制裁を与えるべくずぶぬれ走行を決行する。
予想通り帰路はただただブレーキをかけるのみ。好天ならどんなに気持ちがよかったか‥‥これが俺が求めた幸せか!
唯一予測が当たったとしたら、氷川の街に近づくにつれ小雨になってきたということだ。案の定、鳩ノ巣辺りで雨はやんだ。鳩ノ巣から青梅までも大方は緩い下りになっている。わずかの間、ささやかな幸せが訪れるはずだったが、道路が乾いてきたにもかかわらず、自分だけは雨の中を走り続けていた。靴の中は池状態で、ヘルメットから絶えず雨水が顔に飛び散り、いつまでもメガネに水滴が残った。


神輿山車路は青梅街道で青梅市内を通り、再び滝山街道・奥多摩街道で拝島に戻る。福生で夏祭りの山車や神輿に遭遇した。
やっぱ夏である。神輿の掛け声がなぜか「ふっさぁ」「ふっさぁ」と聞こえるのは気のせいか‥‥。






日原島で車に戻ったころからまた雨が降り出した。
本日の走行92km
やはり甘く見ないでカッパとリュックカバーは携行すべきである。
悔しいのは、雨も予想したが、対応は『濡れたら温泉はいる』という安易さでシャツ・パンツとタオルは予備を持参していたことである。結局靴と靴下の替えを持ってきていなかったので温泉も断念せざるを得なかった。


PS
平地に来てから、ブレーキの利きが悪くなっている事に気付く。雨のせいだと思っていたが、ブレーキのパットがかなりなくなっていた。ベローチェ+アシマ怖い‥‥
最後まで取れないメガネの水滴は飛蚊症だったことが判明??そういえばいつの間にか増えていた‥‥

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艦(ふね)が見たい

日曜日の午後、日用品の買い出しでイオンに行く。
湾岸線元のイオンというとトピレックプラザかスナモである。イオンで買い物をしてスタバでお茶するのが決まりのパターンだ。スナモの場合は上島珈琲店だが‥‥。
今回はちょっと遠い「ショッパーズプラザ・イオン横須賀」に行く。イオン東雲より少し遠い。レイクタウンより幾分遠い。ハイオクガソリン垂れ流しの車で高速料金を考えると、地元のクインズで買い物する方がたぶん安いだろう。
夜、昭島に行く用事があったのでちょっと寄り道する。江東区から昭島市に行くのに、横須賀市を経由するのが『ちょっと寄り道』にあたるかは置いといて、横須賀に行きたくなったのは不意に軍艦が見たくなったからである。家から横須賀まで高速湾岸線を使えば1時間ちょいで着いてしまう。


景観破壊ント久々に大黒パーキングに立ち寄る。
昔は、よく夜景を見に来た大黒PA。展望デッキに行ってみると‥‥
ありゃりゃ。橋もみなとも見えないねぇ。この巨大な壁の向こうには巨人がいるのかな。ベイスターズは巨人に食われてしまったのか。
こういうセンスも粋もないのは外資系企業だけだと思ったら、地元の日系企業というから少し寂しい。




ショッパーズ屋上イオン横須賀須賀ICからよくわからないまま、現金払いの『本町中山有料道』に入ると、いきなり眼下に軍艦が数杯現れる。
有料道路の終点はヴェルニー公園の横。ショーパーズプラザが周辺のどの米軍施設や海自関連の建物より、よほど要塞ヨーサイして聳え立っている。
屋上駐車場に止める。早速軍港のパノラマが見える。
流石トピレックの屋上とは違う??



軍港めぐりスタ軍港めぐりバで昼飯にして、今日のお目当て『横須賀軍港めぐり』の遊覧船に乗る。1400円也。日曜とあってかなりの反響である。
梅雨とは思えぬ暑さにめげて、空調完備の室内にする。しかし、写真を撮るならやはり上階層だろう。





軍港めぐり4軍港めぐり1覧時間は45分。船内に自販機がないので、特に夏は乗船の列に並ぶ前に飲み物を買っておくことをお勧めする。
出発すると進行左岸に海自の横須賀地方総監部、右岸に同潜水隊群司令部、その先が米軍横須賀基地になっている。
軍港めぐりの案内人さんが面白くわかりやすく説明してくれる。




『衝突のイージス』常は空母のドッグになっているというところに停泊している艦。あれが記憶に新しい惨事、『衝突のイージス』だそうだ。
船舶の衝突は珍しくはない。しかし一方が軍船だとことさら大きく取り上げられる。民間船と衝突するような艦が、有事の際役に立つのかという庶民の不安を、マスコミが増長するからだろうか。






引退艦引退艦2に任務をこなし引退していく艦もある。『掃海艦はちじょう』、機雷除去に活躍する1000tクラスの世界最大級の木造船だ。すでに除籍されており艦番号も消されている。機密保持のため解体されてしまうのだが、既に大型木造船の建造技師がいないため、木造の大型自衛艦はこれが最後だそうだ。技術立国日本の技術がまた一つ消えていく。




船をヴェルニー公園1ヴェルニー公園2下りて、『ヴェルニー公園』を散策。幕末のフランス人技師『ヴェルニー』に因んで名付けられた公園は
フランス庭園風である。だから『薔薇』なんだろうね。
以前にテレビに出ていたのってここだったのか。特別なところかと思っていたら、何と駅前だった。




ヴェルニー記念館2ヴェルニー記念館園の一番奥(駅からは一番手前だ)にあるヴェルニー記念艦。公園名のもととなったヴェルニーが設計した『横須賀製鉄所』に設置された『スチームハンマー』や製鉄所に関する資料が展示されている。
製鉄所は造船所となったが、その当時のドッグは今も対岸の米軍基地で現役なのだそうだ。




潜水艦2すずつき艦の見える公園だけあって、先ほどの遊覧船から見えた潜水艦や護衛艦などが身近に見える。ついさっき入港したばかりの潜水艦の名前はわからないが、護衛艦は『すずつき』とわかる。
さっきの受け売りかって?。厭々、タラップにそう書いてある。護衛艦のタラップがみなあんな感じとは思えない。民間人が最も目にするところだから、親近感の演出や宣伝効果を狙ってのことだろう。
トップのボケ発言とは関係なく、現場は頑張っていることはよくわかっています。

三笠記念公園珍しい公衆電話島行きにはまだずいぶん時間があるので、ヴェルニー公園を後にして米軍施設の対岸にある三笠公園に行く。
公園の前にあった珍しい『公衆電話ボックス』、というより『公衆電話』そのものが「珍しい」。






戦艦三笠戦艦三笠2港に停泊していた護衛艦より大きく見える『戦艦三笠』。実際、三笠の排水量は15,000t。自衛隊の護衛艦は3,000〜5,000tクラスである。帝国海軍なら軽巡クラスの大きさだ。大和やタイタニックのイメージで見てしまうと護衛艦も三笠も小さい。
とはいえ三笠は当時としては、最新・最大級の戦艦だったようだ。バルチック艦隊旗艦『国親父座ろう(日本海大海戦の観みすぎか)』でさえ三笠より気持ち小さかったようだ。今でもマストに高々と『Z旗』がたなびいている。
客船タイタニックにしろ、この三笠にしろ、船はこの時期のものが最も美しいと思う。
マスト三笠3覧料(乗艦料)600円。当時の価値換算が不明だが、今の100円を30万円相当とすると、観覧料1800万円也。すべてをゆっくり見ると1時間以上はたっぷりかかる大きな艦である。
こんな大っぴらなところから砲撃していたと思うと、16世紀の海賊船と変わらない気がする。当時を再現した人形兵を見ると牧歌的ですらある。





猿島最新哨戒システム橋に上ってみる。これが戦艦三笠の最新哨戒システム。先ほど同様100円を30万円換算すると2分30万円、1時間900万円。1日2億1600万円。現在の最新レーダーの維持費とどっちが高いのか‥‥??。「バルチック艦隊に砲撃開始の直前で100円が切れて真っ暗になる。」「上官が怒鳴り下士官が慌てて100円を入れる。」くだらない想像でつい笑ってしまう。
猿島が見える。無人島ということだが、定期船が頻繁に往復し、かなり賑わっている様子だった。



いろいろお取込み中なのか、空母型が見られなかったのが唯一残念だった。
特に軍艦が好きというわけではないが、十分楽しめた。今度は家族と来たいものである。ショッパーズプラザで買い物したから、駐車場もタダになったし‥‥


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海が見たい

初夏を通りこして、既に真夏の様相を呈している空梅雨の土曜日。
恐怖の行徳橋度のことだが、この時期海が見たくなり九十九里を目指す。
今までの、車で行ってベースを起点にするのではなく直接家からの往復にする。
検索での予定走行138km。

往路は御成街道をベースにするため、京葉道路から江戸川水閘門・行徳橋を渡り船橋に抜ける。
本日最初の難関行徳橋。架け替えが進んでいると聞いていたが、まだ桁の一部ができているだけだった。
歩道が狭くすれ違いに難儀するので、車の切れ目を図って、一気に車道で渡る。
土曜日朝で車も少なくゆっくりと渡れた。

花見川度か通っているとタカをくくり、ナビなしで走ったため、御成街道に入るまでに、船橋・習志野で迷走する。
津田沼から、大久保を抜けて御成街道に入る。







御茶屋御殿跡滞の四街道を越え、定石通り自衛隊横を通ればいいものを、横着したら、また迷走。無駄な遠回りをした後、再び御成街道に入る。佐倉街道から先の御成街道は、起伏が多く、道が細くて悪い昔ながらの道の印象が強いが、市街地化により整備が進んでいる。
市街地を抜け、埃っぽい畑と林が混在する長閑な風景に替わると『御茶屋御殿跡』の看板。家康のお鷹狩りの休息場としてつくられた借り屋敷で、井戸や土塁が残されている。




OXエンジニアリング道の時は気付かなかったが、『OXエンジニアリング』を発見。千葉の校外とは聞いていたがここにあったのか。
ミニベロの名車『ガゼル』のカスタムメーカーである。但しミニベロでいえば『ガゼル』より『ピコ』が有名。しかし主力商品はカスタムメイドや競技用の車いす。最近よく見る犬用車いすも造っている。






ニチレイレディズやってますの辺まで来ると、車も少ない長閑な田舎道だが、今日は観光バスに大型セダンや外車がやたら走っている。ところどころ警備員もいる。
そういえば途中に「袖ヶ浦CC」があったのだ。なんで袖ヶ浦と全然違うところに『袖ヶ浦』なんだという突っ込みは別として、今日はニチレイレディズの中日であった。





御成街道跡康の命により敷かれた御成街道(当時はそう呼んではいなかっただろう)は起点の船橋から東金までほぼ直線的に敷かれ、そのかなりの部分は現在も一般道として使われているが、時代の流れとともに道が変わり、寸断され現在ではその痕跡を見ることもできなところもある。
千葉市山王町周辺・東金市周辺とこの八街市沖地区である。沖地区に入ると斜めに突っ切る直線道は消失し、区画整理された、碁盤の目状の道に替わっている。今は全く痕跡のない道端に斜めに建てられた看板だけが当時を知る目印になっている。



雄蛇が池雄蛇が池一のポイント『雄蛇が池』に到着。金山トンネル・観音隧道と並び、千葉県でも五指に入る心霊スポットだが、昼は自然豊かなバス釣りスポットでもある。トイレ休憩も兼ねて立ち寄るが、確かにここのトイレには夜は近寄りたくない。
前回はここから東金市街までで前進を断念、反転帰投となったが、今回は海を目指してさらに前進する。



不動堂蛇が池からまたしても迷走して不動堂海岸まで14km。
やってきました九十九里浜。
しかしこの砂!。自転車を端に停めることもできず、ビンディングシューズに砂が入るのも嫌なので、ここで海を望むことは断念。
ここから、折り返し予定地点の『サンライズ九十九里』まではあとわずか。




智恵子抄の碑智恵子抄の碑ンライズ九十九里の手前に『智恵子抄の碑』というものがあるので寄ってみる。
文学にはトンと興味ないオヤジであるから高村智恵子が療養のためこの地にいたというのは初めて知った。
実際この場所に智恵子のいた別荘があったわけじゃないだろうが、車だと事前調査をしなければ見逃してしまうようなポイントである。
‥‥自転車立てかけてごめんなさい。‥‥


サンライズ九十九里っと到着。今回の目的地、「千葉のマリーナベイサンズ」??(‥‥といわれているかは不明)『サンライズ九十九里』。
屋上にプールはないが、屋内にサウナ付きの展望風呂がある。
これがリゾートホテルではなく『国民宿舎』だということが、〇〇ベイ〇〇〇に勝る唯一の勝機か‥‥
手頃な値段で泊まれるのだが、休日スケジュールが直前まで合わせづらい我が家では『ホテルシーサイド江戸川』とともになかなか取れない宿の一つである。




外海です。九十九里浜ンライズ九十九里のすぐ横で海にそそぐ『真亀川』の河口から海岸線に出る。
河口提の突端部。目前に広がる大洋。初めての自走による九十九里到達。今回のミッション達成。





スタバ飯路は白里から大網街道1本で本千葉に抜けるルート。すでに脚は引きつり状態だが、前回の渡良瀬と違うのは、予想通り帰路に追い風になったのと、お尻の苦痛が限界点に達していないことである。
大網の市街を抜けると、最後の難関、1.5km・平均斜度4.1度の上り坂。普通のサイクリストなら何でもない軟斜路だが、今の親父には獄門坂である。しかしここを登り切ると、千葉寺までの約17kmはほとんどペダルに力を入れる必要のない僅かな下りである。
千葉市街に入ってスタバで遅昼の糖分補給。超甘が休まる。



幕張りはR14から花見川を下り、『幕張の浜』に出る。太平洋と東京湾の両方の海を堪能?できた。








本日九十九里センチュリーライド達成??の走行160.67km。距離こそセンチュリーだが12時間かけているから、最初の4時間でNGである。
でも、この800円で買ったサイコンは「26インチ」としか指定できないのであまりあてにならない。GPSがなくなってちょっと不便だ。
記憶の限りルートラボで再現した距離は158km。
前回の渡良瀬サイクリングより距離も長く斜度もあったが、帰りの追い風と尻の苦痛軽度による精神的・肉体的余裕が幸いした。


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さっぽろ紀行 番外

檜原湖幌出張から半月。
再度札幌に出張遠征。今回は10日間だが休みなしのため見れるところはどこもない。
出発時は雲の厚い天気だったが、一瞬の晴れ間で眼下に檜原湖が一望できた。
井上靖の短編小説『小磐梯』のテーマにもなった、磐梯山の水蒸気爆発によるMEGA土石流によって出現した巨大湖沼である。
裏磐梯に魅せられ頻繁に訪れていたが、この十数年訪れていない。小磐梯山頂からの絶景と大磐梯の山頂からのパノラマに感動し、いつか子供を連れて登りたいと思ていたが、その夢はちょいと叶いそうにない。


デリカD2 2回の現地での「脚」は『デリカD2』。リッタカーの指定で予約。店に行ったら「『デリカ』をご用意しました。」といわた。車を知らないオヤジとしては、当然D5と思う。コンパクトカーで予約したのにデカすぎると文句(本等は( ̄ー ̄)ニヤリッだったが‥‥)を言ったら「D2というミニボックスです」といわれた。
『デリカD2』、ハイブリッド4WDである。三菱のハイブリッドってあまり聞かなかったけど、プリウスのようなものではなく「ハイブリッドモドキ」らしい。さすが三菱!?。
でもフル4駆で17km/1L走った。北海道だからか?最近の車はそれが当たり前か?感動する方がおかしいのか。オヤジの歴史遺産はハイオクで6km/1Lしか走らない。


デリカD2 3デリカD2つは前回のFITより面白い。最近の車は、至れり尽くせりで、「衝突防止」や「はみ出し警告」は当然として、60km/hを超えると「安全運転しろ」とかインターに近づくだけで「ETC車線はだめ」とか、しまいにゃ走行後に「エコ運転を心がけろ」と指図する。これで会話が成り立ったら『ナイトライダー』のキットである。
我が家の古女房は「カードを挿入してください」「ドアが開いています」くらいしか言わない。いたって無口である。


琴似屯田兵屋て、今回琴似屯田兵屋2唯一の観光は、車のバックにある『ロートウァングの館』以上の古屋敷(というより長屋だな)。
『琴似(コトニ)屯田兵村兵屋跡』。屯田兵村については、資料館があるのだが、早朝のため、保存されている兵屋を見に行く。
北辺警備と開拓事業を兼ねた屯田兵が初めてこの地に入植したのが明治8年。その最初の入植地が現在繁華街となっている琴似栄町通のJR琴似駅から地下鉄琴似駅に至る周辺。通りの両側に、このような兵屋が200戸ほどつくられ、いくつかの屯田兵村とともに本格的な石狩地域の開拓が始まったそうだ。
野菜ぎょうざ みよしのセット回もゆっくり食事の時間がなかった。東京にないものとして、サツドラ・セイコーマートの『ホットシェフ』に続き、地元から聞いた札幌市民のソールフードといわれている『みよしの』で餃子とカレーの『みよしのセット』を食べる。みよしのセットは470円。オヤジは野菜餃子が好きなので、野菜餃子のセットで520円。
地元人はごく普通においしいよというが、赴任や出張できた人間の賛否はビミョウ。
オヤジ的には10日の出張で4回行ったから、結構はまった方である。




今回北海道の翼も往復とも「北海道の翼」エアドゥである。比較的直前に安い運賃で乗れる結果だが、北海道の発展と道内の利益還元を目標に設立した会社で、厳密にいうとLCCではない。
行も帰りも、機内安全のビデオモニターが故障で、アテンダント嬢の生解説と実演が見れた。さすがエアドゥ?






お土産2お土産1回は冗談でも『白い変人』を探してしまったが、今回はマジで買いました。
『白いブラックサンダー』。娘への土産で、味見はしていないが、ブラックという割にはすごく甘いだろうことは想像に難くない。
次は『HORIとうきびチョコ』これがとてもおいしい。特にプレミアムは甘さを多少抑えて食べやすい。これはやみつきになる。
結局今回は定番の『白い恋人』は買えなかった。この辺は東京でも買えるしね。



お土産4お土産3して、どう見てもゆるキャラではない『メロン熊』。ストラップは初代のゆるキャラ系なのか、グロ感やこわ感はない。普通のマスコットストラップである。(凶暴系もあった)。
Tシャツは凶暴系。だけどオフィシャルサイトの表紙ほどの不気味さはない。
メロン熊もゴジラみたいに、そのご時世で容姿や性格がかわるようである。
ゴジラが核実験を繰り返す驕ろ人間への大地の怒りの象徴なら、メロン熊は炭鉱閉山によって財政破綻を強いられた夕張市民の怒りの象徴?なのかもしれない。





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長い付き合いだなー‥‥けど腹立つのう

今年も自動車税の納付時期になった。
いつ納付通知書ものごとくポストに入っていた。
最近は自動車税や都市計画税などをキャッシュで払えるほど現金がないので、数年来クレジット払いである。
また支払いをしようと開封する。
「あれぇ〜っ、なんかたっけーな。」
「あっ、そうか年式だ!」
以前乗ってたグラチェロ並の高級車になってしまった。

4リッターカーの税金に耐えかねて15%近く下がる1ランク下の3.5リッターで選んだのが今の車である。15%上がったら元のもくあみである。


腹立つ重課車登録より一定期間を過ぎると重課税となる。
「古いものは金がかかるしエコでない。しかも新車が売れないと経済効果もない。そんなの乗っているあんたは非国民だ。」といわんばかりだ。

日本人の原点『もったいない』はどこへ行った。そういえば家の家電も1度2度修理しているものがほとんどになった。どれから火を噴くかの競争のようになってしまった。やばいねぇ。

車は毎年検査代のほかに10万以上の修理代・消耗品交換代を出費している。もう少し頑張って全自動車を買うという夢までもつだろうか。

腹は立つが、でもそれだけよく飽きずに乗ってきたなと改めて感心。
もう少し頑張んべか。歴史遺産の維持管理には金が掛かるのだ。


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関東三十六不動尊巡拝 

さて、第一回目の『関東三十六不動尊巡拝』である。スタートが5月なので残り7か月となっている。巡拝に合わせていろいろ見て回りたいところもあるが、今回は割愛。
巡拝は特に順不同でよいそうなので都内から始める。

ルート
〔楾不動尊⇒等々力不動尊⇒L楡追堝安頃有っ飜酩堝安頃有ダ仗整翩堝安頃有志村不動尊⇒目白不動尊

目黒不動尊2目黒不動尊1黒不動尊
 天台宗泰叡山瀧泉寺(たいえいざんりゅうせんじ)
慈覚大師・円仁の開基によるとされ、日本3大不動の一つに数えれれる由緒正しき寺院である。
駐車場はあるのだろうが、山門の前にコインパーキングがあるのでそこに駐車。



目黒不動尊4目黒不動尊3本尊はもちろん不動明王、本堂の裏手に巨大な大日如来像がある。不動明王は密教最高神『大日如来』の化身とも分身ともいわれている。護摩焚きの時は「大日大聖不動明王」と唱えられている。
女坂の途中に『変神大菩薩』が祭られている。修験道の開祖『役小角』のことである。お不動さまのところには多くに役小角も祭られている。修験道と密教は密接なつながりがあり、空海のエピソードの中にも役小角が大きくかかわっている。


等々力不動尊2等々力不動尊1等々力不動尊
 真言宗智山派滝轟山明王院(りゅうごうさんみょうおういん(致航山感應院満願寺別院)
寺院の縁起には、はっきり書かれていなかったが、真言宗の中興の祖、興教大師覚鑁(かくばん)によって開かれたとあるので、12世紀頃の開基だろう。
等々力渓谷の中ほどにある。
駐車場有。目黒通りを都心方面から来るとUターンになる。

等々力不動尊3不動の滝内から渓谷に下りられる。ここにも『変神大菩薩役小角』の祠がある。下りると渓谷沿いに不動の滝がある。遊歩道や甘味処もあるので時間が許せばゆったり過ごしたいスポットである。
余談ながら、目黒通りを挟んで向かい側には墳丘長55m、高さ7mの『御岳山古墳』、渓谷の対岸を上って500mほど行くと全長約82mの帆立貝式古墳、『野毛大塚古墳』がある。


L楡追堝安
 天目青不動尊2目青不動尊1台宗竹園山教学院最勝寺(きょうがくいんさいしょうじ)
開基については1,311年説と1,609年説があるようだ。創建者の玄応和尚自体いつ頃の人物かわからない。
三茶の雑踏からわずかにそれた閑静な住宅地にある。広い駐車場があるが進入路がわかりずらい。西友付近のパーキングに止めても歩いてわずかだ。
ご本尊は阿弥陀如来。正門から入ると右手手前。世田谷線沿い(写真)から入ると正面が不動堂になっている。

目青不動尊3目青不動尊4動堂は古式騒然としているが、現在の不動明王像は明治になってから当寺に移されてきたものだそうだ。
慈覚大師(円仁)作といわれる不動明王像を直接見ることができる。





っ飜酩堝安
 中野不動尊1中野不動尊2言宗豊山派明王山宝仙寺(みょうおうざんほうせんじ
当寺の歴史によると、創建は平安後期の寛治年間、源義家によって開基されたとある。
特に駐車場の指定はないが、正面門の横に車用の通路があったので、境内の隅に停めさせていただいた。



山門には阿吽の金剛力士像が配されている。境中野不動尊3内は広い。
ご本尊は秘仏で良弁作と伝えられる『不動明王像』。
三重塔には『大日如来像』。少し奥まったところにある御影堂には『弘法大師立像』が安置されているとのことだが、今回は見ることはできなかった。





中野から足を延ばし、練馬区の三宝寺池近くにある第11番所である『石神井不動尊』に向かう。
ダ仗整翩堝安
 真言石神井不動尊1石神井不動尊2宗智山派亀頂山三宝寺(きちょうざんさんぽうじ)
縁起によると、創建は応永元年(1394年)。鎌倉大楽寺の大徳権大僧都幸尊法印により、現在の豊島橋周辺に建立され、地在豪族の豊島氏の保護を受けていたが、1477年、豊島泰経VS太田道灌の『江古田原合戦』により石神井城が落城すると、道灌によって現在地に移転された。




石神井不動尊3石神井不動尊4神井城の縄張りの中につくられた境内はかなり広く、本堂のほかに6つの別堂がある。本尊は不動明王。
旧早稲田通りの斎場の向かい側に駐車場がある。
『関東三十六不動第十一番札所』であるほかに、『武蔵野三十三観音第三番札所』・『御府内八十八ヶ所霊場第十六番札所』(目白不動尊も第五十四番札所になっている)等複数の札所になっている。


志村不動尊
 真志村不動尊2志村不動尊1言宗智山派寳勝山南蔵院(なんぞういん)
徳川吉宗によって『櫻寺』と名付けられ、毎年春に釈迦尊の生誕を祝して盛大な『花まつり』が行われる。時機を逸して残念。
R17に面した広い駐車場がある。





志村不動尊3本尊は十一面観世音菩薩。不動堂は門を入って左側、本堂手前にある。不動尊はもともと近隣の末寺の本尊だったものが昭和の初めに当寺に移されたと縁起にある。






目白不動尊
 真目白不動尊2目白不動尊1言宗 豊山派神霊山金乗院慈眼寺(こんじょういんじげんじ)
創建は天正年間〜文禄元までの間とされる。門を入ると立派な本堂がある。ご本尊は『聖観世音菩薩』。地蔵堂は門を入りすぐ右手にある。
元々白目不動尊は文京区関口の目白坂の東豊山浄滝院新長谷寺(とうほうざんじょうりゅういんしんちょうこくじ)にあったが、戦災で焼失し当寺に移された。不動明王は弘法大師作と伝えられる秘仏である。

目白不動尊3動堂横手から裏山の墓地に入れる。丸橋忠弥の墓がある。行って見るかと尋ねると「それ誰?知らなーい」とカミさん。娘と違って歴女じゃないなぁ。かくいう親父も、この名前を覚えたのは『時の行者』を読んでからだ。






本日予定の七山を参拝したが、16:30まで多少時間があるので、もう一山、帰路からあまり離れていない南国寺目赤不動尊を今回の最終番所にする。
目赤不動尊2目赤不動尊1赤不動尊
 天台宗 大聖山東朝院南谷寺(とうちょういんなんこくじ)
五色不動の中でも目黒・目白と並び三不動と呼ばれている。
創建は元和年間、万行律師が赤目不動尊として開基した。三代家光より五色不動構想により『目赤不動尊』と改名された。やはり五色不動には天海大僧正の強い意向があるようだ。



門を入ると左側に駐車場がある。不目赤不動尊3動堂は駐車場の向かい側にある。こじんまりしたお堂である。去年の正月に来た時も夕方であった。
余談だが、ここから駒込方面に600m行くと、全長45m、高さ5.5mの前方後円墳 、富士神社古墳がある






関東三十六不動巡拝1院の縁起を調べてみると不動堂は多くが元の位置から移っているようだ。五色不動を家光の時代の位置に戻すと、江戸城を中心に北斗七星の形になるという説もある。
そんな五色不動を含む8か所を初日で巡拝、ゴールデンウイークで比較的すいていた都心であるが、6.5時間(朱印の授与時間は 9:00〜16:30なので7.5時間可能)で8か所はちょっとせわしなかった。次回からは少し境内や安置仏、周辺の見どころも散策したいきたい。



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今年は関東三十六不動尊巡拝

今年『酉年』はお不動さまの年。
関東三十六不動霊場会ポスター年はカミさんの達ての願いで、『関東三十六不動尊巡拝』をすることに決めていたが、諸所の事情とスケジュールの都合で、5月の連休からのスタートとなった。
仏教徒を自称しながら、仏教をまるで知らない不信心な親父としては,『関東三十六不動尊』てなに?、総開帳てなに?から始めなければならない。
「関東三十六不動霊場会」の公式HPを見てもその辺を教えてはくれない。
http://tobifudo.jp/36fudo/
そもそも干支の守り本尊の起源すら明確ではない。しかも12神御わすわけではないので、専任守護本尊と兼任守護本尊がいらっしゃる。仏の世界も人材不足のようだ。密教と陰陽道が融合されたともいわれるが、守り本尊自体広まったのは比較的近年らしい。

真言宗豊山派 七星山光徳院4やじの守り本尊は『千手千限観世音菩薩』、つまり千手観音さまである。仏教は本来インド発祥であるからインド風の名前(というより唱える真言だな)がある。
千手観音さまは「おん・ばざら・たらまきりーく」である。一発で覚えられる。

ちなみに上杉謙信が出陣前に群臣の前で唱えるのは「おん・べい・しら・まんだやそわか」、毘沙門天の真言である。こいつが何ともかっこいい。



新本堂2回の主役は、カミさんの守り本尊、もちろん『不動明王』、お不動さま。お不動さまを梵語で唱えると「のうまくさんまんだ・ばさらだん・せんだんまかろしゃだや・そはたや・うんたらた・かんまん」となる。カミさん熱心にお不動さまに通っているが、こんな長いお不動さまの真言よく唱えれれるなー、と聞いたら唱えられんそうだ。「のうまくさんまんだ・ばざらだん・かん」という略式があるようだ。これなら覚えられる。
外国人にはながーいフルネームの方も多く大概は略してファーストネームで呼ぶ。不謹慎かもしれないが理屈は同じようなものだろう。


では、なんで三十六不動なのだろう。「36」という数字はなに?。
もともと不動明王さまには三十六童子という眷属(けんぞく)がいるそうで、広辞苑によると「仏・菩薩につき従うもの」という意味があり、薬師如来の十二神将、千手観音の二十八部衆とかがあるそうだ。
三十六不動はその三十六童子から来ているといわれている。不動明王さまは一人だが眷属が別々だから三十六ヶ所を回るというのもおかしい気がする。

関東には上記のほかに「北関東三十六不動霊場」というのもある。関東の不動尊が72尊しかないということは考えられないから、それぞれの三十六寺院は商店の連合会みたいなものだろう。商店街活性化のスタンプラリーのようなものだ。
Wikiによると、関東三十六不動尊霊場(かんとうさんじゅうろくふどうそんれいじょう)は、神奈川・東京・埼玉・千葉にある36箇所の不動明王霊場寺院の総称。昭和62年に開創されたとあるから三十六霊場の総開帳は二回目ということになる。

「開創」とは、これもWikiによると、「寺院を創設すること」とあるが、それぞれの寺院は別に縁起を持っているので、あくまでこの霊場会という組織ができた年ということだ。
関東36不動て、その関東三十六不動尊霊場とはどこだろう。
第一番所 大山寺から始まって、大雄山・川崎大師・西新井大師・川越大師など初詣のメジャースポットをめぐり、締めくくりは成田山新勝寺。
五色不動などは昨年回ってしまった。

さて、目的地はわかったが、では行って何をするのか?
これもよくわからない。巡礼というなら、お不動さまを巡ることで、その地のお不動さまと結縁を結ぶということになるが、不動明王はもともと一尊である。しかしどれかが本物であとは代理人ということはない。HPでは順拝という表現が使われている。

まあ、あまりウンチクは必要ない。日本人はあるがままを受けいれ、すべてのものを神として祈る。仏さまもその中の一つであり、キリスト教徒やイスラム教徒にあまり抵抗なく接することができるのも、節操がないからでなく、太古より日本人の連綿と受け継がれる宗教観なのだろう。

gaibookせ、『関東三十六不動尊霊場』ガイドブックもあるし、モデルコース紹介や、各旅行会社でパックツアーなども組まれている。
白装束に金剛杖という大げさなものでなく、ドライブ気分で初めよう。
寺院はそれだけで一種のパワースポットになっている。少しは神聖な気分になって気分転換、日常を見つめなおすのもいいだろう。

勿論お不動さまめぐりであるから、お不動さまの真言を唱えることを忘れてはいけない。

のうまくさんまんだ・ばざらだん・かん
のうまくさんまんだ・ばざらだん・かん
のうまくさんまんだ・ばざらだん・かん‥‥


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無謀 渡良瀬遊水池

ゴー吉か凶かルデンウェークにどこも行かないのはもったいない。唯一フリーの3日にどこか走りに行こうと決めたのは5月1日夜。
車+自転車は渋滞に巻き込まれるので、家から直接往復にするのは決めていたが目的地が決まらない。いくつか候補もあったが結局出るまで決まらなかった。
京葉道路に突き当たる。右に行けば市原・大網方面、左に行けば多摩湖狭山湖方面。直進すれば荒サイ・江戸サイで埼玉茨城方面である。
信号一つまって直進にする。
風は南の微風。北上しても帰りがそれほど苦にはならないという判断。
「甘かった‥‥」

松伏の休憩所黄色い絨毯6に合流し松戸に出る。車はやはり動かない。チャリンコオンリーにして正解。
江戸サイを北上。今日はサイクリストが多い。江戸川CRには三郷と松伏に休憩場がある。前回も立ち寄った松伏の休憩場で休憩。





アーバンライン武アーバンパークラインの江戸川橋梁。やはり東武野田線のほうがしっくりくる。『アーバン』てどういう意味?。けして都会的でない都会人の親父から見ても、『カントリーライン』とは言わないけど(40年前はそうだった)、せめて『サバーブライン』とかじゃないの。






デカい大凧あげ祭り珠花橋の手前に来ると何やらものすごい人盛り。
春日部の『大凧上げ祭り』だ。以前通った時もやっていた。アナウンスでケバブ屋の出店の宣伝があったが、さっき飯食べちゃったばかりである。残念。
帰りまでやっているといいのだが。




東北新幹線利根川橋梁宿橋から護岸工事で一般道に抜ける。再びCRに戻ったのは『新幹線利根川橋梁』の手前。
久々の100km走行を目指して、休憩入れて、12時半には折り返すつもりだったが、関宿橋の時点で55kmを超えている。
漠然と渡良瀬遊水地を目標にしていたが、最大の誤算は遊水池までの距離を調べていなかったこと。
関宿城をスルーしてしまったので、遊水地を目指すか、バイパス橋を渡り『道の駅さかい』で飯食って引き返すかだ。お尻の痛みがかなりつらく、時間も予定の12時を過ぎているが、まあ次の日も休みだと思うと、折り返しのインパクトが欲しくなった。遊水池までは14km。痛みをこらえて強行する。この往復28kmが「甘かった‥‥」


R4新三国橋クリーンセンター利根川橋を渡り渡良瀬左岸を北上する。ユニークな煙突が見えてきた。古河クレーンセンターの煙突だ。これも『コンスタンティヌスの柱』だ。(オヤジは清掃工場の煙突を「コンスタンティヌスの柱」と呼ぶ。)
R354の新三国橋をくぐる。三国橋の三国って上野・下野・武蔵かな。下手するとこの辺りは下総まで絡んでくる。




古河城古河城本丸跡三国橋を超えると古河城案内板があった。「こんなス−パー堤防の上に城があったの」などとトチ狂ってはいけない。
ここも湿地帯にあり、かつては忍城や岩槻城のように浮城のような城構えだったのだろう。平安後期の古い築城で、古賀公方の根拠地となり、江戸時代も譜代や幕閣の重臣が城主になっている、関東の要の城だったともいえる。



実際野渡橋遊水池の中の道はそんな観光気分ではなく、脚が重く、股がビシビシ状態であったのだが、遊水池のゴルフ場を過ぎたあたりで、三国橋を渡らなければならないことに気が付いた。すでに三国橋より1.5km。コース修正などできない。上の橋までは4.5km。ここで断念と思ったが、マップを拡大すると遊水池の中に道がある。一般の車が走ってくるので行けると判断。渡良瀬川の野渡橋を渡る。



遊水池4遊水池3良瀬川の対岸の堤防を上る。
湿原の向こうに巨大な遊水池『谷中湖』が見える。
渡良瀬遊水池は、氾濫に悩む渡良瀬川の治水事業としてつくられたと思われがちであるが、そうではない。治水はあくまで表向きで、真の意味は、上流の足尾銅山の鉱毒を沈殿させることと、その鉱毒の被害を最も訴え続けてきた谷中村の抹殺にある。住民は農地をつぶされ、二束三文の補償金で村を追われた。村は強制廃村にされた。今でもこの整備された美しい公園の地中には、基準値を大幅に超える鉛などの鉱毒が堆積されているのである。
第一水門遊水池2水地には歴史的見どころも多い。中心地まで行きたかったが、時間と体力の限界となり断念。谷中湖を遠望し反転帰路につく。
すでに走行77km、もう引き返すことはできない。否、もう引き返すしかない。帰りは巨大な渡良瀬第一水門を通る。





とに大利根河畔景勝の地コースがあったかくケツとおまたが痛い。帰路は利根川左岸を下る。渡良瀬川は利根川に合流し、その先で江戸川が分岐するのだが、元々利根川の源流は今の中川水系であり、鬼怒川常陸川の独立水系となっており、渡良瀬川から太日川(現江戸川)は独立水系だったのだ。
その開削された分部の広い河川敷にモトクロコースがあった。若いころオフロードバイクで河川敷のにわかコースによく走りに来たものだった。
関宿城が対岸に見えると『大利根河畔景勝の地』の碑。ここは関宿城をバックにした富士見百景にもなっているらしい。しんどくて休憩。

関宿城道の駅「さかい」ましだまし『道の駅さかい』まで来て休憩と遅い昼食。
サイクリスト応援カフェCORG’S。サイクリストはいなかった。オヤジもここに来るとついつい食堂のうどんに行ってしまう。
道の駅さかいに約50分。十分休息したつもりだが全然回復していない。境大橋を渡ったところで関宿城南面の全景が望める。このアングルで見るとまるで平山城である。スーパー堤防恐るべし。



輪空?大凧が上がっていた行はすでに100kmを超えている。数キロ走っては休憩の繰り返し。これでは進まない。宝珠花橋対岸についたのは16時半近かった。
おお、飛んでいる。葉巻型UFO‥‥じゃない。大凧上げ祭りの大凧である。大凧は南風を受けて見事の飛んでいる。「あんなでっかい凧が元気に飛ぶような向風だからたまんねーんだよ」とは、オヤジの今の率直な感想である。
凧あげ会場の対岸に芝の滑走路がある。マップでは『関宿滑空場』とある。こちらもみな帰り支度だ。グライダーって折りたたんで専用ケースに入れて運ぶのか。『輪行』やめて『輪空』にするか。でも曳航機はどうやって格納庫にしまうのか。それともどこか別のところから飛ばしてくるのか?

風に本日の走行あと少し耐えられなくなり、野田橋で江戸サイから一般道に抜ける。しかし松伏からレイクタウンを抜けて外環までは、土手と変わらない吹き曝しである。

帰宅は20時。前年同時期に同じようなルートでほぼ同じ距離を走った時は、帰路にもまだ余裕があった。




遊水地往復回の走行150km。満足感や達成感よりもく、疲労感と帰宅時の解放感が強く残った。
出発時に一瞬輪行袋持っていこうかと思ったことはやり直感だった。袋もっていけば、ゆっくり遊水地を散策した後で、東武線一本で帰れたことを考えると、無計画と判断力の甘さが悔やまれる。




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さっぽろ紀行下つ巻

観光を市内に移す。
宮の森ジャンプ台通りや駅前に車を止めれば見どころはたくさんあるが、駐車場代もかかるので、とりあえず市街の周辺を回る。
札幌オリンピックで日の丸飛行隊が活躍した『宮の森ジャンプ競技場』。実は大倉山に行くつもりが、ナビをセットしていなかったので、間違えてきてしまったのだが。
親父のほかにはジョギングしている人が一人だけだった。オリンピックのテーマソング史上一番の名曲(と、オヤジは思っている)、トワエモアの『虹と雪のバラード』を口ずさんで歩く。(最近の人はしらないよなぁ)




羊ケ丘クラーク先生は有名な羊ケ丘のクラーク先生の銅像を見に行く。
羊ケ丘は市街の外れではあるが何にもないだだっ広い土地だが、元々は農業試験場の一角を公園にしているらしい。入園料520円とられた。
「少年よ、大志を抱け」(TOKIOじゃないぞ)で有名なクラーク先生の本名はウィリアム・スミス・クラーク。『クラーク』といったらオヤジはすぐに『デイウ・クラーク』が出てきてしまう。DC5知ってるかな。『because』や『若さをつかもう』『グラッド・オール・オーバー』は名曲だ。



北海道神宮2北海道神宮通公園のテレビ塔や時計台に行きたいが、テレビ塔ではぜひ夜景を見たいため、さらに時間調整。北海道神宮に行く。検索すると宮の森のすぐ近くだった。『宮の森』自体神宮の森という意味だから当然だ。ほとんど来た道を戻る。
北海道神宮は江戸時代以前から存在する道南の神社と違い、明治になって開拓の成就を祈願し勅によって建てられた神社である。本殿は再建されたものだが、流石に北海道一ノ宮としての荘厳さがある。


赤レンガ2赤レンガて、そろそろ夕方になったので、テレビ塔を目指す。北海道庁の近くのパーキングに車を停めて、旧庁舎の赤レンガを見に行く。
17時なので中には入れないかと思っていたら、もんが開いていた。建物もまだ人が出入りしている。18時まで開館しているようだ。お役所とは思えない。観光客は外国人が多い。中の資料展示には北海道開拓の歴史や北方領土の成り立ちなどがあったが、蝦夷共和国の資料はなかった。
榎本武揚の隠れファンとしては少し寂しい。


時計台2メトロポリス海道庁旧庁舎から時計台に来た。流石に入館時間は過ぎていたが、ちょっとイメージが違うな。高層ビルに囲まれてしまった時計台は、まるでメトロポリスに出てくるロートウァングの屋敷のようだ。






教会くなるまでは、まだ時間があるのでブラブラと創成川通りに出る。ここにも『ロートウァングの屋敷』的建物がある。ここは教会のようだ。

時間もあるし小腹もすいたので地下街に入ってお茶しようと思ったが、せっかく札幌に来たのだからラーメン屋を探してラーメンを食べる。とりあえず札幌に来てみんながすることの一つができたわけだ。




展望台?札幌テレビ塔下通路からそのままテレビ塔の3階までそのまま上がれる。東京タワーでいくと大展望台に当たる。が、東京タワーの150mと違い、高さは23mほど。我が家のマンションより低い。







夜景大通り望台に上がるころには日が暮れて、光のともった街はやはりきれいである。
大通りからまっすぐに大倉山ジャンプ台が見える。
ここでゆっくりお茶ができるとよかったのだが、残念ながら展望台に喫茶店はない。






メロン熊雪ミク景も堪能したので下りる。テレビ塔3階には東京タワー同様、昔ながらのお土産屋がある。
雪ミクスカイタウンて空港にあったやつだ。時間があってもこれは入りずらい。
メロン熊ののぼり。はっきり言って結構キモイ。これはけして『ゆるキャラ』ではない。






時計台大通りからテレビ塔レビ塔のイルミネーション。ダイヤモンドヴェールかと思ったが、札幌テレビ塔は時間帯によってライトアップとイルミネーションが交互に替わるようだ。
パーキングに帰る途中時計台のライトアップ。昼間より夜のほうがよい雰囲気である。
人口およそ200万。全国5位の大都市札幌。第一の繁華街すすき野の散策はできなかったが、半日で結構見どころ周りができた。



北海道でなければ見れないものはこれだけではない。
ホットシェフツドラ(サッポロドラッグストアー)でのお買い物と、セイコーマートの『ホットシェフ』を食べる。
ホテル帰りが遅く、いつもコンビニ飯だが、市内ではセブン・ローソンをはるかにしのぐ店舗を有するセイコーマート。ツルハドラッグは東京にもあるけど『サツドラ』は東京にはない。すすき野のラーメンは東京で食べることもできるが、セイコーマートの『ホットシェフ』は東京では食べられない。
この二つだけでも札幌に来る価値があるといえなくもない‥‥か。




黒い恋人帰り便路ももちろんエアドゥ。娘に『白い変人』買ってくるよぉと冗談で言ってきたが、ネットで見たらホントに写真があったので、ガセネタとは知りつつインフォメーションで聞いてみる。
「白い変人はありませんが黒い恋人というのはありますよ」と笑っておねー様。これはジョークではなくマジなお菓子である。白い恋人と合わせて買っていく。



兄弟タワーるま雲海の日没るの休日も取れない出張だったが、初めての札幌は結構楽しかった。あの独特の交差点の呼び名と、右折ラインのほとんどない4車線道路。歩行者点滅から車道信号が変わるまでのリードタイムがほとんどない信号機にはなれるのに結構手間取ったが‥‥





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さっぽろ紀行上つ巻

いきなりの出張で北海道へきた。
北海道の翼回北海道へ来たのは新婚旅行以来なので四半世紀以上昔である。しかもそろそろ還暦が見えてくるような歳で、札幌を訪れるのは初めてである。
北海道へ飛ぶならやっぱこれでしょ。『北海道の翼』エアドゥ。直前予約で一番安かったという本音はここではなし。
すすき野・時計台・丸山動物園にラーメン・ジンギスカン・海の幸など観光には・グルメには見どころ満載の街である。

が、出張先は市内からはるか離れたところ。宿も市街の外れである。しかもスケジュールは16日間休日なし。朝から晩遅くまで建物の中と周辺施設への移動。何ということだ。


とは茨戸川2茨戸川え、せっかく来たのだから、時間の隙間を利用して多少の見物はしたい。
拠点から近いところに『茨戸川』があるので行ってみる。かつて長さが350kmほどあった暴れ川『石狩川』は大規模な治水事業により、一気に直線化され100km近く縮められ、元の本流が湖沼化・支流化して取り残された。その最大のものが茨戸川である。





茨戸川4本第二位茨戸川3の流域面積を誇る石狩川だが利根川東遷以前はもしかしたら日本一だったかもしれない。坂東で幾たびかの治水事業でほとんど姿を消した近世以前の古隅田川のイメージとオーバーラップできると思い脚を運ぶ。
堤防によって切り離された茨戸川の下流部である真勲別川。川幅は400mくらい。かつての利根川本流、古隅田川もこのような流れだったのだろうか。




足とFITなったのはホンダのFIT。スタッドレスとナビ付きという条件だけで回してもらった車。いった当日が吹雪で市内でも積雪となった。拠点周辺は一面銀世界。FITはとても安定がよく雪道でも4WDと変わらない感覚で乗れる。ホンダのFFってすごいんだと感心した。
しかし燃費が悪い。「Everywhere高速道路」の北海道なのに16km/Lくらいしか走らない。「フィットなら20km位はしるよ」と地元の人とは言う。「オヤジの乗り方が悪いのか‥‥」
と、この車を見ていたジモティが「これ4駆ですよ」という。
でも、借りるとき4駆の指定はしなかったし、4駆のエンブレムも4駆のインジケーターもない。でも下を覗くと確かにリアにデフがあった。
札幌周辺では軽よりこの手のコンパクトカーのほうが目立つ。この辺じゃ1300でも東京の軽並みに走ってくれるからだろう。
16日間の出張で1000km走った。

さて、こ石狩河口橋2石狩河口橋こまで来たのだから石狩川の河口を見に行こう。
石狩川の最下流にかかるR231の石狩川河口橋を渡り右岸の防波堤を目指す。







石狩川河口幡町か河口に向かうら国道を離れ川沿いに行く。道は未舗装になってしまった。四駆だけどレンタだからガンガンいけない。海岸に出る道がわからず行ったり来たり。鹿が飛び出して来た時は驚いた。
流石北海道!クマじゃなくてよかった。
結局最突端まで行くのは断念。海側から石狩川最下流と手稲の山々を望む。




石狩新港2石狩新港期間の仕事を終わらせ、石狩湾新港に行ってみる。休日のためか釣り人がのんびり竿を垂れる。
いかにも工業地帯の港という感じだが、夏になると毎年国内でも最大級の『ライジング・サン・ロック・フェスティバル』が行われていることは有名。


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1.PRESAGE U31
愛称KARANO号
  :いまや歴史遺産となりつつある3.5L/フルタイム四駆。最近は金欠でタコメーターしか見なくなった我が家の軌道空母。2002年モデル。

2.MR−4
  :GIANTのロングセラーフォールディングバイク。18年間コンパクトスポーツの頂点に君臨した名機も2017年モデルを最後に絶版となる。2010年モデル。

3.SOMA SAGA『嵯峨』
  :米国ソーマファブリケーションズのツーリングフレームに格安パーツを買いあさって組み付けたクロモリツーリングバイク。年式不明

4.ALPENCHALLENGE   AC02
  :レーサー志向の本格バイクを投入する『BMC』の珍しい26インチアルミバイク。ストックパーツを再編成して復活した我が家の最軽量クロスバイク。2010年モデル。  
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